第122話 一山幾らの命

 アキラがサラと一緒にエレナ達の帰りを待っていると、アキラの情報端末にキャロルからの通話要求が届いた。サラの方にもエレナから連絡が来たようだ。


 アキラが情報端末を操作して通話要求を受け入れると、キャロルの機嫌の良い声が聞こえてくる。


「アキラ。こっちは上手うまくいったわ。依頼の詳細は後で話すけど、アキラも満足する内容に頑張ってまとめてきたわよ」


「そうか」


 キャロルはどことなく興味の薄そうなアキラの声を聞き、アキラに言い聞かせるように僅かに口調を強めて話す。


「……ちゃんとエレナも満足してもらえる結果になるように、私がしっかり交渉したわ。うそだと思うなら合流した後でエレナに聞いてちょうだい」


 別にキャロルを疑っているわけではない。アキラは少し不思議に思いながら礼を言う。


「……? いや、別に疑ってない。助かった。ありがとう」


「どういたしまして。私達はハンターオフィスの出張所の所で待っているから、サラと一緒にこっちに来て」


「分かった。すぐに行く」


 アキラが通話を切って車に戻る。サラにも同様のことがエレナから伝えられており、アキラはサラと一緒にエレナ達の所に向かった。




 キャロルは少し難しい表情を浮かべながらアキラとの通話が切れた情報端末を見ていた。先ほどのアキラとの会話を反芻はんすうしながら思案する。アキラの好感を稼げたことは確認できた。それ自体はキャロルの予想通りであり、アキラの籠絡ろうらくが一歩進んだことを意味する喜ばしい事態だ。


 ただ、会話中のアキラの反応がエレナを話題に絡めた前と後で随分異なっていた。より厳密には、アキラは自身の利益よりもエレナの利益に対してより強い関心を示していた。少なくともキャロルはアキラの態度からそう判断した。


(エレナはアキラに随分慕われているようね。シカラベから聞いた話の中には、エレナにそこまでアキラに好かれるような要素はないように思えたけど……。やっぱり本人に、アキラかエレナに聞かないと駄目か。でもアキラに聞いても適当に誤魔化ごまかされるか、あるいはアキラ自身もよく分かっていない気がするのよね。そうなると……)


 キャロルは横目でエレナを見る。キャロルとしてはいろいろと聞き出す相手は男性の方がいろいろと都合が良いのだがこの際仕方がないだろう。問題はそのための時間があるかどうかだ。アキラ達はじきにここに来る。作戦行動中の無駄口は慎むべきだ。作戦が終わった後にエレナ達と話せる時間が取れるかどうかは分からない。


(……今後の付き合いを考えてもらえる程度には、役に立っておきますか。これから向かう場所はセランタルビル。賞金首討伐に成功した優秀なハンターを派遣する必要があると判断した場所。外向きの事情があるとはいえ、クガマヤマ都市の対策班がそう判断した場所に一緒に行くのだから、ある程度の縁は紡げるでしょう)


 キャロルはそう考えて、セランタルビルで死にかけた時のことを思い出す。


(ま、取りあえずは生きて帰らないとね)


 ハンター稼業は自分の命を金に換える稼業だ。それでも死に場所と死に方は選びたい。キャロルは自身がこれから向かう場所を今一度確認して、強く気を引き締めた。




 アキラ達がセランタルビルを目指してミハゾノ街遺跡の市街区画を進んでいる。ハンターオフィスの部隊により制圧済みの箇所を進んでいるため、ビルの近くまでは安全だ。


 アキラは合流したエレナ達から依頼の詳細の説明を受けた。アキラ達の主な仕事は、編制中の主力部隊がセランタルビルに突入する前にビルの内部の状況を調査することだ。


 アキラ達の部隊の編制は今朝と変わっていない。アキラ、キャロル、エレナ、サラ、シカラベ、トガミの6人だ。変更点は隊長がシカラベに変わったことぐらいだ。


 ただしこれはドランカム経由の依頼であるという体面を保つための書類上のことだ。タンクランチュラ討伐チームをそろえようとしたが、諸事情でパルガとヤマノベが参加できないので、代わりの人員を用意したという形式を取ったのだ。


 部隊の実際の指揮者はエレナのままだ。シカラベがドランカムの幹部であるアラベを通してドランカム側にも納得させている。


 これはエレナがアキラ達のセランタルビルの行動において全権を握っていることを意味する。つまり、上の許可がなければセランタルビルから撤退できない、などということはない。アキラ達はセランタルビルの内部を好きなように調査して危険を感じればいつでも撤退できるのだ。


 アキラは車の運転をしながら周辺の光景を観察していた。


 セランタルビルに続く道路の周辺では、編制が終わり次第派遣される予定の本隊の移動を早めるために、瓦礫がれきの撤去作業が進められていた。人型の土木作業用機械が大きめの瓦礫を道路の脇に運んでいる。人型の作業機械に興味がある者なら、しばらく眺めていたくなる光景かもしれない。ただ、アキラの興味は別の物に向けられていた。


 アキラが少し険しい表情でつぶやく。


「……今朝、空振りだった救援依頼の時、モンスターと遭遇しなかった理由はこれか」


 セランタルビルに続く大通りの周囲には、外敵に道を塞がれないように強固な防壁が敷かれていた。大型の簡易防壁が幾つも設置されており、戦車や人型兵器がそれを防衛していた。強力な火器を装備した者達の姿も見える。


 助手席に座っているキャロルがアキラに同意するように話す。


「セランタルビルに周囲一帯のモンスターが集結している分、他の地域のモンスターが減っていたのね。ビルの周辺は今も大規模な交戦中か。賞金首討伐を成功させた部隊が必要になるわけだわ」


 戦車が主砲の照準を大型の機械系モンスターに合わせている。主砲から発射された砲弾がモンスターに直撃する。砲弾が機械系モンスターの内部で爆発し、敵を新たな残骸に変える。


 人型兵器が巨大な機関銃を中型の機械系モンスター達に向けて、巨大な弾丸でぎ払っている。無数の銃弾の衝撃が敵の機械部品を破壊し、粉砕し、吹き飛ばしていく。


 重装備の部隊員達が簡易防壁を盾にして小型の機械系モンスターを駆除している。瓦礫がれきの影や細い路地から迫ってくるモンスター達も念入りに破壊している。


 アキラが周辺の激しい戦闘の様子を見て表情をしかめながら疑問を口にする。


「……これ、大丈夫なのか?」


 具体的な内容の欠けているアキラの問いに、キャロルが余裕のある表情で答える。


「多分大丈夫よ。この様子なら、私達がセランタルビルの内部を調査している間に戦線が崩壊して、帰り道をモンスター達に塞がれるようなことはないと思うわ。都市の部隊がセランタルビルまでの道を確保するために少々無理をしたかもしれないけど、一度しっかり補給路を構築してしまえば結構持つものよ」


 セランタルビルに続く道を防衛している部隊の火力を支える補給物資は、ミハゾノ街遺跡にあるハンターオフィスの出張所からセランタルビルに続いている道路を使って運ばれている。この補給路を潰されない限り、当面の間はハンターオフィス側の優勢が続くだろう。


「私達の後に来る本隊をセランタルビルに送り込むためにも、戦線の維持には余裕を持たせているはず。よほどのことがない限り、私達がセランタルビルを調査している間に戦線が崩壊するようなことは無いと思うわ」


 アキラが大通りを防衛している非常に強力そうな部隊を見て何となく思ったことを口にする。


「別にハンターを集めて部隊を編制しなくても、この部隊をセランタルビルに派遣すれば手っ取り早いんじゃないか?」


 少し不思議そうにしているアキラを見て、キャロルが苦笑しながら答える。


「まあ、戦車や人型兵器ではサイズの問題でビルの内部の制圧なんかできないって理由もあるのでしょうけど、一番の理由は費用の効率の問題なんでしょうね」


「費用?」


「そう。費用の問題。私達ハンターを雇った方が安上がりってこと。多分あの部隊は都市の防衛隊の一部よ。その部隊員には防壁の内側の人間もいるはずだわ。生まれた時から防壁内にいて、そこで高度な教育を受けて、防壁の外で戦えるほどの訓練まで受けた人材よ。生まれてからずっと相当な大金が費やされ続けているわ。そんな人間を現在のセランタルビルに送り込んで、万一死なせてしまったら一体どれだけの損失になるか。家族がいれば遺族年金とかの支払いもあるし、保険に入っていればその支払いもある。損失の総額は幾らになるのか。見当も付かないわね」


 軽く笑いながら話すキャロルを見て、アキラが軽いめ息を吐いてから答える。


「それなら俺達を雇った方が安上がりってことか。その報酬額が俺達にとっては十分すぎる大金でも、万一の場合の被害額に比べれば安く済むと」


「そういうことよ。更に言えば、セランタルビルをある意味放置しているのもその手の採算のためよ。ミハゾノ街遺跡にはセランタルビル絡みの怪談が幾つもあって、死者も結構出ていて、多分その原因はセランタルビルよ。ビルを破壊して更地にしてしまえば安全になる可能性は高いと思う。でもそんなことはしない。ビルを破壊してしまえばビル内に補充される旧世界の遺物が二度と手に入らなくなる可能性が高いから。金の卵を産むガチョウを殺す気はない。たとえガチョウが怪物になって、周囲の人間を多少食い殺したとしても、金の卵にその被害を許容する値段が付いている限りはね」


 アキラが複雑な表情でめ息を吐く。


「……まあ、確かに、命を賭ける価値があるから遺跡に遺物を収集しに行っているわけだしな」


 理解はできる。納得もある程度はできる。統企連がその危険性を理由に旧世界の遺跡を更地にしてしまえば、その遺跡から糧を得ている者達からの非常に大規模な反発が起こるだろう。だがそれでも、すっきりしないものがあるのは事実だ。それがアキラの表情に表れていた。


 キャロルが笑って話す。


「一山幾らの命として扱われるのが不服なら、自分の命に高値が付くように頑張りなさい」


「具体的にはどうすればいいんだ?」


「稼げばいいのよ。ここは東部で、私達はハンターだからね。たっぷり稼げば、それだけの利益を生む命だとして、失うのは惜しい存在として、その稼ぎを生み出すほどの力の持ち主だとして、良くも悪くも相応に扱われるわ」


 アキラが苦笑して答える。


「世知辛いな」


「世の中そんなものよ。特にハンターはね。基本的に命賭けの稼業だから、命を賭けた程度じゃ評価の対象にはならないわ。その上で賭けに勝って、賭けた命に見合う金を手に入れないとね。手に入れた金の額が上がるほど、それに見合う命の価値も上がっていくわ。自然にね」


 アキラもキャロルの話を理解はできる。ある程度は納得もできる。だが笑ってそう話すキャロルほど達観はできなかった。


「本当に、世知辛いな」


 アルファが笑って話す。


『大丈夫よ。私のサポートもあるし、アキラが私の依頼を達成した頃には、アキラが一山幾らなんて扱いを受けることはなくなっているわ。その辺の不満はアキラが強くなれば全部解決するわ。私に任せなさい』


『……そうだな。頼んだ』


 アキラはアルファの返答にずれを感じながらも、落ち着いてそう答えた。




 セランタルビルを包囲している部隊は、ビルを中心にして円形に広がっている他のビルのない領域の外周に沿って防壁を展開していた。新たなモンスターを円の内に入れないように、ビルから湧き出るモンスターを円の外に出さないように、しっかりと部隊が配備されていた。


 アキラ達が車両に乗ったまま都市の部隊に近付くと、警備の人間が手振りでまるように指示を出した。アキラ達が車をめると、警備の男が先頭車両に近付いてきた。


 先頭車両はシカラベの車だ。シカラベは以前の装甲兵員輸送車ではなく、アキラ達と同系統の荒野仕様の四輪駆動車に乗り換えている。車両にはドランカムのマークが目立つように記されていた。


 シカラベが警備の男に話す。


「セランタルビル攻略の先発隊だ。通してくれ」


「連絡は受けている。悪いがここから先は徒歩で頼む。移動や開閉に時間が掛かるタイプの簡易防壁を設置しているんだ。車両はあの辺にめておいてくれ」


 シカラベが男の説明を聞いて少し表情を険しくさせる。アキラ達が今朝通過した別の封鎖箇所で使用されていた簡易防壁は、開閉が容易な種類のものだった。最低でもそれより高性能な簡易防壁を、車両が通る隙間もないほどにしっかり展開していることになる。


「……そんなタイプの簡易防壁を設置しないと不味まずいぐらい危険なのか?」


「さあな。ここを警備している俺達としては、セランタルビルの制圧が終わった後に、そのままビルをミハゾノ街遺跡の第二の拠点にする、その拠点の防衛用だと思いたいところだな」


「この規模の部隊がいるのなら、ビルの1階を制圧して確保した方が早いんじゃないか?」


 警備の男が嫌そうな表情で答える。


「勘弁してくれ。制圧部隊として賞金首討伐部隊を送り込むような場所に突入するのは、上からの命令でも御免だ。それはそっちの仕事だろ? 横着すんなよ」


 彼らはクガマヤマ都市の民間軍事会社から派遣されてきた部隊だ。都市の防衛隊の人員ではない。アキラ達のような遺物収集をする種類のハンターでもない。純粋な専用要員で、普段は施設の警備などをしている者達だ。


 アキラ達を見る彼らの目には、得体の知れない者を見る畏怖ともあきれとも思える感情が宿っていた。


 彼らの感覚は正しい。しかしその正しさのためには、その正しさを育むための長期的な安全と、その安全を買うための大金が必要だ。その金のない者達がハンターに成り、日々のハンター稼業で危険に慣れてしまって感覚がゆがんでいき、無意識に更なる危険を許容してしまう。


 ハンターとはある意味でそういう狂人の集まりなのだ。彼らの感覚では賞金首討伐に参加するハンター達などその狂人の中でも飛び抜けた死にたがりか戦闘狂なのだろう。彼らの認識ではアキラもシカラベもエレナ達も大して違いはない。そしてそれは、正しい感覚では、正しいのだ。


 シカラベからの説明を聞いたアキラ達は、徒歩でセランタルビルに向かうことになった。


 アキラ達は準備を整えてから防壁の隙間を通って包囲網の中に入っていく。そのアキラ達の姿を見ていた警備の男が同僚と話をしている。


「……子供が2人も混ざっていたけど、賞金首討伐に成功した連中なんだよな?」


「ドランカムの連中だろ? ほら、何かやけに強い子供がいて、そいつが賞金首討伐に成功したって話だ。多分そいつだろう」


「ああ、そんなやつがいるんだっけ。あの高そうな装備のやつか。確かに強そうだな。もう一人は?」


「知らん。どうでもいい。そんなことより俺は早く都市に帰りたい。何で俺達までこんな場所に派遣されなきゃならないんだ?」


「何でも都市のお偉いさんがセランタルビルに視察だったか交渉だったかで来る予定があるらしい。その安全を確保するために、ビルの状態を早めに何とかして、可能ならビルを占拠したいって話だ」


「こんな状況なのにか?」


「こんな状況なのにだ。その訪問予定を狂わせないために、お偉いさんを死なせないために、過剰気味な戦力を派遣したらしい。俺らもその一部ってわけだ」


「どれだけ偉いのか知らないが迷惑なやつだな。遺跡がこんな状況なんだ。中止しろよ」


「たしか長期戦略部の主任で、ヤナギサワってやつだったはずだ。ま、その程度の我がままが通るぐらいには偉いんだろうさ」


「全く、現場の苦労も分かってほしいね」


 彼らは自分達がこんな場所に派遣される原因となった相手への愚痴をこぼしながら警備を続けた。




 包囲の内側に侵入したアキラ達が慎重にセランタルビルに近付いていく。機械系モンスターの残骸やハンターの死体などが散らばったままの領域を進んでいく。ビルの入り口に近付いた途端新手のモンスターが湧き出るようなこともなく、アキラ達はそのままビルの中に入った。


 セランタルビルの1階にある受付を兼ねた広間に到着した。アキラが広間の光景を見て怪訝けげんそうにしている。広間は不自然なほどに綺麗きれいだった。確かに壁や天井に弾痕などがある。瓦礫がれきも多少は散らばっている。だが機械の残骸や人の死体が散らばっていた外とは雲泥の差があった。


 アキラ達が広間の様子を探っている中で、アルファが唐突にアキラに告げる。


『アキラ。少し席を外すわね』


『えっ?』


『大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ。周囲に敵はいないから安心して』


 アルファはそれだけ言うとアキラの視界から姿を消してしまった。


『アルファ?』


 アキラの呼びかけにも反応はない。強化服の動きがほんの僅かだが鈍っている。情報収集機器の反応が劇的に低下している。アルファのサポートが失われている証拠だ。


 アキラが緊張による動悸どうきを自覚する。


(……落ち着け。敵はいないって言っていた。すぐに戻ってくるとも言っていた。大丈夫だ。落ち着くんだ)


 アキラがゆっくり深呼吸して過度な緊張を和らげようと試みる。緊張を自覚して意図的に必要な分だけそれを和らげる。今のアキラにはそれが可能だ。


 エレナ達がアキラの様子に気付いたが、それは以前ひどい目に遭ったセランタルビルに再び来たことによる緊張だとして片付けられた。


 エレナが皆に指示を出す。


「アキラとキャロルの話だと、セランタルビルの内部で情報収集機器の性能が著しく低下したそうよ。全員自分の情報収集機器の調子を確認して。私の情報収集機器との連携も切れていないか確認して。短距離通信にも異常が出る可能性があるらしいから、回線の状態が悪いと連携が切れる可能性があるわ。セランタルビルの簡易マップと、自分を含めた全員の位置が表示されていることをしっかり確認して」


 アキラが身に着けているゴーグル型の表示装置には、周囲の索敵状況とセランタルビルの簡易マップが表示されている。その表示データはエレナから送られているものだ。出発する前に各種データの連係ができるように事前に情報収集機器等の設定を済ませていたのだ。


 アキラが何となくキャロルを見る。キャロルはそれらしい表示装置を着用していない。それを不思議に思い、自分のゴーグルを指差しながらキャロルに尋ねる。


「キャロルは何かを着けたりしなくても大丈夫なのか?」


 キャロルが得意げに笑って答える。


「私は身体能力強化の一環で両目を改造してあるの。だからその手の表示装置は不要なのよ」


「そうなのか」


 アキラがキャロルの目を注意深くのぞき込む。キャロルは自慢げに微笑ほほえみながらアキラを見つめ返している。


「……普通の目にしか見えないな」


「生体機能を模したナノマテリアル製だからね。でも、どう? なかなかのものでしょう」


「いや、だから普通の目にしか見えないんだ」


「瞳の輝きが違うと思わない?」


「……そう言われると、何か違うような……、いや、どうなんだ? うーん」


 アキラがうなっていると、傍目はためからは見つめ合っているように見えるアキラ達にサラが割り込んでくる。


「アキラ。確認は済んだ?」


「あ、はい。すみません。まだです」


 アキラが少し慌てながらそう答えて、サラがキャロルと同じ身体強化拡張者であることを思いだした。そしてサラもゴーグルのようなものは身に着けていないことに気付いた。


 アキラがキャロルの時と同じように自分のゴーグルを指差しながらサラに尋ねる。


「サラさんもこういうゴーグルとか不要なんですか? キャロルは両目を改造しているそうです」


「えっ? ……ああ、そういうこと。私とエレナはこれを使っているわ」


 サラはアキラの問いを理解すると、頭部に着いている髪飾りのようにも見える装飾品を指差した。それを見たアキラの表情が困惑気味なものに変わる。サラが苦笑しながら説明を続ける。


「これは小型の立体映像表示装置なの。私の両目の前、数ミリ先の辺りに映像を表示しているのよ」


 アキラの表情がますます困惑を深めたものに変わる。


「その、そういうものを髪のような揺れる場所に着けても大丈夫なんですか? 何だか映像が物すごく揺れて非常に見づらいような気がしますけど」


「大丈夫よ。映像は全然揺れないからすごい見やすいし、邪魔な時は表示を視界の外に移動させることもできるわ。視線でいろいろ操作もできて便利よ」


「どんな技術があればそんなものが作れるんですか?」


「さあ? 技術的なことは私もさっぱりだわ。ただ、商品の説明には旧世界の技術を流用しているとも記載されていたから、アキラが言ったことを解決するためにいろいろやっているんでしょうね」


「なるほど」


 アキラの表情が納得したものに変わった。正確には、それ以上の理解を諦めたのだ。旧世界の技術。その言葉には問答無用の説得力が存在していた。


 東部ではアキラのような考えの者は珍しくない。それも仕方のないことだ。類いまれな天才が恵まれた環境で生まれ、育ち、学び、知識を得て、その原理の解明に生涯を費やしても理解するにはまだ足りない。それが旧世界の技術なのだ。


 アキラは立体映像という言葉を聞いて前にここにいた立体映像の女性を思いだした。広間を改めて見渡したが該当の人物はいなかった。


「……いないな」


 サラが不思議そうにアキラに尋ねる。


「どうかしたの?」


「いえ、立体映像って言葉でちょっと思い出したことがありまして」


 キャロルも気付いて辺りを見渡し始める。


「確かにいないわね」


 エレナもアキラがこのビルの管理人格らしい立体映像女性を探していることに気付いた。事前の情報では誰かがビルに入ってくると必ず出現するという話だった。しかしそれらしい人物は見当たらない。


「セランタル。ビルの管理人格か。こんな状況だからいろいろな話を聞けるかもしれないって思っていたけど、無理そうね。アキラ。いつまでも探していないで、情報収集機器の調整を済ませて。終わったの?」


「も、もう少しです」


 アキラが慌てて情報収集機器の調整を続ける。アルファがいないので自力で調整をしなければならない。いろいろ試した結果、設定を下手に変更すると精度が悪化することだけは分かったので、アキラは設定を元に戻した。


 シカラベが情報収集機器の設定の調整をしながらエレナに尋ねる。


「そういえば、このセランタルビルのマップデータはどうやって手に入れたんだ? これ、ドランカムが提供したデータじゃないだろう。エレナの自前のやつか?」


 キャロルが割り込んで答える。


「ああ、そのマップデータは私のよ」


 シカラベが少し意外そうな表情を浮かべてキャロルに尋ねる。


「……良いのか? お前のマップデータってことは、秘匿契約電子署名付きの売り物だろう。……おい、報酬からその分の代金を全員分差し引く気じゃないだろうな」


 キャロルが心外だと言いたげな表情で答える。


「あら、私が皆の安全のために善意で無償で私物のデータを提供したっていうのに、随分な言い方ね。アキラもそう思わない?」


 急に話を振られたアキラが少し戸惑いながら答える。


「えっ? ああ、そうだな。マップデータがあると便利だ。助かるよ」


 シカラベがキャロルに疑惑の視線を送りながら尋ねる。


「悪いが、俺は無償の善意を信じられるほど純粋無垢むくには育ってないんでな。それにセランタルビルのマップデータの相場ぐらい見当が付く。小銭を募金するのとはわけが違う。お前、いつからそんな慈善家になったんだ?」


 アキラも純粋無垢むくに育つ環境とは無縁の人間だ。シカラベの話を聞いて何か裏があるのではないかと疑い始めた。


 キャロルがアキラの様子に気付き、すぐにそれらしい答えをシカラベに話す。


「失礼ね。私と、一緒に死地を脱した相手と、その友人の安全のためならそれぐらいはするわ。まあ、シカラベが納得しやすい理由を話すなら、所詮は異変前のマップデータにすぎないってこともあるわ。旧世界の遺跡の中には、ある日突然内部構造をがらりと変える場所だってある。そうでなくても、セランタルビルの中で大量のモンスターと大量のハンターが交戦した結果、フロアの崩落程度起こっていても不思議はないわ。だから異変前のマップの価値は大分下がる。更に私達の後に続く本隊がセランタルビルの制圧をある程度済ませてしまえば、最新版のマップデータを横流しする人も出るでしょう。そうなれば、異変前のデータの値段なんか更に下がるわ。そういうことを総合して判断した結果よ。納得した?」


 キャロルはシカラベを納得させるために話したわけではない。シカラベもそれぐらいは気付いた。同時にキャロルが何かたくらんでいるとしてもチームの不利益にはならない。シカラベはそれも理解した。


 自分に被害の出ないたくらみなどに興味はない。シカラベは納得して、もうそのことには触れないと暗にキャロルに告げる。


「……ああ、納得した。変に疑って悪かったな」


「良いのよ。分かってもらえれば」


 シカラベとキャロルはどこか意味深な笑顔を浮かべてその話を終わらせた。


 キャロルがマップデータを無料で提供したのは自分の安全のためでもあるが、エレナ達へ恩を売るためでもあり、それによりアキラからの心証を良くするためでもある。それをシカラベの下らない疑念で潰されてはたまらない。キャロルがシカラベにした話にはそれを払拭する意味も含まれていた。


 キャロルが横目でアキラの様子を確認する。目論見もくろみ通りアキラの表情からキャロルへの疑念の色は消えていた。


 エレナが皆に、特にシカラベに向けて話す。


「準備が済んだのならそろそろ出発したいのだけど良いかしら? あと、余計なめ事の種はかないで」


「悪かった。俺の準備は済んでいる。行こう」


 エレナがアキラ達を見ると、アキラ達も軽くうなずいて了承の意を示した。


 アキラが気合いを入れ直すように表情を引き締め全身に力を入れる。アルファが戻っていない以上、アキラは自力でエレナ達に付いていかなければならない。足手まといになろうともできる限りのことをする。アキラは強く決意した。


『ただいま。寂しかった?』


 アキラの意気込みは即座に無駄になった。アルファが再びアキラの視界に現れて、少し揶揄からかうように微笑ほほえみながらそう言ったからだ。


 アキラがアルファの問いに素直に答えると、はい、と答えなければならない。それを回避するために不満げな様子で逆に質問する。


『こんな時に何をやってたんだ?』


『ちょっとね。大したことではないから気にしないで』


『大したことじゃないなら止めてくれ。いまどこにいると思ってるんだ?』


『そういう意味ではないわ。少なくとも席を外しただけのことをやっていたのよ。具体的な内容を知りたいのなら話しても良いけれど、私がそれをアキラに話す条件を満たすために、口答で30時間ほど掛かる各種規則条約等を聞いてもらった上で、その内容を正しく理解していることを確認する質疑応答を済ませた上で、アキラから同意を取る必要があるのだけれど、聞きたい?』


『聞きたくない』


『でしょう?』


 予想通りの答えを聞いたアルファが楽しげに笑った。

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