第232話 中位区画

 シカラベ達との話の後、アキラの間引き依頼には新たにドランカムの部隊が加わることになった。ドランカム、ヒカル、シェリル達による熾烈しれつな交渉の結果、1週間間隔での実施は崩さずに、部隊の規模に応じたエリア数の間引き処理を同日に実施している。


 ドランカムの加入によりクロサワが部隊全体の指揮を執ることになった。クロサワの指揮による安全で効率的な部隊行動はアキラとしても好都合だった。クガマヤマ都市の間引き受け持ち範囲に、より東の荒野から強力なモンスターが出現する事態が相次いでいたのだ。


 場違いに強力なモンスターの存在は、間引きを請け負っていたハンター達に警戒を促した。一部の者は依頼を辞退し、続ける者もより念入りな準備と危険に応じた報酬を都市側に求めるようになった。ヒカルがアキラに実施間隔の短縮をそれとなく催促していたのはその対処のためでもあった。


 その所為せいでアキラは切り札としていたAF対物砲を毎回使用する羽目となり、東部の荒野の厳しさを改めて思い知っていた。


 その日々の中で、アキラは再びクガマビル1階のレストランでヒカルと会っていた。


「それにしても、この間引き依頼、結構長くないか? 大流通って普通1ヶ月ぐらいだろう。とっくに過ぎてると思うんだけど」


「大流通は東部全体で時期を合わせて実施しているだけで、実施期間までは同じじゃないのよ。需要が多ければその分だけ長くなるわ。特にこの辺はあのクズスハラ街遺跡の件で遠方からも多くの人が来ているからね。結構地位の高い人も多いって話よ。そんな人達を護衛も無しに安部屋に詰めて運ぶわけにもいかなくて、だから都市間輸送の特大車両の輸送量でも足りなくて、上位顧客向けの客室の予約がぎっしり詰まっているらしいわ。何でも坂下重工の幹部まで秘密裏に来ているとか」


「そうなんだ。すごいんだな」


 ヒカルは僅かに苦笑を浮かべた。坂下重工幹部の来訪は傘下統治企業都市にとってかなりの事態なのだが、アキラの反応は随分と緩く、期待していた驚きは見受けられない。無駄に情報を漏らしただけだったかと少し残念に思う。


「そう。すごいの。これ、結構な情報なのよ? うっかり話しちゃったけど、黙っててね」


「分かった」


 張り合いの無さに内心で軽い不満を覚えながら、ヒカルが気を切り替える。


「それで今日の本題だけど、アキラにその都市間輸送車両に護衛として乗ってほしいの。急な話だけど、明日よ」


「明日って、流石さすがにそれは無理だろう。エレナさん達の調整や準備もあるし……」


「悪いけど、輸送車両側のスペースの問題で人数の制限があるから、乗るのはアキラだけよ。だから準備もアキラの分だけで済むわ。アキラだけなら、装備の整備も弾薬等の備蓄も問題ないと思っているわ。大丈夫よね?」


「まあ、確かに俺だけなら大丈夫だけど。でも随分急だな」


「こっち側の調整も急だったのよ。詳しくは話せないけど、東側の強力なモンスターがちょくちょくこっちに来ていた件で、輸送車両に搭乗予定だった人が病院送りになったりと、いろいろあったのよ。それでも車両の予定は決まってるから、明日の予定は変えられないわ。駄目? どうしても嫌だって言うのなら諦めるけど、出来れば、お願い」


 微笑ほほえみながらもどこか真剣なヒカルの態度に、アキラの思考が流される。


「分かった」


「ありがとう! 本当に助かるわ!」


 ヒカルはとてもうれしそうに笑って本心で礼を言った。


 アキラが今後の行動の詳細を聞いてから明日の準備のために帰っていった後、ヒカルは残ってパフェを食べながら上機嫌で事務処理を進めていた。アキラ本人の承諾が取れたので、急いで依頼の手続きを済ませる必要があるのだ。護衛要員の人員不足に付け込んで少々強引に割り込んでいるので、急がないと間に合わない。


「……よし! 間に合った! ぎりぎりだったけど、通れば良いのよ。うん」


 間引き依頼の成果から判断してもアキラの実力に疑いはない。もっと東の領域でも十分に戦える。そのアキラが都市間輸送車両の護衛で活躍すれば、アキラを送り込んだ自分の評価も跳ね上がる。ヒカルはその未来を期待して顔を緩ませていた。


「アキラ。頑張ってね。応援してるわ」


 自分の頼みを結構あっさり引き受けてくれた。この様子なら今後も美味おいしい付き合いが出来そうだ。そう考えて上機嫌なヒカルにキバヤシから連絡が来る。


「はい。ヒカルです。何でしょう?」


「俺だ。都市間輸送車両の護衛にアキラが入っている件で少し話があってな」


「何か問題でも? ご心配なく。アキラは私の頼みを快く引き受けてくれましたよ?」


 放っておくとアキラとのつてを取られてしまうとでも思って、探りを入れてきたのだろうか。ヒカルはそう思いながら、少し勝ち誇ったような口調で答えた。だがキバヤシも楽しげな口調を返してくる。


「やるじゃないか。実は俺もお前がそこまでするとは結構意外でね。いやー、お前にアキラを紹介した甲斐かいがあったってもんだ」


 予想外の反応にヒカルが少し面食らう。


「そ、そうですか。ありがとう御座います」


「アキラを推薦する信用面の根拠として、ドランカムとの和解とその後の間引き依頼での共同作戦を記述していただろう? 実はあの和解は俺が取り持ったんだ」


「はあ、そうだったんですか。それは助かりました」


「いやいや、俺の仕事が役に立ったのなら何よりだ。しかしあれを根拠として持ち出すとは大したもんだ」


 随分と褒めてくるキバヤシの態度に、ヒカルは既に戸惑いを通り越して少し怪訝けげんな顔を浮かべていた。


「おっと、この件で話し込んでお前の邪魔をしちゃ悪いな。話を戻すか。明日アキラと合流したら、ちょっとやってほしいことがある」


「何でしょうか」


 その内容を聞いたヒカルがいぶかしむ。


「それだけ、ですか?」


「そう。それだけだ。話は終わりだ。何かあったら連絡してくれ。じゃあな」


 通話が切れた後、ヒカルはキバヤシに頼まれたことに何の意味があるのかしばらく考えてみた。しかし納得できる理由は思い付かず、意味深なことを言っているだけだろうと判断して、それ以上気にするのはめてしまった。




 翌日の早朝、アキラは待ち合わせ場所であるクガマビルの前でヒカルを待っていた。新たに購入した防御コートを羽織り、AF対物砲と予備分も含めて計4ちょうのLEO複合銃を覆っている。大型リュックサックの中には大型拡張弾倉や大容量エネルギーパックなどがたっぷり詰まっている。どちらも値段よりも体積と容量等を重視した品だ。


 弾薬類は輸送車両にも大量に積まれており、足りなくなれば車上で買えるので不要ではある。だがアキラは出来るだけシズカの店で購入した物を使いたかった。車両内で買っても品質に差など無く、少々無理を言って取り寄せてもらっている所為せいで、価格もシズカの店の方が僅かだが高い。それを分かった上で、えてシズカの店で購入した物の使用を優先していた。一種のげん担ぎだ。


 時間通りに現れたヒカルがアキラの荷物を見て軽く笑う。


「2泊3日の予定なのに随分大荷物なのね」


「予定が何であれ、都市間輸送車両に乗っての遠出には違いないんだ。備えは必要だ」


「そもそもアキラはその車両防衛の備えとして乗るんだけどね。じゃあ、行きましょうか」


 アキラは上機嫌なヒカルに案内されてクガマビルに入り、そのまま防壁の内側に進んでいく。その途中でヒカルからブレスレット型の情報端末を渡される。


「この依頼の期間中はこれを付けていて。中位区画仮入場許可証と銃器等の持ち込み許可証も兼ねているから無くしたり壊したりしないように注意してね。アキラが乗り込む車両内も基本的に中位区画と同様の警備体制が敷かれているわ。紛失した場合はその場を動かずにすぐに私に連絡して。下手に動いて不審者として扱われると大変なことになるから」


「分かった。これ、強化服の上からで大丈夫だよな?」


「ハンター用の頑丈なやつだから大丈夫よ。サイズも可変だから付けられないってことはないはず。……付けてあげようか? 首に」


 意味深に微笑ほほえんだヒカルに、アキラが軽く笑って返す。


「遠慮しておく」


「残念」


 アキラはブレスレットを左腕に付けて更に進んでいく。そしてビルの出口で警備の者にそれを見せて、そのまま外に出た。すると前を歩いていたヒカルが少し大袈裟おおげさな動きで振り返り、アキラに楽しげに笑いかける。


「アキラ。中位区画へようこそ」


 巨大な防壁によって内と外に分けられているクガマヤマ都市。治安、経済、秩序、それらを分ける分厚い壁、その内側へアキラは辿たどり着いていた。


 基本的に土地は余っている東部だが、一度防壁を造ってしまえばその内側の土地面積には上限が出る。防壁の内側という限られた資源を有効活用するために無数の高層ビルが建ち並んでいた。それでも狭苦しいという感覚は無く、計算された景観からは開放感すら感じられる。掃除の行き届いた路上が清潔感を漂わせており、下位区画との違いをアキラに見せていた。


 アキラ達の前にヒカルが情報端末で呼んだ無人自動車が停車する。中位区画内の交通手段だ。運転席というものがそもそも存在しない車内は見た目の割に広く、アキラの荷物も問題なく乗せられた。乗り込んだ後にヒカルが目的地を設定すると、車はほとんど振動を感じさせない静かな動きで、それでもかなりの速度で中位区画を進んでいった。


 アキラは座席に座って周囲の景色を興味深そうに見ている。ヒカルはそのアキラの表情に微妙なものを感じて少し不思議そうにしていた。


「ちょっと拍子抜けって感じね。中位区画の光景は期待に添えなかった?」


「あ、いや、確かにすごいなとは思うんだけど、流石さすが中位区画は違うなって思えるような、そこまでの驚きは感じなかったなって思ったんだ」


「そう? 下位区画から初めて中位区画に入った人に感想を聞くと、結構な割合で圧倒されたとか感銘を受けたとか、そういう評価を受けるんだけどね」


 クガマビルを抜けた場所から見る光景は、見る者に強い印象を与えるように特に計算された外観となっている。それは中位区画の価値を、威光を、防壁の内外の者に誇示するためでもある。そこに住むことやそこで働くことを自然に誇らしく思うように誘導しているのだ。


 ヒカルも中位区画を高く評価している。そしていつかは上位区画に辿たどり着きたいと思っている。そのための努力を日々続けている。だからこそ、限定的ではあれ下位区画から中位区画に上がってきたアキラにそのことをもう少し喜んでほしいと思う気持ちがあり、アキラの反応が大分薄かったことを少し残念に思っていた。


「ああ、アキラはハンターだから、遺跡でもっとすごい建築物を見慣れてしまった所為せいで、この程度だとあんまり驚けないのかもね。確かに中位区画の建物が幾らすごいと言っても、所詮は現代の技術で造られた建物。旧世界製の建築物と比較すると見劣りするか」


「そうかな? うーん。そうかも」


 そこでヒカルが昨日キバヤシに言われたことを思い出す。そしてちょうど良いと思い、笑顔で少し大袈裟おおげさにアキラに教える。


「それでも壁の外側とはいろいろ違うのよ? 外観だけじゃないわ。何と! 中位区画では! 路上で人が殺されると、犯人はたちまち捕まって、動機とかをしっかり調べられて、裁判に掛けられて、罪状に応じて刑務所に収監されるのよ! すごいでしょう!」


「おおっ! それはすごいな! 流石さすが、壁の内側は違うな!」


 アキラもヒカルも驚いている。だがその理由には大きな差異があった。アキラは中位区画の治安の良さに素直に強く驚き、ヒカルはアキラがそこまで驚いたことに驚いていた。無意識に培った治安に対する認識、その差が如実に表れていた。


 ヒカルはアキラが自分に合わせて大袈裟おおげさに驚いてくれたのではないかと僅かに疑った。だが自身の有能さがアキラの反応は純粋な驚きであるとすぐに見抜いた。加えて昨日のキバヤシの態度を思い出し、不安を徐々に募らせていく。


 キバヤシに頼まれたことは2つあった。1つは中位区画の治安の良さをアキラに話すことであり、先ほど済ませた。そしてもう1つのことを、昨日聞いた時には大したことではないと思ったことを、ヒカルが慎重に口に出す。


「……そういえば、アキラは今までに何人ぐらい殺したの? 失礼なことを聞いているかもしれないけど、ちょっとした許可申請の関係で数を知りたいのよ」


 アキラが少し考えた後に首を横に振る。


「ごめん。分からない。数えているわけじゃないし……」


「別に細かい数を知りたいわけじゃないのよ。すごく大まかな数え方で、何桁とか、そういう感じで構わないわ」


「それなら……、3桁……かな? 流石さすがに4桁には届いてないはず……。多分だけど」


「そ、そう。……それは直接的な数? それとも間接的な数も含めて?」


 集団の指揮者として他集団と交戦したのなら、その直接的な、あるいは間接的な指示を出した者として、死者の桁が増えるのも仕方が無い。ヒカルはそう思って質問を付け足した。だがアキラは別の捉え方をした。


「弾は当たったけど死んだのは数日後とか、別に死亡確認した訳じゃないから正確な生死は分からないとか、そういうのは間接的な方に入る?」


「それは、直接的な方に含めて」


「それなら直接的な数だ」


「そ、そう」


 数日前の食事は何だったか、その程度の感覚で答えたアキラの態度に、ヒカルは自身の有能さをもって辛うじて笑顔を保った。そして情報端末を操作して車をめる。


「ごめん。キバヤシに報告することを忘れてたわ。ちょっと席を外して話してくるから待ってて」


「分かった」


 軽く答えたアキラにヒカルは愛想を返して車から離れていく。だんだんと早足になっていることにも気付かずに、無意識に車から、アキラから距離を取ろうとする。そして十分に離れた位置で足を止め、深呼吸を繰り返して動悸どうきを抑え、出来る限り冷静さを取り戻してからキバヤシに連絡を入れた。


「おう。どうした?」


 キバヤシの気の抜けた声にヒカルが思わず声を荒らげる。


「どうしたじゃないですよ!? 何なんですかあいつは!」


「叫ばれたって分からねえよ。ちゃんと説明しろって」


 キバヤシは予想通りだと内心で笑いながら詳しい説明を促した。そして話を聞き終えると、とぼけたように聞き返す。


「それで、何が問題なんだ?」


「何が問題って、大問題でしょう!? あれだけ殺した人がどうして中位区画にはいれるんですか!?」


「どうしてって、お前がその申請をしたからだろう。何を言ってるんだ」


「どう考えても蹴られるでしょう!? まさか、何かやったんですか!? 申請が通るように手を回したんですか!?」


「俺は何もしてない。まあ、アキラが危険人物かって聞かれたら、俺もそうだと答える。アキラを中位区画に入れるなんて俺だって躊躇ちゅうちょする。その危険人物を中位区画に入れさせるほどのお前の交渉手腕には感嘆だ。そして、出来るからってそれを実行するお前の決断には頭が下がる。昨日も言っただろう? やるじゃないかって」


 絶句しているヒカルに、キバヤシが楽しげな声で続ける。


「申請が通ったことに疑問を持っているようだが、最終的な許可は様々な要素を基にした総合的な判断で決定される。たとえアキラが3桁殺した人物でも、その殺しは壁の外での殺し。要は荒野での殺しだ。上はそこまで重視しなかったんだろうな。だからといって、強盗団でも率いて無闇矢鱈やたらに殺していたってのなら、流石さすがに上も許可は出さない。むしろ賞金を懸けるだろう。荒野での殺しって前提で、壁外の治安の悪さも考慮して、ついでにランク50のハンターって点も加味して、ぎりぎり正当防衛緊急避難の範疇はんちゅうだと判断したんだろうな」


「そ、それでも流石さすがに無理があるんじゃ……」


「あるよ? その無理をお前が頑張って埋めたんじゃないか。ハンターオフィスを介したドランカムとの和解。それを前提としたドランカムとの共同作業。それを基に、本人の人格はどうであれ契約には従うプロのハンターだと、お前が責任を持ってアキラの安全性を保証したんだ。いやー、すごいな。俺にはちょっと無理だ。アキラは自分から金をったスリをぶっ殺すために、スラム街のデカい徒党に1人で乗り込むようなやつだからな。その時も随分派手に殺してきたようだから、殺しが2桁で収まるわけがないんだよな」


「あ、あれは、スラム街の抗争に巻き込まれただけじゃ……」


「ん? そんな詳細までは記録に載っていなかったかな? あの件は人型兵器の絡みで上辺の情報しか載っていなかったんだっけ? 閲覧制限にでも引っかかったのか? まあ、そういうこともあるさ。おっと、今の内容は黙っていてくれよ」


 ヒカルの顔が徐々に青ざめていく。


「アキラが何かやらかしたら、当然お前も責任を負うことになる。首にはならないだろうが、壁の内側には住めなくなるだろうな。いや、お前もそれぐらいは覚悟の上だと思ってるよ? でも万が一ってこともあるし、その確認をしてもらおうと思って、昨日あんなことを言ったんだ」


 キバヤシが意味深なことを口にした時点で、その意味を徹底的に探るべきだった。ヒカルはそう今更ながら後悔した。


「まあ、アキラが何も問題を起こさなければ良いだけの話だ。問題を起こさせないのはお前の仕事だ。気を付けろよ? 壁の内側のノリでぶっ殺すぞとか軽く言われたら、それを本気にして本当に殺し返すようなやつだ。ハンターランク50で都市幹部とも付き合いがあって都市職員の強い推薦があるにもかかわらず、一時的な立ち入り許可しか下りないようなやつなんだ。その意味を十分に理解してくれ」


 都市の幹部と付き合いのあるハンターなのだからそれなりに真面まともだろう。その無意識の認識がヒカルの中から消えていく。


「お前ならこの無理無茶むちゃ無謀を達成できる、かもしれない。頑張りな。結果を期待してるぜ。じゃあな」


 キバヤシの通話が切れた後もヒカルはしばらく立ち尽くしていた。我に返り、キバヤシ好みの無理無茶むちゃ無謀を押し付けられていたことをようやく自覚して、その対処に頭を抱える。


 アキラを都市間輸送車両防衛要員に推薦するというローリスクハイリターンだったはずの賭けは、人生を左右するほどのハイリスクハイリターンな賭けに変貌していた。しかし今更取り消すのは無理だ。他都市の都合まで絡む仕事にかなり強引に割り込んだ上に、それを土壇場で取り消すような暴挙をしてしまえば、ヒカルの出世は終わる。下手をすればその責任を取らされて壁の外に追い出される。


 何よりアキラに今更中止だとはとても言えない。ハンターにとって都市間輸送関連の仕事は金になりはくも付くのだ。それを無理に誘ったがわが一方的に取り消せば、一体どれだけの不興を買うか。その結果どうなるか。考えたくもなかった。


「や、やるしかないわ!」


 既に自分の進退が賭け金として積まれている。ならばと、ヒカルはこの苦境を乗り切り栄華をつかむと覚悟を決める。両手で自身の頬をはたき、表情からおびえを吹き飛ばす。


「やってやるわ!」


 ヒカルは自身にそう宣言して意気を上げ、力強く笑った。




 防壁内に建造されている都市間輸送車両用の乗車場は港のような構造になっている。貨物船並みに巨大な車両に対応するためだ。大型車が無数のコンテナを運んで輸送車両と倉庫の間を往復している。その大型車のタイヤの直径は、アキラの身長を優に超えている。輸送車両はその大型車を小型車と勘違いさせるほどに巨大で、遠目で見る者の遠近感を狂わせていた。


 アキラはその巨大な車体を間近で見て圧倒されていた。荒野でたまに見掛けたことはあったが全て遠方からであり、近くで見ると迫力がまるで違っていた。


「これも荒野用の車両ってことなんだろうけど、すごいな。こんなデカいのが荒野を通ればモンスターも山ほど寄ってくるに決まってる。事前の間引きが必要になるわけだ。それじゃあ、行ってくる」


「ええ。頑張ってね。応援してるわ」


 タラップを通って車内に入ったアキラを、ヒカルは笑って見送った。しかしアキラの姿が車内に完全に消えるとその笑顔が苦悩にゆがむ。そしてそのままタラップが外される時間ぎりぎりまで悩み続け、迷った末に車内に向けて走り出した。


 アキラは割り当てられた部屋に入って一休みしていた。車両全域が中位区画扱いとなっている都市間輸送車両の客層に合わせて、従業員用の個室もかなり広く設備も整っている。風呂も十分に広い。壁には立体視対応の大型表示装置が設置してあり、外の光景を映し出すことで部屋に開放感を与えている。金を出せばハンター向けの設備まで整った更に豪華な部屋にも泊まれるのだが、報酬をそこにぎ込むのもどうかと思ってめておいた。


 アキラの仕事は車両の外側の警備だ。交代制で時間になったら指示に従って配置に付くことになる。既に車両の警備体制に組み込まれているので、呼ばれるまでは自由時間だ。暇潰しを兼ねて車内の食堂や売店でも見てみようと思って部屋を出ると、アキラの部屋を目指して走っていたヒカルがちょうど辿たどり着いたところだった。


 ヒカルが息も絶え絶えな状態でアキラの前に立つ。


「ア、アキラ、どこに行く……、つもりなの?」


「ちょっと食堂とか売店とかを見に行こうと思って……」


「そ、そう……。と、取りえず、部屋に戻って、もらえない? お、お願い」


 ヒカルが息を整えながらどこか弱々しい力でアキラを部屋に押し戻そうとする。アキラは少し困惑しながらも大人しく部屋に戻った。


 若干緊張気味な様子で息を整えているヒカルに、アキラが少し不思議そうな様子で尋ねる。


「そろそろ出発時間だけど、大丈夫なのか? ヒカルは都市に残って通信越しに俺をサポートするんだろう?」


「その予定だったけど、変更よ。私も一緒に行くわ。そばじかにサポートした方が効率的だからね。流石さすがに戦闘中は無理だけど、近くにいた方が通信環境も安定するわ。3日間ずっと一緒よ。よろしくね」


「分かった。よろしく。じゃあ俺はちょっと出てくるから……」


「待って!」


 慌ててどこか必死に止めるヒカルの様子に、アキラが少し引き気味になる。ヒカルは何とか愛想良く笑った。


「アキラは、部屋にいて。お願い。外に用があるなら私に言って。私に出来ることなら私がやるわ。だからアキラは部屋から出ないで」


「……何でそんなに俺を部屋から出したくないんだ?」


 アキラも流石さすがいぶかしみ始めた。ヒカルは平静を装いながら必死に言い訳を考える。


「アキラの中位区画入区許可だけど、今回の依頼に間に合うように結構無理矢理やり急いで取ったの。だから周知とかが遅れていて、下手をすると警備員に不審者と間違われる恐れがあるの。だからなるべく部屋から出てほしくないのよ。ごめん。私の不手際だわ」


「そうなのか。ああ、だから急いできたのか」


「そ、そうなのよ。本当にごめん」


「じゃあ仕方ないな。分かった。なるべく部屋にいるよ」


「ありがとう。悪いわね」


 安堵あんどの息を吐くヒカルの横で、アキラが視線をアルファに向ける。


『アルファ』


うそは吐いていないけれど、言い訳でしょうね』


『だろうな。まあ、ヒカルにも何か事情があるんだろう。キバヤシと話してくるって席を外して戻ってきてから、何か様子が少し変なところもあったし、キバヤシに何か言われたのかもな』


 依頼主からの指示であり、別に変な内容でもないので無理に逆らう必要も理由を追及する必要もない。アキラはそう判断して気にするのをめた。


 アキラに騒ぎを起こさせないために、他者と関わる機会を極力排除する。そのヒカルの作戦は今のところ順調に進んでいた。


 壁に映し出されている外の景色が動き出す。都市間輸送車両が動き始めたのだ。その都市間輸送車両さえ小さく見える巨大な防壁が動き出す。その一部を大迫力で左右に動かし、荒野への道を開いた。車両はそこを通って荒野に出ると、目的地を目指して速度を上げ続けた。アキラの都市間輸送車両防衛依頼が始まった。

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