第242話 超人

 アキラとエルデが互いに相手の何かが切り替わったことに気付く。にじむ気配に異質なものが混ざり、先ほどまでの戦闘で得た情報がほぼ無意味になったと理解する。それは事前情報無しの強敵を相手に、至近距離での戦闘を突如強いられたのと変わらない。だがどちらにもそれで狼狽うろたえるような未熟は無い。ただ、契機と見做みなした。


 次の瞬間、エルデが動く。今までとは段違いの初速で、部屋の空気を押し退けながら弾丸のように距離を詰める。初速の反動で足場を粉砕し、飛び散った床の破片が天井や壁に激突するよりも早く、アキラをじかに殴れる間合いに収める。同時に、その初速を乗せた高速の突きを放った。


 余りに高速な所為せいで拳に高速フィルター効果が発生する。弾丸ならばそれで速度が著しく低下する。だがその拳は弾丸とは異なり極めて高い身体能力の体で支えられている。そのまま見えない壁を強引に突き破り、人型兵器用の巨大な弾丸が空気中を駆け抜けるように、周囲に衝撃波を飛ばしながら突き進んだ。


 直撃すれば即死、余波だけでも瓦礫がれき程度なら粉砕するその拳を、アキラはぎりぎりでかわした。拳の軌道に沿って周囲にき散らされた衝撃波は、強化服の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を、アルファの操作により衝撃を受ける面に偏らせて防御した。加えて、強化服の出力を限界まで上げて即座に反撃する。


 アキラの拳がエルデにたたき込まれる。攻撃直後の一瞬の硬直をかれて至近距離から放たれた一撃は、エルデも流石さすがに回避できなかった。だが腕でしっかりと防ぎ、直撃を避けていた。負傷は軽微。衝撃で吹き飛ばされるようなこともない。むしろ殴った反動でアキラの足場の方が大きくへこんでいた。その事象が両者の身体能力の根本的な差を如実に示していた。


 そこでエルデが違和感を覚える。


(……拳?)


 アキラの両手に銃は握られていない。今も格闘戦続行の事前動作を見せている。拳を引き、次の一撃を放つ。その予備動作の最中だ。エルデはそれを見て、これならば自分の反撃の方が早いと瞬時に判断し、次の攻撃に移ろうとしていた。そこに先ほどの違和感が割り込む。その瞬間、エルデは回避を選び、飛び退いた。


 アキラは回避と同時に両手の銃を上に投げていた。2ちょうのLEO複合銃が回転しながら宙を飛ぶ。そして高性能の反動軽減制御と照準補正機能を最大出力で起動し、持ち手も無しに自身を空中に固定する。その直後、無駄話中に威力を限界までめていたC弾チャージバレットを最速設定の連射速度で撃ち出した。


 エルデは頭上から降り注ぐ弾幕を完全に回避した。大量の銃弾が床に着弾して飛び散っていく。銃の方も流石さすがに空中固定に限界が出て、銃弾を無差別にき散らし始める。銃は遠隔操作ではなく事前の動作設定で動いているので、その動きを止めるためには再度つかまなければならない。アキラが宙を舞う銃に手を伸ばす。


 アキラの手が銃に届く前に、エルデが間合いの外から両手で突きを放つ。衝撃が伝播でんぱして宙を飛ぶ。アキラは素早く飛び退いてその攻撃をかわしたが、銃の回収までは間に合わなかった。銃は2ちょう分の残骸と化しながら吹き飛んだ。


 エルデが突きを連続で放つ。相手を巨大な拳で間合いを無視して殴り付けるように、衝撃が宙を伝播でんぱする。だが室内を全速力で駆けるアキラにかわされ続ける。両者の間合いが広がっていく。


(これをかわすか! いや、坂下重工所属の旧領域接続者の護衛だと考えれば当然か? 強化服も恐らく特注品か外見だけ同じにした別物だ。あの製品のカタログを見たが、あの誇張気味のカタログスペックでも、ここまでの動きは不可能だ。生身の方も、並の者では負荷に耐えきれない。そもそもランク50程度のハンターの動きではない。やはり都市のエージェントで、旧領域接続者の護衛だと気付かせないために、初めから並のハンターを装って乗り込んでいたのか)


 エルデの推察は部分的に正しかった。アキラの装備はアルファの改造により性能を格段に増していた。加えて本体や使用者の安全を考慮して設定されているソフトウェア側の各種制限も完全に取り払われている。LEO複合銃の出力は銃身崩壊直前の限界点を維持し続けている。強化服は中身をき混ぜるような激しい挙動を繰り返している。安全を無視した高性能と引き換えに、僅かでも制御を誤れば自身の装備に殺される状態だ。


 アキラは強化服を自身の肉体とは別に操作し、肉体の方をその動きに合わせることで身体に掛かる負荷を軽減し、四肢が千切れるのを防いでいる。だが元々かなり高性能な強化服から安全性を完全に取り払った所為せいで、既にアキラの技量では補いきれない状態だ。本来なら一歩ごとに四肢が粉砕している。


 加えてエルデの間合いの外からの突きも、本来ならばかわせない。衝撃の伝播でんぱは銃撃より遅いが、銃撃以上に回避困難だ。銃弾は基本的に直線に飛ぶ点の攻撃だ。一定の技量以上の者ならば、銃口の角度等から射線を見切ることで、ある程度の回避は可能だ。だがエルデの腕の動きから衝撃の伝播でんぱ位置を見切るのは困難だ。しかも衝撃は必ずしも直線に伝播でんぱする訳ではない。その卓越した技量をもって、突きや蹴りの軌道を曲げるように、衝撃の伝播でんぱの軌道を曲げていた。先ほどまでのアキラならば、回避は不可能だった。


 攻撃も、回避も、圧縮した体感時間の中での、常人なら気が狂うほどの精密作業。僅かでも誤れば即死。アキラの実力を明確に逸脱した戦闘。その危機への対応を半ば口実に、アルファは許可を求めた。そしてアキラは許可を出した。その効果は、代償相応に劇的だった。


 アキラが部屋中を粉砕する拳の嵐をくぐり、駆けていく。身体的にも技術的にも超人の域に達しているエルデの攻撃にあらがっている。相対的にひどく未熟な技量しかないアキラにそれを可能にさせているものは、許可を得てより高度になったアルファのサポートにあった。


 今現在、アルファの操作は強化服だけではなく、アキラの体にまで及んでいる。アキラの意思を介して身体の操作に介入し、その動きに極めて微細で精密な補正を加えている。それにより、着用者の殺害を目的にしているような強化服の動きに身体を対応させていた。


 アキラの体は超人を目指していると誤解されるほどの過酷な訓練と実戦を経て、常人の限界を超えて鍛え上げられ続けていた。その体がアルファの補正により更に高度な動きを見せる。超人との戦闘にあらがえるほどに。


 アキラは自分の動きが異常とも思えるほどに格段に向上していることに気付いていたが、そのことに対しては然程さほど驚いていなかった。むしろそれでも優勢を取れないほどのエルデの強さに驚いていた。


『何なんだあの強さは! 無茶苦茶むちゃくちゃだろう!』


『何らかの奥の手、なのでしょうね。戦闘能力をあそこまで向上させるとは、私としても少々意外だわ』


『意外って、アルファ! 本当に大丈夫なんだよな!?』


勿論もちろんよ。アキラ。泣き言を言う余裕があるのなら、戦闘に割り振りなさい。駄目だと言われて慌てるようではまだまだよ?』


『分かったよ!』


 死線を駆け抜けながら軽い雑談を挟む。その異常性を正常として精神を保ち、動揺を抑え、勝率を引き上げる。殺し合いを日常に組み込んでしまった者の精神構造を、今は生き残るための強みとして足掻あがき続ける。そして攻撃をくぐりながら僅かな猶予を積み重ねてAF対物砲を構えた。


 アキラもこれが室内で使用するものではないと理解している。下手に使用して輸送車両を破壊してしまえば、後でどのような責任を負わされるか分からない。それでも迷わず、躊躇ためらわず、遠慮なく引き金を引いた。


 撃ち出された光線が室内の空気を焦がし、エルデに命中する。そしてはじかれた。光線は着弾点であるエルデの右手で折れ曲がり、後方の天井に穴を開けた。アキラが思わず顔をゆがめる。


うそだろ!? 防がれたぞ!? 外で戦った白い大型機にだって通用したんだぞ!?』


『残念だけど、車両内に散布された拡張粒子気体の所為せいでかなり減衰していたわ。外なら倒せていたわね』


『勘弁してくれ。アルファ。どうするんだ? これが防がれたら打つ手がないぞ』


『大丈夫よ。完全に防がれた訳ではないわ。倒せなかっただけで、相手に与えたダメージはかなりのもののはずよ。相手も動きを止めているでしょう?』


 アキラが非常に険しい表情でエルデを見る。確かにエルデは光線を防いだ右手を前に出した体勢で動きを止めている。浮かべている表情も厳しい。だがたじろいだような様子は全く無く、右手にも損傷は見られない。


『当てても相手の動きを止めるのがやっと。それで効いてるってのも、どうかと思うけどな。それに見た目じゃ無傷にしか見えないぞ』


『そんなことは無いわ。来るわよ』


 エルデが構えを変える。右腕をだらりと下げて、左手をゆっくりと前に出す。そして左腕一本で再び突きを連続で放った。


 伝播でんぱする衝撃を、アキラが大きく身を振ってかわす。加えて、今度はアキラからも距離を詰める。両腕での連撃から片腕に減った拳の弾幕をくぐり、同時に両手に残りのLEO複合銃を握って銃撃する。最大威力のC弾チャージバレットと拳撃が空中で衝突し、衝撃を飛び散らせた。


 エルデが思わず顔をゆがめる。


(この状態の俺と互角か! 坂下も良い護衛を付けている!)


 エルデは身体強化拡張者だ。生体ベースだがナノマシンによる細胞単位のサイボーグであり、その身体能力は超人の域に達している。加えて生体力場装甲フォースフィールドアーマーとも呼ばれる機能を有している。その技術を高度に応用して、ある意味で生身で戦車や人型兵器を引き千切るような真似まねも可能だ。アキラのAF対物砲を防いだのも、その出力を右手に集中させた結果だ。


 加えて、今は切り札を切っていた。細胞と一体化したナノマシンを消費して身体の出力を一時的に上昇させ、可動限界を超えて身体を動かしていた。戦闘能力の飛躍的な向上と引き換えに、この状態で戦い続ければ5分と持たずに生命維持用のナノマシンを使い切る。つまり、死ぬ。文字通り、体をり潰しながら戦っていた。


 たとえ十数秒程度の使用でも身体への負荷は非常に大きい。使用後の戦闘能力はかなり低下する。そのリスクを負ってでも切り札を切ったのは、アキラの実力を認めたからだ。だが同時に、それでアキラをすぐに殺せるとも思っていた。


 そしてその予想が覆されたことに、恐らく相手も切ったであろう切り札の性能に、エルデは驚愕きょうがくしていた。アキラの動きは別人と化していた。少し前の動きならば、この戦闘中にAF対物砲を使わせる余裕など与えなかった。


(切り札の切り時を間違えたか! だが、負ける訳にはいかん!)


 余りにも長く濃密な1秒の中を、2人の超人が技と力を駆使して荒れ狂う。その闘争の場と化している隔離室が戦闘の余波の内圧に耐えきれず、きしんで悲鳴を上げている。床も天井も装飾部を無残に砕かれ、車体と一体化している部分が露出している。


 その露出面をアキラが撃ち出すC弾チャージバレットの弾幕が穴だらけに変える。更にエルデが繰り出した蹴りや突きを受けて大きくゆがんでいく。2人の戦闘は既に輸送車両の車体に影響を与えている。たった2人の戦闘の余波で、車体そのものが僅かだがゆがみ始めていた。


 圧倒的な身体能力で隔離室そのものの形状すらゆがませ始めたエルデの猛攻に、アキラは精密きわまる技術であらがっていた。


 エルデの技量も決して低くはない。並外れた格闘戦の腕前に、更に並外れた超人の身体能力を加えている。その総合的な戦闘能力は、かなり高性能な人型兵器と近接戦闘を繰り広げても十分な勝率を保証するほどに高い。そこにえて粗を探すのであれば、現在の切り札使用時の状態を前提とした戦闘経験が、通常の状態での戦闘経験と比較して大分少ないことぐらいだ。


 だがアルファは、エルデのその戦闘経験の差から生まれる動きの僅かな乱れに付け込むことで、アキラとエルデの間に存在する絶望的な戦力差を辛うじて埋めていた。


 アキラがハンター稼業を始めてから服用し続けている大量の高価な回復薬には、旧世界の治療技術が多分に詰め込まれている。特にクズスハラ街遺跡で手に入れた旧世界製の回復薬は、旧世界の医療技術そのものだ。それらはアキラの体の負傷を旧世界の基準で治療し続けてきた。旧世界の基準では余りにも不完全な現代の身体に対する旧世界基準での治療行為は、現代の感覚では最早もはや身体改造の域だ。その度重なる治療行為は、アキラの体を僅かずつ超人に近付け続けていた。


 アキラがハンター稼業を始めた当初、アルファが高価な回復薬を売却して装備代に充てなかった理由もそこにある。売るよりもアキラ自身に投与した方が長期的には効果的だと判断したのだ。


 加えて、その物理的な身体能力の上限を飛躍的に引き上げられた肉体を、日々の鍛錬と繰り返された死闘が鍛え上げ続けた。使用者の安全など完全に取り払った強化服を使用しても死なないほどに。更には自身の身体能力で強化服の威力を底上げできるほどに。アキラの身体もまた、超人の域に達し始めていた。


 それでも本来はエルデにはかなわない。だがアルファがアキラの身体操作の権限を得たことで、常人用の身体操作技術とは大分異なる超人用の身体操作技術をアキラに与えていた。それにより超人の身体での戦闘技術を得たアキラは、慣れていない身体能力で戦っているエルデに辛うじてあらがっていた。


 それでも均衡状態ではない。現在の身体能力に慣れ始めたエルデが僅かずつではあるが押し始める。そして契機が来る。エルデの放った蹴りの衝撃波が、アキラの両手から銃を奪った。


 エルデがそれを勝機と見て間合いを詰める。飛ばされた2ちょうのLEO複合銃が回転しながらエルデの後方に舞う。だがその2ちょうの銃はエルデの背後の空中で停止し、エルデに照準を合わせた。


 そしてエルデはそれを読んでいた。


(分かっている! わざと手放した! その銃撃を俺に回避させるためにな!)


 その回避行動のすきき、再度AF対物砲を使用する。しかも今度は更に近距離で。それがアキラの狙いだ。エルデはそう読んでいた。だからこそ、被弾を覚悟して突き進む。


 予想通り背後のLEO複合銃から銃撃される。それを覚悟を決めて背中側に展開した生体力場装甲フォースフィールドアーマーで防ぎきる。前ではアキラがAF対物砲を構えようとしている。だが回避を捨てたエルデの方が僅かに早く、照準を合わせる時間など与えない。


 それでもアキラは照準を合わせ終える前に、エルデを射線に収める前にAF対物砲から光線を撃ち出した。直撃は無理でも撃たないよりは効果はある。何より普通なら敵の動きを阻害できる。まばたきすらすきとなる高速戦闘の中、相手の銃口の動きを視認可能な者ならば、反射的に射線から逃れようとしても不思議は無い。


 だがエルデはそれも読んでいた。左拳に生体力場装甲フォースフィールドアーマーを集中させながら、AF対物砲の射線を完全に見切り、自身に近付いてくる射線を左拳で塞いで光線をはじき返しつつアキラに一撃を食らわせようと、拳を振りかぶり、撃ち放つ。


 超人の身体能力で繰り出された拳がその軌道と重なった光線をはじき、それでもなお、人型兵器程度粉砕する威力をもって突き進む。


 その勝負を決める一撃を放った濃密な時間の中で、エルデに驚きが走る。光線と激突した拳に掛かった負荷が余りにも軽い。エルデの突きはAF対物砲の攻撃をはじいた上でアキラに一撃を食らわせようと、強力な抵抗を貫く前提で繰り出されていた。その前提が崩れた所為せいで、エルデの体勢がほんの僅かに狂った。


 次の瞬間、エルデの一撃がAF対物砲を完全に粉砕した。力場装甲フォースフィールドアーマーで保護された頑丈な銃身がへし折れるどころか圧縮され、更にその衝撃でAF対物砲そのものをアキラの強化服から引き剥がし後方へ吹き飛ばした。


 そして同時に、その攻撃をかわしながら、踏み込み、構え、全霊を乗せて繰り出したアキラの拳が、エルデに突き刺さっていた。強化服自体が耐えきれない超過出力に、アキラの超人まがいの身体能力を加え、更にアルファのサポートによる達人の技量を乗せた一撃だった。今現在のアキラに、これ以上の一撃は出せない。


 それでもそれだけならばエルデには通用しないはずだった。だが背後からの銃撃とAF対物砲をはじために、生体力場装甲フォースフィールドアーマーを背中側と拳に集中していた所為せいで、他の箇所の防御が一時的に著しく低下していた。加えて本来ならAF対物砲の攻撃をはじいて失われるはずの加速が残っていた。


 AF対物砲は既に弾切れだった。先ほどの光線は銃に残っていたエネルギーを消費して放ったただの光だった。


 アキラはそれら全てを束ねて勝機に変え、エルデの一撃をかわしながらカウンターを食らわしたのだ。


 先にアキラが崩れ落ちる。現在の全てを使い切った一撃だ。反動も大きい。足だけ先に気絶したように膝が曲がり、そのまま仰向あおむけに倒れた。


 横たわるアキラと、立ったままのエルデの目が合った。そしてエルデが笑う。


「……。お見事」


 エルデの胸には逆側まで貫通した大穴がき、向こう側が見えていた。アキラの一撃で吹き飛ばされたのだ。そして浮かべていたアキラへの称賛の笑みが、少し残念そうにゆがんでいく。


「……トルパ、……サルザ、……すまん。負け、た……」


 エルデはそう言い残して崩れ落ちると、その生涯を終えた。


 アキラはまだ警戒したままだ。何とか身を起こして相手の状態を確認しようとする。そこでアルファが笑って告げる。


『アキラ。大丈夫よ。勝ったわ』


『……あの程度の負傷でか?』


 勝利を告げられてもアキラは険しい顔のままだ。敵は胸に穴が開いただけ。四肢も頭も残っている。とても勝ったとは思えない。


 頭だけでも平然と笑っていた者がいた。その頭を潰しても、後で襲ってきた者もいた。その経験がアキラに勝利を疑わせた。


 アルファが再度告げる。


『大丈夫。死んでるわ。最低でも戦闘続行は不可能な状態よ』


『……そうか』


 アキラも取りえずエルデが脅威では無くなったことまでは理解した。それでもその表情は険しいままだ。何とか立ち上がろうとして、失敗して倒れる。仕方無く半ばって進んでいき、床に落ちているLEO複合銃を拾う。


『……アルファ。周辺の状況は?』


『周辺に敵らしい存在は確認できないわ』


『一段落ってことか……』


 その後、ヒカルが閉じ込められている大型ロッカーまで何とか戻ると、扉を軽くたたいた。


「ヒカル。生きてるか?」


 頑丈な大型ロッカーの中にいたヒカルでも、激しい揺れや音などから、恐らく外がひどい有様だということは想像できた。いろいろと一杯一杯の状態で返事を返す。


「な、何とかね。そ、そっちはどうなったの?」


「こっちは……」


 アキラは改めて部屋を見渡した。そこには室内を大型モンスターの群れが荒れ狂っていたのではないかと思うほどの惨状が広がっていた。


「……取りえず、ヒカルを襲っていたらしい3人は倒した。他にもいるかどうかは分からない。悪いが、俺も限界だ。もう1人来たら、もう無理だと思ってくれ」


 そこでアルファが口を挟む。


『アキラ。危ないからその場から動かないで』


『敵か?』


『違うわ。でも危ないの』


 アルファが天井を指差す。次の瞬間、その天井から巨大な指が生えた。そしてその指が天井をつかみ、引き剥がす。アキラの視界に空が現れる。同時に、その指の持ち主である人型兵器の姿もあらわになった。タツカワの機体だ。


 機体からどこか楽しげにも聞こえる声が響く。


「なんだ。戦闘はもう終わったのか。……ん? お前はアキラか。戦ってたのはお前だったのか」


 アキラが驚きながらも非常に怪訝けげんそうな顔で呼び掛ける。


「おい、何の真似まねだ?」


「室内で派手に戦ってる反応があったからな。警備側からも車両を多少は壊しても良いって許可が出ているし、面倒だから機体で相手をしてやろうかと思ったんだよ」


「そ、そうなのか」


 アキラも流石さすがあきれと驚きの混ざった顔を浮かべていた。


 天井の穴から拡張粒子気体が一気に四散し、その濃度が急激に低下する。同時に通信障害も回復した。それに気付いたヒカルが即座に警備側と連絡を取りながら叫ぶ。


「アキラ! 警備側との通信が回復したわ! すぐに応援を呼ぶから……」


「あ、うん。もう来てるぞ」


「えっ?」


 タツカワの声が響く。


「そこに誰か隠れているのか? 扉がゆがんで開かないのなら開けてやるぞ」


「あー、頼んだ」


 強化服はもうエネルギーを使い切っていた。アキラが邪魔にならないように脇に退くと、人型兵器の手が大型ロッカーの扉を器用に剥ぎ取った。


 中にいた下着姿のヒカルがあらわになる。ヒカルがロッカーの外の光景に呆気あっけに取られていると、どこかすまなそうなタツカワの声が響く。


「おっと、悪かった」


 ヒカルが我に返る。そしてアキラと目が合った。アキラは黙ってヒカルに背を向けた。


 半ば廃墟はいきょと化している部屋の中で、ヒカルは軽く叫びながら必死に肌を隠すものを探した。




 アキラとエルデの死闘、及びタツカワの機体の所為せいで、輸送車両の6号車は少々の損傷を強いられた。だがそれでも坂下重工所属の旧領域接続者の強奪を目的とした部隊に襲われたことから判断すれば、軽微な被害にすぎなかった。それはヒカル側に派遣された部隊が、念のために一応派遣したごく小規模の程度のものでしかなかったからだ。


 エルデ達はヒカルをおとりだと考えていた。そしてアキラという予想外の人員の所為せいで、実はこちらが本命だったと誤解しただけだ。本来はヒカルを軽くさらった後に、予想通りおとりだったことを確認してから本隊に戻る予定だった。


 そして、本命の方には本隊が派遣されていた。シロウ達の乗る8号車だ。シロウの部屋はアキラの部屋と同じく隔離室で、更により強固な構造になっている。部屋の位置も車両の中心部に近い。


 現在その隔離室の周辺は、隔離室を残して車両の内側を崩落させ崩壊させたような有様となっていた。高層ビルの内部に強引に吹き抜けを作ったかのような廃墟はいきょが広がっていた。


 その廃墟はいきょで一仕事終えたハーマーズが険しい顔で息を吐いている。


「……全く、結局俺だけで潰す羽目になったのか」


 周囲には原形をとどめていない死体が大量に散らばっている。エルデ達の本隊だ。エルデと同程度に強力な人員も複数混ざった構成で、加えて重装強化服まで着用していた者も数多くいた。だがシロウの護衛であるハーマーズたった一人に皆殺しにされていた。


 超人。そう呼ばれるのに値する実力を、ハーマーズはこの結果をもって知らしめていた。


 背広型の特別製防護服はボロボロだが、本人は着替えれば無傷に見える程度の怪我けがしか負っていない。周辺の惨状を生み出した主要人物とはとても思えない。疲労を顔に出してはいるが、しっかりと立っており、激戦による体勢の乱れなどは全く感じられない。


 ハーマーズが隔離室のドアを乱暴にたたくと、中からシロウの声が返ってくる。


「あ、終わった?」


 シロウの軽い口調に、疲労の所為せいもあってハーマーズの苛立いらだちが高まる。


「終わった? じゃ、ねえ! 応援を手配するように指示を出しただろうが! どうなってるんだ!?」


「いや、ちゃんとやろうとしたけどさ、通信障害で警備側とつながらなかったんだ」


「通信障害? お前は旧領域接続者だろうが。そんな訳あるか!」


 不機嫌な声を出すハーマーズに、シロウが軽いあきれを含んだ声を返す。


「あのさ、俺が旧領域接続者だからって、そんな何でもかんでも出来ると思われると困るんだよ。つながらなかったんだよ。仕方無いだろう? ああ、輸送車両の司令室にはつながらなかったけど、坂下の施設の方にはつながったから、そっちには救援要求を送った」


「何ですぐ近くの司令室にはつながらなくて、はるか向こうの施設にはつながるんだ?」


「施設の方は旧領域経由で、司令室の方は通常の回線経由だからな。拡張粒子気体による通信妨害にも違いが出るんだろう」


 シロウの言い訳に一応納得したハーマーズは、軽く息を吐いて自分を落ち着かせた。


「……そうか。それで、その通常回線の復旧はどうなってる」


「鋭意やってる最中だ。もう少しかな? でもこれだけ騒げば警備側も気付くんじゃないの?」


「分からん。襲ってきたのがどこの連中か知らんが、あれだけ騒いでも警備側の反応がまだ無いことから考えて、いろいろ小細工をしているんだろう。下手をすると、こっちから連絡を取らない限り気付かない恐れもある。復旧を急げ」


「やってるって。お、つながった」


 ハーマーズが顔を僅かに怪訝けげんにさせる。


「おい、何でそんなタイミングバッチリなんだ?」


「世の中そんなもんさ。探し物は、必要だから探している間は見付からず、不要になった途端に出てくる。同じ同じ」


 軽い口調で答えるシロウの態度に、ハーマーズは大きなめ息を吐いた。

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