第190話 報酬の使い道

 シズカが店でエレナ達と雑談している。クズスハラ街遺跡から湧き出したモンスター達にる都市への襲撃は、この短期間で2度目ということもあり都市でもいろいろと話題になっていた。エレナ達も大型モンスターの駆除に参加しており、その苦労話も雑談の種になっていた。その話題の中に、シズカ達の表情を曇らせていたものがあった。アキラの消息だ。


 アキラは恐らく襲撃当日に遺跡にいた可能性が高い。そしてその日からアキラは一度も店に顔を見せていない。


 無事ならば、そろそろ店に弾薬補充に訪れても良い頃だ。無事ならば、遺跡で大型モンスターを倒している途中で偶然見掛けても不思議はない。シズカ達は雑談の中で互いにアキラの無事を確認できる話題を出してみたが、互いに期待する返事は得られなかった。


 ハンター稼業を営む者と、その者達を商売相手にする者。どちらも商売柄、知人の死に対する耐性は高くなる。だがそれでも感傷は覚えるのだ。死亡と消息不明が限りなく等価な稼業だと理解している。杞憂きゆうである可能性も十分残っている。それでもシズカ達の表情は浮かないものとなっていた。


 そこにアキラが現れる。シズカ達はいつもより笑顔を少し輝かせてアキラを迎え入れた。


 アキラはシズカ達にハンターランク調整依頼が終わったことなどの軽い近況を先に話した。


「それでまあ、何だかんだありまして、装備がまた駄目になったんです。だからまた装備調達の相談というか、装備一式、車とかも含めて全部そろえる相談に乗っていただきたいんですけど、お願いできますか?」


勿論もちろんよ。それで、今回の予算はどれぐらいなの?」


「10億オーラムぐらいでお願いします。即金でもう少し出せますけど、まずはそれを基準に考えたいと思います。下手に悩みそうなら、取りあえず前と同じものを買って、後でいろいろ付け加えようと思います」


 アキラが提示した予算の下限に、それをあっさりと告げたアキラの態度に、シズカが接客用の笑顔を心配そうに少し崩す。


「また随分と稼いできたようだけど、本当に大丈夫だったの? ハンターランク調整依頼ってランク上げそのものが報酬みたいなもので、金銭面での報酬は安くなる傾向になるって聞いたけど、それで10億オーラムって相当な額よね。アキラ。また無理をしたの?」


 不要な無理をしたのならそれをたしなめるために、無事に帰ってくる可能性を少しでも上げるために、シズカは少し口調を強めていた。ここで無理を自覚した上で誤魔化ごまかすようならば、更に強めにくぎを刺さないといけない。そうアキラの反応を先に予想しながら、少し追求するように厳しくも気遣うような視線を向ける。


 しかしアキラの反応はシズカの予想とは大分異なっていた。アキラは深いめ息を吐き、疲れをにじませた声を出す。


「……大変でした。本当に大変でした……」


 その強がりも誤魔化ごまかしもない態度に、今までのアキラとは大分異なる様子に、シズカはアキラがよほどの苦境を経験したことを察して、以前の自身の勘の正しさを再認識していた。そしてその様子から諫言かんげんや小言は不要と判断して、対応を元気付ける方に切り替えて優しく微笑ほほえむ。


「本当に大変だったようね。でもそれなら、無事に戻ってきてくれて本当にうれしいわ。怪我けがとか体調とか、大丈夫なの? 疲れを押して顔を見せに来てくれたのならもう十分よ。戻ってゆっくり休みなさい。装備の相談とか気になっているのなら、店の奥で話しても良いわ。そっちで休む?」


「ああ、それなら大丈夫です。しっかり治療を受けてきたので体調は万全です」


「そう。良かったわ。無理をしないように、これからも気を付けなさい」


「はい。気を付けます。……気を付けてたんだけどなぁ」


 アキラは笑ってそう答えた後、軽く項垂うなだれた。シズカ達がその随分と堪えた様子に少し驚き、悪いと思いながらも少しだけ面白く感じて顔をほころばせる。そして互いの顔を見て、苦笑して顔を取り繕った。


 シズカは気を切り替えると、アキラの相談に真面目に誠実に乗るために、少し湧いた感情を脇に置いて、装備調達に関わる重要な要素を確認することにした。


「それで、アキラのハンターランクは幾つになったの?」


「42です」


 シズカが優しくもどことなく寂しげにも見える微笑ほほえみを浮かべる。


「……また随分上がったわね。アキラ。先に言っておくわ。ハンターランクがそこまで上がったのなら、別の店に行くのも一つの手よ」


 予想外の内容にアキラが困惑する。そして緊張の混ざった戸惑いを見せる。


「えっと、どういう意味でしょうか?」


「SSB複合銃の時点で、価格帯とかが私の店の商品からは既に大分外れているのよ。だから適した装備を勧められる自信があんまりないの。勿論もちろんできる限り相談には乗るつもりよ? でも限度はあるわ。ほら、前に銃のデータをたくさん送ったでしょう? 白状すると、あの量は私にもアキラに適した装備を選びきれないってことでもあるの。基本的に店に置いていない商品だから取り寄せになって時間も掛かるわ。だから、もっと高級品を主商品にしている店に行った方が、装備の相談も的確になって、アキラには良いかもしれないわ」


 シズカは善意で勧めているのだが、アキラは僅かに不安そうに顔を曇らせた。


「その、取り寄せばかりになると、シズカさんに迷惑が掛かりますか?」


「いいえ。むしろ逆よ。店長として店の利益を第一に考えるのなら、私の店で注文してくれた方が良いに決まっているわ」


 アキラが安心したように緊張を緩める。


「それなら、俺が迷惑にならない限り、お手数ですが今後も取り寄せをお願いします」


「……アキラはそれで良いの?」


「はい」


 アキラははっきりとうなずいた。迷惑だと言われたら仕方なく店を変えるしかないが、違うのであればアキラに店を変える理由など全くない。


 シズカは珍しく少し顔を赤くして、気恥ずかしそうにアキラから少し視線をずらした。自分の店をそこまで気に入ってくれたことに、シズカにも込み上げるものがあったのだ。


「これでランク40超えのハンターが3人も顧客になったわけか。私の店も随分立派になったものだわ」


 シズカがエレナ達に視線を移す。アキラが釣られてそちらを見ると、エレナとサラがどことなく寂しげにも見える笑顔を浮かべていた。


「私とサラは両方とも41なのよ。アキラの1つ下ね」


ついに越されちゃったか。まあ、その内だとは思っていたけど、早かったわ」


 アキラがハンターランク調整依頼を引き受けていた間、エレナ達はかなり精力的にハンター稼業に精を出していた。比較的高難度の依頼を優先して受けて多くの成果を稼いでいた。クズスハラ街遺跡奥部の調査依頼もその一環だ。遺跡内の高品質の地図を提供し、多くの遺物を見つけ出し、先日の襲撃騒ぎでもかなりの戦果を稼いでいた。その後も大型モンスターを多数狩っていた。


 エレナ達がそこまで精力的に活動していた理由には、アキラへの対抗心のようなものも含まれていた。悪く言えば先行者としての見栄みえだ。だが一番の理由は、もうしばらくの間は頼れる先輩でいたい、というおもいからだった。


 そして自分達なりにぎりぎりまで頑張って多くの成果を稼いだという自負もあった。ハンターランク41は、エレナ達にとってそれだけの価値がある数字だった。


 しかしそれをアキラにあっさりと抜かされてしまった。エレナ達はアキラの成長を確かにうれしく思っていたが、その胸中にそれとは別の複雑なおもいも同時に存在していた。


「これからはアキラ先輩とでも呼ばないと駄目かしらね?」


 エレナがその胸中を誤魔化ごまかすように冗談めいたことを言って悪戯いたずらっぽくアキラに微笑ほほえむと、アキラが非常に反応に困っている様子を見せる。自分などまだまだだと謙遜すれば嫌みになるが、かと言って代わりの言葉も思いつけない。それが有り有りと顔に出ていた。


 エレナとサラはそのアキラの様子を見て、自分達から不要なこだわりが抜けていくのを感じた。そして互いの顔を見て軽く笑うといつもの調子を取り戻した。


「まあ、私もエレナもハンター歴だけならアキラより随分長いから、そっちの知識面ではまだまだ先輩面ができそうね」


「あら、そうするとサラには難しいんじゃない?」


「ちょっと、何てことを言うのよ。アキラ。そんなことないわよね?」


 サラが少し笑顔を強めてアキラを見詰めると、答えやすい内容にアキラが流されるままに答える。


「あ、はい。勿論もちろんです。これからもいろいろ聞くと思いますけどお願いします」


「ふふ。ありがとう」


 サラがいつもの様子で笑う。アキラもようやく落ち着きを取り戻した。


 その後はしばらく装備調達の話題となった。アキラが提示した下限10億オーラムの予算はエレナ達にも大金だ。自分達も装備にもっと予算を割り当てるべきかと、エレナ達の装備調達も交えて皆で話し合っていた。


 そこでサラが素朴な疑問をアキラに尋ねる。


「装備を一度に全部失って、より高性能な装備への欲求が高くなったのは分かるけど、報酬を他のことにも使おうとは思わないの? 別に戦うために生きているって訳でもないでしょう?」


 サラはアキラが依頼の報酬のほぼ全てを今回の予算にぎ込んでいると思っていた。しかしそうではない。今回の予算の元は戦歴の売却金と依頼中に売った遺物の代金などだ。


 アキラがキバヤシとの交渉で手に入れた報酬は次のものだ。42まで上がったハンターランク。ランク50相当の割引額で弾薬等を購入できる権利。そしてキバヤシのコネ、つまりクガマヤマ都市やハンターオフィスの伝を利用しての強力な装備の調達だ。


 アキラのハンターランク調整依頼は、キバヤシとの依頼前の交渉で、偶発的な事態が発生した場合に報酬が跳ね上がる契約内容になっていた。そして大型モンスターの襲撃騒ぎはその条件を十分に満たしていた。契約通り膨れ上がった報酬を、アキラはその装備調達にほぼ全てぎ込んだ。


 都市の防衛隊や特殊部隊の装備品には一般ハンターへの販売が制限されているものも多い。最前線で販売されているような装備品もクガマヤマ都市で購入するのは非常に難しい。そしてそれだけに高性能だ。


 アルファの依頼を達成するためにはそれらの十分高性能な装備が絶対に必要だ。アキラはそれらの装備の入手をキバヤシに頼んだ。キバヤシはそれらの装備をアキラに渡せば更に楽しいことが起こると考えて、その頼みを上機嫌で引き受けた。


 強力な装備ほど各種の許可や権限が必要で、そのための交渉時間も長くなり、下手をすると数か月、半年以上待つことになる。キバヤシは、それでも良いか、と一応念押しした。アキラはそれを受け入れた。


 アキラとサラの想定には大きな隔たりはあるが、報酬のほぼ全てを装備代にぎ込んでいる認識は同じだ。そのためアキラもその差異に気付かず、軽くうなる。


「そう言われても、これといった使い道は特に思い付かないんですよね。借りている家も十分大きいし、浴室も広いから引っ越そうとも思いませんし、高い服が欲しいとも思いませんし、……強いて言えば、食事はもう少し美味うまくても良いんじゃないかと思い始めて、最近食事代が少しずつ増えていっていますね。それでも装備代に比べれば微々たるものですけど」


「アキラはそっちか。まあアキラの稼ぎなら、クガマビル上層の高級店で毎日3食豪勢に、とかでもない限り全く問題なさそうね」


「あ、最近そこで食べました。とても美味おいしかったです」


 アキラがつたない語録で少々熱意を込めて料理の内容を語る。食欲をそそられる味の詳細については全く伝わらなかったが、アキラが料理を非常に美味おいしいと感じたことだけは十分に伝わった。


「それなら今度みんなで一緒に食べに行く?」


 エレナは軽い気持ちで、しかしそう熱心に話すアキラの様子なら断られないだろうとも思いながら誘ってみた。だがアキラは表情を曇らせた。


「あー、それはちょっと……」


「あら、駄目?」


「いえ、その、値段が値段なので。最近そこに行ったのも依頼の報酬交渉の席がそこだったってだけで、報酬の一部としておごってもらったようなものなんです。それで、そこに自費で行くのは非常に躊躇ちゅうちょするというか……、まあ、そういうことです。折角せっかくの誘いですけど、すみません」


 アキラが申し訳なさそうに頭を軽く下げる。エレナが断られた理由に安堵あんどと納得を覚えた後で笑って付け加える。


「それなら誘ったのはこっちだし、アキラの分は私がおごるわ」


 シズカが笑って口を挟む。


「エレナ。私もあの辺の店だと結構きついのだけど」


「じゃあシズカの分はサラがおごるってことにしましょう」


「私? まあ良いけど、加減してよ?」


 アキラを置いて話が進んでいく中、そのアキラが内心の葛藤を表情に出していた。あの食事代をおごってもらうのは流石さすがに申し訳ないという感情と、おごってもらえばまたあの店に行けるという欲が激しく衝突していた。


 シズカ達がそのアキラの様子を見て楽しげに笑っている。ハンターランク42のハンターとはとても思えない少し子供っぽくも思えるその様子に、自分達を引き剥がすように猛烈な勢いで進んでいたアキラとの距離が少し縮まったようなものを覚えて、それが錯覚だったとしても、笑っていた。




 ヤナギサワが情報端末越しに取引相手と話している。


「……ええ。……はい。あの機体の性能なら申し分ないかと。私からもクガマヤマ都市の経営陣に配備を強く促します。ただあの戦果だと単機での運用実績でしかありませんから、防衛隊の次期主力機として配備を促す理由にはまだ少々弱いのは確かですね。ですので、まずはクズスハラ街遺跡の仮設基地及び後方連絡線への配備を促し、そこでの部隊運用での実績を加えてから、防衛隊への配備につなげる予定です。仮設基地の方でしたら私の権限でも一定の裁量が通りますから。……はい。御期待いただけるかと。ですので、防衛隊への配備が決定しましたら、約束通り例の貸出について御助力を御願い致します。……ええ。勿論もちろんです。……はい。失礼します」


 ヤナギサワが通話を切る。そして取引相手用の笑顔を消して、軽い疲労を感じさせる息を吐いた。


「全く強欲な連中だ。面倒臭え」


 話が終わるのを待っていた部下の男が、愚痴をこぼすヤナギサワの様子を少し怪訝けげんな顔で見ている。


「主任でも貸出し交渉は難航中ですか」


「まあな。何しろ企業規模が桁違いだ。そこらの相手と同じようにはいかないよ」


「……主任が妙なことをやっているのはいつものことですけど、たまには概要ぐらい教えてくれても良いんじゃないですか?」


「あれ? 話さなかったっけ?」


「貸出品の内容やその手続きの煩雑さは聞きましたが、そもそも何のために借りるのか、その理由の方は聞いた記憶はないですね」


 ヤナギサワは何をするのかは教えるが、何のためにそれをするのかは黙っていることが多い。特殊部隊を率いてクズスハラ街遺跡の奥部に向かった時も、ネリアを連れてセランタルビルの上階に向かった時も、今回の貸出交渉もそうだった。


 ヤナギサワが部下の問いをいつもの笑顔でけむに巻く。


「まあ、あれだ。不特定多数の人間の幸福、救済の実現とその継続のためだ。その手段の為の手段の為の手段の為の前準備の準備。そんなところだ」


 真面に答えるつもりはない。その意図は正しく伝わった。


「……そうですか。まあ、主任が後ろ暗いことをするのは勝手ですが、俺達を捨て駒にはしないでくださいよ?」


ひどいな。そんなことをした記憶は一度たりともないぞ?」


 ヤナギサワはそれは心外だと芝居がかった態度を見せていた。部下の男はそれでその話題を打ちきった。ヤナギサワの具体的な目的を探ろうとした結果、いつの間にかいなくなった同僚はそこそこいるのだ。そこに加わる気はなかった。


「では報告です。主任に言われて調べていた例の人型モンスターの件ですが、主任の懸念通り人型モンスターの襲撃ではなく、そう装った人間の仕業が相当数混ざっていました」


「だろうな。これで裏取りが済んだってことで、注意喚起の内容を変えるか。建国主義者絡みのやつは全部俺に回せ。こっちで対処する」


「それなんですが、気になる報告が上がっています。これを見てください」


 ヤナギサワ達の視界にその報告内容が浮かび上がる。遺跡の立体地図上に、襲撃ごとの場所、人数、動機などが表示されている。その1件の動機を読んだヤナギサワが表情から笑顔を消した。


「……裏取りを全部やり直して同類の件が他にないか詳しく確認しろ。他の都市の収容施設に売られた襲撃犯も含めて全部だ。尋問の制限を俺の権限で外して良い。隠すようなら丁寧に口を割らせろ。今後の襲撃も同様に扱え。すぐにやれ」


「了解しました」


 部下がヤナギサワの態度に機敏に動き出し、そのまま部屋を出て行く。ヤナギサワは動機の記載内容に鋭い視線を向けている。


 遺跡の管理者を名乗る者から取引を持ちかけられた。そこにはそう記載されていた。




 ヤツバヤシは今日もクズスハラ街遺跡で移動診療所を開いていた。診療所のベッドにはティオルの遠隔操作端末が患者を装って縛り付けられている。


 ヤツバヤシが暇そうに欠伸あくびをしてから、視線をその遠隔操作端末に移す。ティオルの連絡を期待しているのだが今のところ反応はない。受信距離の問題かとも考えて移動診療所の位置を遺跡の奥部近くまで移動させてもみたのだが、結果は同じだった。


 下手に解剖して遠隔操作機能を壊してしまい、その所為で連絡不能になるのを避けるため、遠隔操作端末を調べるのは止めている。しかし好奇心を抑えるのもそろそろ難しくなっていた。


「……そろそろ見切りを付けた方が良いかな。ティオル君。ベッド代もただではないんだぞ?」


「そうか」


 操縦者を得た人形が突如そう答えた。ヤツバヤシが驚き、口を開こうとした後で、何かに気付いたようにそれを止めると、その表情を怪訝けげんなものに変えていく。


「ティオル君……じゃ、ないな? どちらさん?」


「分かるのか」


「これでも医者なんでね」


 人形が軽い驚きを見せた後で笑う。あからさまに適当なことを言っているが、別人だとあっさりと見抜いた事実に変わりはない。その評価に対する笑みだ。


「取引をしませんか?」


「急にそんなことを言われてもな。ティオル君はどうなったんだ?」


「彼は非活性状態です」


「死んだ、という解釈で良いのかな? 彼はまだ一応ぎりぎり俺の患者なんだけどね」


「死亡の定義によります。しかし貴方方あなたがたの基準でもおおむね死亡扱いで良いと思いますよ。私には彼を活性状態にする義理も義務もありませんし、貴方あなたにはその技術も手段もないのですから。取引の報酬に彼の活性化を求めますか?」


「俺にその技術が本当にないかどうかここで論ずるのは避けるが、まあ、俺としても、診察の機会を自分から捨てた上に治療費の支払いも望めそうにない者に、そこまで手厚い治療を施す義理も義務もないな。で、どちら様なんだ? その取引とやらには非常に興味が湧いているが、俺も急患の治療とかでもなければ、名も知らない者を真面まともに相手なんかしないぞ? ああ、俺はヤツバヤシだ。先ほども言った通り医者をしている」


「ツバキと申します。担当区域の管理をしております。ああ、取引に際しての名前ですが、貴方あなたはその偽名でも構いませんよ。個人を識別さえ可能であれば取引に支障は出ませんので」


 ヤツバヤシの表情が僅かに固くなる。人形はティオルの顔で、そして明確に別人の表情で、愛想良く微笑ほほえんでいた。

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