第239話 陽動
アキラが次の攻撃目標を目指して輸送車両の側面をバイクで駆けている。砲台などが設置されている屋根より側面の方が進行を妨げるものが少なく、邪魔が入らなければ屋根より加速できる。
だがそこに邪魔が入る。荒野のモンスターからの砲撃だ。巧みな運転で砲撃を回避しながら、砲撃元にLEO複合銃による弾幕を浴びせて撃破する。
重力の方向を90度ほど勘違いしているような側面走行での銃撃も、バイクを含めた装備の性能とアルファのサポート、そしてアキラ自身の慣れと成長のおかげで苦も無く行えている。昆虫型の大型自律多脚移動砲台と、自律多脚移動砲台を模した大型昆虫が、金属装甲と生体装甲を無数の銃弾に貫かれ、内臓と基幹部品を破壊されて荒野に横たわる。
近くのモンスターを倒しても、進んだ先には別の群れがいて切りが無い。アキラが険しい表情をげんなりさせる。
『多いぞ! 先頭車両に配置されていた部隊も応戦してるのに、何でこんなに大変なんだ!? あの虫の群れをあっさり倒したやつらなら楽勝だろう!?』
『その部隊は白い大型機の撃破に手一杯で、そこらのモンスターまで相手に出来る状態ではないのよ』
『あの白い機体なら、俺でも何機か倒せた程度の強さだろう? あの島が飛んでるみたいなデカい虫を倒せる連中が、そこまで苦戦する相手か?』
『全ての機体が同一の性能でも、同一の損傷状態でもないのよ。アキラが倒した相手は屋根に貼り付いていた機体でしょう? あれは恐らく破損かエネルギー残量の
アルファが荒野側を指差す。アキラがそちらを見ると、白い機体が複数の無人機に襲われながらも宙を自在に飛び回り相手を撃墜し続けていた。屋根に貼り付くのがやっとの機体とは雲泥の差を見せている。
『そういうことか』
アキラがバイクに乗りながらAF対物砲を構える。バイクの汎用アームが動いてAF対物砲の後部と接続する。汎用アームを介してバイクの大型エネルギータンクから追加のエネルギーがAF対物砲に供給される。
高速で動くバイクの上から、不規則に動く動体目標を狙う。その著しく困難な狙撃を成し遂げる
射線にいたモンスター。白い機体を包む展開式
それでも白い機体は大破はしなかった。
『アルファ。あと何機だ?』
『22機よ』
『だから多いって! まだそんなにいるのか!?』
『付け加えると、低性能でダメージの
更に嘆くアキラに向けて、アルファは余裕のある楽しげな笑顔を向けていた。
実際に、状況は輸送車両側の有利に傾いていた。車体の出力を
白い機体達の全滅は時間の問題だ。大型機達の目的が輸送車両の襲撃であるならば、既に失敗している。だが白い機体は撤退の気配など全く見せずに、愚直に戦い続けていた。
続く乱戦の中、アキラが再び別の白い大型機と交戦している。車両の屋根に貼り付くように立っている機体の周囲を、大きく弧を描くように周りながら銃撃し続けている。
両手とバイクの汎用アームで4
本来は機体周囲の屋根の広さにアキラが大きく弧を描いて走り回れるほどの余裕はない。そこをバイクの走行機能で強引に走り抜ける。バイクのタイヤから生成される
その強固な接地面を活用し、敵の銃撃を鋭角の切り返しで回避し続ける。実在しない面にブレーキ痕を残すたびに、強烈な慣性がアキラの身体に襲いかかる。その負荷をバイクの乗員保護機能、強化服、事前に服用した回復薬で乗り越えながら、敵の死角に回り続ける。
人型兵器用の巨大な銃から発射された銃弾を避け、別の銃から撃ち出された金属を融解させる光線を避け、それらとは威力に差がありすぎる個人兵装の銃弾を撃ち続けていく。そして4
アキラが弾倉を交換しながら顔を
『硬すぎるだろう……。俺の銃撃だけじゃなくて、黒い円盤の直撃も途中で何度か受けてるんだぞ? アルファ。もうあれは先頭車両の部隊に任せないか? ちょっと手に負えないって』
『敵の攻撃自体は大したことないから、多少硬くともじっくり戦えば、アキラも無理をしないで済むと思ったのだけれど』
『いやいやいや、回復薬常用での戦闘は十分無理をやってる
『そう? まあ、アキラがそう言うのなら、別の目標に変えましょうか』
アルファが笑ってそう撤退を告げると、アキラも嫌そうに
その時、天井からの光線が大型機に直撃した。強烈な衝撃変換光が辺りを照らす。輸送車両と大気の揺れを感じながら、アキラが思わずバイクを止めて振り返る。
『……結局あれで倒されるのなら、じっくり戦う必要なんかなかったな。……!?』
予想外の光景に、アキラの表情に
『ちょっと待て、幾ら何でも頑丈すぎる。アルファ。
アキラがバイクを加速させて急速離脱を試みる。だがそこにアルファの操作が割り込んだ。バイクが急激に車体ごと半回転させ、タイヤとの接地点から激しい衝撃変換光を
アキラが強烈な慣性とアルファの突然の行動に驚きながらも、反射的に体感時間の操作を実行する。
『アルファ!? 何の
『アキラ! 予定変更! すぐにあれを破壊するわ!』
『何でだ!?』
そう聞き返しながらも、アキラは既に意識と体勢を交戦再開に切り替え終えている。理由を聞き、その内容に納得してからでは遅いと身に染みている。既に両手のLEO複合銃の照準を、拡張視界で指示された左右別々の目標に合わせていた。
『あの機体が、あの光線に耐えたからよ』
『だから、そんな頑丈な機体なんて相手をするのは
『上のモンスターは、光線の威力を目標の撃破に合わせて調整しているはずよ。倒せなければ、次は威力を上げるわ。モンスターの規模から判断して、かなり上空から降りてきた個体のはず。その上空領域の基準で光線の威力を細かく引き上げたとしても、その調整幅は地上付近の感覚ではかなりのものになるわ。加えて撃破目標が一見無傷なら、それを基準にして次の威力を大幅に引き上げる危険性が高いわ』
『次は桁違いの威力になるってことか? それなら
『アキラ。その桁違いの威力が、輸送車両の車列を一撃で丸ごと吹き飛ばすものだったとしたら? 次の光線発射が10秒後だったとしたら? 逃げて間に合うと思う?』
予想外の返事に驚くアキラに、アルファがその根拠等を説明する。
該当の機体は、輸送車両の
上空領域のモンスターが同じ判断をしていた場合、次の光線の威力調整を現在の輸送車両の防御力を基準にする恐れがある。その上で、標的の確実な一撃粉砕を前提にすると、輸送車両ごと吹き飛ばす威力になっても不思議は無い。それどころか車列全体を目標撃破の障害と
だからこそ、自分達でその目標を速やかに撃破することで、そこまでする必要はないと教えなければならない。既に次の発射準備を始めているであろう上空領域のモンスターが、その一撃を放つ前に。
その説明を聞いたアキラが焦りを覚える。
『……アルファ。それ、考えすぎってことは、ないのか?』
『状況に対して悲観的な判断をしているのは確かよ。
自分でも
『……そうだな。それじゃあ、今すぐあれをぶっ壊して、一帯丸ごと吹き飛ぶような特大の不運を、急げば何とかなった程度の
アルファも自信満々に楽しげに笑う。
『任せなさい! それは私の担当だからね! 結構
『ああ! そっちは俺の担当だからな!』
アキラ達は目標の大型機に向けて、意気を上げて一直線に加速した。
アキラがアルファに反転した理由を聞いた時から、既に目標撃破の仕込みは始まっていた。4
被弾した無数の円盤機が攻撃対象をアキラに切り替えて殺到する。十数機の円盤が外周部の刃で大気を切り裂きながら、直線上にいるモンスターの群れや無人機をついでに両断しながら、アキラ達のいる輸送車両の屋根を目指す。その内の数機は自身により近い位置にいて本来の攻撃目標である白い大型機に優先順位を再度切り替えた。だが残りはそのままアキラに殺到した。
体感時間を圧縮して意識上の現実の時の流れを緩やかなものに変えながら、アキラは情報収集機器を介して周辺の状況を知覚していた。円盤機の数、位置、速度、角度を知り、既に逃げ場も無く囲まれており、このままだと刻まれて死ぬと理解する。だがその程度で
『アキラ。
試すように、誘うように笑うアルファに、アキラが力強く答える。
『やってくれ!』
次の瞬間、
その状態でアキラが両手のLEO複合銃を周囲に連射する。銃を勢い良く振り回しているが、乱射ではない。全て正確に狙った上で撃っている。アキラの銃撃は世界の高解像度での認識により、目標に銃口を向け、照準を合わせ、発砲する、という手順ではなくなっていた。意識上で常に照準を合わせ終えている状態で、当たる位置に銃を移動させて発砲する、という簡略化された手順により、素早く連続で正確な銃撃を可能にしていた。
攻撃目標と有効な狙撃点の識別には、まだ大分アルファに頼っている。だが単純な狙撃であれば、アキラは既にほぼ全て自力で出来るようになっていた。
LEO複合銃の連射性能を
アキラはそれをぎりぎりで回避した。視覚で、風圧で、振動で、高速回転する巨大な質量が真上や真横を通り過ぎていく感覚を味わいながら、銃撃で
アキラの銃撃は円盤機の破壊の
それでも回避の猶予はごく僅かだ。眼前を高速で通過していく円盤機を、限界まで圧縮した体感時間の中ではっきりと視認しながら、その間にも別の円盤機を銃撃し続ける。
その結果、白い大型機に十数の円盤機が殺到した。一部は円盤機同士でぶつかり合い
その時点でアキラが武器を刀身の無い
だがその刃でも大型機の防御を突破するには足りていない。その程度で大型機を切り裂けるのであれば、天井からの光線で破壊されている。
それでもアキラはそのまま大型機に直進した。そして限界まで近付くと、反転するように大きく回転したバイクの動きに合わせて強化服の出力を限界まで上げ、巨大な刃を勢い良く横に振るった。
アルファのサポートにより、巨大な刃は神懸かり的な精度の斬撃を実現していた。転倒直前の車体から、屋上の床とほぼ平行に、目標を一瞬で両断した。正確には、切り離した。
アキラが狙ったのは大型機そのものではなく、大型機と輸送車両の接地面だ。そこを刃が通過することで、輸送車両と一体化していた大型機の
アキラは反転と同時にその場から全力で離脱しようとする。それを大型機を刻み終えた円盤機達が追いかけようとする。だが次の瞬間、アキラも円盤機達も突如発生した爆風に吹き飛ばされた。
爆風の発生源は、天井からの次の光線だった。目標としていた白い大型機が光線の発射前に破壊されたので、別の機体に変更して撃ち出したのだ。輸送車両から大分離れた位置にいた機体は光線を浴びて消滅した。光線が地面に届いた瞬間、荒野で巨大な爆発が起こり、一帯をモンスターの群れごと吹き飛ばした。その爆風は巨大な重量を持つ輸送車両を横転手前まで大きく揺らすほどだった。
アキラはアルファのおかげで無事だった。バイクごと吹き飛ばされはしたが、本来は風よけ程度の意味しかない展開式の
アキラが爆発地点の光景を見て思わず顔を
『……あぶねえ。下手をすると、あれを
アルファも少し苦笑いを浮かべている。
『アキラに説明した内容は、そのような危険もあるという意味で、私の計算では実際にあそこまでの一撃になる確率は低かったのだけれどね』
『そうなのか?』
『そうよ。やっぱりアキラは運が悪いみたいね。私のサポートで補える
アキラも苦笑を浮かべる。
『そうだな。助かった。ありがとう』
『どう致しまして』
アルファが得意げに笑った後、気を切り替えるように
『一段落したわね。アキラ。上を見て』
アキラが見ると、頭上を覆っていた天井が再び雲の中にゆっくりと消えていく途中だった。更に車列の周辺を飛んでいた黒い円盤機が機能を停止して落下していく。
『戻っていく……。白い大型機を全部倒し終えたから、なのか? それに何で黒い円盤が落下してるんだ?』
『白い大型機は、さっき周辺ごと吹き飛ばされたので最後だったわ。黒い機体を回収しないのは、使い捨ての攻撃端末だからよ』
『使い捨て、なのか? あれが、全部? あんなに強いのに?』
アキラが大きく息を吐く。
『上空領域のモンスターか……。いろいろ桁違いだ。なるほどな。あんなのが空を飛んでいるのなら、空は飛べないよな』
『東部の空の全域にあんなのが浮かんでいる訳でもないわ。あの白い機体達が、相当な高度か、かなり東側の空から釣ってきたモンスターのはずよ』
『……あの連中、何でそんな
『さあね。分からないわ。まあ、取り
輸送車両に群がっていたモンスター達は戦闘の余波で既に大半が倒されていた。破壊されずに済んだ無人機が自動で僅かな残りの駆除を進めている。
自分を
「……疲れた。ヒカル。外の騒ぎは終わったぞ。車内に戻って良いか警備側に確認を取ってくれ。……ヒカル?」
ヒカルからの返答は無い。アキラが
回復薬の服用や弾倉の再装填などを済ませている間に、輸送車両が少しずつ速度を上げていく。すると今度はアルファが
『変ね。車両の
『えー。アルファ。何とかならないか?』
アキラが疲れから嫌そうな顔で対処を催促すると、アルファが
『何とかしても良いけれど、何とかしてしまっても良いの?』
『……聞き返すけど、何とかすると、何か
『この手の通信回線には、大抵専用帯域が存在しているのよ。通信量が多すぎて障害が発生した場合でも、指揮系統の上位層が重要な情報を
なぜその手の機密通信回線に介入できるのか、という疑問が浮かんだが、アルファなら別に不思議はないか、と考え直し、いろいろと今更だ、とも思ってアキラは疑問を投げ捨てた。技術的には全く問題ないが、倫理的に若干の問題が生じる。
『いや、そこまでして連絡を取りたい訳じゃない。……仕方無い。
『一応付け加えておくわね。ヒカルの方から何が何でも通信を
それを聞き、アキラが自身の判断基準で少し迷う。そしてヒカルの方から、つまり依頼主側からの要請ならばまあ良いかと考え直した。
『
「
ヒカルとの通信が
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