第293話 あのアキラ

 クガマヤマ都市の上位区画にある一室で、スガドメが目の前の男に坂下重工の重役として少し難しい表情を向けている。


「良く来てくれた……、と言いたいところなのだが、調査員は君一人なのかね?」


 坂下重工の重役を前にしても、その男、マルオには緊張した様子は全く無かった。


対再構築機関アンチリビルドは東部が滅ばないよう日々激務にいそしんでいましてね。常に人手不足で、人員の調整にも一苦労で、私を急遽きゅうきょ派遣するだけでも大変なんです。御理解頂きたいですね」


「忙しい中、それはどうも」


 互いの立場、上下関係を示す軽いり取りを終えた後、スガドメが気を切り替えて話を続ける。


「では早速調査を開始してくれ。人手が必要なら我が社の者を使って構わない」


かしこまりました。ああ、一応確認しておきます。資料にあったシロウ君ですが、必要ならこちらで処理してしまって構いませんね?」


 スガドメが鋭い視線をマルオに向ける。


勿論もちろんだ。但し、その必要性が十分にある場合に限ってだ。不必要に処理した場合、君は我が社を明確に敵に回すことになる。警告はしておこう」


 五大企業から警告を受ける。それがどれだけ恐ろしいことなのかは、東部に住む者ならば容易に理解できる。比喩でなく、そして消極的でもなく、東部の経済圏の5分の1と敵対する恐れがあるからだ。


 しかしそれでもマルオの態度には微塵みじんの揺らぎもなかった。


「御心配無く。では早速調査を始めます。私はこれで」


 マルオは軽く頭を下げて退室していった。それを見送ったスガドメが息を吐く。


 対再構築機関アンチリビルドの人員は東部の守護という大義を持って動いている。そして世界を守るためならば大抵のことは小事に過ぎないという思想の下、りすぎる者もいる。


「……穏便に済めば良いのだがな」


 有能で安全な人間などいない。その危険性を理解した上で、適切に運用するしかない。坂下重工の重役としてその思想で人を動かすスガドメは、仕方が無いとはいえ運用に難のある人物が増えたことに軽く頭を抱えた。


 スガドメの部屋を出たマルオが廊下でヤナギサワと擦れ違う。


(彼があのヤナギサワか……。まあ、今はシロウ君の調査を優先。彼は後回しだな)


対再構築機関アンチリビルドの調査員か……。急いだ方が良さそうだ)


 マルオとヤナギサワは互いに相手を認識し、だが会釈もせずに通り過ぎた。




 アキラがキャロルからもらった荒野仕様キャンピングカーで荒野を進む。目的地は荒野で立ち往生している都市間輸送車両だ。


 シズカに事情を話し、カツラギにも声を掛けて、アキラは出来る限りの準備を済ませた。流石さすがに対滅弾頭やツェゲルト都市で買ったバイクの再調達は無理だったが、強化服も銃も弾薬類もほぼ万全な状態になっている。詰め込めるだけ詰め込んだ車内は大分狭い。その乗員は2名。アキラとシロウだ。


「なあシロウ。やっぱり態々わざわざついてくることはなかったんじゃないか?」


「別についていっても良いだろう。装備が手に入ったら、すぐに俺と一緒に目的地に向かう。そういう約束だ。俺が同行していれば、都市に戻らずにそのまま向かえるからな」


「そりゃそうだけどさ。そんなに急ぐのか?」


「ああ。悪いけど切羽詰まってるんだ。別にアキラを疑ってる訳じゃねえよ」


 アキラにも最前線向けの装備が届いたらやることがある。それを知っているシロウは、アキラにそちらを優先させないためにも、その懸念を消す意味でもアキラに同行していた。


 もっとも急いでいるのも事実だ。スガドメから提示された1ヶ月の期限は後3日しかない。もうシロウは1秒たりとも無駄に出来なかった。


 現状を再確認したシロウがめ息を吐く。


「……スガドメから頼まれたツバキとの交渉ルートを作る工作の時間なんて全然なかったし、このまま成果無しで帰ったら真面目に坂下から脱走する手筈てはずを整える羽目になりそうだな。なあアキラ。その時は月定つきさだとの交渉の席を作ってくれないか?」


「駄目だ」


「おい、あっさりだな。俺、結構すごいんだぞ? もうちょっと迷えよ」


「駄目だ」


 取り付く島も無いアキラの態度に、シロウはまため息を吐いた。だがアキラとしても、シロウがそう誤解しているだけで実際には月定層建つきさだそうけんとは何の関わりも無いので、そう答えるしかなかった。


「じゃあアキラ。ツバキとの交渉の方で良いからさ、なんてな……?」


 冗談でそう言ったシロウが、僅かに変わったアキラの顔を見て思わず言葉を止めた。そして怪訝けげんな声を出す。


「……おい、まさか、ツバキとの交渉ルートを持ってるのか?」


「持ってない」


うそ吐け! じゃあその反応は何だ!」


「以前にツバキと交渉したことがあるだけだ。でも決裂した。だから交渉ルートなんか無い」


「決裂? じゃあアキラは何で生きてるんだ? 前に坂下がツバキとの交渉を試みたけど、交渉内容を伝えただけで護衛は全滅、交渉役は首から下を消し飛ばされたんだぞ?」


 それを聞いたアキラは、あの時の自分は本当に危ないところだったのだと改めて理解して、僅かに顔色を悪くした。


 一方シロウは予想外の機会に食い下がる。


「交渉に失敗したとはいえ、交渉自体は可能で、交渉に失敗しても無事だったのなら、交渉ルートがあるのも同然だろう。頼む! ツバキとの交渉ルート構築に力を貸してくれ!」


「駄目だ」


「何でだ!? 月定つきさだ側との兼ね合いか!? じゃあ月定つきさだとの交渉は俺がやるからさ……」


「こっちにもいろいろあるんだよ。その話は後にしろ。都市間輸送車両が見えてきたからな」


 実際に巨大な都市間輸送車両の姿が遠方に現れたことで、シロウもこの場は引き下がった。


「……後で絶対聞くからな」


 アキラが息を吐く。


『アルファ。シロウはああ言ってるけど、どうなんだ? 俺達にツバキとの交渉ルートなんて作れるのか?』


『その交渉ルートが、実際にどの程度の意味を指しているのかによるわ。命の保証無しで一度会って話したいという程度であれば可能よ。でも私達が彼にそこまでしてあげる義理も義務も無いと思うわ』


『それもそうだな』


 そのまま都市間輸送車両に近付いていくと、汎用通信でアキラ達に連絡が入った。


「こちらは民間軍事会社ブリュンケルだ。クガマヤマ都市、ミルカケワ都市、タルケーン都市の合意の下、諸事情でこの先の地域を封鎖している。封鎖範囲を送るので、すまないが迂回うかいして進んでくれ」


「こちらはアキラ。ハンターだ。その封鎖の中で停止中のアトラスD2771に用がある。クガマヤマ都市の承諾は取った。識別情報を送るので確認してくれ」


 アキラが識別情報を送信すると、それを確認した相手から意外そうな声が返ってくる。


「確認した。お前があのアキラか。説明することがあるから、指定した場所で一度止まってくれ」


「分かった」


 通信を終えたアキラは苦笑いに近い苦笑を浮かべた。


『俺も、あのアキラ、で通じるようになったのか』


『まあ、それだけのことはした訳だからね』


『そうだな』


 楽しげに微笑ほほえむアルファに、アキラは言い返せなかった。


 そこらの貨物船の大きさなど軽く超える巨大な都市間輸送車両の近く、その全長を視界の中に何とか収めることが出来るほどの距離で、アキラは車を停止させた。


 周囲には都市間輸送車両の周辺を封鎖しているブリュンケルの部隊が展開している。その様子を見たアキラが不思議に思う。


『アルファ。気の所為せいかもしれないけどさ、周囲の部隊、封鎖の外側よりも内側を警戒してないか?』


『確かにそのようね』


『何が起こってるんだか……』


 キバヤシが嬉々ききとして自分を向かわせるだけの何かは確実に起こっていそうだと思い、アキラは顔を険しくした。


 ブリュンケルの者達が現れたのでアキラも車から降りる。その者達はアキラに興味深そうな視線を向けていた。


「君がアキラだな。アトラスD2771のマップ情報を渡す。君の荷物の場所も記載されているから、自分でそこまで取りに行ってくれ。当たり前だが、他人の荷物には手を出さないこと。無関係な場所に不要に立ち入っただけで窃盗を疑われるので、開いてたからって無闇に入らないでくれ」


「分かった」


 そこまではアキラも余り不思議に思わなかった。そのまま都市間輸送車両のマップ情報を受け取る。しかしそこで説明の内容が急に不穏になる。


「敵との交戦はそちらの判断、責任で行って構わないが、流石さすがに対滅弾頭は撃たないでくれ。車体への被害が大きすぎるし、積み荷への影響も甚大になるからな」


 敵、交戦、という普通に荷物を取りに行くだけならば不要に思える単語が出てきたことに、アキラは顔を怪訝けげんなものに変えた。


「……なあ、車内で何が起こってるんだ? そもそもあの都市間輸送車両は何でこんな場所で立ち往生してるんだ?」


「クガマヤマ都市から聞いてないのか?」


「ああ。俺は長い間待たされてる自分の荷物の輸送が近くで止まってるって聞いて、また長期間待たされそうだから自分で取りに行って良いって言われただけだ」


「そうか。悪いが、それなら俺からは何も言えない。その権限が無いからな」


「……分かった。じゃあ言える範囲でヤバそうなことがあったら教えてくれ」


 そう聞かれた男は少しうなって考えた。そして告げる。


「俺達はアトラスD2771周辺の封鎖の仕事を請け負ってここにいる。ハンターランクは大体60ぐらいだ。それで、仲介から車両内への突入の仕事も斡旋あっせんされたんだが、そっちは断った。割に合わないからな」


 都市間輸送車両の中はハンターランク60の部隊が入るのを嫌がる危険地帯。とても有り難い情報だったが、今からそこに入るアキラは嫌そうに顔をゆがめた。


「……貴重な情報どうも」


「どう致しまして」


 どことなく楽しそうな男に見送られて、アキラは自分の車に戻っていった。


 都市間輸送車両に向けて進んでいくアキラの車を見ながら、男達がアキラを間近で見た感想を口々に話し始める。


「あれがあのアキラ、元500億オーラムの賞金首か。そこまで強そうには見えなかったが、実際どれぐらい強いんだろうな」


「確かあいつ、その賞金を狙ったハンターチームを一人で潰したって話だ。実際の実力は賞金500億オーラム相当じゃ足りないはずだぞ?」


「だろうな。何しろリオンズテイル社を支店とはいえ敵に回して生き延びたんだ。間違いねえよ」


「しかもあのとしでだぞ? 最前線に行けるハンターってのは、ああいうやつなんだろうな」


「まあ、詳しい事情は知らないが、お手並み拝見だな」


 そこらのハンター達よりはるかに強いブリュンケルの男達は、あのアキラ、の実力に興味津々だった。




 車両の定義を覆しかねない巨大な都市間輸送車両の貨物部からタラップが降りている。幅は10メートルほどで、車両と接続している部分の高さは3階建ての家屋を超えており、貨物部へ地上から車で乗り降り可能な傾斜にとどめるために非常に長い。その周囲には封鎖の部隊が厚く展開している。


 アキラはタラップの地上部付近で車をめた。


「シロウ。一応聞いておくけど、車内で何が起こってるか知らないか?」


 シロウがかなり意外そうな顔をする。


「お前、それを知らずにここまで来たのか? ……いや、坂下が情報封鎖を実施して、月定つきさだの情報網まで届いてないのか。……教えても良いけど、情報の取り扱いには注意しろよ。機密情報を他の五大企業の人間に流すんだ。バレたらそれなりにヤバいんだぞ?」


「分かった。気を付ける。それで、何が起こってるんだ?」


 シロウが少し迷う。


(大丈夫かな……。アキラはうそも隠し事も苦手っぽいし、月定つきさだのエージェントだってバレた時も、思いっ切り顔に出てたしな。調査員として派遣して良いやつじゃないだろう。本当に何で派遣されたんだ? あの強さから考えて、高い戦闘能力を必須にする特殊な任務に就いてるのか? 最前線向けの装備を取りに来たのもその辺りが理由か?)


 シロウは更に迷ったが、その辺りは月定層建つきさだそうけんにも何らかの理由があるのだろうと判断し、また自身の目的のためにもここでアキラの機嫌を損ねても仕方が無いと考えて口を開いた。


「……確定情報じゃないんだが、どうもアトラスD2771はキューブの輸送中で、そのキューブを狙った襲撃を受けたらしい。撃退には失敗したが、車両に閉じ込めるのには成功。キューブも奪われていない。襲撃犯達は今も車内に閉じ込められているそうだ」


 キューブ、またはシードと呼ばれる物がある。見付かった物の多くが立方体の形状だったこと。地中に埋まっていたこと。そして起動すると種が発芽し開花するように、旧世界の何かを生み出すこと。それらの理由でそう呼ばれるようになった。


 その正体は自己修復再生機能を備えたナノマシンの塊で、旧世界の技術で製造された何らかの総合製造装置であると考えられている。それらが再生させる物は多岐にわたり、発芽地点にある物資を材料にして、人や生物や機械、家や工場、更には旧世界の都市を住人ごと再生させることすらあると言われている。


 以前にキューブが旧世界の軍事基地と思われる建造物を再生させたことがあった。その後その基地は一帯広域にいる旧世界の基準での不法占拠者達、つまり現代の東部の住人を、その基地の攻撃能力をもって排除しようとし、甚大な被害を出した。だが同時に、その鎮圧に向かった企業軍はその攻防の中で旧世界の軍事基地に使用されていた技術の取得に成功し、その被害を超える利益を得たという記録もあった。


 キューブはそれらの理由により、無秩序に開花されれば厄介極まりないが、開花後に再生される物を予想して万全の状態を整えた上で開花させれば、桁違いの利益を見込める貴重な遺物として扱われていた。


 アキラはシロウからその話を聞きながら、アルファからも補足を入れてもらって大体の状況を把握した。どこか嫌そうに顔をゆがめる。


「なあ、都市間輸送車両ってさ、そんなに頻繁に襲われるものなのか?」


「襲撃騒ぎに乗じて逃げ出した俺が言うのも何だけど、滅多めったにない。車両側に被害は出ても、基本的に自殺と変わらないからな」


「じゃあ何でだよ。この前襲われたばっかりだろう?」


「俺に言われてもな。クガマヤマ都市周辺ってちょっとおかしいんじゃないか? ここ最近だけでもデカい騒ぎが何度も起こってるだろ? 普通じゃねえよ」


 アキラが無意識にシロウから目をらす。第三者の視点ではそれらの騒ぎに偶然では片付けられないほどに関わり、時にはその騒ぎを引き起こした原因にもなっていた所為せいで、思わず反応してしまっていた。


 シロウがそのアキラの態度を怪訝けげんに思う。


「……なあ、もしかしてアキラがこの辺に派遣されたのって、その調査のためだったりするのか?」


「……、さあな」


 そう勘違いされているだけで月定層建つきさだそうけんの工作員ではないアキラは、そう言って雑にごまかした。


 シロウもそれ以上の追及はしない。仮に一連の騒ぎがアキラの仕業であっても、今はそれに関わる余裕は無いからだ。


「じゃあ、俺は装備を取りに行ってくる」


「気を付けろよ。本当にキューブを狙った襲撃なら敵の強さも相応だ。まあ、都市間輸送車両を襲う連中の時点で分かり切ってることだけどさ」


「ああ。別にそいつらの撃退が目的じゃないんだ。俺の装備を手に入れたらさっさと戻るよ」


 アキラは都市間輸送車両に入る準備を済ませてキャンピングカーから出た。




 長いタラップの先、都市間輸送車両の貨物部では、封鎖部隊が車両内部の他の部分との結合点を封鎖していた。貨物部に入ったアキラが通路につながる扉の前に立ち、目の前の閉じた扉に向けて、その向こう側をのぞき込むような視線を向ける。


 情報収集機器がそのアキラの動作を読み取り、視線の場所の解析を優先するように処理を変更した。これにより局所的な精度が著しく上昇する。普通の壁であれば向こう側の様子を透視するように把握することが可能だ。


 だがアキラの拡張視界に扉の先の様子は映し出されなかった。


『駄目か。アルファ。サポートしてくれ』


 自分の情報収集機器の解析能力では無理なだけで、アルファならば大丈夫だろう。そう思ったアキラはアルファにサポートを頼んだ。訓練として自力で装備を取りに行った方が良いのかもしれないが、その所為せいで装備を失っては大変だと、ここはしっかりサポートしてもらうつもりだった。


 だがアルファは首を横に振った。


『アキラ。残念だけれど私にも無理よ。この車両は幾つかの区画に分けられていて、区画ごとに強力な力場装甲フォースフィールドアーマーで守られているの。その力場装甲フォースフィールドアーマーの出力が非常に高い所為せいで、情報遮断体の性質も持つようになっているわ』


『ああ、確か通信障害とかも発生するやつだな』


『そうよ。幾ら私のサポートで情報収集機器の性能が飛躍的に上がるといっても、それはソフト側の性能改善の方向だからね。ハード側、センサー類の性能まで上がる訳ではないの。情報遮断体の影響で、向こう側の反応がセンサーで感知できないほど微弱になってしまえば、私にもどうしようも無いわ』


『そうか。分かった。取りえずそれはそれとしてサポートはしっかり頼む。車内で何が起こっていようと、装備は手に入れないといけないからな』


勿論もちろんよ。任せなさい』


 いつも通りの自信たっぷりの笑顔を向けてきたアルファに、アキラも気合いを入れて笑って返した。


 区画を遮断する隔壁を兼ねている扉だが、解錠の許可はもらっている。アキラは周囲の者達に今から扉を開けることを伝えると、短距離通信で車両のシステムに扉を開く指示を出した。


 襲撃者達が扉の向こう側にいれば奇襲を受ける恐れもある。アキラも周りの者達も銃を構えて緊張を高めていく。扉がゆっくりと開き始める。扉の隙間から通路側の情報を得た情報収集機器が即座にその情報を解析し、アキラの拡張視界に通路の様子を映し出した。敵はいなかった。


『……大丈夫そうだな。行こう』


 開き切った扉を通り、アキラが先に進んでいく。するとすぐに扉が自動で閉じていき、しっかりと閉まり、区画を遮断した。




 通路を進むアキラが敵襲を受ける。敵は小型多脚戦車の群れだ。その多脚で床、壁、天井を区別せずに疾走し、更に一部は通路内を飛行して、搭載しているレーザー砲をアキラに向けて撃ち放つ。


 だがその程度の相手など、今のアキラにとって敵ではなかった。敵の射線を見切ってRL2複合銃を構えると、C弾チャージバレットを連射する。大量のエネルギーを供給されてその威力を飛躍的に上昇させた弾丸の群れが、驚異的な破壊力を持つ弾幕と化して多脚機達に襲い掛かる。機体は一瞬で破壊され、更には砕け、粉砕されて通路に散らばっていく。


 通路の前方から増援が次々に出現する。更には後方からも出現してアキラを挟み撃ちにしようとする。


 だがアキラは欠片かけらも動じずに対応する。両手にRL2複合銃を持ち、その銃口を通路の前後に向けて連射した。放たれた大量の銃弾が通路から敵の逃げ場を奪い、機体の群れを蹂躙じゅうりんする。強固な装甲を持つ多脚機の群れが、穴だらけにされたという程度では済まない破壊を受けて、バラバラにされて通路に散らばった。


 敵を銃撃しながら、一応アキラも反撃を受けていた。前にいる機体が盾になったお陰で、破壊されるまでの時間がほんの僅かだけ延びた機体が、被弾する前にレーザー砲を撃ち放つ。高エネルギーの光線が無数に撃ち出され、射線上の空間を焼き焦がし、周囲に飛び散る鉄屑てつくず穿うがち、蒸発させて、アキラを襲う。


 しかしアキラには効かなかった。敵の射線を見切っていたアキラは、相手からレーザー砲を撃たれる前に回避していた。そして射線上の空気を焼き焦がす光線の影響、高エネルギーの余波など、アキラが着用している強化服の強固な力場装甲フォースフィールドアーマーには全く通じていなかった。


 交戦時間はたかが数分。その短い時間の中で、膨大な量の弾丸と無数の光線が、大して広くもない通路内を飛び交った。勝者はアキラ。かすり傷一つ負わず、息一つ乱していない。そして小型多脚戦車の群れは例外なく破壊された。


 ハンターランク60を超えるハンターが車両内に立ち入るのを嫌がる。その根拠に相応ふさわしい戦闘で、アキラは容易たやすい勝利を得た。しかもどこか拍子抜けのような表情を浮かべている。キューブというすごい遺物を狙って都市間輸送車両を襲撃した相手にしては手応えが無い。そう思ったのだ。


『……こんなものか?』


 そのアキラの反応を見て、アルファが微笑ほほえむ。


『私がサポートしているのだからね。こんなものよ』


『それもそうか』


 それで納得したアキラに向けて、アルファは更に優しくうれしそうに微笑ほほえんだ。


『それに、アキラは強くなったわ』


 リオンズテイル社との戦いを乗り越えたアキラは更に強くなっていた。アルファの判断でも、十分に及第点を与えられるほどに。


『……、そうか』


 アキラもどこかうれしそうに笑って返した。自分がいつの間にか、そしてようやく、アルファから認められるほど強くなっていたことに満足感にも似た喜びを感じていた。


 アキラ自身の強さ。そして最前線向けの装備。アルファの依頼を達成するための条件の片方は満たされた。両方そろうまで、あと少しだ。


 そこでアルファが軽く揶揄からかうように笑う。


『でもアキラ、幾ら手応えが無いからって、もっと強い敵と戦いたいなんて思っては駄目よ?』


『分かってるって。俺だって敵は弱い方が良いよ。強い敵と戦ってばかりなんだ。たまには楽をしないとな。行こう』


 アキラは苦笑して先を急いだ。




 アキラが通路を去った後、床に散らばる残骸に変化が起こった。無数の多脚機の部品の一部が溶けるように液状化していく。それは緑色の液体となって床に広がると、他の残骸をみ込み始めた。更に一箇所に集まっていく。そして全ての残骸を消化するように吸収した金属片混じりの液体は固形化しながら変形し、人型の形状へ変わり、明確に人の姿を形作った。


 機械部品も液体も無くなった通路に、それらを材料に生み出された少女が立つ。旧世界風の強化服を身にまとったような姿の少女は、アキラが去っていった方に一度視線を向けると、逆方向へ走り去った。

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