第231話 再評価

 アキラ達がいる場所から更に東の荒野で、タツカワという男が情報端末で連絡を取っている。エリアE1173の間引きを担当していたハンターで、その部隊の隊長でもある。


「……では、こちらからの部隊派遣は不要なんですね。了解です。……いえ、……はい。御迷惑をお掛けしました。……いえいえ、こちらの不手際ですから。お気遣い無く。では」


 通話を切ったタツカワが顔をしかめっ面に変える。


「メルシア! オクパロスぶっ殺し部隊の派遣は中止だ! 全員あのくそどもの捜索に回せ!」


 タツカワの相棒で補佐役でもあるメルシアという女性が嫌そうな顔を浮かべる。


「えー。今更? ちょうど部隊派遣の準備とかが終わったところなんだけど」


「派遣しても目標がもういねえんだよ。エリアE1168の間引き担当が倒したそうだ」


 メルシアがタツカワに近付きながら怪訝けげんそうな顔を浮かべる。


「その辺は確かクガマヤマ都市の受け持ち範囲でしょう? あの辺のハンターがオクパロスを倒せるとは思えないんだけど」


「あの都市はクズスハラ街遺跡の件で別の地域から高ランクのハンターを好条件で募集しているからな。俺もキバヤシに呼ばれている。多分その手のハンターがクガマヤマ都市の受け持ち範囲に割り当てられていたんだろう」


「ああ。そういうこと。あんたも行くの?」


「考え中だ。……今はそんなのはどうでも良い! 良いから! すぐに! 派遣部隊の人員をくそどもの捜索に割り当てろ!」


「はいはい」


 メルシアはすぐに部下達に連絡してその旨を伝えた。部下達からもぼやきが出ていたが、そこはメルシアの人心掌握の手腕に加え、タツカワの機嫌の悪さを伝えることで黙らせた。


「言っとくけど、捜索人数を少々増やした程度じゃ効率は大して変わらないわ。だから多分見付からないと思うわよ?」


「……それでもやらねえよりはましだろう。別に見付からなかったとしても怒りはしねえよ」


 苛立いらだちを自覚してそれを抑えるように、タツカワが大きく息を吐く。


「それで、連中の情報は? 調べたんだろう?」


「取りえず、斡旋あっせん業者に残っていた経歴データは全部精巧なダミーだったわ。これで実力不足のハンターが経歴をいじって参加しただけって線は完全に消えたわね。かなり手練てだれの工作員よ。所属がどこかは分からないけど。都市か、企業か、建国主義者か、あるいは別の何かか」


「意味が分からん。オクパロスをわざと逃がして西に追いやることに何の意味がある? それも態々わざわざ俺達の仕事に潜り込んでだ」


「さあね。私達への嫌がらせ。大流通関連の仕事の争奪の余波。依頼相場のかさ増し。いろいろ考えられるわ。そういえば、オクパロスが逃げていった方向にはクズスハラ街遺跡があったわね。その絡みかも」


「何でクズスハラ街遺跡が絡むんだ?」


「あそこには話の分かる統治系管理人格がいるんでしょう? 今はクガマヤマ都市が独占しているけど、他の都市だって接触していろいろ交渉したいはず。でも途中の経路はクガマヤマ都市の部隊が完全に封鎖しているから人を送るのも難しい。その封鎖地帯に強力なモンスターを送って騒ぎを起こして、そのどさくさに紛れて交渉用の人員を送り込む、とか? 他の都市の縄張りの遺跡にモンスターを送り込むなんて、露見したら都市間抗争の引き金になるわ。だからちょっと小細工した、なんてね。どう?」


 タツカワはメルシアの突拍子もない予想に、流石さすがにそれは無いと思いながらも、長年の付き合いで一々否定すると面倒なことになると知っているので、えて触れずに流した。


「……まあ、何だって良い。あのくそどもがどこの誰で、目的が何だったにしろ、俺の仕事に泥を塗ったことに違いはねえんだ。落とし前は付けさせる。メルシア。分かっている情報を基にして連中に賞金を懸けろ。1人につき1億、いや2億オーラムだ」


「了解。やっとくわ。あ、金はあんたの財布から出すからね」


「えー。俺らの信用に関わることなんだ。チーム共通の財布で良いだろう」


「駄目。そっちの財布にそんな金は無いわ」


 タツカワが舌打ちする。


「じゃあ賞金額を2000万に下げる」


「手続きは私がやっておくけど、あんたの財布から出すことにかわりはないからね」


「……分かったよ。俺の財布からで良いからやっとけ」


「賞金懸けるのを止めれば良いのに。そこまですること?」


「そこは引けねえ」


「頑固ねー」


 少し子供っぽくも見える相棒の態度を見て、メルシアは楽しげな苦笑を浮かべた。


 アキラがオクパロスを倒したのは偶然だった。だがその原因までは偶然ではなかった。




 エリオが拠点の食堂で固まっている。その視線の先には札束が積まれていた。総額300万オーラム。前回の間引き依頼の報酬だ。


 間引き依頼の後処理は既に終わっている。アキラは既にヒカルから間引き依頼の基本報酬と討伐内容に応じた追加分を受け取っている。また他の者達が持ち帰った遺物も、全てシェリルの徒党が買い取る形で金に換わっている。この総額から全体の経費を引いた残りをアキラ、エレナ、サラ、シェリルで4等分していた。


 次にシェリルは受け取った報酬の分配をヴィオラやコルベ、機領の営業などと調整した。そして自分達の取り分の大半を徒党の経費に割り当てた。今は商品モニターとして借りている形になっている総合支援システムの購入費や、銃や強化服などの整備や追加など、金は幾らあっても足りない。その所為せいで今回エリオ達に支払われた金は、間引き報酬の総額から考えると僅かな額になってしまった。


 だがそれでも、エリオにとっては手が震えるほどの大金だ。他の参加者にも一律100万オーラムが現金で支払われている。エリオ達は全員ハンター登録を済ませた時に口座も一緒に開設したので、振り込みで受けとることも出来た。しかし視覚的効果を狙ったシェリルによって、参加者は全員食堂に集められた上で、札束で、1人ずつ、手渡しで渡された。そのため、食堂には札束を持って挙動不審な姿を見せている者達が多かった。


 盛大に狼狽うろたえているエリオの隣にアリシアが座る。アリシアは事務方の幹部として大金を扱う機会も多い。既に札束への耐性を身に付けており、慌てふためくエリオとは対照的な落ち着いた様子を見せていた。


 エリオが札束とアリシアに視線を彷徨さまよわせる。


「ア、アリシア。何か欲しい物とか、ある?」


「……エリオの安全、かな」


 エリオは恋人の予想外の返答に驚き、少し落ち着いた後で怪訝けげんな顔を浮かべた。アリシアが静かな口調で続ける。


「これを全部使っても、あの回復薬を3箱買えば無くなるのよね」


「そ、それはそうだけどさ……、大金には違いないだろう? 少なくとも俺達には大金だ」


 エリオはそう答えながらも、自分の中で300万オーラムの価値がガクッと下がったことを自覚していた。テーブルに積まれた札束を視界に入れても、もう先ほどのようなひどい動揺は生まれなかった。


 アリシアはエリオの様子から恋人の金銭感覚が自分の意図通りに変わったことを確認した後、相手をじっと見詰めて続ける。


「うん。大金。でもエリオが命を賭けるほどのお金じゃないと思うの。アキラさんの依頼に参加すればまた同じ額が手に入るからって、この程度のお金のために頑張るのはめてね。ボスの指示だから参加自体は拒否なんか出来ないのは私も分かってるけど、報酬のためよりも、生きて帰ってくるために頑張って」


「ああ。勿論もちろんだ!」


 うれしそうに力強く笑ったエリオに、アリシアも同じように笑って返した。


「それでね、そのお金はエリオが稼いだお金なんだからエリオの好きに使えば良いと思うけど、出来れば、エリオの安全のために使ってほしいの。少し前なら私達に手を出す人はいなかったけど、最近は大流通でスラム街に新たに入ってきた人も多くなったわ。普通に考えて、300万オーラム持ってる子供がスラム街を歩けばどうなるか、分かるでしょう?」


「それもそうだな。まあ、警備の時はあの強化服を着てるから大丈夫だと思うけど」


「私用の時は使えないわ。徒党の備品だからね。勝手に使うと、下手をすると徒党から追い出される。カツラギさんから自前の装備を買ってもいいし、強化服を含めた装備のレンタル代にしてもいいわ。徒党に投資するって手もあるわ。ボスの覚えも良くなるし、投資した代わりに装備を常に借りられないか、私がボスと交渉しても良いわ。投資額が足りないって言われたら、私からも少し出して何とか頼んでみるから」


「うーん。確かにそれも良いな。どうするか……」


 自分の話を前向きに検討し始めたエリオを見て、アリシアは内心でいろいろな意味で安堵あんどしていた。


 恋人であるエリオが、自分が間違いなく狂人側だと思っているアキラの依頼に同行して無事に生きて帰ってきたこと。手に余る大金に浮かれて破滅する危険性を格段に下げられたこと。そして少々私欲ではあるが、恋人が他の女に金を使う恐れが減ったことを、悪いとは思いながらも安堵あんどしていた。


 キャロルはシェリル達との取引で、徒党の彼女持ちには一応手を出さないことになっている。しかし抜け道はある。手を出すがわが恋人はいないと言い張れば、あるいは別れたと言ってしまえば、それでキャロルは受けるのだ。


 徒党の少女達はそれを知っており、恋人や片思いの相手がキャロルに手を出さないように試行錯誤していた。




 アキラは1週間間隔でエレナ達と一緒にモンスターの間引きに行く生活を送っていた。アキラ自身は大きな負傷でもなければ毎日実施しても良かった。だがシズカの店を通して弾薬類を調達すると、今のアキラに必要な品を取り寄せるには全額前金でもそれなりに時間が掛かる。加えてエレナ達の疲労や、装備の整備時間などの都合もあって、間隔をそれ以上縮めるのは無理だった。


 アキラは暇さえあれば荒野に出ようとしかねない。そう考えたシズカやエレナ達がそれらを口実にアキラを止めている部分もあった。そのため、ヒカルがアキラにそれとなく実施間隔の短縮を促しても縮まることはなかった。


 その日々のある日、アキラが自宅の空の車庫でアルファとの訓練をして、いつものように惨敗を続けていると、シカラベから連絡が入った。時間を取れればじかに会って少し話をしたい。シカラベは何げない口調の中にどことなく真面目なものを感じさせていた。アキラはそれを少し不思議に思いながら引き受けた。


 夜の繁華街は今日も以前と変わらないにぎわいを見せていた。多くのハンターが今日の稼ぎを酒や女に変えて楽しもうと、荒野から帰ったままの格好で歩いている。


 アキラも彼らに交ざって目的の酒場を目指して歩いていた。だが少し歩くと違和感を覚えて表情を怪訝けげんなものに変え、もう少し歩いた辺りで違和感の正体に気付いて少し困惑を強める。


『アルファ。俺、やっぱり微妙に避けられてるよな?』


『ある程度は仕方ないわ。高い装備を見せびらかして歩いているようなものだからね』


 アキラはCA31R強化服を着用して2ちょうのLEO複合銃を身に付けている。最近よく見掛けるようになった者達、もっと東側で活動していたハンター達と捉えられても仕方無い格好だ。装備の正確な値段は分からなくとも、クガマヤマ都市の水準からかなり外れた高性能な装備だと、見る者が見ればすぐ分かる。そこからハンターランクや実力も想像できる。


 繁華街には酔っ払いも多い。余所よそから移ってきた高ランクハンターの中には、クガマヤマ都市のハンターを見下している者もいる。因縁を付けられてはたまらないと、目聡めざとい者はアキラから距離を取っていた。


『……しっかり羽織れるコートでも買うか。確か強化服のオプション品に防御コートがあったはずだ。……いや、それだと意味が無いか?』


『安いコートを羽織って喧嘩けんかを売られるよりは良いと思うわよ? 装備のおかげだとしても、ようやく実力相応に見られるようになったと思って、今のうちに慣れておきなさい』


『慣れか。そうだな。絡まれるよりは良いんだ。もっと良い装備に変える予定もあるんだし、今のうちに慣れておこう』


 蹴飛ばされるよりは避けられた方がまし。アキラはそう考えて気を切り替えると、それ以上気にするのをめた。その所為せいでハンター達に距離を取られた別の理由には気付けなかった。


 自分の強さを受け入れたことで、アキラの心境には微妙な変化が起こっていた。それは本人の印象にも影響を与え、アキラを埋まっている地雷から露出している地雷に変えていた。地雷を踏みたくない者がその近くを避けるのは当然のことだった。


 以前にも訪れた酒場に到着したアキラは、今日は店長から、ガキは帰れ、とは言われずにシカラベの待つ席まで案内された。店長はシカラベに視線だけで戻れと指示されて、すぐに戻っていった。


 機嫌が悪いわけではない。だが陽気に酒を飲む雰囲気でもない。思い悩むような深刻さは感じられないが、何らかの選択を思案している。シカラベはそのような静かで複雑な雰囲気を出していた。


「来たか。俺の話で呼んでおいて悪いが、そっちは後回しだ。先にアラベとの話を済ませてくれ」


「お久しぶりです。どうぞ、お掛けになってください」


「あ、はい」


 アキラは少し戸惑ったものの席に座った。シカラベはグラスを口に付けて、アキラを軽く観察するような目で見ている。


「酒は……お前は飲まないんだっけ? まあ、ノンアルもそろってるし、支払いはこっちで持つから適当に頼んでくれ。ここはランク50のハンターを呼ぶような店じゃないが、ドランカムも予算が厳しくてな。クガマビルの上階でお話を、とはいかないんだそうだ。なあ、アラベ」


「え、ああ、まあ、そういうことでして」


「それは別にいいけど……」


 アキラはシカラベの様子に少し調子を狂わされながらも、取りえずアラベから話を聞く。そして概要を聞いて意外そうな顔を浮かべる。話を要約すると、ヒカルから受けている間引き依頼にドランカムも関わりたいという内容だった。


 アラベも微妙な顔を浮かべているアキラを見て少し気まずそうに補足を入れる。


「いえ、ドランカムとしてもこの話はどうかと思うのですがね。上からというか、都市の方から婉曲えんきょくに要請がありまして、ドランカムとしても無視は出来なかったのです。確かにドランカムとアキラさんは間にハンターオフィスを介してまで和解を成立させました。だから問題は無いだろう、と言われてしまえば反論は出来ないのですが……。あるいは都市の方からアキラさんの方に話が通っているのではと思いましたが、違うようですね」


「そんな話は無かったと思う……、ちょっと待ってくださいね」


 アキラはふと浮かんだ心当たりに連絡を取ってみた。ヒカルだ。すぐにつながったので軽く事情を説明すると、向こうも心当たりがあると返してくる。


「ほら、前に間引き依頼の間隔の話をした時に、移動手段兼補助戦力要員とか弾薬類の補充とかがボトルネックになっていて、それが解消できるなら毎日でも実施したいって言っていたでしょう? 良い解決手段があれば良いなとかも、私に言っていたでしょう?」


「……そうだったっけ? 言ったような……、でも話の流れで何となく言っただけだったような……。別に何かを頼んだつもりは……」


「言ったわよ? まあ、その辺のニュアンスに食い違いはあったかもね。それはそれとして、だから解決できそうなところに声を掛けるように頼んでおいたの」


「ドランカムにも?」


「直接じゃないけどね。部下とか同僚とかに頼んだから、そこからの経路でドランカムにも声が掛かったのだと思う。あ、余計な真似まねだったらごめん。アキラに無理強いさせるつもりは毛頭無いから、迷惑だったら遠慮無く断って。ドランカムの人にもアキラに断られたからってペナルティーとかは無いって伝えて。あと、ドランカムとの交渉が面倒なら私に投げてちょうだい。代わりにやっておくわ」


「分かった。ああ、別に余計な真似まねだと思ったわけじゃないんだ。ちょっと意外な話だったから。それだけだ」


「変な誤解で嫌われていないのなら良かったわ。何かあったらいつでも連絡して。じゃあね」


 アキラはヒカルとの話を終えると、アラベに軽く事情を説明した。


「……そういう訳で、別に都市側もドランカムに無理強いさせるつもりは無いようです。えっと、だからこの話は流れたってことで良いんですかね?」


「あー、正直に申しますと、ドランカムとしてはアキラさんの方に隔意が無いのでしたら、是非前向きに話を進めたいと思っております。大流通の輸送経路整備に関わる仕事は実りも多く、十分なはくも得られますので。勿論もちろん、人員の調整には慎重を期すとお約束いたします」


「そ、そうですか。うーん」


 アキラが悩み始める。ドランカムとはハンターオフィスを介してまで和解したので、変に断るのもどうかと思う。戦力が増えれば仕事も楽になりエレナ達の負担も減る。弾薬等の調達でシズカに負担を掛ける恐れも減る。悪い話ではない。


 しかし組織相手の交渉を面倒臭いと思う気持ちも大きい。真っ当な分配を期待できるエレナ達や、アキラ側で決めた分配を押し付けられるシェリル達とは違うのだ。他にも人員の保証や指示系統の調整など、面倒だと思ってしまう部分はかなり多い。


 しばらく悩んだ末にいろいろ面倒になったアキラは、もうヒカルの言葉に甘えることにした。再度ヒカルと連絡を取り、簡単な要望を伝えると、以降のドランカムとの交渉をヒカルに投げた。ヒカルは上機嫌で引き受けると、そのままアラベに連絡を取って交渉を引き継いだ。


 アラベの交渉先がヒカルに切り替わったことで、アキラはアラベとの話は一応一区切り付いたと判断し、再度シカラベと向き合う。


「それで、シカラベの話って何なんだ?」


「俺の話か……。もう終わったようなものなんだが……」


「終わったって、まだ何も話してないだろう。呼ぶだけ呼んで何なんだよそれは。何の用だったんだ?」


 いぶかしむアキラを見て、シカラベはどことなく感傷的な様子でグラスを空にした。


「……そうだな。態々わざわざ付き合わせたんだ。話しておくか。何というか、勘の調整をしたかったんだ。いや、確認の方が近いか……」


「だからそれは何なんだよ」


「過程まで話すと少し長いが、呼び出した礼儀として話しておこう。興味があるなら聞け。嫌なら飯だけ食って帰れば良い」


 アキラは少し不満そうにしながらも話を聞く態度を取った。シカラベはグラスに酒を追加して、一口飲んでから話し始めた。


 カツヤの死後、ドランカムにはいろいろな変化があった。カツヤ派は事実上消滅。それによりドランカム内の勢力は激変した。しかし幹部も末端もカツヤの死による影響の後始末に忙殺され勢力争いなどは起こらなかった。


 若手ハンターに対する過剰な優遇は無くなった。その制度に反発して離脱したクロサワ達などがドランカムに再加入したおかげで、カツヤが実行するはずだった依頼の穴埋めなどは比較的対処できた。だがカツヤ個人を指定しての長期契約はどうしようもなく、ドランカム側の責任による一方的な契約破棄として大きな損害を生み出した。ヤナギサワからの支援も無くなり、ドランカムの経営状態はかなり悪化した。


「事務上がりの連中、カツヤ絡みの契約で無茶むちゃな長期契約を結んでいたからな。調子に乗っていた連中は事実上失脚だ。それでも、ざまあみろ、とは喜べない。俺達も、その長期契約には流石さすがに無理があると、止めたりはしなかった。事務上がりの連中は、今思えば何でこんな契約を自分で通したんだとそろって頭を抱えていたが、その辺の判断は俺も同じだった。カツヤは死なず、どこまでも成り上がる。俺も連中も皆同じように無意識にそう思っていた」


 シカラベが空になったグラスに酒をぎ、内心にまっていたものを吐き出すように大きく息を吐き、代わりに酒を口に運ぶ。


「あいつには俺達にそう思わせるほどの才能があった。あいつに向ける感情が好意だったにしろ嫌悪だったにしろ、皆を熱狂させるほどの力が、普通のハンターとは違う何かがあった。そう言ってしまえばそれまでだが、それでもあいつは死んだ。死ぬ時は死ぬ、当たり前のハンターと同じようにな。それで熱狂は消えた。俺も皆も、我に返った」


 シカラベが過去に思いをせるように視線を僅かに上に向けた。


「俺はあいつが大嫌いだった。いや、今も嫌いだが、前ほどじゃない。生意気でむかつくありふれたガキと同じぐらいに嫌いだってだけだ。何であいつをあんなに嫌っていたのか、今でも分からない。まあ、あいつのあふれんばかりの才能に無意識に嫉妬していて、死んだからその嫉妬が無くなっただけかもな」


 いがみ合っていた記憶を掘り起こしても、かつてのような嫌悪は湧かない。シカラベはそのことに感傷を僅かに深めていた。


「話を戻すか。つまり俺の勘は、あいつはすごいやつだと、死なずに成り上がるやつだと言っていた。そして、こう言っちゃ悪いが、お前は大したやつではないと、その内に死ぬだろうと言っていた。だが結果は逆になった。あいつは死に、お前は生き残ってそのとしでランク50にまで成り上がった。俺の勘はどれだけ当てにならないんだと、嘆きたくもなるわけだ」


 シカラベのような己の勘に己の命を賭けるハンターにとって、自身の勘を疑うことは自身の否定にもつながる重要な事態だ。今日アキラを呼び出した理由もそこにあった。その意味の重さはシカラベの表面上の態度からは読み取れないほどに重い。


「それでだ。冷静になって、先入観を捨てて、もう一度お前を勘だけで判断して、それでもお前がそこらの凡百にしか見えないようなら、俺の勘はもうどうしようもないほど駄目になったと判断するしかない。そう思ってお前を呼んだわけだ。そしてその確認はもう済んだ。そういうことだ」


「それで、確認の結果は?」


 少し興味深そうなアキラに向けて、シカラベが少し意味深に笑う。


「それを教えてやるほど、お前と仲が良いとは思ってないな。まあ、俺の勘を役立たずとして切り捨てるのはめにした、とだけ言っておこうか」


「そうか」


 シカラベの半分ぐらいは答えを言っている返答に、アキラも軽く笑って返した。


 シカラベは酒を飲みながら、アキラは料理を食べながら、しばらく雑談が続く。アルコールの回ってきたシカラベが少し不躾ぶしつけなことを尋ねてくる。


「それにしても、よくカツヤに勝てたな。いや、お前の実力を軽んじるわけじゃないんだが、カツヤは部隊でお前は1人だったんだろう? 戦力差を考えるとちょっと無理がある気がする。どうやって勝ったんだ? カツヤが余程のミスでもしたのか? それとも奇襲に成功でもしたのか?」


「……両方かな。詳しい経緯や説明は省くけど、あいつは最後に仲間をかばって死んだよ。それで俺が勝った。もしあいつが仲間を捨て駒にしていたら、俺が死んでたな」


 シカラベが少し寂しげにも見える苦笑をこぼす。


「……そうか。最後まで調子に乗って仲間を死地に連れて行くようなやつだったが、それでもそれなりに筋は通したのか。まあ、あいつらしい死に方だな」


「前からそういうやつだったのか?」


「まあな。……今思えば、あいつは数名程度の部隊のリーダーで、率いている仲間をあいつの頑張りだけで救える程度の規模の部隊、その隊長の地位で満足しておくべきだったな。そうすれば死人も減っただろうに。まあ、より上の地位にあいつを押し上げたのはドランカムだ。そこを責めるのは酷か。あいつは昔から……」


 アキラはそのまましばらくシカラベのどこか寂しげにも聞こえる愚痴に付き合っていた。




 酒場からの帰り道、アラベがふと気になったことをシカラベに尋ねる。


「なあ、そういえばお前の勘はアキラをどう評価したんだ?」


「おい、それを聞くのか?」


「良いじゃねえか。俺とお前の仲だろう?」


 アラベは軽い気持ちで聞いていた。だがシカラベは表情を少し真面目なものに変える。


「そうだな。お前が変なことを考える前に言っておくか。イカレてる。それが今の俺のアキラへの評価だ」


「随分辛辣な評価だな。別に弱いって訳じゃないんだろう?」


「装備込みで評価すれば間違いなく俺より強い。装備が五分でも厳しい。だがその強さよりも、イカレてる部分が目に付くってことだ。イカレた才能を開花させるには、イカレた人格とイカレた行動が必要不可欠だ。キバヤシは知ってるな? アキラはあいつ好みの無理無茶むちゃ無謀を何度も達成しているって話だ。つまり金も命も毎回全賭けして勝ち続けているってことだ。強くなるに決まってる。前の俺は何であいつをただの凡人だと判断してたんだか……」


 軽く頭を抱えているシカラベを見て、アラベはアキラをドランカムに引き入れる考えを完全に捨てた。長年の付き合いでシカラベもそれに気付く。


「それで良いと思うぞ。あいつをドランカムに入れると、あいつの全賭けにドランカムまで付き合わされる恐れがある。めておけ。あいつはカツヤの穴埋めにはならねえよ」


「分かった。他の連中にもそう言っておく」


「……おい、他にもそんなことを考えているやつがいるのか?」


「そこそこな」


 あきれたようにめ息を吐いたシカラベを見て、アラベは苦笑をこぼした。

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