第277話 危機

 交戦を続けていたアキラが相手の行動の変化に気付いて首をかしげる。砲撃が一時的に止まり、周辺の敵が急いで距離を取ろうとしていた。


 当初アキラを円の形で包囲していた部隊は、標的に包囲から抜け出されると、今度は効果的な砲撃のために相手の位置を基点にした扇状の陣形を取ろうとしていた。そしてその再布陣がようやく完了したところだった。


 そのタイミングでの砲撃中止にアキラは軽く困惑していた。


『アルファ。あれ、撤退しようとしてる訳じゃないよな?』


『恐らく違うわ。でも相手が守勢に回るのなら、アキラもここで切り上げるのも良いと思うわよ。相手に有利な布陣に付き合う必要はないわ』


『うーん。まあ、それなりに被害は与えたか』


 元より文字通りの全滅は狙っていない。生き残りが再度部隊を調えて襲ってくるにしても時間は掛かる。その間に坂下重工から新装備が届けば、次は格段に優位に戦える。アキラはそう考えて、そろそろ引き時かと判断した。


 だがその判断を許さない者が現れる。赤い人型兵器がアキラに高速で迫っていた。


『残念だけれど、向こうもまだアキラを逃がすつもりは無いようね』


『そうみたいだな。何か一機だけで突っ込んできてるけど』


 そう怪訝けげんに思いながらも迎撃を開始する。敵の銃撃をかわしながらキャロルと一緒に砲火を浴びせた。それを何度か繰り返し、何度もしっかりと命中させたが、機体は落ちずに更に距離を詰めてくる。


『……硬いな! まあ、一機だけで突っ込んでくるぐらいだから、防御には自信のある機体なんだろうけど』


『アキラ。敵が広範囲の砲撃を再開する動きを見せたわ。気を付けて』


『分かった。……えっ? でもこの状態で砲撃を再開したらあの機体を巻き込むんじゃ……』


 自分の位置、赤い機体の位置、そして扇状に配置された部隊の位置と弧の角度から考えて、赤い機体を巻き込まずに自分を狙うのは不可能だ。だから砲撃再開は無理がある。その考えがアキラの顔に内心の困惑を映し出していた。


 だがその顔はすぐに驚愕きょうがくに染まった。砲撃が再開されたのだ。


 扇状に配置された部隊から、曲射が可能な砲弾は上から、それが不可能なレーザー砲の類いは横から、アキラを周辺どころか一帯ごと吹き飛ばすように激しく攻撃される。地面に着弾した流れ弾が地表の土砂や瓦礫がれきを吹き飛ばし、空中に舞い上がったそれらをエネルギーの奔流が焼き焦がす。その破壊により周囲の地形が目に見えて書き換えられていく。


 アキラはそれらの砲撃をかわし、迎撃し、斬り払って何とか対処した。


『撃ちやがった! アルファ! あの赤い機体はどうなった?』


 赤い機体の表面からは僅かに煙が上がっている。しかしその煙の発生源は機体表面に付いた砲弾の破片であり、機体そのものは無傷だ。その健在振りを示すように更にアキラに近付いてくる。


『砲撃に巻き込まれたけれど健在よ。味方の砲撃に合わせて力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を短時間だけ劇的に上げたようね』


『あのデータ連係ってやつで味方の砲撃のタイミングが分かるからか!』


『そういうことよ。気を付けなさい。あの機体、味方に撃たれる前提でアキラを殺しにきているわ。あの行動パターンから判断すると、強引に近距離戦を仕掛けることでこちらの動きを阻害して、後方からの砲撃を一緒にらえば、それで勝てると考えているはずよ』


 アキラを有効射程内に収めた赤い機体がより正確に銃撃してくる。その撃ち方はアルファの説明を肯定するかのように、目標の撃破よりも移動の阻害を目的としたものだった。


『そういうことか! 体を張ってるな! アルファ! しっかりサポートしてくれよ!』


『任せなさい。でもその分だけアキラの負荷も高くなるわ。アキラもしっかり覚悟を決めておきなさい』


 挑発的に笑うアルファに、アキラも意気を高めて笑って返す。


『ああ! それは俺の担当だからな!』


 その返事と共に、バイクが赤い機体へ向けて加速する。相手との距離が近いほど誤射の確率も上がる。苛烈に降り注ぐ砲撃をアキラ達は回避で、赤い機体は防御で対応しての、どちらが先に潰れるかの耐久戦が始まった。




 人型兵器とバイクで撃ち合い斬り合うという、自身の感覚では常軌を逸した戦いをアキラの背から間近で見て、キャロルは恐怖よりも興奮を強く覚えていた。


(強いとは思っていたけど……、ここまで強いなんて……!)


 砲撃により吹き飛ばされた大量の土砂が荒れ狂う爆風によって更に巻き上げられ、拳大の石すら滞空し続ける激しい砲火の中、赤い機体が人型兵器用の巨大な銃を連射する。特大の弾丸が舞い上がる砂塵さじんを貫いて宙に軌跡を描きながら標的へ襲いかかる。


 それをアキラはバイクを巧みに操って回避する。空中を走行可能ならではの変則的な挙動で、垂直に、直角に、円に球に螺線らせんにと、一見無茶苦茶むちゃくちゃな極めて計算された軌跡で動き続け、敵に狙いを絞らせず、弾道をくぐりギリギリでかわしていく。更に敵の銃を銃撃して射線を着弾の衝撃でずらした上で、それでもかわし切れない弾丸は、弾丸単位で迎撃して弾道をじ曲げる。


 そのアキラに向けて、赤い機体がブレードを振るう。機体のジェネレーターと直結した巨大な刃が発光し、光刃と化し、刀身から斬撃能力を持つ波動を伝播でんぱさせる。周辺の大気が扇状に広範囲にわたって両断され、砂嵐のように舞い上がっていた砂塵さじんが上下に分割される。


 その斬撃をアキラは液体金属の刃で切り裂いた。実体の無い光刃は切り返すこともはじき飛ばすことも出来ないが、銀色の刃に過剰な程にエネルギーを供給し、力場装甲フォースフィールドアーマーの強度を飛躍的に上げた上で斬撃の波動と衝突させ、その波動を部分的に減衰、四散させることは可能だった。


 加えて液体金属をアルファの演算により極めて効果的な形状に変形させたことで光刃の波動を乱し、本来ならアキラ達をバイクごと両断していた光の波をほぼ無効化させた。それでも僅かに残った分はバイクの展開式力場装甲フォースフィールドアーマーで防ぎ切った。


 その攻防の中、相手の攻撃を防ぐので精一杯のアキラの代わりに、キャロルがレーザー砲で機体を狙う。高速で予測できない動きを繰り返すバイクから振り落とされないように必死に体勢を維持しながら、同じく高速で動く人型兵器に何とか照準を合わせると、最大出力で撃ち放つ。同時にバイクのAF対物砲も同一箇所に照準を合わせて同じく最大出力で光線を撃ち出した。エネルギーの奔流が混ざり合い、集中し、凝縮し、威力を格段に引き上げる。


 その直撃に、赤い機体は力場装甲フォースフィールドアーマーで耐え切った。機体には簡易移動拠点としても使用可能な荒野仕様車両から事前にエネルギーを限界まで補給済みであり、そのエネルギーで力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を一時的に引き上げたことで強固な防御を実現させていた。加えて機体の情報収集機器による解析で相手の射線を計算し、被弾箇所の防御を更に高めていた。


 一進一退の攻防が続く。絶え間無い砲撃の中で行われるその激戦は、500億オーラムの賞金首とそれを狩ろうとするハンターの実力を確かに示すものだった。




 ゲルグスはアキラの強さに改めて驚きながらも違和感を覚えていた。


(ここまで強いのか! リオンズテイル社の連中、本当に見せしめ代の増額無しで賞金懸けたのかよ! いや、これ、500億じゃ足りてねえんじゃねえか? それにこいつの回避力はどうなってる? 俺がこの至近距離からこいつの位置データを送った上でデータ連係をやってるんだぞ? 砲撃の精度は飛躍的に上がってるはずだ。なぜそれをここまで避けられる?)


 自分と至近距離で戦って移動を阻害されながら、絶え間無く続く砲撃を完全に回避するなど、幾ら何でも無理がある。何か裏があるのでは。無意識にそう思い続けていたゲルグスの中で違和感は疑念に変わり、気付きを生んだ。


「まさか……」


 それは有り得ないと思いながらも、懸念が拭えずに確認を取る。機体の情報収集機器が取得したデータを、部隊のデータ連係システムを通して再取得し差分を取った。その結果は、懸念が正しいことを示していた。照準補正用データに差異が出たのだ。


 余りの驚きにゲルグスは一瞬だけ硬直した。だがすぐに我に返り、部隊全体に通信をつなぐ。


「全員データ連係システムを切れ! システムに侵入されてる! データが改竄かいざんされてるぞ!」


 ババロドから漏洩ろうえいした情報にはデータ連係システムへの接続コードも含まれていた。もっと漏洩ろうえいが判明した時点で別のコードに変更したので既に使用できない状態だ。しかし一度漏洩ろうえいがあった以上、他に絶対に無いとも言い切れない。その僅かな懸念が当たってしまったことにゲルグスが頭を抱える。


 部隊に裏切り者がいるとは思いたくない。別の経路で漏れたのかもしれない。犯人捜しをする時間は無い。様々な考えが止めどなく浮かんで混乱しそうな思考を、ゲルグスは一度切り捨てた。そして思考の方向性を絞る。


 システムに侵入されている以上、データ連係はもう使用できない。だが使用しないと砲撃の精度が著しく落ちる。データは適当に改竄かいざんしたのではなく、標的にギリギリで当たらないように書き換えられていた。そこから仮定を重ねていく。


(システムそのものを書き換えるのではなく、あくまでもデータの改竄かいざんだ。それも恐らくリアルタイムで。改竄かいざんしているのは俺達の標的だが、本人じゃない。俺と戦いながらそんな真似まねは出来ない。遠隔地からデータを改竄かいざんしても、送信が砲撃前に間に合わないはず。近くに協力者がいる。どこだ……?)


 希望的観測とは思いながらも、裏切り者はいないと仮定してそれ以外を探す。すると対象は一つしか無かった。シロウが乗るキャンピングカーだ。データ改竄かいざんの演算量を考えると高性能な大型の機器が必要になるが、あの車両ならば十分に積めるという考えもゲルグスを後押しする。


 ゲルグスはアキラの相手を中断して、機体をキャンピングカーへ向けて全速力で飛ばした。




 ゲルグス達の通信を盗聴していたシロウが慌て出す。


「ヤベえ! バレた!」


 加えてゲルグスの機体が自分の方へ向かってくる上に、砲撃もアキラではなくキャンピングカーを狙い始めたことで更に焦り出した。砲撃はデータ連係を使用していない所為で精度を落としている。だが照準補正データを改竄かいざんして惜しいところで当たらないように操作していた今までとは異なり、命中率は低くとも偶然当たる確率自体は増えていた。


 シロウはアキラがまた補給に戻ってくるのに備えて一定の距離を保っていた。だがすぐにキャンピングカーを全速力で走らせ、出来る限り距離を取ろうとする。


『アキラ! データ改竄かいざんに気付かれた! 狙われてる! 何とかしてくれ!』


『とにかく逃げろ! 赤い機体はこっちで何とかする!』


『砲撃は!?』


『死ぬ気で避けろ!』


『クソッ! 分かったよ!』


 シロウは半ば自棄やけになってそう答えると、車両の周囲に降り注ぐ砲撃に顔を引きらせながら、とにかく車を加速させた。




 ゲルグスがキャンピングカーの破壊を優先したことで、アキラとゲルグスの攻守は逆転した。


 赤い機体はアキラへの攻撃を控えてキャンピングカーへの接近を優先し、それを阻止しようとアキラがキャロルと一緒に攻撃を加えている。攻勢なのはアキラ達だが、劣勢なのもアキラ達だった。キャンピングカーを破壊される前に機体を撃破しなければならないという制限時間が生まれたからだ。


『クソッ! アルファ! 不味まずい! こいつ頑丈すぎるぞ!』


『弱音を吐かずに攻撃しなさい。相手もこちらからの攻撃の直撃に耐えるためには力場装甲フォースフィールドアーマーの強度を十分に上げる必要があるわ。それだけエネルギーの消費も激しくなるの。今はその消耗を狙うしかないわ』


『分かってる!』


 シロウも逃げながら車両の機銃で赤い機体を攻撃している。しかし大して効果は無い。少なくとも接近を押しとどめることは出来ていない。機体は全身に銃弾を浴びても欠片かけらひるまずに、回避行動で移動方向を僅かに変えることすら拒否して車両との距離を詰めようとしていた。


 更に機体が銃で車両を銃撃する。人間用の銃とは比較にならない巨大な弾丸が散蒔ばらまかれ、数発が車両に命中し、装甲を削り、車体を揺らした。シロウから悲鳴の混じった焦りの念話が届く。


『おいアキラ! どんどん近付かれてるし、撃たれてるし、砲撃もひどい! 何とかならないのか!? このキャンピングカーを破壊されたら荒野で野宿になるんだろう!? それでも良いのか!?』


『今、何とかしてるところだ! もうちょっと待ってろ!』


 実際にアキラも何とかしようとしていた。だが撃墜を急いで攻撃を優先させすぎると、そのすきくようにしっかり反撃される。赤い機体に比べればバイクに乗るアキラの防御力は紙も同然であり、一度真面まともらえばそれで終わる。撃破を急ぐにしてもアキラ達の武装では限度があった。


 キャンピングカーの装甲はキャロルが自身の逃亡のために用意したこともあって強固だ。降り注ぐ砲弾を運悪くらい、赤い機体からの銃撃を度々受けても、まだ耐えている。そのままであればもうしばらくは保つ。しかしその強固な装甲でも機体に至近距離まで近付かれればどうしようもない。人型兵器の近接武装は銃のような攻撃範囲を持たない分だけ強力だ。一撃で大破する。


 そしてキャンピングカーとの距離を縮め続けた赤い機体とアキラ達は、キャンピングカーを狙う砲撃に巻き込まれる距離まで車両に近付いた。アキラに残された制限時間は残り僅かだ。それを示すように赤い機体が銃ではなくブレードで車両を攻撃する。勢い良く振るわれた巨大な刃が光刃を飛ばし、斬撃の波動が地を裂いた。その亀裂は車両のすぐそばに刻まれていた。


 その一撃は偶然外れたのではなかった。アキラ達が機体の腕とブレードを銃撃し、その衝撃で斬撃の軌道を無理矢理やりずらすことで何とか外させていた。機体を一撃大破の射程まで近付かせてしまったことにアキラが焦りを募らせる。


『アルファ! 本当にヤバいぞ! 何とかならないか!?』


 その要求にアルファが僅かに顔を険しくする。


『仕方無いわ。少し危険だけれど、強引に倒しましょう』


 その返事を聞いたアキラは驚き、思わず不満そうな顔を浮かべた。


『何とかなる方法があったのなら、もっと早く言ってくれ!』


 だがアルファも真面目な顔を返す。


『それだけ危険なのよ。それでも良いの?』


 今までの激戦、砲弾の雨も人型兵器との至近距離での撃ち合い斬り合いも、アルファの感覚では安全の範疇はんちゅうだった。その感覚で、これからは危険なことをする。そう認識して、アキラも真面目な顔を浮かべた。だが意志は変えなかった。


『やる』


 アキラがそう決めたのであれば、アルファもそれに応える。激励するように不敵に微笑ほほえんだ。


『そう。それなら、やりましょうか』


 アルファが作戦をアキラに伝える。それを聞いたアキラがシロウに念話で指示を出す。するとシロウから怪訝けげんな声が返ってくる。


『それ、意味あるのか?』


『良いからやれ。やらないと次は車両ごと真っ二つになるぞ。さっきは何とかしたけど、次も何とか出来る保証は無いぞ?』


 車両のカメラで光刃とその痕を見ていたシロウも腹をくくった。


『分かった。タイミングは?』


『こっちで合わせるから出来る限り急げ』


『これも貸しだぞ?』


『良いから急げ!』


 アキラはそれで話を終えると、こんな状況でも貸しを持ち出すシロウの態度にある意味で感心した。そして意識を切り替えて今度はキャロルに作戦を伝える。するとキャロルは軽く笑った。


「そんな真似まねして大丈夫なの? って言うのは野暮やぼかしらね。でもそこまでしないと駄目なの? キャンピングカーの被害なら、また買えば良いだけだから気にしなくて良いわよ?」


「嫌だ。気にする。野宿は御免だ」


 アキラにとってはその程度のことなのかと、その程度のことのためにそこまでするのかと、キャロルは楽しげに笑った。


「そう。それじゃあ、頑張ってね」


「ああ。キャロルもな」


 アキラは気を引き締めて息と意気を整えた。




 ゲルグスはキャンピングカーを狙い始めてからのアキラの行動から、自身の推察が正しかったことを確信した。それは部分的には間違っているのだが、シロウを殺せばデータ連係システムの改竄かいざんを防ぐことが可能で、そのシロウがキャンピングカーに乗っている部分は正しく、アキラを追い詰める意味でも正しかった。


 味方の砲撃に再び巻き込まれるが、それは元々覚悟の上だと車両に近付いていく。その間も車両を銃撃したが、相手もかなり頑丈な荒野仕様車両で耐えられてしまう。ならばと、ブレードでの攻撃が届く距離まで接近し、攻撃する。だが邪魔をされた所為で外してしまう。次は当てる。そう意気込みながらブレードにエネルギーを込めていく。


 その時、前方の車両の後部扉が僅かに開いた。そしてそこから大量の発煙弾が捨てられる。それらはすぐに爆発し、車両後方に一気に煙をき散らした。


 ゲルグスはそれが情報収集妨害煙幕ジャミングスモークだとすぐに気付いたが、その意図が読めずに僅かに困惑する。


(荒野でその程度の量をいてどうする? すぐに四散するだけだぞ? それにこっちは高速で移動してるんだ。効果範囲をすぐに突き抜ける。何を考えている?)


 そう怪訝けげんに思いながらも、500億オーラムの賞金首の仲間がやることなのだから、追い詰められて錯乱したことによる無意味な行動ではないと判断し、その意図を探る。そして自分の機体が情報収集妨害煙幕ジャミングスモークに塗れた瞬間を狙って攻撃するためだと判断した。


 機体の力場装甲フォースフィールドアーマーは相手の攻撃に反応してその強度を自動調整するようになっている。当然ながら被弾してから強度を上げても意味は無く、被弾箇所を事前に察知する必要がある。機体の情報収集機器はそのための重要な機能だ。


 僅かな時間とはいえ機体を情報収集妨害煙幕ジャミングスモークで包み、攻撃の予兆を探知しにくい状態にした上で攻撃することで、力場装甲フォースフィールドアーマーの自動調整機能による強固な防御を突破するつもりだ。そう考えたゲルグスは、機体の全部位の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を限界まで上げた。


 そのような真似まねをすれば大量のエネルギーを消費する。加えて余りに高出力にした所為で力場装甲フォースフィールドアーマーが情報遮断体の性質を持つようになってしまい、情報収集機器の精度が更に悪化する。それは分かっていたが、情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを突破する僅かな時間であれば問題無いと判断した。


 機体が煙に包まれる直前、バイクで宙を駆けるアキラがブレードを片手に突撃してくる。ここで攻撃してくること自体は予想通りだったが、銃撃ではなくブレードでの攻撃だったことを少し意外に思う。だがアンチ力場装甲フォースフィールドアーマーの効率を高めるのであればその選択も有り得るので、然程さほど驚かず冷静に対処する。


 機体とバイクが煙にみ込まれる。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークが互いの認識を困難にする中、持ち手も刃も大きさが余りに違う者同士が擦れ違いながら斬り合った。


 巨大な刃は煙をき回すだけに終わった。小さな刃は強力な装甲にはじかれた。煙幕からバイクが飛び出し、少し遅れて機体も煙幕から脱した。


 機体が情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響下から抜けたことで情報収集機器の精度が回復する。それにより被弾の察知能力も戻ったので、機体の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を自動調整するシステムも復帰した。


 相手の作戦を問題無くしのいだと思ったゲルグスが笑いながらバイクに銃を向ける。銃口の先ではキャロルだけがバイクに乗ってレーザー砲を構えていた。


 それを見たゲルグスの顔が驚きに染まる。バイクにアキラの姿は無かった。


(いない! どこにいった!? 落ちたのか!? 反応は!?)


 すぐに情報収集機器でアキラを探したが、それらしい反応はどこにも無かった。その困惑がゲルグスの動きを僅かに乱す。


 次の瞬間、機体背面に大量の銃弾が着弾した。機体の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力の自動調整システムが奇襲を受けたと判断し、機体の保護のため力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を着弾地点に著しく偏らせる。その所為で、着弾地点の逆側の出力が低下した。そこはちょうど、キャロルがレーザー砲の照準を合わせていた場所だった。


不味まずい!)


 ゲルグスはすぐに手動で機体前面の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を戻そうとした。しかし手遅れだった。キャロルのレーザー砲とバイクのAF対物砲が出力を落とした力場装甲フォースフィールドアーマーに突き刺さり、機体の表面を破損させた。




 赤い機体と擦れ違いながら斬り合った時、アキラは迷彩機能を使いながらバイクから機体へ飛び移っていた。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークはそれを隠すためのものだった。アルファのサポートを受けた迷彩機能でも、機体の情報収集機器の性能に加えてこの至近距離では気付かれる恐れがあったからだ。


 飛び移った後は強化服の足の裏にある接地維持機能を応用して機体表面に垂直に立つ。更にアルファがアキラの反応を機体の力場装甲フォースフィールドアーマーの反応に混ぜるように迷彩機能を調整し、機体に貼り付いても探知されないようにした。


 そしてアキラは機体背面に移動すると、機体前面の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を出来る限り低下させるように銃撃する。至近距離からの最大威力のC弾チャージバレットによる最速連射での銃撃でも、機体の強固な力場装甲フォースフィールドアーマーの前には僅かな傷を付けることすら難しい。だが機体の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を背面に偏らせることは出来た。


 そこにキャロル達の攻撃が突き刺さった。


『アキラ! 急いで!』


『分かった!』


 一瞬の遅れが致命的になる状況で、その一瞬をつかみ取るために、既に体感時間は限界まで濃密に圧縮している。高速で宙を移動する人型兵器の表面は暴風が吹き荒れているのと変わらない状態だ。その上を走るなど、その風の壁を突き破りながら進むのと変わらない。


 そこを強化服の力で突き進む。体感的には遅くとも、実際には非常に高速で進んでいる。進む度に前方の空気が圧縮され、前進への抵抗となって邪魔をする。それを無理矢理やり突き進んだ。


 そのおかげでアキラは機体の逆側へほんの僅かな時間で辿たどり着いた。そしてキャロルの攻撃で損傷した部分にLEO複合銃を突き刺し、引き金を引いた。


 宙に放てば弾幕となる大量の銃弾が、銃口を僅かとはいえ機体内部に入り込んだ状態で撃ち出される。既に力場装甲フォースフィールドアーマーの出力は元に戻っていたが、その部分は力場装甲フォースフィールドアーマー発生装置の損傷により効果が落ちていた。そこを至近距離から銃撃されたことで破損状態が著しく悪化していく。不規則に飛び散る衝撃変換光が損傷のひどさを視覚的に表していた。


 撃ち込まれた銃弾が機体内部を破壊していく。それでも機体の大破やゲルグスの殺害には至らない。そして赤い機体がアキラを吹き飛ばそうと腕を大きく振るった。


 アキラはそれを跳躍してかわした。つまり宙に飛んで機体から離れた。この時点でアキラは次の攻撃をかわせなくなった。足の裏にある接地機能を応用して空中に足場を作り、それを蹴って移動することは可能だが、赤い機体の攻撃を回避できるほど素早く正確に動くのは無理だからだ。


 だが次の攻撃は無かった。キャロルが再びレーザー砲でバイクのAF対物砲と一緒に同じ場所、LEO複合銃が突き刺さったままの破損箇所を銃撃する。そこは既に力場装甲フォースフィールドアーマーを発生させられないほどに破壊されていた。その無防備な部分をエネルギーの濁流が光線となって貫き、内部を融解させ、焼き焦がし、赤い機体を大破させた。




 機体が大破する直前、敗北を悟ったゲルグスは苦笑を浮かべていた。高ランクハンターだけあってゲルグスの意識は高速戦闘に追い付いており、訳も分からずに倒されたのではなく、何をされたのかしっかりと理解していた。


(あそこから俺の機体に貼り付くか……! 何て野郎だ……!)


 機体のジェネレーターを破壊されて動力源を失い、操作不能になった機体が慣性のままに高速で地面に激突する。力場装甲フォースフィールドアーマーによる保護も失った機体はその衝撃に耐え切れなかった。機体を大きくゆがめて派手に壊れる。


(ここまで強えとはな……。ゼロスの判断が正しかったか……)


 ゲルグスは自分の判断の誤りを嘆き、ゼロスとは異なりその選択を出来なかった自らの無能を自嘲した。だが実際にはゼロスも極めて際疾きわどい判断をした結果での選択であり、その判断能力にゲルグスが自嘲するほどの差は無かった。


 以前にアキラとじかに会っていたかどうか。その実力の片鱗へんりんを見ていたかどうか。その僅かな差が、二人の選択をたがえていた。


「全く……、リオンズテイル社のやつら……、賞金をケチりやがって……。500億じゃ、全然、足り、ねえ、ぞ……」


 機体を内部から破壊したエネルギーの余波で体の大半を失い、焼かれ、その上で激突の衝撃を受けて死にかけていたゲルグスは、最後に冗談のようにそう愚痴をこぼすと、笑って息絶えた。




 キャロルがバイクで空中を走りながら、落下中のアキラをつかむ。そのまま自分の前に乗せると、落ちないように後ろから抱き締めた。


「アキラ! すごい! やったわ!」


「ああ、何とかなったな」


「人型兵器を個人兵装で倒したってのに反応薄いわね!」


「もう何度かやったことだからな」


「何度もやったの!? 本当に頭おかしいわね!」


「……褒められてるって解釈しとくよ」


「褒めてるわ!」


 キャロルは大物の撃破に高揚してはしゃいでいたが、アキラは苦笑を浮かべる程度だった。そこにシロウから念話が届く。


『アキラ! 流石さすがにもう撤退で良いよな!? これ以上は勘弁してくれ!』


『分かった。離脱だ』


『よし! 全力で脱出だ!』


 アキラ達はバイクでそのままキャンピングカーの屋根まで移動すると、いまだに続いている砲撃の迎撃に回る。そしてしばらく迎撃を続けると、その砲撃も止まった。


 アキラが一息吐く。


「……撃ってこないってことは、向こうも諦めたか。疲れた……」


「それなら中でゆっくり休みましょう。そのためにこの車を守ったんでしょう?」


「そうだな」


 アキラはキャロルに笑って返し、一緒に車内に戻ろうとした。


 その時、アルファから非常に険しい表情で指示が飛ぶ。


『アキラ! 警戒して!』


 気を緩めていたアキラが意識を一気に臨戦に切り替える。極限の集中が世界の時を限界まで緩やかにする中で感覚を拡張感覚を含めて研ぎ澄ませ、意識を全方位に向けて敵の攻撃に備える。


『アルファ! 何があった!』


『右よ!』


 アキラはバイクから外しておいたLEO複合銃を反射的に右へ向けながら敵を視認しようとした。しかしそこには代わり映えのない荒野の風景が広がるだけだった。視認できないほどに遠い位置にいるのか、あるいはどこかに隠れているのかと目を凝らす。


 するとほんの僅かな違和感を覚えた場所に襲撃者の姿が映し出された。アルファがアキラの情報収集機器のデータから相手の迷彩を突破し拡張視界に描写したのだ。


 しかし既に手遅れだった。アキラが照準を相手に合わせ直す前に、襲撃者はアキラとの距離を詰め終えていた。そして胸に掌底を打ち込むようにしてアキラを車両の屋根から押し出し、そのままアキラを荒野の地面にたたき落とした。それは地面が波打つほどの衝撃で、強化服を着ていたアキラを殺しかねない威力だった。


 全ては一瞬の出来事で、アキラは全く対応できなかった。アルファもアキラの強化服を操作して対処しようとしたが、反撃も、回避も、防御も間に合わなかった。


 倒れたアキラに、襲撃者が間を置かず銃を突き付ける。


「初めまして。私はクガマヤマ都市の職員をしているヤナギサワという者だ。少し、お話を聞かせてもらえるかな?」


 眉間に銃を突き付けられ厳しい表情を浮かべるアキラに向けて、ヤナギサワは、調子良く、楽しげに笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る