第191話 後ろ暗い取引

 アキラはシズカの尽力もあって比較的短期間で装備一式をそろえると、新車両でヒガラカ住宅街遺跡に向けて荒野を進んでいた。


 車両は装甲兵員輸送車に近い荒野仕様の大型車だ。車両後部には貨物部があり、遺跡内での通行に少々制限が出る大きさだ。貨物部には十分な予備弾薬と新しいバイクが積まれている。路地のような場所を通過する場合は車から降りてバイクを使用する予定だ。


 銃は拡張部品で強化済みのSSB複合銃を2ちょう購入。強化服は整備機能付きの格納棚を流用して、前と同じ系列商品の上位機種を選択。情報収集機器は強化服のオプション品で半一体型の総合系を選んだ。同じくオプションの防護コートには、力場装甲フォースフィールドアーマー機能に加えて迷彩機能も付いている。


 代金は大量に購入した弾薬類も含めて合計で16億オーラムほど。ハンターランク42のハンターの装備品に相応ふさわしいかどうかは別にして、現状のアキラの予算ではかなり張り込んだ額だ。新車両を格納するために家の車庫の拡張を賃貸業者に頼み、その代金とその分だけ上がった家賃の支払いも含めて、アキラの懐事情は再びかなり寂しくなった。


 その解消のために家に置きっぱなしにしていた遺物の売却を再開することにして、その遺物の出所を誤魔化ごまかために再びヒガラカ住宅街遺跡に向かっていた。


 既にその隠蔽が欺瞞ぎまんだと気付いている者も多いが、それでも執拗しつようにヒガラカ住宅街遺跡に向かうことで、その欺瞞ぎまんすら欺瞞ぎまんではないかと再度疑う者も出る。ヴィオラとのつながりもそれを加速させる。アキラはアルファからそう説明されていた。


 以前ヒガラカ住宅街遺跡に行った時から大分時間がったのだ。ハンター達が旧世界製の情報端末を探す騒ぎも流石さすがに終わっているだろう。そう思っていたのだが、遺跡に到着したアキラが見た光景はその予想を覆していた。


 周囲には大勢の人間が乗り込んでいたと思われる多数の車両がまっている。運び込まれた大型の重機が遺跡の建物を解体している。多数のハンターが周辺の警備をしている。解体された家屋の残骸から遺物を探している者達もいる。遺跡の騒ぎは前より大きくなっていた。


『アルファ。これ、どうなってるんだ?』


『私に聞かれてもね。知っていそうな人に聞いてみたらどう?』


 アルファがハンター達を指差す。そこには他のハンター達に混じって警備をしているコルベやエリオ達の姿があった。


 コルベが近付いてきたアキラに気付く。


「アキラか。なんだ、お前もまだここに用があったのか? 遺物の出所を誤魔化ごまかしに来たのなら、もうここはちょっと目立ちすぎるぞ。それともまさか本当にここに遺物でも隠していたのか? だとしたら御愁傷様だな」


「その辺はどうでもいいだろう。で、これって何の騒ぎなんだ? 前の騒ぎが続いているのにしては長すぎるし騒ぎすぎだ」


 コルベは少し意外そうな顔を浮かべた後、軽く笑った。


「ああ、お前、知らないのか。お前がクズスハラ街遺跡にいた頃にちょっとした事件があってな。その余波が継続中なんだよ」


「事件って、何があったんだ?」


「旧世界のネットワークへの接続装置が接続可能な状態で見付かったんだ。ハンターオフィスの買取所に持ち込まれて、相当な値が付いたらしい。それで、それを聞きつけて、まだあるかもって思った連中が総出で頑張って探してるんだよ」


 アキラが視線を思わず遺跡側に移す。


「……いや、だからって、ここまでするか? 遺跡を整地する勢いだぞ?」


「それだけの値が付いたんだろうな。最終的な買取額は非公開だが、複数の企業が入手を争ったらしい。誰が見付けたのか知らないが羨ましい限りだ」


 ハンター稼業は命賭けだが、そこに見る夢に命をぎ込む価値があると多くの者が信じている。そしてまれに途方もない金を手に入れた者が現実に現れて、更に多くの者達がその夢への信仰を強くしてしまう。それは東部の調査や開拓を勧める大きな力となっている。アキラの前に広がっている光景もその信仰の表れであり、ある意味でアキラもその信者なのだ。


うわさだと、誰かが隠し部屋を見付けて喜び勇んで中に入ったけど空っぽで、ぶち切れて壁やら床やらぶっ壊したらその中から見付かったとか何とか。それが旧領域接続装置だと判明したのは、買取所に持ち込まれて鑑定が終わった後らしい。小銭にでもなればと思って持ち込んだ品が特大の大当たり。ハンター稼業でまれに聞く話だが、当事者は大変だったそうだ。何でも旧領域接続者だと疑われてハンターオフィスに監禁されたとか。まあ、違ったから解放されたそうだがな。だがそれも所詮はうわさで、本当かどうかは不明だ。怖いよな」


 コルベは軽い雑談の意識で話していたが、アキラは僅かに顔を引きらせた。そして急いで話を流そうとする。


「あ、ああ。そうだな。それでコルベもそれを探しに来たのか?」


「いや、俺は警備を請け負っただけだ。先日の襲撃騒ぎから逃げた大型モンスターへの警戒で報酬が高めでね。なかなかに割が良い。ぶっちゃけた話、突っ立ってるだけでも結構な金になる。だから頭数を増やすためにエリオ達も連れてきた。駆け出しハンターの稼ぎとしては十分だし、経験も積めるしな」


 エリオ達は全員ハンター登録を済ませていた。シェリルの徒党に所属するハンターとして、シェリルやヴィオラの仲介で依頼を受けて仕事をする形式になっている。カツラギから購入した装備を身にまとって登録したおかげで、登録時のハンターランクは10だ。登録時のアキラをあっさり抜いたことになる。


「頭数を増やすためにエリオ達を連れてきたって、大丈夫なのか? 大型モンスターって結構強いぞ?」


「その手の大型が出現しても、そいつらを喜び勇んで狩る連中が真っ先に倒すよ。エリオ達がその手の大型と直接戦うことはまずないな。まあ、遠距離からロケットランチャーを撃って援護ぐらいはするかもしれないがな。心配ならお前も今から警備に参加するか?」


「いや、俺は用がある。じゃあな」


 アキラが遺跡の方へ歩いていく。その姿が途中で急にぼやけた。それを見ていたコルベが驚きを顔に出す。


「迷彩機能……? 遺跡内部のモンスターなんてこの騒ぎでとっくに排除された。あいつもそれぐらい分かっているだろうに、態々わざわざか。何でだ?」


 コルベの頭には無数の疑問とそれに対する仮説が浮かんでいた。納得できそうな仮説も幾つか浮かんだが、アキラ本人に問いただすことはできない。出所不明の遺物の出所を探ろうとしていると思われたら大変だからだ。コルベは少しもやもやとしたものを覚えながらも、気を切り替えて警備に戻った。




 アキラがコートの迷彩機能を有効にして遺跡の中を進んでいく。コートはフード付きのマントに近い形状で、銃などを内側にしっかりと格納できる造りになっている。フード部も顔を全てしっかり覆える造りになっているが、アキラはしっかり覆わないと迷彩効果が落ちると分かった上で、ある程度何となく露出させていた。頭部装備のオカルト話もあり、しっかり覆った所為でアキラの気が散って戦闘能力が落ちては本末転倒なので、アルファもそこはアキラの好きにさせていた。


 コートは周辺の様子に応じて周囲に溶け込むように表面の色を変化させている。光を迂回うかいさせて透明化を実現させる光学迷彩ではないが、十分な効果が見込める迷彩を発揮していた。加えて情報収集機器等の光学認識以外での探知から逃れるために、力場装甲フォースフィールドアーマー技術を応用した情報収集妨害機能が動いていた。


 情報収集機器でアキラの微弱な反応を偶然捉えたハンターがアキラの方に顔を向ける。そして反応の周囲を確認した結果、大きな反応もなかったので気のせいだったと思い直して顔を元の方へ戻した。


 同様のことが何度もあり、アキラは迷彩機能の有用性に少し驚いていた。


『結構近くを通っているのに見付からないものなんだな。こんなに見付からないのならもっと早く買っておくべきだったか?』


 余計な慢心を生まないようにアルファがくぎを刺す。


『情報収集機器での索敵を大型モンスターの早期発見を優先させた設定にしていた所為で、アキラぐらいの大きさだと探知しにくいのかもしれないわ。それにこの程度の迷彩なら簡単に見破るモンスターも多いわ。それに迷彩機能の稼働にもエネルギーを消費するの。エネルギーパックを浪費しないためにも、迷彩機能を常に使用する訳にはいかないわ。これで警戒を怠っても大丈夫だなんて思わないでね?』


『分かってる。……ちなみに、あの巨人みたいなやつと戦っていた時にこれがあったら、結構通用したと思うか?』


『多分ね。瓦礫がれきの影に隠れて雨がんだのを嘆く手間ひまは省けたと思うわ』


『そうか。……やっぱりもっと早く買うべきだったな』


 アキラは少し顔をしかめていた。モンスターと遭遇したのならば倒せば良い。仕方がないし、当然だ。アキラは元々無意識にそう考えており、更にその対処方法で何とかなってしまっていた所為でその考えを強めていた。しかし前回の戦いの経験は流石さすがに印象深く、隠れてり過ごすという選択肢が考慮に値するようになる程度には考えを改めていた。


 弾薬費は再び自費に戻ったのだ。破産しないためにも弾薬を盛大に消費する戦闘をなるべく避ける方向に意識を傾けた方が良い。アキラは改めてそう考えながら遺跡の中を進んでいく。


『それにしても、旧領域接続装置がそんなに高値で売れるのなら、売れないにしても確保ぐらいはしておけば良かったかな?』


 アキラは少し残念そうな様子を見せていたが、アルファがそれをきっぱりと否定する。


『駄目よ。手元に置いてしまえば何とかしてバレないように金にしようと考えてしまうわ。気が散って大変よ。良い手段を思い付いたと思ってしまえば更にね。どうしても試したくなるわ。そして失敗してひどい結果になるわ。偶然見付けた人ですら監禁されたのよ? それがアキラだったら、欠片かけらでも可能性があればどこまでも追及されて、調べられて、手遅れになるわ』


 アキラがその場合の末路を想像して軽く震える。


『確かに駄目だな。よし。誰かが見付けてくれたおかげで、下手な未練がなくなって良かったってことにしよう』


 吹っ切れたアキラを見て、アルファが満足げに笑っていた。


 その後もアキラは迷彩機能を有効にしたまま遺跡の中をしばら彷徨うろついていた。迷彩効果を下げない動きの訓練であり、ちょっとした情報操作のためでもある。人が大分多くなった遺跡の中を、迷彩機能を使用してまで隠れて進む必要がある。その理由を適度に推察してもらうためだ。


 迷彩機能を有効にする姿をコルベや周辺の者達に見せたのもその一環だ。旧世界製の情報端末のような高価な遺物がまだヒガラカ住宅街遺跡の中に残っており、その入手場所、あるいは隠し場所が絶対に露見しないように迷彩機能を有効にしたのなら、それはそう推察されてしまう時点でかなりの不手際だ。そして同時に、その不手際が本当に不手際なのか、そう誤解させる意図的なものだったのかを疑わせる要素だ。


 ヒガラカ住宅街遺跡に旧世界製の情報端末が眠っている。正確な場所はアキラが知っている。そのうわさは遺跡から現物が出ないことで一度かなり下火になったが、旧領域接続装置が発見されたことで再燃していた。


 うわさ信憑しんぴょう性は適当に低い方が今のアキラには有り難い。信憑しんぴょう性が高すぎれば、露骨に跡をつけようとする者達も増えてしまうからだ。


 どこまで効果があるか分からないが、アキラは遺跡内を彷徨うろついて信憑しんぴょう性の調整要素を振りまいていた。そこにヴィオラから連絡が入る。


「アキラ。今ちょっと良いかしら」


「ハンター稼業中だ。後でも良い話なら後にしてくれ」


「そのハンター稼業に絡む話よ。前の依頼も終わって遺跡探索を再開しているんでしょう? それで、今はヒガラカ住宅街遺跡にいる。そうでしょう?」


 アキラは自分の行き先など誰にも話していない。だがヴィオラはそれを知っている。アキラはその情報の入手経路を推測して少し黙った。


「……それで?」


「また旧世界製の情報端末がたくさん手に入るのなら、今度はバラ売りなんか止めて私に全部一度に流してほしいのよ。実はちょっとした伝で、もっとないかって軽く催促されてるの」


「手に入るかどうかなんて、探索が終わってみないと分かるわけないだろう」


「でも、見付かるんでしょう?」


 ヴィオラの口調は軽いものだったが、そこにはそちらの裏は分かっているという確信が込められていた。アキラにそれが事実かはったりかを見抜く技量はない。


「……見付かったとしても、その手の遺物はカツラギに優先的に持っていく約束になっている。それを曲げてヴィオラに流す理由はないな」


「問題ないわ。カツラギとは先に話を付けてあるから」


 またアキラが少し黙る。返事を待たずにヴィオラが少し楽しげに続ける。


「アキラの方でも遺物の出所の改竄かいざんを手間暇掛けてやっているようだけど、私に流した方が手っ取り早いし確実よ? 私が何かたくらんでいると思っているのなら、それは誤解だわ。確かにいろいろやっているけれど、それはアキラとの約束を守ってシェリルの徒党を稼げる組織にするためのこと。その尽力の一環よ。私、アキラとの約束を守るために頑張っているのよ?」


 その言葉から誠実さを感じ取るには、ヴィオラの人柄が邪魔をしすぎている。だが約束の施行のための行動を、自分から邪魔しては約束の意味がない。アキラはそう考えて、少し悩んだ後で結論を出した。


「分かった。後でシェリルの拠点に寄る」


「ああ、それなんだけど、できれば取引の場所に直接持ってきてほしいのよ」


「何でだ?」


「お客の要望とか、伝の先の心証とかいろいろあってね。無理にとは言わないけど、その方が高値で売れるの。今から場所と時間を送るわ。確認して、難しいようなら言ってちょうだい。できる限り調整するから」


「遺物の鑑定もそこでするのか?」


「しないわ。遺物の質に関しては、私はアキラを信じているし、客も私を疑うような真似まねはしないの。まあ、客が後で鑑定して、変な物をつかまされたと文句を言いだしても、その文句の先は私だから安心して。アキラへの支払いも私からだから大丈夫よ。ちゃんと相場で支払うし、客の文句を理由にして減額なんかしないわ」


 アキラが送られてきた日時と場所を確認して僅かにいぶかしむ。しかし仲介者がヴィオラであることや、元々はスラム街の遺物販売所に流す品だったことを考慮すると、移動時間に余り余裕がないことを除いて特に気にするほど不自然でもなかった。


「分かった。日時も場所も大丈夫だ。今から向かう」


「助かるわ。じゃあね」


 ヴィオラとの通話が切れた後、アキラはアルファが少し怪訝けげんな顔をしていることに気付いた。


『アキラ。別に止めるつもりはないけれど、良かったの?』


『あの遺物をいつまでも家に置きっぱなしにしても仕方ないし、高値で問題なく売れるのならそれで良い。厄介ごとが発生したら、ヴィオラも含めて新装備の的にしよう。今度は頭をちゃんと吹き飛ばしてな』


 アルファは妙な割り切りを見せるアキラに、微妙に判断に迷っていた。アキラには妙に割り切りが良い部分がある。アキラの中にある妙な優先順位の上位に入っているであろうエレナ達に対してさえ、一度は割り切ろうとしていた。


 では自分はどうなのか。アキラの中で自分はどの程度で割り切られる存在なのか。正確に知りたいところだが、その確認作業はできない。それを試せば容易たやすく割り切られる存在により近付くことになる。それだけは今までの付き合いで分かっていた。


『どうかしたのか?』


『ん? 何でもないわ。彼女の頭を吹き飛ばす機会を逃さないためにも、取引の場所に遅れないように急ぎましょうか』


『……別にヴィオラの頭を吹き飛ばす口実作りのために引き受けた訳じゃないんだけどな』


 アキラはアルファの冗談を本当に冗談なのか半分疑いながら苦笑すると、迷彩を解除して遺跡の外へ向かい始めた。




 クズスハラ街遺跡の奥部近くにある廃ビルの一室で、アキラが取引相手を待っている。迷彩機能は切っているが、両手にSSB複合銃を持って銃口を下げている。周囲の索敵も情報収集機器でしっかり行っている。


『それにしても、胡散うさん臭さ全開の取引場所だな。これで後ろ暗い所のない真っ当な取引だったら逆に驚きだ』


『それなら相手も手に入れた遺物の出所を隠すだろうから、アキラには都合が良いとも言えるわね』


『御もっとも』


 意味ありげに微笑ほほえんだアルファにアキラも笑って返した。


『そろそろ時間よ。……来たわ』


 男が部屋の出入口から中の様子を慎重にうかがっている。そしてアキラだけであることを確認してからゆっくりと中に入ってくる。


「ヴィオラの使いだな?」


「そうだ」


「物は?」


 アキラがSSB複合銃の片方を仕舞しまって、床に置いていたリュックサックを男に差し出した。男がリュックサックを開いて中身を確認する。中には立方体の遺物、旧世界製の情報端末が詰まっていた。


「これで全部か?」


「そうだ。量に文句があるならヴィオラに言ってくれ」


 男がリュックサックを閉じる。


「金はヴィオラが払うと聞いている。必要ならこの場でヴィオラに連絡を取り、振り込みを催促してくれ」


「大丈夫だ」


「では、取引成立だな。どちらから立ち去る?」


「……えっと、じゃあ、俺からで」


「行ってくれ」


 男はその言葉を最後に真顔のまま黙った。視線だけはアキラに向けていた。アキラはゆっくりと男から離れていき、そのまま部屋を出た。そして廃ビルから出ると近くにめていたバイクにまたがり、道幅の関係で少し離れた場所にめた車に向かった。


 アキラが少し難しい顔を浮かべている。


『何というか、胡散うさん臭いを通り越して部外者が取引現場を目撃したら消される感じの相手だったな』


『取引場所に遺跡内部を指定している時点でそういうことなのでしょうね。死体がどんな状態であっても不自然さは全くないわ。しかも遺跡奥部近くでそこらのハンターでは辿たどり着けない場所よ。木を隠すなら森の中、では隠蔽が足りない取引だった。そういうことよ』


『……俺、帰り道に襲われたりしないだろうな?』


『その時は、返り討ちにした上でヴィオラの頭を吹き飛ばしましょう』


 アルファは楽しげにも見える余裕の微笑ほほえみを浮かべている。アキラは苦笑して遺跡の路地を進んでいった。




 廃ビルに残っていた男が非空気振動式で連絡を取っている。カメラを兼ねた義眼で撮影したリュックサックの中身の映像も一緒に送信している。


『物は手に入れましたが、質の方は不明です。一度帰還して鑑定作業に出しますか?』


 通話先の相手が真剣な口調で答える。


『いや、不要だ。都市の鑑定を通すと記録に残る。旧世界製の情報端末なんて遺物なら特にな。そのまま予定の場所に運んでくれ。準備が済み次第、発見役のハンターに連絡して偶然を装って発見させる。遺物の質の方は買取所での鑑定作業で判明しても遅くない。事前に鑑定を実施して、後で鑑定記録が重複するのも厄介だ』


『了解しました。ところで、発見役のハンターはヤナギサワの管理下にあるようですが、よろしいので? 遺物発見の功績を持って行かれるのでは?』


『そこは妥協する。発見者があいつの下にいるハンターなら、多少疑念を抱かれても実際に追及に出るやつは減るはずだ。話を通していないハンターにこっちで隠した遺物を偶然発見させる以上、運の要素が絡むのが難点でもあるが、普通の力量の持ち主なら発見できるはずだ。まあ、無能ならこちらでハンターを別途手配する。よし。行け。遺物の設置を済ませた後は、発見役のハンターを遠距離から監視しろ。万が一、ハンターが遺物の発見後に遺物発見の連絡を怠るようなら、自分の懐に入れるようなら、強盗を装って始末しろ。必要なら追加の戦力を手配する』


『了解。作戦を開始します』


『頼んだぞ』


 通信が切れるのと同時に男の姿が消える。その高性能な迷彩機能は、男の装備を手配した上司、通信先の人間の慎重さと作戦への意気込みを示していた。

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