第230話 アキラの変化

 荒野には旧世界時代の都市の名残が点在している。遺跡として名前が付くほどの規模ではない場所も多い。その手の場所にはハンターが遺物収集に向かう機会も少ないので、そこでモンスターが増殖すると間引きの機会も無くかなり増えていく。


 その手の場所が通常の輸送経路から外れた場所にあっても、普通は大きく迂回うかいしてモンスターの探知範囲から逃れれば事足りる。そもそも輸送経路は基本的にその手の迂回うかい路を基に構築されている。しかし大流通で大規模な都市間輸送車両が通るとそうはいかない。その大規模な反応に引き付けられて、普段は出てこない遺跡の奥などからもモンスターが群れでやってくる。


 目的地付近に到着した後、エリオ達がトレーラーの大きく開いた貨物部から大量の敵寄せ機を次々に撃ち出す。大型輸送車両の通行と同程度の影響を出すためにはそれだけの量が必要なのだ。


 敵寄せ機が音や振動、匂いや偽装信号など様々なものを発してモンスターを呼び寄せる。一部は地面で、一部は空中にとどまったまま、広域にその存在を広めて回る。


 しばらくするとエレナが車載の索敵装置で無数のモンスターの反応を捉えた。少し遅れて遠方に砂煙のようなものが見え始め、地響きまで伝わってくる。


「アキラ。来たわよ」


「分かりました。エレナさん。敵にもう少し近付いてから、後は適当に距離を取ってください。細かいことはお任せします」


「了解よ」


 エレナが車をモンスターの群れの方向へ走らせる。アキラは車の後部で両手に銃を持ったまま敵との間合いを計っている。


「サラさん。俺は細かいやつを優先的に狙うので、サラさんはデカいやつをお願いします。それを基本に、後は適当に各自の判断でってことでお願いします」


「分かったわ。それじゃあ、同じ火力担当ってことで、一緒に頑張りましょうか」


「はい」


 機嫌良く笑うサラにアキラも笑って返した。そして銃をモンスターの群れに向けて引き金を引く。弾丸を浴びて粉微塵みじんに吹き飛び肉片と鮮血をき散らすモンスターの姿が戦闘開始の合図となった。


 新装備一式でのアキラの戦闘が始まる。着用している新しい強化服は機領製のCA31R強化服、商品名サーベラス、黒のボディースーツに多彩な拡張部品を取り付けることで様々な状況に対応する多目的強化服だ。


 付属の頭部装備は一見非常に簡素な構造に見えるが、頭部に力場装甲フォースフィールドアーマーを展開可能で、頑丈なフルフェイスのヘルメットを軽く超える防御性能を持っている。情報収集機器を初めとする各種拡張機能の操作も出来る。発射制御を連携可能な銃ならば射撃もそこからの操作で実行できる。更に角膜の前に映像を立体表示する形式の拡張視界にも対応している。


 取り付けてはいないが、拡張部品の推進装置を使用すれば空も飛べる。代わりに強力な姿勢制御機能を取り付けており、柔らかな地面でも問題なく行動できる。エネルギー消費を気にしなければ水面の歩行も可能だ。


 強化服の基本性能である身体能力も格段に高い。全体の力場装甲フォースフィールドアーマーの強度も、エネルギー消費を気にしなければちょっとした人型兵器並みに上げられる。加えて迷彩機能まで備わっている。


 両手に握る銃はLEO複合銃。SSB複合銃の完全上位機種だ。2ちょうとも大型拡張弾倉と大容量のエネルギーパックを取り付けている。装填している弾丸は、銃撃時に外部からエネルギーを取り込むことで物理反応を変化させる物体で製造されており、消費エネルギーに応じて威力を飛躍的に向上させる特殊弾だ。


 アキラが両手の銃を構えて遠方の敵に視線を向ける。情報収集機器が視線方向の情報収集精度を上げて拡大表示する。連動しているLEO複合銃の射線も追加表示される。


 引き金を引き続けながら、敵をぎ払うように銃口を大きく横に振る。一見ただの乱射だが、弾丸は高度な即時の弾道計算により命中率が一定値以上の場合にのみ撃ち出されている。連射の1発1発がかなり高度な精密射撃であり、弾丸が続けて的確にモンスターに命中していく。更に情報収集機器が外れた弾丸の軌道を検出し、そのデータを基に照準計算の誤差を修正し続けて命中率を向上させていく。


 加えてアキラは被弾したモンスターの負傷状態を確認すると、頭部装備を介して銃の設定を変更し、銃本体を介して弾丸に加えるエネルギーを調整する。それを繰り返して弾丸を敵が即死するのにちょうど良い威力に調整していく。


 調整後の弾丸は甘い威力による反撃など許さず、過度な威力でエネルギーを無駄に消耗することも無い。その上、照準精度も乱射とは呼べないほどに高い。敵を効率的に殺すその弾丸が弾幕となってモンスターの群れに殺到した。そしてその効率に見合うしかばねの山を築き上げた。


 強化服も銃も弾丸も、アキラの装備はクガマヤマ都市を活動拠点とするハンターの基準から逸脱している高性能なものばかりだ。加えてエレナ達の装備も以前に比べて格段に向上している。


 大規模遺跡探索では1オーラムも稼げなかったアキラとは異なり、エレナ達はしっかり稼いでいた。万一の場合に備えた待機要員の報酬、その後の事態の調査報酬に加え、ネリアを仮設基地まで送り届けた報酬もしっかり受け取っている。その後のネリアの誘いも無料で引き受けたわけではない。その報酬の合計はかなりの額になっていた。


 そしてエレナ達は機領とTOSONトーソンによるアキラの新装備調達の営業合戦に口を挟み、自分達の装備も格安で調達できるように交渉した。親しい友人が自社製品の愛好家になればアキラにも自社製品の購入を促しやすいという営業達の打算や、次の装備調達でも自社製品を購入する契約を結ぶことで、アキラほどではないが大幅な値引きを引き出すことに成功した。その上で大規模遺跡探索の稼ぎの大半をぎ込んで、装備の質を一気に向上させていた。その所為せいでデザインが所謂いわゆる旧世界風の傾向の強化服を購入することになり、少々なまめかしい格好を強いられることになったが、そこは性能のためとして目をつぶった。


 ちなみに、アキラがネリアを途中まで運んだことに対して金銭的な報酬は出ていない。イナベの依頼の最中に勝手にやったこと、あるいはその依頼を投げ出してやったことであり、イナベ側としても仮設基地側としても、その件で報酬を出すとややこしいことになるからだ。一応、装備調達に関するつてに更に便宜を図ることでアキラとの話は付いている。


 それらの装備で身を包んだアキラ達の火力はすさまじく、群れのモンスターを次々と撃破していく。モンスターはクガマヤマ都市の普通のハンターではとても太刀打ちできない強力な個体ばかりなのだが、アキラ達の前には蹴散らされる的でしかなかった。巨大な体躯たいくの獣も、頑丈な自律防衛兵器も、弾丸の嵐を浴びて等しく粉砕されていく。


 それでも、優勢ではあるが楽勝とは呼べない戦況を維持するのがアキラ達の限界だ。大量の敵寄せ機に呼び寄せられて敵は次々と湧いてくる。そのどれもがクガマヤマ都市周辺に生息するモンスターとは質の異なる強力な個体ばかりだ。全ては倒しきれない。


 アキラ達が倒しきれなかった分のモンスターの相手は、エリオ達やコルベ達の仕事だ。当然、彼らにとっては十分な強敵であり、必死になって戦っていた。




 アキラ達を中心とした殲滅せんめつ範囲の外側を通ってくるモンスター達に、エリオ達がトレーラーから各自の武装で弾幕を放ち続けている。


「とにかく撃ち続けろ! 目標の優先順位を間違えるなよ! アキラさん達が遠距離攻撃持ちを優先して潰してくれているからって限度はあるんだ! 総合支援システムが指示した目標を真っ先に潰せ!」


 総合支援システムによる連携を活かして、機銃や大砲などを生やした個体に攻撃を集中させる。揺れる車体の上から遠距離の移動目標を狙うと流石さすがに照準も狂うが、一斉射撃で周辺ごと吹き飛ばして対処する。


 荷台部の端には力場装甲フォースフィールドアーマー式の簡易防壁を無数に立てている。透明なプラスチックのような物質を強化しているので荒野の様子もよく見える。その隙間から敵に砲火を浴びせ続ける。


 対処の遅れたモンスターから放たれた砲弾がその簡易防壁に直撃した。飛び散った衝撃変換光がエリオ達の視界を染める。負傷者は出なかったが、恐怖と驚きで皆の表情が大いにゆがむ。


「すぐに交換だ! 次食らったらもう持たねえ! 急げ!」


 少年が別の簡易防壁を急いで運んでくる。それを先ほど攻撃を受けた簡易防壁の後ろで稼働させて前に押す。古い簡易防壁はそのまま車外まで押し出され、落下して荒野を転がっていった。


 その様子を見ていた別の少年が苦笑しながら戦闘の不安を紛らわせるように大きな声を出す。


すげえことしてるよな! それ、1台100万オーラムとかするんだろう!? 俺達がそれを使い捨ててるんだぞ!」


 他の少年も笑いながら大声を出して意気を高める。


「この簡易防壁は機領からの支援で、大量発注したのを安く譲ってもらったんだってさ! お前が撃ってる弾丸だって、俺達が買うと1発100万とか200万とかするらしいぞ!」


無茶苦茶むちゃくちゃだな! 札束撃ち出しているのと同じじゃねえか!」


「弾薬とかはアキラさん経由で買ってるから高ランクハンターの割引で安くなってるらしい! 1発500万オーラムの対力場装甲アンチフォースフィールドアーマー弾も500オーラムで買えるんだってさ!」


「何だよそれ! もっと無茶苦茶むちゃくちゃだな! 1発ぐらいこっそり隠し持っておいて、後で売ればすげえことになるな!」


「それをやったらアキラさんにぶっ殺されるってさ! それでもやるか?」


「やだね! 絶対殺されるじゃねえか!」


 笑い話で済むのは初めから試す気が欠片かけらもないからだ。倫理の問題ではない。それをやればシェリルの顔にもアキラの顔にも泥を塗ることになる。その末路を想像すれば、試みる気にはなれなかった。


「討伐数に応じた報酬も出るって言ってたし、俺達は大人しくモンスターを狩って稼ごうぜ! こんなに景気よくぶっ放せる機会なんてそうはねえ! 稼ぎ時だぞ!」


「そうだな! たっぷり稼いでやる!」


 少年達は強力なモンスターの群れと戦っている恐怖に、戦闘の高揚に稼ぎの欲を加えて戦意を高めてあらがい続け、軽口で不安を吹き飛ばしていた。


「そういえば、コルベさん達には機領の支援とか無いんだよな?」


「無いよ。機領が俺達を支援するのは、俺達が死ぬと総合支援システムの評価に傷が付くからだ」


「それでも撃破数はコルベさん達の方が上なんだよな。機領の支援を受けている俺達の方が人数だって上で、装備の質だってそこまで大きな差は無いって話なのに」


「そこは純粋な腕の差ってやつだろう。……俺達も強くなったはずだけど、アキラさんも含めて、上には上がいるんだよなー」


 装備だけで何とかなるほどハンター稼業は甘くない。しかし、それでもあらがえている。少年達はハンター稼業の過酷さと一緒に自分達の着実な成長を実感しながら、必死になって戦い続けた。




 コルベ達は武装を賞金首戦で使用する類いのものにそろえていた。その火力をもってしても、この付近のモンスターを撃破するのは一苦労だった。


 だが倒せることに違いは無い。かつて自分を食い殺そうとしたモンスターよりも明確に強力な個体のむくろを積み上げて、コルベは過去を払拭し終えていた。今はモンスターの群れを意気揚揚と銃撃して戦果を稼いでいる。ボッシュ達もそのコルベの様子を見てどこかうれしそうに笑っていた。


「病み上がりにしては頑張るじゃねえか! 無理しねえ方が良いんじゃねえか?」


 楽しげに軽口をたたくペッパに、コルベも楽しげに軽口を返す。


「俺より撃破数が下のやつに言われてもな。ああ、気にしなくて良いぞ? お前の腕が落ちていても何とかしてやるって言ったのは俺だからな」


「ほざいてろ! すぐに超してやるよ!」


 そこでボッシュが口を挟む。


「コルベ。あのレビンってやつだが、随分良い装備を用意したようだな。今のところ、こっち側の撃破数トップはあいつだ。確かあいつは結構な借金を抱えていたんだろう? どうやってあんな装備をそろえたんだ? お前のつてならちょっと真面目に知りたいんだが……」


 コルベが苦笑する。


めとけよ。あいつはヴィオラの取り扱いを間違えたんだ。俺も詳しくは知らないが、あの装備と引き換えに3億オーラムの負債を抱えたらしい」


 興味深そうに聞いていたペッパも思わず顔をゆがめる。


「3億って……」


「貸主は機領だ。あそこはいろいろやってるらしいからな。返済不能の負債を抱えたハンターでも、回収の方法はいろいろあるんだろう。何せ3億だ。返せないとなったら一体何をされるんだか。ペッパ。興味があるのなら、俺がヴィオラに口を利いてやるぞ?」


 コルベが少し挑発気味に笑う。だが流石さすがにペッパもこの挑発には乗れなかった。


「ごめんだね」


「だろうな。まあ、3億の負債って言っても、アキラ達ぐらい強ければ大したことはないんだろうけどな」


 コルベは視線を索敵機器の反応に向けていた。無数のモンスターの反応が遠方から続々と現れている。だがそれらの大半はアキラ達の反応を中心とした円に入った途端に消えていく。


「これがハンターランク50と40台の実力か。大したもんだ」


 アキラ達の嫉妬すら湧かない戦果に舌を巻きながら、コルベはその後も仲間達とともに戦い続けた。




 エレナは索敵装置でモンスターの群れの位置を把握しながら運転し、敵の攻撃を避けつつ効果的な位置取りを続けている。その所為せいで乱暴な運転を強いられており、車はかなり揺れている。高性能な荒野仕様車両とはいえ、揺れの吸収には限度がある。普通なら立っているのも難しい。狙撃など論外だ。


 その車上でサラはただでさえ扱いの難しい巨大な銃を構え、遠距離の大型モンスターを正確に狙っていた。発射された弾丸が射線上の個体を巻き込みながら目標を粉砕し、周囲に血肉と機械部品を飛び散らせている。装備の性能と使用者の実力。そのどちらが欠けても不可能だ。


 そしてサラと同程度の実力者でも同じことは出来ない。この芸当の実現にはエレナとサラの阿吽あうんの呼吸も大きく関わっている。エレナによる絶妙な位置取りがサラの攻撃を容易にさせ、サラが車の移動を妨げる敵を速やかに撃破して、エレナの運転を容易にする。長年組んでいる経験から相手の意思を無言で読み取り、その効率を限界まで高めているのだ。


 エレナ達はそれを理解しているからこそ、自分達の連携に問題なく適応しているアキラの実力に感嘆していた。サラが笑いながらアキラに感慨深い視線を向ける。


「アキラ。今更だけど、本当に強くなったわね」


「大分強力な装備に変えましたからね。それで以前と同じ強さじゃ困りますよ」


 アキラの強化服には強力な接地維持機能と自動平衡機能も備わっている。それが激しく揺れる車体の上での銃撃を容易にしている要因であることは間違いない。銃と弾丸の性能も以前より格段に上がっている。モンスターの群れを粉砕する弾幕はそこから生み出されている。だがそれらを十全に発揮するためには、使用者に十分な実力が必要だ。


「その装備をちゃんと扱えている時点で十分にすごいわ。そこまで強いんだから、俺はすごい! とか少しぐらい思ったりしないの?」


 サラはそう口にした後で、以前にアキラが自分の実力を高く評価されるのを嫌がっていた様子を見せていたことを思い出し、機嫌を損ねたかもしれないと思って僅かに焦った。だがアキラは気にした様子を見せずに、軽い冗談のように笑って返す。


「そこは向上心にあふれているって意味で、俺なんかまだまだ、と答えておきます」


 サラはそのアキラの態度を少し意外に思いながらも、変な卑下など感じさせない様子を好ましく思い、同じく冗談交じりの笑顔を浮かべる。


「エレナ! アキラが私達には向上心が足りてないって!」


「えっ!? 違いますって! そういう意味じゃないですよ!?」


 慌てるアキラの様子に、エレナも楽しげに笑って声を張り上げる。


「アキラにそう言われたら仕様しょうが無いわね! ランク50のハンターに御満足いただけるように、私達ももっとやる気を出しますか! サラ! もうちょっと踏み込むわよ!」


「了解!」


 エレナが車を加速させる。そして今まではある程度エリオ達やコルベ達に任せていたモンスター達も、これからは自分達で撃破すると言わんばかりに、車の運転を切り替える。モンスターの群れを待ち構えるのではなく追い払うように距離を詰める。小物はアキラに任せていれば十分だと判断して抑えていた車載機銃の砲火を限界まで苛烈にする。サラも意気を上げて攻撃を更に激しくした。


 アキラは非常に楽しそうなエレナ達の姿を見て苦笑を浮かべた後、自分も開き直ったように笑って更に苛烈に銃撃し続けた。両手のLEO複合銃でぎ払うように弾幕を放ちながらも、乱射ではなく微細な動きで照準を可能な限り合わせている。弾丸の大半はモンスターにしっかり命中していた。これには銃や強化服の照準補助の効果もあるが、アキラが体感時間の操作を常に続けて細かく狙っている成果でもあった。


『アキラ。軽くとはいえ体感時間の操作をずっと続けているけれど、大丈夫なの?』


『大丈夫だ。大規模遺跡探索の後から、その手の操作を続けても余り負担を感じなくなってるんだ。あの時は結構無理を続けていたから、その分だけ鍛えられたってことなのかな?』


『それも理由でしょうね』


『それもって、他にどんな理由があるんだ? アルファがこっそりサポートしている訳じゃないんだろう?』


『理由は複合的なものよ。単純な慣れや日々の鍛錬による熟練もあるし、何らかの切っ掛けでコツをつかんだということもあると思うわ。だから、私がいない時に無茶むちゃをすれば、また急激に強くなれるなんて考えては駄目よ?』


『分かってるよ。俺だって好き好んでアルファのサポート無しで戦っていたわけじゃないんだ。横にいてくれるだけでも助かる』


『そう? ありがとう。でも横にいるだけってのもなんだし、もうちょっと衣装に凝って、露出も増やして、華やかさでも追加しておく?』


『それは要らない』


『全く、私の美貌に見向きもしないなんて、アキラは相変わらず贅沢ぜいたく者ね』


 戦闘中に雑談をする余裕さえ見せるアキラに、アルファは笑顔を返していた。


 大規模遺跡探索後にアキラの体感時間操作の負荷が軽減した一番の理由は別にある。ツバキがアキラに飲ませた治療薬だ。アキラはその服用により、旧世界の基準で治療されていた。その範囲は脳にも及んでいた。


 継続的な体感時間の操作は脳への負担も重く、無理をすれば損傷もひどくなる。治療薬はその損傷を治療するのと同時に、治療薬の成分が負傷部位と一体化して更なる負荷に耐えられるように強化最適化していたのだ。


 加えて治療薬はアキラの旧領域接続者としての不完全な部分を負傷と認識して治療していた。これによりアキラの脳のセキュリティーが部分的に向上した。不要な無自覚の印象送信も抑えられた。そして、セキュリティー向上の効能、あるいは弊害として、アルファとの接続に制限が加わった。治療がアルファとの接続が完全に切れている状態で行われたことにより、その影響も大きかった。


 たとえ本人から無制限の委任をもらったとしても、本来は規則により無制限の接続など出来ない。だがアルファはアキラと出会った時のアキラの実力不足を根拠にして、アキラの命を守るためには仕方が無いという名目で、アキラに対し非常に強い接続権限を手に入れていた。そして一度得た権限を盾にして、非常時の強権を無理矢理やり維持していた。接続領域を専有するような真似まねが出来たのはこのためだ。


 だが治療によるセキュリティーの強化と、アキラがアルファのサポート無しの状態でその実力を示したことにより、アルファから非常時の強権は失われた。これは偶然ではなく、半分はツバキがアキラとの取引を成功させた場合に、アキラに自身との回線を開けさせる目的でやったことだ。


 もう半分はツバキのアルファへの嫌がらせだ。これによりアルファは計画の修正を余儀なくされ、再びアキラから一定の回線を得るまで、目的の遺跡の攻略を延期せざるを得なくなったのだ。


 アルファはアキラに自身の予想外のことが続いているのを憂慮していた。予想外とは制御外だ。そのアキラを再び制御内に入れるために、今日もアキラを念入りに観察していた。


 その後、モンスターの群れはアキラ達の猛攻により程なくして全滅した。




 周辺のモンスターの間引きを終えた後、エリオ達とコルベ達は今回の役得に精を出していた。周辺の遺跡での遺物収集だ。


 この辺りはそれなりに価値のある遺物が残っているが、その価値以上に強力なモンスターの住みとなっていた所為せいで、割に合わないとハンター達から敬遠されていた場所だ。しかしこの間引きによって一時的に非常に割に合う場所に変貌している。既に脅威の大半は排除済みで、価値ある遺物だけが残っている状態だ。そのような美味おいしい場所を独占するのはハンターの頬を緩ませるには十分だ。エリオ達もコルベ達も非常に張り切っていた。


 アキラは車両に残ってエレナ達と一緒に休憩していた。エレナが何となく尋ねる。


「アキラは遺物収集に行かないの?」


「今日はモンスターの間引きが仕事ですから、まあ、そっちは別に良いかなと思いまして。それに結構疲れてますし。あ、エレナさん達は行っても良いですよ? 索敵装置の反応を見るぐらいなら俺がやっておきます」


「うーん。アキラが気乗りしないのなら止めておくわ。今日はアキラに雇われているのだから、雇い主の意思を尊重しないとね」


 アキラが僅かに驚いた顔を浮かべる。そして尋ねるように視線をサラに向けると、サラも軽く笑って答える。


「仕事ってことなら、私達の仕事はアキラのサポート。だから今はアキラのそばにいるのが私達の仕事ってことになるわね。雇った人に仕事をおろそかにさせるようなことを雇い主が口にするのはどうかと思うわよ?」


「なるほど。確かに。分かりました。それじゃあ、俺達はここで休んでいますか」


 少しうれしそうな様子のアキラを見て、エレナ達も機嫌良く笑っていた。


 雑談で暇を潰していると、車載の索敵装置が遠方の反応を捉える。エレナがその内容を確認して表情を少し険しくする。


「反応のパターンから考えて、多分モンスター。数は1体だけど、これは、かなり大型ね」


「敵寄せ機に今更釣られてきたんですかね?」


「どうかしら。それにしては流石さすがにちょっと間隔が空きすぎだと思うけど」


 対処を話し合っているアキラ達にアルファが口を挟む。


『アキラ。これ以上近付かれると面倒だから、距離がある内に背中のやつを使ってでも倒しておいた方が良いわ』


『そうか? 分かった』


 アキラはエレナ達にその旨を伝えると、少し車から離れる。そして折り畳んだ状態で背負っていた大型の砲を起動させた。砲が組み立てられながら背中から肩を通って前に出る。アキラはそれを両手でしっかり構えると、目標に砲口を合わせた。


 一度アルファのサポートを受けて遠方の目標にしっかり照準を固定し、その後は砲と強化服の両方の制御に任せる。連携している情報収集機器が目標の姿を拡大表示してアキラの視界に表示する。距離と射線とロックオン済みの表示も一緒に現れる。


 目標は巨大な機械系モンスターだ。体長は10メートルほどで、表面は強固な装甲に覆われており、大型の砲を備えた胴体部分から無数の足が生えている。分類上は自律型多脚戦車になるが、その形状はどこか軟体生物を思わせる外観をしており、ハンターが駆る戦車や遺跡の警備機械とは設計思想が根本的に異なっている。


 その多脚をくねらせて前に進むモンスターの姿を見て、アキラが少し怪訝けげんな顔を浮かべる。


『あれって……イカだったかタコだったか、そんなのだよな?』


『その辺りの造形を基にしているのは確かね』


『ああいう機械系モンスターってキャノンインセクトと同じで、どこかにある旧世界の工場が造ったりしてるんだろう? 何であんなのが造られるんだ?』


『さあね。誰かが兵器工場の無力化を試みて自律兵器の設計データ格納領域に侵入。設計データを改竄かいざんしながら無関係なデータを大量に投入して機能不全を引き起こそうとしたら、高度な自動修復機能がそれらのデータを基に設計データを無理矢理やり修復して、その設計データで製造されたとか、かしらね。外観はともかく、機能的な不備は見受けられないわ』


『いや、そこまで高度な自動修復機能があるのなら、イカやらタコやらの形状を設計データから消せば良いだろう。まずはそこを直さないと』


『実現方法は修正できても、目的そのものを修正する権限は無い。その程度の権限しかないシステムなら、どれだけ高度な修正機能を持っていても、直したくても直せないわ。いえ、直そうとすら思えないわね』


『ああ、つまりあれは、あの基本形状は変えられないから、その他の部分を旧世界の技術で無理矢理やり何とかした結果ってことか』


『工場の管理人格が暇で暇でどうしようもなくて、暇潰しに変なものを造っただけってことも考えられるわ。あとアキラ、そろそろ撃ったら? この雑談、これ以上体感時間を引き延ばしてまで続ける必要は無いと思うわよ?』


『おっと』


 アキラが意識を切り替えて気を引き締める。無意識に体感時間を十分に引き延ばしていたおかげで、現実には時間はほとんっていない。照準のロックオンもしっかり維持している。その目標の姿をしっかりと見ながら引き金を引くと、砲口から太く濃密な光線が大気を揺らして放たれた。


 光線は目標に近付くにつれてその直径を少しずつ大きくしていき、目標に直撃した時点では巨大な機械系モンスターの胴体部分より大きくなり、その姿を飲み込んだ。


 光線が残光のような細い線を残して消える。少し遅れてその残光も消えせる。機械系モンスターの光に飲まれた部分は光とともに消し飛んでおり、胴体部を失った多脚の上部分には、溶接で切断したような跡が生まれていた。


 アキラが使用した砲はAF対物砲だ。CA31R強化服の拡張部品の一種であり、強化服との連携使用を前提としている。大規模遺跡探索でザルモの人型兵器と交戦した経験を踏まえて、射程も威力も命中精度も過剰に要求した武装、大物殺し用の個人携帯可能な大型砲だ。現在のアキラの切り札となっている。本来はもっと東側で活動するハンター向けの装備であり、機領がハンターランク50未満の者には販売を自粛している制限製品でもある。当然弾薬費も相応に高い。


 値段相応の威力にアキラが自分で撃って改めて驚いている。


『やっぱりすごい威力だ。レーザー砲ってだけはあるな』


『正確には発光しながら粒子状に変化した弾頭の軌跡がそう見えるだけであって、レーザーと呼ぶには語弊があるのだけれどね。別に光速で飛んでいるわけでもないわ』


『ハンターなんだ。ちゃんと敵を倒せるならその辺の語弊は気にしない。気になるのは弾薬費を除けば、夜に撃ったらすごく目立つだろうなってことぐらいか。撃ったら絶対にこっちの位置が割れるから、隠れながらの狙撃とは相性最悪だな』


 アキラがAF対物砲から手を離すと、砲が再び背負いやすい形状に変形しながら背中に戻っていく。


『もっと東側だとこんなので普通に撃ち合ってるのか。戦車や人型兵器が基本装備並みの扱いになるわけだ。ランクが上がったからって、そんな場所に好き好んで行こうとするやつの気が知れないな』


『あら、そこはアキラにもあふれる向上心で対応してほしいところよ?』


『分かってるって。鋭意対応中だ。気長に待ってくれ』


 更なる成長を笑って促すアルファに、アキラも苦笑気味に笑って返した。


 そこでヒカルから通信が来る。


「ヒカルよ。アキラに間引きを頼んだエリアから3エリアほど東のエリアE1173から、オクパロスって大型モンスターがそっちに向かっているわ。そのエリアの間引きを担当していたハンターから連絡が来たの。モンスターの数が多すぎて、西側へ逃がしてしまったって話よ。その辺のモンスターに比べて格段に強力だから逃げた方が良いと思う。間のエリアの間引き担当達も退いたわ。アキラも急いで。必要なら撤退支援用に私の方で増援を手配するけど、いる?」


「何体だ? 群れで向かってきているのか?」


「1体だけ。でももっと東の個体だから、こっちのモンスターとは別格の強さ。下手な群れよりも強力だと思って」


「イカだったかタコだったか、そんな形状のやつならさっき倒したけど、そいつか?」


「えっ?」


 アキラが余りにもあっさりとそう答えた所為せいで、ヒカルからの返答に少し間が空く。


「倒したって……、えっと、確認するから討伐データを送ってもらっても良い?」


 アキラがデータを送信すると、ヒカルが更に少し間を空けてから驚いた様子で返事を返してくる。


「あー、うん。報告を受けたモンスターはそれだったわ。逃がしたのは1体だけだって、そこはしっかり確認を取ってあるから、もう大丈夫よ。向こうのハンターが討伐用の人員を送るって言ってたけど、私からもう倒したって伝えておくわね」


 そこでヒカルの口調が戸惑いから少し申し訳なさそうなものに変わる。


「……あと、ごめん。アキラのこと、ちょっとめてた。ぶっちゃけると、大規模遺跡探索で金の代わりにハンターランクを一気に上げただけで、あれを倒せるほど強いハンターだとは思ってなかったわ」


「ああ。その認識も別に間違ってはいないし、気にしないでくれ。倒したって言っても、高い切り札を使って強引に倒しただけだからな。まあ、それでも悪いと思ってるのなら、俺がその弾薬費で赤字にならないように、報酬の方をちょっと頼むよ」


 本当に全く気にしていない様子のアキラの声に、ヒカルが軽く弾ませた声を返す。


「分かったわ。頑張ってみるから期待しておいて。じゃあね」


 ヒカルとの通信が切れた後で、アキラが僅かに顔をしかめる。


「……あのモンスターはヒカルにも想定外だったわけか。そんなに強力なモンスターだったわけだ。何か、俺はこんなのばっかりだな」


 アルファが楽しげに笑う。


『まあ、アキラならいつものことよ。備えあれば憂い無し。備えておいて良かったわね』


 アキラが苦笑する。同意は出来るが、いつものことで片付けるのは流石さすがに遠慮しておきたかった。

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