第294話 シロウの驚愕

 現在車両内への唯一の出入口となっているA7貨物室に、車内の制圧と襲撃犯達の撃退を請け負った新たなハンターチームが到着した。一つはタツカワとメルシアが率いるチーム。もう一つはゼロスが率いるチームだ。


 タツカワが意気を上げて調子良く笑う。


「全く、初めから俺達を護衛に雇っていれば、こんな事態にはならなかったってのに、判断が遅えっての。なあ、メルシア」


「一応私達のところにも輸送の時点で護衛依頼の話は来てたじゃない。報酬の折り合いが付かなくて流れたけど」


「……そうだっけ? でもまあ報酬の折り合いが付かなかったってのなら、向こうの落ち度だろ?」


「あんたが私とやってる最中に結構急ぎの感じで話が来て、私は受けても良いって言ったけど、あんたが面倒臭がって報酬を雑に釣り上げたんでしょう。俺の楽しみを中断させるつもりならもっと支払えって感じでね」


 そう指摘されてタツカワはその時のことを思い出し、ごまかすように笑った。そこでメルシアが少し楽しげな顔で続ける。


「まあそのお陰で、あんたが雑に釣り上げた割り増し報酬で改めて依頼を受けられた訳だから、結果としては良かったのかもね」


 そのメルシアの言葉に乗って、タツカワが今度は勢いでごまかすように意気を上げる。


「だ、だろう? よし! 始めよう! 割り増しさせた報酬の分、しっかり働かねえとな!」


 車両内に進もうとしたタツカワを、メルシアがつかんで止めた。


「まだゼロスさんとの調整が終わってないでしょう。ちょっと待ってなさい」


 ゼロスはタツカワ達のり取りに軽くめ息を吐いていたが、意識を切り替えて話に入る。


「もう良いか? じゃあ制圧区画の割り当てだが……」


 ゼロス達とタツカワ達は同じ依頼を受けているが個別に動く。指揮系統も別々だ。互いの人数や力量、そして求める成果などによるいさかいが起こらないように、事前にしっかり調整しておく必要があった。


 もっともその程度のことなど、ここに来る前に終わらせている。この場ですることはその最終確認であり、事前に取り決めた内容から状況の変化などに合わせて追加変更しなければならない事柄の調整だ。そしてゼロスもメルシアも高ランクハンターを率いる者としてその手の調整には慣れており、本来は再確認を済ませるだけのはずだった。


 しかしゼロスがここで追加の調整内容を出す。


「理由は不明だが、あのアキラが車内にいるらしい。アキラと遭遇した場合、対応はそちらに頼みたい。知ってるだろうが、俺達はあいつといろいろあったんでね」


 ゼロスは以前にアキラという500億オーラムの賞金首を討伐するかどうかで、チームの副リーダーであったゲルグスと対立した。そして討伐の判断をしたゲルグス達の離反を防げなかった。


 結果的にはゲルグス達はアキラに敗北し、アキラには関わらないとしたゼロスの判断が正しかったこととなった。しかし決定的な対立による離反ではなく、離反の時点ではどちらの判断も間違ってはおらず、その片方を選択した仲間達ということもあり、ゼロス達は今もゲルグス達に十分な仲間意識を持っていた。ゲルグス達が勝っていれば、ゲルグスをチームのリーダーとして、チームの再編成も十分に可能な状態だった。


 よって仲間を殺したアキラに対するゼロス達の感情は、敵対に傾いている。アキラに非は無いと理解していても、ハンターの倫理としてアキラへの報復は筋違いだと分かっていても、だからといって友好的にはなれない。よってアキラとの不用意な接触は避けておきたかった。


 メルシアもゼロスの心情は理解した。その上で、えて尋ねる。


「言いたいことは分かるけど、それ、こっちに厄介事を丸投げってことよね? こっちの利益は?」


「こちらが万一暴発すれば、そちらも巻き添えを受けるだろう。それを防げる。俺にはアキラがこちらの人員とそちらの人員をちゃんと区別してくれるとは思えない。まあ、嫌なら嫌で構わない。無理には頼まない」


 判断に迷ったメルシアが、少しうなってから視線をタツカワに向けた。それを受けてタツカワが余裕の態度で答える。


「良いんじゃねえの? あいつとまた会ったら、ちょっと話でもしたいと思ってたしな」


「まあ、あんたがそう言うのならそれで良いけど」


「悪いな。助かる。それじゃあ、始めようか」


 準備を済ませた両チームは、車内の制圧をそれぞれ開始した。




 タツカワ達が襲撃犯の討伐作戦を進めていく。作業そのものは危険性を無視すれば単純だ。強力な力場装甲フォースフィールドアーマーで区切られた区画内の敵を全て倒し、全ての部屋を確認、制圧して、区画を完全に制圧したら次の区画に進む。それを全区画制圧するまで繰り返す。当然ながらその過程で襲撃犯も壊滅させる。


 荷物を取りに来ただけのアキラとは異なり、襲撃犯の討伐依頼を受けたタツカワ達は車両内のほぼ全域への立入許可を得ている。区画内を隅々まで調べて、襲撃犯を確実に排除するように念入りに作業を進めていく。


 チームの主力であるタツカワとメルシア、及びチームの実力者で構成された主力部隊が区画の中を大雑把おおざっぱに見て回り、遭遇した多脚機の群れを撃破して一定の安全を確保していく。その後に他の仲間達が個室内などを複数人で調査し、確保済みの通路に簡易防壁を設置するなどして細かい制圧作業を進めていく。制圧ルート上の部屋を簡易拠点にして、負傷者をすぐに治療できるように回復薬なども大量に運び込む。作業は順調に進んでいた。


 多脚機の群れを撃破したタツカワが余裕の笑みを浮かべる。


「こんなもんか。大したことねえ。数が多いだけだな」


 メルシアも余裕の笑顔を浮かべていたが、それはそれとしてくぎを刺す。


「油断大敵よ? あんたは調子に乗りやすいんだから」


「いやいや、最近は大丈夫だろ? そりゃ以前は調子に乗ってたけどさ、あれは多少調子に乗るぐらいの勢いが無いと成り上がるなんて無理だから、えて、だよ」


「どうだか。まあ、調子に乗りすぎたあんたを蹴飛ばすのは私の仕事だから、あんたは好きにして良いけどね」


 揶揄からかい半分で楽しげにそう言ったメルシアに、タツカワが苦笑を返す。


「今まで手間を掛けさせて悪かったな。でもちょっと前にも言ったが、俺達のチームもここまで成り上がったんだ。チームの統率やら運営計画やらほとんどお前のお陰でな。それを俺の都合で今更台無しにする気はねえよ。お前の都合で台無しになったら、まあ、また調子に乗って成り上がるさ」


「……そう」


 苦労して築き上げたチームだが、お前のためなら失っても構わない。そう言われたも同然の言葉に、メルシアは顔を僅かにあかくした。


「それなら、油断しないでね。また一から一緒に成り上がっても良いけど、二度手間でしょう?」


「そうだな」


 機嫌良く先に進んでいくタツカワとメルシアの様子を見て、その後に続く仲間達はいつものことだと思いながら制圧作業を続けていた。




 2区画を制圧して3区画目の制圧作業中のタツカワは、再び多脚機の群れを撃破した。今までと変わらない余裕の勝利だったのだが、その顔は険しい。


「……妙だな。メルシア。どう思う?」


「どう思うって、何が?」


 いつも察しの良いメルシアにしては察しが悪い。タツカワはそう少し不思議に思ったが、余り気にせずに補足する。


「車内が綺麗きれいすぎる。倒された連中がどこにも転がってない。変だろ」


 元々の警備部隊、そしてその敗北後に投入された討伐部隊が、襲撃犯と既に交戦している。それならば、破壊された多脚機の残骸や、倒された部隊員や襲撃者達の死体が車内に転がっているはずだ。しかしここまで制圧を進めても、それらがどこにも見当たらない。タツカワはそこに違和感を覚えていた。


 メルシアが少し考えて答える。


「キューブ保管用の特殊格納庫の設置場所はダミー含めて12箇所。あくまでも外部の人間である私達はそこまでしか教えてもらってないけど、元々の警備部隊や襲撃犯達、輸送会社直属の討伐部隊は正解の場所を知っているはず。ここまでその連中の死体が転がってないのは、主な戦闘が正解の場所の周辺で行われているからで、私達がまだその戦闘域まで辿たどり着いていないから。私はそう思っていたんだけど、あんたの考えは違うってこと?」


「いや、そういう考えもあるか……」


 タツカワはメルシアの考えに理解は示しながらも、そういうことか、と納得することは出来ず、少々険しい顔のままだった。少し悩みゼロスと連絡を取る。本来ならば区画を保護する強固な力場装甲フォースフィールドアーマーによる情報遮断体性質の所為せいで他の区画との通信など出来ない。だがタツカワ達とゼロス達は、区画の接続通路の扉の一部を開いたままにした上で、そこに中継機を設置することで通信可能な状態を維持していた。


 タツカワから状況を聞いたゼロスが答える。


「こっちも状況は同じだ。車内に転がってるのは俺達が倒したやつだけ。襲ってくるのは手応えの無い多脚機だけで、襲撃犯らしいやつとの遭遇も無しだ」


「そうか」


「ところでアキラとは遭遇したか?」


「いや」


「……そうなると、そっちの懸念通り、確かに妙な状況だ。仮にメルシアさんの推察通り、襲撃犯の連中は車両の奥、キューブの格納庫付近に陣取っていて、多脚機はそいつらが威力偵察目的で放った物だとしても、俺達がこれだけ遭遇してるんだ。俺達の前に車内に入ったアキラも当然遭遇するだろうし、倒してるはずだ。その残骸を、俺達はどうして発見できない? 多脚機はアキラを襲わなかったとでも? それは流石さすがに考えにくい」


 自分達だけであれば辻褄つじつま合わせも可能だが、そこにアキラという要素を加えると、どう考えても辻褄つじつまが合わなくなる。つまり自分達には分からない何らかの事態が発生している。タツカワもゼロスも状況への懸念を警戒に変えた。




 自分の装備が置かれている場所を目指して、アキラが都市間輸送車両の中を進んでいく。多脚機の群れに何度か襲われたが、その都度問題無く撃破する。拡張視界に表示している車両マップで目的地を確認して、装備の格納場所であるB28貨物室まで、まだ距離があることに軽く息を吐く。


『大分随分遠回りさせられてるな。もっと近いルートを使わせてくれれば良かったのに』


 そう不満をこぼしたアキラに、アルファが軽く言う。


『この状況だからね。仕方無いわ』


 坂下重工に手配してもらったアキラの新装備は、最前線向けの武装だけあって非常に高価、かつ危険物だ。キューブの格納場所と同じぐらい安全な場所とまではいかなくとも、相応に安全な場所に積み込む必要がある。そのような場所は複数の力場装甲フォースフィールドアーマーに守られた位置、車両の奥になる。


 そして車内にはキューブを狙った襲撃者達がいる。車両の外壁はその襲撃者達を逃がさないために強力な力場装甲フォースフィールドアーマーで強化、封鎖されており、アキラが車内に入ったA7貨物室以外からの出入りは不可能だ。


 また、あくまでも外部の人間であるアキラは、車両に入る許可は得たものの、立ち入りを禁止されている場所も多い。更に車両の力場装甲フォースフィールドアーマーの強度を効率的に高めるために、区画や通路が完全に遮断されている所もある。


 その兼ね合いで、アキラは本来なら別の出入口からすぐに到達できるB28貨物室へ、非常に遠回りを強いられていた。


 アルファはそれらのことをアキラに軽く説明してから、付け加える。


『この都市間輸送車両がまっている理由も、恐らく車両のエネルギーを力場装甲フォースフィールドアーマーの出力に振り分けすぎた所為せいで、移動用の出力が足りなくなったからよ。キューブを保管中の区画の防御と、襲撃者達を袋のねずみにするために、力場装甲フォースフィールドアーマーの強度を最優先にしたのでしょうね。後は強力な人員を車両内に突入させて、襲撃犯を片付けるつもりなのだと思うわ』


 アキラが嫌そうな顔を浮かべる。


『……その強力な人員って、俺のことじゃないよな?』


『それを期待している誰かがいたとしても、私達はそのような依頼を受けていないわ。気にせずに荷物を持ってさっさと帰りましょう』


 アルファが笑ってそう言うと、アキラも機嫌を戻して軽く笑う。


『そうだな。さっさと帰るか』


 アキラが意識を切り替えてB28貨物室を目指す。そして次の区画への接続通路の扉に辿たどり着くと、銃を構えて慎重に扉を開けた。強固な力場装甲フォースフィールドアーマーにより情報遮断体と化していた扉の隙間から向こう側の情報が流れ出し、アキラの拡張視界を更新する。その途端、アキラは警戒を一気に高めた。すぐ近くに人の反応があったのだ。


「誰だ!」


 アキラは相手の反応を促す大声を出し、その上で開きかけの扉の陰にいる相手が飛び出してくるのを狙うように照準を合わせる。相手が無反応なら敵と見做みなす。反応が敵性ならやはり敵と見做みなす。制限時間は扉が開き切って相手の隠れ場所が無くなるまでだ。


 そして制限時間の前に反応が返ってきた。


貴方あなたこそ誰! 襲撃犯じゃないなら識別コードを送りなさい! 出せないなら襲撃犯と見做みなすわ!」


 アキラがアルファに視線を送り、それを受けてアルファが車両のマップ情報に付属している識別コードを短距離通信で発信した。すると相手からも同様の識別コードが発信される。


「……襲撃犯じゃないようね。今から出るけど、撃たないでよ?」


「分かった」


 アキラが銃を下ろす。するとそれを確認したような僅かな間を開けてから、扉の陰から相手が出てきた。その相手の姿を見たアキラが少し驚く。出てきたのはアキラと同世代に見える少女だった。


 少女もアキラを見て驚いたような顔を浮かべていた。どこかずと口を開く。


「……貴方あなた、もしかして、あのアキラ?」


「……一応聞いておくけど、あのアキラって、どのアキラだ?」


「あの元500億オーラムの賞金首のアキラ」


「……そのアキラだ」


「そ、そう」


 関わり合いになりたくない者と出会ってしまった、という内心を映し出したような微妙な表情をしている少女を見て、アキラも少し反応に困った。しかし気にしないことにして、そのまま少女の横を通り過ぎた。


 その少女は去っていくアキラの背とアキラが来た方向へ視線を彷徨さまよわせていた。だがその後に小走りでアキラの後を追い、追い付いた。


「何か用か?」


「あー、その、ついていって良い? 私一人で車内を移動するのは不安で……」


 仲間達と一緒に襲撃犯の討伐依頼を受けたのだが、逆に返り討ちに遭い、手痛い被害を受けて仲間ともはぐれてしまい、何とか逃げている途中だった。少女がアキラにそう告げて頼み込む。


「勘違いしないで。アキラが引き受けた討伐依頼に上手うまく交ざって稼ごうなんてつもりは無いわ。ちゃんと一緒に戦うし、私の取り分なんて言い出さないし、だから、良いでしょ? ね?」


「悪いけど、護衛を引き受ける暇は無いんだ」


「ご、護衛だなんて、そんな……」


 少女は目をらして愛想笑いを浮かべた。その説得力の無い様子に、上手うまく言い繕ってただで護衛をやってもらおうという意味ではとても説得力を感じられる態度に、アキラが軽く息を吐く。


「ついてきたいのなら勝手にすれば良いけど、俺の邪魔はするな」


勿論もちろんよ! 邪魔なんてしないわ! あ、私はレベッカよ。よろしくね」


「そうか。俺はアキラだ」


 初対面で相手が自分の名前を知らない時にする軽い返事をしたアキラに向けて、レベッカがアキラの隣で楽しげに笑う。


「知ってるわ」


「だろうな」


 アキラは苦笑を返して先を急いだ。


 接続通路を進む途中で、アルファがアキラにくぎを刺す。


『アキラ。彼女を同行させるのは構わないけれど、警戒は怠らないでね。危険地帯にいた見知らぬ人間だってことは忘れないで。大規模な襲撃を受けたらアキラをおとりにして逃げるかもしれない。パニックになって銃を乱射するかもしれない。足手まといという不確定要素を抱えたことは意識しておいて。実力はともかく装備は悪くないようだから、下手に暴れられたら大変よ』


 そう指摘されたアキラはレベッカの装備を改めて見てみた。レオタード型の強化服は一部用途不明の穴が開いていて肌が露出している。その上に着用しているドレスのような防護コートには大きなスリットが入っていた。どちらの装備も旧世界風の扇情的なデザインだ。背中から伸びている複数の補助アームの先には、小型のレーザー砲が取り付けられていた。それとは別に少し大きめの銃も持っている。


「なあレベッカ。その装備、旧世界製か?」


「そう見える?」


「少なくともそれぐらい強そうには見える」


「そう? ありがと。まあ厳密には違うんだけど、なかなかすごい装備なのよ?」


 そう言ってレベッカは少し自慢気に笑った。だがアキラは怪訝けげんな顔をする。


「襲撃犯と戦って返り討ちにされたって言ってたよな。どんなやつと戦ったんだ?」


「レーザー砲を搭載した多脚機よ。多分襲撃犯が持ち込んだ物だと思うわ。強い上に数も多くて……」


「……そのすごい装備があったのに返り討ちにされたのか? 仲間もいたんだろう?」


 自分も戦った多脚機の強さ。そして装備から推察したレベッカの強さと、同程度の強さと思われる仲間の存在。それらを考慮すると、アキラにはレベッカ達が負けるのは不自然に思えた。思わず疑いの目をレベッカに向ける。


 しかしそれに対するレベッカの反応は、あきれにも似た微妙なものだった。


「500億オーラムの賞金を懸けられても生き延びただけあって、アキラって強さの感覚が私達とは滅茶苦茶めちゃくちゃズレてるのね。多分アキラも私達が遭遇した多脚機と戦った上でそう言ってるんでしょうけど、そんなに楽勝だったの?」


「……まあ、苦戦はしなかった」


 レベッカが口調を少しとげのあるものに変える。


「道理で。安心して。残念ながら私はそんなアキラに比べてすごく弱いんだけど、また襲撃されてもアキラの邪魔だけはしないように気を付けるわ」


「そ、そうか」


 嫌みや見下した発言に捉えられてしまったと思ったアキラは、それだけ答えた。また自分はアルファから認められるほど強くなった上に、レベッカにはアルファのサポートも無いのだから、自分の感覚を基準にして敵の強さを判断してはまずいのだろうと考え直した。


 少し気不味きまずい空気が流れたところで、レベッカが態度を改める。


「ごめん。勝手についてきた分際で嫌み言っちゃった。襲われて死にかけたし、仲間の安否も分からないし、思った以上に余裕が無いみたい。悪かったわ。でも戦闘になったら私もアキラの邪魔をしないようにちゃんと戦うつもりなのは本当よ。それで勘弁して」


 それでアキラも気を緩めた。


「分かった。俺も変に疑って悪かった。自分の荷物を取りにきただけなのに厄介事に巻き込まれた所為せいで、ちょっと疑い深くなってるんだ」


 アキラに謝られたレベッカが不思議そうな顔をする。


「荷物を取りに来たって、どういう意味?」


「そのままの意味だ。ああ、俺は襲撃犯の討伐が目的じゃなくて、荷物を取りにここに入ったんだよ」


「……車内にはキューブを狙った襲撃犯がいるのに? そんな危険な場所に、自分の荷物を取るためだけに入ったの?」


「そうだ」


 呆気あっけに取られているレベッカを見て、アキラが言い訳するように付け加える。


「俺にも、事情が、あるんだよ」


 そのアキラの態度を面白く思ったレベッカが思わず楽しげに笑う。


「やっぱりアキラの感覚は、私達とは大分ズレてるみたいね」


「うるさいな。置いてくぞ」


 アキラがごまかすように足を速める。レベッカは笑いながら小走りでアキラの隣に並んだ。




 レベッカと一緒にB28貨物室を目指すアキラが、多脚機の集団に再び襲われる。アキラだけでも倒せる相手の上に、今はレベッカも一緒にいる。全く問題無く撃破した。


 多数の多脚機をレーザー砲で穴だらけにしたレベッカが得意げに笑う。


「どう? 私もなかなかやるでしょう?」


「ああ。大したもんだ。強いんだな」


 アキラはそう同意を示しながらも、どこか難しい顔をしていた。レベッカが少し不服そうな顔をする。


「褒めてる顔には見えないんだけど? そりゃアキラに比べれば大したことはないのかもしれないけどさ」


「いや、そうじゃなくて、レベッカはそんなに強くて仲間もいたのに、襲撃犯には勝てなくて逃げるので精一杯だったんだろう? もっと強いやつが別にいたのか?」


「そ、それは……、えっと……、ええ。別のやつもいたの。すごく強かったわ」


 レベッカは僅かな動揺を見せていた。それをアキラが不思議に思っていると、アルファから注意される。


『アキラ。今は襲撃犯の方は気にせずに、アキラの装備を取りに行くことに集中しましょう。襲撃犯に関しては、襲われたら倒す、今はそれで十分よ。襲撃犯の討伐はアキラの仕事じゃないわ』


『それもそうだな』


 まずは装備だと、アキラもそれで気を切り替えた。


「そうか。レベッカ。行こう」


「あ、うん」


 アキラが先を急ぐ。その後に続いたレベッカは、安堵あんどの表情を浮かべていた。


 アキラ達が立ち去った後、通路に残った多脚機の残骸が再び溶けていく。そして鉄屑てつくず交じりの緑色の液体となり、今度は2箇所に集まり始め、2人の少女の姿を形成した。少女達はアキラ達が去った方向に視線を向けた後、その場から立ち去った。


 その後、アキラは襲撃も無くB28貨物室の前まで辿たどり着いた。ようやくだと思いながら扉を開けようとする。しかし開かない。


「あれっ? 変だな」


 操作を誤ったかと思い、拡張視界上からの操作ではなく、情報端末を取り出して手でしっかりと操作して扉に開く指示を送信する。だが扉からはエラーが返ってくるだけだった。アキラが頭を抱える。


「どうなってるんだよ……」


「どうしたの?」


「いや、開ける許可はもらってるはずなんだけど……」


「開かないってことね。困ったわね。扉の開閉許可コードを出した人は外でしょ? どうするの?」


 扉を破壊する訳にもいかない。一度戻ってブリュンケルの部隊の者に事情を話し、何とかしてもらう必要がある。アキラがそう思いながら振り返り、嫌そうな顔を浮かべた。ここまで来るのにもそれなりに苦労したのだ。最低でも2往復、問題が解決するまで何往復もするのは嫌だった。


 そこでアキラが思い付く。


『シロウ。ちょっと良いか?』


『何だ? 何かあったのか?』


 事情を聞いたシロウが得意げな声を出す。


『分かった。お前を経由して俺が調べてみる。防壁入れてるなら、安全な通信回線を指定するなり一時的に迂回うかい路を作るなりしてくれ』


 アキラはシロウの言う防壁や迂回うかい路の意味を理解していなかった。だがシロウにその意味を尋ねるのも不自然に思い、アルファに対処を頼んでからシロウに返事をする。


『良いぞ。やってくれ』


『よし』


 シロウがアキラの旧領域接続者としての回線に入り、周囲のシステムにそこに自分がいるように介入する。そして扉が開かなかった理由をすぐに調べ上げた。


『認証エラーが起きてるな』


『いや、ちゃんと許可はもらったはずだぞ? 区画の扉も開いたし……』


『そのB28貨物室は貴重品を積んでるだけあって、他の場所より認証レベルが高いんだ。開閉許可を持っていても、許可の無い同行者がいると開かないようになってる。そこにアキラ以外に誰かいるな?』


『ああ。途中でレベッカってやつと会ってな。じゃあレベッカには一度離れてもらって、もう一度操作を……』


『いや、その開閉許可コードは一度認証エラーが起きたら無効化されるやつだ。この認証方式だと一度戻って解除してもらうか、コードを再発行してもらわないと駄目だな』


『えー』


 アキラは念話で嫌そうな声を返した。面倒そうな感情も、念話ということもあって、普通の声より強くありありと表れていた。


 それを聞いたシロウが通信の向こう側で笑う。


『許可自体はもらってるんだろ? 俺が開けてやるよ。こういうのは得意だからな』


『おっ! 頼む!』


『任せろ。どうだ。俺がついてきておいて良かっただろう?』


『そうだな。助かった』


 得意げで上機嫌なシロウの声に、アキラは苦笑交じりの本心を返した。




 シロウがアキラのキャンピングカーの中から早速作業を開始する。


『……このシステムだとドアの開閉処理に手を加えるより認証コードを偽装した方が早いな。アキラ。情報収集機器をちょっと借りるぞ。そのレベッカってやつの認証コードを作るのに、そいつの認識用の情報が必要なんだ』


『壊すなよ?』


『壊さねーよ』


 シロウは軽口をたたいてアキラの情報収集機器に介入すると、その優先処理対象をレベッカに合わせた。


 アキラの情報収集機器の性能は、相手が普通の者であれば、服が透けるどころか体内の毛細血管の分布まで正確に取得できるほど高い。もっとも高価な強化服などにはその手の対策も組み込まれているので、同程度の相手であれば服の下が透けるようなことは無い。よってシロウも、アキラのすぐ近くにいるレベッカから、外見ぐらいの情報しか取れなかったことを不思議には思わなかった。


(顔がよく分からないな。認識情報に必要なんだが、力場装甲フォースフィールドアーマーの影響で反響定位系のセンサーだと形状を上手うまく読み取れないのか? カメラで直接見ないと……)


 情報収集機器のカメラを通してシロウがレベッカを見る。その途端、シロウの顔が驚愕きょうがくに染まった。

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