第240話 襲撃

 輸送車両の力場装甲フォースフィールドアーマーの影響による通信障害でアキラとの通信が切れた後、ヒカルは定期的な通信確認の自動設定を済ませて軽くめ息を吐いた。


「……全く、何なのよ。行きで巨虫類ジャイアントバグズに襲われたんだから、派手な騒ぎはもう十分でしょう? またなの?」


 敵襲により輸送車両の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を引き上げるので、通信障害が発生する恐れがある。警備側とはその簡素な連絡を最後に通信が途絶えていた。


 それでもヒカルは状況を楽観視していた。先日の戦闘記録でアキラの実力を知り、輸送車両の警備も大幅に増やしたと聞いているからだ。そのまま部屋で事態の収拾を待つ。


 しばらくすると、部屋のインターホンが来客を告げた。情報端末経由で出ようとするが、つながらない。仕方無くドアの前の端末から応対しようとする。まずは端末を操作してドアの部屋側の表示面に通路側の光景を透過するように表示した。ドアの前には3人の警備員風の男達が立っていた。


「どちら様ですか?」


 代表の男が真剣な顔で答える。


「車内警備の者です。司令室からの指示で乗員の避難を実施しています。御協力をお願いします」


「……避難って、え? そんなに不味まずい状況なの?」


 ヒカルは思わず声を大きくしていた。男がヒカルを落ち着かせるように冷静に、だが僅かに深刻な顔で答える。


「残念ながら、4号車は上空領域のモンスターの攻撃により自走不能状態に陥りました。現在乗員の避難誘導を進めております。他の車両の方々にも、念のために安全な車両への避難をお願いしております」


 ヒカルが余りの事態に驚きながらドアを開けようとする。だが操作パネルに手が触れる直前で、その手を止めた。そして怪訝けげんな顔を浮かべる。


(……上空領域のモンスター?)


 僅かに浮かんだ嫌な予感。そこから推察を深めていく。上空領域のモンスターの攻撃で4号車が大きな被害を受けた。慌てて全車両の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を引き上げた。乗員の避難も進めていく。辻褄つじつまは合っている。


 だが警備側からの連絡に、上空領域のモンスターの記載は無かった。つまり、警備側はそのことを伝えないと決めた。下手に教えるとその余りの事態にパニックが発生する恐れがある。そう判断したと考えられる。では、ドアの向こうの者は、なぜそれを自分に教えたのか。情報の制限が聞かれない限り答えないという緩いものだからか。それともただの不手際か。あるいは、別の要因か。


「申し訳ございません。急いでいただけないでしょうか。避難場所まで御案内します」


 その催促に対し、ヒカルは僅かに迷う。そして軽く鎌を掛ける。


「ごめんなさい。何だか知らないけど、パネルが反応しないのよ。そっちから開けてもらえない? そんな事態なら救助用にマスターキーぐらい配布されているでしょう?」


 男が済まなそうに頭を下げる。


「申し訳ございません。この状況であっても、他都市の職員の部屋をマスターキーで開けてしまうと後で問題になります。また、使い切りタイプのキーコードですので、他の乗客用に出来る限り保持しておきたいのです。そちらから何とかなりませんか?」


「やってるんだけど、駄目なのよ。……仕方無いわ。私の案内は後回しにして」


「しかしそれでは貴方あなたの身が……」


「良いのよ。私も都市の職員として、荒野に出た際の覚悟ぐらいはしているわ。他の乗員の避難を優先して。あ、避難場所だけ教えて。何とか開けたら自分で行くわ。どこに移動すれば良いの?」


「避難場所は状況に応じて変更されます。また、車内のセキュリティが緊急時のものに変更されていますので、我々と同行しないと隔壁を通過できません」


 男の口調が少し変わる。


「……すまない。本当に急いでるんだ。どうしても開かないのか?」


 ヒカルと話しているのは、通路側にいる者達のリーダーであるエルデという男だ。エルデの顔に浮かぶ僅かな苛立いらだちと焦りは、まるで避難を渋っているような者へ警備の人間が向けるものとしては然程さほど不自然でもない。


 ヒカルはそのエルデの様子を見て迷う。だがパネルには手を触れない。


「やってるんだけどね。あ、もしかして、私を連れて行かないと、隔壁閉鎖が出来ないとか、そういう事情があるの?」


「ああ。車両外側の力場装甲フォースフィールドアーマーを突破された場合に備えて内側の隔壁を封鎖すると、以後の開閉は長期にわたって困難になる。後からの避難は難しいんだ」


「そ、そうなの!? 待って! すぐに開けるわ! ……開かない!? どうなってるの? ちょっと、そっちからもマスターキーを使って試してもらえない!? 開かないのよ!」


 ヒカルはパネルに手を触れていない。自分でもり過ぎかと思っていたが、妙な胸騒ぎがまだ待てと告げていた。それでもエルデ達がドアから離れようとしたらすぐにドアを開けるつもりだった。


 既に険しい表情を浮かべているエルデの、その表情の質が僅かに変わる。


「……どうしても、開かないのか?」


「開けようとしているの! やってるのよ!?」


 まるで焦っているようなヒカルの声を聞き、エルデがその顔を僅かな間だけひどく冷たいものに変えた。そして急にどこか不敵に笑う。


「分かりました。マスターキーでこちらから開けます」


 そして顔から笑みを消す。


「危ないから、ドアから離れていろ」


 エルデが視線で指示を飛ばすと、部下達が作業を始めていく。それを怪訝けげんな顔で見ていたヒカルが顔を引きらせた。通路側を透過表示しているようなドアの側面、その反対側に爆発物のようなものが取り付けられた。


 エルデ達がドアから離れる。ヒカルも慌ててドアから離れた。そして設置された爆弾が起爆した。


 通路内を爆風と爆音が駆け抜けていく。それが収まった後、エルデがドアの状態の確認に戻る。そして顔をしかめた。ドアは非常に頑丈で、ほぼ無傷の状態だった。


「……次!」


 エルデの部下達が再び爆弾を取り付けていく。その後ろでエルデが思案する。


(……初めから疑われていた? ……いや、違う。初めは問題なかった。では、どの言動で疑われた? ……分からん。何らかのミスをしたんだろうがな。まあ、仕方無い。それは直接聞くとしよう)


 エルデが部屋の中に向けて大声を出す。


「死にたくなかったら、ちゃんと離れてろよ!」


 再度爆弾が設置され、爆発する。爆発後に戻ってきたエルデがドアの状態を確認する。ドアは僅かにゆがんだだけだった。


「……次だ!」


 3度目の爆破作業が行われた。ドアのゆがみが僅かに大きくなった。


 ヒカルは軽い混乱に陥っていた。嫌な予感は的中したが、的中した結果の状況は余りにも不可解だ。


 車両警備を装っていた者達が、爆発物を使用してドアを破壊しようとしている。それは都市の中位区画と同等の治安維持体制が敷かれている車内にいて、輸送区間の全都市の秩序、いては大流通を管理する坂下重工への明確な敵対行為となる。下手をすれば統企連そのものを敵に回す重罪だ。


 そこまで大それたことを平然とする者達が、たかが地方都市の職員にすぎない自分を狙っている。ヒカルにはその意図が全く分からなかった。


 慌てながらも警備側に異常事態を伝えようと通信をつなごうとする。だがつながらない。ならばとアキラへの通信を試みる。しかしそちらともつながらない。通信出力を限界まで上げても結果は同じだった。思わず叫ぶ。


「どうなってるのよ!?」


 その叫びをき消すように爆発音が響き、部屋が揺れる。ヒカルがたじろぎながらドアを確認する。ドアはその役目をしっかりと果たしていた。それで生まれた僅かな安堵あんども、このままでは時間の問題という考えにすぐにき消される。


 ヒカルは顔を引きらせながら、何とか連絡を取ろうと、自身の才を存分にぎ込んで通信の迂回うかい路を探し始めた。


 通路側では、エルデがほんの僅かに変形しただけのドアを見て顔をしかめていた。


(……随分頑丈だな。隔離室か)


 輸送車両には隔離室と呼ばれる非常に頑丈な部屋が幾つか用意されている。部屋の内外から攻撃しても余程の威力でなければびくともしない構造になっている。非常に安全だと言えば聞こえは良いが、要は内側で幾ら暴れても外に影響は無いということであり、凶悪な囚人の護送など、武力面での危険人物の輸送などにも使用されている。生身でも危険な超人などを、隔離室に押し込んで運ぶのだ。その負の印象が強い所為せいで、隔離室は要人の移動にも使用される分だけ内装も豪勢なものが多いにもかかわらず人気が無い。出発直前でも空き部屋となっていた。


 アキラの部屋はその隔離室だった。これはヒカルがアキラを輸送車両の警備にじ込んだのが本当にぎりぎりだった所為せいだ。黙っていれば大丈夫だろうと思って、アキラには伝えていない。キバヤシからアキラの話を聞いた後は、最悪の場合は隔離室に閉じ込めてしまえば被害を抑えられるだろうと考えて、アキラの輸送車両警備依頼を取り下げなかった要因にもなっていた。


 それはヒカルの個人的な事情だ。だがエルデは別の解釈をする。


(護衛要員を外に回したのは、隔離室の防御があれば、外敵の排除を優先した方が良いと判断したからか? ハンターとそのオペレーターを装っているんだ。それぐらいはしないと逆に疑われると思ったのかもしれん。つまり、こっちが当たりか?)


 深読みしたエルデが表情を引き締める。


「次だ! もっと威力を上げて良い! 続けろ!」


「下手をすると、室内や車両そのものにも被害が出ますが」


「構わん! やれ!」


 部下達はエルデの迷いの無い指示に従い、ドアに設置する爆発物の量を更に増やし始めた。


 その後も爆発が繰り返される。次第に大きくなる爆発が部屋を大きく揺らす。車両も揺れたが、それは車外の戦闘の余波に混ざった。大きな揺れを感じたヒカルがその表情を驚きと焦りで満たす。ドアは大きくゆがみながらも、まだ部屋の内外の仕切りとしての役割を果たし続けている。だが微妙な隙間から爆風が僅かに部屋に入り込み、突風を引き起こしていた。


「ちょっと!? ここ、隔離室よ!? 坂下重工の幹部でも襲いにきた訳じゃあるまいし、そこまでする!?」


「次だ! 急げよ!」


 隙間から通路側の声が室内に届いた。それを聞いたヒカルが更に慌て始める。だが同時に気付く。相手は急いでいる。つまり、時間制限がある。警備側がこの状況を把握できない理由も恐らくそこにある。時間を稼げば状況が好転する可能性がある。そう判断したヒカルは部屋を見渡し、時間稼ぎの手段を考える。短い制限時間の中で出来る限りの小細工を試した後、自身も見付かりにくそうな場所に身を潜めた。そのまま隠れながら通信回復の試行錯誤を続ける。


 ついにドアが破壊された。室内に響く音でそれを知ったヒカルが凍り付く。その時、アキラとの通信が回復した。


つながった! アキラ! 助けて!」


 それはエルデ達が部屋に流れ込むのとほぼ同時だった。




 ヒカルに助けを求められたアキラは急いで車内に戻った。屋根を通って自室のある車両まで向かうと、屋根側の出入口部分にバイクをめて、そこから車内に足を踏み入れる。車内が異常事態だと知っているので、遠慮無く銃を構えて慎重に入る。そして通路部まで進むと、僅かに怪訝けげんそうに顔をゆがめた。通路の少し先がゆがんで見えたのだ。


『アルファ。これ、色無しの霧か?』


 アルファも少し険しい表情を浮かべている。


『いえ、色無しの霧を模した高濃度の拡張粒子気体よ』


『拡張粒子気体って?』


『空気中の物理特性を拡張する特性を持った粒子状の気体のことよ。今は色無しの霧のようなものと思っていればいいわ。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの性質もあるようね。通信障害も発生しているわ。ヒカルとの通信を妨害していたのはこれのようね。恐らく、この車両全域に散布されているわ』


 アキラが警戒を強める。しかし引き返すつもりはない。突き進む前提で確認を取る。


『取りえず、高濃度の色無しの霧の中を進むようなものと考えれば良いのか?』


『まずはその認識で進みましょう。何かあれば、私がその都度サポートするわ』


『了解だ』


 アキラが通路を急いで駆けていく。強化服を着て素早く走ると、その速度により強風の中を進むような風圧を感じる。それ自体には既に慣れている。だが今は空気が少し重いように感じられた。水の中で手足を動かした時に感じる抵抗感を、非常に弱めたような感覚だ。しかし動きに支障が出るほどではない。そのまま急いで部屋に向かう。


 通路の先に爆発の跡が見える。エルデ達が隔離室のドアをじ開けた跡だ。指向性の爆発から漏れた僅かな衝撃でさえ、周囲の床、壁、天井に大きな亀裂を残しており、隔離室の頑丈さを示していた。それを見てアキラが顔をゆがめる。


『車両内は都市の中位区画相当の警備体制らしいけど、中位区画も案外物騒だったってところか。手遅れか?』


 ヒカルからの連絡は途絶えている。通信自体はつながっているが、呼び掛けても返事が無い。声も出せない状況なのか、最後に伝えられた状況説明に出てきた襲撃者達に連れ去られた、あるいは殺された恐れもあるが、アキラには分からない。


『まずは室内を確認しましょう』


『そうだな』


 そのまま部屋に急ごうとすると、通路の先、破壊されたドアの内側から2人の男が飛び出してきた。そしてそのまま通路を駆けてくる。


 それを見たアキラが怪訝けげんな顔を浮かべる。通路は輸送車両の巨大さのおかげでかなり広い。だがそれでも遠距離からの弾幕を回避できるような広さはない。男達は完全に的となっている。2人とも両手にナイフを握っている。その状態で勢い良く走って距離を詰めようとしている。


 アキラは軽く困惑しながらも、敵が迫ってきていることに違いは無いと判断し、躊躇ためらわずに銃撃する。両手のLEO複合銃で通路内から回避空間を消すように連射した。大量の弾丸が弾幕となって通路を埋め尽くし、男達の全身に直撃する、はずだった。


 次の瞬間、アキラは驚愕きょうがくで一瞬だけ固まった。撃ち出した大量の銃弾は、飛距離が足りず、一発たりとも男達まで届かなかった。弾丸は空気のゆがみとして目視で確認できる弾道を宙に残しながら一直線に数メートルだけ飛ぶと、見えない壁を貫いたような小規模の衝撃波の跡を宙に作り出し、速度を著しく落として床に落下した。その幾つかは後続の弾丸と衝突して通路に飛び散り散らばった。


 撃っても無駄だと判断したアルファが強化服の操作を介して銃撃を強引に中止する。それでアキラも不可解な状況ではあるが混乱から立ち直る。


『アルファ! 今のはどうやって防がれたんだ!?』


『それは後! 来るわ!』


 男達は驚異的な身体能力で一気に距離を詰めていた。それでもアキラまではまだ遠い。少なくともナイフでの近距離戦闘の間合いではない。だが右の男が両手のナイフを大きく振るう。そしてアキラもその予備動作とナイフの発光する刀身を見て、その攻撃が自分の位置まで届くと察し、素早く回避行動を取る。次の瞬間、十字の光刃がアキラの横を駆け抜けていった。


 アキラは回避行動の開始と同時に、体感時間の圧縮と意識上の現実解像度操作を実施していた。別世界のように鮮明な世界の中で身を低くして敵の飛ぶ斬撃をかわしながら、前方に加速して間合いを詰めていく。そして左の男の攻撃予備動作を見ると、両手の銃をそちらに向けて連射した。


 銃弾はまたしても男まで届かなかった。だが撃ち出された弾丸が、急激に勢いを落としてから落下するまでの僅かな時間の間に、高速で連射した分の弾幕が男とアキラの間に大量の障害物となってまっていく。左の男が放った飛ぶ斬撃は、それらの障害物を切り裂くのに切断力の大半を使い切った。


 光刃とは呼べないほどに弱まった光の波を、アキラは強化服の力場装甲フォースフィールドアーマーで防ぎながら、ほぼ避けずに強引に突破した。体に当たった光が飛び散って消えていく。


 そのまま強化服の身体能力で弾丸のように駆け、自分で撃った弾幕を自身の体ではじいて前進する。そして相手との間合いを詰め終える。弾丸が著しく速度を落とす距離の内側に敵を収めると、銃身で相手を貫くように銃を突き付けながら、弾丸を連射した。


 男達がそれを巧みな動きで回避する。既に格闘戦手前の間合いだ。銃弾は弾幕にはならない。面での攻撃を大きくかわす必要は既になく、遠距離からの銃撃をかわすより回避の難度は下がっている。加えてアキラの体勢を崩すように連携して攻撃する。ナイフの刃をナイフとは呼べないほどに伸ばし、長剣の間合いとナイフの機動性を両立させた剣技で、精密かつ高速で斬撃を繰り出す。


 片方の男がアキラの攻撃を引き付け、もう片方の男が壁と天井を蹴ってアキラの背後に回る。そして両面からアキラを刻みに掛かる。ナイフの刃の発光が斬撃の軌道の帯となり、空間を縦横無尽に駆け巡る。


 アキラはそれらを回避しながら両手の銃をそれぞれに向ける。既に敵を視界に入れる暇はない。だが敵をその位置どころか振るう腕の動きまで正確に認識し、素早い動きで回避と攻撃を両立させる。左右の銃を精密に振り回し、拡張弾倉をかした連射で点ではなく線で攻撃し続ける。


 既に全員足場を床に限定していない。回避と攻撃のために壁や床や天井を駆け巡り、足場を蹴った反動で急停止と急加速を繰り返し、天地も無視して通路内を跳ね回っている。弾丸と刃がそこら中を穿うがち、刻み、破壊の限りを尽くしている。そして足場の耐久も限界を迎え始めた。


 一手遅れれば死ぬ。一手間違えば死ぬ。最善手以外は全て致命の悪手。アキラは心身をり潰しながらそれに耐えていた。事前に限界まで服用しておいた高性能な回復薬が、常に限界を超えている身体を強引に急速に回復させて、強化服の内側を骨の混ざったき肉に変えるのを防いでいる。内側の負担を気遣う余裕はない。その余裕を敵の速やかな撃破に回し続けなければ、外側の強化服ごと刻まれる。


 その強化服もエネルギーを急速に大量に消費し続けている。出力全開で稼働しなければ、敵の動きに追い付けない。エネルギー切れまでの残り時間が急激に減っていく。それで焦り、動きを乱せば、それで死ぬ。


 ほんの数秒の間に数百の死線を潜る。その数秒を集めた数分を、アキラは死力を尽くして駆け抜けた。


 そして次の一手を間違えた者が出る。戦闘の余波で通路はボロボロになっている。アキラも男達もそのもろい部分を踏んで体勢を崩さないように注意している。あるいは踏んでも問題ないように、足の裏に力場装甲フォースフィールドアーマーを発生させて補強している。それでも限度はあり、回避のために次の足場として選べる場所を制限される機会は多い。そして男達の片方が次の足場の選択を誤った。


 その誤りは、本来ごく僅かな影響しか与えないものだった。だがその誤りはアルファによって致命の悪手に書き換えられた。アルファは通路に衝撃を与えながら駆け巡る全員の行動を記録し、通路のそれぞれの場所の破損状態を正確に把握していた。それにより、その場を踏めば僅かに体勢を崩すと事前に知っていた。その事前情報を基にアキラに指示を出し、体勢の僅かな崩れによるほんの僅かなすきが相手に生まれる前に、そのすきく攻撃を繰り出させていた。


 緩んだ足場を踏んだ男の体勢が僅かに崩れる。そのすきが発生した瞬間、アキラの痛烈な蹴りが男に突き刺さった。体勢の乱れにより、即時の回避行動を取れなくなっていた一瞬をいた一撃だ。男は蹴りの衝撃ですべも無く壁にたたき付けられた。壁に大きな亀裂が放射状に走る。


 それでも男は強化服の防御性能のおかげで傷一つ負わなかった。だがそれで男は詰んだ。アキラが男を追って壁側に飛び、男の頭と胴体に両手の銃の銃口を押し当てる。同時に、最高速度で連射した。撃ち出された弾丸は減衰など一切せずに目標に直撃し、男の頭部と胴体を粉砕した。


 残りの男がそのすきにアキラに斬り掛かる。しかし事前にそうなると知らなかった分だけ僅かに攻撃が遅れる。そして事前に知っていたアキラは、その分だけ早く回避行動を取っていた。十字の斬撃を素早く身をかがめて回避する。光刃が通路の壁を十字に切り裂く間に、アキラが相手の懐に潜り込む。今度は相手を壁に押し付けての銃撃ではなかったが、2対1で互角を維持していた相手だ。1対1になった時点で、次の銃撃を物理的に回避できない状態に追い込むのは容易たやすかった。


 2ちょうのLEO複合銃から連続して撃ち出された弾丸が、見えない壁を貫いたように速度を落としたのは、残りの男の頭と体を貫いた後だった。男はそのまま着弾の衝撃で吹き飛ばされ、体を半壊させながら通路を飛んでいった。


 アキラはそれでも非常に険しい表情のままだ。銃を宙に置くように銃から手を離すと、右手で追加の回復薬を取り出して服用し、左手で強化服の拡張エネルギータンクを交換する。その間に宙に残ったままの銃から拡張弾倉が排出される。アキラの両手が予備の拡張弾倉をつかみ宙に置く。そしてそれぞれの手が銃をつかみ、銃を空中の拡張弾倉とぶつけるように勢い良く振って装填を済ませると、銃口を通路の先の部屋のドアに向けた。


 この間に敵の増援が来ていれば、戦闘継続処理を済ませる前に襲われていれば、アキラは死んでいた。しかし幸運にも増援は現れなかった。アキラが思わず息を吐く。


『……危なかった! アルファ。敵は今ので全部か?』


『分からないわ。周辺の情報収集妨害ジャミング効果が強くて、向こうの部屋の中まで探れないの。注意して』


『了解だ』


 アキラが視線を倒した男に向ける。


『……こいつらがヒカルの言っていたやつらか? ヒカルは何でこんなのに襲われてるんだ? 外で戦った白い大型機より厄介だったぞ?』


『それはヒカルに聞きましょう。殺されていたり、さらわれていたりしていなければね。でもその前に、引き返すつもりが無いのなら、ここで30秒休憩よ。最低でもそれだけ休まないとアキラがたないわ。休むなら追加の回復薬をもっと飲んでおいて』


 アキラは銃を片方だけ離して回復薬を更に大量に服用する。その表情はかなりつらそうにゆがんでいる。


『……頭が痛い。あの世界がはっきり見えるやつ、日に2度もやるもんじゃないな』


『進むのなら、3度目を覚悟しておきなさい。真面目な話、撤退も選択の内よ?』


『それも、ちょっとな。あからさまに手に負えないってのなら、仕方無いってことで帰るんだけどな。アルファのサポートでもお手上げか?』


『いいえ』


『じゃあ、そういうことだな』


 アキラは苦笑して息を整え始めた。アルファも苦笑を浮かべていた。


 前方を警戒しながら深呼吸を繰り返す。不要な緊張を緩めて心身の回復を促進する。その間に気になることを聞いておく。


『それで、あいつらは銃弾をどうやって防いでたんだ? あれ、力場装甲フォースフィールドアーマーとかじゃないよな』


『あれは高速フィルター効果よ。散布されている拡張粒子気体の所為せいね』


 色無しの霧の解析で生まれた副産物は数多く存在する。その中に、一定以上の速度の移動物体に対して反応し、速度に比例した抵抗を生み出す物理作用を及ぼす拡張粒子がある。その特性を利用して、銃弾等を防ぐ気体が開発された。それらは主に要人の狙撃防止等の用途で使用されている。なお効果の発動には一定の濃度が必要であり、基本的に室内のような密閉空間でしか使用できない。


 それらの説明を聞いたアキラが不思議そうにする。


『そうすると、撃った瞬間に弾が止まるんじゃないか?』


『そこまでの高濃度にするのは大変だから、直進する弾丸が空気を圧縮した結果、射線前方の空気が条件を満たす高濃度になるように、粘性とかをいろいろ調整しているのでしょうね』


『でも向こうはナイフで光の刃みたいなのを飛ばしてきたぞ?』


『あれは切断能力を持った光の波であって、物体ではないわ。それ以前に弾丸ほど速くもないでしょう?』


『……向こうにだけ都合が良いようになってるのか』


『これを散布したのは向こうのはず。当然、自分達だけが有利になるように調整済みなのでしょうね』


 この手の気体は密閉空間で使用しても徐々に効果が落ちていき、比較的短時間で効果が完全に切れる。しかも使用に多大な費用が掛かる上に基本的に費用対効果が悪く、単純に敵の銃の無効化を目的とするような使用方法では採算が合わない。


 それでも襲撃側がこの手のものをえて使用する理由は、敵の殺害ではなく確保のためを目的としている場合が多い。重要人物を誤射で殺してしまう危険を下げるためだ。同時に護衛の銃も無力化できるので、大抵は近接戦闘の熟練者が襲撃者となる。


 銃が基本の東部では近接戦闘の熟練者など限られているので、襲撃要員をそろえるのも大変だ。よって目標はその費用と労力に見合う者になる。主に大企業の幹部や一流の研究者などだ。


 それらの説明を聞いたアキラが怪訝けげんな顔を浮かべる。


『何でヒカルがそんなやつらに襲われてるんだ? ヒカルって、そんなにすごく高い地位の人だったっけ?』


『さあ、私にも分からないわ。ヒカルがまださらわれていなければ、後で聞いてみましょう。アキラ。そろそろ休憩はおしまい。引き返すなら今よ?』


 挑発的に微笑ほほえむアルファに、アキラが笑って返す。そして表情を引き締めると、目的の部屋に向けて駆けだした。

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