第229話 間引き依頼
アキラがエレナ達と一緒にクガマヤマ都市の東の荒野を車で進んでいる。車は車体の屋根を含めた上部分を完全に解放できる荒野仕様の大型車で、今は開いた状態だ。運転はエレナで、アキラは後部座席にサラと一緒に座っていた。
「エレナさん。運んでもらってるのは俺ですから、運転ぐらい代わりますよ?」
少し申し訳なさそうにしているアキラに、エレナが笑って答える。
「良いのよ。私達は移動担当だからね。その仕事はしっかりやらせてちょうだい。火力担当のアキラは英気を養っていて」
サラが楽しげな口調で口を挟む。
「エレナ。私も火力担当なんだけど?」
「じゃあ、サラもアキラに負けないぐらいの成果をちゃんと出してよね?」
「おっと、そう言われると大変そう」
「頑張ってね」
機嫌良く笑い合っているエレナ達を見て、アキラも下手に気にするのは
アキラがヒカルから引き受けた依頼は大流通関連の中期契約だった。その契約の下に割り当てられた各種の作業を実施するのが仕事だ。そして今回は大流通の移動経路となる地域のモンスターの間引きに来ていた。
都市間輸送を請け負う巨大輸送車両には当然強力な護衛も付いている。だが巨大な物体が荒野を走るとそこら中からモンスターを引き寄せるので襲撃の規模も大きくなる。移動中に大規模な群れを撃退していると、当然それだけ時間も掛かる。安全と時間短縮の
アキラは調達した新装備でその仕事に挑んでいるのだが、自力での移動は少々難しい状態だった。新装備調達時に車やバイクを購入しなかったからだ。
シズカの店に営業に訪れたのは、機領の営業であるヨドガワだけではなかった。東部で広く事業展開を行っている老舗企業である
ヨドガワも機領の営業として
その結果、
アキラも自前の移動手段が無いのはどうかと思った。だがエレナ達から必要なら自分達が車を出して付き合うと言われたことや、新しいのを買うまではレンタル業者から借りれば良いと考えて、装備を優先することにした。
ヒカルはアキラ個人に依頼を出している。そしてその手段に制限を付けず、事前の説明も一切不要にして、全て事後報告で良いとした。
依頼主の中には重要な依頼を確実に成功してもらう
ヒカルは悩んだ末にアキラに好きにさせることにした。依頼が失敗に終わればヒカルも上から責任を問われるのだ。詳細を知って口を挟みたい気持ちもあったが、キバヤシと付き合いのあるハンターが細かな助言を求めるとは思えず、アキラの好感を稼ぐ
そしてアキラはその好きにして良いという言葉をそのまま捉えて、余り気にせずに結構好き勝手にやっていた。気にしていることは、ハンター間の依頼元としてエレナ達を下に付けていることぐらいだ。
「俺が言うのも何ですけど、依頼の形式上、エレナさんもサラさんも俺の下に付く形になってますけど、その、不満とかは無いんですか?」
エレナが笑って答える。
「無いわ。それに形式上じゃなくて、実際にアキラが上よ。だからもっとこうビシバシ指示を出しても良いのよ?」
「い、いや、そう言われても、
サラも笑って答える。
「そこは適宜状況を対処案も含めて報告するように指示を出しておけば良いのよ。アキラは私達を雇っている
そして僅かな寂しさを隠すように力強く笑って、少し自分達にも言い聞かせるように続ける。
「……。アキラにはいろいろ追い越されちゃったけど、私達にもまだまだ力になれるところはあると思うから、出来れば頼ってちょうだい」
「……。はい。ありがとう御座います」
変に気にしすぎていたかと思い、アキラは気を切り替えるように笑って礼を言った。エレナ達も
そこでエレナが目的地までの距離に気付く。
「アキラ。早速だけど、そろそろだから向こうに軽く言っておいた方が良いと思うわよ?」
「おっと」
アキラが頭部装備の通信機能を操作して通信を
「俺だ。そろそろ到着する。いつでも始められるように準備してくれ」
「了解です」
通信機越しに返ってきたのはエリオの声だった。
アキラ達の近くを大型トレーラーが走っている。戦闘にも対応している荒野仕様の車種で、貨物部には人型兵器の輸送車両のような大掛かりな開閉機能が備わっている。そしてその中には総合支援強化服を着用したエリオ達が乗っていた。
エリオ達の様子は様々だ。意気揚々と笑っている者。緊張気味の者。重苦しい雰囲気を漂わせている者。平然としている者。それぞれが今回の仕事への姿勢を態度に出していた。
「大丈夫かな。この辺、もう結構東側だろう? その辺りって、都市周辺の荒野とは訳が違うんだろう?」
……不安そうな仲間の様子に、別の者が余裕を見せて笑う。
「大丈夫だって。アキラさんだっているし、ボスだって俺らがクソの役にも立たないって思ってるのなら、俺達を派遣したりはしないさ。アキラさんの邪魔になるだけだからな。ボスがそんな
「そ、そうだよな!」
不安そうだった少年が自分を納得させるように何度も
エリオ達は追加戦力としてアキラに同行している。ヴィオラと機領がそれぞれの独自の情報網でアキラの依頼の情報を
「大丈夫だって。アキラさんはランク50、連れの2人もランク40超えのハンターって話だ。メインで戦うのは向こう。俺達は主力じゃないって。余裕があれば攻めて戦果を稼げば良いし、難しそうなら早めに退いて援護に徹すれば良い。戦力としてはその程度の扱いさ」
「そうだよな。うん」
余裕を持つと雑談の方向性も変わってくる。安心安全の根拠探しから、少し身近な話題に移る。
「それにしても、アキラさんの連れはどっちも美人だったな。サラって人は胸も
「逆だろ?
その軽い冗談のような言葉に、周囲の仲間も笑って同意を示す。軽い
「ちょっと思ったんだけどさ。ボス、今回の依頼でアキラさんがあんな美人を連れているの、知ってるのかな?」
「……多分、知らないんじゃないか? まあ知らなかったとしても、俺らが
「だな」
周囲の仲間も苦笑交じりに笑って同意を示した。今度はその度合いに差異は無かった。
雑談が続く中、エリオが軽く手を
「アキラさんから連絡があった。そろそろだ。全員準備を始めてくれ。強化服を起動したら、真っ先に総合支援システムとの連携状態を確認してくれ。ちゃんと確認しろよ。それが俺達の生命線なんだからな」
既に徒党の戦闘要員の指揮役の地位を確立しているエリオの指示で皆が準備を進めていく。訓練の成果もあって手際良く進み、問題なく終わった。その動きにもうスラム街の子供の名残は無い。
だが注意散漫によるものではなく、緊張を適度に和らげて冷静さを保つ
「しかしなんだな。アキラさんはボスや、この前のメイドの人達や、ヴィオラさんにキャロルさん、今回のハンターの人達と、女に不自由はしてないようだし、俺らの中で成り上がってるお前も彼女持ちで似たようなもんだよな。やっぱり女を沢山作ると、良いところを見せようとか奮起して強くなるのか? それとも強くなったから女が沢山寄ってきたのか? その辺どうなんだ?」
「言っておくが、俺はアリシア一筋だ」
「似たようなもんだろ? 知ってるぞ? 最近他の女からも結構言い寄られてるんだろう?」
そう言って軽く笑った仲間に、エリオは嫌そうな顔を返した。
「
「残念ながら、そこまでモテる者の苦悩は俺らには分からねえな。なあ?」
笑って同意を求めるその言葉に、皆も同じように笑って同意を示した。その中にはエリオと同じ彼女持ちも含まれていたが、同意を示しておく程度の余裕は持っていた。
エリオには開き直って境遇を自慢できるほどの余裕は無く、その
「ふん。そんなに女に困ってるのなら、キャロルさんに相手を頼んだらどうだ?」
場が静まる。エリオも口に出した後で自身の失言に表情を固くする。
「……今のは取り消す。その、なんだ、本当に
キャロルは美人でスタイルも良く、服装も異性の興味をそそるものが多い。基本的に人当たりも良く、ちょっとした機会でする話も楽しく面白く、軽い相談にも乗ってくれてかなり的確に応えてくれる。その上で副業にも、それが命懸けで得た血と命と人生の
それで魔が差した者が出た。徒党での生活でキャロルと仲良くなった
初回は安値であっても次から料金は倍々と指数的に増えていく。それでも経験してしまった至福の時が忘れられずに続けてしまう。エリオ達は既に独自に遺跡に繰り出すようになっており、そこで多少無理をして頑張って稼げば、初回が安値だったこともあって、続けての数回は何とかなった。だが倍々に膨れ上がる料金に、すぐにそれも追い付かなくなる。しかし、金が無いから仕方が無いと我慢できる程度のことなら、コルベも
遺跡で
シェリルも徒党の少年達がキャロルにのめり込んで次々に破滅されては困る。一応キャロルと取引して、自分からは営業を掛けないことと、彼女持ちの相手はしないことまでは約束させた。しかしそこまでが限界だった。それ以上の制限を強いるのなら、代わりにアキラに相手をしてもらう。そう言われてしまっては、シェリルも引き下がるしかなかった。
それらの経緯を経て、キャロルはシェリルの徒党の中で、その末路を含めたハニートラップの代名詞のような扱いになっていた。
「……分かってるって。俺達だってコルベさんの忠告を無視したやつの末路は知ってる。なあ?」
少年は全てを軽い冗談にしてこの雰囲気を押し流すように少し口調を明るくさせた。笑って同意を求めるその言葉に、皆も笑って同意を示した。だがその中には、何かをごまかすように笑顔を固くしていた者もそれなりに混ざっていた。
エリオが総合支援システムからの通知に気付き、場の空気を切り替えるように大きく声を出す。
「もうすぐ目的地だ! 始めるぞ! 配置に付け!」
トレーラーの側面が大きく開いていく。少年達も意識を戦闘に意図的に切り替えると、総合支援システムの指示に従って配置に付き、
トレーラーの近くには別の車が2台走っていた。その1台に乗っているコルベ達も今回の依頼の参加者だ。ただし雇い主はアキラではなくシェリルであり、孫請けのような形式で参加している。
コルベの誘いで参加しているボッシュが少し楽しげに笑う。
「しかし、あの時に会ったガキの1人がランク50になって、その
「いや、偶然だ」
「そうか。あの悪女となんだかんだと
「そこは危険物の取り扱いと一緒だ。どっちもちゃんと扱えば利益は出す女だよ。まあ、俺はハンター稼業休業中の補填ぐらいの利益で抑えたからって話でもあるんだがな。俺に出来たからって、
コルベはそう言いながら、最近しくじった者の現状を思い浮かべて苦笑した。
ボッシュと同じくコルベの誘いで参加しているペッパが挑発気味に笑う。
「
コルベも挑発気味に笑って返す。
「なんだ。今更帰りたくなったのか? 俺が弱気になって帰るって言い出したら、お前も一緒に帰るしかないからな。言い訳には十分だ。安心しろよ。俺がいない間に
「はっ! ほざいてろ!」
楽しげに機嫌良く挑発し合うコルベとペッパを見て、ボッシュも以前の光景を思い出し楽しげに笑っていた。
コルベも表面上ほど余裕ではなかった。依頼の難度自体は明確に自分の実力を超えていると理解している。ランク50のハンターと肩を並べて戦うような
それでも今回の戦いを契機にハンター稼業を本格的に再開する意志を持っていた。今までエリオ達の付き添いを口実に、内心で歯を食いしばりながら何度も荒野に出た。過去に自分を食い殺そうとしたモンスターに似た敵を何度も撃破して、少しずつ平静と自信を取り戻してきた。そしてこの戦いで過去を完全に振り切り、乗り越え、前に進むと決めていた。
自分の実力では手に余る格上のモンスターと交戦し、その上で冷静さを失わずに撃破する。そうすれば過去に自分を襲った雑魚などに
今日の
もう一台の車にはレビンとハザワが乗っていた。より東側の荒野へ、より強力なモンスターの
その雰囲気の発生源はレビンだ。今も現状を嘆く重苦しい
「レビン。いろいろ聞いた俺も悪かったが、そろそろ気を切り替えろ。そんな調子じゃ
「……分かってる」
レビンは僅かな
「経緯はどうであれ、そう簡単には手に入らない高性能な装備を手に入れたことに違いはねえんだ。今はその装備に見合うモンスターをたっぷり潰して成果を稼ぐことに集中しろよ。そんな調子で又と無い稼ぎ時を逃したらどうするんだ」
「……分かってる!」
気を切り替えようとした途端に現状を嘆く理由を刺激され、レビンは顔を
長らくカツラギの借金に縛られながらハンター稼業を続けていたレビンだったが、今はその縛りから逃れていた。だが借金を返済し終えた訳ではなかった。
遺跡に潜り、苦戦と苦難の末に遺物を手にして帰還する。大量に消費した弾薬類の代金を遺物の売却金で支払い、足りない実力を補う
それでもレビンのハンターとしての格は上がっていた。借金の
そして上がったハンターランクに見合った装備をカツラギから勧められる。借金完済まで後少しなんだ。ここで死んだら今までの苦労が台無しになる。今のお前の実力なら多少借金が増えてもすぐに返せる。
借金返済の
自分は間違いなく成り上がっている。それは確かに実感している。だがそれ以上に借金が増えていく。何とかしなければ。その解決策を求めて悩みに悩んでいたレビンは、安酒を飲んで緩んだ頭で、短慮に、
ヴィオラは喜んでその解決を手助けした。複数の金融業者に分散していた借金は
そして、レビンの借金は
(……機領からの借金ならカツラギの時のような変な縛りは無い。負債額が一定額を超えれば、貸した
レビンも一度は納得した。ヴィオラの話術ならば話の印象を巧みに操作して思考を誘導することなど造作もなかった。だがそれでも
機領は真っ当な企業であり、カツラギのようなあくどい個人業者やその
それでも3億オーラムは大金だ。そして大抵の企業は、その企業規模に応じた負債の取り立て手段を保持している。少なくともその
今は新製品の実戦テストとして優遇されているが、商品のテストとしても宣伝としても役に立たないと判断されれば、その優遇も失われる。その結果、機領が投資の回収に動き出せば、それでレビンの人生は高確率で完全に詰む。後の人生は、以前にシェリルの拠点を襲った者達と同じ道を、死んだ方がましだと言って実際に死んだ者まで出た者達の、その後を歩むことになる。逃れる術は無い。
レビンはその当たり前をハザワから突き付けられ、自身の現状を再認識して嘆いていた。今回の依頼で成果を上げて、機領に自身の価値を示さなければ危ない。その恐れに震えていた。
ハザワが自分の安全の
「お前の新装備、総合支援システムってやつなんだろう? 強化服の動作補助を含めた総合サポートシステム。あのガキ連中も使っているやつだ」
「ああ。その調整したバージョンらしい。向こうのは集団での運用を前提にしているが、こっちは個人での使用を前提にしているって話だ。必要なら同一システムの使用者を更に上で総合するとか、もっと東のハンターだと実働は基本ソロでも各種情報支援用のオペレーターを雇ってるやつもいるから、その代替需要を狙ってるとか、いろいろ言ってたな」
「ちょっと前まで素人だったあのガキ連中を、今回の戦力に換算できるほどに変えたんだ。元々ハンターで、最近は特に腕を延ばしたお前なら更に
「……ああ、そうだな。高い金を出したんだ。当然の性能を出してもらうさ」
レビンもハザワの言葉に世辞が混ざっているのは分かっている。だがそれでも不安を和らげる内容ではあったので、
「それにしても、慎重なハザワがこれに参加するのはちょっと意外だった。いや、俺が不安になりすぎていただけで、その程度の難易度ってことか?」
「まあ、その辺は好きなように解釈しろよ」
レビンはそのハザワの余裕とも取れる態度を見て、状況を少し楽観視した。
だがハザワも意気込みはあるが表面上ほどの余裕はなかった。今回の依頼主であるアキラとの出会いを思い出して、複雑な感慨深い気持ちを抱く。
(同じ巡回トラックの荷台に乗っていたっていうのに、あっという間に随分とデカい差が開いたもんだ。才能の差か、潜った死線の数の差か。……それだけじゃないんだろうけどな)
自分なりにそれなりに積み上げてきたものを、あっさりと追い抜いていく者へ向ける感情。感嘆と嫉妬と羨望の入り交じった胸中。命賭けに勝ち続ければ得られる栄光への具体的な道筋。自分には無理だという割り切りと諦観。それでも、
慎重を言い訳に臆病となり、大分落ちぶれていた過去。ハザワは自分でもそこから大分
しかしここ最近、クガマヤマ都市の周囲では大きな騒ぎが続きすぎた。多くのハンターがその騒ぎに飲み込まれて命を落としていた。多少慎重に行動した程度では、自分も次は飲み込まれて死ぬかもしれない。しかし更に慎重になれば都市の外に出るのも難しくなる。どうするかと悩んでいた時に、コルベから今回の話を持ち掛けられた。
(……俺はあいつと出会って立ち直った。これも何かの縁なんだろう。それなら、進もう)
あのうだつが上がらない日々には戻らない。ハザワはそう決めて、もう少し前へ踏み込もうとしていた。
エリオ達の動きに気付いたハザワが気を引き締めるように力強く笑う。
「レビン! 始まるぞ!」
「分かってる! こうなったら、やってやらぁ!」
レビンも半分
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます