第3話 餞別
なんとか旅の許可をもらい、胸をなでおろす。
王は大臣とトレドを側に呼び寄せて何やら話をしている。やがて話が終わり、大臣は元のカウンターへタンゴを呼んだ。
「ではこちらへ。路銀200シリングと青銅の剣を渡しましょう。大切に使いなさい」
大臣がやはり事務的に路銀と小ぶりの剣を渡す。それからこっそりとタンゴに耳打ちする。
「倉庫から好きな鎧を持っていけ、と我が王が。贔屓なので内密に」
ウインクをして王を示す大臣。王は団長に「おまえらがしっかりしないから!」などと愚痴を言っている。タンゴはその場でもう一度だけ王に頭を下げ、トレドとともに騎士団の倉庫へ向かう。
トレドもどうやらタンゴの旅立ちを諦めた様子。どうせ行くなら、とあれやこれやと旅の心得を話してくる。やがて話題は武器の話となった。
「支給品、物足りないと思うだろ?」
トレドの問いに、タンゴは首をかしげる。
「こんなもんじゃないの?」
「国の威信をかけた勇者に貧弱な武器や少しの支給金。古い伝記にも良くあるだろ?」
「ああ、魔王を倒してまいれ!って弱い武器渡すやつね。たしかに少し違和感があったけど、今日わかったよ」
「そう。勇者候補はひとりではない。旅立つのが勇者なのではなく、成功した者が勇者ってこと。結果論なんだよ」
「全員に国宝の剣は渡せないもんな」
やがて二人は騎士団の倉庫へ到着する。定期的に掃除されているのだろう、思ったよりも埃っぽくはなく、だが男の汗の臭いが立ち込めている。
「だから鎧を持ってけっていうのは、王の期待の表れなんだよ、きっと」
「うん、ありがたいな」
倉庫には十列ほどの木の棚が並び、無数の鎧が置かれている。ほとんどは騎士団に支給する揃いのプレートアーマーだが、右奥の棚には冒険者用の軽鎧や魔法の効果があるミスリルの胸当てなどもあった。
「どれでも良いって言われると悩むよなー。やっぱりプレートアーマーがいいかな、値段的にも」
「お前は貧弱なんだからフルプレートなんか着てたらゴーンの村にもたどり着けないよ」
さらりとひどいことを言うトレド。だがタンゴも否定することはできない。旅は動きまわることが基本だから、やはり軽い鎧がいいだろう。しかし魔法がかかったミスリルの胸当てはサイズが小さすぎて装着することができなかった。
「せっかくもらえるのに、そこらにある皮鎧ってのもなー」
「ここは騎士団用の倉庫だからな。本当に貴重なものは置かれてないよ」
ひとつひとつの鎧を手にとって確認するタンゴ。どれも重すぎたりサイズが合わなかったりで、これという一品はなかなか見つからない。
「ん?」
倉庫の一番奥まで来た時、端の地面に直接置かれている胸当てを見つけた。素材は銀のようだが長く使われていないのか、その表面はくすんだ錆色になっている。だが胸の紋章や細部の細工から、それがそれなりの品であることはわかる。
「これなんかどうだ?」
「なんか高そうだよ、これ」
「ああ、なかなかの品だ」
トレドは銀の鎧を見つめると、そう太鼓判を押す。
さっそくトレドに手伝われて試着してみると、まるであつらえたようにぴったりとフィットした。着けた瞬間、ふと胸が苦しくなるような圧力を感じたのは、日頃は鎧なんて着慣れていないからだろうか。
「これにするよ」
「そうだな。軽そうだし、急所はしっかりとカバーしている。いいと思うよ」
新しい鎧に気を良くしたタンゴは、にこやかに続ける。
「これで準備完了だな。トレド、いろいろ世話になったな」
「いや、待て待て。お前すぐに出発するつもりなのか? 薬草やキャンプ道具は? 仲間は?」
「なんとかなるでしょ」
「ダメだって。最近は魔物も増えてるんだから。せめて仲間くらい探していけ。それに道具だって大事だぞ。それにいろいろ教えたいこともあるし。俺はまだ仕事だから……そうだな、一刻後にパブで落ち合おう」
「うーん」
「お前の壮行会だ、俺がおごるよ。なんなら先に飲んでろよ」
半ば無理やり約束を取り付け、タンゴの背を押すように倉庫を出る隊長。タンゴも勢いに押され、反論する機会を失ったまま、倉庫から場外へ出る廊下を進む。
そしてタンゴは考える。
真面目な隊長は、きっと嘘が苦手なんだろう。
今日トレドが必死に何かを隠そうとしていたことには、ずいぶん前から気づいている。
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