第67話 何もなかったことの確認
アキラは踊るアルファの動きに細心の注意を払い、僅かな挙動も見逃さないように集中していた。それでもアルファの攻撃を一度も
アルファの衣装を装飾する大量の布地がアルファの身体と剣の動きを隠して、攻撃の動作を非常に分かり
アキラも意識を集中させて必死にアルファの動きを
アルファの宣言通り、アキラがアルファの攻撃を受けるたびに、アルファの服から布が1枚ずつ剥がれていく。大量の布地で華やかに装飾されていたアルファの衣装から、次々と布地が剥がれ落ちていく。装飾目的の布の飾りの多くがなくなると、次第にアルファの肌が
アルファの肌が露出するほどに、アルファの踊りに
アキラは幾度もアルファに切り刻まれた。アキラは少しだけアルファの動きに慣れつつあったが、自分の体に吸い込まれる刀身からその身を
『今日はこれぐらいにしましょう』
アキラは疲労を隠さずに大きく息を吐いた。そしてアルファの姿を今一度確認して、大きく
アルファの姿はほぼ全裸だ。アルファが身につけているのは、体の一部を装飾目的で隠している布と、肌を隠すのには適さない
アルファが明らかに落ち込んでいるアキラを慰めるように話す。
『一朝一夕でできるようなことではないわ。訓練が無駄になることもない。気長にやりましょう』
「……そうだな。分かった」
落ち込んでいても事態が改善されるわけではない。アキラが空元気を出す。取り繕えるだけの余裕があれば、後は時間がアキラをしっかり立ち直らせるだろう。
『
「いや、勉強の続きを頼む。今はハンター稼業を休業中なんだ。それぐらいはしておきたい」
『分かったわ。今日は何を教えようかしらね……』
その後、部屋に戻ったアキラは十分休んだ後でアルファの授業を受けようとした。
『今日は数学にしましょう。ハンターたる者、報酬額の計算ぐらいできないとね』
「……その前に、いつまでその格好でいるつもりなんだ?」
アルファの格好は、訓練が終わった時の妖艶な姿のままだ。少なくとも勉強に適した格好ではない。アルファが
『着替えろと言われなかったから、この格好を気に入っているのかと思って、そのままにしておいたのだけれど』
「分かった。次から訓練が終わったらすぐに指摘するからな」
『遠慮しなくても良いのに』
「良いから、とっとと着替えろ」
アルファが服を教師風のものに変える。少なくとも露出だけは大幅に減った。しかし胸元は大胆に開けられている上に、スカートの丈もかなり短くスリットまで入っていた。これはこれでいろいろと
そのアルファの格好を見たアキラの感想は、まあいいか、という程度のものだった。人間は慣れてしまうものなのだ。
アキラは今日もいろいろ常識とずれのある環境で、いつものように勉強を続けた。
アキラが家を借りてから5日
装飾過剰なアルファの服がほぼ全裸になるまで訓練を続け、疲労でアキラの反応が大幅に鈍ったら訓練を終える。アキラは一度もアルファの攻撃を
アキラが訓練後の休憩を取っている。どことなく悔しそうな表情だ。訓練の成果が一向に出てこないことに
アルファはできると言っている。ならばそれはできるはずなのだ。しかしアキラにはそれができていない。その兆しさえない。
アキラが自身の
『アキラ。変な依頼がアキラ
「変な依頼?」
『そう。変な依頼。確認してみて』
アルファが情報端末を指差す。情報端末の画面がアルファの操作で次々と切り替わり、ハンター用サイトのアキラの個人ページが表示される。アキラが情報端末を手にとって表示内容を確認すると、確かにアキラ
依頼の主はシオリだ。クズスハラ街遺跡の地下街で出会ったハンターで、遺物強奪犯のヤジマに主であるレイナを人質に取られ、アキラと交戦した相手である。依頼の件名には、各種相談の依頼、と書かれていた。
依頼の概要や詳細の部分には、一度会って話がしたいという旨が記載されており、場所と日時も記されている。依頼の報酬として食事代をシオリが支払う旨も記載されていた。
「……何だ、これ?」
アキラは不思議そうにしながら依頼の内容を再確認するが、内容に間違いはなかった。
『さあ? 依頼内容を相談するための前依頼なのかしら。本人に聞かないと分からないわ』
「俺には、食事代は持つから食事でもしながら話をしようと提案されているようにしか思えないけど」
『そうかもしれないわね』
「何を話すんだよ」
『私に聞かれても分からないわ』
アキラにもアルファにもシオリからの依頼の意図は分からない。
『それで、どうするの? 依頼を受けて会いに行く? 指定された場所が場所だから、行っても危険はないと思うけれど』
シオリから指定されている場所は、クガマヤマ都市の最大のハンターオフィスがあるビルの中のレストランだ。そこで騒ぎを起こすには、ハンターオフィスを敵に回す覚悟が必要だ。そのような場所を指定している以上、少なくともシオリにはアキラと事を起こす気はないのだろう。
『単純に断っても良いし、無視するって手もあるわ。アキラの好きにして』
アルファはアキラに一通りの提案を済ませた。シオリに会いに行けばアキラの気分転換になるかもしれないが、無理に勧める気もない。本当にアキラの好きにすれば良いと考えている。アキラの行動がアルファの目的と
アキラは再度依頼文を読みながら、依頼を受けるかどうか悩み続けた。
付け加えれば、シオリに誘われた場所がそれなりに高級なレストランであり、しかも食事代は相手持ち、身銭を切らずに高額な料理を食べられることも、依頼を受けることにした理由だろう。判断材料の中で食事が占めた割合から、アキラは目をそらすことにした。
事前にシオリ
ハンターオフィスのクガマヤマ都市支部がある巨大なビルは、都市の中位区画と下位区画を分ける防壁と一体化している。ビルの中にはハンター向けの商店も数多く営業している。中位区画に住居を持つような高ランクのハンターを顧客にする店が多い。中には一定のランク以上のハンターでなければ入店を断る店もある。基本的にアキラのような低ランクのハンターが足を踏み入れることはない。
シオリに指定されたレストランにはハンターランクでの入場制限はない。それでも高ランクのハンターを顧客にしている店であることは間違いない。
アキラは高級そうな店の外観を見て若干気後れしていた。アルファがそのアキラの姿を見て話す。
『やっぱり帰る?』
『……いや、入る。何も旧世界の遺跡に入る訳じゃないんだ。尻込みする必要はない』
アキラはアルファにそう答えて、半分ぐらいは自分に言い聞かせて、店の中に入った。
店の内装は下位区画に幾らでもあるレストランとは全く異なる高級感の漂う趣だ。荒野から戻ってきたハンターが、砂
実際には店員から体の汚れを落とし、着替えるように促されるだけで済む。店にはそのためのシャワー等の設備が備え付けられており、清潔な服の貸出しや、服の洗濯等を頼むこともできる。ハンター向けの高級店では珍しくないサービスだ。
店員は店の中に入ったアキラをすぐに見つけると丁寧に接客を始める。
「本日は当店に御来店いただき、誠にありがとう御座います。御予約のお客様でしょうか?」
和やかに接客する店員に、アキラが若干慌てながら答える。
「え? あ? えーと、シオリって人がいるはずなんだ……ですけど」
「お客様のお名前をお聞かせいただいても
「アキラです」
「
アキラは少し迷ったが、装備していた銃を店員に渡した。店員はアキラから渡された銃を恭しく受け取り、近くのテーブルの上に置く。
「御協力ありがとう御座います。席へ御案内いたします。こちらへ」
アキラが店員の案内で店の中を歩いていく。優雅な雰囲気を漂わせる店内は、そこらの店との格の違いを感じさせるものだ。床に敷かれている
アキラは歩きながら周りの様子を見ていた。多種多様な客が見るからに高そうな食事を取っている。店の客の中にはどう見ても飲食には適していないサイボーグまでいる。その人物の前には多彩な料理が並べられていた。
アキラが素朴な疑問をアルファに尋ねる。
『アルファ。あの人はどうやって飯を食べる気なんだと思う?』
『あの見た目で、実はちゃんと食べられる機体なのかもしれないわ。
『なるほど。でも最後のはない気がするな。
『人の考えはいろいろよ。当事者でないと分からないことも多いわ』
アキラは真相がかなり気になったが、その場で立ち止まって見ているわけにもいかない。真相を諦めてそのまま店員の後に続いた。
アキラがシオリが待つテーブルに案内される。店員が椅子を引き、アキラがたじろぎながら椅子に座る。店員はシオリとアキラの前にメニューを置く。シオリが店員に話す。
「決まりましたら呼びます」
「
店員が一礼して去っていった。慣れている者同士の自然な流れの中に、アキラだけが取り残されていた。
このレストランは単に食事を取る
シオリの服装は清潔感のある
アキラはシオリの服装を見て彼女に対する警戒を格段に下げたが、逆にシオリはアキラの格好を見て警戒を上げた。アキラが話合いの場に荒野へ向かう時のような戦闘服を着てきたからだ。
この店の客層から考えて不自然とは言えない格好ではあるのだが、シオリにはそれがアキラの意思表示に感じられた。もっともアキラにそのような意思はなく、単純に他に着ていく服がないだけだ。
シオリが凜とした表情でアキラを見る。覚悟を決めてこの場にいるシオリの表情には、一種の美しさがあった。
「アキラ様。私からの依頼を受けていただきありがとう御座います。約束通り代金はこちらが持ちますので、好きな物を注文してください」
そう言われてアキラは一度メニューに視線を落としたが、気を引き締めて再びシオリに視線を戻す。
「先に話を済ませよう。報酬を受け取れる結果になるかどうかは分からないからな」
「……分かりました。では本題に入りましょう」
シオリはアキラに深々と頭を下げる。
「先日はアキラ様に
シオリは誠心誠意アキラに懇願する。シオリの言葉が口先だけのものではないことはアキラにも分かった。
レイナの
アキラの恨みの矛先をレイナに向けさせないために、シオリは差し出せるものを全てアキラに差し出してレイナを救おうとしている。
真摯で真剣なシオリの態度に、アキラは僅かに押されていた。
「答える前に一つ質問だ。何で
「依頼を受けた上でのことであれば、アキラ様に誠実に対応していただけると判断いたしました」
シオリは地下街で一度アキラを雇っていた。アキラはその時にレイナを非難しシオリを怒らせるようなことを言ったのだが、それはアキラが依頼に対して誠実に対応した結果だった。口先だけで場を
シオリはアキラの本心を聞く必要がある。アキラがシオリ達を敵視しているとしても、その程を把握しなければならない。表面上だけ気にしていない素振りをして、裏でレイナを殺そうと暗躍する。それは阻止しなければならない。
シオリがアキラに金も体も命も差し出して、それでアキラの怒りが収まるならそれで良い。一応だが、アキラはレイナを救っているのだ。シオリも仕方がないと納得できる。しかしそうではないのなら、シオリはもう一度覚悟を決めなければならないのだ。アキラと差し違えてでもレイナを
だからこそ、シオリはアキラから本心を聞き出さなくてはならないのだ。
アキラにはシオリの意図をそこまで正確に理解することはできない。しかし
「そうか。ならそっちが納得するかどうかは別にして、誠実に返答する。顔を上げて聞いてくれ」
シオリが頭を上げる。そして真剣な表情でアキラの返答を待つ。
真剣なシオリの表情を見て、アキラが少し言い
「何もなかったことに関して、どうこうすることも思うこともない。以上だ」
「……は?」
シオリが真剣な表情を崩して、自身の内心を的確に表した一言を発した。
アキラが少しきまりが悪そうな様子で話す。
「あ、うん。そうだよな。ちゃんと説明しないと駄目だよな。分かった。今から説明する。だから取りあえず疑問とかは一度棚上げして、俺の説明を聞いてくれ。ハンターオフィス経由で俺に依頼できるってことは、俺のハンターコードは知ってるな? ハンターオフィスのサイトの俺のページで、この前の依頼、地下街での俺の戦歴を確認してくれ。できるか? できないなら俺の情報端末を貸すけど」
「可能です。
シオリは
「……これは!?」
驚いたシオリがアキラを見る。シオリが確認したアキラの地下街の戦歴は、シオリが知っているものとは全く異なる内容だ。
3日間防衛地点の警備を行い、目立った戦闘などはなく、3日目にモンスターとの交戦で負傷して病院に運ばれた。それがアキラの地下街での戦歴だ。少なくともハンターオフィスが公開するアキラの戦歴にはそう記述されていた。
困惑しているシオリにアキラが説明する。
「詳細は依頼元、つまりクガマヤマ都市との守秘義務で話せないが、それが俺の地下街での戦歴だ。何もないだろう? 何もなかった以上、俺がどうこうすることも、どうこう思うこともない。何もなかったんだからな。納得がいかないなら、そっちで勝手に都市に問い合わせてくれ。
キバヤシとの取引により、アキラの地下街での戦歴はごくありふれたものに書き換えられている。そしてアキラがそのことを口外することはない。アキラは書き換えられた戦歴を事実として行動するつもりでいる。
そのためアキラの中でシオリ達との確執などは全てなかったことになっている。少なくともアキラがそのことを蒸し返すことはない。思うことが何もないと言えば
シオリは情報端末に表示されている地下街でのアキラの戦歴と目の前にいるアキラに何度も視線を移した後、熟考して状況の把握に努める。
シオリが真剣な表情でアキラに一度だけ問う。
「……何もなかった。そういうことで
「ああ。何もなかったからな」
「分かりました。では、何もなかったことの確認に
シオリは
「そういうことなら遠慮なく」
アキラはそう言ってメニューを手に取った。それを見てシオリが胸を
アキラがメニューを見て
『アルファ。このアランドュースのグリエ新パリエス風エリアネス添えって、どんな料理なんだ?』
『分からないわ。何らかの肉料理なんでしょうけど……』
『まあ、肉料理のページに書かれているからそうなんだろうけどな……。分からん』
アキラはメニューを見て
「アキラ様。私は本日のお勧めコースにしようと思います。基本外れはありませんから、迷うようでしたらアキラ様も同じコースを選んでは
「……お願いします」
運試しでメニューの中から適当に選んでみる方法もあるが、得体の知れない料理が来る可能性もある。アキラは自分の不運を自覚しているため、それは避けてシオリの好意に甘えることにした。
シオリが店員を呼び注文を済ませる。
暴力的なまでの美味がアキラの舌に襲いかかる。舌から伝わる未知の衝撃にアキラは我を失いそうになるが、ギリギリの所で持ちこたえた。それは冷静さの喪失が死に
アキラはゆっくりと原材料も調理方法も分からない料理を
感動の程度が一線を越えそうなアキラを見て、アルファが心配そうに尋ねる。
『アキラ。大丈夫?』
「だ、大丈夫だ」
アルファへの返事をアキラは念話ではなく思わず口に出して答えてしまった。つまり、大丈夫ではない。
アキラの良く分からない言葉を聞いたシオリがアキラに尋ねる。
「……お口に合いませんでしたか?」
「え? あ、大丈夫です。
アキラは挙動不審なまま、慌ててそう答えた。シオリはアキラの態度を少し不思議に思いながらも
「アキラ様の口に合う料理をお勧めできたようで何よりです。制限時間などは有りませんので、ゆっくり御賞味ください」
「は、はい」
アキラは何とかそう答え、食事を再開した。体験済みのことなので、アキラは騒ぎ立てることもなく食事を続けることができた。
アルファは食事を続けているアキラを黙って見ていた。下手にアキラに話しかけると、アキラがまたボロを出しそうだからだ。
シオリは自分も食事を取りながらアキラの様子を
そのアキラの姿を見たからといって、シオリはアキラへの警戒心を下げなかった。
アキラの地下街での戦歴は書き換えられている。実際のアキラの戦歴と比べ、無様と呼べるほどに悪く戦歴を書き換えられている。そのことに関してアキラは全く不満を抱いていない。つまりアキラが都市と何らかの取引をしたことは明白だ。都市との取引でその不満を覆す利益を得たのだ。シオリはそう判断した。
(こんな少年が都市と取引をして十分な見返りを得ている。つまり彼はそれほどまでに有能なハンターであると都市側も判断したということ。そのような人間がいれば多少
シオリは食事を取りつつ目の前にいる人間に対する思案を続けている。そのシオリをアルファがじっと見ていた。
アキラはシオリとアルファの様子などに全く気付かずに、身に余る至福を感じながら食事を続けていた。
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