第222話 そう望まれた英雄
ティオルが更に勢いを増してアキラの
アキラは少し広めの部屋で待ち構えていた。その部屋の天井は刻まれており、切り落とされた部分が部屋の中央に集められていた。その
部屋に入ったティオルがその
ティオルの火力は周囲の床や壁の耐久力を超えている。しかしその
砲弾が重なった壁を次々に粉砕し、壁の厚みを削っている。着弾した大量の弾丸が壁の中を
(まだだ! ぎりぎりまで、限界まで引き付けろ!)
ティオルは既にかなり近くまで接近していた。そこで壁を
そのぎりぎりの距離で、アキラが動き出す。
(今だ!)
極限まで集中し、体感時間を限界まで圧縮し、意識上の現実操作を実施する。同時に、目の前の壁を全力で蹴飛ばした。強化服の出力を限界まで上げた上での一撃を食らい、既に
アキラは意識上の現実をティオルとの戦闘領域だけに絞り、現実の解像度を限界まで上げていた。自身とティオル、そしてその間の空間だけが別世界のように色付いている。他の部分は白で塗り潰されていた。飛び散った破片の一部が白の領域に入り、その白に溶けて消えていく。
そのもどかしいほどに遅い世界で、アキラが目の前を飛ぶ大きな
次の瞬間、アキラが右手の刀で
アキラも今の一振りでティオルに痛手を与えられるとは
射線を切り開いて強引に生み出した死角に飛び込む。床を蹴り、加速する。足場を強固な接地機能で補強して体勢が崩れるのを防ぎながら、強化服の出力を限界まで上げた身体能力で、その床を粉砕しかねないほどの力を足に込める。その反動から生み出された速度を
一瞬、アキラとティオルの目が合った。相手の死を心から望む視線が
ティオルは更に膨れ上がった激情に押しながされた。反射的に、闇雲に、無数の腕がアキラを撃ち殺そうと、
アキラは初めから最後まで想定通りに動いた。意識の全てを動きの精度の向上に割り当てて、現状で可能な最高の動きを見せた。
その差がアキラに先手を取らせた。無数の腕を
ティオルの新たに生やした腕の周辺は比較的生身に近く、
アキラは現状でのティオルの倒し方を思案していた。この後の戦いの
至近距離であれば刀は通用した。だが両断した程度で今のティオルを倒せるとは思えなかった。少し見ない内に異形に成り果てたティオルはまるでモンスターのようであり、弾幕を浴びても
そもそもティオルが本当に巨人であれば、一度は頭を吹き飛ばして殺したはずなのだ。外で戦った時に切り落とした腕もあっさり
異常な生命力を持つ敵を、最低でも反撃が物理的に不可能な域まで、弾薬の消費を惜しみつつ、一度の機会で徹底的に殺しきる。失敗すれば殺される。アキラはその手段を模索し、思い付き、覚悟を決めて実行し、賭けに勝った。
アキラが連射設定になっている銃の引き金を引く。残りの誘導徹甲
ティオルが一瞬だけ我に返る。
(あれ? そういえば、俺はなんで戦っているんだっけ?)
体内での爆発により威力の膨れ上がった衝撃が、その体を一瞬で木っ端
(そうだ……。シェリル……)
ティオルは最後に、自分の名前よりも
爆発が粉々になったティオルと一緒にアキラも吹き飛ばす。爆発の衝撃の大部分はティオルに吸収されたが、それでも至近距離にいたアキラへの影響も大きい。派手に吹き飛ばされ、床に
激しい頭痛に襲われながら周囲を見渡す。ティオルの肉片がそこら中に散らばっている光景を見て、幾ら何でもこれで殺せただろうと判断する。
「これで殺しきれていなかったら、もうどうしようもねえぞ……。そのまま死んでろ。せめて化けて出るのは次の機会にしてくれ」
体感時間の操作も、意識上の現実操作も既に切れている。通常の現実を知覚し直すと左腕に違和感を覚えた。視線をそちらに向けると、左腕が肘の辺りから吹き飛んでいた。
強化服と防御コートの
過剰摂取していた回復薬の成分がすぐに腕の治療を開始する。腕の先から流れ出ていた血がすぐに止まり、痛みが消える。そして露出部が液状の回復薬にも見えるもので覆われていく。
「高い回復薬だけあって高性能だな。まあ、腕が生えるほどじゃないけど」
世の中には腕が生える回復薬も存在する。その意味では、自分はまだまだ安い回復薬を使っている。アキラは何となくそう思い、軽く笑った。
(SSB複合銃を1
無いものは無いのだ。アキラはそう考えて割り切ると、気を切り替えて思考を今後に向ける。
(残りのSSB複合銃は1
アキラは吹き飛ばされた時に刀を手放していたことに
そこでアキラが動きを止めた。そして非常に険しい表情でゆっくりと横を向く。その視線の先には、カツヤが立っていた。
カツヤが戻ってきたアイリから話を聞いて険しい表情を浮かべている。アキラとティオルの他にモンスターまで住み着いているという懸念は、今のカツヤ達には重すぎた。
「アイリ。ごめん。疑うわけじゃないが、本当なのか? 俺達があいつらを追っていた時には、そんな気配は全く無かったはずだ」
「推測が混ざっているのは認める。でも床に大量の血が広がっているのに、武器も死体も残っていなかったのは本当。武器だけならあいつらが持ち去ったのかもしれない。でも死体まで
「そうか……。そうだな」
カツヤが表情を陰らせて深い
悩んでいるカツヤを見て、ユミナが悲痛な面持ちで意見を述べる。
「カツヤ。私だけ助けてもらった身でこんなことを言うのは恥知らずかもしれないけど、言うわ。もうあいつらのことは放っておきましょう。好きに殺し合わせておけば良いじゃない。私達はすぐにでも急いで撤退しましょう」
「あいつとの取引を受け入れろって言うのか?」
むざむざ引き下がる。カツヤは無意識にそのような意味合いに捉えて表情を僅かに厳しくさせた。だがユミナは悲痛な表情のまま首を横に振る。
「そんな取引なんかどうだって良いわ。これ以上犠牲を出したくないだけ。……そもそも私を見捨てていればもっと犠牲は減っていた。だから私の
カツヤが言葉に詰まる。本来その非情な決断をする役目を負う者は部隊長であるカツヤだ。だがカツヤはその決断をしなかった。
ユミナを助けたかったという思いは本物だ。だがその思いの強さにより迷う必要など無かった、訳ではなかった。仲間の犠牲を承知の上で、それでも仲間を見捨てないという強い思いにより、選択の余地など無かった、訳でもなかった。単純にカツヤの頭の中に、仲間の犠牲という考えが浮かんでいなかっただけだった。
カツヤはローカルネットワークにより自分と自分達を非常に強く同一視していた。その
その認識がユミナの強い言葉で僅かに揺らいだ。カツヤが自分でもよく分からない困惑を覚えてたじろぐ。ユミナはそのカツヤの様子を見て、もう少し説得すればカツヤに撤退を了承させられると思い、皆の身を、特にカツヤの身を案じて更に強く訴えかける。
「みんなを助けたい。見捨てたくない。そして、それが出来なかったのなら、間に合わなかったのなら、せめて
だからもう帰ろう。ユミナのその懸命な訴えは、カツヤの心に深く届き、強く響いた。そしてカツヤにユミナの予想とは異なる変化を
「……カツヤ?」
カツヤは困惑するユミナの呼びかけにも答えずに、
カツヤは基本的に善人だ。見ず知らずの者から事情も分からずに助けを求められても、一蹴することなく手を差し伸べる程度の良識を持っている。そして実際に多くの相手を救える才能も持ち合わせている。
そのような人物がハンターを目指してチームを組んだ。その善意と才能は一緒に戦う仲間を全力で助けることに存分に発揮された。結果、多くの者を助け、多くの者に感謝された。そして助けた相手はカツヤが無自覚に送信していた念話によって、相手を助けたいという打算の無い思いを受け取り、大きく心を動かされた。
カツヤに厚意や好感を持った者も多かった。それらの好意的な感情は旧領域接続者の受信機能によりしっかりと伝わり、カツヤの相手を助けたいという思いを大きくさせた。
だが全員が無条件に感謝した訳ではない。その行動を、才能を、そこから生まれた成果を、
そして感謝した者も、感謝や好感、好意だけをカツヤに向ける訳ではない。次も助けてくれるのではないか。劣勢を覆してくれるのではないか。勝利を導いてくれるのではないか。死と隣り合わせのハンター稼業の中で、死の恐怖から逃れる
カツヤは無意識にそれらの望みに応えた。それを実現させるだけの才能は持っていた。皆は更にカツヤを称賛し、評価し、更なる成果を、より大きい望みをカツヤに向けた。
これからも多くの者を救ってほしい。スラム街の出身者でも優しく手を差し伸べてほしい。誰もが認める強者からその才能を見抜かれてほしい。どんなに危険な戦場でも乗り越えるほどに強くなってほしい。若手だからという理由で馬鹿にされる現状を覆すほどに認められてほしい。その実力を見
カツヤは旧領域接続者の能力で多くの者達に影響を与えてきた。だが同時に多くの者達からそれらの望みを願われて、それ以上の影響を受けてきた。
自分がこれほどまでに称賛する者は、その称賛に見合うほどに素晴らしい存在であってほしい。その無言の雄弁な望みは、言語を介さない念話の
そして戦場ではカツヤの実力でも助けられない者も出てしまう。逃れられない死を目の当たりにした者が、その精神状態で一縷の望みを抱いて上げる叫びは強烈だ。どうか助けてくれという願いの声も、どうして助けてくれなかったんだという
生者も死者も望むがままに望み、その望みを
ローカルネットワークを構築すれば、その規模に応じてその影響も大きくなる。多数の者を率いてハンター稼業を続ける限りどうしても死者は増える。その状況でローカルネットワークにより自分と仲間達を自身として同一視するのは、カツヤにとっては救いでもあった。自分が傷付く程度のことなら、大したことではないからだ。
そして今、ユミナの言葉に揺さぶられ、その認識が崩れた。今まで同一視していた自分達が、自分と、大切な仲間達に区切られる。その瞬間、状況に対する認識が一気に覆り、カツヤは気付いてしまった。命懸けでも救いたい大切な仲間達を、自分が死地に率いて大勢の犠牲を出してしまったことに。
死者が再びカツヤに声を張り上げる。どうか助けてくれと。どうして助けてくれなかったんだと。せめて、
カツヤはシェリルに相談したことで、その声を2度
ユミナがカツヤの余りの様子に今の状況すら忘れて呼びかける。
「カツヤ!? どうしたの!?」
それでカツヤも我に返る。その表情には悲痛な決意が浮かんでいた。
「……ユミナ、アイリ。2人はみんなを指揮して撤退してくれ」
アイリが珍しくカツヤを非難するように
「カツヤは?」
「……俺は時間を稼ぐ。撤退作業中にあいつらに襲われたら大変だからな」
「駄目」
アイリがカツヤの腕を
カツヤは困ったように
「撤退する! 全員すぐに作業に取りかかれ! 細かい指示はユミナとアイリから受けろ! 準備が済み次第、すぐに撤退しろ! 場にいない者を待つ必要はない! 急げ!」
カツヤはそれだけ言い残すと、アイリを振り払って走り出した。部隊員達はその
撤退作業が慌ただしい様子で進んでいく。ユミナ達も副隊長として場の細かい指揮を執っている。だが2人ともカツヤが心配で
それにより、ユミナ達は自分達だけでも逃げてほしいというカツヤの意思に逆らった。
先にアイリが表情に決意を込めて自身の意思を表に出す。
「……ユミナ。ここの指揮を頼んでも良い?」
行かせて死なせたくない。行って助けてあげてほしい。ユミナが相反する苦悩で顔を
「……カツヤを連れ戻す。それ以外の目的があるのなら、駄目よ」
アイリのユミナに
「……努力はする」
カツヤの
ユミナが
(カツヤが誰を選んだとしても、せめてカツヤの
アイリが覚悟を
(私はずっとカツヤに助けられてきた! 今度は私が助ける番!)
ずっとカツヤの
カツヤが構築したローカルネットワークの最上位はカツヤ自身だ。そして下は同一順位のネットワークではなく、カツヤに近い位置にいた者ほど配下に強い影響力を持つように構築されている。だが今はカツヤの影響が一時的に
ユミナに引き
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