第5話 初戦
翌朝、城門で待ち合わせたタンゴとコルトは、さしあたり街道を北上し、宿場町のゴーンを目指すことにした。石畳の街道は馬車が十分にすれ違えるほどの幅。見通しが良いのもあるが、視界には常に数組のパーティや荷車が見えている。
一方、周囲に目を向ければ豊かな自然が広がっている。進行方向右手には、緑の絨毯のような草地。登り勾配になっているため先は見えないが、丘の向こうには海が広がっていることは、漂う潮の香でわかる。
左手は草原の先に深い森が見える。木々が指先ほどのサイズに見えるほど遠いが、時折獣の遠吠えも聞こえ、森が安全地帯ではないことを教えてくれている。手前の草原は背の低い雑草に覆われ、茂みや岩が点在している。その周辺には、時折ウサギかリスのような小動物が見えた。
だが魔物が森から出てくることはほとんどないという。コルトによれば、街道に敷き詰められている石のひとつひとつに加護の魔法がかけられているため、魔物の類はあまり近づかないのだという。
つまり人通りが多い街道付近は比較的安全。道を外れて草原や森に向かえば動物や魔物のエリア、というわけだ。
しかしただ街道を進むだけではタンゴの修業にならないため、二人は適当な場所で道を逸れつつ進む。森と平原の境目辺り、森に棲息する動物や魔物が目に入り、かつ危険があれば街道へ逃げられる場所だ。
出発から三刻ほど。陽も中天近くなり、そろそろ街道に戻って昼にしようかという頃、コルトが前を歩くタンゴの肩に触れた。
「ストップ! 左前の木の脇。見える?」
小さく、鋭いコルトの声。タンゴがいわれた場所を見ると、ずんぐりとした鶏のつがいが森から平野へ出てくるところだった。
「ん、ニワトリかな?」
目を凝らしつつ、つぶやくタンゴ。だが違和感にはすぐに気づいた。距離が離れているため気づきにくかったが、サイズが大きいのだ。とくに立派な鶏冠を付けた雄は、タンゴの腰ほどはあるだろうか。
「なにあれ? 育ちすぎ?」
「コッカーね。魔物化した鶏。練習にはちょうどいいかも」
そういうとコルトは腰を低くしながら森の方面へと進路を変える。
「とりあえずメスの方は預かるから、オスの方をやっつけてみて」
「うん、まあ、やってみるけど」
「知ってるだろうけど一応魔物だからね。油断しないように」
知ってるどころか聞くのも初めての魔物だ。だがサイズ以外は鶏と変わらない。いくらタンゴでもどうにかなるだろう。
腹を決めて歩みを進める。中間に障害物はないが、何やら足元に集中しているコッカーは、まだタンゴに気づかないようだ。森のなかに消えたコルトは、きっと死角からメスを襲うつもりなのだろう。
タンゴはとりあえずオスにターゲットを絞り、さらに距離をつめる。その時ふと顔を上げたコッカーがタンゴの方を見つめる。視界にその姿を収めたようだ。
いまだ二十歩以上の距離があるコッカーが頭を低く下げる。と、その周辺の空間がぐにゃりと歪み、体がひと回りほど大きくなったようにみえた。
――瞬間。
「
森の中から響くコルトの声。咄嗟に右後方へ体を投げ出す。遅れて聞こえる爆発のような音。一瞬前までタンゴが立っていた地面は大型スコップで掘り返したようにザックリと抉られていた。砂煙の中、コッカーの体が揺れている。
「なっ!? あの距離を一瞬で?」
「構えてっ!!」
再び響くコルトの声。タンゴは急いで皮の鞘を外し、青銅の剣を正眼に構えた。
コッカーはゆっくりと体を回し、タンゴと正面に向き合う。再び下げられる頭、揺れる空間、空気が凝縮されるような威圧感。さっきよりも距離が近い。もし突進中に進路変更ができるなら、回避は難しいだろう。肺の空気を吐き出し、息を止める。疾風のように動くコッカー。だが、今度は見える。狙いは――股間か。
タンゴは剣を逆手に持ち替える。そして敵の鋭いクチバシの進路を見極め、剣先を地面に突き立てた。一瞬後、剣の腹に強い衝撃が走る。体重を乗せて、剣を支える。
「―――」
かつて屠殺場で聞いた断末魔のような声。見れば剣に激突したコッカーが目の前で悶えている。ひしゃげてヒビが入ったクチバシ、首元を染める血。だが戦意は無くしていないのだろう。赤く燃えるような目はタンゴを捉えて離さない。無機質なようでいて、その奥の憎しみや怒りをはっきりと感じられる目。ともすれば引き込まれそうになる不思議な光。
「トドメっ!」
三度目のコルトの声で我に返る。剣を頭上に振り上げ、頭部を狙いすまして振り下ろす。が、一瞬早く敵は後ろにステップし、再び距離を取る。先ほどより動きは鈍い。距離を詰めて再び剣を振り下ろす。今度は羽にかすり、またも敵は濁った悲鳴をあげる。
三度目の剣戟。ようやく頭部にヒットする。だがコッカーは激しく羽をばたつかせ、威嚇の声をあげる。致命傷にはならなかったようだ。
ふらつく相手を追い、一撃、さらにもう一撃。計五度の攻撃で、コッカーはようやくその体を地面に倒した。剣を正眼のまま、さらに数呼吸。動きがないのを見て、ようやくタンゴは大きく息を吐き出した。
「うん、弱いね、本当に」
目をあげるとコルトが大きな岩の上で、抱えた膝の上に顎を乗せて座っていた。岩の横には首をすっぱりと切り落とされたメスのコッカー。体に傷もなく、羽も飛び散っていないところを見ると、一瞬で命を刈り取られたのだろう。
「いや、だってさ。なんだよ、あのブワッてやつ」
「ブワッてやつ?」
「うん、空気が揺れて、急加速して」
「えっ!?」
目を見開くコルト。やっぱりあの動きは予想外だったのか。だが、しばしの沈黙の後、コルトは言葉を続ける。少し呆れたようなニュアンスを含ませて。
「……タンゴ、あなた、騎士団に居たのよね?」
「見習い、だけど」
「戦士と騎士との違いはわかる?」
「強さ?」
「魔物と動物の違いは?」
「怖さ?」
コルトは魂が抜けそうなほど深く息を吐くと、持っていた杖で目の前の地面を示した。座れ、ということなのだろう。
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