第275話 鹵獲モンスター

 車両から飛び降りたアキラはエレナに伝えた方向とは逆側、包囲の最も厚い部分へ向けて走っていた。敵は流石さすがに遠く、途中の地形等の障害物をかなり弧を描いた放物線の弾道で避けて砲撃しているので、アキラがここから敵を直接狙うのは無理だ。バイクを呼び寄せながら敵との距離を走って詰めていく。


 同時に敵の砲撃を少々過剰に迎撃する。右手のLEO複合銃で自分には当たらないものを含めて砲弾を次々と撃ち落とし、空中に無数の爆発を発生させる。その爆発を敵に認識させて自分が車両とは別行動を取ったと教える。更に平行して、アルファを介してエレナ達との話を済ませた。


『そうですね。それじゃあ、また今度。……、アルファ! バイクはちゃんとここまで来るよな?』


『私が運転しているのだから当然よ。その前に、あれを片付けておきましょう』


 そうアルファから指摘されて、アキラも自分の方に向かってくる前方の反応に気付いた。そしてまだ遠方にいる反応の姿を視界の拡大表示で見ると、思わず怪訝けげんな顔を浮かべた。


『モンスター? どういうことだ?』


 反応は大型肉食獣を模した機械系モンスターだった。完全にサイボーグ化した獣を思わせる外観をしており、金属製の皮膚が硬質化して生まれたような青い装甲を身にまとっている。その装甲の隙間からは鋼の四肢をのぞかせていた。そして全長6メートルほどはある鋼の体とは思えないほどに素早く地を駆け、野生を感じさせる動きで瓦礫がれきを軽々と飛び越してアキラを目指していた。


 明らかにクガマヤマ都市周辺に棲息せいそくするモンスターではない。もっと東側、ツェゲルト都市辺りに棲息せいそくしていても不思議の無い個体だ。アキラはまずはそのことに驚いた。そして次にそのような個体が自分の方に向かってくることに疑問を抱く。


 偶然この近くにいて運悪く包囲に巻き込まれたのだとしても、砲撃を自身への攻撃だと判断して逃げるのであれば、今まさに砲弾が降り注いでいるこちら側に逃げるのはおかしい。砲撃元を強襲するつもりだとしても、向かうのは自分の方ではなく包囲側の方であるはずだ。アキラがそれを不自然に思っていると、青い機獣はアキラにある程度近付いた辺りでそれ以上近付くのをめた。そして距離を取ってアキラの周囲を回り始めた。


 敵のその奇妙な行動にアキラがますます困惑する。だがその困惑も自身の周囲に降り注ぐ砲弾の雨が急に濃くなったことで頭から吹き飛ばされた。


『急に何だ!?』


 いままで砲弾は周囲一帯広範囲に降り注いでおり、アキラから大分離れた場所にも着弾による爆炎が上がっていた。しかしその爆炎は、今はアキラの周囲のかなり狭い範囲からしか上がっていない。これは砲弾の量が増えたのではなく、砲撃の範囲が狭まったことで砲弾の雨の密度が上がったことを意味しており、敵の照準がそれだけ正確になったことを示していた。


 近隣には棲息せいそくしていないはずのモンスターの不自然な行動。そして急に正確になった敵の砲撃。アルファはその関連にすぐに気付いた。


『アキラ。あのモンスターは敵の偵察役よ。急いで倒しましょう』


 予想外の説明に、アキラが思わずかなり怪訝けげんな顔を浮かべる。


『偵察役? モンスターだぞ? 何でモンスターが俺を狩りに来たハンター達に協力してるんだ?』


『恐らく鹵獲ろかくした個体を改造したのよ。機械系モンスターなら比較的容易だわ』


 強力なモンスターを使役してハンター稼業に役立てるという考えは珍しくない。だが生物系モンスターは本能で人を襲う個体も多く、手懐てなずけるのは極めて困難だ。しかし機械系モンスターの場合は機体の設計次第でいろいろと付け込める。制御装置を改竄かいざん、もしくは交換すれば良いのだ。


 特に生物を模した機械系モンスターは普通の自律兵器等よりも構造を推察しやすい場合が多い。基本的に頭部に脳があり、そこから全身を制御しているという神経系に似た構造まで模しているからだ。そしてモンスターの制御装置の改竄かいざんが不可能でも、人型兵器の制御装置等を代わりに結合し、体の動かし方を学習させる手段もある。


 たまに体の方から交換した制御装置に逆侵入され暴走する場合もある。しかし逆侵入された制御装置は現代の技術で製造したものだ。未知の物質、未知の技術で作成された元々のモンスターの制御装置よりは再解析が容易で、鹵獲ろかく後の機体の解析や運用に役立つ場合も多かった。


 そして鹵獲ろかく後の調整が上手うまくいくと、機械系モンスターに搭載されている旧世界製の装備類をそのまま使用できることもある。機械系モンスターには機械なのにもかかわらず破損箇所が生物のように修復され、機体の故障が回復薬で即座に直るという冗談のような機能を持つものもある。エネルギーパックやジェネレーターに該当する部位が全く無いのに動き続けるものもいる。そのような機能の取得や解析のために、機械系モンスターの鹵獲ろかくは数多く試されていた。


 アキラの前に現れた機械系モンスターはブルーサーベルと呼ばれる機獣種で、アキラを狙うハンターチームが鹵獲ろかくしたものだ。敵の砲撃の精度が急上昇したのは、この青い機獣がアキラの位置のみならず周辺の地形や大気の状態など、照準の精度向上に役立つ様々な情報を味方に伝えているからだった。


『アキラ。おとり役はもう十分やったわ。良いわね?』


『……、分かった』


 アキラが砲弾を意図的に過剰に迎撃していたのは、エレナ達への砲撃を減らすためおとり役としての意味も大きい。上方向へ無駄弾を散蒔ばらまくだけでも、その弾道から発砲元の位置を割り出されてしまう。その分だけ敵の照準が正確になる。それを分かった上で撃っていた。


 それをここで止める。迷彩機能を使用して自身の姿を消し、砲弾の迎撃も止めて自身の気配も消していく。そしてそのまま青い機獣へ向けて駆け出した。


 青い機獣は先程までのアキラを自身の情報収集機器でつかめるギリギリの距離を保っていた。しかしそこでアキラに迷彩機能を再度使用されたことでアキラの位置をつかめなくなる。


 その所為せいで砲撃元は目標の位置を見失い、その辺りにいるだろうという精度での砲撃を再び強いられた。そしてその程度の砲撃など、アルファのサポートによって砲弾の軌道を完全に見切っているアキラには何の問題も無い。弾雨の中を平然と駆けて青い機獣との距離を詰めていく。


 アキラの位置を見失った機獣も再び相手の位置を捕捉しようと、直前まで反応のあった場所へ駆けていく。だが降り注ぐ砲弾が爆風と爆炎を絶え間なく生み出し、着弾地点の土砂が衝撃で巻き上げられ、爆風が砂ぼこりと一緒に周辺の大気をき乱している状況で、アルファのサポートにより極めて高度な迷彩状態であるアキラを発見するのは極めて困難だ。


 それでも機獣が相手との距離を詰めることで情報収集機器の精度を上げ、アキラの反応を再び捉えた。だがそれは既に相手を間合いに収め、迷彩の効果を下げてでも移動速度を上げて、機獣を両断しようとするアキラの反応だった。


 アキラは銃を使用すればもっと遠距離から機獣を攻撃できることを分かった上で、えてブレードを選択した。自身の位置を銃声等で把握されて敵の砲撃の精度が再び上がるのを嫌ったのだ。機獣を撃破すれば敵の砲撃の精度は再び著しく低下する。そう考えて、バイクと合流して自身を包囲している部隊との距離を一気に詰めるまでは迷彩を優先した。


 アキラが握るブレードの柄から伸びるコードは、腰の辺りに付けているエネルギータンクにつながっている。これによりブレードに通常以上のエネルギーを供給できるようになっている。高出力の力場装甲フォースフィールドアーマーによる斬れ味の向上、過剰出力による刀身崩壊の危険性、それをアルファのサポートにより際疾きわどい部分まで調整し、威力向上のために力場の微細な配分まで計算し尽くした一撃が、機獣の青い頭部を裂こうと迫っていた。


 機獣がアキラを探知してから、ブレードがその頭部を両断するまでの時間は極僅かだ。機獣と同程度に強い生物系モンスターならば、驚く、ということにその僅かな時間を費やしてしまい、すべも無くそのまま斬られていた。


 だが機械である機獣はそのような無駄をせず、悩みもせず、事前の設定に従って即座に迎撃行動に入る。牙の代わりに電極針を生やした大口を開き、その砲口をアキラに向ける。電極針から放たれた青白い火花が口内中央に集まり、凝縮し、球形の高エネルギー体となる。そして指向性を与えられ、敵を焼き切る青い閃光せんこうとなってアキラへ向けてほとばしった。


 次の瞬間、アキラが青い機獣をその閃光せんこうごとたたき斬った。


 低い姿勢から勢い良く振るわれたブレードが光刃を放ち、青い閃光せんこうの指向性を乱して左右に分かれさせる。青い光がアキラの両側の地面を焼き切り深く長い斬撃の跡を作り出した。高速で突進していた慣性に、アキラの強化服の身体能力が産み出す速度を乗せ、無駄を省いた達人の技量が剣先を更に加速させる。振り下ろされたブレードが強固な装甲でまもられた敵の頭部を潰し斬り、更に光刃が胴体部まで深く切り裂いていく。


 閃光せんこうが消え、部分的に左右に分かれた機獣が音を立てて崩れ落ちた時、アキラは敵の内側、胴体の後方部分でつながっている機獣の間に立っていた。そして振り返り、敵の指向性エネルギー攻撃が残した跡を見て顔を引きらせる。


『危ねえ! あれ、らったらヤバいやつだったよな!?』


『ええ、真面まともに受ければ致命傷だったわ』


『こんなモンスターを鹵獲ろかくできるなんて、俺はどんなやつらに襲われてるんだ?』


『500億オーラムの賞金首を狩ろうと思える程には高ランクのハンターでしょうね』


『それは分かってるけどさ』


 銃という遠距離攻撃が基本の東部で、えて剣技を磨く者や剣すら捨てて拳で戦う逸脱者がいる。そのような馬鹿げた行為、理解に苦しむ選択をした上で生き残った者は大抵強者だ。


 モンスターの鹵獲ろかくもハンターが戦力確保の目的で行うのは基本的に馬鹿げた行為だ。単に同程度の戦力を得たいのであれば、戦車や人型兵器を買うなり高性能な装備を調えるなりした方が圧倒的に安く済む。モンスターの鹵獲ろかくとその運用など、企業等が研究目的で行うのでなければ、間違いなく趣味やロマンの領域だ。


 つまり、アキラを襲っているのは、その馬鹿げたことに潤沢な資金をぎ込める強者か、その馬鹿げたことを現実的な戦力に変えられる逸脱者、そのどちらか、あるいは両方だった。そのような者達に狙われる自分は、500億オーラムの賞金首に確かになっている。アキラはそれを実感して軽くめ息を吐いた。


 気を取り直し、戦闘の余波で迷彩機能が乱れた所為せいで身体にノイズをまとわせながらその場からすぐに移動する。偵察役を倒したのだからこれで大分楽になる。そう思いながら機獣の亡骸なきがらを飛び越して先を急ごうとする。


 だがその顔が険しく嫌そうにゆがんだ。ブルーサーベルが更に2体、アキラの方へ向かってきていたのだ。


『まだいるのか!』


『包囲の内側の他の場所に向かわせていた個体のようね。アキラの位置が判明したから、他の場所の捜索は不要になったのよ』


 敵は大分遠く、先程の戦いで遠距離攻撃も可能だと知ったアキラは、今度はLEO複合銃を両手に持ち、それぞれの銃口をそれぞれに向ける。銃口から無数のC弾チャージバレットが最大威力で撃ち出され、宙を穿うがって標的へ殺到する。


 だがその銃弾の群れは青い機獣に着弾する前に空中ではじかれた。その代わり、空中に生まれた着弾地点を中心にして、青白く発光するほぼ透明のものが、まるでガラスが割れ砕けたように周囲に飛び散り消えていく。機獣が弾道上に力場障壁フォースフィールドシールドを展開してアキラの銃撃を防いだのだ。


 アキラが顔をしかめ、次に引きらせる。機獣達が力場障壁フォースフィールドシールドの向こう側で大口を開け、青い閃光せんこうを発しようとしていた。慌てて跳躍し自分が倒した機獣の残骸に隠れる。僅かに遅れて、機獣達の口から青い閃光せんこうが放たれ、光が一帯にみ込んだ。


 閃光せんこうは敵から逃げ場を無くすために拡散角度を広くした所為せいで威力が弱まっていた。それでも2匹分の閃光せんこうは一帯を焦がし、仲間の残骸を吹き飛ばし、アキラから遮蔽物を奪うぐらいの威力は持っていた。アキラも機獣の残骸と一緒に吹き飛ばされたが、防御を最優先にしたことでほぼ無傷で済んだ。素早く体勢を立て直して着地する。


 再び敵の射線に身をさらすことになったアキラが、とにかく閃光せんこうの発射元を減らそうと両手の銃による砲火を2匹の機獣のどちらかに集中させようと考える。


『アルファ! どっちから倒せば良い?』


『両方すぐに倒さないと駄目よ。片方を倒しても、もう片方は逃げずにこちらの位置情報の送信を続けるでしょうからね』


『それが出来ないから聞いてるんだろう? どっちを先に倒せば状況がましになるか聞いてるんだ! 答えないなら俺が勝手に選ぶぞ?』


『大丈夫よ』


『大丈夫って、何がだ?』


 圧縮した体感時間の中での念話だ。実際にはほんの僅かな時間ではある。それでも悠長に話している余裕など無い。それにもかかわらず、余裕の微笑ほほえみを浮かべているとはいえ、アルファが微妙に食い違った返事を続けることに、アキラは僅かに戸惑っていた。


 次の瞬間、2体の機獣がほぼ同時に頭部を貫かれて撃破された。1体は限界まで引き絞った光線に頭部の制御装置を正確に射かれていた。もう1体は少々赤みがかった太めの光線を頭部にらって大穴を開けていた。


 その光景を見て驚いたアキラが思わずどこか唖然あぜんとした顔でアルファを見る。アルファは楽しげに笑って返した。


『大丈夫だったでしょう?』


『あ、ああ』


 アキラはそう答えてうなずいた後、怪訝けげんに思って光線の発射元の方を見る。光線の片方はバイクに搭載しているAF対物砲であり、アルファがもう近くまで来ているバイクを操作して狙ったのだとすぐに気付いた。だがもう一方の光線については心当たりが無かった。


 そして砲弾による土煙を突き破って現れたバイクを見て、アキラはもう一方の光線の発射元を理解する。同時にかなり驚いた。バイクにはキャロルが乗っており、大型の砲を手に持っていた。そのまま勢いを止めずに向かってくるバイクに、アキラはキャロルが伸ばした手をつかんで飛び乗った。


 そのまま自身の後ろに座ったアキラにキャロルが楽しげに笑いかける。


「お待たせ。ちょっと遅れちゃった? 私の判断だと、際疾きわどい状況に良いタイミングで間に合ったって感じだったけど」


「ああ、助かった。でも何でキャロルまでこっちに来たんだ? バイクはキャロルが運転しなくても、自動操縦でも大丈夫なはずだ」


「あら、態々わざわざ助けに来てあげたっていうのに随分ね。さっきの見たでしょう? 足手まといにはなってないはずよ?」


 真面目に不満をこぼしてきたキャロルに、アキラが僅かに顔を険しくする。


「キャンピングカーの方が安全だろう。一応護衛依頼は続いてるんだ。護衛としては、護衛対象が危険な場所に自分から飛び込むのは遠慮してほしいんだけど。さっきもちょっと危なかったぐらいには、俺もあんまり余裕は無いんだぞ?」


「アキラにも余裕が無い上に護衛依頼を持ち出すなら尚更なおさらよ。私も出来る限り戦うし、アキラのハンター稼業を手伝いもする。そういう条件でアキラを雇ったはずよ? 余裕が無いのなら、私にちゃんと手伝わせなさい。そういう取引で、取引とはそういうものなんだから。違う?」


「いや、違わないけどさ……」


 そう言って渋るアキラの態度に、キャロルが少し意地になったように口調を強くする。


「言っておくけど、アキラが、じゃあ護衛依頼はもう終わりだ、って言っても、こっちは勝手にアキラを助けるからね。これはシロウの指示でもあるんだから。今はシロウに雇われている訳でもある以上、これも仕事、引かないわよ?」


 キャロルにはそう思わせているが、正確には自分達はまだ雇われていない。それはシロウも分かっているはずだと思い、アキラが念話で文句を飛ばす。


『おいシロウ。何の真似まねだ?』


『俺のためにもお前に死なれちゃ困るからな。キャロルに頼んで助けにいってもらった。まだ俺はお前を雇ってはいないけど、それとは別にキャロル個人を雇う分には文句を言われる筋合いは無いぞ』


『貸しにはしないからな』


『良いさ。お前に死なれたら、貸しもクソもねえんだ。まあ、この程度で死ぬようじゃ、態々わざわざ貸しを作ってお前を雇う意味は無いけどさ。しっかり生き残れよ』


 そう言い合い、黙る。無言で意志をぶつけ合う。念話の所為せいで感情に満ちた雄弁な沈黙となっていた。そして、その沈黙にされたシロウが先に話を続ける。


『それにしても、お前はどうやって彼女をあんなに手懐てなずけたんだ?』


『何が言いたい』


『彼女にお前の救援を頼んだ俺が言うのも何だけど、全然嫌がらずにお前を助けにいったぞ? 頑丈なキャンピングカーを出て、砲弾の雨を潜って、500億オーラムの賞金首を狙う連中からお前を助けてこいなんて言われても、普通は嫌がるだろう。プロの傭兵ようへいとかなら分かるけど、彼女はそんなふうには見えないしな。もしかして、付き合ってるのか?』


 それならその方向から付け込みようがあると、シロウは軽い調子で探りを入れた。だがアキラは質問に答えずに念話でめ息を返した。そして続ける。


『シロウ。お前はキャンピングカーをちゃんと守っておけ。そっちには予備の弾薬とかが積んであるんだ。この状況で弾薬を失うと不味まずい。ちゃんと守ったら、それは貸しにしてやる』


『分かった。じゃあ、そっちも頑張ってくれ』


『ああ』


 シロウとの念話を切ったアキラが、一度大きく息を吐いてから顔を引き締める。


「キャロル。さっきも言ったけど、俺にはこの状況でキャロルをちゃんと守り切る自信も余裕も無い。だからこのまま俺と一緒にいるとキャロルは死ぬかもしれない。本当ならキャロルを一度キャンピングカーに戻した方が良いのかもしれない。その上で聞くぞ? それを分かった上で、戻らずに、俺を助けるつもりなんだな?」


「そうよ。さっきもそう言ったでしょう?」


「本当に良いのか? これが最後だぞ?」


「くどいわね。しつこいわよ?」


 繰り返しの念押しに、そんなに邪魔だと思われているのかと、キャロルは不機嫌な顔を浮かべていた。


「……、そうか」


 だがそこで、アキラが軽く吹き出し、笑う。


「分かった! じゃあ、助けてくれ!」


 急に上機嫌になったアキラの様子にキャロルは軽く面食らっていたが、アキラは構わずに話を続ける。


「まずは、座る場所の交換だな。ほら、下がってくれ」


「ちょ、ちょっと」


 降り注ぐ砲弾を回避するために少々無茶むちゃな運転を続けているバイクの上で、アキラは少々強引にキャロルと位置を入れ替えようとする。その所為せいでキャロルの胸やら足やらに触り密着した状態にもなったが、気にせずに前に座った。雑ではあるが、アキラが自分の体への扱い方を変えたことに、キャロルは少し困惑していた。


「良し。じゃあ、始めるか。キャロル。何度も言った通り俺には余裕が無いんだ。その分だけ無茶むちゃな運転をするつもりだから、振り落とされそうだったら、しっかりつかまっててくれ」


「分かったわ」


 キャロルが片手をアキラの胸に回し、体を密着させて笑う。


「アキラも初めて会った時に比べて随分大きくなったわね。やっぱりそろそろ子供は卒業で良いんじゃない?」


「考えとくよ。行くぞ!」


 僅かではあるが以前より好感触の言葉を返されたことにキャロルが驚く。だがその驚きはすぐに別の驚きで上書きされた。バイクが進行方向を直角に変えたのだ。移動ルートを左右にではなく地面に対してほぼ垂直にじ曲げ、見えない足場の上を駆け上がり加速していく。


「ちょっ!? ちょっとぉぉぉー!? アキラぁー!?」


 そう思わず叫んだキャロルの声を、アキラは楽しげに聞き流していた。


 300メートルほど登った辺りでバイクは再び水平方向へ走り出した。砲弾の雨は続いているが、地上に着弾した後の跳ね返りを気にする必要は無くなった。地上で発生した爆発の衝撃、爆炎や爆風もこの高さまでは届かない。地上に比べれば大分静かになった状況に、キャロルも足下が少々怖いが落ち着きを取り戻す。


「アキラ。これはこれで砲撃の的になってる気がするけど、どうするの?」


「狙われやすくなったけど、狙いやすくもなった。俺達の銃で曲射は難しいからな。キャロル。索敵結果を送るから、射程に入ったらどんどん狙ってくれ」


 キャロルは自身の情報収集機器に送られてきた情報を視界に拡張表示した。前方に敵の反応が無数に確認できる。地上では射線上の地形等の所為せいで直接狙えない位置だ。だが今は十分に高い位置に移動したお陰で狙える。加えて、曲射で射程距離を稼いでいる敵との距離を詰めている。相手も更に距離を取ろうとしているが、通行を妨げるものが無い空中を加速し続けているバイクの方が速い。


「分かったわ。じゃあ、早速、一台目と行きましょうか!」


 キャロルが砲を標的に向ける。それに合わせて、アキラも銃を構える。バイクの武装も照準を同じくする。


 アキラとキャロルは軽く笑い合い、視線を標的に向けて、合図も無しに撃ち出すタイミングを合わせた。アキラ、キャロル、バイクの武装が一斉に砲火を放った。


 3ちょうのLEO複合銃が最大までエネルギーを込めたC弾チャージバレットを最速連射で撃ち出す。AF対物砲が放出角を極限まで狭めて威力を増大させた光線を放つ。キャロルの砲が指向性を持たせたエネルギーの濁流を一気に放出する。それらが大気を穿うがち、裂き、貫き、焦がしながら、目標へ向けて一気に駆けていく。


 それらに狙われた標的、アキラ達に一番近い位置にいた戦車は、過剰なまでの威力を受けて強固な力場装甲フォースフィールドアーマーを一瞬で貫かれ、乗員諸共もろとも吹き飛んだ。


 次の標的を目指してアキラ達がバイクで空中を駆けていく。500億オーラムの賞金首が、その額では足りないと示すかのように攻勢を開始した。

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