第262話 積み上がる賭け金

 リオンズテイル社の施設に戻ってきたパメラが、先に戻っていたクロエの前で顔色を悪くしている。


 クロエはパメラの報告を静かに聞いていた。失態を責める訳でもなく、かといって気遣う訳でもないクロエの態度が、パメラの顔色を一層悪くさせていた。


 パメラの報告と謝罪を相槌あいづちすらせずに聞き終えたクロエが、不機嫌ですらない態度で口を開く。


「彼の実力を見誤っていたということだけど、それを受けて、自分達なら彼を十分に殺せるという貴方あなた達の進言は覆るの?」


 ミハゾノ街遺跡でのクロエが取った行動の判断基準には、アキラを問題無く殺せるというパメラの進言の影響も大きかった。仮にパメラが逆に返り討ちに遭うと言っていれば、クロエはそもそもアキラに会おうとはしなかった。クロエの行動には、側近の言葉を信じた故の部分もあったのだ。


 パメラをじっと見るクロエの視線に叱責は無い。だがパメラにはそれが逆にこたえた。無能と判断し、叱る価値すら無いほどに自身への興味を失っているのであれば、後は切り捨てられるだけだからだ。


 だからこそ真剣な表情でえてしっかりと答える。


「いいえ。勝負を急がず時間を掛けて殺そうとしたこと。そしてバイクで逃走可能であれば既に逃げていたはずという判断。そのすきかれただけです。それ自体は失態でありますが、彼を殺せるという判断を撤回するつもりは御座いません」


「……。そう」


 クロエはただそれだけ答えて再び黙った。


 パメラが緊張で顔を硬くする。許されたのか、見切られたのか、パメラにはその判断が付かず、主の判断を胸中の狼狽ろうばいを抑えながら待ち続ける。


「まあ良いわ。貴方あなた達は下がりなさい。彼を襲撃するにしろ、彼の襲撃に応戦するにしろ、十分対応できるように備えておきなさい。追加の指示はまた後で出すわ」


かしこまりました」


 最低でも自分の進退は保留扱いにはなったはずだと、パメラは小さく安堵あんどの息を吐いた。そして礼儀正しく一礼すると、ラティスと一緒に部屋から出て行った。


 一人になったクロエがつぶやく。


「殺せなかったか……」


 殺せていたのならそれで良し。だが失敗したのであれば、それを奇貨として賭け金に積み上げる。クロエはその方向で思考を深めていく。


 単に賭けに勝ったでは駄目なのだ。クロエには大勝が必要だった。全ての失態を後の布石に書き換えて、それで賭けの倍率を可能な限り引き上げて、何もかも巻き込んだ大きな勝負の場に作り替えて、その上で勝たなければならない。たがが外れた思考で自重を捨てた手法を考え続け、更なる大勝ちを求めて思案を続ける。


 その時、クロエの情報端末に通知が届いた。確認するとリオンズテイル社の保安部からであり、部外者がクロエの居場所を突き止めようとしている動きが見受けられるという注意喚起だった。


 クロエはその情報から更に思考を進めると、求めていたものを見付けたようにひどく妖艶に笑った。




 ラティスが施設の中を進みながらパメラに険しい顔で問う。


「それで、さっきの話はどこまで真に受けて良いんだ?」


 パメラがきつい態度をラティスに向ける。


「私がお嬢様に虚偽の報告をしたって言うの?」


 返答によってはただでは済まさない。そう言わんばかりのパメラの威圧を受けても、ラティスは態度を崩さなかった。


「そうは言わない。だが報告内容の振れ幅が大きすぎる。それぐらい分かってるだろう?」


 パメラは顔をゆがめて肯定の沈黙を返した。


「あのハンターを殺せるという判断を撤回するつもりは全く無いと言った。次は殺せると、大丈夫だとお嬢様に示した。だがその大丈夫は、次は余裕で殺せるからなのか、次は刺し違えてでも殺すからなのか、その辺の感覚については何も話していない。お嬢様は細かく追及はされなかったが、お前が意図的に話さなかったことぐらいは把握していらっしゃる。その上で聞くぞ。話を真に受ければ、次は余裕で殺せるから大丈夫、になるんだが、どうなんだ?」


「そ、それは……」


 パメラはそこで言葉を止めてしまった。そのある意味で雄弁な返答に、ラティスがめ息を吐く。


「少し落ち着け。進退がヤバいのは俺も一緒だ。報告を聞く限り、俺も同行していればあのハンターは殺せていた。つまりお嬢様の指示に逆らったことで、俺もあのハンターを殺すのに失敗した訳だ。放逐される時は一緒だよ」


 捉え方によってはお前が失敗した所為せいで道連れだという嫌味にも聞こえるが、ラティスの態度はパメラを気遣うもので、自分も同じ立場なのだから余り気負うなという意図であることはパメラにもすぐに分かった。それでパメラも少し落ち着きを取り戻す。


「……悪かったわ」


「良いさ。そういうこともある。それにお互い部下を殺されてるんだ。苛立いらだつのは仕方無い」


 気にしていないというように笑っていたラティスが、そこで表情を真面目なものに戻す。


「部下達の死を無意味にしないためにも、俺達は先に進まないといけない。次は失敗できない。話を戻すぞ。俺達はあのハンターの実力を見誤った訳だが、実際はどの程度の実力だったんだ? ハンターオフィスのサイトで確認する限りは、あいつのハンターランクは55だ。ハンターランクと実力に多少の誤差があったとして、念のために少しマージンを取って56、高くてもランク57相当として考えていた。その程度の実力なら殺せると踏んで、失敗した。お前はあのハンターの実力をどの程度だと見る? 逃げられたとはいえ戦ったんだろう?」


 パメラが真剣に悩んだ後で答える。


「……場合によっては、60相当」


「60!? そこまでか!」


 同僚が出した予想外の数字に、ラティスは驚きをあらわにした。


 ハンターランクはハンターの戦闘能力を示すものではないが、大まかな力量を判断する目安になる。そして高ランクのハンターほど、ランクから推察する力量と実際の力量との差が少なくなる。それは高ランクになるほど次のランクまでに必要な実績が増えることでランクが上がりにくくなり、その結果、同じランクのハンターでも力量の差異が広がるからだ。


 その上で、ランク差5に相当するほどハンターランクと実力が乖離かいりしているなど、もう異常と呼ぶしかない。それだけにラティスの驚きは大きかった。ラティスが無意識に真偽を問う視線を向けてしまうと、パメラが真面目な顔で答える。


「私達の部下は無能ではないの。死力を尽くして戦ってくれたはず。それを私が到着する前に撃退した上で、私のミスがあったとしても逃走に成功した。ランク60相当は十分に妥当よ」


「……確かにそうだな。そして次はこちらが包囲してから戦闘開始とはいかないか。お嬢様に使用制限武装の使用許可を取って頂いたのは正解だった」


 施設の倉庫に到着したラティス達の前で、その扉が開いていく。そこにはハンターランク60の者を殺すに足る強力な武装が仕舞しまわれていた。


 ラティスとパメラがそれぞれの武装の準備を進めていると、クロエから指示が飛ぶ。その内容を確認したラティス達は怪訝けげんな表情で顔を見合わせた。




 荒野の道無き道をバイクで駆けたアキラが元ヒガラカ住宅街遺跡の近くまで到着した。初めて来た時とは様変わりしている光景を見て少し驚きながらも、すぐにリオンズテイル社の施設を目指そうとしたが、それをアルファに止められる。


『アキラ。これから乗り込む場所は企業の施設なの。荒野に建っている以上、防衛兵器ぐらい配備されているはずよ。だから正面から乗り込むのはめましょう』


『分かった。でもどうするんだ? 遠距離からAF対物砲を撃ちまくるのか? あの弾は高いからそんなに残弾も無いし、施設に向けて適当に撃ってクロエが偶然死ぬのを願うってのは無理があると思うぞ?』


 ヴィオラから得た情報はクロエが施設にいる可能性が高いというだけであり、それなりに広い施設のどこにいるのかも、そもそも本当にいるのかも不明だ。そしてクロエを殺しても金が入る訳ではないので、アキラの貯蓄は弾薬費の分だけ減り続ける。アルファとの接続が戻ったことで一応の冷静さを取り戻したアキラは、弾薬費を後先考えずに散財するのは避けたかった。


 本来ならばリオンズテイル社の施設を襲撃するという暴挙に出ている時点で、既に弾薬費がどうこうという問題ではない。だがアキラはそちらは気にしていなかった。


 アルファとしてはその辺りも気にして欲しいところだったが、それを指摘するとアキラとの関係が破綻する恐れがあると考えているので、次善の手段として協力していた。


『バイクを降りて徒歩で迷彩機能を使用して侵入しましょう。それでクロエを見付けたら殺して脱出よ』


『迷彩か。見破られたりしないかな?』


 そういえばそういう機能があったという感想と一緒に、自分も戦闘中に相手の迷彩を見破ったのだから相手も可能なのではないかという疑問がアキラに浮かんだ。そしてどうせ見付かるのならばバイクで乗り込んだ方が良いのではないかという考えも浮かんだ。


 それをアルファが自信満々の笑顔で払拭する。


『そこは私がサポートするから大丈夫よ』


『そうか。分かった』


 アルファは大人しくバイクから降りたアキラを見て内心で安堵あんどした。アキラとしては取りえずクロエを殺せればそれで良く、リオンズテイル社そのものを敵視してはいないはずだ。それならば迷彩を見破られたとしても侵入者がアキラであると露見さえしなければ良い。自分のサポートさえあればその程度の迷彩の維持には全く問題ない。そしてクロエを暗殺した後は、アキラに知らぬ存ぜぬを押し通してもらえば良い。そうすれば施設に正面から乗り込んだ場合に比べてましな事態になるだろう。そう考えての提案だった。


 だがその提案は無駄になった。


 リオンズテイル社の施設から大型の装甲車両が勢い良く走り出す。そしてそのまま元遺跡の地帯を駆け抜けて荒野に出ようとする。その車両から発信されていた広域汎用通信を受信したアキラは、素早くバイクに乗ると全速力で車両を追い始めた。


 企業の幹部などの要人を乗せた車両が荒野を走る際、そのことを広域汎用通信で周囲に伝えながら走ることがある。下手をするとモンスターを呼び寄せる恐れがあるが、当然ながらモンスター程度は問題なく粉砕できる武装車両での話だ。


 発信は荒野にいるハンター達など人間に向けてのもので、基本的に警告だ。要人を襲う不審者として扱われたくなければ、車両から距離を取れと忠告しているのだ。そして事前通知は済ませたのだからと、不審者を無警告で攻撃するための前処置でもある。


 そして車両から発せられていた通知は、リオンズテイル東部三区支店所属のクロエが乗車しているという内容だった。


 これにより、正面からのごり押しではなく暗殺でクロエを殺し、余計な騒ぎを抑えようとしたアルファの考えは台無しとなった。バイクに乗っての高速移動中では迷彩の効果も薄れてしまい、暗殺者がアキラだということは確実に露見する。加えて相手から隠れながら殺す意志など、もうアキラから吹き飛んでいるのは間違い無かった。


 アルファが顔をしかめて次善の指示を出す。


『アキラ! 今度こそ落ち着いてね!』


『分かってる! ……!?』


 そう答えたアキラの顔がゆがむ。大型装甲車両の後部扉が開き、クロエが姿を現したのだ。クロエの方もアキラを認識しており、余裕の笑顔を浮かべながらアキラに軽く手まで振っていた。


 アキラの顔が一気に殺意に満ちる。ドス黒い内心が漏れ出た両目で敵を凝視する。その感情のままにバイクのAF対物砲を起動させ、照準を合わせ、バイクのエネルギータンクから砲にエネルギーを充填させる。


『アルファ! 照準補正と出力調整を頼む!』


『落ち着いてって言っているでしょう!? 全くもう、分かったわ!』


 エネルギーを最大まで充填し、威力を限界まで上げ終えた瞬間、アルファの照準補正を乗せた精密きわまる一撃が砲から発射された。効果範囲をAF対物砲の性能が許す限りまで絞った高出力の光線が、周囲の大気を焦がし穿うがき乱しながら目標へ襲いかかる。


 しかし同時に、クロエの車両も防御態勢を取っていた。要人輸送用の強固な装甲車両に搭載された力場障壁フォースフィールドシールド発生装置が、射線を遮るように無数の力場障壁フォースフィールドシールドを展開する。それらの力場障壁フォースフィールドシールドは射線を僅かに曲げるように斜めに配置された上に、光線を拡散させて威力を弱める効果まで持っていた。


 それにより乱反射した光線は光波となって車両の周囲を飲み込んだ。だが広がった分だけ威力は激減していた。


 バイクは出力を砲に回した影響で一時的に加速が止まり、姿勢維持機能も弱まった所為せいで転倒しかけていた。


 アキラは横滑りしているバイクを、車体を傾けてブレーキを掛けるようにして体勢を立て直しながら、飛び散った衝撃変換光が収まった装甲車両を見る。その視線の先では、かすり傷すら付いていないクロエが、アキラに向けて楽しげにわらいながら首を軽く横に振っていた。


 アキラの表情が更に内心を反映した凶悪なものに変わり、たがが外れた視線がクロエに突き刺さる。だが同じくたがが外れているクロエはそれを笑ってなした。そして小馬鹿にするように手を振りながらアキラに背を向けて車の奥へ消えていく。同時に車両の後部扉も閉まり始め、そのまましっかりと閉じられた。


 一度めたバイクにまたがりながら、アキラが遠ざかる車両を殺意の籠もった目で見ている。


『……アルファ。今のは何が悪かった?』


 アルファはアキラを出来る限り冷静にさせるために、えて真面目で真剣な顔をアキラに向けた。


『特に失点は無いわ。強いて言えば向こうの装備が高性能だっただけよ。その情報収集を済ませて次にかすと考えて落ち着きなさい。冷静さを欠いた分だけ彼女を殺せる可能性が減るわ』


『……。了解』


 アキラが大きく息を吐く。そして再び勢い良くバイクを加速させた。




 車内でゆがんだ笑みを浮かべているクロエに、パメラが険しい顔で進言する。


「お嬢様! なぜあのような危険な真似まねを!? 幾ら車両の防衛装置が強力とはいえ、万が一ということも御座います! 無意味に身をさらすような真似まねはおやめください!」


 だがクロエはパメラの進言を全く気にしていなかった。


「ちゃんと意味はあるわよ? 彼に私の姿をしっかりと見せて、この車に私が確実に乗っていると思ってもらわないと、広域汎用通信の通知だけでは内容を疑って施設の方に向かう恐れがあるでしょう? その防止よ」


 単にアキラを迎え撃つのであれば施設に残った方が良い。安全を求めてクガマヤマ都市の防壁内に移動するのであれば、自身の居場所をアキラに知らせる必要など無い。そう考えたパメラはクロエの意図が分からずに困惑していた。しかし今は更なる失点を避けたいので、無能と断じられないために詳しく聞くのは止めた。


「彼をおびき出すためしばらく荒野を彷徨うろつく必要があると思っていたけれど、すぐに私の居場所を突き止めて、もうあんな近くまでいたとはね。大したものだわ。パメラが手子摺てこずるのも仕方が無いのかしら?」


 それを肯定する返事をすると自身の評価が更に下がることぐらいはパメラにも分かっていた。無言で真剣な表情を返して、次はしくじらないという意志を示すのにとどめる。


 クロエはどことなく満足そうに笑った後、視線を車両奥のラティスに向けた。


「ラティス。行きなさい」


かしこまりました」


 ラティスが卓越した技量で執事服を素早く脱ぐ。その下には重装強化服用の強化インナーを着ていた。そして周囲の機械が動き出し、複数のアームでラティスに重装強化服を取り付けていく。一度分解した小型の人型兵器の各部位を再度組み立てるように、ラティスの体が覆われていく。


 更に追加の武装が付けられていく。飛行装置、ミサイルポッド、サーベル、大型弾倉と弾倉ベルトでつながれている大型の銃などが重装強化服にしっかりと取り付けられた。


 人型兵器に乗り込むではなく、着用する。その設計思想を具現化した重装強化服は、着用の手間さえ度外視すれば、強力な人型兵器に比類する戦闘能力を備えていた。


 車両の天井が開いていく。重装強化服の飛行装置が車外に飛び立つために駆動音を立てている。その推進力でき乱された空気が車外に被害を与えないように、ラティスの周囲には力場障壁フォースフィールドシールドが展開されていた。重装強化服から僅かに放たれているエネルギーに反応し、発せられた衝撃変換光でガラスのように見える力場障壁フォースフィールドシールド越しに、ラティスがクロエに一礼する。


「では、行って参ります。ご満足頂ける結果を、お嬢様に必ずやお届け致します」


 するとクロエが軽い口調で指示を出す。


「ああ、満足する結果ということなら、戦い方に注文を付けるわ。派手に戦いなさい」


「派手に、ですか?」


「そうよ。彼を殺すのも大切だけど、その所為せいで戦い方が地味になるのなら派手に戦う方を優先して。派手に戦った所為せいで彼を殺しきれなかったのなら、そこは仕方無いとするわ」


「お嬢様。それはどういう……」


 クロエの意図が分からず、思わず聞き返したラティスが言葉を止めた。クロエが笑顔を消し、相手の心の底までのぞき込むような目で、そして自身の狂気を相手にのぞかせるような目で、創設者一族特有の気配と資質を出しながら、ラティスをじっと見ていた。


「ラティス。また、私の指示に、逆らうの?」


 気圧けおされたラティスが全ての疑問を棚上げする。


「い、いえ、そのようなことは決して。かしこまりました。派手に戦うことを優先致します」


「行きなさい」


「はっ!」


 ラティスは勢い良く車外へ飛び立った。


「パメラ。貴方あなたは周囲を見張って、彼が車に余りにも近付いたら迎撃しなさい」


「か、かしこまりました」


 パメラにもクロエの指示の意図は分からない。だが指示そのものの理解に問題は無く、疑問を棚上げしてすぐに指示通りに動き出す。車内の両脇に並んで立っているメイド服を着たもの達が、パメラの指示に従って各自の武器を手に取り、機敏な動きで屋上から車外に出て警戒と迎撃の配置に付いた。


 クロエが備え付けの椅子に座り、笑みを浮かべる。その様子はまるで自分の想定通りに進む事態を楽しんでいるようでもあった。




 バイクを加速させてクロエの車両を追うアキラが、車両から飛び出してきたラティスに気付く。


『人型兵器? いや、違う。重装強化服か。随分ごついな』


 アルファが真面目な顔でくぎを刺す。


『以前に戦った重装強化服と同じに考えては駄目よ。根本的に別物だと思いなさい』


『分かってる。メイド服みたいな普通の服に見えるものを着ていた連中でもあれだけ強かったんだ。見た目からしてあれなら別格に強いんだろう。AF対物砲を使うか?』


『AF対物砲は弾数が少ないから車両の破壊用に出来るだけ節約したいわ。まずはLEO複合銃で』


『了解だ』


 予備も含めて6ちょう用意したLEO複合銃は既に3ちょうに減ってしまっていた。1ちょうはアキラの右手に、残る2ちょうはバイクのアーム式銃座に取り付けられている。


 バイクの大容量エネルギータンクからアキラの強化服を介してLEO複合銃にエネルギーが供給され、装填しているC弾チャージバレットへのエネルギーチャージが僅かな時間で完了する。それによりC弾チャージバレットを最大威力で連射可能となっていた。アーム式銃座の方にも同様の機能が備わっている。


『細かい照準は私に任せて、アキラは脳の負担を抑えておきなさい。私のサポートがあったとしても、体感時間圧縮や現実解像度操作の連続使用は負荷が大きいからね。必要に応じて、ここぞという時に使う感覚を磨いておきなさい。始めるわ!』


『ああ!』


 アキラがLEO複合銃をラティスに向ける。即座に照準補正が入り、異常な精度の精密射撃となった射線で、最大威力のC弾チャージバレットが最速の連射設定で撃ち放たれた。




 ラティスは車両から飛び出た時点でアキラの位置を捕捉していた。車両の索敵機器と連携した上で、自身の情報収集機器でも高速で移動するアキラの姿を捉えており、高度な照準制御システムによるロックオンの前段階を済ませていた。


 後は搭載している大型の銃で狙撃するだけで殺せるとも思ったが、その一発で戦闘を終えると派手に戦えというクロエの指示に背くとも思い、別の攻撃手段を選択する。


「お嬢様のご指示だ。派手に散れ」


 重装強化服のミサイルポッドから小型ミサイルが一斉に射出される。それらのミサイルはそれぞれ別の軌道で宙を駆けた後、アキラに全方向から襲いかかるように軌道を曲げた。そして目標から一定の距離まで到達すると弾頭の表面が割れ砕ける。次の瞬間、その内部から大量の小型ミサイルが飛び出した。


 拡張弾倉の技術を応用して製造されたクラスターミサイルが内蔵する子ミサイルの数は常軌を逸しており、外観から推察できる数とは著しい差があった。弾頭が子ミサイルに分裂、分割したのではなく、そのまま増殖したかのように空中に広がり、宙を埋め尽くしてアキラに全方向から殺到する。


 次の瞬間、ミサイルが一斉に爆発した。それぞれの爆発が融合し、目標どころか周辺の空間に存在する全てを消し飛ばしかねないほどの大爆発となる。爆風で押し出された大気が暴風となり、地面に転がる瓦礫がれきなどを派手に吹き飛ばしていた。


 一瞬遅れて、アキラが撃った銃弾がラティスに着弾する。照準に狂いは無く全弾直撃した。しかし重装強化服の強固な力場装甲フォースフィールドアーマーに守られているラティスはかすり傷すら負っていない。少々多めにエネルギーを消費しただけだった。


「最後の足掻あがきか。足掻あがけるだけ優秀だ。ハンターランク60相当の実力というのも納得だ」


 ラティスはそう軽い感心を示しながらも、この攻撃で殺したと判断した。大気が余りの爆発の衝撃で押し出され圧縮されたことで色無しの霧の濃度が一時的に上昇し、高濃度の部分が透明な膜のようになって爆炎と爆煙を包み込んでいる。その外側は暴風で済んでいるが、内側は逃げ場を失った炎が荒れ狂う地獄と化していた。


 後は膜が消えて中身の煙が四散した後に、一応バイクの破片でも探してからクロエに報告すれば良い。見付からなければアキラはちりと消えたとでもしよう。ラティスはそう考えて勝利を確信していた。


 だがその確信が覆る。巨大な光刃が膜を内側から切り裂き内部の炎を噴出させる。その勢いに乗ってバイクに乗ったアキラが飛び出した。


「何!?」


 ラティスの表情が驚愕きょうがくに染まった。




 分裂増殖しながら迫ってくる小型ミサイルの回避不可能な物量に、アルファは即座に次善の行動に移った。アキラにそのための指示を出しながら、バイクを勢い良くえて横転させる。そして一瞬空中で横向きになった状態で両輪を一気に回転させた。


 車体が横向きの独楽こまのように激しく回転する。同時にタイヤの空中走行機能を最大出力で稼働させ、力場装甲フォースフィールドアーマー機能を応用した足場精製機能で空中に見えない足場を何重にも精製する。


 同時にアキラがバイク用の武装である液体金属の刃を抜いた。つかを刃の生成機から引き抜くのと同時に大量の液体金属が噴出する。液体金属は普通ならばそのまま細く薄い刃となるのだが、アルファの操作により薄く広い膜のような形状となる。アキラはそれをバイクの回転に合わせて振り抜いた。


 振った勢いで液体金属の膜が破れていびつな銀色の布のように変化する。更にそれがバイクを中心にして渦を巻くように広がっていく。そして一瞬で十分に広げた瞬間、力場装甲フォースフィールドアーマーで強力に硬化した。


 次の瞬間、殺到するミサイルの爆発がアキラ達をみ込んだ。だがアキラ達はその爆発の衝撃を、幾重にも生成した見えない足場の壁とバイクを守るように広げた液体金属の布で防いで乗り切った。


 爆発を単純に防ぐだけならば耐えられない。しかし綿密に計算されて配置された壁と布により、爆発の指向性をずらし、相殺させ、弱めるだけならば理論上は可能だ。そしてアルファは爆発までの僅かな時間で、無数の爆発が合わさった複雑な影響を全て綿密に計算するという、常軌を逸した膨大な計算を算出し終えていた。


 それでも爆炎がアキラを包む。だがそれはバイクの展開式力場装甲フォースフィールドアーマー機能と強化服の防御で何とか乗り切った。続けて液体金属の大半をつかから切り離し、残った少量の液体金属で刃を作製すると、色無しの霧の膜を切り裂いた。そしてバイクで膜の外へ一気に加速する。


 噴出する爆炎を背に受けて更に加速しながら、アキラは勢い良く膜の外へ飛び出した。一瞬遅れて膜が崩壊し消えせると、膜の内部にとどまっていた爆炎がもう一度爆発したように周囲に広がった。


 何とか死地から脱したアキラも流石さすがに今のは死ぬところだったと顔を引きらせる。


『危なかった! 何だあいつ!?』


 アルファも険しい顔をアキラに向けている。それは厳しい状況をアキラに伝えるためでもあるが、それ以上に自身がそれだけ表情を厳しくする程の強敵だと示すことでアキラに自重させるためだった。加えて言葉でも念を押す。


『かなり強力な重装強化服を使用しているようね。都市間輸送車両の護衛依頼なら、先頭車両付近に配置されるぐらいには強いわ』


『そこまでか! ……いや、確かにそれぐらい強そうだな。なんであの場では使っていなかったのかが気になるけど……、ああ、あの時は一応交渉の体裁を保ってたからか』


 交渉の体裁を保つために武装は抑えていた。初めから殺す気ならば使っていた。アキラはそう考えて納得すると、ある意味で敵の不手際のお陰で生き残ったようなものだったと自嘲する。


『まあ、そのお陰で俺は死なずに済んだんだ。あれでも最低限の運はあったのか』


『アキラ。その残り少ない運を私との接続回復に使っていればもっと真面まともに戦えたのよ? 今だって私のサポートがなければ死んでいたわ。運が悪いと思っているのなら、その不運を私のサポートで相殺できるように、接続状態を維持する努力を欠かさないようにしなさい』


『分かってる。悪かったって。反省してます』


 アルファの御機嫌取りを兼ねてアキラは苦笑を浮かべて謝った。


 その間にもバイクは加速していた。アキラが気を切り替えて表情を引き締める。


『それで、どうやって倒す?』


『まずはあれを無視して車両を破壊できるか確認するわ。近距離でのAF対物砲か、至近距離でのブレードを試したいわね。車両に接近していれば、車両を巻き込むような攻撃をするのは難しくなるでしょう。行くわよ』


『了解!』


 バイクが車両を目指して加速し続ける。アキラはまた冷静さを失ってしまわないように、殺意を憎悪にべる燃料にするのではなく、底冷えする冷徹さを維持する要素に振り分けて、その表情を冷たく研ぎ澄ませながら荒野を勢い良く駆けていった。

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