第278話 人間扱い

 アキラがヤナギサワに襲われた直後、走行中のキャンピングカーの前に突如現れたハーマーズは、その超人的な身体能力で車を無理矢理やり止めた後、ゆっくりと横転させた。


 キャロルは車両がハーマーズと衝突した時に慣性で屋根から飛ばされていた。それでもしっかりと着地すると、ハーマーズに向けてすぐにレーザー砲を撃つ。


 だがハーマーズは撃ち出された光線をあっさりと片手ではじいた。更に攻撃を防がれて驚愕きょうがくしているキャロルのそばまで一瞬で移動すると、その顔をつかみ、警告する。


めておけ。次は殺す」


 キャロルが恐怖のにじんだ顔を怪訝けげん強張こわばらせながらもハーマーズをにらみ付ける。


「……どういうこと? 私達を殺しにきたんじゃないの?」


「違う。私は坂下重工の者だ。向こうのやつはクガマヤマ都市の人間だ。賞金首討伐とは無関係なことで、少し用がある。それだけだ。だから余計なことはするな。死にたくないだろうし、死なせたくないだろう? 分かったな?」


 ハーマーズはそれだけ言ってキャロルから手を離し、背を向けて車両の方へ戻っていく。


 キャロルは銃を下ろし、立ち尽くすことしか出来なかった。ハーマーズの無防備な背中は、この状態からでもいつでも殺せると、キャロルにしっかりと伝えていた。




 ヤナギサワが倒れたアキラに銃を突き付けながら愛想良く笑う。


「シロウ君。知っているよね? 実は彼を探しているんだ。どこにいるか教えてもらえないかな?」


「嫌だね」


 アキラはあっさりとそう答えた。そのアキラの態度にアルファが隣で慌てているが、ヤナギサワには見えない。


 ヤナギサワが銃をアキラにより強く押し付けながら笑って威圧する。それは並のハンターならおびえきって逆に口が利けなくなるほどのものだった。


 だがアキラは全くたじろがず、逆ににらみ返す。その目は反撃の機会を必死に探るものであり、銃撃のすきこうとヤナギサワを凝視するものだった。


 そのアキラの態度にヤナギサワが内心で舌打ちする。


(面倒臭いやつだな。まあそういうやつだからこそ、リオンズテイル社の創業者一族と交戦するような真似まねをして賞金首になったんだろうが……)


 意地のために命を捨てたのであれば、その目には諦めが混ざる。相手のすきくつもりなら、拒絶など口にせずに話を合わせた方が良い。相手はそのどちらでもない。つまり自身の生死を考慮せずに我を通し、そこに後悔も無い人物となる。ヤナギサワはそう理解した。そしてその手の人物から情報を引き出すのは非常に面倒臭いと知っていた。


 容易たやすく殺せるが、殺してしまえば情報は得られない。その判断が、アキラの命を辛うじてつないでいた。


 ヤナギサワが我がままな子供をなだめるように調子良く笑う。


「……じゃあ、こうしよう。銃を下ろしても暴れずに大人しく交渉してくれるのなら、銃を下ろそう。どうかな?」


 アキラは返事をせずに、黙ってヤナギサワに厳しい視線を向けていた。


 するとヤナギサワが笑顔を消す。その無表情には、相手を人間どころか知性の有る存在と見做みなさない認識が生み出す冷たさがあった。


「これも断るのであれば殺す。話し合い、分かり合い、交渉することが大切だ。それは人と人をつなぐ大切な要素だ。それを拒否するのであれば、もうモンスターとして扱うしかない。何しろ、分かり合えないんだからな」


 答えなければ殺すという脅しではなく、人でないのであれば駆除するという基準を単に伝えるその言葉が、自身の生死すら度外視して意地を張っていたアキラを動かした。人間扱いされたいかどうか。その選択を委ねられれば、アキラには提案を受けるしかなかった。


「……分かった」


 ヤナギサワが顔に笑顔を戻し、銃を仕舞しまう。そして倒れているアキラに手を差し出した。


 アキラはその手をつかまずに自分で立ち上がった。苦笑を浮かべるヤナギサワの前で回復薬を取り出し、たっぷり服用してから、大きく息を吐く。


「……それで、何なんだお前は。俺を殺しに来たんじゃないのか?」


 ヤナギサワが軽くおどけたように笑う。


「いやいや、とんでもない。先程も言った通り、少しお話を聞かせてもらいたいだけだよ。で、シロウ君だけど、知ってるよね?」


「知ってる」


「どこにいるのか教えてほしいんだけどなー」


「嫌だね」


 ヤナギサワが笑い、アキラが不機嫌な顔を浮かべ、その隣でアルファが慌てていた。


「そんなに不機嫌にならなくても良いじゃないか。ちょっと強引だったのは悪かったよ。でも、ほら、君は賞金首だからさ。ああでもしないと、お話を聞かせてもらえないかなーってさ」


「知るか。それに俺があいつを知ってることと、あいつの居場所を知ってることは別だろう」


「でもじかに会ったことはある。そうだろう?」


「ああ。都市間輸送車両の護衛をやっていた時に会ったよ」


「いやいや、他の機会でも会ってるんじゃないかな?」


「ああ。ミハゾノ街遺跡で会った。あの騒ぎに巻き込まれて良い迷惑だったよ」


「……いやいやいや、それだけかな?」


「交渉に応じるってのは、そっちの質問に何でも何度でも答えるって意味じゃない。3度答えた。そっちが銃を下ろした義理の分は答えたぞ。帰れ」


「えー」


 ヤナギサワは大袈裟おおげさに少しおどけながら不満を示した。アキラは嫌そうな顔を向けていた。


「えー、じゃあ、ねえよ。第一、俺はクガマヤマ都市からモンスター認定を受けてるんだ。そこの職員と愛想良く話す義理があるとでも思ってるのか? 何が、もうモンスターとして扱うしかない、だ。とっくにモンスター扱いしてるじゃねえか。その所為で俺は荒野を彷徨さまよう羽目になってるんだぞ?」


「おっと、痛いところを突かれたな。でもあの認定は私とは無関係なところで決まったんだけどね」


「そんなの俺が知るか。帰れ」


 取り付く島もないアキラの態度に、ヤナギサワはわざとらしく首を横に振った。そして良い案を思い付いたように笑う。


「分かった。じゃあ、君のモンスター認定を私が取り消そう。これでどうかな?」


 その言葉にはアキラも流石さすがに驚きを隠せなかった。思わず目を丸くしてヤナギサワを見る。


 その反応にヤナギサワも手応えを感じた。だがすぐに懐疑の目が返ってくる。


「そんなこと、本当に出来るのか?」


「出来る。実は、私は、こう見えても、都市で結構高い役職に就いてるんだ。君ほどのハンターなら知っていても不思議は無いと思うんだけど、知らないかな? ヤナギサワ、ヤナギサワ、ヤナギサワです!」


 ヤナギサワはそう言って、少しポーズを取って自分を指差した。


 アキラはどこかで聞いたような気がすると思って少しうなっていたが、思い出す。


「ヤナギサワ……、あっ! 前にキバヤシが言ってたやつか! もうこのクガマヤマ都市であいつに逆らえるやつはいねえとか言ってたけど……」


「そう! そのヤナギサワです! モンスター認定解除の件、信じてもらえたかな?」


 ヤナギサワにそれが可能であることはアキラも信じた。だが答える気にはならない。


「じゃあ、解除されたらまた交渉に来てくれ」


「えー。今じゃ駄目?」


「駄目だ」


 やはり面倒臭い者だとヤナギサワが内心でめ息を吐く。十分な時間があれば力尽くで口を割らせる自信はあるが、その時間が致命的となる。シロウの居場所の情報は、今必要なのだ。


 既に逃げているとしても、時間を与えればそれだけ遠くまで逃げてしまう。今ならまだ間に合う。大まかな位置しか分からないとしても、ヤナギサワにはその一帯をしらみ潰しに探せるだけの力があった。


 仕方無く、ヤナギサワが譲歩を見せる。


「じゃあこうしよう。要は都市に戻れない所為で野宿なのが嫌なんだろう? モンスター認定の解除はすぐには出来ないが、スラム街への立ち入りを黙認させるぐらいなら私の権限で可能だ。スラム街には君が支援している徒党の拠点があるだろう? そこで寝泊まりすれば良い。これでどうかな?」


「……ちょっと待ってろ」


 アキラは少し悩んでからそう言って情報端末を取り出すと、イナベに連絡を取った。


「アキラか。無事なようで何よりだが、通常の回線でつなぐとそちらの位置が露見する。通信内容もだ。すぐに切って秘匿回線でつなぎ直せ」


「いや、その辺は大丈夫だ。ちょっと聞きたいことがある」


 怪訝けげんな様子を見せるイナベにアキラが事情を説明すると、イナベも流石さすがに驚きを見せた。


「……それだけの説明ではそちらの状況をつかみ切れないのだが、彼の権限であれば可能なのは事実だ。私としてはその提案を受け入れてほしい。一応理由を補足しておく」


 アキラほどの実力者でモンスター認定を受けた者が都市内に入れば、都市防衛隊も流石さすがに排除に動く。これはヤナギサワの権力をもってしても止められない。しかし都市のそばまで近付かせるぐらいであれば可能だ。それはスラム街は厳密には都市の外、荒野として扱われているからだった。


 クガマヤマ都市にとって本来の都市内とは防壁の内側だけだ。そして下位区画とは都市と提携した民間警備会社が治安維持を行っている範囲を、契約上、そして便宜上、都市の一部として扱っている場所でしかない。都市の部隊が時折スラム街を住人ごと焼却するなどという、そこが都市内であれば十分暴挙と呼べる真似まねが出来るのも、そこを荒野として扱っているからだ。


 当然ながらアキラがそのスラム街にいても賞金を狙うハンター達は襲ってくる。しかしアキラを殺すために一帯を砲撃するような真似まねは出来ない。都市の近くを砲撃などすれば防衛隊も流石さすがに排除に動くからだ。よって敵の攻撃方法を砲撃から銃撃にまで下げられる。それはアキラには優位に働く。


 またシェリルの拠点は、ツバキの管理区画から流れた遺物をイナベがシェリルの遺物売却店に流している都合で、貴重な遺物を奪われないために防衛力を上げている。流石さすがに500億オーラムの賞金首を殺すための一斉砲火に耐える程ではないが、銃撃戦程度であれば十分に役に立つ。少なくともキャンピングカーで荒野を彷徨さまようよりは安全だ。


 イナベはそれらの説明を軽く済ませると、より真面目な声でアキラの説得に入る。


「私としても君に死なれては困る。だから君の安全のためにもヤナギサワの提案を受けてほしい。あと、少なくともヤナギサワが君の賞金に興味など無いことは私が保障しよう。都市の職員が500億オーラムの賞金首を狩ってハンター達の獲物を横取りするような真似まねをすれば、折角せっかく都市に集めている高ランクハンター達に喧嘩けんかを売ることになるからな。そしてヤナギサワは500億オーラム程度の小銭に困る人間ではない。だから、金のために君を殺すことはないだろう」


「……、そうか」


「しかし、ヤナギサワが君にそこまで譲歩するとはね。正直に言うと非常に意外だ。一体何を聞かれているのか気になるところだな」


「悪いが、それはイナベにも言えない」


勿論もちろんだ。むしろ私には話さないでくれ。坂下重工まで関わっているのだろう? 残念だが、私には手に余る」


 アキラへの砲撃が止まったのは、ハンター達がアキラを殺すのを諦めたからではなかった。ヤナギサワが止めていた。ハーマーズを同行させることで坂下重工が交渉中であるとして、その旨を広域汎用通信で通知したのだ。


 クガマヤマ都市との交渉中に武力で割り込んだハンター達も、坂下重工との交渉中に割り込むことは流石さすがに出来ない。それをやれば坂下重工が敵に回る。それはそこらのハンター達にとっては自殺と変わらない。


 つまりこの交渉が終わりヤナギサワ達が帰れば砲撃が再開する恐れは十分にある。ヤナギサワと上手うまく交渉してスラム街近くまで送ってもらった方が良い。イナベはそう付け加えた。


「では、これで切る。私は、私のためにも、君が生き残ることを期待している。正しい選択をしてくれ」


 通話が切れる。アキラが視線をヤナギサワに戻すと、調子の良い笑顔が返ってきた。


「先程の提案、私には可能だって理解してもらえたかな? じゃあ、改めて聞こう。シロウ君の居場所は?」


「……、言えない」


 その返事に、ヤナギサワも流石さすがに笑顔を消した。しかし返事の内容が、嫌だね、から、言えない、に変わったことに、一定の譲歩と交渉継続の意思はあるとした。


「どうして言えないんだい?」


「俺もハンターだ。そういう情報はペラペラ話せない。だから……」


 アキラはそう言って情報端末を操作すると、その表示面をヤナギサワに向けた。


「本人に聞いてくれ」


 そこには引きった顔をしたシロウが映っていた。


 シロウが慌てながらアキラに念話を送る。


『おいっ!? 何の真似まねだ!?』


『お前が持ち込んだ厄介事だろうが。少しは自分で何とかしろ』


 ヤナギサワはアキラの予想外の行動に驚きながらも、好都合だと判断した。手を伸ばし、情報端末を取ると、画面の中のシロウへ笑いかける。


「初めまして。私はヤナギサワだ。シロウ君とは都市間輸送車両の中で会えると思ってたんだけど、ようやく会えたね。画面越しだけど」


「あー、いや、ごめん。急に外の空気が吸いたくなってさ」


 緊張をごまかして笑うシロウの硬い表情は自然なもので、ヤナギサワは画面越しのシロウを本物だと判断した。背景は加工されていて真っ白であり、後ろの映像から居場所の推測は出来ないようになっているが、問題無いとすぐに逆探知を開始する。


「そう? 分かる! そういうことってあるよねー。でも、そろそろ帰ってきても良いんじゃないかな? こっちの都合で悪いんだけど、ちょっと手伝ってもらいたいことがあって、早めに帰ってきてほしいんだ」


「いやー、俺もちょっと忙しくて。悪いな」


 ヤナギサワはシロウの居場所の捜索をオーラム圏内全域から始めて範囲を絞り、クガマヤマ都市周辺まで更に絞り、今自分達がいる荒野の辺りまで絞り込むことに成功した。やはり近くにいるとほくそ笑む。


「そうなの? 人手がいるなら手を貸すよ? よくは知らないけど、坂下重工の人員は駄目なんだろう? 私の人員ならどうかな?」


「いやー、それもちょっと」


 ヤナギサワが、まだ行けると、逆探知の範囲を更に絞っていく。


「じゃあ、資金提供ならどうかな? こっちの事情で悪いんだけどさ、私も急いでるんだ。だから君には用事を早く済ませて帰ってきてほしいんだ。2000万コロンぐらいなら出すよ?」


 画面越しのシロウの顔に驚きが浮かぶ。


「どうかな?」


 シロウは僅かに迷いを見せたが、それだけだった。


「…………、遠慮しとくよ。そんな大金を融通してもらえるほど、仲が良いとは思ってない」


「遠慮しなくて良いのに」


 その話の間に、ヤナギサワはシロウの位置をついに半径200メートル以内という非常に近い範囲まで絞ることに成功した。思わず笑みを浮かべて周囲を軽く見渡すと、横転したキャンピングカーが目に入る。そこか、と思いながら逆探知の範囲をシロウに気付かれて阻止される前に可能な限り絞っていく。


 そしてついに位置をミリ単位で絞りきった。同時に、ヤナギサワの顔が僅かに険しくなる。その位置は、目の前にいるアキラが立っている場所だった。


「……今、シロウ君はどこにいるのかな?」


「どこって、そこにいるだろう?」


 シロウがしてやったとばかりに得意げに調子良く笑う。


「ミハゾノ街遺跡にいた俺を見付けたのはあんただろ? 同じ手は食わねえよ」


 ヤナギサワはその言葉で、逆探知に気付かれた上で泳がされたと判断した。


「どうせハーマーズもそこにいるんだろう? 無駄足を踏ませて悪かったと言っときな」


 更にハーマーズがいると確信しているがそれも推測であり、じかに確認できる状況ではないと判断する。


「あと、そこにいるアキラってハンターとめるのはお勧めしないぜー。あんたは坂下重工をバックに付けてるんだろうが、それでも月定層建つきさだそうけんめたら大変だろう?」


 加えて楽しげにネタばらしをするようなシロウの態度から、うそは言っていないと判断する。それにより、アキラが月定層建つきさだそうけんのエージェントであるというシロウの勘違いを、ヤナギサワも共有した。思わずアキラに視線を向ける。


(こいつ、旧領域接続者だとは思っていたが、月定層建つきさだそうけんのエージェントだったのか。道理で、裏に連中がいると仮定しても辻褄つじつまが合わないはずだ。そしてシロウの通信の中継器にされている。シロウは彼を介してハンター達に介入したのか……)


 自身も似たようなことをしようとしていたこともあり、ヤナギサワはそう推察して辻褄つじつまを合わせた。そしてキャンピングカーのそばにいるハーマーズに一応視線を向ける。するとハーマーズは軽く首を横に振った。


(やはり、いないか……。いたとしても、ここで車内を調べる意味は無い)


 シロウが車内にいた場合、ハーマーズはそれを知った上でうそを吐いているということだ。つまり坂下重工には自分にシロウを渡す意志が無い、少なくともこの場で渡すつもりはない、ということになる。


 またヤナギサワは、ミハゾノ街遺跡でシロウの捕獲に失敗した時に、その件について尋ねた時のハーマーズの態度から、少なくとも彼は本気でシロウを探していると判断していた。


 状況は、シロウがここにいる可能性は低いと示している。その僅かな可能性に賭けてキャンピングカーを調べて実際にシロウがいたとしても、その後に坂下重工と敵対してハーマーズと交戦することになる。それは今は割に合わない。ヤナギサワはそう判断して、調査を打ち切った。情報端末のシロウに向けて笑い掛ける。


「そうか。じゃあ、シロウ君と長話が出来る状況でもないし、今日はこれぐらいにしておくよ。気が変わったらいつでも連絡してくれ。連絡、待ってるよ?」


「気が向いたらな」


 それでシロウとの通信は切れた。ヤナギサワがアキラに情報端末を返しながら、念のために探りを入れる。


「それにしても、君もシロウ君の居場所を知らなかったのなら、嫌だね、なんて意味深に言わずに、知らない、と答えれば良かったんじゃないか?」


 そう問われたアキラは、非常に不機嫌そうな顔をヤナギサワに向けた。


「俺から力尽くで何かを聞き出そうとするやつに教えることは何もねえよ」


 ヤナギサワが軽いあきれを含んだ苦笑を浮かべる。


(知らないことすら教えたくない。そのためだけにあれだけ意地を張ったのか。人のことは言えないが、随分と面倒臭い性格をしているな)


 そう思いながらも、そのような性格だからこそリオンズテイル社からの脅しに屈さずに創業者一族を殺そうとして500億オーラムの賞金を懸けられる羽目になったのだと、ヤナギサワはある意味で納得した。そしてアキラの微塵みじんも揺るがない態度から、やはり本当に知らないと判断すると、軽くおどけるように笑う。


「そうか。それじゃあ、帰る。あ、君のスラム街への立ち入りは、シロウ君と話せる機会を作ってくれたからやっておこう。だがモンスター認定解除の方は無しだ。シロウ君の居場所を教えてくれなかったことに違いは無いからね」


「そうか」


「もし、居場所が分かったら、連絡してくれ。出来れば身柄も欲しい。そうしてくれたら、モンスター認定の解除だけではなく、君に懸かっている賞金の方も私が何とかしよう。じゃあね。連絡待ってるよ」


 ヤナギサワはそう言い残すと笑って立ち去っていった。


 アキラが大きく息を吐く。そしてごまかすように顔をしかめた。


『アルファ。悪かったよ』


 アルファが苦笑を浮かべる。


『まあ、助かったのだから良いわ。前にも言ったけれど、アキラのその辺の性格は今更だからね。気にせず、気を切り替えて、敵の砲撃が再開する前に早めに移動しましょう』


 本当に気にしていないというようにアルファが笑う。それでアキラも気を楽にした。


『そうだな。急ごう』


 アキラは近くに転がっているバイクを起こすと、キャンピングカーに向かった。




 ヤナギサワから帰還の連絡を受けたハーマーズは軽く息を吐いた。


「何事も無く終わったか」


 そして自分で横転させたキャンピングカーを元に戻してから、キャロルに軽く声を掛ける。


「俺達はこれで帰る。邪魔したな」


「……邪魔をしたと思ってるのなら、びぐらい置いていったら?」


 そう言ってきつい視線を向けてきたキャロルに、ハーマーズは少し驚いたような顔を見せた。そして態度で相手の度胸を軽く称賛する。


「悪いな。手ぶらで来たんだ。まあ、何か手配しとくよ」


 ハーマーズはそう言い残して、どこか楽しげな様子で去っていった。


 相手の姿が見えなくなったところで、キャロルが緊張を解いて大きく息を吐く。


「全く……、何だったのよ」


 あれほどの相手なのだ。帰ると言うのであれば、黙って帰らせれば良かった。それにもかかわらず余計なことを言ってしまったことに、キャロルは自分がそれだけ余裕が無かったことを自覚して、苦笑しながら反省した。


 そこにアキラが戻ってくる。


「キャロル。大丈夫だったか?」


「何とかね。アキラも無事で何よりよ。さあ、さっさと離れましょう」


 アキラ達がキャンピングカーに乗り込む。横転したこともあって車内はひどい有様だ。そしてシロウが不安を顔に出していた。


「アキラ。どうなった?」


「あいつらは帰ったよ」


 シロウが深い安堵あんどの息を吐く。


「ごまかせたか……。危なかった。それにしても……」


 そこでアキラが念話で口を挟む。


『キャロルがいるんだ。余計なことは言うな』


『分かったよ。お前にあのヤナギサワをだまし切るほどの偽装が出来るなんて意外だっただけだ。あれ、月定層建つきさだそうけんの技術か?』


『聞くな』


『……、了解だ』


 シロウは軽くおどけたような態度を取って話を打ち切った。


 シロウの居場所をアキラの位置に偽装したのは、シロウではなかった。裏でアキラに頼まれたアルファがやったのだ。シロウはそれに口裏を合わせただけだった。


 アキラ達はそのままキャンピングカーで場から離脱しようとする。ハンター達の砲撃が再開する前にとにかく急ごうとしたのだが、砲撃は一向に再開されなかった。それをアキラが疑問に思う。


「変だな。あいつら、やっぱり俺を狩るのを諦めたのか?」


 シロウが不思議そうにする。


「何言ってるんだ? お前がヤナギサワと交渉したんだろう?」


「えっ? いや、俺の賞金は取り消されてないぞ?」


「そうじゃない。坂下重工との交渉は表向き今も続いてる。そういう通信が飛んできてる。だからあいつらは俺達を今も砲撃できないんだよ。そうしてもらうように頼んだんじゃないのか?」


 怪訝けげんそうに顔を見合わせるアキラとシロウの横で、キャロルはそれがハーマーズの手配だと何となく察した。そして余計なことを言った甲斐かいはあったようだと苦笑した。


 ヤナギサワ達との戦力差は絶望的であり、交戦すれば終わっていた状況だった。アキラ達はその状況から、各自の努力と意地、そして幸運によって何とか抜け出した。




 アキラを狙うハンター達による砲撃が再開されなかったのは、ハーマーズの手配だけが理由ではなかった。


 ゲルグスの死亡により部隊の指揮を引き継いだタクトはその顔に憎悪をにじませていた。元々アキラの包囲という危険な役割に、ゲルグスの代わりに自身が向かうと自分から申し出るほどに慕っていたこともあり、その憎悪は深い。行動指針を賞金首討伐による金から、恩人を殺された復讐ふくしゅうに切り替えて、採算を度外視してでもアキラを殺すと動き出そうとする。


 そこに坂下重工が交渉中であるという通知が届く。タクトも金が目的であればそれで諦めていた。だが既に復讐ふくしゅうを目的にしていたタクトは止まれなかった。怒りの度合いが激しすぎて逆に無表情となった顔をラティス達に向ける。


「おい、質問がある。この状況でアキラへの攻撃を続行した場合、リオンズテイル社の力で俺達を坂下重工の支配区域の外へ逃がすことは可能か? 可能であれば、それを俺達への報酬に付け加えることは出来るか?」


 その要求はタクト自身の保身のためではなく、他のハンター達に協力させるためだった。相手の目からそれを察したラティスが軽くうなずく。


「……、手配しよう」


「よし!」


 そしてタクトが全部隊に攻撃続行を指示しようとした時、警報が鳴り響いた。更に車内通信が割り込んでくる。


「タクト! 襲撃だ! もう車内に侵入されている!」


「何だと!? 相手は? どこの連中だ!」


 敵対するハンターチームが賞金首討伐を失敗させるために、あるいはゲルグスの死亡に乗じて襲ってきた。そう考えたタクトだったが、返事は予想外のものだった。


「リオンズテイル社だ!」


 タクトが思わずラティス達を見る。だが同じく驚いているラティス達の反応から無関係だと理解した。


 その時、車両の機器が室内に拡張粒子気体を一気に散布した。強力な高速フィルター効果を持つもので、室内での銃撃戦をほぼ無効化する性能がある。車内の重要人物を銃撃から守るための機能だ。


 だがそれは同時に、場の者に至近距離戦闘を強いる機能でもある。そして次の瞬間、高速フィルター効果が充満した室内に至近距離戦闘に秀でた二人の女性が飛び込んできた。


 その片方は刀を勢い良く振りながらラティスに、もう片方は拳を振るってパメラに、一瞬で距離を詰めて襲いかかる。真剣な顔に忠義と殺意を乗せて、楽しげに笑う顔にやる気と同じく殺意を乗せて、怨敵に一撃を入れようとする。


 相手の一撃をラティスがかわして顔をゆがめる。


「お前は……!」


「お久しぶりです」


 相手の一撃をパメラが防いでかわして顔をしかめる。


貴方あなたは……!」


「また会ったっすね!」


 その襲撃者達はシオリとカナエだった。


 ラティスがシオリの追撃を今度はナイフで受け止める。衝突した刃から刀身のエネルギーが火花のように飛び散った。互いに刃を相手に押し付けようとしながら、刃を挟んでにらみ合う。


「何の真似まねだ! 何をたくらんでる!」


たくらむ? 貴方あなたはお嬢様を害しようとしました。理由など、それで十分では?」


「……なるほど。愚問だったな!」


 ラティスのナイフの刀身が伸びていく。刃の長さによる有利不利が無くなったところで、シオリとラティスが一度互いをはじき飛ばすように距離を取り、即座に無数の斬撃を繰り出した。それに巻き込まれた壁や床に一瞬で無数の痕が刻まれた。


 シオリとラティスの攻防はほぼ互角だったが、パメラはカナエに押されていた。部隊の指揮やメイド型の遠隔操作端末を使用して戦うのを基本としていることもあり、1対1でカナエと互角に渡り合うのは難しかった。


「部屋に遠隔操作端末を持ち込まなかったのは失敗だったっすね?」


「黙りなさい!」


「まあ、私も無駄話をする気は無いっす。だから……」


 そこでカナエの気配が変わる。こんな時でも楽しもうとしてしまう自分を抑えて、意識を切り替えた。


「とっとと死ね」


 笑顔を消したカナエの一撃がパメラの防御を貫き、その体を吹き飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る