第192話 遺跡探索の誘い

 アキラが荒野を荒野仕様の大型車で当てもなく進んでいる。具体的な目的も目的地もない。一応汎用討伐依頼を受けているが、それで稼ごうとは思っていない。誰かに外出の理由を尋ねられたら、大型車両の運転や新装備の使い勝手に慣れるためと答える程度の希薄な目的だ。


 アキラは遺跡探索、遺物収集を目的にしたハンター稼業を再開したが、当面の活動場所に悩んでいた。クズスハラ街遺跡はいろいろありすぎたこともあり、しばらく立ち寄る気になれなかった。


 リオンズテイル社の端末設置場所の情報から未発見の遺跡を探すのも良いかと思ったが、その情報の取得元である旧領域接続装置を手に入れた企業も同じ情報を手に入れた可能性もある。場合によっては該当の場所に派遣された企業の調査部隊と鉢合わせ続けるという状況になり、そこから余計なことを探られる可能性があると考えて、今は止めておくことにした。


 家で考え続けていても仕方ない。取りあえず荒野に出てから考えれば良い案も浮かぶかもしれない。そう思って荒野に繰り出したのだが、今のところ良い案は浮かんでいなかった。アキラの行き当たりばったりの悪い面が露骨に表れていた。


 アキラは運転しながら今後の予定を考え続けてうなっていた。アルファはそのアキラを見ながら助手席で微笑ほほえんでいる。


「どうしようかなー」


『アキラ。それ、15回目よ?』


「一々数えているのかよ」


『数えているわけではないわ。特に理由なく記録している情報に残っているだけよ。アキラだって10秒前の行動ぐらい覚えているでしょうけれど、それは何か特別な理由があって覚えている訳ではないでしょう?』


「そういうことか?」


『そういうことよ』


 納得できるようなできないようなアキラの微妙な思いは、車の索敵機器に現れたモンスターの反応でき消された。アキラは車をめて降りると、情報収集機器の優先精度を反応の方向に合わせた。


 モンスターは6本脚の獣に似た体格だが、体表面は毛皮はなく爬虫はちゅう類のうろこで覆われている。背中には機銃や砲の残骸にも見える機械部品が付いていた。


「結構大きいな。あの大型連中の生き残りか、単に大きいだけか」


『遠距離武装が潰されているわね。体表面にも被弾の跡があるわ。傷から流れ出た体液の乾き具合から判断して、近くで交戦して逃げてきた個体の可能性があるわね』


「俺が倒すと横取りになるか? ……まあ、良いか」


 大型モンスターの生き残りが特別報酬付きの優先討伐目標に設定されており、血気盛んなハンター達がそれらを狩っている。アキラはそれを思い出して少し迷ったが、気にせずに倒すことにした。仮にこの個体を苦労して仕留めようとしてぎりぎりのところで逃げられたハンターがいたとしても、自分に向かってきているモンスターの討伐を、そのハンターを気遣って取りやめる理由はない。第一そのハンター達が生きている保証もないのだ。


 アキラが右手に持つSSB複合銃の銃口をモンスターに向ける。そして顔を逆方向に向けてから引き金を引いた。弾丸が宙を駆け、モンスターの頭部に命中した。続けて撃ち出された銃弾も同じように着弾した。


 アキラは今までの実戦と訓練の成果により、銃をしっかり構えてしっかり狙えば、よほどの事態でもない限り目標にしっかり命中するようになっていた。それによりアキラの射撃訓練は次の段階に進んでいた。


 銃の照準器の映像を視界の一部に表示して、目標を直接見ないで照準を合わせる。情報収集機器の反応から敵の位置を予測して射撃する。両手に銃を持ち、視界の外にいる別の目標をそれぞれ狙って精密射撃を行う。今まではアルファのサポートで実現していたそれらを、自力で可能にする訓練だ。


 今のところその訓練の成果は悪くないという程度でしかない。つまり、ある程度はできていた。くぐり抜けた死線の数が荒唐無稽だった目標に現実性を与えていた。


 いずれは自力でできるようになってもらう。アキラは以前にアルファにそう言われていた。


 アルファがそう言うのならばいつかは可能になるのかもしれない。アキラはそう思いながらも、その時は実現までの道程に途方もない隔たりを感じていた。しかし装備の性能に助けられているとはいえ、それがある程度実現できていることに、今は成長の実感を、確かな手応えを覚えていた。


 大量の弾丸を浴びた大型モンスターがついに崩れ落ちた。使用した弾丸は比較的低威力の通常弾で、大型モンスターには少々効果が薄いのだが、アキラはそれを連続射撃の精度で補った。自分でも満足できる結果にアキラが珍しく表情を緩める。


「通常弾でも何とかなるもんだな。大分近付かれたし、あれ一体に大型弾倉の中身を使い切ったけど」


『弾薬費が自費に戻ったのだから、弾薬費で破産しないためにも安い弾丸でり繰りしないとね。ハンターランクでの割引にも限度はあるわ』


「全くだ。割引のおかげで軽減されたとはいえ、弾薬費におびえる日々がまた戻ってきたんだ。慣れておかないとな」


 車両には大型車両の積載量を生かして通常弾も大量に積み込まれている。勿論もちろん高価な分だけ装弾数が異常な拡張弾倉も積み込んでいるが、そちらは遺跡の奥部や建物内など、車両の通行が不可能な場所で使用する。通常は普通の弾倉で十分だ。高威力の弾丸を使用して1発で倒すより、低威力の通常弾を使用した方がアキラの訓練にも都合が良いという理由もある。


 車に戻ろうとしたアキラが足を止める。車載の索敵機器が荒野の先からこっちに向かってくる車両の反応を捉えていた。




 交戦していた特別報酬付きの大型モンスターに逃げられてしまったハンター達が車で目標を追いかけていた。助手席に座っているレイナが運転席のトガミに声を荒らげている。


「もっと急ぎなさいよ! 他のハンターに良いところを持って行かれたらどうするのよ!」


「敵の武装を潰すのに手間取ったんだ! 仕方ないだろう!」


「だから初めに足を潰せって言ったじゃない!」


「遠距離攻撃の無力化が先だ! こうやって敵の攻撃を気にせずにスピードを出せるのも相手の武装を潰したからだ!」


「それで逃げられたら本末転倒よ!」


「安全第一の指示を出せって言ったのはお前だろうが!」


「それでも逃げられずに倒せるって言ったのはあんたでしょう!?」


 レイナとトガミは激しく言い争っているが、そこにはいがみ合うような険悪さはなく、お互いに遠慮なく意見をぶつけ合える気安さがあった。


 後部座席のカナエが意味ありげに笑いながらあからさまに揶揄からかうような口調でレイナ達に声を掛ける。


「相変わらず仲が良いっすねー」


 レイナとトガミが僅かに固まる。そして一度視線を合わせると言い争うのを止めた。以前に似たようなことを言われた時に声をそろえて言い返してしまい、仲の良さを証明していると追撃されたのだ。


「……とにかく、急いで」


「分かってる。もう少しだ」


 その反応では大して変わらない。カナエはそう思って楽しげに笑っていた。


 同じく後部座席に座っているシオリは少し不服そうな表情を浮かべていた。シオリの基準ではトガミの態度は少々粗暴であり礼儀に欠けすぎているからだ。そしてそれに引きられるように、レイナが少し粗暴になっているような気がしているからだ。


「お嬢様。トガミ様。戦闘で高揚するのも理解できますし、戦意を保つために声を上げるのも大切だとは思いますが、変わらぬ平常心を保つのも同様に大切です。そのためにも不必要に声を荒らげないことを強くお勧めします。程度がひどいと護衛にも支障が出ますので」


「あ、その、ごめん」


「あ、はい。すみません」


 レイナとトガミが少し気まずそうにしながら態度を改める。そして背後から聞こえたシオリの深いめ息に表情を少し硬くすると、程よく萎縮しながら意識を前に集中した。


 車載の索敵機器が大型モンスターの反応を再度捉える。しかしその反応は周囲の他の反応と合わせて、他のハンターにモンスターを倒されてしまったことも示していた。トガミとレイナがそれに気付いて軽く項垂うなだれる。


「あー、遅かったか。すまん。間に合わなかった」


「仕方ないわ。確実な撃破に固執して安全を軽んじていたら、結果はもっと悪くなっていたかもしれない。そう考えて、ここは甘んじて受け入れましょう」


 トガミもレイナもあれだけ言い争っていた割にはあっさりと結果を受け入れた。相手への非難など欠片も抱いていない。これもまた成長だ。


「……どうする? 先にあれと戦っていたのは俺達なんだし、俺達の成果も主張してみるか? 合同での撃破扱いぐらいにはなるかもしれない」


「今日の指揮はトガミだから、その判断はトガミに任せるわ。ただし交渉もトガミがやってよね」


「分かった。……うーん。物は試しだ。言うだけ言ってみるか。……ん?」


 トガミが交渉対象のハンターを注視したことにより、情報収集機器が拡大表示処理を実施する。そしてそのハンターが知人であることに気付いた。アキラだった。




 アキラはトガミの申し出をあっさり受け入れた。そこに交渉と呼べるものは全くなかった。それでレイナ達は逆に戸惑っていた。


「えっと、本当に良いの?」


「いや、俺達は助かるんだけどさ」


「ああ。良いから好きにしてくれ」


「うーん。でも……」


 レイナ達は随分と物わかりの良いアキラの態度に逆に納得がいかず、その理由を探るように話を続けようとしていた。しかしシオリはアキラの返事に、どうでもいいから好きにしてくれ、という億劫おっくうな面が強いことに気付くと、話を続けようとするレイナ達の態度は悪手だと判断して口を挟む。


「アキラ様。御厚意に甘えさせていただきます。お嬢様。トガミ様。これ以上アキラ様のお手を煩わせないように手続きを始めてください。時間が掛かっては御迷惑になります」


「え? あ、うん。分かったわ。アキラ。ありがとね」


 レイナとトガミが手分けして撃破報告の手続きを進める。特別報酬付きモンスターの討伐報告だ。賞金首討伐報告の手続きほど面倒ではないが、単純な汎用討伐と違って手間が掛かるのだ。


 ハンター証やハンターコードでの討伐参加者を明示する。索敵機器や情報収集機器から収集した戦闘記録や、撃破した個体を識別するために情報収集機器でモンスターの死体等を調べた情報を送信する。報酬の分配等に調整が必要ならその内容も送信する。それらをハンターオフィスに送った後、職員が内容を調査して問題ないと結論を出して、撃破報告手続きはようやく終わりになる。


 アキラはそれらの手続きを全部レイナ達に任せた。戦闘記録や報酬分配調整の内容などに偏りがあれば報酬のほぼ全てをレイナ達に持っていかれることになる。レイナ達を信頼して、ではなく、単純に手続きの作業が面倒だからだ。


 カナエが笑ってアキラのそばに立つ。


「いやー。アキラ少年。太っ腹っすね」


「……そっちとここで果てしなくめるのが面倒なだけだ」


 高額な特別報酬を失いかねない不手際への揶揄やゆと、シオリやカナエなどの実力者を含むハンター達と荒野でめて死傷を含む戦闘に発展しかねない危険性への考慮を含めた返答。お互いに言葉がかなり足りていないが、その微妙な意味合いはお互いの表情や視線からそこそこ通じていた。


「ところでアキラ少年。ハンターランクは今、幾つっすか?」


「答える義理はないな」


「教えてくれても良いじゃないっすか。私のも教えるっすから。私は……」


「興味がない。そっちが話すのは勝手だが、俺は答えないからな」


「けちっすねー。まあ、アキラ少年のハンターコードは分かってるっすから、ハンターオフィスのサイトで調べればすぐに分かるっすけどねー」


 カナエが情報端末を取り出してハンターオフィスのサイトにつなぎ、ハンターコードからアキラのハンター情報を閲覧しようとする。そして少し意外そうな驚きの表情を浮かべると、楽しげにも見える意味深な笑顔を浮かべて興味深そうな視線をアキラに向けた。


「へー。ほー。ふーん。なるほど。アキラ少年はそうっすかー。はぁー」


 アキラは反応したら負けだという湧き出た感情に従って、カナエの意味深なつぶやきを無視した。


 作業を終えたトガミ達が戻ってくると、カナエが待っていたとばかりに笑って全員に話を持ち出した。


「アキラ少年。暇そうだし、良かったらこの後一緒にどうっすか? トガミ少年。良いっすよね?」


 急な話にトガミが難色を示す。


「良い悪いの前に、今日のリーダーは俺のはずだぞ? 勝手に話を進めないでくれ」


「まあまあまあまあ、そう堅いことを言わずに。アキラ少年が同行するのなら、あの自動人形探しの許可を出すっす。更に私も戦闘要員として換算して良いっすよ」


「えっ? ……本当か!」


 好感触を示すトガミに代わって、今度はシオリが難色を示す。


「ちょっとカナエ。どういうつもり?」


「まあ、良いじゃないっすか。これも何かの縁っすよ。私が基本的に突っ立っているだけで戦力にならない以上、お嬢とトガミ少年だけの戦力じゃ許可を出せないってのは、私も同感っす。でも私とアキラ少年を戦力に加えられたのなら、許可を出しても良いと思うっすよ?」


「急にそんなことを言い出した理由を聞いているのよ」


「私もそろそろお嬢とトガミ少年の微笑ほほえましい掛け合いに後部座席から茶々を入れるのは流石さすがに飽きてきたんすよ」


「何でそこで私とトガミを持ち出すのよ!?」


 レイナも口を挟み、事情を把握している者達で話が騒がしく続いていく。事情を把握していないアキラがその様子を見て軽くめ息を吐くと、少し口調を強めて口を開いた。


「取りあえず、俺にも分かるように説明してくれ。説明がないなら俺は帰るからな」


 僅かに話が止まっている状態で、カナエがトガミの背を軽く押す。


「さあトガミ少年! 交渉の時間っすよ! アキラ少年の興味を引くように事情を説明して、アキラ少年から同行の同意を得るっす! それが駄目ならこの話は無しっすよ!」


 戸惑い気味のトガミがアキラの前に押し出される。アキラと視線が合い、トガミは軽い緊張を感じながら頭の中で内容を整理しつつまずは状況の説明を始めた。


 トガミとレイナは諸事情でここしばらく2人でチームを組んでハンター稼業を続けていた。リーダー役を毎回交代しながら遺跡探索やモンスター討伐に精を出し、互いに指示を出し合い、かばかばわれながら、ハンターとして着実に経験を積んでいた。


 シオリはレイナがリーダーの場合に限って部隊行動の指揮下に入る。リーダーがトガミの場合はカナエと同様に距離を取っての護衛要員だ。今日はトガミがリーダーなので、主な戦闘要員はトガミとレイナの2人だけだ。


 レイナ達はある伝で旧世界製の自動人形が保管されているという遺跡の情報を手に入れていた。しかしシオリ達から戦力不足を理由に該当の遺跡の探索を禁止されていた。


 シオリ達を含めた4人で向かうのならば問題ない難易度だが、レイナ達2人では戦力が足りない。そしてレイナ達が組んで行動しているのは2人の訓練のためでもあり、自分達を戦力要員として換算して作戦行動に入るのは許可しない。レイナ達はシオリ達からそうくぎを刺されていた。そして今、カナエが条件付きで意見を翻したのだ。


 自動人形の情報は一定の信憑しんぴょう性がある程度で、ある意味でうわさの域を出ない精度だ。そして他のハンター達にも同様の情報が出回っている。情報が間違っている可能性も、既に先を越されてしまっている可能性も考えられる。それをトガミがアキラに伝えたところでカナエが口を挟む。


「トガミ少年。その辺は黙っておくか、良い感じにぼやかしておくべきじゃないっすか?」


「交渉相手のハンターにその辺を誤魔化ごまかす気はねえよ」


「意外に真面目っすね」


「そっちが悪辣なだけだ」


 アキラが少し意外そうにしている。アキラの基準ではカナエの判断が普通だ。その倫理基準で誠意的な交渉をしようとするトガミへの評価がアキラの中で少し上がる。


 トガミとレイナは自動人形探しに対して消極的賛成だ。旧世界製の自動人形が非常に高価な遺物だということもあり、シオリ達が反対しないのであればできれば探しに行きたいと思っていた。そしてカナエが積極的賛成に回ったことで、消極的反対の立場を取っていたシオリの圧力は揺らいでいた。


 シオリが少し遠回しに反対意見を述べる。


「トガミ様は私達に同行する際に、シカラベ様から状況に自力で対処するよう指示されているはずです。僭越せんえつながら、アキラ様の助力を得るのはその指示に反していると思いますが」


「……他のハンターと自分で交渉して追加戦力を得るのも、その報酬やめ事に対して自分で責任を負うのも、俺は自力の範疇はんちゅうだと考えている。一人前のハンターに成長するための訓練として、自力の解釈やその裁量を含めて俺の自力だ。間違っていたら、シカラベからの俺の評価が下がるだけだ」


 トガミが視線をアキラに戻し、交渉相手としてしっかりと対峙たいじする。


「アキラは俺達をチーム単位で考えているのかもしれないが、交渉相手は俺だ。何かあった場合の責任も含めてだ。その上で、できれば同行してほしいと思っている。どうだ」


「……一応確認するけど、飽くまでも遺跡探索の誘いなんだな? 俺が雇われるわけでも、そっちの指揮下に入るわけでもない。そっちが俺をどの程度の戦力として考えているのかは知らないが、俺は俺の感覚で戦う。そっちが想定している戦力になるとは保証しないし、文句も受け付けないぞ」


「構わない。その上で、戦力が足りなければ撤退する」


「報酬の分配方法は?」


「頭割りを基本にして、細かい調整は後だ。実際に自動人形が見付かったとしても、機体を分割して分配するわけにはいかないからな。売却ルートとかもそれぞれに伝があればその選定にめるだろう。その時に出た文句も俺に言ってくれ」


 アキラが質問を止めて黙り始める。トガミが僅かに緊張しながら返事を待っている。


「……。分かった。一緒に行こう」


「良いのか?」


「ああ。旧世界製の自動人形とか、その手の遺物が有りそうな遺跡の探索なら、空振りに終わっても面白そうだ」


 トガミとレイナがうれしそうに笑い、カナエが少し芝居がかった様子で喜びをあらわにする。その横で、シオリは真面目な表情で状況への対処を考え始めていた。




 アキラ達がうわさの遺跡を目指して荒野を進んでいる。トガミはアキラと今のうちにできる交渉を済ませておくためにアキラの車の助手席に座っていた。


 その雑談を交えた交渉の中でアキラが情報の信憑しんぴょう性の詳細を尋ねると、トガミは口外しないことを条件に追加の内容を話した。その内容を聞いたアキラが顔を僅かに引きらせる。情報の出本はヒガラカ住宅街遺跡で発見された旧領域接続装置を手に入れた企業である可能性が高い。そう聞かされたのだ。


『アルファ。今から行く遺跡って、前に手に入れたリオンズテイル社の端末設置場所の情報と被ってるか?』


『被っていないわ』


『じゃあ偶然か』


『多分違うわ。恐らくコロン持ちの企業が代金を支払って、もっと詳細な情報を手に入れたのよ。リオンズテイル社は非実在形式で人格を派遣していたけれど、実体を欲しがる顧客向けに自動人形も提供していたのかもしれないわ』


『……あの旧領域接続装置って、使えるのは俺みたいな旧領域接続者だけじゃないのか?』


『別途接続機器を用意すれば旧領域接続者ではない人でも使用できるわ。それに企業が旧領域接続者を確保している可能性もあるわ』


『……そうか。じゃあ端末設置場所の情報も多分知ってるんだろうな。ヨノズカ駅遺跡を見付けたのは俺なんだけど、大丈夫かな。そこから俺の存在を探られたりしないかな』


『アキラがヨノズカ駅遺跡を見付けたという証拠が出回っている訳でもないから、そこからアキラの存在が露見する可能性は低いはずよ。未発見の遺跡を偶然見付けるハンターはそれなりに多いから、多分大丈夫よ』


『だと良いんだけど』


 アキラがアルファとの会話で表情を微妙に変えてしまう。トガミがそれに気付く。


「どうかしたのか?」


「……何でもない。企業もそんな貴重な遺物の情報を手に入れたのなら、その情報が漏れる前に独自に部隊を派遣してさっさと手に入れた方が良いのに。そう思っただけだ」


 アキラは誤魔化ごまかすために適当なことを口にしただけだった。だがそれを聞いたトガミが苦笑する。


「俺もそう思ってシカラベに似たようなことを言ったら、もっと裏の事情を読んで行動するのがハンターだって笑われたよ」


 不思議そうにしているアキラに、トガミが続けてシカラベから聞いたことを説明する。


 その情報だけで旧世界製の自動人形が確実に手に入るのならば、そもそもその情報をトガミが手に入れている時点でいろいろとおかしい。情報は漏れるものとはいえ、企業側もそれほど貴重な情報をそう簡単には流出させない。


 既に目的の自動人形は企業の部隊に奪取されており、その上で関係者が小遣い稼ぎに情報を流した。


 該当の場所を軽く調査したらモンスターが予想外に強力だった。そのため自動人形が存在する可能性と自前の部隊を派遣した場合の損害を考慮した上で、自動人形の取得方法を買い取りに切り替えた。情報は自動人形を最終的に自分達に売りに来る可能性が高いハンターに限って意図的に流している。


 遺跡に自動人形は確かに存在するが、企業の興味は自動人形よりもその遺跡そのもの、旧世界の研究施設やその設備などにある。遺跡を制圧するためにモンスターを駆除する必要があるが、その手間を省くために自動人形を餌にして、ハンター達にモンスターの駆除作業を押しつけようとしている。


 そもそも自動人形の情報は初めから全て出鱈目でたらめ。多数のハンターを遺跡に呼び寄せて遺跡の難易度を落とした上で、誰かが自動人形とは全く関係のない別の高価な遺物を狙おうとしている。


 シカラベはトガミに他にも様々な意図、利害、臆測、可能性を含めた話をした。トガミはその内容をそのままアキラに話し、自分がその話を聞いた時と同じ表情をアキラに浮かべさせた。


「……そういった諸々もろもろの可能性を考慮して、その上で情報の信憑しんぴょう性を自分なりに推察して、その上で利益が出ると、採算に合うと判断したら行動に出る。それが稼げるハンターの条件だってさ」


 アキラが苦笑いを浮かべる。行き当たりばったりでハンター稼業を続けていたアキラには非常に耳が痛い内容だった。内容に納得した分だけ尚更なおさら痛かった。


 アルファがそのアキラに楽しげな笑顔を向けている。


『アキラも見習った方が良いと思うわよ?』


『その点に関しては俺の不運をのろってくれ。荒野に出るたびにモンスターの群れに遭遇する可能性なんて考慮に入れていたら、採算は常に大赤字だ。俺が行動に出る機会は永遠になくなるんじゃないか?』


『……それを笑い飛ばせないところが、アキラなのよね』


 アルファが笑顔を苦笑に変える。適当なことを言った割には効果があったと思い、アキラはそれで満足した。


「どうかしたのか?」


「いや、何でもない。そんな話をするのならうわさ信憑しんぴょう性は低いのかと思っただけだ。交渉相手のハンターにその辺を誤魔化ごまかす気はなかったんじゃないか?」


 アキラが冗談のように軽く笑ってそう答えると、トガミも似たように笑って返す。


「何を言っているんだ。ちゃんと情報が誤っている可能性の話はしたじゃないか。交渉相手への誠実さの分だけは、ちゃんと説明したつもりだぞ? ……まあ、戦力的に問題がないのなら、探索に向かって損はない。その程度には高いはずだ。……その判断をしたのはシカラベだけどさ」


「この件にシカラベも関わってるのか?」


「あー、まあ、直接関わっている訳じゃないんだ。ただ、いろいろあってな。俺は今レイナと組んでいるんだが、それも俺の訓練の一環で、同時にレイナの訓練でもあって、シカラベとシオリさんがちょっと交渉とかしたらしくて、……まあ、いろいろあったんだ」


 トガミは適当に濁しながら、そのいろいろの始まりを、シカラベとの交渉を思い出していた。

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