第4話 相棒


 城下町にパブは無数にあるが、トレドがただ「パブ」といえば、職人区の一角にある「狩人亭」のことだ。料理は劇的に旨いわけではないがボリュームがあり、価格もリーズナブル。何より若者向けの店で親方衆が来ることが少ないため、安心して仕事の愚痴がこぼせるのが魅力だ。

木の扉を肩で押し開けて店内に入ると、案の定どの席も先客で埋まっている。仕方なく入り口近く、カウンターの前に酒樽を置いただけの立ち飲みエリアに陣取る。


「あら珍しいわねタンゴ。ボーナスでも出た?」

「隊長の奢りだよ。とりあえずエール酒。あと席が空いたら教えて」

「了解」


通りかかったウェイトレスに注文し、しばし思考にふけるタンゴ。あらためて考えてみると、大きな疑問が浮かんだ。


そもそも自分はなぜ旅に出たいのだろう。


 港で事務作業に勤しむ毎日。賃金は安いが、命の危険があるわけではない。上司のグレンだって、どやしつけながらも、ときには食事や酒をご馳走してくれる。街には友達だってたくさんいて、帰れる家もある。

 旅立ちの理由は不満ではない。かといって本当に魔王を倒して国を救えるなんてうぬぼれてはいるわけではない。

 ただ心の底から、「旅に出る」という目的だけが焦燥感となって沸き上がってくるのだ。自分自身でも理解できない不思議な感情。まるで誰かに突き動かされているような、つかみどころのない気分に包まれている。


 どうやら答えは出そうにない。

 とりあえず旅立ちの理由は保留にし、現実的な問題に思考を移す。先ほどはすぐにでも旅立ちたい気分だったが、冷静になってみるとそれはあまりに浅はかだ。

 たしかに自分は弱い。魔物はもちろん、野生動物にだって襲われたらひとたまりもないだろう。周辺の地理さえ知らず、サバイバルの技術もなく、そもそもまずどこへ向かい何をすべきかもわかっていない。やはりトレドの言う通り、旅の仲間を募るのが常識的なようだ。


 エール酒を運んできたウェイトレスに礼を言い、ひと口で巨大なグラスの半分ほどを呷る。それからグラスを樽テーブルに置いて、カウンター横の壁にある掲示板の前に足を運んだ。


『ハイランド~クレンドル間の隊商護衛サポートメンバー募集。剣士ニ名、攻撃型術士若干名。熟練度中級程度推奨』

『新型魔法杖体験モニター募集中』

『パーティメンバー急募! 当方剣士(元辺境伯騎士団小隊長)、僧侶、薬師。中級以上限定。職能応相談』

『モルゾイ草、アラームの樹液、催眠花の花弁、常時高値買取り中』

『革細工職人見習い募集。住込み可』

『錬金術士養成学校、春の新入生募集中』


 冒険者や職人はこの掲示板を通して仕事や仲間を募集し、条件の折り合いがつけば交渉成立というシステムだ。この店に限らず、どのパブにもこういった掲示板はある。ここは場所柄、職人向けの掲示が多いようだ。旅の仲間を募集するなら、冒険者が集まる店の方が効率がいいだろう。

 それでも念のためここにも貼り出すことにした。ウェイトレスに用紙をもらい、サラサラとペンを走らせる。


『仲間募集。当方剣士(元王国騎士団見習い)。職種、練度は一切不問』


 こんなところでいいだろうか。上級者が来てくれればもちろん心強いが、そもそも自分が駆け出しどころか未経験なので贅沢はいえない。経験者ならばすでにパーティを組んでいるのが普通だし、そもそもあまりに練度の高い人が来てしまったら、自分は付き人になりかねないのだ。

 

 だが、とりあえず用を済ませたことで満足して席に戻ると、タンゴは残りのエール酒を一息で流し込んだ。隊長のおごりというのだから、ここはありがたく満喫させてもらおう。


 次の一杯を注文するためにウェイトレスを探して辺りを見回す。奥のテーブル席からカウンター内、厨房の入口までぐるりと視線を走らせるが、目当てのウェイトレスは見つからない。仕方なく正面に視線を戻すと、目の前に一人の女が立っていた。


「うわっ」


 突然湧いて出たかのような登場に思わず声をあげる。見たことがない顔だ。

女は気に留めた様子もなくタンゴの顔をじっと見つめる。


「あの、どうかしました?」


 沈黙に耐え切れず疑問を口にするタンゴ。

 それからも少し沈黙をはさみ、やがて女は長い睫毛をパチパチと瞬かせてから、口を開く。


「張り紙の人よね?」


 薄いガラスを叩いたような涼やかな声だ。張り紙とは言うまでもなく、たった今タンゴが貼りだした仲間募集のことだろう。こんなに早く効果があるものなのか。状況に頭が追いつかず、ただ頷くタンゴ。


「魔術師中級、シーフスキル中級、冒険者中級」


そういうと女ははじめてにっこりと笑った。笑うと左頬にだけエクボができる。


「おまけに美人」


 ここまで言われれば確信が持てる。理由はわからないが女は、タンゴの貼りだした募集に参加したいということなのだろう。

 美人はともかく魔術師で冒険の経験もあるというなら願ったりかなったりだ。いや美人というのも否定するわけではない。肌は透けるような白、髪は少し赤みがかった茶色。鼻や口のパーツは小さいが、絶妙な配置のため清楚な雰囲気を醸し出している。ともすれば気弱に見えそうなタレ気味の目も、キリッと上がった眉毛が絶妙なバランスで中和している。

 こんな女性、しかも求めた通りの冒険者が、旅に同行してくれる。これは天が与えた旅立ちの餞別なのか。


 だが結論にはまだ早い。

 物事がうまく運びすぎるときには、大概落とし穴があるものだ。もう少し様子をみることにしようか。


「一緒に行ってくれるってこと?」

「イエス。話が早いね」


透明感のある整った顔立ちとは不似合いな、フランクなものいいだ。


「俺、初心者だよ? 戦力外だよ?」

「んー、大丈夫でしょ。私強いし」

「なんで俺なの?」

「直感。ひとり旅に飽きてきたとこなの」


 すべてが即答。

さっぱりとした性格は好感が持てるが、こちらも嫁選びをしているわけではない。

さらに食い下がるタンゴ。


「もっといいパーティあるんじゃない?」

「なに? 不満なの?」

「いや、そうじゃないけど、なんかうまく行きすぎだなー、って」

「なにか疑ってるの? あ、流行りの旅客強盗? 大丈夫よ、こんな美人の強盗がいたらとっくに話題になってるでしょ?」


 旅客強盗というのは、近年街で話題になっている強盗のこと。隊商や巡礼者の護衛に雇われたフリをして旅に同行、旅の半ばで強盗に豹変し有り金を奪って行くという周りくどい犯罪者だ。

 最初から街道で待ち伏せていればいいんじゃないか、とは思うが、自分が付くことで他の護衛が少なくなること、襲うタイミングを決められることなど、それなりにメリットもあるようだ。被害も数々報告されているので、そろそろ顔が割れても良い頃だが、いまだ捕縛されたという話は聞かない。

 まあ、確かにそんな強盗がこの目立つ女なら、すぐに話題になっていることだろう。


「別に強盗を疑ってるんじゃないんだけど……」

「じゃあ何よー。いいじゃない一緒に行けば」


 女は若干いらだち始めたようだが、片頬をふくらませる様子は急に子供じみて見えてかわいらしい。


「あ」


 短くいうと、急にシャツの襟元のボタンを外し、両肘を樽に乗せる女。


「ねぇーん、いいでしょう~。一緒に楽しいボ・ウ・ケ・ン」


 急に「思いついた!」みたいな顔をして露骨な色仕掛けに入るが、胸のボリュームが足りないため効果は薄い。

 だが一連のやりとりのなかで、悪い奴ではなさそうだとタンゴは思い始めた。少なくとも裏で何かを画策して他人を陥れるような複雑な発想が、この直情型の女にはなさそうだ。どちらにしても仲間は探さなくてはならないし、そもそもこちらが選定するほどの身分ではない。


「まあそうだな。魔法使いってのも心強いし」

「え、いいの!?」

「うん、お願いしようかな」

「やったー! ありがとう! よろしくー、あっ」


飛び上がりかけて急いで元の前傾姿勢に戻る女。


「お姉さんが、いろいろ教えて、ア・ゲ・ル」

「うん、それもういいから」

「なによ、こういうの好きなんでしょ?」

「苦笑いしかできない」


 またも片頬をふくらませる女をよそに、とりあえず酒のおかわりを注文するタンゴ。女もタンゴと同じ大ジョッキのエール酒を注文する。


「俺、タンゴ。元騎士見習い」

「あ、私コルト。本当はコルティーナっていうんだけど、友達はみんなコルトって呼ぶの。だからタンゴもそう呼んで」

「オーケー、コルト。さっそくだけど俺達は、そう、旅のパートナーになるわけだから、いろいろ情報を共有しよう。ちなみに俺は冒険ははじめて。あとさっきも言ったけど、弱い。旅については、何も知らない」

「……ずいぶん正直ね。うん、まあ少しはフォローできると思うよ。あちこち回ったし、魔法も勉強してきたから」

「そうか助かる。じゃあまずはどこに向かう……」


 タンゴが言いかけたとき、店の扉が開いてトレドが入ってきた。店内を見回しタンゴを見つけると、大股でこちらに近づいてくる。目立つ長身と金髪。甲冑を脱ぎ、青糸の刺繍が入った銀布の上着を着こなす様子は、まるでどこかの王子様だ。言っちゃなんだが、どこかの王様よりもよっぽど高貴な雰囲気を漂わせている。


「悪いな、待たせた」

「いや大丈夫だよ」


 横のコルトを見ると、当たり前のように巨大なジョッキを煽っている。町娘がトレドを見るときのような、浮ついた雰囲気は微塵もない。


「こちらのご婦人は?」


 言われてようやくジョッキを置いて、軽く会釈するコルト。説明はタンゴがしろ、ということなのだろう。


「旅の同行者、コルトさん。魔法使いで冒険者」

「ほお、もうパーティを見つけたのか。さすがに人を惹きつける」


 そういうとトレドは樽の向こう側に回り、コルトに丁寧に頭を下げた。


「なにかと頼りないとこもあるだろうけど、どうかこいつをよろしくお願いします」


 コルトも慇懃な礼を受け、さすがに背筋を正す。


「いえ、こちらこそ不束者で至らない点もあるかと……」


 まるで結納の挨拶のような堅苦しい応酬のあと、ようやく酒を頼むトレド。なんだか探りあいのようなぎこちない雰囲気が漂っている。


 それでもトレドの自己紹介やタンゴとの昔話を聞くうちに、少しずつ打ち解けてきたようだ。徐々に酒も入ってさらに饒舌になるトレドとコルト。気がつけば冒険の心得やモンスターについて、かなり白熱した議論を交わしている。

 

 やがて夜も深まり、ようやく今回の旅に話が戻ってきた。

 基本的には旅の途上で、必要に応じてコルトがレクチャーするという形でまとまった。


「じゃあ、冒険の基本はコルトさんにお任せするとして、さしあたりの旅程だな」

「そうだな、とりあえずの目的地を決めないと」

「じゃあ、ダリスの街でいいと思うわ。北方の宗教都市ね」

「宗教都市?」

「そう。大きな街よ。宗教の研究者も多いから、伝説のこと《・・・・・》とか、いろいろわかると思うの」

「そうか、じゃあまずそこ目指しつつ、タンゴは修業を積んでく形だな」

「うん、途中に中小都市も多いから補給しながら向かえるよー」

「よし、決まりだ。タンゴ、しっかりやれよ」

「……ああ、ありがとう。世話になったなトレド」


 ――大丈夫、顔には出なかったはずだ。

タンゴは努めて冷静に、ジョッキの酒を飲み干した。


 多少酒は入っているが、間違いない。

 コルトと出会ってから一度も、魔王討伐という旅の目的について話していないことは。


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