第240話 襲撃
輸送車両の
「……全く、何なのよ。行きで
敵襲により輸送車両の
それでもヒカルは状況を楽観視していた。先日の戦闘記録でアキラの実力を知り、輸送車両の警備も大幅に増やしたと聞いているからだ。そのまま部屋で事態の収拾を待つ。
「どちら様ですか?」
代表の男が真剣な顔で答える。
「車内警備の者です。司令室からの指示で乗員の避難を実施しています。御協力をお願いします」
「……避難って、え? そんなに
ヒカルは思わず声を大きくしていた。男がヒカルを落ち着かせるように冷静に、だが僅かに深刻な顔で答える。
「残念ながら、4号車は上空領域のモンスターの攻撃により自走不能状態に陥りました。現在乗員の避難誘導を進めております。他の車両の方々にも、念の
ヒカルが余りの事態に驚きながらドアを開けようとする。だが操作パネルに手が触れる直前で、その手を止めた。そして
(……上空領域のモンスター?)
僅かに浮かんだ嫌な予感。そこから推察を深めていく。上空領域のモンスターの攻撃で4号車が大きな被害を受けた。慌てて全車両の
だが警備側からの連絡に、上空領域のモンスターの記載は無かった。つまり、警備側はそのことを伝えないと決めた。下手に教えるとその余りの事態にパニックが発生する恐れがある。そう判断したと考えられる。では、ドアの向こうの者は、なぜそれを自分に教えたのか。情報の制限が聞かれない限り答えないという緩いものだからか。それとも
「申し訳ございません。急いでいただけないでしょうか。避難場所まで御案内します」
その催促に対し、ヒカルは僅かに迷う。そして軽く鎌を掛ける。
「ごめんなさい。何だか知らないけど、パネルが反応しないのよ。そっちから開けてもらえない? そんな事態なら救助用にマスターキーぐらい配布されているでしょう?」
男が済まなそうに頭を下げる。
「申し訳ございません。この状況であっても、他都市の職員の部屋をマスターキーで開けてしまうと後で問題になります。また、使い切りタイプのキーコードですので、他の乗客用に出来る限り保持しておきたいのです。そちらから何とかなりませんか?」
「やってるんだけど、駄目なのよ。……仕方無いわ。私の案内は後回しにして」
「しかしそれでは
「良いのよ。私も都市の職員として、荒野に出た際の覚悟ぐらいはしているわ。他の乗員の避難を優先して。あ、避難場所だけ教えて。何とか開けたら自分で行くわ。どこに移動すれば良いの?」
「避難場所は状況に応じて変更されます。また、車内のセキュリティが緊急時のものに変更されていますので、我々と同行しないと隔壁を通過できません」
男の口調が少し変わる。
「……すまない。本当に急いでるんだ。どうしても開かないのか?」
ヒカルと話しているのは、通路側にいる者達のリーダーであるエルデという男だ。エルデの顔に浮かぶ僅かな
ヒカルはそのエルデの様子を見て迷う。だがパネルには手を触れない。
「やってるんだけどね。あ、もしかして、私を連れて行かないと、隔壁閉鎖が出来ないとか、そういう事情があるの?」
「ああ。車両外側の
「そ、そうなの!? 待って! すぐに開けるわ! ……開かない!? どうなってるの? ちょっと、そっちからもマスターキーを使って試してもらえない!? 開かないのよ!」
ヒカルはパネルに手を触れていない。自分でも
既に険しい表情を浮かべているエルデの、その表情の質が僅かに変わる。
「……どうしても、開かないのか?」
「開けようとしているの! やってるのよ!?」
まるで焦っているようなヒカルの声を聞き、エルデがその顔を僅かな間だけ
「分かりました。マスターキーでこちらから開けます」
そして顔から笑みを消す。
「危ないから、ドアから離れていろ」
エルデが視線で指示を飛ばすと、部下達が作業を始めていく。それを
エルデ達がドアから離れる。ヒカルも慌ててドアから離れた。そして設置された爆弾が起爆した。
通路内を爆風と爆音が駆け抜けていく。それが収まった後、エルデがドアの状態の確認に戻る。そして顔を
「……次!」
エルデの部下達が再び爆弾を取り付けていく。その後ろでエルデが思案する。
(……初めから疑われていた? ……いや、違う。初めは問題なかった。では、どの言動で疑われた? ……分からん。何らかのミスをしたんだろうがな。まあ、仕方無い。それは直接聞くとしよう)
エルデが部屋の中に向けて大声を出す。
「死にたくなかったら、ちゃんと離れてろよ!」
再度爆弾が設置され、爆発する。爆発後に戻ってきたエルデがドアの状態を確認する。ドアは僅かに
「……次だ!」
3度目の爆破作業が行われた。ドアの
ヒカルは軽い混乱に陥っていた。嫌な予感は的中したが、的中した結果の状況は余りにも不可解だ。
車両警備を装っていた者達が、爆発物を使用してドアを破壊しようとしている。それは都市の中位区画と同等の治安維持体制が敷かれている車内に
そこまで大それたことを平然とする者達が、たかが地方都市の職員にすぎない自分を狙っている。ヒカルにはその意図が全く分からなかった。
慌てながらも警備側に異常事態を伝えようと通信を
「どうなってるのよ!?」
その叫びを
ヒカルは顔を引き
通路側では、エルデがほんの僅かに変形しただけのドアを見て顔を
(……随分頑丈だな。隔離室か)
輸送車両には隔離室と呼ばれる非常に頑丈な部屋が幾つか用意されている。部屋の内外から攻撃しても余程の威力でなければびくともしない構造になっている。非常に安全だと言えば聞こえは良いが、要は内側で幾ら暴れても外に影響は無いということであり、凶悪な囚人の護送など、武力面での危険人物の輸送などにも使用されている。生身でも危険な超人などを、隔離室に押し込んで運ぶのだ。その負の印象が強い
アキラの部屋はその隔離室だった。これはヒカルがアキラを輸送車両の警備に
それはヒカルの個人的な事情だ。だがエルデは別の解釈をする。
(護衛要員を外に回したのは、隔離室の防御があれば、外敵の排除を優先した方が良いと判断したからか? ハンターとそのオペレーターを装っているんだ。それぐらいはしないと逆に疑われると思ったのかもしれん。つまり、こっちが当たりか?)
深読みしたエルデが表情を引き締める。
「次だ! もっと威力を上げて良い! 続けろ!」
「下手をすると、室内や車両そのものにも被害が出ますが」
「構わん! やれ!」
部下達はエルデの迷いの無い指示に従い、ドアに設置する爆発物の量を更に増やし始めた。
その後も爆発が繰り返される。次第に大きくなる爆発が部屋を大きく揺らす。車両も揺れたが、それは車外の戦闘の余波に混ざった。大きな揺れを感じたヒカルがその表情を驚きと焦りで満たす。ドアは大きく
「ちょっと!? ここ、隔離室よ!? 坂下重工の幹部でも襲いにきた訳じゃあるまいし、そこまでする!?」
「次だ! 急げよ!」
隙間から通路側の声が室内に届いた。それを聞いたヒカルが更に慌て始める。だが同時に気付く。相手は急いでいる。つまり、時間制限がある。警備側がこの状況を把握できない理由も恐らくそこにある。時間を稼げば状況が好転する可能性がある。そう判断したヒカルは部屋を見渡し、時間稼ぎの手段を考える。短い制限時間の中で出来る限りの小細工を試した後、自身も見付かり
「
それはエルデ達が部屋に流れ込むのとほぼ同時だった。
ヒカルに助けを求められたアキラは急いで車内に戻った。屋根を通って自室のある車両まで向かうと、屋根側の出入口部分にバイクを
『アルファ。これ、色無しの霧か?』
アルファも少し険しい表情を浮かべている。
『いえ、色無しの霧を模した高濃度の拡張粒子気体よ』
『拡張粒子気体って?』
『空気中の物理特性を拡張する特性を持った粒子状の気体のことよ。今は色無しの霧のようなものと思っていればいいわ。
アキラが警戒を強める。しかし引き返すつもりはない。突き進む前提で確認を取る。
『取り
『まずはその認識で進みましょう。何かあれば、私がその都度サポートするわ』
『了解だ』
アキラが通路を急いで駆けていく。強化服を着て素早く走ると、その速度により強風の中を進むような風圧を感じる。それ自体には既に慣れている。だが今は空気が少し重いように感じられた。水の中で手足を動かした時に感じる抵抗感を、非常に弱めたような感覚だ。しかし動きに支障が出るほどではない。そのまま急いで部屋に向かう。
通路の先に爆発の跡が見える。エルデ達が隔離室のドアを
『車両内は都市の中位区画相当の警備体制らしいけど、中位区画も案外物騒だったってところか。手遅れか?』
ヒカルからの連絡は途絶えている。通信自体は
『まずは室内を確認しましょう』
『そうだな』
そのまま部屋に急ごうとすると、通路の先、破壊されたドアの内側から2人の男が飛び出してきた。そしてそのまま通路を駆けてくる。
それを見たアキラが
アキラは軽く困惑しながらも、敵が迫ってきていることに違いは無いと判断し、
次の瞬間、アキラは
撃っても無駄だと判断したアルファが強化服の操作を介して銃撃を強引に中止する。それでアキラも不可解な状況ではあるが混乱から立ち直る。
『アルファ! 今のはどうやって防がれたんだ!?』
『それは後! 来るわ!』
男達は驚異的な身体能力で一気に距離を詰めていた。それでもアキラまではまだ遠い。少なくともナイフでの近距離戦闘の間合いではない。だが右の男が両手のナイフを大きく振るう。そしてアキラもその予備動作とナイフの発光する刀身を見て、その攻撃が自分の位置まで届くと察し、素早く回避行動を取る。次の瞬間、十字の光刃がアキラの横を駆け抜けていった。
アキラは回避行動の開始と同時に、体感時間の圧縮と意識上の現実解像度操作を実施していた。別世界のように鮮明な世界の中で身を低くして敵の飛ぶ斬撃を
銃弾はまたしても男まで届かなかった。だが撃ち出された弾丸が、急激に勢いを落としてから落下するまでの僅かな時間の間に、高速で連射した分の弾幕が男とアキラの間に大量の障害物となって
光刃とは呼べないほどに弱まった光の波を、アキラは強化服の
そのまま強化服の身体能力で弾丸のように駆け、自分で撃った弾幕を自身の体で
男達がそれを巧みな動きで回避する。既に格闘戦手前の間合いだ。銃弾は弾幕にはならない。面での攻撃を大きく
片方の男がアキラの攻撃を引き付け、もう片方の男が壁と天井を蹴ってアキラの背後に回る。そして両面からアキラを刻みに掛かる。ナイフの刃の発光が斬撃の軌道の帯となり、空間を縦横無尽に駆け巡る。
アキラはそれらを回避しながら両手の銃をそれぞれに向ける。既に敵を視界に入れる暇はない。だが敵をその位置どころか振るう腕の動きまで正確に認識し、素早い動きで回避と攻撃を両立させる。左右の銃を精密に振り回し、拡張弾倉を
既に全員足場を床に限定していない。回避と攻撃の
一手遅れれば死ぬ。一手間違えば死ぬ。最善手以外は全て致命の悪手。アキラは心身を
その強化服もエネルギーを急速に大量に消費し続けている。出力全開で稼働しなければ、敵の動きに追い付けない。エネルギー切れまでの残り時間が急激に減っていく。それで焦り、動きを乱せば、それで死ぬ。
ほんの数秒の間に数百の死線を潜る。その数秒を集めた数分を、アキラは死力を尽くして駆け抜けた。
そして次の一手を間違えた者が出る。戦闘の余波で通路はボロボロになっている。アキラも男達もその
その誤りは、本来ごく僅かな影響しか与えないものだった。だがその誤りはアルファによって致命の悪手に書き換えられた。アルファは通路に衝撃を与えながら駆け巡る全員の行動を記録し、通路のそれぞれの場所の破損状態を正確に把握していた。それにより、その場を踏めば僅かに体勢を崩すと事前に知っていた。その事前情報を基にアキラに指示を出し、体勢の僅かな崩れによるほんの僅かな
緩んだ足場を踏んだ男の体勢が僅かに崩れる。その
それでも男は強化服の防御性能のおかげで傷一つ負わなかった。だがそれで男は詰んだ。アキラが男を追って壁側に飛び、男の頭と胴体に両手の銃の銃口を押し当てる。同時に、最高速度で連射した。撃ち出された弾丸は減衰など一切せずに目標に直撃し、男の頭部と胴体を粉砕した。
残りの男がその
2
アキラはそれでも非常に険しい表情のままだ。銃を宙に置くように銃から手を離すと、右手で追加の回復薬を取り出して服用し、左手で強化服の拡張エネルギータンクを交換する。その間に宙に残ったままの銃から拡張弾倉が排出される。アキラの両手が予備の拡張弾倉を
この間に敵の増援が来ていれば、戦闘継続処理を済ませる前に襲われていれば、アキラは死んでいた。しかし幸運にも増援は現れなかった。アキラが思わず息を吐く。
『……危なかった! アルファ。敵は今ので全部か?』
『分からないわ。周辺の
『了解だ』
アキラが視線を倒した男に向ける。
『……こいつらがヒカルの言っていたやつらか? ヒカルは何でこんなのに襲われてるんだ? 外で戦った白い大型機より厄介だったぞ?』
『それはヒカルに聞きましょう。殺されていたり、
アキラは銃を片方だけ離して回復薬を更に大量に服用する。その表情はかなり
『……頭が痛い。あの世界がはっきり見えるやつ、日に2度もやるもんじゃないな』
『進むのなら、3度目を覚悟しておきなさい。真面目な話、撤退も選択の内よ?』
『それも、ちょっとな。あからさまに手に負えないってのなら、仕方無いってことで帰るんだけどな。アルファのサポートでもお手上げか?』
『いいえ』
『じゃあ、そういうことだな』
アキラは苦笑して息を整え始めた。アルファも苦笑を浮かべていた。
前方を警戒しながら深呼吸を繰り返す。不要な緊張を緩めて心身の回復を促進する。その間に気になることを聞いておく。
『それで、あいつらは銃弾をどうやって防いでたんだ? あれ、
『あれは高速フィルター効果よ。散布されている拡張粒子気体の
色無しの霧の解析で生まれた副産物は数多く存在する。その中に、一定以上の速度の移動物体に対して反応し、速度に比例した抵抗を生み出す物理作用を及ぼす拡張粒子がある。その特性を利用して、銃弾等を防ぐ気体が開発された。それらは主に要人の狙撃防止等の用途で使用されている。
それらの説明を聞いたアキラが不思議そうにする。
『そうすると、撃った瞬間に弾が止まるんじゃないか?』
『そこまでの高濃度にするのは大変だから、直進する弾丸が空気を圧縮した結果、射線前方の空気が条件を満たす高濃度になるように、粘性とかをいろいろ調整しているのでしょうね』
『でも向こうはナイフで光の刃みたいなのを飛ばしてきたぞ?』
『あれは切断能力を持った光の波であって、物体ではないわ。それ以前に弾丸ほど速くもないでしょう?』
『……向こうにだけ都合が良いようになってるのか』
『これを散布したのは向こうのはず。当然、自分達だけが有利になるように調整済みなのでしょうね』
この手の気体は密閉空間で使用しても徐々に効果が落ちていき、比較的短時間で効果が完全に切れる。しかも使用に多大な費用が掛かる上に基本的に費用対効果が悪く、単純に敵の銃の無効化を目的とするような使用方法では採算が合わない。
それでも襲撃側がこの手のものを
銃が基本の東部では近接戦闘の熟練者など限られているので、襲撃要員を
それらの説明を聞いたアキラが
『何でヒカルがそんなやつらに襲われてるんだ? ヒカルって、そんなに
『さあ、私にも分からないわ。ヒカルがまだ
挑発的に
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