第263話 乱入

 あれ程の攻撃を受けたのにもかかわらず、死ぬどころかそのまま車両を追い始めたアキラの様子に、ラティスは驚きを隠し切れなかった。


(あれでハンターランク55? 何の冗談だ。60相当でも足りん。下手をすると65に届く)


 実際の実力がハンターランクと余りにも乖離かいりしている。ラティスにそう判断させる要因はアキラのハンターランクの稼ぎ方にあった。


 ハンターランクを遺物売却で上げるにしろモンスター討伐で上げるにしろ、普通は徐々に上がっていく。仮にランク55のハンターがランク65相当の実力者でなければ普通は倒せないモンスターを軽く倒したとしても、それだけで急にランク65に認定されることはない。相応に貴重な遺物を何度も売却し、相応に強力なモンスターを何度も討伐して、ようやく上がるのが普通だ。


 つまりアキラが幾ら都市間輸送車両の護衛で活躍したとしても、仮に先頭車両に配置されるだけの実力を持っていたとしても、その一度だけではランク上昇は僅かなものだ。加えて報酬である金とランク上昇の配分を、装備を調えるために金の方に偏らせていた。その結果、アキラのハンターランクは再びランク詐欺に近いものになっていた。


 更に今はアルファのサポートもある。そして非常に扱いが難しく普通の者では扱えないほどに複雑で高性能な装備ほど、それをアルファのサポートで自在に扱うことでサポートの効果が高くなる。


 アキラのバイクはツェゲルト都市周辺で活動するハンター向けの強力な製品だ。加えてその辺りで活動するハンター達でも扱いに困る品だ。その両方の要因で、バイク込みのアキラの実力は飛躍的に上がっていた。


 それらを知らないラティスが、知っている情報だけで辻褄つじつまを合わせようとする。そして結論を出す。


(あいつ、バイク乗りか!)


 東部には特定の武装や技術に対して著しく適性の高い者がいる。銃器が基本の戦闘でえてブレード類での近接戦闘を選ぶ者もそうであり、超人だからと格闘戦を選ぶ者はある意味でその極みだ。強化服無しで戦えるとしても、銃を使ってはいけない理由など無い。


 そしてバイク乗りはバイクに乗った状態での戦闘に著しくけている者達の総称だ。普通ならばバイクよりも武装車両や戦車、人型兵器に乗った方が乗員を外部にさらす必要も無く安全で、搭載している武装の面でも優れている。それでもなぜかバイクに乗って戦った方が戦果を上げる者が一定数存在していた。


 車両などでは通れない狭い部分でもバイクならば通行可能な場所は、数多くの遺跡内にそれなりに存在しており、その点でもバイク乗りは意外に重宝されていた。大抵の者にとっては同価格帯なら車両の方がどう考えても適しているのにもかかわらず、高ランクハンター向けに高額な武装バイクが販売され、それなりに売れている理由でもあった。


(ミハゾノ街遺跡では戦闘開始時にバイクに乗る暇が無く、その後は情報収集妨害煙幕ジャミングスモークで遠隔操作も出来なかった。そして可能になった途端にバイクで脱出した訳か!)


 バイク乗りであればバイクにだけ高性能な車両や武装をそろえていても不思議は無く、ミハゾノ街遺跡で会った時に推察した実力と今の戦力差も納得できる。ラティスはそう考えながら顔をしかめると、アキラに向けて再度ミサイルを放った。


 しかし今度は早い段階で迎撃された。もうそれは知っていると言わんばかりに、クラスターミサイルが弾頭の分離前に撃ち落とされる。そして発射元を巻き込まないための安全装置が働いたことで爆発せずに落下していった。全てを迎撃された訳ではないが逃げ場を無くすように囲むのは不可能で、荒野を高速で駆けるバイクを追う途中で撃ち落とされたり地面に転がる瓦礫がれきなどと衝突するように誘導されたりして、ほとんど無効化されていた。


(対応が早い! しかも的確すぎる! お嬢様の御指示の理由はこれか? 派手に戦えとは、半端に様子見などせずに初めから過剰な威力で殺し切れということだったのか?)


 浮かんだ疑問に意識を割いたすきくように、アキラが撃った銃弾がラティスに直撃する。強固な力場装甲フォースフィールドアーマーのお陰で無傷ではあるが、回避していれば無駄なエネルギーの消耗を抑えられたことも事実だ。ラティスが表情を引き締めて自身に言い聞かせるように厳しい声を出す。


「……推察は後回しだ! あいつを派手に殺した後にお嬢様から聞けば良い!」


 ラティスは大型の銃をアキラに向けて構えた。ぐに照準制御システムが複雑に動くアキラに銃口を合わせる。そして重装強化服での使用を前提とした大型銃から、強力な弾丸が大気を震わせながら撃ち出された。




 アキラはクロエ達の車両を追ってバイクで荒野を複雑な動きで走行していた。タイヤの力場装甲フォースフィールドアーマー機能を応用した両輪による空中走行という、本来なら車体に飛行装置でも取り付けた方がましな器用貧乏な機能を、アルファによる精密かつ強引な操作により実用の域に引き上げた結果、バイクは荒野の地上と宙を縦横無尽に駆けている。


 単純な飛行装置では不可能な鋭角の切り返しでミサイルをかわす。見えない筒の中の側面を疾走するような螺線らせんを描く走行で、地面の瓦礫がれき螺線らせん走行の隙間に挟むようにしてかわしながらギリギリを走行し、追ってくるミサイルを瓦礫がれきに押し付ける。


 そして上方向から襲ってくるミサイルは、その走行を続けながら撃ち落とす。その際疾きわどい回避により、小型ミサイルが雨のように降り注ぎ一帯を容赦なく吹き飛ばす中でも、アキラは無傷を保っていた。


 余りに急激で激しい動きを繰り返すバイクから慣性で投げ飛ばされるのは、強化服とバイクの乗員保護機能で防いでいる。それでもつらいものはつらい。アキラの顔もゆがむ。


 しかしある意味でいつも通りの戦闘でもあり、その慣れのお陰で精神の過度な高ぶりは抑えられていた。それでいつもの調子で余裕とも泣き言とも取れる軽口も出る。


『アルファ!? もうちょっと何とかならないのか!? サポートの有り難さを見せ付けてくれるんだろう!?』


 体感時間の操作を抑えている所為せいで、アキラは目紛めまぐるしく変わり続けている自身の視界に追い付くのがやっとの状態だ。拡張感覚で自身の位置を俯瞰ふかん的に捉える感覚をつかんでいなければ、自身の位置も分からないほどだった。


『十分に見せ付けているでしょう? 次、右上よ!』


 アルファの指示に従って僅かな間だけ体感時間を圧縮し、銃の照準を正確に合わせる。銃口から伸びる射線が敵の射線と完全に重なる。即座に撃ち出した無数の弾丸が、ラティスから撃ち出された大型の弾丸に全て着弾する。だがアキラが撃った弾丸は威力の差で全てはじき返された。


 それでも無数の銃弾は相手の弾道をずらす役目は果たした。アキラのバイクを狙っていた巨大な弾丸が、目標から僅かに離れた空間を通り過ぎて地面に着弾し、着弾の衝撃だけで地面を吹き飛ばす。バイクもその衝撃で足場の地面を吹き飛ばされて宙に浮く。


 本来なら車体が宙に浮いた時点でただの的となる。飛行装置でも飛び散った土砂を浴びた衝撃で大きく体勢を崩す。しかし空中走行機能を完全に使い熟しているアルファは、その土砂すら固定し足場にしてバイクを加速させた。


 敵の弾丸の威力を、着弾の衝撃で瓦礫がれきごと吹き飛んだ土砂の量から推測し、アキラが顔を引きらせる。


『危ねえ! あんなの真面まともに食らったら一発で終わりだ! しかもこんな無茶苦茶むちゃくちゃに動いている目標を相手に、照準が正確すぎるぞ!?』


『その攻撃をらしたのは私のサポートよ? 有り難いでしょう?』


『ありがとう御座います!』


 どことなく揶揄からかうように意味深に楽しげに笑っているアルファに向けて、アキラは半分自棄やけになって答えた。


『それではもう一つ分かりやすく見せ付けてあげるわ。行くわよ』


 アルファがそう言った途端、バイクが一度急激に上昇する。そして地面に向けて一気に垂直に加速した。


「うおっ!?」


 アキラの叫び声は、瓦礫がれきの散らばる地面にバイクが直撃した音に飲み込まれき消された。




 アキラの反応を見失ったラティスは怪訝けげんな顔を浮かべた。運転を誤って地面に埋まったとはとても思えなかったが、念のために反応が消失した周辺を銃撃する。着弾地点の土砂が巨大な水柱のように何本も吹き上がり、着弾の度に周囲の地形を破壊していく。それでもアキラの反応は戻らなかった。


(迷彩機能を使って隠れたのなら、これで幾ら何でも出てくるはず。どういうことだ?)


 念のために反応が消えた場所に降り立ち周囲を近距離で調査する。高度な情報収集機器が近くの土砂の内部まで探ったが、それらしい反応は見付けられない。先程の攻撃を受けて木っ端微塵みじんになった所為せいで反応が消えたという可能性もあるが、ラティスはそこまで楽観視できなかった。




 クロエ達の車両で周囲の警戒を続けているパメラにラティスから連絡が入る。


「パメラ。あいつの反応が消えた」


「確認するわ。倒したのでもなく、逃げられたのでもなく、見失ったって意味で良いのね?」


「残念だがな。あいつが地面に激突してから、反応が欠片かけらも出てこない」


 パメラはそのままラティスからその時の状況などを伝えられる。加えてアキラの実力がハンターランク65相当に迫るほどに高いことと、恐らくバイク乗りであることも教えられた。流石さすがにパメラの表情も険しくなる。


「……そこまでなの? それほどの者をあそこまで追い詰めていてくれたなんて、部下達は相当善戦してくれたようね。私が殺し切れていれば……、悔やむわ」


「それは俺も同じだ。こっちは少し捜索を続ける。殺せているにしろ、隠れているにしろ、もう少し調査が必要だ。一応そっちも注意しておいてくれ」


「了解よ。お嬢様には?」


「何も発見できなかった場合は非常に高度な迷彩を使用していると仮定して、念のために一帯を派手に吹き飛ばしてから帰還する。その後に俺から報告するよ」


「分かったわ。……!?」


 拡張視界で車両の周囲360度を視認しているパメラが予想外の者を見て驚く。車両前方の地面からバイクに乗ったアキラが土砂と瓦礫がれきを巻き上げながら飛び出ていた。




 東部の地下には意外にトンネルが多い。崩落等で鉄道としては使用不可能な地下鉄の路線や、かつての都市の地下道の一部、地中を移動するモンスターが開けた穴などだ。それを発見したアルファは、そのトンネルが車両の移動方向と部分的に一致していることに気付くと、それを利用して先回りするために戦闘の余波でもろくなっていた部分から地面を突き破ってトンネルに突入した。


 光源など一切無い地下道をバイクで全速力で駆けていくという普通なら常軌を逸した行動も、拡張感覚で周囲を何となく認識しているアキラには然程さほど問題ない。そして同程度に常軌を逸した状況には慣れていた。運転をアルファに任せていることもあって、闇の中を加速するバイクに乗りながらも、たじろぎすらしていない。


『アキラ! 外に出るわ!』


『了解!』


 細かな作戦伝達は既に念話で済ませている。そして再びもろくなっている部分からバイクで地上に飛び出る準備をする。部分的にもろいとはいっても、地上と地下道を分ける天井は分厚く、地上を車両や大型モンスターが通っても崩落しない程度には頑丈であり、そこをバイクで突き抜けるには一手間必要だ。


 その手間をアキラが実施する。バイクの勢いを利用して前方へ勢い良く跳躍すると、天井を液体金属のブレードで幾重にも切り刻み、更に強化服の超人的な身体能力で蹴り上げた。


 刻まれた天井が土砂と一緒に上方向へ吹き飛ばされる。そして一瞬遅れて突っ込んできたバイクにアキラは空中で飛び乗ると、そのまま一気に地上へ出た。


 高速で荒野を進んでいたクロエの車両と、飛び出た勢いのまま車両へ向かうアキラのバイクが擦れ違う。その直前、勢い良く飛び散っていく土砂の動きがひどく緩やかに感じられる世界の中、アキラはトンネルの天井を切り裂くために一時的にバイクから切り離していたつかを再度バイクに接続すると、つかをブレードの生成機に差し込んだ。そして、アルファのサポートを得た達人の技量をもって、迫ってくる車両へ向けて振り抜いた。


 ブレードはバイクのエネルギータンクから過剰なほどのエネルギーを供給されており、刀身が崩壊する直前に最大の切れ味が出るようになっていた。力場装甲フォースフィールドアーマー機能で固定化された液体金属の刃が発光しながら目標に迫る。車両の屋根にいるもの達を車両ごと両断しようと、刀身崩壊までの僅かな時間にその存在意義を全うしようとする。そして目標に接触した。


 接触の衝撃による轟音ごうおんと共に激しい衝撃変換光がほとばしる。同時に刀身が砕け散った。だがそれは役目を終えたことによる崩壊ではなく、目標の防御に負けた所為せいでの崩壊だった。強固に固定されていた刀身の破片が液状に変わっていき、周囲に銀色の水飛沫しぶきとなって散っていく。


 車両の屋根にいるもの達も即座に反撃する。擦れ違ったアキラに向けて猛烈な弾幕を浴びせて対象の生死を問わず引き剥がしに掛かる。


 その弾幕をアキラはアルファの巧みな運転で回避して距離を取る。少し被弾したが、それは強化服とバイクの力場装甲フォースフィールドアーマーで防ぎきった。


 車両の一刀両断を期待していたアキラが予想外の結果に驚きをあらわにする。


『堅いな!? 車どころか上に乗ってたやつも完全には斬れなかったぞ!?』


 液体金属の刀身の通り道にいたものは、斬撃を食らう直前に両腕を上げて防御態勢を取っていた。刃は対象の頭と腕と持っていた武器までは両断したが、胴の両断には至らず、鎖骨の少し下まで斬るのが限界だった。


 アルファが敵の異常とも思える防御力の理由を険しい顔で伝える。


『車両の力場装甲フォースフィールドアーマーと一体化して防御を高めているのよ。付け加えれば、あれは完全な戦闘用の遠隔操作端末よ。だから初めから生身より大分堅いのでしょうね』


 アキラが驚きながら先程斬った物を見る。切断面から血は出ておらず、よく見ると内部の金属部品が露出している。両腕の上腕から先を失った上に、斬られた所為せいで上半身が部分的に左右に分かれているのにもかかわらず普通に立っていた。


 車外に出ているメイド服の物達は全て同様の遠隔操作端末でパメラが車内から操作している。これらの戦闘用端末をミハゾノ街遺跡で使用しなかったのは、これらが元々は施設防衛用の機体だったことに加えて、クロエ達がこの手の遠隔操作端末でメイドの数を水増しするのは恥だと思っているからだ。


 今はクロエが外部での使用許可を取ったことと、その手のことを恥だとするこだわりを捨てたことで存分に使用されていた。


 斬られた所為せいで戦闘能力が著しく下がった機体が車内に戻っていく。そして中から同数の代わりの機体が出てきた。それを見たアキラが思わす顔をしかめる。


『……予備はまだまだたっぷりありそうだな。アルファ、どうする?』


『車両の破壊は手間取りそうだから、先に飛んでいる方を倒しましょう。重装強化服とはいっても、装甲車両よりエネルギーの総量は少ないはずだから、接近して何度か斬れば十分破壊できるはずよ』


『向こうは飛んでるんだ。そんな簡単に距離を詰めさせてくれるか?』


『それは問題ないわ』


 アキラが怪訝けげんな顔を浮かべると、アルファがある方向を指差した。その方向には全速力でこちらに向かってくるラティスの姿があった。重装強化服に見合った大型ブレードを展開しながら急激に距離を詰めてくる。


「きぃーさぁーまぁぁあああああ!!」


 短距離汎用通信で届いたラティスの激怒の声を聞いたアキラが、その激情振りに納得したようにうなずく。


『確かに、大丈夫そうだな』


 アキラが右手に液体金属のブレードを持ちながら、左手にLEO複合銃を握ってラティスを銃撃する。無数の銃弾が次々に目標に直撃したが、ラティスは多少の被弾など構わずに突っ込んでくる。


『……向こうも相当堅そうだ。アルファ。サポート頼む』


『任せなさい』


 アキラは自信満々に笑うアルファを見て心強さを覚えながら銃撃を続けた。そして、被弾しながらも至近距離まで近付いてきたラティスに向けてブレードを振るう。ラティスもそれに合わせて巨大なブレードを振るう。


 アキラとラティスのブレードが勢い良く衝突し、火花のような衝撃変換光をき散らした。




 アキラはクロエ達の車両とラティスにえて挟まれる位置取りを維持しながら戦っていた。


 ラティスの火器は強力だが、その分だけ誤射をした場合の被害も大きい。高度な照準制御システムにより射線上に車両が存在する場合には発砲を中止することも可能だ。車両に当たるかどうかの判定もミリ単位で調整できる。だがアキラに弾道をずらされる恐れを考えると、絶対に当たらないと確信できる場合でしか火器の使用は出来なかった。


 ラティスはその所為せいで接近戦を強いられていた。敵が非常に高度な射線の見切りを見せた以上、車両を巻き込む位置取りを続けるアキラを遠距離から狙っても、かわされるか弾道をずらされて弾が車両に当たってしまう。


 アキラの横方向から撃とうとしても、アキラも位置取りを変えるだけなのは間違い無い。それでも強力な銃火器を使用するためには、ブレードでの接近戦を挑んだ上で、アキラを車両への誤射が有り得ない位置に移動させるしかなかった。


 その結果、アキラとラティスは車両の周囲を旋回するように移動し続けながら、互いのブレードと銃で激しく斬り合い撃ち合い続けることになった。


 ぶつかり合う刃が火花を飛ばす。どちらの刃も力場装甲フォースフィールドアーマーによる刀身の保護と、対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー機能による威力増加が働いている。刀身自身を守りながら対象を切り裂くために、刃には大量のエネルギーがぎ込まれており、それにより発光する刃の軌跡が大気の成分と反応して空中に光の線を色濃く残し、次の瞬間には衝突する刃から飛び散る衝撃と衝撃変換光でき消されていく。


 空中で片方は重装強化服で飛行しながら、もう片方は空中走行可能なバイクで走りながらブレードを振るうという、通常の剣術とは掛け離れた余りにも変則的な斬り合いが続く。斬るために、かわために、防ぐために、どちらも上下という概念を忘れて天地を何度も逆転させながらブレードを振るう。


 バイクで空中を透明なループ状のレールの上を走るように駆けてラティスの頭上を取ったアキラが、逆さになった体勢のまま銀色に輝くブレードを相手の頭部に向けて振り上げる。頭上を取られたラティスも大型ブレードを勢い良く上に突き上げる。互いの刃は交差せずに高速で擦れ違い、互いの頭部へ襲いかかった。


 硬化した液体金属の刃がラティスの重装強化服の強固な力場装甲フォースフィールドアーマーに屈して表面を滑っていく。その滑った線に沿って飛び散った衝撃変換光がまるでラティスを重装強化服ごと両断したかのような光を放ったが、実際にはラティスの体にはかすり傷一つ付いていない。


 アキラが体をひねり反らしてラティスのブレードをかわす。体のひねり反らしだけではかわし切れない分は、バイクの両輪のそれぞれを別方向へ急加速させた強引な動作で、車体ごと敵のブレードかららして補った。一撃食らえば終わる強烈な威力の突きがアキラの横の空中を貫いた。その余波だけでも並の銃弾を浴びた衝撃を超えているのだが、それはバイクの大容量エネルギータンクからエネルギー供給を受けて防御力を上げた強化服で耐えきった。


 ラティスは同格のハンター達より近接戦闘の技量に優れている。それはリオンズテイルの執事として、高速フィルター効果を有効にした室内戦闘など、銃器の使用を制限される状況を想定した訓練も受けているからだ。それでも今、単純な斬り合いの技術ではアキラに押し負けていた。


 ラティスが学んだ剣術は地上戦を前提としている。ある程度応用は出来るとはいえ、飛行しながら斬り合うという状況に十全に対応できるものではない。加えて着用している重装強化服は銃火器での戦闘を前提にしたものだ。ブレードも付いているがあくまでも補助武器であり、身に付けた剣技を存分に発揮するのは重装強化服の構造上無理があった。


 そして何よりも、アルファのサポートを得たアキラの動きは、単にバイクに乗りながらブレードを振り回す者とは隔絶していた。まるで、空中を走行可能なバイクに乗る前提で剣技を研鑽けんさんしてきたかのような、人馬一体ならぬ人機一体の動きを見せていた。


 その所為せいで、アキラ自身とバイクを含めた大きな標的ならば、重装強化服を着用した飛行しながらのブレード戦という不慣れな状況であっても、多少は斬れるだろうというラティスの目論見もくろみは完全に外れていた。


 そしてその剣戟けんげきと並行して、アキラとラティスは銃撃も行っている。踏み込めばブレードが届く距離で、並のモンスターなど一発で消し飛ばす弾丸を撃ち合っていた。


 アキラが左手のLEO複合銃で威力増大済みのC弾チャージバレットを連射する。更にバイクのアームに付けた方のLEO複合銃でも、ブレードを振るったすきを補うように撃ち続ける。膨大な量の銃弾が至近距離から敵へ放たれていた。


 だがそれだけの銃弾を浴びせてもラティスは倒せない。リオンズテイル社ほどの大企業が施設防衛用に配備し、更に上からの使用許可が下りない限り使用できない物だけあって、その重装強化服の性能は飛び抜けていた。高額な人型兵器用のジェネレーターに匹敵する出力と、その使用を前提とした強固な力場装甲フォースフィールドアーマーを備えており、その防御はC弾チャージバレットの弾幕に真正面から耐えきった。


 しかし流石さすがにその弾幕をそよ風のように受け流すのは難しく、僅かだが体勢の乱れが生まれる。アキラはそのすきき、ラティスからの銃撃を何とかかわしきる。


 相手の大型銃の射線を自身に向けられる前に、その銃を左手のLEO複合銃で逆に銃撃して照準を狂わせながらバイクを縦横に勢い良く回転させて、大口径の銃口から撃ち出された巨大な弾丸を回避する。


 敵の銃弾は重装強化服の複腕が持つ銃からも撃ち出される。銃は重装強化服の巨体と比較すれば小型だが、それでもアキラのLEO複合銃より大きい。十分な威力を持つ弾丸が広範囲に散蒔ばらまかれる。


 その回避不能な弾幕に対して、アキラはクロエの車両を出来る限り背後にする位置取りを続けることで、相手の照準制御システムを逆に利用し、銃弾が散蒔ばらまかれる範囲を制限する。その上で可能な限り弾幕から逃れて被弾を減らす。


 それでもどうしても食らってしまう弾丸は、アルファが弾道を極めて正確に計算して、着弾地点の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を一瞬だけ高めることで、強度とエネルギー消費効率を劇的に上昇させて対処した。


 単純に互いの装備の性能だけで勝敗を決めるのであれば、アキラに勝ち目など欠片かけらも無い。だがそれをアルファのサポートで補い、アキラは食い下がっていた。


 それでも優勢なのはラティスの方だ。真面まともに一撃食らえば終わる攻撃が可能なのはラティスだけだ。一方アキラはその攻撃を必死に避けながら攻撃を真面まともに当てても敵をひるませるのが限界だ。当たらなければ問題ないと、当たっても問題ないの差は、それだけ途方も無く大きい。


 しかし先に焦り始めたのはラティスの方だった。一撃当てれば終わるが、その一撃が当たらない。もっともそれだけならば、攻め続ければいつか当たると思って戦い続ければ良い。精神的な訓練も積んできた。その程度のことで焦りを募らせるほど貧弱な精神力ではない。


 それでもラティスが焦り始めたのは、徐々にアキラに押されていたからだった。自身の攻撃を防がれる度に相手の動きの精度が増していく。より素早く、より鋭く、より的確に回避され反撃される。


 予測を超えたアキラの対応能力に、そしてアキラの猛攻を防ぐ代償として想像以上に早く減っていく重装強化服のエネルギーに、ラティスの余裕が削り取られていく。まだ自身が優勢だ。だがこの状況が続けば優勢が覆るのはそこまで遅くない。その気付きが更に焦りを生み、余裕を更に削り取っていく。


 このままでは追い詰められる。このままなら勝てる。勝敗こそ異なるが、状況への認識はラティスもアキラも一致していた。


 だがその状況そのものが覆る。空から降り注ぐ巨大な光の柱が生み出した大爆発が一帯を吹き飛ばしたのだ。




 天から降り注いだ光の余波はクロエ達の車両にも届いていた。車体に搭載されている高性能な衝撃吸収機能でも波打つ地面の影響を完全に消し去るのは難しく、車内まで伝わった揺れの所為せいでクロエが軽く声を出す。


「おっと。結構揺れたわね。この揺れだと、外は大変なことになっていそう」


 クロエの顔に驚きは無い。むしろ期待していた事態が想定通り発生したことに楽しげな笑みを深めていた。だからこそ、慌てて事態を報告してきたパメラにも想定通りの指示を冷静に出すことが出来た。


 そのクロエの笑みは本当に楽しそうだった。その顔を見たパメラが、僅かに怖気おぞけを覚えたほどに。




 天からの光線はアキラ達を狙ったものだった。その直前、アキラは唐突に覚えた嫌な予感に従って全力でその場から離脱しようとした。アルファもアキラを光線から逃れさせるためにバイクを全速力で動かした。そのお陰で、近くで見れば光の壁にしか見えないほどに巨大な光の柱の直撃を何とか回避できた。


 一瞬遅れて、空中戦を続けていた所為せいでかなり遠くなっていた地面が吹き飛ばされる。その爆風でアキラも吹き飛ばされるが、バイクの展開式力場装甲フォースフィールドアーマーで爆風を受け流したことで直接の被害は無かった。しかしそれなりに吹き飛ばされていた。


 空中に生成した見えない足場にブレーキ痕を引きながらバイクの体勢を何とか立て直したアキラは、驚きで表情を険しくゆがめていた。


『アルファ! 今の何だ!?』


『モンスターの攻撃よ。派手に戦った所為せいで、上空領域のモンスターを刺激してしまったようね』


 基本的にモンスターは騒げば騒ぐほど寄ってくる。地上からも集まってきていたが、その程度のモンスターはアキラ達の戦闘の余波で消し飛んでいた。アキラ達はそれほどまでに激しく戦っていた。


 アキラ達の武装はクガマヤマ都市付近の難易度から逸脱した強力なものだ。それを存分に使用した高速での空中戦。加えて流れ弾も空へ大量に飛んでいた。大量の小型ミサイルを一度に使用した大爆発の余波も上空まで多少は届いていた。上空のモンスターがアキラ達を見付けてしまう恐れは十分にあった。


 アキラが思わず上を見る。その視線の先に点が見えた。そして情報収集機器がその点の周辺を拡大表示し、アキラの拡張視界に表示する。それにより対象の姿を認識したアキラの顔が引きった。全長50メートルはある巨大な蜂が空を飛んでいた。


 蜂は部分的に機械化されており強力に武装していた。飛行装置から噴出する光が羽のような形状を作り出している。更に大型のガトリング砲らしいものやミサイルポッドのようなものを胴体や脚の先に付けていた。そして針の部分は巨大なレーザー砲となっていた。


 クロエへの殺意に押し流されていたアキラは、その見るからに強力そうなモンスターの姿を見て少し落ち着きを取り戻していた。昆虫型のモンスターということもあり、都市間輸送車両の護衛で見た巨虫類ジャイアントバグズを連想してしまい、流石さすがに無謀だと考えたのだ。


『……アルファ。どうする? ここは一旦逃げた方が良いか?』


『逃がしてくれそうならね。恐らくあのモンスターは、重装強化服が撃った小型ミサイルや大型弾の所為せいで寄ってきたのだと思うから、そっちだけが目標なら逃がしてくれると思うけれど……』


 アキラが思わず視線をラティスの方へ向ける。そして顔を更に引きらせた。ラティスの重装強化服が蜂を銃撃しながらアキラの方へ向かってきていた。




 ラティスも上空からの光線から逃れていた。そして上空から現れた蜂型モンスターの存在に素早く気付くと、表情を険しくして対処方法を思案する。


 もっと東の地域のものよりは弱いとはいえ、大分上空のモンスターだ。相応に強力なのは間違い無い。アキラと戦いながら、そちらまで相手にするのは流石さすがに手に余る。モンスターの相手をアキラに押し付けるのが一番だが、向こうも同じことを考えるのは容易に想像できた。モンスターの対処を押し付け合い、共倒れになる恐れは十分に考えられた。


 ならばアキラに共闘を提案してみるか、と考えたがぐに取り消した。それを受け入れるような冷静で賢い人物であるならば、ここで殺し合ってなどいない。


 ではどうするかと思案を続ける。ラティスにとって最悪の事態は、自分とアキラがモンスターの相手を押し付け合った結果、自分が先に倒されてしまいアキラがモンスターを引き連れてクロエの車両を襲うことだ。その場合、下手をするとクロエにまで被害が及ぶ。それだけは絶対に防がなければならない。


 生還を度外視してアキラに食い下がれば、アキラもモンスターの相手など出来ない。後はモンスターに自分ごとアキラを殺させれば、目標を始末し終えたモンスターが帰る可能性は高い。モンスターはアキラと自分の両方、あるいは自分を狙って降りて来た恐れがある。モンスターをクロエ達の車両に近付かせないためにも車両には戻れない。


(仕方が無い。刺し違えるか。すまん。パメラ。俺は戻れん)


 ラティスはあっさりと自分の命を捨てる判断をした。死にたくはないが、必要なら死ぬ。ラティスの部下達がその判断でアキラと戦って死んだように、ラティス自身も同じ判断を下した。


 部下達とラティスの違いは、自身の命を度外視するために必要な状況の程度だけであり、その必要性は今、自身の命と釣り合った。それでアキラを殺し、クロエ達の安全を確保した上で、クロエの指示を全うできるのであれば、迷いは無かった。


 そしてその判断に従ってすぐさま動き出そうとした時、パメラの通信が割り込んだ。


「ラティス。お嬢様から御指示が出たわ」


「分かっている。後は頼んだ」


「……違うわ」


 ラティスは自身の判断を一々伝えるまでもなく、パメラも分かっていると思っていた。それは正しかったのだが、その上での返事を聞いて僅かに戸惑った。そして指示の内容を聞かされると、更に困惑を深めて聞き返す。


「パメラ。それではあのモンスターがそちらに向かう恐れが……」


 少し口調を強めたパメラの声がラティスの言葉を遮る。


「ラティス。繰り返すわ。お嬢様の御指示よ」


「……。了解した」


 既に一度クロエの指示に逆らって失態を演じてしまった立場である以上、もう一度指示には逆らうことは出来ない。湧いた疑問と懸念に蓋をしてそう返事をすると、パメラの軽い安堵あんどのような息が漏れる音を最後に通信が切れる。ラティスはそのパメラの反応にも思うところがあったが、それは脇に置いてクロエの指示に従った。


 重装強化服の背中が割れて、ラティスが中から飛び出す。一瞬遅れて重装強化服のミサイルポッドから小型ミサイルがクロエ達の車両に向けて発射される。そしてラティスはそのミサイルをつかみ、移動装置代わりにしてクロエ達の車両に戻っていく。


 重装強化服はそのまま無人機となり、自動操縦でアキラの攻撃からラティスと車両を守るように動きながら、残弾を全て吐き出すようにアキラとモンスターへ苛烈な攻撃を開始した。

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