第276話 ハンター達の思惑
500億オーラムの賞金首を狩る
その車両の中に一際巨大な荒野仕様車両があった。2階建ての構造で人型兵器を格納できる程に大きい。内部には宿泊施設まで備えており、簡易移動拠点としても使用できる特別な車両だ。その車体にはリオンズテイル社の社標が記されていた。
車内には司令室としても使用できる会議室があり、その中央にはテーブル形の表示装置が設置されている。今はハンター達の機体や車両の索敵機器から集めた情報を基にした現在の戦況が表示されていた。
険しい顔でその戦況を注視していたゲルグスが、味方の車両を示す反応が消えたのを見て思わず声を荒らげる。
「クソッ! またか!」
アキラを十分に距離を取って包囲し、遠距離からの砲撃で一方的に攻撃、撃破するという作戦は、アキラがその砲火を
「逆側に配置したやつらの集結を急がせろ! 砲撃の再開も要請しろ! あいつら、賞金首戦だってのに何をごねてるんだ?」
「これ以上の誤射は許容できないと言ってます」
「あいつにここまで近付かれた所為で、逆に位置情報の精度は十分に上がってんだ。その状態で照準データ連係を使っても外す馬鹿しかいねえのか?」
「標的も誤射を誘発するように動いてるんでしょう。その上で、何しろ誤射の先は他のチームですからね。装備の破損等なら後で金で解決すれば良いんですけど、他チームの者を死なせてしまえば取り返しが付きません。その辺でしょう」
ゲルグスが顔を
他のチームの者達も500億オーラムの賞金首に挑むだけあって実力者であり、そこらのハンターとは覚悟が違う。戦闘で死人が出ることへの割り切りもある程度は出来ている。その上でゲルグス達のチームがその突出した力を
誤射を許容できないという言葉は、他のチームの者達はゲルグスにはその抑えが出来ないと判断している証拠であり、同時にそれを公言しているのも同然だった。
「ゲルグスさん。どうします? 俺がチームを率いてあいつを囲みますか?」
ゲルグス達のチームでアキラを撃破ではなく移動阻害目的で取り囲み、その上で他のチームに砲撃を頼めば誤射の責任は解決できる。その指示で仲間に死者が出たとしても、指示者も死者も同じチームの者なので、責任が他のチームに及びにくいからだ。
しかしゲルグスは同じチームの仲間にそこまでの被害を出すことを許容できなかった。険しい顔で首を横に振る。
「駄目だ。お前は目標の再包囲の指揮を続けろ」
「……、分かりました。気が変わったら早めに言ってください」
「ああ」
ゲルグス達が戦況を示す表示装置に再度視線を向ける。味方の反応がまた一つ消えた。
アキラが背中のキャロルと一緒にバイクで荒野を疾走する。地上も空中も区別無く、水平と垂直の区別すら忘れて高速で自在に駆けていく。
タイヤが
敵の戦車もそのアキラを
無限軌道は地形に沿って大きく変形することで、荒野の悪路を
強力なジェネレーターを搭載した車体は強固な
主砲には高性能な索敵機器による照準補正機能が付いており、更に他の機体とのデータ連係により命中率を向上させている。その照準精度でツェゲルト都市周辺のモンスターすら吹き飛ばす威力の砲撃が可能だ。
それらの戦車が部隊で動き、連携してアキラを攻撃している。遠ければ主砲で、近ければ機銃で、ミサイルポッドから撃ち出した無数のミサイルまで加えて苛烈に攻め立てる。
その集中砲火にアキラは
砲弾がバイクを目掛けて宙を
機銃から大量の銃弾が放たれて弾幕となり、点ではなく面の攻撃となって襲いかかる。ミサイルポッドから撃ち出された無数のミサイルがそれぞれ別々の軌道で大きな弧を描いて敵を全方位から取り囲み、面ではなく球の攻撃となって襲いかかる。
アキラはそれらを迎撃して回避の道を
そこに再び敵部隊の主砲の一撃が迫る。実弾である砲弾と、エネルギーの奔流が、共に回避不可能な距離と速度で撃ち放たれる。
アキラがそれらを銀色のブレードで斬り払う。バイクの高出力エネルギータンクから供給されるエネルギーを用いて、液体金属の刃を強力な
砲弾は銀色の薄いブレードで両断されながら射線を
そしてその戦車を銃撃しながらバイクで近付き、その横を走り抜け、同時に刃を振るった。極度のエネルギーを供給された刀身が、崩壊しながら
それでも本来はこの戦車を切り裂くほどの威力は無い。より東側の領域でモンスターを狩る
だがアルファはその防御機能を逆に利用していた。アキラに戦車を斬らせる前に、その装甲をアキラに精密に銃撃させて、車体の
その裂け目は目視不可能で、しかも一瞬しか存在せず、加えて髪の毛が太すぎると感じられるほどに狭く、更に車体の
その神技を
続けてアキラがキャロルと合わせて別の戦車を攻撃する。アキラのLEO複合銃、キャロルの携帯式レーザー砲、バイクのAF対物砲が同一の目標に照準を合わせ、一斉に銃撃する。
その際、アキラはキャロルより一瞬早く撃っていた。放った銃弾が目標の車体に着弾し、その衝撃に反応して標的の
一瞬後、そこにキャロルのレーザー砲とバイクのAF対物砲による一撃が突き刺さる。装甲を貫き、膨大なエネルギーを車内に送り込み、車両を内側から焼却、大破させた。
新たに2両の戦車を撃破したが、アキラに立ち止まる暇など無い。バイクを全速力で走らせて次の目標へ急ごうとした。
そこでキャロルが後ろからアキラに胸を押し当てながら顔を近付ける。
「アキラ。離脱目的ならこれぐらいで十分だと思うけど、続けるの?」
アキラも戦闘中にキャロルの胸が当たっていることや顔が近いことを気にする余裕は無い。聞かれたことについてだけ思案する。
包囲の一部を破ったが、多勢に無勢であり、全体としては劣勢であることに変わりは無い。何とか戦えている今の内に一度引くという選択肢は十分にある。しかし直近の状況ではしっかり戦えていることも事実だ。部分的に優勢とも言える。その勢いに乗り、更なる優勢を求めるという選択肢もあった。
どちらが良いかと少し迷ったアキラがふと思い、何となくキャロルに聞き返す。
「キャロル。それ、だからさっさと逃げようっていう提案か?」
この戦いにキャロルを付き合わせているのは自分だ。そう思ったアキラは、キャロルが逃げたいのであれば、ここで撤退でも良いかと思っていた。
だがキャロルからは明るい声が返ってくる。
「ん? 違うわ。もし頭に血が上って無理に戦っているのなら、この辺で止めときなさいってだけよ。冷静に考えた上で続けるって言うのなら構わないし、私もとことん付き合うわ」
一緒に死地を駆ける状況を続けても構わない。命懸けを許容するその言葉をキャロルがあっさり返してきたことに、アキラはどこか
「そうか。じゃあ、もう少し付き合ってくれ。とことんまで追い詰めて皆殺しにするとは言わないけど、出来れば向こうから退いてほしいからな。割に合わないと思ってるやつらもいるはずだ。俺達の方から逃げたら、その連中もやる気を取り戻すかもしれないしな」
「了解よ。それなら彼らには、アキラを狙ったことを引き続きたっぷり後悔してもらいましょうか」
そう言ってアキラ達は意気揚々と笑った。そこにアルファが口を挟む。
『アキラ。その前に一度補給よ。弾薬もエネルギーも残り僅かだわ』
『もうか? いや、あれだけ使ったんだ。当然か。分かった』
アキラ達は敵との距離を詰める前にも、相手の装甲を出来る限り削る
そのような
「キャロル。一度キャンピングカーに補給に戻る。飛ばすぞ」
「それ、私をそこに置いていくつもりじゃないわよね?」
キャロルがそう言って僅かに顔を
「まあ、
それでキャロルも笑って返す。
「冗談言わないで」
すると今度はアキラが、どこか
「俺が言うのも何だけど、キャロルも大概だな」
「私にもいろいろあったのよ」
アキラ達は
シロウが運転するキャンピングカーは既に包囲網の外に出ていた。周囲の敵をアキラ達が交戦して引き付けていたおかげだが、それだけではなくシロウの小細工の効果もあった。
包囲からは出たが一人で逃げる訳にもいかない。しかし近付きすぎれば戦闘に巻き込まれる。適度な距離を保ちながら推移を見守っていると、アキラから念話が届く。
『シロウ。一度補給にそっちに戻る。合流できるか?』
『大丈夫だけど、気を付けてくれよ? 俺は戦闘なんて肉体労働には不向きだし、この車両も荒野仕様だからってそっちの連中相手に戦えるようなやつじゃないんだ。こっちから合流ルートを送る。そのルートを厳守してくれ。それにしても、逃げるんじゃなくて、補給して戦闘続行か。大丈夫なのか?』
シロウとしてもここでアキラに死なれては困る。そして欲を言えば、本来ならば自分の目的を達成する実力を示す
だがアキラからはどこか上機嫌な声が返ってくる。
『逃げると相手が調子に乗って面倒臭いだろう?』
『そうか。まあ、頑張りな』
シロウは合流ルートをアキラに念話で送ると、軽く笑う。
「
アキラの態度に余裕を感じ取ったシロウは、この様子なら自分の運はまだまだ残っていそうだと、内心の期待を顔に出していた。
キャンピングカーとの合流を目指すアキラにハンター達の砲火が降り注ぐ。標的が包囲部隊から離れようとしている今ならば誤射の恐れも無い。砲撃は非常に激しいものになっていた。
しかしアキラは少し
周囲に降り注ぐ砲弾が地面の土砂を吹き飛ばしている。背後からのレーザー砲も近くの
しかし砲撃の直撃を防ぐ
『アルファ。さっきから砲撃を避けてないよな? 何かやってるのか?』
『私は何もしていないわ。シロウから指定された移動ルートで進んでいるだけよ。だから何かしているのであればシロウでしょうね』
それを聞いたアキラが念話をシロウへ向けて飛ばす。
『シロウ。この移動ルートって何か意味があるのか?』
『ある。危ないから勝手にルートから外れるんじゃないぞ。ギリギリの調整をしてるんだからな』
ゲルグス達は車両や機体の間でデータ連係を実施し、部隊全体で収集した情報を基に目標への照準補正を実施していた。だがシロウはそこに侵入してデータを
データ上の位置をもっと大幅に変更すれば、弾雨を
『他にも誤射を誘発するように微調整したり、俺もいろいろサポートしてるんだぞ? 感謝しろよ?』
『分かった。借りにしとくよ』
アキラはそう答えながらキャンピングカーに近付き、後部扉から中に入る。同時に体感時間を操作して補給作業を全速力で開始した。
バイクを
様子を見に来ていたシロウが何か言っているが、体感時間の速度に差がありすぎて念話でも会話が成立しない。後にしろ、とだけ答えてブレード用の液体金属のタンクを交換する。
補給作業にも
補給を済ませて万全の状態を取り戻したアキラ達の砲火を
そこでシロウから念話が届く。
『もう良いか? データ連係に介入して見付けたんだが、敵の車両の中にリオンズテイルの車両があった。この賞金首討伐部隊の指揮をリオンズテイル社のやつがやってるのなら、その車両を潰せば残りは撤退するかもしれない。戦い方は任せるけど、一応データを送っておくぞ』
『分かった。助かる』
『あと、ちょっとした疑問なんだけど、お前、ハンター連中から何か恨みでも買ってるのか?』
『そりゃ現在進行形であいつらを殺してるんだから、恨みは買ってるんじゃないか?』
『つまり明確な心当たりは無い訳か』
『そうだけど、何でそんなことを聞くんだ?』
『単純に500億の賞金首を狩りに来ただけなら、この被害なら既に撤退していても不思議は無いんだ。その上で連中が退かないのなら金以外の理由があることになる。それは何だろうかと思ったら、まあ、私怨かなって思ってさ』
これだけの部隊に襲われている理由に、自分が賞金首であるということとは無関係な理由があるかもしれない。それを聞いたアキラは、シロウの推測にすぎないとはいえ、面倒そうに顔を
悪化していく戦況にゲルグスは
今回の賞金首討伐を成功か失敗かの二択で評価するのであれば、アキラの撃破にこれから成功したとしても、金銭的には既に失敗と判断せざるを得ない状態だ。車両等の損失を賞金で補填できるかどうかすら怪しい。人的な損失は既に取り返しが付かない。
本来ならば状況がここまで悪化する前に撤退するという判断もあった。ゲルグスも単純に賞金目的ならばとっくに見切りを付けていた。正確な損切りを素早く下せる判断力もハンターの重要な要素であり、ゲルグスにはそれがあった。
その上で、半ば泥沼に
「おいっ! 500億の賞金は見せしめ目的じゃなかったのか!?」
そこにはパメラとラティスが立っていた。高ランクハンターから
「500億オーラムもの賞金を懸けた上にモンスター認定までしているのです。以前にお話しした通り、見せしめとしては十分な内容であると判断しております。違いますか?」
ゲルグスが不服そうに顔を
「リオンズテイルは金欠なのか? それともお前らの主人の小遣いが足りてないのか?」
今度はラティスがパメラと同じく平然と答える。
「強いて言えば、お嬢様は
「……、そうかよ」
ゲルグスは忌ま忌ましそうに軽く舌打ちした。
賞金額と賞金首の強さは必ずしも比例しないが、それでもモンスターの場合は基本的に賞金が高額なほど強くなる。賞金を懸けられるほどに邪魔で速やかな駆除を求められているからだが、強くて
しかし人間の賞金首の場合は少々事情が異なる。怨恨や制裁など人間特有の要素により賞金が増額されるからだ。
ゲルグスはそれらの理由によりアキラの実力を300億オーラム相当、高くても350億オーラム程度だと見積もっていた。実際の賞金額との差分は制裁や見せしめ目的の増額分だ。リオンズテイル社の創業者一族の者を殺そうとしたのだ。その程度の増額はするだろうと判断していた。
しかしアキラの実力はゲルグスの予想を超えていた。だが圧倒されるほどでもなかった。その所為で、300億オーラム相当の実力にしてはしぶといが、もう少しで殺せるだろうと判断してしまい、引き際を誤らせていた。
そこでアキラに500億オーラム相当の実力があるのか聞いてみた。お前達の主人はハンターに襲撃されても、その賞金に制裁分の増額をされないほどリオンズテイル社から重要視されていないのかと、嫌みを交えて暗に尋ねたのだ。そしてその返答は、アキラに500億オーラム相当の実力があることを否定するものではなかった。
それでもゲルグスはまだ撤退を選択できない。それはこれだけの被害が出ても、加えて戦闘を継続して更なる損害を被ったとしても、勝てば割に合う可能性が高いからだ。
ゲルグスはクロエ達から賞金以外の報酬も示唆されていた。それはリオンズテイル社との伝なのだが、支店ではなく本店との伝であり、更に本店の代表であるアリスがここに極秘裏に来訪する予定で、今回の賞金首討伐にも関わりがあることを匂わされていた。
ゲルグスもその裏取りぐらいはした。
五大企業の重役並みの重要人物との伝。その価値は計り知れない。それを得られるかもしれない機会をゲルグスは逃したくなかった。
「……おい、もう一度聞くぞ。お前達の主人、クロエだったか、そいつ、今回の件が
パメラが自信のある笑顔を浮かべる。
「その可能性は十分に高い、とだけお答えしておきます。少なくとも三区支店はお嬢様を全面的に支援しております。この車両も三区支店の備品です。それだけ力を入れているとお考え下さい」
「……、そうか。分かった」
ゲルグス達にとってアリスとの伝は部隊全体で刺し違えてでも得る価値がある。だがその件はゲルグスのチームの者しか知らなかった。つまり他のチームの者達はこれ以上戦況が悪化すると独自に見切りを付けて撤退する恐れがあった。
それらを踏まえて、ゲルグスは決断した。
「タクト。方針を切り替える。多少巻き添えを出してでもあいつの動きを止めるぞ。それで砲撃で潰す。他のチームのやつらに誤射を気にせずに撃つよう厳命しろ」
「分かりました。すぐに動きます」
「いや、お前達のチームも砲撃の方に回れ」
てっきり自分達がやるものだと思っていたタクトは思わず困惑を顔に出した。
「ゲルグスさん。それじゃ誰があいつを止めるんです? 他のチーム同士だと誤射を理由に撃ちませんよ?」
「あいつは俺が一人で止める」
ある意味で部隊全体を相手に一人で互角に渡り合っている標的を自分一人で抑えるというゲルグスの言葉に、タクトは驚きを隠せなかった。
巨大な荒野仕様車両の近くで、自動操縦で動く赤い人型兵器が大型の砲でアキラに砲撃を続けていた。
その機体が砲撃を中止して車両に近付き、機体背面の扉を開けた。車両から出てきたゲルグスがそこから機体に飛び乗る。走行中の車両からタラップ等を使用せずに何の
機体が大型の砲を車両の格納庫に戻し、代わりに銃とブレードを装備する。そしてエネルギーの補充を済ませると勢い良く宙を飛んだ。
その機体の中でゲルグスが厳しい表情を浮かべながら、自身に言い聞かせて意気を高めるように口に出す。
「決断は遅れたが、それでも勝てば俺の判断が正しい。ゼロス。見てやがれ」
ゲルグスはゼロスが率いるチームの副リーダーだ。チームのリーダーは今もゼロスだが、ババロドによる情報
500億オーラムの賞金とリオンズテイル社との伝はチームを更に飛躍させる絶好の機会だ。その認識までは共有していたのだが、ゲルグスが利益を説いて説得してもゼロスはどうしても首を縦に振らず、ゼロスも実際にアキラと会った自身の勘と印象という曖昧なものでしか反論できず、決定的に決裂してしまった。
「ゼロス。俺達はハンターだろう? 賭けるに足る時に賭けられねえようじゃ、後は腐って死ぬだけだろうが。今更
機体の情報収集機器がアキラを捉える。
「テメエを殺してゼロスに証明する! 俺が正しいってな!」
赤い機体が宙を飛びながら銃を構え、クガマヤマ都市周辺のモンスターなど一発で消し飛ばす弾丸を連射する。人型兵器用の巨大な銃から撃ち出された砲弾のような大型の銃弾が、大気を貫き、標的目掛けて殺到する。
「ぶっ殺してやる!」
自身を、友人を、腐り果てたハンター崩れにさせない
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