第115話 引き金の軽さ

 アキラはエレナとサラに連れられてハンターオフィスの出張所にある食堂に来ていた。


 車は駐車場のそばめた。駐車場の外だが警備に頼めば臨時に駐車場と同様の警備等をしてもらえることになっていた。その料金も通常時と同様に取られるが。


 エレナとサラはアキラの向かいに座っている。3人とも軽い食事を頼んで席に着いている。


 エレナもサラも笑っているが、笑顔の質が少々異なる。サラの態度はアキラの意外な交友関係への興味を表している。エレナの態度は強いて言えば未知の状況に対する情報収集に近い。


 エレナがアキラに尋ねる。


「それで、アキラとキャロルはどういう関係なの? ……いえ、深い意味はないのよ? キャロルとはこれから一緒に行動するわけだから、どんな人か聞いておこうと思って。それだけよ」


 エレナは何故なぜか言い訳を付け加えてアキラに尋ねた。その理由はエレナにもよく分からなかった。


 アキラが取りあえずエレナの質問に答える。


「どういう関係と聞かれても、知り合いのハンターとしか。キャロルがどういう人間かと聞かれても、俺もそんなに長い付き合いがあるわけでもないので、正直よく分かりません。シカラベがキャロルと知り合いのようでしたから、詳しく知りたいのならシカラベに聞いた方が早いと思います」


 キャロルに関する有益な情報は得られなかった。そしてアキラが何かを隠しているような様子も感じられない。今度はサラがアキラに尋ねる。


「それならいろいろ質問するからそれに答えてもらっても良い? 答えたくないことは答えなくて良いわ。だからできればうそは吐かないで。面倒事の元になるから。良いかしら?」


「分かりました」


「ありがと。それじゃあ、まず、キャロルとの付き合いはいつ頃からなの?」


「昨日です」


 エレナがいぶかしみながら聞き返す。


「……昨日?」


「はい」


 エレナとサラの表情が困惑気味に変わる。サラが少し言いにくそうに話す。


「……アキラ。そうするとアキラは、私達の依頼の同行者として、昨日出会ったばかりの、アキラもよく分からない人物を連れてきたってことになるんだけど……」


「そう……なり……ますね」


 アキラは少し項垂うなだれながらサラの言葉を肯定した。エレナとサラがますます困惑する。


 ハンターがチームを組む場合、当たり前だが組む相手の信用は非常に重要だ。時に背中を預け、場合によっては自分の命すら預ける相手なのだ。だからこそ、その辺りの信用をある程度保証する仲介業者が繁盛するのだ。


 アキラは以前に同行者に奇襲された経験があるとも話していた。だからアキラもそれぐらいは理解しているだろう。エレナ達はそう思っていた。アキラとエレナ達が事前に十分連絡が取れなかったことを考慮に入れても、これは失態と呼ぶべきだろう。


 アキラが気勢を落としてエレナに尋ねる。


「……すみません。やっぱり今からでも俺達は別行動にした方が良いでしょうか?」


 アキラの落ち込み具合に、エレナが少し慌てながら答える。


「えっと、そこまで言う気はないわ。戦力が増えるのは私達も助かるし、余りに問題のある人物ならシカラベが合流を止めるはずよ。あー、それに、ほら、キャロルに関しては、何かあればアキラが責任を取ってくれるんでしょう?」


 アキラが真面目な表情でしっかりと答える。


「それは勿論もちろんです。俺が連れてきたわけですから」


 サラが興味本位でアキラに尋ねる。


「責任を取るって、具体的にはどんなことをどの程度まで?」


 アキラは少し考えてから答える。


「そうですね。金で済む問題なら俺に請求してください。俺に支払える額ならすぐに支払います。足りない分は俺がその分働くか、俺が不足分を稼ぐまで待ってもらうことになると思います」


 エレナとサラがアキラの返事を聞いて考える。アキラは真面目に答えているのだろうが、少々物足りない内容だ。アキラの言葉には具体的な金額が出ていない。幾らでも支払うと言った人間が、本当に幾らでも支払えるわけではないのだ。具体的な金額を告げた瞬間、容易たやすく発言を撤回する人間は多いのだ。そして金では済まない問題も世の中には多いのだ。


 サラがアキラに続けて問う。


「他には?」


「キャロルがエレナさん達に危害を加えた場合、俺が責任を持ってキャロルを殺します」


 アキラは普通に答えた。そこから決意や覚悟を感じることはできなかった。しかしだからこそ、エレナもサラもアキラが本気で本心で言っていることを理解した。


 アキラは普通に人を殺せるがわの人間だ。その行為に恐怖も憎悪も熱狂も信仰も忠誠も決意も覚悟も必要とせず、興奮も動揺もなく、我を忘れることもなく、無我夢中になることもなく、躊躇ちゅうちょせず、普通に人を殺せるがわの人間だ。防壁の内側に住む者達なら、甚だしく倫理に欠けており常軌を逸していると判断するほどに、殺人への抵抗が薄い。


 エレナもサラも必要なら人を殺す。殺人の経験も何度もある。しかしそれはエレナ達を襲おうとした盗賊の撃退など、正当な防衛の範疇はんちゅうでの話だ。


 それはアキラも同じかもしれない。しかし少なくともアキラの引き金が、エレナやサラに比べてはるかに軽いことは確かだ。エレナとサラはそれも理解した。


 エレナが真剣な表情でアキラに話す。


「分かったわ。でも1つ注文させて。危害とその対処の判断は私達に任せてちょうだい。チーム内で殺し合うのはできれば避けたいの。いろいろ体面もあるしね」


「分かりました。その時は遠慮なく言ってください」


 アキラはしっかりと答えた。迷いのない返事だった。


 サラがアキラを見て少し悩みながら考える。


(アキラが昨日会ったばかりの人物を連れてきたことも気になるけど、一番気になるのは、その理由というか、まさかとは思うけど……)


 サラが内心の疑問を解消させるためにアキラに尋ねる。


「それで、昨日は何があったの? アキラがキャロルと出会った時のことも含めて聞かせてもらってもかまわないかしら」


「分かりました」


 アキラが関係がありそうなことをエレナ達に話していく。ミハゾノ街遺跡に行き、セランタルビルに入ったこと。ビルの中でキャロルと出会ったこと。急に大量の機械系モンスターに襲われて、何とか脱出したこと。キャロルをかばって失った遺物の補填ほてんをしてもらったこと。食事をおごってもらったこと。それらのことをまんで話した。流石さすがにキャロルの副業の話に関しては黙っていた。


「セランタルビルから脱出する際に、キャロルの情報が非常に役に立ったんです。それでこの遺跡に詳しい人間がいれば今回の依頼を安全に達成できると思って、キャロルを案内役に雇いました」


「大変だったのね。具体的にどうやって脱出したか聞いても良い?」


 サラにそう聞かれて、アキラが返事を渋る。


「えっと……、あー、どうしても聞きたいですか?」


「無理強いする気はないわ。アキラが話したくないなら話さなくてもかまわない」


「そういう訳じゃないんですが、その、変則的にとはいえ、一応情報料を支払って得た情報なので……」


 エレナが納得したように話す。


「ああ、そういうこと。私達もアキラにある程度支払えば良い?」


 アキラが慌てて首を横に振る。


「いえ、エレナさん達に話すなら、金なんか取りません。ただ、そういう値の付いた情報を他のハンターに話すのは、ハンターとしてどうなのかなって思っただけです。そういう情報って、常識的にどういう扱いをするべきなんでしょうか? 俺が金を出して買ったんだから、俺の好きに判断して話して回って良いものなんでしょうか? エレナさんはどう思います?」


 エレナが少し意外そうな表情を浮かべる。アキラがその手の情報の扱いにそこまで慎重になるとは思っていなかったからだ。過去に未調査の遺跡の情報を余りにも自然にエレナ達に話したこともあるアキラだ。サラも少し驚いていた。


 アキラが自分と話して認識を改めたのならば良いことだ。エレナがそう思いながら少し機嫌良く自分の意見を話す。


「場合によるわ。情報を他言しないことが条件に含まれているのなら話すべきではないわ。そういった契約がないのなら好きにして良いと思う。でも相手との暗黙の了解もある。売った情報を無差別に広められたら、次から情報料を値上げされるかもしれない。その辺りの感覚は経験を積むしかないわね」


「……難しいですね」


「判断に迷ったのなら黙っておきなさい。私達に聞かれたからって答える必要はないわ。そうね。情報料と、その情報料に見合った内容だったか、それぐらいは聞いても良いかしら?」


「情報料は500万オーラムです。それだけの価値はあったと思います。その情報で危機から脱したことも含めての判断になりますけど」


 サラが少しうなる。


「500万オーラムか。アキラが納得しているなら私が口を挟む問題じゃないんだろうけど……。危機的状況だからって、値をり上げられたりしていない? 大丈夫?」


「大丈夫です。キャロルの護衛を引き受けてその報酬と相殺しましたから、実際には1オーラムも払っていません。どちらにしろ脱出するまでキャロルに死なれては困りますから都合も良かったです」


 エレナが不敵に笑って話す。


「やるわね」


 サラも少し意外そうに笑っていた。アキラが少し照れていた。


 エレナ達はアキラからキャロルに関する情報を一通り尋ねた。そしてキャロルに戦闘面での懸念材料はないと判断した。キャロルはセランタルビルでアキラに護衛を頼みはしたが別に戦えないわけではない。そして今日はその状況に十分対応できる装備に変更したらしい。シカラベもキャロルが足手まといになると思っているのならば同行を許可したりしないだろう。


 キャロルがミハゾノ街遺跡の情報に詳しいというのも事実なのだろう。少なくともアキラの生還に十分役に立った情報を保持していたのは確かだ。アキラはアキラなりに考えて、ミハゾノ街遺跡での行動に十分役に立つ人間を連れてきたのだ。


 サラは自分の予想が外れたことに安堵あんどした後、少し申し訳なさそうにアキラに話す。


「先に謝っておくわ。ごめんね。正直に話すと、アキラがキャロルの色香にだまされているかもって思っていたのよ。それで何か、こう、言い方は悪いけど、アキラがキャロルに上手うまいこと言いくるめられて、いいように使われているんじゃないかって、ね」


 エレナも少し済まなそうな表情で話す。


「……ごめん。私もそう思っていたわ。アキラは基本的に1人でハンター稼業をやってるって言っていたでしょう? そのアキラが急にキャロルのような女性を連れてきたから、ちょっと深読みしたわ」


 アキラはしばらくエレナ達の言っていることの意味が分からずに困惑気味の表情を浮かべていた。しかしすぐに意味を理解する。確かにキャロルの格好を見ればそう判断されても不思議は無い。苦笑して答える。


「えっと、変な心配をさせてしまってすみませんでした。大丈夫です。俺はそういうのには引っかからない方だと思います」


 サラが楽しげに悪戯いたずらっぽく笑って話す。


「そう? それならちょっと試して良い?」


 サラは席を立つとアキラの隣に座り直した。そして身を預けるようにアキラに寄りかかって、じっと見ながら微笑ほほえみかけた。


 アキラが明確に慌て始める。


「ちょ、ちょっと、サラさん!?」


 サラはアキラをじっと見つめながら、少しずつ顔をアキラに近づけていく。サラの顔が近付くにつれて、アキラの焦りがひどくなる。


 アキラが助けを求めるようにエレナを見ると、エレナは少し楽しげに苦笑していた。


「その様子だと、ちょっと大丈夫だとは思えないわね。少し慣れておいたら?」


 サラがアキラから離れた。アキラが少し照れながら息を吐いて、少しだけ不満げに答える。


「勘弁してください……」


 サラが悪戯いたずらっぽく笑いながら話す。


「慣れておきたいのなら、もう少し協力しようか?」


「止めてください」


「あら、嫌だった?」


「……そういうのも含めて、止めてください」


 アキラは照れ隠しを兼ねて少し強めに答えた。そのアキラを見て、エレナとサラは楽しそうに笑っていた。


 アルファも表向きは笑っていた。アキラとエレナ達に溝ができなかったことを残念に思いながら。




 アキラ達が合流地点でシカラベ達を待っていると、シカラベの装甲兵員輸送車がほぼ時間通りに到着した。シカラベとキャロルが装甲兵員輸送車から降りてくる。シカラベはどことなく仏頂面で、キャロルはどことなく機嫌が良さそうだ。


 エレナはハンター稼業の経験から、シカラベを待ち合わせなどで自分だけかなり先に来て後から来る人物を待つ種類の人間だと思っていた。そのシカラベがぎりぎりの時間で来たことを何となく疑問に思って尋ねる。


「時間ぎりぎりだけど、そっちで何か問題でもあったの?」


 キャロルが機嫌良く笑って答える。


「ないわ。補給と休憩をちゃんと済ませて戻ってきたわ」


 シカラベは黙っていた。エレナ達の視線がシカラベに集まる。その視線を感じたシカラベは意図的に落ち着いて何かを誤魔化ごまかすように答える。


「……補給は問題ない。強いて言えば、弾薬や装甲タイルの値段が相場より少々高めだったぐらいだ」


「値段交渉に時間を取られて、その所為で補給が遅れて余り休めなかったのなら、もうしばらく休憩時間にしても良いけど」


 エレナがそう提案すると、キャロルがシカラベに代わって答える。


「大丈夫よ。ちゃんと休憩したわ。それとも、足りなかった?」


 キャロルがシカラベをのぞき込む。シカラベはキャロルと視線を合わさずに答える。


「……問題ない。それで、エレナ達の方は何かあったのか?」


「大丈夫よ。次の目標も選んでおいたわ」


「それならすぐに出発しよう。日も昇って夜間よりは安全になった。救援依頼の競争率も上がっているはずだ」


「そうね。皆、行きましょう」


 アキラ達が各自の車に乗り込む。キャロルは再びアキラの車の助手席に座ると、機嫌の良さそうな表情でアキラを見ていた。別ににらまれているわけでもないので、アキラは気にせずに車を発車させた。




 アキラ達が救助対象者が立て籠もっている場所を目指してミハゾノ街遺跡の市街区画を進む。エレナ達、シカラベ、アキラ達の順で並び、比較的幅の広い大通りを選んで進んでいる。狭い道は機械系モンスターの残骸などで通行止めになっている可能性が高いからだ。


 しかしその大通りを塞ぎかねないほどに巨大な機械系モンスターの残骸が転がっている場所もある。巨大な多脚戦車が胴体部に複数の大穴を開けられて粉砕されていた。それらと交戦したらしい人型兵器の腕や、巨大な薬莢やっきょうなども転がっていた。


 アキラがそれらを見て顔をしかめる。


『なあアルファ。ミハゾノ街遺跡の市街区画って、こんな物騒なやつらがそこらを彷徨うろついている場所だったのか?』


 車のドアの縁に足を外側にして腰掛けているアルファが顔をアキラの方に向けて答える。


『少なくとも昨日までは違うわ。これがミハゾノ街遺跡の当たり前の光景なら、私はアキラをここに向かわせたりはしないわ』


『だよな。……何で急にこんなに変わったんだ?』


『何らかの理由で市街区画の警備水準が数段階引き上げられたのでしょうね。甲A24式が市街区画を巡回していることから考えると、そこらの武装強盗への対処用とは思えないわ』


『武装強盗って……、ああ、ハンターか。まあ、ハンターなら今までもたくさん来ていたはずだからな』


 ミハゾノ街遺跡にはハンターなど山ほど来ているのだ。それこそハンターオフィスの出張所ができるほどにだ。アキラにはそれが理由とは思えなかったが、アルファがそれらしいことを口にする。


『何事にも限度というものはあるわ。遺跡に群がるハンター達を本格的に排除しようと判断する基準があって、偶然その基準を超えたのが昨日だった。それだけのことかもしれないわね』


『そういうものか。そうだとしたら、何も俺が遺跡に来た日に発生しなくてもいいのに』


 嫌そうな口調で答えるアキラに、アルファが軽く笑って答える。


『アキラの運の悪さなら不思議はないと思うわ。私はもうその辺のことは諦めたわ。アキラも早めに諦めたら?』


 アキラが苦笑した。そのアキラの視線の先にはセランタルビルがあった。遠目でも十分目立つ巨大な高層ビルだ。


 キャロルがアキラの苦笑と視線に気付く。そして軽く笑って話す。


「昨日は本当に大変だったわね。あれはこの遺跡がこうなる何かの前兆だったのかしら」


「そうかもな。キャロルはミハゾノ街遺跡に詳しいんだろう? 原因に何か心当たりでもないのか?」


「残念ながら思いつかないわ」


「真相は不明か。まあ、分からないよな」


「その理由を探りに来ているハンターもいるはずよ。地図屋って呼ばれるハンターなら、遺跡の内部構造を探る過程で、その遺跡にもいろいろ詳しくなるしね。原因を究明できれば、そしてその有用な情報をハンターオフィスに売れば、最低でも100億オーラム程度の値は付くはずよ」


 アキラがキャロルの告げた金額を聞いて驚く。


「そ、そんなにするのか!?」


 確かにアキラも価値のある情報だとは思うが、具体的な値段を聞いてまた違った感情を抱いたのだ。


 キャロルは驚いているアキラを見て楽しげに笑う。


「あら、ミハゾノ街遺跡全体の治安に関わる問題よ? 今のところは遺跡のモンスターが荒野まで出てきたって話は聞かないけど、その可能性だって十分あるわ。大量のモンスターが遺跡からあふれて荒野のモンスターの分布とかを大幅に乱すかもしれない。その所為で比較的安全だと考えられている輸送ルートが消失する恐れもある。都市間の流通が死ねば、その流通に依存している企業は大打撃を受ける。その情報でそれを防止できれば安いものだわ。仮に、1人雇うのに1億オーラム掛かるハンターを100人雇ったとして、その戦力で遺跡の外に出ようとするモンスター全てを対処できると思う?」


「無理だろうな」


「そういうこと。その予防とは別に、ハンターオフィスの出張所まで作って一定の秩序を維持してきた遺跡をこれからも制御できるなら、それぐらいは普通に払うわ。情報の質と交渉内容によってはもっと出すでしょうね」


 アキラが少し感慨深く話す。


「いろいろあるんだな。そういうハンター稼業もあるのか。ん? もしかしてキャロルもそうなのか?」


 透明な輸送機がビルの屋上にまっているなど、ありふれたハンターが知っているとは思えない。キャロルが地図屋として活動しているならミハゾノ街遺跡の特異な情報に詳しいのも納得できる話だ。


 アキラの疑問にキャロルが不敵に笑って答える。


「私のハンター稼業は旧世界の遺物の売却が主だけど、そっちの方も多少は商っている。その程度よ」


 アキラは感心したようにキャロルを見ていたが、あることを思いだしていぶかしむようにキャロルを見る。


「……地図屋がセランタルビルの内部構造を高値で売るために、各階の扉をわざと迷いやすくなるように開けた可能性があるって話をしていたよな?」


「したわね。……私じゃないわよ?」


「そうか」


「そうよ」


 キャロルは微笑ほほえんで答えた。アキラには真相は分からなかった。


 アキラの情報端末を介してエレナから連絡が入る。


「アキラ、そろそろ敵との遭遇率がかなり上がるはずよ。基本的に一気に突っ切るから、遅れないようにしてね。後ろの敵の対処はお願い。無理そうなら引き返すから、その時は早めに連絡して」


「分かりました。エレナさん達も無理はせず、少々危険だと判断したらすぐに撤退に移ってください」


 エレナが少し挑発的に話す。


「あら、すぐに帰ったら稼げるものも稼げなくなるわよ? アキラはそれで良いの?」


 無謀が過ぎれば命を落として朽ち果てる。臆病が過ぎれば欠片かけらも稼げず飢えて死ぬ。ハンターは危険と報酬を正しく見極めなければならない。アキラの発言は少々弱気が過ぎるかと思い、エレナはえて挑発気味に話してみた。


「構いません。金よりエレナさん達の安全の方が重要です」


 アキラははっきり言い切った。数秒間を空けて、エレナが返事を返す。


「……大丈夫よ。私だって死にたくないし、その辺の判断を間違える気はないわ。心配してくれてありがとう。アキラも頑張ってね」


 どことなく機嫌の良さそうなエレナの声を最後に、エレナ達との通信が切れた。


『アルファ。また運転を頼む』


『了解。そんなに急がなくても、敵を見つけたら教えるわよ?』


『早めに備えるのは良いことだ』


 アキラの意気込みが少々高いのは、先ほどのエレナの返事を聞いたからだろうか。アルファはそう思案しながら指示を出す。


『アキラ。今度はA4WM自動擲弾銃の方を使って。今のうちにその銃のデータを取っておきたいわ』


『分かった』


 アキラが後部座席に移ってA4WM自動擲弾銃を手に取る。まだ試し撃ちもしていない銃だ。後で荒野で試し撃ちをしようと思っていたのだが、買った翌日に実戦で使用することになるとは思わなかった。的には困らない状況だ。早めに使用感覚をつかんだ方が良いだろう。


 キャロルが周囲を見渡しながら尋ねる。


「アキラ。敵を見つけたの?」


「いや、こっちの索敵に反応はない。キャロルの方は?」


「私の方にも反応はないわ。脅かさないでよ」


 アキラがまた何らかの方法でキャロルには認識できないモンスターを察知したのではないか。キャロルはそう考えていた。日が昇り、夜間とは比較にならないほど明るくなったとはいえ、モンスターが隠れられる場所など山ほどあるのだ。


「そんなこと言われてもな。別に脅かしたわけじゃない。キャロルもエレナさんからの指示を聞いただろ? 警戒を早めただけだ」


「まあ良いわ。前の襲撃の時はアキラに任せっきりだったし、次はまずは私に任せてもらえない? 昨日の私とは違うところを見せてあげるわ」


 キャロルはそう話して不敵な自信に満ちた笑みを浮かべた。




 先頭車両であるエレナ達の車を運転しているのはエレナだ。車の装備である機銃や索敵機器の操作もエレナの運転の範疇はんちゅうである。機銃の範囲外の敵を始末するのは助手席に座っているサラの役目だ。


 サラはエレナの方を見ながら少し楽しげに意味ありげに微笑ほほえんでいた。エレナが少し表情を固くしながら話す。


「……何よ」


 サラが少し楽しそうに答える。


「何でもないわ。ただ、心配されちゃったなあって思っただけ」


 エレナの表情は照れ隠しであり、サラがそのことに気付いていることぐらいエレナも理解している。しかし表情を引き締めておかないといろいろ差し支えるので、エレナは表情を緩めなかった。


 エレナはチームの交渉役でもある。交渉の場で相手の腹を探り、言葉の裏を読み、うそを見抜き、真意を探り、不利益を回避する。そのようなありふれた交渉を繰り返している。


 裏表なく傲慢な者。猛毒の含まれた契約を笑顔で飲ませようとしてくる者。裏切りを前提とした依頼を申し込む者。そのような者達と何度も交渉してきたエレナは、それらの経験から相手の話の奥深いところをある程度までなら察することができるようになっていた。


 それはアキラの言葉も例外ではない。エレナはほぼ無意識にアキラの言葉の裏を探り、その結論を出した。アキラはうそを吐いておらず、虚飾や世辞もなく本心で言っている。エレナはそれを理解して、更にその裏を、そう答える理由を探る。


 金よりエレナ達の安全の方が重要。それがアキラの本心ならば、あの時点でエレナが即時の帰還を選択したとしてもアキラは文句なくそれに従っただろう。アキラはあの時点で1オーラムも稼いでいないのだ。それどころか既にキャロルを雇っている以上、アキラの収益は明確に赤字だ。アキラがそれを許容する以上、アキラは金銭目的でエレナ達の依頼の誘いに乗ったわけではない。


 そしてアキラはミハゾノ街遺跡をかなり危険な遺跡だと判断している。アキラは安全のためにわざわざキャロルを雇って同行させたのだ。その認識に間違いはないだろう。


 では何故アキラはエレナ達の依頼を受けたのか。少なくとも金銭目的ではない。金は要るが、より重要な目的がある。それは何か。エレナはその理由に気付いたために、すぐにアキラに返事を返せなかったのだ。


 アキラはエレナ達を助けに来たのだ。アキラはミハゾノ街遺跡、少なくともセランタルビルが非常に危険だと判断して、エレナ達が似たような目に遭わないように助けに来たのだ。自分が同行すれば多少はエレナ達の助けになる。そう判断したのだろう。


 エレナ達とすぐに連絡が取れたのなら、アキラはエレナ達に詳しい事情を話してそれで済ませたのかもしれない。しかし、連絡は取れなかったのだ。だからアキラはエレナ達に直接会いに来たのだろう。


 若くハンター歴の短いハンターに、悪く言えば格下のハンターに、そこまで心配されることに対して、エレナが全く何も思わなかったわけではない。エレナにもハンターとしての矜持きょうじがあるのだ。


 しかしそれを打ち消すほどに、エレナはアキラが助けに来たことを喜んでいた。そもそもアキラとの出会いからして、エレナ達はアキラに命を救われているのである。あの時アキラがエレナ達を助けなければ、エレナ達はなぶられた上に殺されていただろう。ハンターの先輩としての矜持きょうじなど、今更な話でもあるのだ。


 エレナとアキラがお互いへ向けている感情は、仲の良い友人や同じハンターへ向ける好意、好感、お互いに命を助けたことがある恩義などだ。少なくともエレナはアキラを恋愛対象とは見ていない。恐らくアキラも同じだろう。年齢差などの問題もある。


 それでも自分が好感を持っている相手が、採算度外視に加えて命の危険を考慮してまで助けに来てくれたのならば、それをうれしく思うのは不思議なことではない。


 エレナは自分が非常に機嫌が良くなっていることを自覚している。そして過度な高揚がとっさの行動や判断に悪影響を及ぼしかねないことも理解している。だから表情を引き締めているのだ。付け加えれば、その心情を理解している人物が隣で楽しそうに笑っているので、エレナは表情を崩したくなかった。


 エレナがサラに真面目な表情で釘を刺す。


「アキラから心配された自覚があるのなら、サラもしっかり気を引き締めてよね。サラはヨノズカ駅遺跡でもアキラに助けられたのよ? また助けてもらおうなんて思っていないでしょうね?」


 サラがしっかり答える。


「分かってるわ。あんな失敗は二度としない。誓うわ」


「それなら良いけど」


 その時、エレナ達の車に設置されている索敵装置が、進行方向に存在する多数のモンスターを察知した。エレナが索敵装置に表示されているモンスターの反応を見ながら話す。


「……全部倒していたら切りがないわね。手当たり次第に潰しつつ強行突破するわ。サラ、準備は良い?」


「何時でも」


 エレナが先行して後続の通り道を作るために車の速度を上げる。車の機銃とサラの銃がほぼ同時に砲火を上げ、前方の機械系モンスター達を粉砕し始めた。

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