第2話 決断

「はい終わり! 終わり! 帰れおまえら! もう帰れ!」


 玉座の間に王の怒声が響いている。

 それに対し広い室内を埋めるほど詰めかけた冒険者から、不満の声が上がる。


「おまえらどうせ支給品目当てだろ!? 見張るからな! 超見張るからな! ちゃんと冒険してるかレポートとか提出させるからな!」


 横暴だー、と不満を漏らす冒険者。これだけ数が多いと場を収拾するのも簡単ではないのだろう。タンゴもさらりと軍団に加わり、「暴君! 暴君!」の合唱に参加する。


「あーもう! わかったよ! 暴君言うな! いまここに居る連中まで、ここで締め切りな! 大臣ドア閉めろ」


 ため息をつきながら玉座に沈み込む王。歳は壮年、赤茶色の髪は短く、無精髭が頬を覆っている。ゆったりとした麻の上着に膝丈のズボンというラフな出で立ちで、言われなければこの男が一国の王とは気づかれないだろう。

 だがかつては戦場で名を馳せ、辺境の小国であったこのハイランドを列強諸国と渡り合うまでに発展させた稀代の男だ。少々軽いが親しみやすい性格で、民衆からの支持も厚い。

 横に控えた大臣が苦笑いしつつ、よく通るバリトンで声を上げる。


「では、こちらより支給品を配布する。希望者は所定の用紙に氏名、年齢、経歴、志望動機を……」


 なんとか間に合って胸を撫で下ろすタンゴ。その顔には、先ほどトレドとふざけあっていた笑顔ではなく、真剣な表情が浮かんでいる。

 長い列は徐々に消化され、半刻ほど過ぎた頃、ようやくタンゴの順番がきた。

 

「お主で最後だな。用紙の記入は済んでいるか?」


 事務的に話す大臣。玉座に沈んでいた王がちらりと顔を上げ、再びため息をつく。


「おまえなー、タンゴ。騎士団逃げ出して勇者って無理があるだろ?」

「休養ですってば」

「どっちでもいいけどよ。剣もろくに振れないだろ」

「努力でカバーします」

「でもなー。危ないんだぞ、外は」


 軽い口調だが、この王が本気でタンゴの心配をしていることはわかっていた。

 父が死んだ夜、この王は重傷のタンゴと呆然とする母の前で膝をついた。「すまん、俺のせいだ」一国の王が単なる平民の前で謝罪し、涙まで流したのだ。母が他界した後には街にあるタンゴの家まで何度も様子を見に訪れた。陰ながら港の仕事の口利きをしてくれたのも、実はこの王だ。

 なにもタンゴだけが特別扱いというわけではないだろう。この王はきっと国民ひとりひとりのために涙を流し、死力を尽くしてその幸せを願うのだ。


「いま余計に決めました。そうやって目をかけてくれる王に少しでも恩返しするために。このタンゴ、魔王討伐の旅に出ます!」

「何? そうやって人のせいにするの? おまえ死んだら俺のせいじゃん。あ、ダメだ。いま決めた。おまえ行かせないわ」

「いや、俺も決めました。行きます。尊敬する王のため、命の限り……」

「いやダメって決めた。命の限りとかそういうのいいから……」


 不毛な言い争いをする王とタンゴ。突然、バンッと玉座の間の扉が開いた。


「近衛騎士団王宮警護隊隊長トレド=ディアスであります!」

「知ってるよ」


 王の冷たい返答にもめげず、トレドは続ける。


「近衛騎士団王宮警護隊隊長として、またそのタンゴの幼なじみとして、我が王にお願いがございます!」


 突然のオンステージに引き気味の王。タンゴも何を言い出すのかわからず、ただ眺めている。


「そのタンゴ、かつて近衛騎士見習いであったことは騎士団長たるフォーミア様もご存知のところ」

「お、おう」


 王の横に控え、成り行きを黙って見ていた老騎士がやや面食らいながらも頷く。


「近年は体の不調のため休養中ではありますが、素質の面では決して我が国の名に恥じるものではありません!」


「なにあいつ、どうしたの?」

「ちょっとキモいっすね」


 小声で話す王とタンゴを無視して、トレドは続ける。


「この場で言うとタンゴの男気に水を差すようではありますが、私、知っております! この男が除隊後もできる限りの鍛錬を日々続けていたことを!」


 自身の言葉に酔うように、次第に声を高めるトレド。話すセリフも心なしか芝居がかっている。


「痛む体をおして鍛錬を続け、いつか戦いの場に身を置きたいと願っていたことも! お父上亡き後、その原因となった魔物の根絶を願い続けていたことも! 密かに賃金を貯め、武具を揃える準備をしていたことも! ひととき酒場の踊り子に入れあげて、その貯金が若干目減りしたことも!」


 どこまで知ってんだよ。

 タンゴの小さなつぶやきも、熱血隊長の前では無力だ。

 そしてトレドはクライマックスとばかりに、高らかに言い放った。


「よってこの度、タンゴの騎士団復帰をお願い致します!」


 一瞬静まり返る玉座の間。

 やがて面倒くさそうに王が口を開く。


「なんで急に?」


 王の疑問にタンゴも同意する。

 いつも人の心配ばかりしている気の良い騎士隊長の言葉とは、にわかに信じられない。だがトレドは、そんな疑問に気づかないように言葉を続ける。


「聞けば、腰の調子も快方に向かっているとのこと」

「……そうなのか?」

「ええ、痛みは減ってます」

「ゆえに、タンゴを止めるものはありません! 必ずや騎士団にて、期待通りの働きをしてくれるでしょう!」


 ここぞとばかりに声を張り上げるトレド。王も何やら真面目な顔で、考えこんでいる。しかしこの流れはまずい。騎士団に復帰なんてしたら旅に出ることができなくなってしまう。


「我が友のありがたい言葉ですが、俺は魔王討伐の旅に出る決意をしています。騎士団への復帰は謹んで辞退いたします」

「なんでそんなに行きたいの? 支給品あげないよ?」

「今回の支給品……いや募集はただのきっかけです。以前よりいつかは旅に出ることを希望していました。王の助力を頂けなくとも、この決意は揺るぎません」

「でもお前、弱いじゃん」

「…………それは旅の途上にて精進します」


しばし沈黙に包まれる玉座の間。

耐え切れずトレドが声を上げる。


「タンゴ、行きたいなら騎士団に復帰して討伐軍に志願すればいいじゃないか」


 タンゴは我が身を案じて必死になってくれる友を見つめ、それから王に改めて向き直る。そして静かに力強く宣言する。


「二人のお気持ちには心から感謝します。しかし決意は変わりません。牢にでも入れられない限り、必ず旅に出ます」


 胸を張り、堂々と宣言するタンゴ。いつものおどけだ顔ではなく、決意に満ちた顔であることは、この場にいる誰もが感じ取っていることだろう。

 王は黙ってタンゴを見つめる。真剣な目ではあるが、その奥に慈愛が宿っているのもまた、簡単に読み取ることができた。

 しばしの沈黙の後、王が口を開く。うんざりしたような口調は、いつもの偽悪的なクセだ。


「……わかったよ。死んでも知らないからな。あと贔屓しないからな。ほら支給品持ってとっとと行け!」

「ありがとうございます」


 タンゴは心からの感謝を込めて頭を下げる。この王に受けた恩を思えば、頭を下げる程度でとうてい足りるものではない。

しかしどんな言葉を伝えても、この王は笑い飛ばすことだろう。だからタンゴは王の目を見つめ、一言だけ伝える。


「行ってきます」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る