第276話 ハンター達の思惑

 500億オーラムの賞金首を狩るために集結したハンター達は、ゲルグスというハンターが率いるチームを中心にしたハンターチームの連合だ。各自で荒野仕様車両や戦車、人型兵器を持ち寄って大部隊を編制している。


 その車両の中に一際巨大な荒野仕様車両があった。2階建ての構造で人型兵器を格納できる程に大きい。内部には宿泊施設まで備えており、簡易移動拠点としても使用できる特別な車両だ。その車体にはリオンズテイル社の社標が記されていた。


 車内には司令室としても使用できる会議室があり、その中央にはテーブル形の表示装置が設置されている。今はハンター達の機体や車両の索敵機器から集めた情報を基にした現在の戦況が表示されていた。


 険しい顔でその戦況を注視していたゲルグスが、味方の車両を示す反応が消えたのを見て思わず声を荒らげる。


「クソッ! またか!」


 アキラを十分に距離を取って包囲し、遠距離からの砲撃で一方的に攻撃、撃破するという作戦は、アキラがその砲火をくぐり、距離を詰め、包囲円を食い破ったことで既に破綻している。その時点で大部隊という数の暴力はその力を半減させていた。


「逆側に配置したやつらの集結を急がせろ! 砲撃の再開も要請しろ! あいつら、賞金首戦だってのに何をごねてるんだ?」


 苛立いらだちながらも怪訝けげんな様子を見せるゲルグスに、同じチームのタクトというハンターが険しい顔で答える。


「これ以上の誤射は許容できないと言ってます」


「あいつにここまで近付かれた所為で、逆に位置情報の精度は十分に上がってんだ。その状態で照準データ連係を使っても外す馬鹿しかいねえのか?」


「標的も誤射を誘発するように動いてるんでしょう。その上で、何しろ誤射の先は他のチームですからね。装備の破損等なら後で金で解決すれば良いんですけど、他チームの者を死なせてしまえば取り返しが付きません。その辺でしょう」


 ゲルグスが顔をしかめて舌打ちする。他のチームの言い分は、ある意味でゲルグス達が力不足である証拠だ。


 他のチームの者達も500億オーラムの賞金首に挑むだけあって実力者であり、そこらのハンターとは覚悟が違う。戦闘で死人が出ることへの割り切りもある程度は出来ている。その上でゲルグス達のチームがその突出した力をもって明確な上位者となり、誤射による死亡を起因とするチーム間の争いを完全に抑えられるのであれば、誤射を恐れずに砲撃できた。


 誤射を許容できないという言葉は、他のチームの者達はゲルグスにはその抑えが出来ないと判断している証拠であり、同時にそれを公言しているのも同然だった。


「ゲルグスさん。どうします? 俺がチームを率いてあいつを囲みますか?」


 ゲルグス達のチームでアキラを撃破ではなく移動阻害目的で取り囲み、その上で他のチームに砲撃を頼めば誤射の責任は解決できる。その指示で仲間に死者が出たとしても、指示者も死者も同じチームの者なので、責任が他のチームに及びにくいからだ。


 勿論もちろんその分だけ誤射の恐れは高くなる。タクトはそれを分かった上で、自分達が動くと告げていた。


 しかしゲルグスは同じチームの仲間にそこまでの被害を出すことを許容できなかった。険しい顔で首を横に振る。


「駄目だ。お前は目標の再包囲の指揮を続けろ」


「……、分かりました。気が変わったら早めに言ってください」


「ああ」


 ゲルグス達が戦況を示す表示装置に再度視線を向ける。味方の反応がまた一つ消えた。




 アキラが背中のキャロルと一緒にバイクで荒野を疾走する。地上も空中も区別無く、水平と垂直の区別すら忘れて高速で自在に駆けていく。


 タイヤが力場装甲フォースフィールドアーマー機能で空中に透明な足場を生み出し、その上を加速し、鋭角に曲がり、衝撃変換光によるブレーキ痕を描いていく。アルファの指示通りに宙を駆け、敵の射線を別の敵で塞ぎ、誤射を誘発させる位置取りを維持し、砲撃を避け、くぐり、敵を翻弄する。


 敵の戦車もそのアキラを執拗しつように狙う。500億オーラムの賞金首を狩ろうとしているハンターチームの戦車だけあって強力だ。


 無限軌道は地形に沿って大きく変形することで、荒野の悪路を容易たやすく突破し瓦礫がれきの山すら軽く乗り越える。それだけではなくアキラのバイクに似た機能まで有しており、敵が真上にいようとも見えない走路を自ら作り出してその上を垂直に走行し、照準を車体ごと無理矢理やり合わせて砲撃できる。


 強力なジェネレーターを搭載した車体は強固な力場装甲フォースフィールドアーマーで守られており装甲タイルも併用している。加えて力場障壁フォースフィールドシールドも使用可能で、機銃やミサイルポッドなど車体そのものと比べてもろい武装を保護できる。


 主砲には高性能な索敵機器による照準補正機能が付いており、更に他の機体とのデータ連係により命中率を向上させている。その照準精度でツェゲルト都市周辺のモンスターすら吹き飛ばす威力の砲撃が可能だ。


 それらの戦車が部隊で動き、連携してアキラを攻撃している。遠ければ主砲で、近ければ機銃で、ミサイルポッドから撃ち出した無数のミサイルまで加えて苛烈に攻め立てる。


 その集中砲火にアキラはあらがっていた。それが回避可能であれば回避し、不可能であれば迎撃し、斬り払う。


 砲弾がバイクを目掛けて宙を穿うがち周囲の大気をき乱す。交差するように放たれたレーザー砲が空気を焼き焦がす。それらを完全に射線を見切った上で立体的な回避行動でかわし切り距離を詰める。


 機銃から大量の銃弾が放たれて弾幕となり、点ではなく面の攻撃となって襲いかかる。ミサイルポッドから撃ち出された無数のミサイルがそれぞれ別々の軌道で大きな弧を描いて敵を全方位から取り囲み、面ではなく球の攻撃となって襲いかかる。


 アキラはそれらを迎撃して回避の道をじ開ける。弾幕に弾幕をぶつけても弾は擦れ違わず、極めて高度な精密射撃により銃弾単位で直撃し合い、互いに弾道を大きくゆがめていく。ミサイルも着弾前に撃墜して爆発させ、爆煙で周囲の索敵精度を落とし、爆風で他のミサイルの弾道をゆがめて、全体の命中率を落としていく。その弾幕と爆発の隙間を駆け抜けて、更に距離を詰めていく。


 そこに再び敵部隊の主砲の一撃が迫る。実弾である砲弾と、エネルギーの奔流が、共に回避不可能な距離と速度で撃ち放たれる。


 アキラがそれらを銀色のブレードで斬り払う。バイクの高出力エネルギータンクから供給されるエネルギーを用いて、液体金属の刃を強力な力場装甲フォースフィールドアーマーで固定、強化し、間合いと強度を劇的に引き上げて勢い良く振るう。


 砲弾は銀色の薄いブレードで両断されながら射線をゆがめられ、エネルギーの波は指向性をらされて分断され、どちらも標的かられていった。死地を斬り裂きじ開けた隙間を通り、アキラは更に敵戦車へ接近する。


 そしてその戦車を銃撃しながらバイクで近付き、その横を走り抜け、同時に刃を振るった。極度のエネルギーを供給された刀身が、崩壊しながらアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー効果を持った光刃と化し、戦車の強固な力場装甲フォースフィールドアーマーを突破して車体を中身ごと両断する。使い捨ての刀身であることを生かした二度は振れない刃での一刀両断だ。


 それでも本来はこの戦車を切り裂くほどの威力は無い。より東側の領域でモンスターを狩るための戦車だけあってそこまでもろくはない。車両の制御装置には車体の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力配分を自動で調整する機能も付いている。敵の攻撃に即座に反応して攻撃を受けた箇所の防御を一時的に飛躍的に高める機能であり、その防御は非常に高い。


 だがアルファはその防御機能を逆に利用していた。アキラに戦車を斬らせる前に、その装甲をアキラに精密に銃撃させて、車体の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力に偏りを生み出す。そしてその偏りから生まれる力場装甲フォースフィールドアーマーの裂け目、出力低下部分を正確に斬らせていた。


 その裂け目は目視不可能で、しかも一瞬しか存在せず、加えて髪の毛が太すぎると感じられるほどに狭く、更に車体の力場装甲フォースフィールドアーマーと併用されている装甲タイルの下にある。そこに発砲後の銃弾でさえ余裕で摘まめるほどの精密動作で刃を滑り込ませていた。


 その神技をもって戦車が上下に二分される。車体と装甲タイルの両方から衝撃変換光がほとばしり、僅かに遅れて上部分が慣性でずれ始め、切断面に沿って滑り落ちていく。下部分には上半身の無い乗組員達が残っていた。


 続けてアキラがキャロルと合わせて別の戦車を攻撃する。アキラのLEO複合銃、キャロルの携帯式レーザー砲、バイクのAF対物砲が同一の目標に照準を合わせ、一斉に銃撃する。


 その際、アキラはキャロルより一瞬早く撃っていた。放った銃弾が目標の車体に着弾し、その衝撃に反応して標的の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力に再び偏りが生まれ、ある一点だけ防御力が落ちた。しかもアキラの銃撃はアルファの計算により、その箇所がちょうどキャロルの照準に合うように調整されていた。


 一瞬後、そこにキャロルのレーザー砲とバイクのAF対物砲による一撃が突き刺さる。装甲を貫き、膨大なエネルギーを車内に送り込み、車両を内側から焼却、大破させた。


 新たに2両の戦車を撃破したが、アキラに立ち止まる暇など無い。バイクを全速力で走らせて次の目標へ急ごうとした。


 そこでキャロルが後ろからアキラに胸を押し当てながら顔を近付ける。


「アキラ。離脱目的ならこれぐらいで十分だと思うけど、続けるの?」


 アキラも戦闘中にキャロルの胸が当たっていることや顔が近いことを気にする余裕は無い。聞かれたことについてだけ思案する。


 包囲の一部を破ったが、多勢に無勢であり、全体としては劣勢であることに変わりは無い。何とか戦えている今の内に一度引くという選択肢は十分にある。しかし直近の状況ではしっかり戦えていることも事実だ。部分的に優勢とも言える。その勢いに乗り、更なる優勢を求めるという選択肢もあった。


 どちらが良いかと少し迷ったアキラがふと思い、何となくキャロルに聞き返す。


「キャロル。それ、だからさっさと逃げようっていう提案か?」


 この戦いにキャロルを付き合わせているのは自分だ。そう思ったアキラは、キャロルが逃げたいのであれば、ここで撤退でも良いかと思っていた。


 だがキャロルからは明るい声が返ってくる。


「ん? 違うわ。もし頭に血が上って無理に戦っているのなら、この辺で止めときなさいってだけよ。冷静に考えた上で続けるって言うのなら構わないし、私もとことん付き合うわ」


 一緒に死地を駆ける状況を続けても構わない。命懸けを許容するその言葉をキャロルがあっさり返してきたことに、アキラはどこかうれしそうに笑った。そして上機嫌な声を返す。


「そうか。じゃあ、もう少し付き合ってくれ。とことんまで追い詰めて皆殺しにするとは言わないけど、出来れば向こうから退いてほしいからな。割に合わないと思ってるやつらもいるはずだ。俺達の方から逃げたら、その連中もやる気を取り戻すかもしれないしな」


「了解よ。それなら彼らには、アキラを狙ったことを引き続きたっぷり後悔してもらいましょうか」


 そう言ってアキラ達は意気揚々と笑った。そこにアルファが口を挟む。


『アキラ。その前に一度補給よ。弾薬もエネルギーも残り僅かだわ』


『もうか? いや、あれだけ使ったんだ。当然か。分かった』


 アキラ達は敵との距離を詰める前にも、相手の装甲を出来る限り削るためにとにかく撃ち続けていた。バイクも全速力を出しながら力場装甲フォースフィールドアーマーで車体を保護し、展開式力場装甲フォースフィールドアーマーも可能な限り強固にしている。ブレードにも大量のエネルギーをそそぎ込んでいた。


 そのような真似まねをすれば拡張弾倉も大容量エネルギータンクもすぐに尽きる。だが敵はそれだけ強力で消費を惜しむ余裕など無い。ここで補給が出来なければアキラ達は終わっていた。


「キャロル。一度キャンピングカーに補給に戻る。飛ばすぞ」


「それ、私をそこに置いていくつもりじゃないわよね?」


 キャロルがそう言って僅かに顔をしかめると、アキラがどこか挑発的に笑う。


「まあ、じ気付いたんなら止めないぞ?」


 それでキャロルも笑って返す。


「冗談言わないで」


 すると今度はアキラが、どこかあきれたように、だが楽しげに苦笑した。


「俺が言うのも何だけど、キャロルも大概だな」


「私にもいろいろあったのよ」


 アキラ達はいまだ死地にいながらも、上機嫌で荒野をバイクで駆けていった。




 シロウが運転するキャンピングカーは既に包囲網の外に出ていた。周囲の敵をアキラ達が交戦して引き付けていたおかげだが、それだけではなくシロウの小細工の効果もあった。


 包囲からは出たが一人で逃げる訳にもいかない。しかし近付きすぎれば戦闘に巻き込まれる。適度な距離を保ちながら推移を見守っていると、アキラから念話が届く。


『シロウ。一度補給にそっちに戻る。合流できるか?』


『大丈夫だけど、気を付けてくれよ? 俺は戦闘なんて肉体労働には不向きだし、この車両も荒野仕様だからってそっちの連中相手に戦えるようなやつじゃないんだ。こっちから合流ルートを送る。そのルートを厳守してくれ。それにしても、逃げるんじゃなくて、補給して戦闘続行か。大丈夫なのか?』


 シロウとしてもここでアキラに死なれては困る。そして欲を言えば、本来ならば自分の目的を達成する実力を示すためにも、500億オーラムの賞金首を狩りに来た者達ぐらい返り討ちにしてほしいところだった。もっともそこは元々妥協してアキラを雇おうとしたこともあり、退くなら退くで仕方無いと考えていた。


 だがアキラからはどこか上機嫌な声が返ってくる。


『逃げると相手が調子に乗って面倒臭いだろう?』


『そうか。まあ、頑張りな』


 シロウは合流ルートをアキラに念話で送ると、軽く笑う。


月定層建つきさだそうけんのエージェントとしては微妙でも、戦闘面では掘り出し物だったか? 期待させてもらうぜ」


 アキラの態度に余裕を感じ取ったシロウは、この様子なら自分の運はまだまだ残っていそうだと、内心の期待を顔に出していた。




 キャンピングカーとの合流を目指すアキラにハンター達の砲火が降り注ぐ。標的が包囲部隊から離れようとしている今ならば誤射の恐れも無い。砲撃は非常に激しいものになっていた。


 しかしアキラは少し怪訝けげんな顔を浮かべていた。


 周囲に降り注ぐ砲弾が地面の土砂を吹き飛ばしている。背後からのレーザー砲も近くの瓦礫がれきを吹き飛ばしている。そして高く舞い上がったそれらがアキラ達の頭上に大量に降り注ぐので、バイクの展開式力場装甲フォースフィールドアーマーで防がなければ前に進むのも難しい状態だ。敵の攻撃はそれほどに激しい。


 しかし砲撃の直撃を防ぐためにバイクを大きく蛇行させてかわしたり砲弾を切り払ったりはほとんどしていない。アキラはそれを不思議に思っていた。


『アルファ。さっきから砲撃を避けてないよな? 何かやってるのか?』


『私は何もしていないわ。シロウから指定された移動ルートで進んでいるだけよ。だから何かしているのであればシロウでしょうね』


 それを聞いたアキラが念話をシロウへ向けて飛ばす。


『シロウ。この移動ルートって何か意味があるのか?』


『ある。危ないから勝手にルートから外れるんじゃないぞ。ギリギリの調整をしてるんだからな』


 ゲルグス達は車両や機体の間でデータ連係を実施し、部隊全体で収集した情報を基に目標への照準補正を実施していた。だがシロウはそこに侵入してデータを改竄かいざんし、データ上のアキラの位置を実際の位置から僅かにずらしていた。そのおかげで激しい砲撃を受けてもバイクに直撃する弾道を描く攻撃は無く、アキラは荒野を無事に進むことが出来ていた。


 データ上の位置をもっと大幅に変更すれば、弾雨をくぐる必要すら無くなる。もっともそこまであからさまな改竄かいざんをしてしまえば流石さすがにゲルグス達に気付かれる。そこでアキラに上手うまく避けられてしまっていると判断される程度の修正にとどめていた。


『他にも誤射を誘発するように微調整したり、俺もいろいろサポートしてるんだぞ? 感謝しろよ?』


『分かった。借りにしとくよ』


 アキラはそう答えながらキャンピングカーに近付き、後部扉から中に入る。同時に体感時間を操作して補給作業を全速力で開始した。


 バイクをめ、LEO複合銃の弾倉とエネルギーパックを交換する。バイクからエネルギータンクを取り外し、付け替える。同じく補給作業を進めているキャロルの動きを遅く感じながら、AF対物砲の弾倉とエネルギーパックの交換を急ぐ。


 様子を見に来ていたシロウが何か言っているが、体感時間の速度に差がありすぎて念話でも会話が成立しない。後にしろ、とだけ答えてブレード用の液体金属のタンクを交換する。


 補給作業にもかかわらず車両内に軽い突風を生み出すほどに急いで作業を終わらせると、アキラはキャロルと一緒に再び出撃した。バイクを勢い良く逆走させて車外に出ると、その勢いを保ったまま空中で車体を反転させ、そのまま宙を駆けていく。そして銃を握り、一番近い標的へ向けて襲いかかった。


 補給を済ませて万全の状態を取り戻したアキラ達の砲火をらい、500億オーラムの賞金首を倒すために用意された強力な戦車がまた一台大破した。


 そこでシロウから念話が届く。


『もう良いか? データ連係に介入して見付けたんだが、敵の車両の中にリオンズテイルの車両があった。この賞金首討伐部隊の指揮をリオンズテイル社のやつがやってるのなら、その車両を潰せば残りは撤退するかもしれない。戦い方は任せるけど、一応データを送っておくぞ』


『分かった。助かる』


『あと、ちょっとした疑問なんだけど、お前、ハンター連中から何か恨みでも買ってるのか?』


『そりゃ現在進行形であいつらを殺してるんだから、恨みは買ってるんじゃないか?』


『つまり明確な心当たりは無い訳か』


『そうだけど、何でそんなことを聞くんだ?』


『単純に500億の賞金首を狩りに来ただけなら、この被害なら既に撤退していても不思議は無いんだ。その上で連中が退かないのなら金以外の理由があることになる。それは何だろうかと思ったら、まあ、私怨かなって思ってさ』


 これだけの部隊に襲われている理由に、自分が賞金首であるということとは無関係な理由があるかもしれない。それを聞いたアキラは、シロウの推測にすぎないとはいえ、面倒そうに顔をしかめた。




 悪化していく戦況にゲルグスは苦悶くもんを顔にありありと出していた。


 今回の賞金首討伐を成功か失敗かの二択で評価するのであれば、アキラの撃破にこれから成功したとしても、金銭的には既に失敗と判断せざるを得ない状態だ。車両等の損失を賞金で補填できるかどうかすら怪しい。人的な損失は既に取り返しが付かない。


 本来ならば状況がここまで悪化する前に撤退するという判断もあった。ゲルグスも単純に賞金目的ならばとっくに見切りを付けていた。正確な損切りを素早く下せる判断力もハンターの重要な要素であり、ゲルグスにはそれがあった。


 その上で、半ば泥沼にまろうとしていることを自覚しながらも、いまだに撤退の判断を下せない要素の一つに、ゲルグスが思わず顔を向ける。


「おいっ! 500億の賞金は見せしめ目的じゃなかったのか!?」


 そこにはパメラとラティスが立っていた。高ランクハンターから恫喝どうかつに近い威勢を受けながらも、どちらも全く動じていない。そのままパメラが落ち着いた態度で答える。


「500億オーラムもの賞金を懸けた上にモンスター認定までしているのです。以前にお話しした通り、見せしめとしては十分な内容であると判断しております。違いますか?」


 ゲルグスが不服そうに顔をゆがめて嫌みを返す。


「リオンズテイルは金欠なのか? それともお前らの主人の小遣いが足りてないのか?」


 今度はラティスがパメラと同じく平然と答える。


「強いて言えば、お嬢様はくだんのハンターとのいさかいで散財されたようですので、その辺りですかね」


「……、そうかよ」


 ゲルグスは忌ま忌ましそうに軽く舌打ちした。


 賞金額と賞金首の強さは必ずしも比例しないが、それでもモンスターの場合は基本的に賞金が高額なほど強くなる。賞金を懸けられるほどに邪魔で速やかな駆除を求められているからだが、強くて容易たやすく排除できないからこそ賞金が高額になるからでもある。


 しかし人間の賞金首の場合は少々事情が異なる。怨恨や制裁など人間特有の要素により賞金が増額されるからだ。


 ゲルグスはそれらの理由によりアキラの実力を300億オーラム相当、高くても350億オーラム程度だと見積もっていた。実際の賞金額との差分は制裁や見せしめ目的の増額分だ。リオンズテイル社の創業者一族の者を殺そうとしたのだ。その程度の増額はするだろうと判断していた。


 しかしアキラの実力はゲルグスの予想を超えていた。だが圧倒されるほどでもなかった。その所為で、300億オーラム相当の実力にしてはしぶといが、もう少しで殺せるだろうと判断してしまい、引き際を誤らせていた。


 そこでアキラに500億オーラム相当の実力があるのか聞いてみた。お前達の主人はハンターに襲撃されても、その賞金に制裁分の増額をされないほどリオンズテイル社から重要視されていないのかと、嫌みを交えて暗に尋ねたのだ。そしてその返答は、アキラに500億オーラム相当の実力があることを否定するものではなかった。


 それでもゲルグスはまだ撤退を選択できない。それはこれだけの被害が出ても、加えて戦闘を継続して更なる損害を被ったとしても、勝てば割に合う可能性が高いからだ。


 ゲルグスはクロエ達から賞金以外の報酬も示唆されていた。それはリオンズテイル社との伝なのだが、支店ではなく本店との伝であり、更に本店の代表であるアリスがここに極秘裏に来訪する予定で、今回の賞金首討伐にも関わりがあることを匂わされていた。


 ゲルグスもその裏取りぐらいはした。もっともアリスの行動予定はリオンズテイル社の機密であり、外部の者に知れ渡ることはない。それでもリオンズテイル社の重要人物がクガマヤマ都市方面に向かっているらしいという情報を得ることは出来た。


 五大企業の重役並みの重要人物との伝。その価値は計り知れない。それを得られるかもしれない機会をゲルグスは逃したくなかった。


「……おい、もう一度聞くぞ。お前達の主人、クロエだったか、そいつ、今回の件が上手うまくいけば、本店に行くってのは本当なんだな?」


 パメラが自信のある笑顔を浮かべる。


「その可能性は十分に高い、とだけお答えしておきます。少なくとも三区支店はお嬢様を全面的に支援しております。この車両も三区支店の備品です。それだけ力を入れているとお考え下さい」


「……、そうか。分かった」


 ゲルグス達にとってアリスとの伝は部隊全体で刺し違えてでも得る価値がある。だがその件はゲルグスのチームの者しか知らなかった。つまり他のチームの者達はこれ以上戦況が悪化すると独自に見切りを付けて撤退する恐れがあった。


 それらを踏まえて、ゲルグスは決断した。


「タクト。方針を切り替える。多少巻き添えを出してでもあいつの動きを止めるぞ。それで砲撃で潰す。他のチームのやつらに誤射を気にせずに撃つよう厳命しろ」


「分かりました。すぐに動きます」


「いや、お前達のチームも砲撃の方に回れ」


 てっきり自分達がやるものだと思っていたタクトは思わず困惑を顔に出した。


「ゲルグスさん。それじゃ誰があいつを止めるんです? 他のチーム同士だと誤射を理由に撃ちませんよ?」


「あいつは俺が一人で止める」


 ある意味で部隊全体を相手に一人で互角に渡り合っている標的を自分一人で抑えるというゲルグスの言葉に、タクトは驚きを隠せなかった。




 巨大な荒野仕様車両の近くで、自動操縦で動く赤い人型兵器が大型の砲でアキラに砲撃を続けていた。


 その機体が砲撃を中止して車両に近付き、機体背面の扉を開けた。車両から出てきたゲルグスがそこから機体に飛び乗る。走行中の車両からタラップ等を使用せずに何の躊躇ちゅうちょも無く飛び出し、同じく走行中の機体にあっさりと乗り込む。その動きからは高ランクハンターの実力を垣間かいま見ることが出来た。


 機体が大型の砲を車両の格納庫に戻し、代わりに銃とブレードを装備する。そしてエネルギーの補充を済ませると勢い良く宙を飛んだ。


 その機体の中でゲルグスが厳しい表情を浮かべながら、自身に言い聞かせて意気を高めるように口に出す。


「決断は遅れたが、それでも勝てば俺の判断が正しい。ゼロス。見てやがれ」


 ゲルグスはゼロスが率いるチームの副リーダーだ。チームのリーダーは今もゼロスだが、ババロドによる情報漏洩ろうえいの責任を追及される形で求心力が落ちており、ここでゲルグスが大きな成果を上げればリーダーの座を奪うことも出来る状態だった。


 もっともゲルグスも当初はリーダーの座を奪おうとは思っていなかった。しかしアキラを狙うかどうかの会議でゼロスと意見が対立してしまい、チーム内部もゼロス派とゲルグス派に分かれてしまった。


 500億オーラムの賞金とリオンズテイル社との伝はチームを更に飛躍させる絶好の機会だ。その認識までは共有していたのだが、ゲルグスが利益を説いて説得してもゼロスはどうしても首を縦に振らず、ゼロスも実際にアキラと会った自身の勘と印象という曖昧なものでしか反論できず、決定的に決裂してしまった。


「ゼロス。俺達はハンターだろう? 賭けるに足る時に賭けられねえようじゃ、後は腐って死ぬだけだろうが。今更じ気付いてどうすんだよ」


 機体の情報収集機器がアキラを捉える。


「テメエを殺してゼロスに証明する! 俺が正しいってな!」


 赤い機体が宙を飛びながら銃を構え、クガマヤマ都市周辺のモンスターなど一発で消し飛ばす弾丸を連射する。人型兵器用の巨大な銃から撃ち出された砲弾のような大型の銃弾が、大気を貫き、標的目掛けて殺到する。


「ぶっ殺してやる!」


 自身を、友人を、腐り果てたハンター崩れにさせないために、ゲルグスは死線に足を踏み込んだ。

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