第124話 探索再開

 アキラ達は探索の目的をセランタルビルに取り残されているハンターの救出に切り替えた。そして変更した目的に応じて修正した探索方法でビルの探索を再開した。


 先ほどまでは1階から順に各階の通路や部屋を回って情報収集機器を使用し、ビルの内部構造を調査していた。しかし、目的を切り替えてからはキャロルが事前に指定した特定の部屋を回るだけで、寄り道などせずに先に奥に上に進んでいく。移動速度も徒歩から駆け足に変わっていた。今までとの違いにアキラはかなり驚いていた。


 アキラは探索を再開してからもアルファの指示の下で屋内行動の訓練を続けていた。


 訓練の難易度は探索を再開する前に比べてかなり上昇していた。部隊の移動速度が上昇することで、次の判断と行動までの猶予時間が減るからだ。判断と行動の僅かな遅れが、次の判断と行動の難度を上げる。次第に疲労が蓄積し、集中が落ち、動きが鈍り、索敵がおろそかになる。アキラが訓練の難度に耐えきれなくなるのは時間の問題だった。


 アルファがアキラの疲労を考慮して訓練の切り上げを決める。


『アキラ。そろそろ休憩にしましょう。索敵とかも私がするから、アキラは落ち着いて休んで』


『……分かった』


 アキラが軽く息を吐く。完全に気を緩めたわけではない。それでも敵の警戒などをアルファに丸投げすれば、余裕を持ってエレナ達に追いつける。アキラの動きは多少雑なものになるだろうが、アルファが強化服を操作してそれを補うため、動きの見た目の変化も僅かで済む。シカラベ達が雑になったアキラの動きをとがめるようなこともない。


 余裕を取り戻したアキラが、気になっていたことをアルファに尋ねようとする。


『アルファ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……』


『あら、無駄口をたたけるほど回復したのなら、訓練を再開しましょうか』


 アキラは黙った。もとよりアキラのアルファとの会話は念話で行われているので、口を開いたりはしておらず声にも出していないのだが、それでもアキラは黙った。それを認識できる存在ならば、念話で無言を伝えるという無意味なことが行われていることに気づけるだろう。それができるのはアルファぐらいだが。


 アルファが悪戯いたずらっぽく微笑ほほえんで話す。


『冗談よ。で、何を聞きたいの?』


 アキラがアルファに伝える無言に非難の色が混ざる。アルファは楽しげに微笑ほほえんでいる。意地の張り合いでアキラに勝ち目などはない。アキラはやや不機嫌だった表情を軽いめ息を吐いて元に戻してからアルファに尋ねる。


『……行動方針を切り替えてから動き方が随分変わったけど、大丈夫なのか? いや、俺も大丈夫だとは思っているんだけど、えっと……』


 アキラは話しながら自分の考えや聞きたいことをまとめようとしていた。アルファはアキラが言いたいことをアキラが言い終える前に、その内容を推測して把握して補足して答える。


『アキラはエレナの指揮を疑っていない。だからアキラも大丈夫だと判断している。でもそれはエレナ個人への評価を元にしたもの。指揮の内容をアキラが把握、理解、評価して問題ないと判断したわけではない。言い換えれば、全く同じ内容の指揮をシカラベやトガミが行った場合、アキラはとても不安になる。もし私もエレナの指揮を問題ないと判断しているのなら、その理由を教えてほしい。部隊の移動速度を随分上げたけれど、索敵等に影響が出ていないのか。設置されている可能性のある通信用端末を探すと言っていたけれど、各階をしっかり探さないと見落としたりしないのか。それを今エレナに聞くわけにはいかないし、後でエレナに聞いても良いのだけれど、ちょっと気になっているからできれば今のうちに知りたい。……これで良い?』


 アキラは僅かな懸念を覚えながら僅かに表情を引きつらせて答える。


『……そう。そんな感じだ』


 少し前にもアキラは一応隠そうとしたことを、シカラベ達と一緒に賞金首討伐に参加した時の状況を、サラに少し話しただけでほぼ正確に読み取られてしまった。そして今も自分でもまとめようとした最中の内容を、アキラはアルファにあっさり推察されてしまった。


 その内、自分が何か一言でも言った途端、自分の考えや内心を何もかも読まれてしまうのではないだろうか。アキラが覚えたのはそんな何とも言えない懸念だった。


 アルファがエレナの指揮の評価を述べる。


『私もエレナはおおむね問題のない指揮をしていると思うわ。指揮の評価の基準にもよるけれど、別にアキラだって、素人で構成された部隊を率いて死地を駆けて損害なく窮地を打ち破るような、そんな神懸かり的な指揮能力をエレナに求めているわけではないのよね?』


『ああ』


『それなら問題ないわ。エレナは状況に対して十分的確な指示を出している。そう評価できるわ。まず部隊の移動速度について説明すると……』


 アルファはそこまで言って、強化服を操作してアキラを無理矢理やりに動かした。アキラがアルファの説明に意識を割きすぎたために動きを大幅に鈍らせていたのだ。アキラはその事に気付くと少し慌てながら急いで意識を切り替える。すぐに部隊が通過する十字路の一方に銃を向けて安全を確保した。


 アルファがアキラに少し笑いながら尋ねる。


『やっぱり話を聞くのは後にする?』


『……そうだな。後にしてくれ』


『分かったわ。私の話を聞くだけでアキラの動きがおろそかになるなら、私は旧世界の遺跡の中ではアキラに話しかけることもできなくなってしまうわね。そうなったらアキラも寂しがってしまうわね。その訓練も必要かしら?』


 アルファがそう言って微笑ほほえんだ。アキラは膨れっ面を浮かべて黙った。




 アキラ達がセランタルビルの中を順調に進んでいく。敵との遭遇もなく探索域を広げていく。だが残念ながら救出対象の発見には至っていない。


 アキラ達は救出対象が籠城している可能性の高い部屋を探索し続けた。だが全て空振りだった。部屋の中にはかつて誰かがそこにいた痕跡、モンスターに襲われたハンターのものと思われる血痕などは存在していたが、ハンターの姿を見つけることは生死問わずにできなかった。


 状況が変化したのは、アキラ達がビルの20階に到達した時だった。アキラ達が階段を登って20階の中に進もうとした時、エレナがアキラ達にその場に待機するように指示を出す。


 アキラ達が階段から20階の広間の様子を確認すると、そこには今までとは異なる光景が広がっていた。


 原形をとどめているハンターの死体。破壊された機械の残骸。そして、今も動作している機械系モンスターだ。


 外見からアキラ達が市街区画で遭遇した甲A24式と同系統の機体だと判断できるが損傷が激しい。胴体の表面がゆがんでおり、多脚の内の数本が破壊されている。脚は根元から千切れている箇所もあれば、タイヤが外れている箇所もある。しかしその程度の破損ならば、歩行程度であれば問題ないようだ。床に転がっている同型機の残骸やハンターの死体を器用に避けながら広間を徘徊はいかいしていた。


 シカラベが周囲の様子を確認してつぶやくように話す。


「……掃除を終わらせたのは下の階までか。まあ、団体で防陣敷いているよりはましだな」


 敵の様子を見る限り、アキラ達を待ち構えていたようには見えない。だが床の死体を見る限りアキラ達を大人しく通してくれるとも思えない。


 エレナがアキラ達に待機の指示を出して敵の対処と次の行動を思案する。


(恐らくあれは巡回型。私達の存在に気付いている様子はない。センサー類が破損している? セランタルビルの警備設備との情報連携はしていない? 私達の情報収集機器を妨害している何かが敵の索敵や通信にも影響を及ぼしている? あれは自律型? 斥候として行動している? それとも指令機が破壊されて無意味に徘徊はいかいしているだけ?)


 エレナは僅かな時間で様々な推測を立てた。そしてその推測の検証を含めてサラに指示を出す。


「サラ。即死させて」


「了解」


 サラが目標の機械系モンスターに向けて対物突撃銃を構える。サラの銃の照準器も情報収集機器と同様の影響を受けており、照準器に表示されている情報の精度は落ちている。


 だがそれもサラの実力ならば何の障害にもならない。目標の胴体に照準を合わせしっかり狙い、命中すると確信して引き金を引いた。


 弾丸はサラが狙った箇所に狂いなく着弾した。貫通力よりも粉砕力を重視した弾丸が、甲A24式の外部装甲を変形させながら胴体部の内部へ潜っていく。衝突の衝撃が機体を駆け巡り、内部の機械部品ごと派手に粉砕し飛び散らした。一瞬遅れて、付け根を失った多脚が次々と床に崩れ落ちていった。


 エレナはアキラ達に待機の指示を出し続けながら、残骸となり果てた甲A24式のいた場所を観察し続けている。


 アキラがちょっとした引っかかりを覚えてアルファに尋ねる。


『アルファ。さっきサラさんが倒したやつのことだけど、一見機械系モンスターに見えるけど、実はああ見えて生物系モンスター……だったりはしないよな?』


 アルファはアキラの質問を不思議に思いながらも、サラが破壊した機械系モンスターを再度確認する。辺りに飛び散った機械部品や床に転がっている多脚は、大半が金属やナノマテリアル等で構成されていた。生物系モンスターと判断する材料は一切見つからない。


『少なくとも私には機械系モンスターに見えるわ。それがどうかしたの?』


『いや、機械を即死させるってどういう意味なんだ? サラさんの攻撃から判断すると、見た目に分かりやすいぐらい派手に破壊して、ちょっと壊れているけどまだ動くかもしれないって可能性をなくせってことか? ……何か違う気がする』


『ああ、そういうこと』


 アキラはエレナの言葉から、あの敵が一見機械系に見えるが実は生物系ではないかと疑ったのだ。その辺の分類は時折ややこしい口論の元になる。


 アルファが思案する。アキラは既に敵と接触している状況だ。余計な思考に意識を割くよりも、周囲の警戒に意識を割け。そう叱咤しったするべきなのかもしれない。


 しかしそれが本当に余計な思考なのかは分からない。僅かな疑問、僅かな違和感、それに対する思考と、そこから生み出される気付き。それは時に絶望的な窮地を切り抜ける切り札となり、論理的に思いつくはずのない正答を生み出す道標となるのだ。


 その能力を研ぎ澄ますには自覚すら難しい疑問や違和感に対して思考を巡らすしかない。アルファがアキラを叱咤しったすれば、アキラは素直にそれ以上の思考を中止するだろう。それはアキラからその能力を研ぎ澄ます機会を奪うことでもある。


 単純な索敵能力ならば、アキラの実力がアルファの能力を超えることはない。ならば、低い可能性ではあるが、それ以外の有益な能力の研鑽けんさんを優先するべきか。アルファはそう判断した。


 アルファがアキラの問いに答える。


『即死とは、死因となり得る何かが発生した時点から、死亡するまでの時間が十分短いことであるとも説明できるわ。それをあの機械系モンスターに当てはめると、サラがあの機械系モンスターを攻撃して損傷を与えてから、対象が機能停止状態になるまでの時間を限りなく短くする。可能ならばゼロにする。エレナはサラにそれを求めた。推測になるけれど、多分そういうことだと思うわ』


『普通に破壊するだけじゃ駄目なのか?』


『仮に、あの機械系モンスターがこのビルの警備装置の一部だとするわね。攻撃を受けた警備装置が応援を呼ぶかもしれないわ。でもすぐには呼ばないかもしれない。警備装置の制御装置が自力で敵を撃破できると判断したら応援を呼ばないかもしれない。その判断の条件には、自身の破損状況も含まれているかもしれない。制御装置が自己診断プログラムを起動させ、自身の破損状態を確認し、破損比率が閾値しきいちを超えていた場合、応援を要請する。それを阻止するために、一撃で対象を機能停止状態にする必要があった。だからエレナはサラに対象を即死、即時完全停止させるように指示した。こういう推察もできるわ』


『あれがこのビルの警備装置の一部なら、あれを破壊した時点でどちらにしろビルの監視装置とかに見つかって応援を呼ばれたりするんじゃないか?』


『ビルと敵の機体がどこまで連携しているかは不明よ。実は全くしていないかもしれないわ。エレナの指示はそれを確認するためだったのかもしれない。あるいは、今の発砲音でどれだけ敵が寄ってくるか確認したいだけかもしれない。ビル内に反射した発砲音から私達の正常な位置を把握するのは難しいはずよ。私達の情報収集機器の機能を妨害している何かが存在しているこのビルの中ならね。でも敵の機体までその影響を受けている保証もないわ。それに敵がこのビルの警備装置の一部なら、各個体のセンサー類は影響を受けていても、ビル全体の監視装置が既に私達の位置を把握済みで、各個体もその情報を受け取ることで私達の位置を把握できるのかもしれない。それらを状況の変化から見極めようとしているのかもね』


 アキラが少し驚いている。アルファの説明はアキラの頭の中に欠片かけらも存在していなかった。戦闘のその手の判断をアルファに任せていた弊害だろう。アキラはアルファの説明を聞いて自分の実力不足を痛感していた。


『他にもいろいろ推察できるけれど、これぐらいにしましょう。敵と遭遇した以上、気を引き締めないとね』


『最後に一つだけ教えてくれ。アルファに説明してもらったことって、普通のハンターならすぐに推察できるものなのか? 全然分かっていなかったのは俺だけなのか?』


『指示の言い方の話なら、単純にエレナがサラにならあの言い方で伝わると判断しただけかもしれないわね。エレナとサラは長年組んで活動しているようだから、その辺はお互いに細かく言わなくても伝わるのでしょう。エレナがアキラに同じことを指示する場合は、多分もっと長く細かい内容の指示を出すと思うわ。指示の理由や根拠についての話なら、アキラの言う通りかもね。それが気になるのなら、これからも勉強と訓練を頑張りなさい。応援しているわよ?』


 アルファは意味ありげに微笑ほほえんだ。アキラが苦笑して答える。


真面まともなハンターへの道程は長そうだな』


 アルファが言う応援とは、勉強と訓練の質と量と厳しさをあげる意味合いも含まれている。それぐらいはアキラにも分かった。




 トガミは状況の推移を確認し続けていた。敵はサラの銃撃で粉砕されて床に散らばっている。エレナはその場所を真剣な表情で見続けている。それだけだ。それ以上の変化はない。


 警戒を続けていたトガミの少し強張こわばった表情が若干疑問を含んだものに変わる。そして困惑の色が増えていく。


 敵はあの一体だけだったのではないか。新手が来る様子もないし、先に進んでも良いのではないか。救出対象を早く助けるためにも、もっと急いだ方が良いのではないか。トガミの脳裏にそんな想定と案が浮かび、トガミは無意識にそれを肯定した。


 トガミがエレナに声を掛ける。


「あの、えっと、進まないのか?」


 エレナは前を向いたまま、表情を変えずに答える。


「御免なさい。悪いけど教官役までやっている余裕はないの。聞きたいことがあったらシカラベに聞いてちょうだい」


「いや、でもさっきからずっと……」


 食い下がろうとするトガミに、シカラベの不機嫌な声が届く。


「引っ込んでろ」


 シカラベの方に視線を向けたトガミがたじろいだ。シカラベはトガミを軽い敵意を込めて威圧していた。


 シカラベが真剣な表情で不快感を隠さずにトガミに宣言する。


「いいか? エレナは忙しいんだ。邪魔をするな」


「……。分かりました」


 大人しく引き下がったトガミを見て、シカラベが逆に怪訝けげんな様子を見せる。この状況でトガミの調子に乗った言動を許して事態を悪化させないために少々強めに威圧した。だがそれを考慮に入れてもトガミの態度は素直なものだった。少なくともシカラベにはトガミから嫌々渋々引き下がった雰囲気は感じ取れなかった。


(……なんだこいつ? 急に聞き分けが良くなったな。それはそれで助かるんだが……)


 シカラベは少し釈然としないものを覚えながらも深くは気にしなかった。既に敵と遭遇しているのだ。自分達の邪魔をしないのなら大きな問題ではない。


 トガミが改めて他の者達の様子を確認する。トガミの感覚では、敵と初遭遇したことによる慎重さを考慮しても、迅速な行動を求められる救出行動を無意味に遅滞させているようにしか思えない。


 自分達は急造のチームなのだ。無駄な、あるいは不可解な指示を出されたら不満や困惑を出しても良いはずだ。トガミはそう考えていた。だがトガミを除いてエレナの指示に不満や困惑の類いの態度を見せる者はいなかった。


(少なくとも彼女は必要なことをしていて、シカラベもその必要性を認めている。他のやつも同じか? 彼女の指示の理由を想定できていて、必要性を理解しているのか? 分かっていないのは俺だけか?)


 正確にはその理由等を分かっていない人物がもう一人いる。アキラだ。不満等の態度が表に出ていないのは単純だ。アルファからいろいろ聞いているからだ。


 分かって当然のことを自分だけが分かっていない。そう思い込んだトガミは必死になってエレナの指示の理由と根拠を考え続けた。




 エレナが広間の右手にある奥に続く通路を指差しながら指示を出す。


「サラ。可能ならしばらく泳がせて。危ないと思ったら、指示を待たずに破壊して」


「了解」


 サラが通路の出口に向けて銃を構える。そして軽く笑いながら話す。


「何があるか分からないし、ちょっと早めに破壊しても良い?」


「任せるわ」


 真剣な表情で答えたエレナを見て、サラは余裕の表情を保ちながら気を引き締めた。


 アキラが着用しているゴーグル型の表示装置には20階の簡易マップが表示されている。サラが銃口を向けている通路も表示されている。エレナの指示の後に簡易マップの表示が変化した。赤い点が通路の奥側に現れたのだ。敵の反応だ。


 アルファがアキラの視界を拡張する。それによりアキラの視界に通路の奥の部分、壁で見えない部分が簡易的に透過表示された。


 簡易マップに表示されている赤い点と同じ場所に、同じく簡易表示された敵が赤色で表示される。モンスターの形状や人の構えまではっきり分かる表示方法ではなく、その位置に敵がいることが分かる程度の簡易的な表示方法だ。


 アルファがアキラに指示を出す。


『敵よ。対処はサラだけで十分だと思うけれど、一応アキラもしっかり警戒して』


『分かった。いつもと違って表示が雑なのは、情報収集機器の性能が落ちているからか?』


『そうよ。透過表示している通路も簡易マップの形状を重ねて表示した程度の精度だから過信はしないでね』


 アキラがCWH対物突撃銃を敵のいる通路の出口付近に向けて構え直す。アキラの視線は通路の先、壁越しの敵へ向けられていた。


 シカラベとキャロルは銃口をアキラ達が警戒している通路とは別の通路に向けている。簡易マップに表示されている敵への対処はサラとアキラで十分だと判断したからだ。そして簡易マップに敵が表示されていないからといって、他の通路に敵がいないとは限らないことを理解しているからだ。


 トガミは前方に銃を構えながらアキラの様子を見ていた。そしてアキラの視線が壁の方に向いていることに気付くと怪訝けげんな表情を浮かべた。


(あいつ、何を見てるんだ?)


 トガミが視線をアキラの視線の先にある壁に移す。しかしその壁には注目するべきものなどない。トガミは困惑の色を深めながらアキラの様子を見ていた。


 簡易マップの赤い点が通路の奥からアキラ達がいる方向へ近付いてくる。このままならじきにアキラ達の前まで来るだろう。


 赤い点、敵の反応がアキラ達に近付くほどに、アキラの拡張視界に赤く表示している敵の姿が変化していく。簡略表示だった敵の姿が徐々により細かい形状に変化していく。敵とアキラ達との距離が近いほど情報収集機器の精度が上昇するからだ。


 アキラが敵の位置を目で追い続けている。アキラの視界に壁越しに表示されている敵の姿がその距離に応じて精細なものに変化していく。


 敵はサラが先ほど破壊した甲A24式と同型だ。ただしその個体と比較すると破損箇所が少ない。新たな個体は通路の床に散らばっている障害物を器用に避けながら進んでいき、ついに通路から出てアキラ達の前に現れた。それはアキラの視線の先が、通路の出口に向いたのと同時だった。


 アキラの様子をいぶかしみながら見ていたトガミが驚きの表情を浮かべる。アキラの視線の先とモンスターの位置が一致していることに気付いたのだ。


(あいつ、敵を目で追っていたのか!? 一体どうやって!?)


 トガミは驚きの余り通路から出てきた甲A24式よりもアキラの方を注視してしまった。もし敵がアキラ達の存在を把握していて即座に攻撃を試みた場合、それは致命的なすきになっただろう。


 幸運にも、あるいはエレナの予想通り、甲A24式は何もせずに広間をそのまま進んでいく。サラは敵の背中に生えている機銃の銃口が自分達の方に向いていないことを確認すると、構えた銃の照準を敵の機銃の部分にしっかり合わせたまま、エレナの指示通りに敵をそのまま泳がせた。


 甲A24式はそのままサラに破壊された敵の残骸の上まで進み、そのまま通り過ぎた。それを確認したエレナが指示を出す。


「サラ。破壊して」


 エレナの指示で、サラが間髪容れずに機械系モンスターを銃撃する。


 1発目の銃弾が甲A24式の機銃部分に命中する。機銃部分が着弾の衝撃で大きく変形すると同時に機体から剥ぎ取られた。更に甲A24式は着弾の衝撃で脚のタイヤが床から離れるほど大きく体勢を崩した。


 2発目の銃弾が甲A24式の胴体部分に命中する。弾丸が機体の多脚の1本を吹き飛ばして派手に転倒させた。


 転倒した機体に3発目、4発目の銃弾が撃ち込まれる。3発目の銃弾は2本の脚を巻き込んで外部装甲を貫き、胴体の中までめり込んだ。4発目の銃弾は胴体部分の前方に着弾すると、そのまま胴体部を貫通して機体の後ろにある壁に激突した。


 僅かな時間で無力化された甲A24式は、床に転倒したまま最後のあがきのように残った脚を不規則に動かしていた。そして数秒で完全に停止して二度と動かなくなった。


 サラが敵の撃破を確信して銃を下ろす。エレナはサラが破壊した機械系モンスターを見ながら思案を続けている。


 アキラは原形を大分残している機械系モンスターを見ながらアルファに話す。


『1回目の時とは攻撃方法が随分違うな』


『エレナからの指示も違うわ。恐らくサラは、相手の武器を破壊して無力化した後は、敵の装甲の強度や制御装置の位置を確認するために考えて攻撃したんでしょうね』


『なるほど』


『同型の機械系モンスターなら内部構造も同一の可能性が高いわ。敵のどの箇所にどの程度の威力の銃弾を打ち込めばどうなるか。それをサラが一度先に見せてくれたのだから、アキラはそれを考えて狙う場所を決めないと駄目よ?』


 アルファが微笑ほほえんでそう答えると、アキラが僅かに表情をゆがめた。確かにサラの攻撃の過程と結果を見た。しかしそれで自分は敵のどの部位を狙えば良いかなど、アキラには全く分からなかったからだ。


 飛び散った機械部品の中から機械系モンスターの制御装置を推測し、制御装置の破壊される前の位置を推測した上で、装甲の薄い場所を推測して制御装置を狙撃して破壊する。それが可能ならば効率的に機械系モンスターを無効化できるのだろう。当然ながら、アキラには無理だ。


『取りあえず、まずはサラさんみたいに相手の武器部分を狙うってのはどうだ?』


『良い案ね。後はアキラが私のサポート無しでも、恐らく移動中の機械系モンスターを狙って、比較的小さな部品である武器部分に当てられるようになるだけね』


『……で、正解は?』


『正解は狙撃の腕前によって変化するの。今のアキラの腕前なら、大きな胴体部を狙って相手の体勢を崩して、相手の命中精度を可能な限り下げるってところかしら。最低でもどこかに当たらないとね』


『ごもっとも。まずは当てないとな』


 自力でサラのような狙撃を成功させるのは当分後になるだろう。アキラは少しだけめ息を吐いた。


 トガミがアキラに声を掛ける。


「……どうやって敵の居場所を把握したんだ?」


 アキラが不思議そうにしながら答える。


「簡易マップに表示されていただろう。連携していないのか?」


 トガミが戸惑いの様子を見せながら再度尋ねる。


「そうじゃない。お前は壁に隠れて見えなかった敵を間違いなく目で追っていた」


 トガミに問いただされ、アキラはようやく理解した。普通は壁の向こうの敵など見えないのだ。だがアルファにサポートしてもらったなどとは話せない。内心少し焦りながら何食わぬ顔で答える。


「簡易マップに敵の反応が赤で20階の見取図と一緒に表示されていただろう。それを見れば大体の位置は想像できるはずだ」


「簡易マップに表示されている敵の位置は所詮目安だ。お前は壁越しに敵の位置を、敵が通路から出てくるまでしっかり目で追っていた。一体どうやって……」


 トガミはアキラの説明では納得できず、更に食い下がろうとする。そこにシカラベが割り込む。


「アキラ。そいつの戯言たわごとには耳を貸さなくて良い。無視しろ。そいつは自分にできない分からない理解できないことを、全部怪奇現象の類いとでも思っているんだろう。相手をするだけ無駄だ」


 シカラベの発言の意図は不明だが、アキラに都合の良い内容には違いはない。アキラが軽くうなずいて答える。


「分かった」


 トガミが少し不満げにシカラベを見る。しかしどことなく馬鹿にしているようなシカラベの表情を見ると、すぐに僅かに項垂うなだれるように顔を下げて、視線をシカラベから外して、周囲の警戒に戻った。


 シカラベがまた怪訝けげんそうな表情を浮かべる。シカラベはトガミをアキラとめさせないために口を挟んだのだが、その分だけ自分に絡んでくると思っていた。しかしトガミはまたもあっさり引き下がった。


(本当にやけに素直だな。なんなんだ、一体)


 シカラベはその理由が分からずに怪訝けげんそうにしていたが、大人しく引き下がったトガミの様子を見て、トガミへの評価を調子に乗ったガキから少しだけ修正した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る