第274話 猶予期間終了
アキラが賞金首となってから1週間が
『なんていうか、拍子抜けだな。500億オーラムも賞金が懸かってるんだから、それはもうぞろぞろと襲ってくると思ってたのに。ちゃんと隠れてるから見付かってないだけか? でもシロウには見付けられたしな』
何か起きても不思議の無い時に何も起こらないのは、ただの幸運ではなく不運の前触れ。今までの経験でそのような思考が染み付いてしまっているアキラに向けて、アルファがいつものように笑う。
『彼は坂下重工のエージェントだから何か特別な捜索方法があるのでしょうね。アキラが見付かっていないのは、恐らく普通のハンターが同じことをするのは無理なのよ』
『だと良いんだけどな』
アキラも一応シロウにどうやって自分達を見付けたのか聞いてはみた。しかし、一般には出回っていない高度な技術であり、それを教えるのであれば十分な貸しになる、と言われたので断った。具体的な捜索方法が不明でも、シロウ自身も追われる身で、しかも自分達に同行している以上、発見されれば教えてくるだろうという打算もあり、加えて有効な対処方法も無いかもしれないからだ。
それによりアキラのちょっとした興味は、シロウにぬか喜びを与えただけに終わった。
『彼も大人しく教えてアキラへの貸しを積み重ねれば良いのに、意地でも張っているのかしらね。それとも何か考えがあってのことかしら』
『うーん。どんなに貸しを重ねても俺がまだ足りないって言えばどうとでもなるって考えて、今は取引材料になるデカい貸しを作る機会を
『確かにそれも交渉手段ではあるわ。アキラに対して有効な手段とは思えないけれどね』
雑談の途中で荒野の向こうから一台の荒野車両が向かってきた。アキラ達は雑談を止めて警戒に入った。
ヒカル達はクガマヤマ都市のマークが入った荒野仕様車両に乗ってアキラとの交渉の場を目指していた。
屋根を含めた車両上部を開放できる車種で今は大きく開いている。それでも弱い展開式
ヒカルは都市間輸送車両の経験の
しかし余計な人員を連れた
そのような経緯もあってかなり旧世界風のデザインの装備を身に着けたエレナ達は、大分東の方から流れてきたハンターと判断されても不思議の無い格好だ。エレナ達もハンターだ。普段なら高性能な装備を身に
荒野を進んでいると車両が軽く揺れる。運転しているエレナが顔を僅かに
「ヒカルさん。もう少しでアキラとの待ち合わせの場所だけど、念の
現在車両からは、自分達がクガマヤマ都市の職員であることを示す通信が発信されている。当然ながらアキラを狙うハンターが受信圏内にいた場合、このままアキラと合流すればアキラの位置を教えてしまうことになる。
「はい。結構悩んだんですけど。……エレナさんの判断では、切った方が安全、ですか?」
「ごめんなさい。聞いておいてなんだけど、私にも分からないわ」
発信無しでアキラと会った場合、アキラを狙うハンターが交渉中にアキラを攻撃しても、クガマヤマ都市との交渉中だったなど知らなかった、が通るのだ。発信は、知らなかったとは言わせない、という対抗処置でもある。
アキラの安全を、交渉そのものを隠蔽して確保するか、位置を知らせてもクガマヤマ都市の影響力で確保するか。その二択にヒカルは都市の職員として悩んだ末に後者を選択した。
エレナもチームの交渉役として自分ならどちらにするかと考えてみた。だが今までの経験が当てになる状況ではなく結論は出ていなかった。
「サラはどう思う?」
「私? 私にも分からないわ。いっそアキラに決めてもらえば良いと思うぐらいね」
「俺ですか? このままで良いと思います」
「そう? じゃあこのままで、……ん?」
エレナ達が不思議そうな顔をする。そこに声が続く。
「エレナさん。そのまま車を
エレナが苦笑を浮かべる。
「……分かったわ。で、いつの間に乗り込んだの?」
「さっきです」
アキラが迷彩を解いて姿を現した。ヒカルが自分の隣に突如出現したアキラに驚いて思わず大きな声を出す。
「えっ? ちょっと!? えぇ!?」
「ヒカル。うるさいぞ。こっそり会おうとしてるんだから騒ぐな」
アキラにそう指摘され、ヒカルは声を抑えた分だけ顔をうるさくしながら黙った。
サラが楽しげに苦笑する。
「エレナ。索敵役として気付かなかったの?」
「気付かなかったわ。アキラ。どうやって入ってきたの?」
同じく苦笑を浮かべたエレナへ、アキラがどこか楽しげに笑う。
「迷彩機能を使って隠れながら、車の移動ルートの
「一応、展開式の
「風よけ程度の微弱なやつならゆっくり入れば大丈夫なんですよ。探知機能付きのやつならバレますけど、この車のやつは違ったみたいですね。驚かしてすみません。俺もそれだけ警戒してたってことで勘弁してください」
アキラが軽い調子でそう言うと、エレナが
「私は良いけれど、依頼主はどうなのかしらね?」
アキラの視線がヒカルに向けられる。アキラの態度が気安いのは、相手も今回の交渉を前向きに捉えており、自分達に敵意を持っていない証拠だ。ヒカルは自身にそう言い聞かせて落ち着きを保つと、驚かされたことへの文句は大きな
「500億オーラムの賞金首になったってのに、アキラに余裕があって何よりだわ」
「どうも」
意図的に嫌みっぽく答えたヒカルに、アキラは余裕の笑顔を返した。その様子にエレナ達も楽しげな笑顔を見せていた。
車内の空気は良い意味で緩んでいたが、それをいつまでも味わっている訳にもいかないと、アキラが気を切り替えて本題を促す。
「それでヒカル、今回の件を穏便に片付ける話がしたいってことらしいけど……」
ヒカルも気を切り替えて顔を引き締める。この交渉をしくじると本当に後が無いと考えているだけに、真面目で真剣な雰囲気を強く出していた。
「そうよ。まずは改めてアキラから事の経緯とかを聞かせてちょうだい。私も事態の把握はしているつもりだけど、所詮は第三者を介しての情報にすぎないからね。今回の事態をアキラの認識も含めて聞かせてちょうだい。正直にね。そこをごまかされるとややこしくなるだけだから。お願い」
「分かった」
言われた通りアキラは正直に話した。そしてその分だけヒカルは頭を抱える羽目になった。引き
(……こんなの、どうやって穏便に済ませば良いっていうのよ)
ヒカルとしては相手がリオンズテイル社ほどの大企業である以上、仮にアキラに非が無かったとしても譲歩する方向で話を進めたかった。アキラも不満を覚えるだろうが、リオンズテイル社と敵対するのは
しかしアキラから
一緒に話を聞いていたエレナとサラも苦笑いを浮かべていた。しかし同時にアキラらしいと思い、説得は無駄だろうと諦めもしていた。アキラはかつて、たかがスリを殺す
ヒカルが険しい顔を更に
そもそもアキラは敵が大企業だからと引き下がるような者ではない。もしアキラがそこで大人しく引き下がるような、ある意味で保身に理解のある者であれば、自分が輸送車両で坂下重工所属の旧領域接続者だと勘違いされた時に、保身の
アキラはヒカルの返事を黙って待っていた。しかし
しかしそこでヒカルが動く。
「アキラ。もうちょっと待ってて」
そう言って情報端末を取り出しイナベに
「久しぶりだな。アキラ」
ヒカルがこの場で出した結論は、まずは上司の判断を仰ぐ、だった。どうしようも無い事態だと一人で頭を抱えるだけ無駄。これ以上この場で思考を続けても空回りが続くだけ。ならば誰かに相談でもして思考の変化を促すしかないと考えた。
「本来なら私が
「何だ?」
イナベの言葉にヒカルが希望を見
「クロエ・レベラントの暗殺をお前に依頼するのは可能か?」
「イ、イナベ区画長!?」
予想外かつ、とんでもない提案にヒカルは思わず声を出していた。アキラは2度目ということもあって少し驚いた程度だった。
「何でそれを俺に依頼するんだ?」
「お前にそれを依頼するのが事態の比較的穏便な解決の
なんてことを言うのだと慌てふためくヒカルを
「私が今回の件で完全にお前の味方になるということは、クガマヤマ都市の幹部としてリオンズテイル社との全面戦争、経済面ではなく武力面での企業間戦争に同意するということだ。悪いが、それは無理だ」
「まあ、だろうな」
アキラは納得して軽く
「よって次善の選択が必要だ。お前の味方にはなれないが、お前を敵に回すつもりもない。しかし状況を放置すれば、お前はクロエを殺す
エレナもサラもヒカルも、アキラとイナベの話をはらはらしながら聞いていた。都市の上位幹部が他企業の幹部の暗殺依頼を出している。この時点で大問題だ。
特にエレナ達は、ヒカルを介して都市に雇われているとはいえ、所詮は外部のハンターだ。この話をこのまま聞いていて大丈夫なのかと不安に思う。だが今更耳を閉じても手遅れだと、顔に少し緊張を
そしてその話が更に問題の度合いを強めていく。
「そこでだ。どうすればその事態を止められるかと考える。答えは簡単だ。お前が死ぬか、クロエが死ぬか、そのどちらかだ。そして私とお前の仲を考慮して、ここはクロエが死ねば良いと譲歩しよう」
「そりゃどうも」
「なに、構わんさ。ではどうやって殺すかだが、私も多少は協力しよう。お前を防壁内にこっそり入れるか、クロエを都市の外に追い出すかのどちらかだ。私としては事を穏便に済ませる
「俺もクロエが都市の外にいるなら防衛隊と戦わずに済むし、防壁内にこっそり入れるなら正面から突入する気は無いよ」
「それは良かった」
アキラとイナベの軽い調子で続く話を、ヒカルは震えながら聞いていた。自身の上司が他企業の者への暗殺依頼を出し、しかも協力まで申し出ている。この話が実行された上で、都市側の関与がリオンズテイル社に漏れれば都市間戦争に発展しかねない。都市の下位職員程度では、耳にしただけで消されてしまいそうな内容だった。
だが既に自分は無関係などとは言えない状況だ。ヒカルは身に余る事態に慌てふためいていた。そしてヒカルを更に驚かせる内容がアキラの口から出る。
「あー、先に言っておくけど、その依頼は断る」
「なぜだ?」
「前に同じ依頼をしてきたやつにも言ったんだけど、俺は俺の意志でクロエを殺す。依頼という形であれ、そこに他人の意志を入れたくない。あと、そういう理由で一度依頼を断ってるからでもある。あ、でも俺を防壁内に入れてくれたり、クロエを都市の外に追い出してくれたりするのは助かる。依頼としては受けないってだけで、クロエは殺すよ」
「依頼としたのは、共犯という立場を受け入れるという意味でもあったのだがね。まあクロエ暗殺の責任をそっちだけで負ってくれるのならこっちとしても助かる。それならそれで構わんよ。ではもう少し具体的な話を……」
アキラが依頼を断り、別の者から同様の依頼があったことまで判明するなど、ヒカルの精神に衝撃を与える事態が続く。そしてヒカルの平常心に
その直前、アキラにはシロウから念話が届いていた。
『アキラ! すぐに逃げろ! 囲まれてるぞ!』
アキラが反射的に周囲を見渡す。だがそれらしいものは見付けられなかった。
『アルファ?』
『私の索敵範囲にそれらしい反応は無いわ。……その外からよ! 気を付けて!』
僅かに遅れて車両から大分離れたところに砲弾が着弾し周囲を吹き飛ばした。それを契機に、車両の周辺、広範囲が次々と砲撃を受ける。一帯に爆発音が連続して響き、巻き上げられた土砂が派手に飛び散っていく。
砲撃の精度は悪く、適当に撃っているかのように
「サラ!」
「分かってるわ!」
エレナが新装備で車両周囲の情報収集を実施し、無数に降り注ぐ砲弾の軌道を正確に
サラの右手の銃には、穴ではなくレンズの銃口が付いていた。そこから放たれた指向性エネルギーが、大気中の色無しの霧と反応して光の矢のような軌跡を描き、落下中の巨大な
アキラも即座に迎撃に加わる。サラと相談も無しに迎撃範囲を分担して車両の安全を確保する。砲弾が大量に降り注ぎ、爆音と爆炎が至る所で荒れ狂い、爆発が空中の大気を
「もう! なんなのよぉ!? なんなんなのよぉ!」
『シロウ! 敵はどこだ? 位置を送ってくれ!』
『送ったぞ! とにかく包囲から脱出しろ! そのままだとずっと的だ!』
アキラはシロウから念話で送られてきた敵の位置のイメージを見て顔を
(……そりゃ賞金首なんだから、チームを組んで倒しに来るよな!)
シカラベ達がタンクランチュラを倒した時も、事前にしっかり人を集めて討伐チームを編制した上で賞金首討伐に挑んでいた。自分もその一人として参加していた。ハンター達がなかなか襲ってこなかったのは、その編制の時間が必要だったから。アキラが今更それに気付いて苦笑する。
あの時も強力なモンスターを出来るだけ安全に撃破する
シロウから今も送られている敵の配置イメージの各反応は、アキラ達を包囲円の中心に配置する
アキラがアルファから包囲の
「エレナさん! あっちへ進んでください!」
エレナが車の進路をアキラに指示された方向へ切り返す。急激な方向転換にヒカルの悲鳴が大きくなった。
情報端末越しに伝わってくる音から状況を察したイナベが落ち着いた声で告げる。
「襲撃か。アキラ。話の続きはまた今度にしよう。ヒカル君。君は今すぐにその場から離脱して都市に帰還しろ」
「と、都市に帰還ですか!? しかし、今この車両にはアキラも乗って……」
モンスター認定を受けているアキラを連れて都市に戻ることはできないと、ヒカルは思わず聞き返した。しかしイナベからあっさりと対処方法を告げられる。
「置いていけ」
「えぇっ!?」
その非情な判断にヒカルが思わず叫び、エレナ達も顔を険しく不満げに
そしてアキラが軽く言う。
「エレナさん。絶対に
「
アキラを置いていくつもりなど
「アキラ!? 何をして……」
直前に車を
今すぐ引き返してアキラを拾うべきか。しかしアキラは自分から飛び降りた。戻ったとしてアキラは乗るか。エレナはそう僅かに迷い、決断しようとする。だがその前に、既に車両から大分離れているアキラの声がヒカルの情報端末から出る。
「エレナさん。もう一度言っておきますけど、
エレナの顔が険しく
「……アキラは、それで良いの?」
「エレナさん達はヒカルの護衛を請け負っているんですよね? それなら、そっちを優先しないと駄目です。ハンターなら、仕事はちゃんとしないと駄目ですよ」
アキラの声は落ち着いたどこか明るいものだった。チームのリーダーとして常に決断を強いられているエレナが、それを聞いて苦渋の表情を強める。そしてサラが親友の代わりにしっかりと笑った。
「分かったわ。アキラ。ヒカルは私達に任せておきなさい」
「すみません。お願いします。ヒカルに死なれると都市との交渉ルートが減るんで俺もちょっと困るんです。その方向が一番包囲が緩いはずですけど、一応500億オーラムの賞金首を狩ろうって連中のはずです。気を付けてください」
申し訳なさそうなアキラの声に、サラが明るく余裕のある声を返す。
「大丈夫。実は私達、今回の依頼の前金として
そのサラの気遣いに、アキラも
「そうなんですか? 実は俺も後で
「そうなの? じゃあその話はお互いの装備自慢も兼ねて、また今度ゆっくりしましょうか」
「そうですね。それじゃあ、また今度」
そう再会の約束を残して、アキラの声が情報端末から消えた。同時に、エレナが心情を振り切るように車を加速させる。
「……エレナ。私達は私達の仕事をしましょう。自分達の仕事もできないようではアキラに
「……そうね。分かったわ。サラ」
親友の励ましでエレナも何とか意気を取り戻す。そしてそれを伝えるように力強く
サラも軽く笑って返し、次に意味深に笑う。
「そういう訳で、エレナ。弾薬費だの切り札だの奥の手だの細かいことは言わずに、ぶっ放して良いわよね?」
サラが返事も聞かずに車両の後ろから、ある銃を取り出して構える。すると一見ただの大型銃に見える物が自動で自身を組み立て直し、銃身を伸ばし、太くし、全体の形状を変えながら膨れ上がり、車両の全長より長い巨大な砲へ変化した。
拡張弾倉等にも使用される拡張技術を応用して製造されたこの銃は、使用時に自身を巨大化させて威力を増大させる仕組みとなっていた。変形式の銃なのだが、一度展開してしまうと元の大きさに戻すのは基本無理で、業者に再収縮を頼む必要がある。そしてそれだけの手間と不便さを補う威力を持っていた。
エレナが索敵範囲ギリギリの位置に敵の反応を見付ける。遠すぎて相手の形状もまだ把握できない位置であり、普通ならばそれだけで敵と断定するのは難しい。しかし今まで自分達に向かってきていた砲弾の軌道から敵であると見抜いた。
それでも敵に照準を正確に合わせるにはまだ遠い。しかしエレナはすぐさま可能な限りの照準計算を済ませると、とても楽しげに笑った。
「ぶっ放しなさい!」
人型兵器用の武装のような巨大な銃を、身体強化拡張者の飛び抜けた身体能力に加えて、その上に着る意味のある強力な強化服の身体能力で支えているサラが、エレナの号令で笑って引き金を引いた。次の瞬間、エネルギーパックを一発で使い切って産み出された膨大なエネルギーの奔流が球形に圧縮され、銃口から
光弾が弾道の軌跡に沿って大気を荒れ狂わせ、力場から漏れ出る光が空中に輝く線を描く。そして高速で撃ち出された光の弾丸は、弾薬費という概念を一時的に忘れたエレナ達の八つ当たりまで含んだ心情を満たすだけの威力を
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