第123話 シカラベの要望

 アキラ達がセランタルビルの調査を開始する。キャロルから提供されたマップデータを頼りに、各フロアを1階から順に調べていく。


 通路や部屋の至る所に機械系モンスター達の部品と思われる金属片が転がっている。ハンター達のものと思われる血痕も残っている。比較的最近のものだと判断できる弾痕や焦げ跡なども無数にある。戦闘の激しさを容易に想像させるものばかりだ。だが敵との遭遇は一度もなかった。


 ビルの5階に到着したアキラ達が、扉が破壊されて半開きになっている部屋を見つける。周囲には無数の弾痕があり、その部屋に逃げ込んだハンターが部屋に入り込もうとするモンスターと交戦した跡にも見える。


 アキラ達は無言でうなずくと、それぞれが部屋への突入のために配置に着く。部屋の中にモンスターが存在していても問題なく対処できるように、銃を構え、突入タイミングを合わせ、機敏な動きで室内に入り、内部の敵影を素早く確認した。部屋の中に敵はいなかった。アキラは息を吐き、銃を下ろした。


 アキラ達は部屋に入る前に情報収集機器による索敵を済ませている。索敵の結果、敵の反応はなかった。しかしそれは使用した情報収集機器では確認できなかっただけであり、安全を保証するものではない。敵の反応がないのだから敵はいない。そのような油断をしていると、あっさり命を落とすことになる。情報収集機器の性能が低下している現状では尚更なおさらだ。


 アキラ達は部隊として行動するために一緒に訓練をしているわけではない。それでもそれなりに実力のあるハンターならば、部隊行動の中で自分がするべき行動をお互いに的確に判断することにより、結果的に効率的な部隊行動を実現する。それを理解しているものなら、敵のいない部屋を制圧した際の動きを見ただけでも、相手の実力をある程度把握できる。


 アキラ達の中でそのような部隊行動能力が最も低いのはアキラだ。アキラにはその動きを身に着けるための訓練も実戦もまるで足りていない。


 アキラの実力はアルファの訓練のおかげで実戦や訓練の期間を考慮に入れれば飛び抜けて優秀だ。しかしシカラベ達のような実力者と一緒に行動する基準には届いていない。


 そのアキラが部隊の足を引っ張らずに済んでいるのは、当然だがアキラへの訓練を兼ねたアルファのサポートのおかげだ。


 アキラの視界に突入時の動きを事前に表示する。突入後の立ち位置、銃口を向ける方向を表示する。視界の一部を強調表示して、真っ先に確認するべき場所に視線を誘導する。動きが遅れた場合は強化服を操作して無理矢理やり行動させる。アキラが部屋に突入した時だけでも、アルファはそれだけのことをしているのだ。


 部屋に入る前でも、通路の移動中でも、前に他の部屋に入った時でも、セランタルビルに入る前からアキラの訓練はずっと続いている。そのためエレナ達が見る限りは、アキラはエレナ達に引けを取らない実力者の動きを見せていた。


 アキラの強化服とそれ以外の部分の動きの差異や、視線と銃の照準のずれなどから、アキラの本来の実力を見抜くことは不可能ではない。しかし東部の東端、最前線と呼ばれる地域で活動する極めて有能なハンターでもなければ難しい。自分の実力を把握するためにシカラベ達に同行しているトガミも例外ではなかった。


 トガミにとって、シカラベ、エレナ、サラ、キャロルの4人は明確にトガミよりも格上のハンターだ。ハンターランクの上でも、尊大さが取り払われたトガミの意識で見たシカラベ達の動きを見た印象でも、間違いなく格上だとトガミに証明していた。


 アキラのハンターランクはトガミより下だ。しかし賞金首討伐時に同行した時の経験と、ここに来るまでにトガミに見せたアキラの動きの両方が、アキラも確かに格上の相手だとトガミに理解させた。


 トガミは複雑な表情で5人を見ていた。同行者が全員格上のハンターという状況でトガミの中に芽生えたのは、実力者が同行していることによる安心感ではなく、また自分が何もできず何も分からずに終わってしまうのではないかという不安と焦りだった。


 エレナは部屋の様子を確認すると、何かをいぶかしむような表情でつぶやく。


「順調……ってことで良いのかしらね」


 アキラがエレナに尋ねる。


「どうかしたんですか?」


「ん? ちょっとね。アキラ。セランタルビルの中で、ここに来るまでにハンターの死体とか、モンスターの残骸とかを見た? 残骸の方は細かい部品とかではなくて、ある程度の大きさや原形をとどめているものよ」


 アキラの記憶にはない。しかしアキラは見落とした可能性を考えてアルファにも尋ねる。


『アルファ。ここに来るまでにそういうの有ったか?』


『ないわ』


「見ませんでした」


 アキラはそう断言した。アキラにはエレナが何を気にしているかは分からない。ただ、明確に答えることでエレナの疑問が解決するなら断言するべきだ。アキラはそう思ってあやふやな自分の記憶に頼らずにアルファに確認を取ったのだ。


 エレナがそう力強く答えたアキラの様子を少し面白く思って軽く笑った。


 サラもどこか楽しげに微笑ほほえみながらエレナの問いに答える。


「私も見なかったけど、それがどうかしたの?」


「セランタルビルの周囲にはハンターの死体も機械系モンスターの残骸もあれだけ転がっていたのに、ビルの内部にそれらしいものが全くないってのがちょっとね。交戦も一度も無し。アキラとキャロルの話ではビルのフロアを埋め尽くすほどに大量のモンスターがいて、ドランカムの緊急依頼を受けたハンターも含めてかなりの数のハンターが犠牲になったはず。それなのにハンターの死体も破壊された機械系モンスターも見当たらない。その理由を思いつかないわけではないけれど、辻褄つじつまの合う理由を思いついたからって、それで納得して終わりにするのも、ちょっとね」


 シカラベがエレナに尋ねる。


「それならその理由を順に聞こうか。敵が出ない理由は?」


「ここにいたはずの機械系モンスター達はビルの中にいるハンターを粗方殺し終えたので、ビルの周囲を包囲している部隊の排除に向かった。それでその部隊と交戦して全て破壊された。ビルの周囲を部隊が囲んでいるので、増援のモンスター達もビルの中に入れない。だから今現在のセランタルビルの中には敵が出ない」


 今度はサラが尋ねる。


「ハンターの死体や機械系モンスターの残骸が見つからない理由は?」


「セランタルビルは当時の機能がまだ稼動している遺跡。自動清掃機械がビルの中を掃除して、それらをビルの外に捨てた。ビルの周辺に散らばっているハンターの死体や機械系モンスターの残骸の一部は、その自動清掃機械がビルの中から外に捨てていったもの」


 アキラが尋ねる。


「その自動清掃機械とも遭遇しない理由は何でしょうか? 掃除した割には細かい部品や血痕が残ったままですけど」


「清掃時間が決まっていて、今はその清掃時間ではないからビルのどこかで待機状態になっている。あるいは、所詮は清掃用で戦闘能力はないから、私達と遭遇しないように移動している。このビルの機能が生きている以上、私達の位置を何らかの方法で把握することは可能だと思うわ。細かい部品や血痕が残ったままなのは、単純に清掃機械の性能の所為か、あるいは単にまだ清掃の途中なだけで、先に大雑把おおざっぱに大きめのものを退かしただけなのかもね」


 エレナはアキラ達の問いに順に答えていく。アキラとトガミはエレナの予想を聞いて純粋に納得し、無意識に僅かに警戒を緩めた。2人の表情も僅かに緩む。しかしシカラベ、サラ、キャロルの3人はエレナの答えを聞いて一定の納得を示したが、それで気を緩めたりはしなかった。


 シカラベが再び尋ねる。


「なるほど。確かに辻褄つじつまは合うな。それなら俺達は楽に調査を進められる。できれば諸手もろてを挙げて賛成したいところだが、楽観的ではない方の予想は?」


 エレナが少し表情を険しくさせて答える。


「私達を確実に殺すために手を尽くしている。今まで敵と遭遇していないのは、ビルの管理人格が機械系モンスターを統率しているから。戦力を逐次投入して各個撃破されるのを防ぐために、各階に散らばっていた機械系モンスター達をビルの上階に集めている。そして私達がある程度ビルを登った所で包囲殲滅せんめつするつもりでいる。ハンターの死体や機械系モンスターの残骸がビルの中にないのは、私達の油断を誘うため。敵の残骸や味方の死体が散乱している光景を見れば、私達は間違いなく警戒を強める。あるいはそれ以上奥に進むのを躊躇ちゅうちょするかもしれない。逆に、床にちり一つないほどに綺麗きれいに掃除しても、それはそれで明らかに異様で警戒する。だから意図的にある程度の汚れは残しておいた。ハンターの死体や機械系モンスターの残骸がビルの中にないことは確かに不自然かもしれないけれど、即時撤退を判断させるほどの危険を感じさせるものではない。むしろ、その不自然さの理由を確認するために警戒しつつ前進する理由になるかもしれない。悲観的に考えれば、こんなところかしら」


 エレナの答えを聞いたアキラの表情が険しいものに変わる。先ほどアキラの心に僅かに生まれた安堵あんどは消し飛んだ。


 キャロルが余裕を残した笑みを浮かべながら話す。


「それはそれで辻褄つじつまの合う話ね。それで、リーダーとしてはこれからどうする気なの? エレナにその気はなかったのかもしれないけど、不安をあおった後は何らかのフォローが欲しいところだわ。先日ここで危険な目に遭った人間が2人ほどいるわけだしね」


 キャロルはそう話してちらっとアキラを見た。キャロルは愛想良く微笑ほほえんでいるが、その笑みはどこか挑発的な色合いを含んでいた。


 エレナはキャロルの意図を読むように数秒キャロルを見た後で答える。


「そうね。まずはビルの簡易マップを見て頂戴」


 エレナがアキラ達が見ているセランタルビルの簡易マップを更新した。簡易マップに球状の図形が次々に表示される。図形はビル1階の出入り口から今現在アキラ達がいる部屋までの間を埋めるように表示された。


「それは私が設置した小型の情報収集機器の反応よ。各端末間での通信も可能なタイプの製品で、探索結果を私まで送信しているわ。セランタルビルの中は情報収集機器の探索範囲も短距離通信の範囲も低下しているから、かなり刻むように設置する必要があったけどね」


 球形の図形の中心から線が出て、近くの球から出てくる線とつながった。互いに連結して端末間で通信をしていることを表しているのだ。同時に探索範囲と短距離通信の範囲が異なることも示していた。


「本当ならビル内の調べた箇所全てを探索範囲にするように設置したいところだけど、セランタルビルに入る予定はなかったし、追加を調達する時間もなかったから、そこまでの数はないの。だから私達の退路を確保できるように、そこで何かあればすぐに分かるように設置したわ」


 アキラ達が調査した範囲とセランタルビルの残りの部分を埋めるように球形の図形が現れる。そのために必要な小型情報収集機器の数が概算で表示される。数が足りないことを示すように数字が赤くなり、未設置の分の図形が消えていく。


「退路に何らかの異常が発生した場合はすぐに撤退する。それまでは設置する端末を使い切るまで奥に進む。使い切ったら撤退する。勿論もちろん、それ以外にも何かあれば柔軟に対応して必要なら撤退する」


 アキラ達を示している簡略化された人型の記号が、退路となる通路に端末を設置した図形を残しながら、ビルの上階を目指して登っていく。簡易マップの階下に表示されていた探索範囲の図形が赤くなると、人型の記号は引き返して1階へ戻ろうとする。


「ビルの上階に機械系モンスター達がいるとして、それらが私達のいる場所を迂回うかいして下の階に回り込んだとしても、それらが設置した情報収集機器の探索範囲に入ればすぐに分かる。退路にしている通路の構造なら一度に相手にする敵の数も制限できる。私達の火力なら強引に突破してビルの外に脱出できると考えているわ」


 敵モンスターを示す記号が、退路の通路を塞ぐように現れる。アキラ達を示す記号が、時に通路の地形を利用して敵モンスターの記号を消しながらビルの外に出て行った。


 エレナは簡易マップを操作しながらの説明を終えた。表示されていた簡易マップが元の状態に戻る。


 アキラは図を交えてのエレナの説明を興味深く聞いていた。


『やっぱり図解入りだと分かりやすいな』


『それはそうだけれど、あの程度のことなら文字情報だけからでも理解してもらいたいわ。あれは多分アキラに説明するためのものよ』


 アルファの話を聞いて、アキラが少し強がるように答える。


『……いや、別に分からないって言っているわけじゃない。分かりやすいって言っているだけだ』


『そう。エレナから口頭でいろいろ説明されることはこれから何度もあると思うけど、ちゃんと理解してね』


『……すみません。その時は補足をお願いします』


よろしい』


 素直に答えたアキラを見て、アルファは満足げに微笑ほほえんだ。


 エレナがキャロルに微笑ほほえみかけながら話す。


「……私の指揮の基準を大雑把おおざっぱに説明するとこんな感じだけど、どうかしら? 何か不満があるなら遠慮なく言って頂戴。セランタルビルの内部で実際に交戦した人の意見をないがしろにする気はないわ」


 キャロルが再びアキラの様子をさり気なく確認する。アキラがエレナの説明に不満や不安を覚えた様子は見受けられない。それを確認したキャロルは、称賛の意を乗せた笑顔をエレナに送る。


「大丈夫よ。安全に調査を進められそうで安心したわ。アキラから信頼されているだけあって室内戦闘での指揮の腕も確かなようね。昨日の戦闘の大半は屋外戦だったから、ちょっと確認したかっただけなの。悪かったわ。御免なさい」


「良いのよ。ハンターとしてお互いに命を預け合っているのだから、私もその手の確認は大切だと思うわ。納得してもらえて満足よ」


 エレナとキャロルはお互いに内心の微妙に矛先のずれた対抗意識を隠しながら愛想良く微笑ほほえんでいる。サラは苦笑して済ませ、シカラベは無関係なことだと気にせず、トガミは焦りのためか気づきもせず、アキラは事態の把握が今一つなためか僅かに首をかしげただけだった。


 アキラ達がセランタルビルの探索を進める。エレナの予想が的中しているのか、敵との遭遇もなく順調に調査範囲を広げていく。


 敵は一向に現れない。情報収集機器の性能を低下させるために、ビルの内部では音を含めた様々な情報伝達が阻害されているのか非常に静かだ。その静寂はアキラ達にここには自分達以外誰もいないように感じさせた。


 アキラはアルファから屋内探索の訓練を兼ねた指導を受けながら進んでいる。


『なあアルファ。全然敵が出てこないけど、エレナさんの予想のどっちが当たっていると思う?』


『アキラはどちらだと思っているの?』


『……正直、全然分からない』


『それならそれが正解よ。明確に選ぶ必要がないのなら、下手に決めつけるのは止めておきなさい。選んでしまうと、無意識のうちにその選択を肯定する情報を受け入れやすくなり、その選択を否定する情報を拒むようになりかねないわ』


『そういうものか』


『それに、どちらにしろアキラが今やることに変わりはないの。良い予想が正しければ良い訓練になったで済む。悪い予想が正しければ不意を突かれずに済む。敵が出ないからって手を抜かずに、敵が出ない状況であっても気を緩めずに進む訓練だと思って、気を引き締めて続けなさい』


『それもそうだな。……気を緩めたつもりはなかったけど、緩んでいたか?』


『私が判断する限り、旧世界の遺跡を探索するための適度な緊張感には達していなかったわね』


『そんなつもりはなかったんだけど……、分かった。気を付ける』


 敵が全く出てこないため、アキラは知らず識らずのうちにアルファに指摘されるほど気を緩めてしまっていたようだ。気を引き締めて探索を続けた。


 アキラ達がビルの15階に到着して少しった時、エレナが唐突に待機指示を出す。


「止まって」


 アキラが警戒を強めて通路の先に銃口を向けて銃を構える。シカラベ達も全く遅れずに警戒態勢を取る。


 エレナはしばらく何かを確認しているような表情を浮かべていたが、結論を出したのか表情を戻してアキラ達に話す。


「……機械系モンスターの反応ではないわね。大丈夫よ」


 アキラ達はエレナの話を聞いて周囲への警戒を緩めた。サラがエレナに尋ねる。


「それで、何があったの?」


「ちょっと待って……」


 エレナはそう答えて通路の少し離れた場所を調べ始めた。そして通路の隅で小型の機械を見つけるとそれを手に取った。床に散らばっている機械系モンスターの部品に混じっていれば、その部品の一つだと考えても不思議のない小さな機械だが、手にとって確認すれば別のものだと分かる。


「……これか」


 エレナは自分達の足を止めた小型の機械を見ながらそうつぶやいた。


 アキラはエレナが手に取っている小型の機械を興味深そうに見ている。エレナが道中に設置していた小型の情報収集機器に似ているように見える。しかしその程度の推察がアキラの限界で、それ以上のことは分からない。


 エレナがアキラの様子に気付いて、手に取った機械を見せながら説明する。


「これは小型の情報端末のようなものよ。どこかに設置して近くを通ったハンターと情報のり取りをするのが主な用途ね。ハンターが旧世界の遺跡を探索する時に、別行動をしている仲間のハンターに情報を渡したり、いろいろなメッセージを残して連絡を取ったりするために使うのよ。危険な遺跡の奥に向かうハンターが自分の足跡を残すために設置したりもするわ。遺跡の奥でそのハンターが遭難した場合に、救出部隊に足跡を追わせるためとかにね。後は、危険な遺跡の奥部に到達したハンターが、自分がそこまで来た記念や証拠として残していくこともあるわ」


 アキラはエレナの説明を聞いて興味深くうなずいている。エレナはそのアキラの様子を微笑ほほえましく思いながら皆に指示を出す。


「以前ここに来たハンターが残していったものでしょう。調べるからちょっと待っていて」


 エレナが小型端末の調査を始める。自身の情報端末と情報収集機器を介して小型端末を解析した内容がエレナの視界に表示される。サラが使用しているものと同系統の立体映像表示装置の機能だ。


 エレナが自分にしか見えない解析内容を見ながら調査を進めていく。傍目はためから見ると小型端末をじっと見ながら黙って立っているようにしか見えない。アキラがそのエレナの様子を見ながらアルファに尋ねる。


『アルファ。俺にはエレナさんが黙って突っ立っているようにしか見えないけど、その、いろいろやっているんだよな?』


勿論もちろんよ。だから邪魔をしたり変な目で見たりしては駄目よ』


『分かってるって』


『ちなみに、私と話している時のアキラの様子も大して違いはないわ。ハンターには似たような装備を保持している人も多いから、アキラがあからさまな不審者にならずに済んでいるのよ? アキラが不用意に私を見ても、その手の表示を見ているのだろうと思われているの』


『……そうだったのか』


 アルファの姿はアキラにしか見えない。そのためアキラがアルファと普通に話そうとすると虚空に話しかける不審者となる。そうならないようにアキラも注意していたつもりだったが、やはり完全に隠しきることはできなかったのだ。つまりアキラは時折不審者になっていたことになる。アキラが僅かに気を落とした。


 ある程度の解析を終えたエレナがシカラベに尋ねる。


「シカラベ。この小型端末は多分ドランカムに所属しているハンターのものよ。標準規格の通信以外にも何か送信しているみたいだけど、シカラベの情報端末に何か送信とかされていない? 多分ドランカム宛ての暗号通信だと思うわ」


「ん? ちょっと待ってくれ。確認する」


 シカラベは自分の情報端末を取り出して確認する。


「……来ていないな。出力が弱いのか、俺が受け取れる形式のものではないのか、どっちかだな。標準規格の方は何が送られているんだ?」


「モンスターに追われて逃げているから助けてくれって内容のメッセージよ。緊急依頼とは書かれているけど、依頼主の名前も、ハンターコードも、報酬も、有効期限も記載されていない。生存者の救出も依頼の範疇はんちゅうとはいえ、これを読んだからって助けに行くのは無理。救出対象の人数も居場所も生死も不明。私達の作戦の方針を変えるような内容ではないわ。まだ生きていて、私達の調査範囲に偶然いたら助ける。その程度ね」


「そっちで受信した暗号通信のデータをこっちに送れるか?」


「できるわ。はい。送ったわよ」


 シカラベの情報端末にエレナが小型端末から受信した暗号通信の内容が送信された。シカラベの情報端末に組み込まれている暗号通信ソフトがそれを復号する。復号後に出てきたのは、別の形式で暗号化された情報と、その情報をドランカムの幹部に必ず転送するように指示する内容のメッセージだった。


 ドランカムの幹部と情報をり取りする関係で、シカラベの情報端末はその別の形式で暗号化された情報を復号できた。その内容を確認したシカラベの表情が大きく曇る。


「あー、……くそがっ!」


 シカラベは自身の内心を強く反映した言葉を吐き捨てた。


 シカラベは苛立いらだちと焦りを多分に含んだ表情で何かを考え始める。エレナはシカラベの様子を見ていぶかしみはしたが、同時にドランカム側の問題のことだろうと考えて、余計な推察をするのは止めることにした。


 シカラベの表情から察するに間違いなくめ事だ。そしてドランカム内でわざわざ暗号化までしていた内容なのだ。部外者が興味本位で首を突っ込むとろくなことにはならないだろう。エレナはそう判断した。


 思案を続けているシカラベにエレナが話す。


「何があったかは知らないけど、探索を再開しても良いかしら?」


 シカラベはエレナを見て、視線を落として何かを思案し、再びエレナに視線を戻してから話す。


「……そのことで提案、いや、要望がある。この後の行動方針を、さっきのハンターの救出を主軸にしたものに変えてほしい。エレナの推察の通り、そのハンターはドランカム所属のハンターだ。ドランカムにも体面がある。所属しているハンターを放っておくわけにはいかない」


 エレナがシカラベの言葉の裏を探るように聞き返す。


「こう言っては何だけど、もう死んでいると思うわ。死体の回収が目的なら本隊がビルを制圧する過程で発見されると思うから後にしてちょうだい。あるいは自力で脱出済みかもしれないわ。今のところ、敵との遭遇は一度もない。どこかに籠城していて難を逃れたのなら、敵のいないこの状況なら脱出は容易たやすいはずよ」


 エレナの悲観的な、そして常識的な意見に、シカラベが険しい表情で答える。


「いや、恐らくは生きている。自力での脱出もしていないはずだ。どこかの部屋に立て籠もった時に、外部の状況を確認できないほど念入りに封鎖した。負傷により長距離移動が難しい状態にある。その可能性もあるだろう。生存者の救出も俺達の依頼の範疇はんちゅうだ。それに異変発生時の生き残りなら、ミハゾノ街遺跡の異変の解決につながる貴重な情報を持っているかもしれない。単純にビルの調査を進めるより有益だと思うが、どうだ? ドランカム所属のハンターを救出したってことで、クガマヤマ都市からの報酬とは別に、ドランカム側からの報酬も期待できると思うぞ? 何なら俺が掛け合っても良い」


 シカラベはうそを吐いていない。しかしエレナにそう提案した理由は別だ。エレナがそれに気付いた上でシカラベに問う。


「一応聞くわ。嫌だ、と言ったら?」


「この話はこれで終わりだ。ごねる気はない。エレナをリーダーとして行動する。俺はその下で動く。そういう取引だ。俺もハンターの端くれとして、その取引を反故ほごにする気はない」


 エレナが思案する。恐らくシカラベは気は進まないものの、立場上そのドランカム所属のハンターを助けるために一定の努力をしなければならない。そして救出しなかった、あるいはできなかった理由をエレナ達に押しつけようとしている。エレナはそれに気付いた。


 シカラベの言動は間違いなく先ほどの暗号通信の内容によるものだ。エレナが再びシカラベに問う。


「もう一つ。さっきの暗号通信の内容は何だったの?」


「ドランカム内の守秘義務があるから話せない。どうしても知りたいのなら、ドランカムに加入した上でその守秘義務に準じてもらう必要がある。それでも良いのなら俺の権限でこの場での入党を認めよう。ドランカムは有能なハンターの加入を常に歓迎している」


「遠慮しておくわ」


「そうか。で、どうするんだ?」


 エレナは再び思案する。暗号通信の内容は恐らくドランカム内のごたごたに関わる内容であり、部外者には話せない程度の内容なのだろう。少なくともエレナ達がこの場でシカラベから力尽くで聞き出さなければならないような内容ではない。


 エレナが熟考を始める。チームのリーダーとして利益と危険を天秤てんびんに掛けているのだ。


 トガミがエレナにどこかずと話す。


「お、俺もドランカムに所属している者として、できれば助けにいきたい。ドランカムがそういう救援行動を推奨されているって理由もある。無理にとは言わないが……」


 トガミの発言はうそではない。しかし自身の実力を試し、把握するためのより良い状況を求めての発言でもあった。


 エレナがトガミを見た後で、視線をアキラに移す。アキラが答える。


「どちらでも構いません。エレナさんの判断に従います」


 キャロルが続けてアキラを立てるように答える。


「アキラもそう言っているし、私もどっちでも良いわ」


 サラが続けて答える。


「まあ、元々私達がミハゾノ街遺跡に来たのは救援依頼を引き受けるためだったわけだし、その延長だと思えば良いんじゃない? 別途報酬も期待できるって話だしね」


 サラがそう言って意味ありげな視線をシカラベに送る。シカラベが答える。


「俺の保証は報酬を掛け合うまでだ。まあ、ドランカムにも体面がある。相応の額を支払うだろう」


 エレナは全員の意見を聞いた上で重ねて思案する。セランタルビルの中で実際に戦闘をした経験があるのはアキラとキャロルの2人だけだ。エレナはその2人が欠片かけらでも嫌がる様子を見せていたら、シカラベの提案を蹴るつもりだった。しかし2人にその様子はない。エレナは結論を出した。


 エレナは僅かに表情を引き締めて皆に告げる。


「今から私達の行動指針を対象のハンターの救出に切り替えるわ。対象のハンターが自身の足跡を残すために先ほど発見した通信用端末と同じものを設置していると仮定する。それを見つけて対象の位置の絞り込みを進めると同時に、ハンターが立て籠もるのに適した部屋を優先して捜索する。対象を生死不問で確保した時点で撤退するわ。キャロル。該当する部屋の絞り込みをお願い。その作業が済み次第、移動ルートを決めて出発よ」


 キャロルが少し不思議そうにしながらエレナに尋ねる。


「私が渡したマップデータから、そういう部屋の見当ぐらい付くでしょう?」


 エレナが表情を変えずに答える。


「そのマップデータには記載されていない内容も考慮に入れて検討してちょうだい。いろいろ省いているんでしょう? 少なくとも、キャロルがアキラと一緒にここから脱出する時に使った何かに関する情報は、もらったマップデータには載っていなかったわ」


 キャロルが表情から笑みを消し、先ほどまでのキャロルにはない鋭い眼光で、僅かに声を低くしてエレナに問う。


「……それ、アキラから聞いたの?」


 アキラとトガミはキャロルの様子の変化に驚いていた。しかしエレナ達はキャロルの様子を見ても別に驚いたりはしなかった。経験の差のためだ。


 エレナが態度を変えずにキャロルの問いに答える。


「聞いたけど、アキラは話さなかったわ。でもその前の状況、アキラとキャロルが大量の機械系モンスターに包囲されて大変だった状況は話してくれた。その状況から1階の出入り口を目指して2人でモンスターの群れの中を強行突破したわけではない以上、脱出を可能にさせた何かが存在することぐらい分かるわ。脱出経路になり得る何か。隠し部屋か、隠し通路か、隠しエレベーターか、あるいは別の何かがね。そういう情報を含めて検証してほしいってことよ。対象が隠し部屋にいたから見つかりませんでした。キャロルに頼んでいるのは、その類いの事態を避けたいってだけの話。別途情報料が必要って話になるのなら、その辺は後でシカラベと相談して」


 急に自分の名前が出てきたため、シカラベが声を上げる。


「俺かよ」


「この話を持ち込んだのはシカラベで、助けるハンターはドランカムの所属なんでしょう? ドランカム側からの報酬と相殺するとかして、そっちで何とかしてちょうだい」


 エレナの話ももっともだ。シカラベはそう考えてめ息を吐いた。


 キャロルが笑みを消したままの表情でつぶやく。


「……そう。アキラは話さなかったの」


 皆の視線がシカラベとエレナの方に移っていたほんの僅かな時間、キャロルは一瞬だけ深く笑った。暗く深くどろどろとした何かを煮詰めた内心がにじみ出たような、暗い執着と僅かな狂気と確かな喜びの混ざった笑みだった。


 その場にいる誰かがそのキャロルの表情を見ていれば、確実に何らかの反応を示しただろう。しかしその時にキャロルを見ていた者はいなかった。キャロルの表情もすぐに普段のものに戻ったため、アキラ達がそれに気付くことはなかった。


 キャロルが先ほどの様子など欠片かけらも感じさせない微笑ほほえみを浮かべながらエレナに話す。


「分かったわ。すぐに済ませるわね。該当箇所を簡易マップに付け加えれば良いかしら」


 エレナはキャロルを見て僅かな戸惑いを覚えた。しかしその理由までは分からなかった。


「……? ええ、お願いね」


 だが今はその分からない何かを気にしていられる状況ではない。エレナはすぐに気を切り替えた。


 アルファがキャロルをじっと見ている。アルファはその場に実在しているわけではない。そのため、アルファはそこに存在している何かを認識するために、普通の人間とは異なる様々な手段を用いている。手段の一つとして、情報収集機器で対象の形状を読み取って立体図にしたりもしている。その他の手段も用いている。アルファは誰かを見るためにその誰かを視界に入れる必要はないのだ。


 つまりアルファは、先ほどのキャロルの表情をしっかり見ていた。そしてキャロルに対する警戒を更に上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る