第68話 本来の実力

 胃が満足感と満腹感で満たされて、アキラが美食に対する抵抗力をようやく得た頃、残された料理はデザートのみとなっていた。追加で料理を注文することもできたが、アキラは出された料理を残すことを躊躇ためらい、葛藤の末に追加注文を取りやめた。


 アキラが芸術的に加工されたデザートに手を付ける。シオリも同じデザートを口にしながらアキラに尋ねる。


「ではアキラ様はずっとお一人でハンター稼業をしていらっしゃるのですか?」


 アキラがデザートの味覚に意識を半分程奪われながらシオリの質問に答える。


「ああ。一人でやってる。ずっとって言われても、そんなに長くハンターを続けているわけじゃないけど」


 シオリはアキラのことをよりよく知るために、いろいろアキラから聞き出そうとしていた。ただし真面まともにアキラが受け答えできるようになったのは、ついさっきだ。食事の途中にも何度か話しかけたのだが、食事に夢中になっていたアキラはどこか上の空で返事もろくに返さなかった。そのためシオリが得られたアキラの情報は然程さほど多くなかった。


「仲間の募集やどこかの徒党に所属する予定などはないのですか? 討伐にしろ遺物捜索にしろ、お一人では大変なことも多いと思いますが」


「まあそうだけど、今のところは個人で活動している方が性に合ってるんだ。一人なら報酬の分配とかでめることもないし、俺は結構好き勝手に行動する方だから、集団行動で指揮とかでめるよりはそっちの方が良いんだ」


 愛想良く微笑ほほえみながら裏で慎重に情報収集にいそしむシオリと、舌から伝わる美味のためにどこか上の空のアキラが、同じデザートを口にしながら話を続けている。話す内容はアキラの感覚では雑談の範疇はんちゅうだ。だがシオリは質問内容を熟慮して尋ねていた。


 アキラも何となく思ったことをいろいろシオリに尋ねていた。それは主にシオリ達が所属しているハンター徒党であるドランカムの内情だった。


「へー、若手のハンターを集めてるんだ」


「ええ。ドランカムは党の方針として若手のハンターの加入を推進しています。ハンターオフィスに登録しただけの初心者でも構わずに勧誘しているようですね」


「俺が言うのも何だけど、銃を持っただけの素人を集めても、すぐに死ぬだけなんじゃないか?」


 シオリが言う初心者とアキラが言う素人には大きな隔たりがある。ドランカムもかつてのアキラのような、ハンターランク1の人間を加えたりはしない。ハンター登録時にハンターランク10で初期登録されるような初心者を加えているのだ。


 そのため二人の認識は微妙に食い違っているのだが、話の大筋を狂わせるほどのことではなかった。


 シオリがアキラの疑問に答える。


ひどいところではそのような初心者を詐欺まがいの手口で所属させて、盾やおとり代わりにしている徒党もあるそうです。所属している徒党の質によっては本当にすぐに亡くなられる方も多いようですね。ドランカムでは研修期間を設けるなどのいろいろな対処を実施しています。例えば、装備品の貸出しなども実施して実力のかさ上げをしています」


「……装備か。装備は大切だよな」


 アキラはしみじみと答えた。かつてアキラは拳銃片手にクズスハラ街遺跡へ向かった。その蛮勇は今のアキラにとっては狂気の沙汰だ。


「何かこう、ハンターの徒党なんか下っ端を食い物にしている所ばっかりだと思っていたけど、そういう所もあるんだな。ちょっと意外だ」


「長期的にはドランカム側にも十分利益のあることですから。ただ優遇が過ぎて古参のハンターから不満の声も上がっているようです。若手を優遇するための資金は、所属するハンターの報酬から引かれている訳ですので。古参の方は今までそのような恩恵を受けていないのにもかかわらず、貸出し用の装備品の費用を報酬から差し引かれています。若手のハンターが当然のようにそれを享受している訳ですから、仕方がない点も有りましょう。しかしそれで有能な若手のハンターを数多く所属させることに成功しているのも事実です。そしてそもそも徒党の方針を決めているのも、その古参の幹部達です。一概に若手が悪い、古参が悪いとは言えないのでしょうね」


 アキラの脳裏にシカラベとカツヤの姿が浮かぶ。非常に仲の悪い様子の2人だったが、あれは単に個人の対立だけではないようだ。


「シカラベとカツヤだっけ? あの二人もそんな理由で仲が悪いのか?」


「シカラベ様とカツヤ様ですか。シカラベ様は以前カツヤ様の引率役として一緒に行動していまして、どうも相性が非常に悪かったと聞いております。カツヤ様も悪い方ではないのですが……」


 シオリの表情が若干不満げにゆがむ。話題はそのままカツヤに関する内容に移り、アキラはシオリから愚痴に近い内容を聞かされることになった。


 シオリから聞く限り、カツヤはドランカムの若手ハンターの中では飛び抜けて有能な実力者として活躍しているらしい。地下街での戦闘でも実力有るハンター達に混じって意欲的に任務を熟し、カツヤが率いる若手達の実力を大いに知らしめたそうだ。ドランカムの若手達の間では、カツヤを中心とする派閥まで出来上がっているようだ。


 若く才気にあふれ結果で実力を示したハンターとして、そして現在のドランカムの制度の成功例として、カツヤは大いに期待されているようだ。それだけならばシオリがカツヤの評価に対し顔をしかめることはない。問題はその副産物にあった。


 カツヤは同世代の異性から非常に慕われていた。顔も良く、実力もあり、自身の実力を誇示して威張り散らすこともなく、将来的な稼ぎも十分に期待できる少年である。ある程度は必然的なことでもあった。


 打算で近づき本気になった者。窮地を助けられ恋に落ちた者。実力を認め合い好感から好意へ変化した者。多くの少女がカツヤのそばに寄り添おうとしている。ドランカムに所属しているカツヤと同世代の女性のハンター達の中には、カツヤと同じチームになるために裏で熾烈しれつな争いを繰り広げている者さえいた。


 レイナは当初そのようなカツヤを異性にだらしない人間として反感を抱き敵視していたが、その実力を認めてからは自覚のない淡い恋心を抱くようになっていた。レイナがカツヤのチームにかなり強引に加わったのも、その理由がある程度含まれていることにシオリは気付いていた。


 シオリがどこか苦々しく刺々とげとげしい様子で、少し声を高くして話す。


「私もカツヤ様がお嬢様と誠実にお付き合いなさるのでしたら、苦言を呈する気など毛頭御座いません。しかし特定の相手を作る気もなく、言い寄る方々に思わせ振りな台詞せりふで明確に断りもせず、日々人数を増やしているのですよ!? 自覚がなければ良いというものでは御座いません!」


「は、はあ、そうですね……」


 アキラは曖昧に答えながら食後のコーヒーを飲む。3杯目のコーヒーだ。既にデザートは完食済みだ。シオリは追加でデザートを2皿頼んでいた。


「カツヤ様の実力は私も確かに認めます。カツヤ様はきっと大成なさるでしょう。英雄色を好むとも言うでしょう。しかし限度というものが有ります! たとえ自身の稼ぎでそれが可能であっても、十数人以上の側室を作ってハーレムでも構築する気なら、西部へでも亡命して貴族にでも王族にでも成れば良いのです! 西部の貴族王族などという方々の風習では、そういうことは当たり前らしいですからね! アキラ様はどう思います!?」


 正直どうでも良い。それに命の掛かった状況で一緒に行動していれば、多少仲良くなるのも仕方ないのではないか。アキラはそう思ったが、率直にそう答えるとシオリの機嫌が悪化するのは明白だ。


 アキラは依頼として受けた以上誠実に対応するという自身の律に反しない程度に意見をオブラートに包んで、少したじろぎながら答える。


「いやその、俺は色気より食い気の年頃なんで、そういうことには疎いというか、意見を求められてもちょっと困るというか……。いや、その、カツヤを擁護するわけではなく、生死に関わる事態が多々発生するのが当然なハンター稼業なんてやっていると、きっといろいろあるんだろうなと思うわけで……」


「しかしカツヤ様は私まで口説いたのですよ!? しかもお嬢様が隣にいる場面で! これは余りにも……ん?、失礼」


 シオリが自身の情報端末を取り出して確認する。何か連絡が来たようだ。


「申し訳御座いません。同僚からの連絡でして、諸事情で私はこれで失礼させていただきたく思います。アキラ様は如何いかがなさいますか? 追加注文を御希望でしたら今が最後の機会になりますが……」


「いえ、十分食べましたので俺も出ます。とても美味おいしい食事をありがとう御座いました」


 料理の量はアキラには十分すぎる量だった。アキラの胃に残っていた僅かな隙間はデザートとコーヒーが埋めきった。料理の入り口が出入口と化すのは避けるべきだろう。名残惜しいがアキラは帰ることにした。


 シオリが会計を済ませている間に、アキラは預けた銃を返してもらった。会計の時に聞いた今回の食事の支払額を、アキラは聞き間違えや幻聴だと思って忘れることにした。


 アキラが自分の稼ぎで再びこの店に来る日は遠い。アキラは店から出た後でもう一度シオリに礼を言って家に帰った。


 アキラと別れた後、シオリが情報端末を取り出して同僚に連絡を入れる。


「私です。今から戻りますのでお嬢様に伝えてください」


「分かったっす。で、無事なんすか? 腕とか脚とかもげてないっすか? お嬢が心配してましたけど」


 シオリの通話相手の同僚があっけらかんと物騒なことを口にした。シオリが僅かに表情を強張こわばらせて答える。


「無事よ。カナエ、貴方あなたお嬢様に余計なことを言ってないでしょうね?」


「現状把握を兼ねて雑談してただけっすよ」


「話題は?」


「いろいろっすよ。お嬢のハンター稼業の話とか、お嬢が熱を上げているっぽいハンターの話とか。後は地下街での話とかっすね。シオリのあねさんが死にかけた話も聞いたっすよ? 今日、そいつと会ってたんすよね?」


 シオリが不機嫌をあらわにして話す。


「……お嬢様と話す時は、地下街での話題は避けろって指示したはずよ?」


「話の流れでその話題が出ただけっすよ。あねさんと違って私は武力要員なんすから、生活面でのきめ細やかな対処を求められても困るっすよ。不満ならすぐに戻ってきて下さいっす」


「すぐに戻るわ」


 シオリはそれだけ言って通話を切った。




 クガマヤマ都市の中位区画、防壁の内側にあるマンションの一室で、メイド服を着た女性が通話の切れた情報端末を見て軽く笑っていた。シオリの同僚であるカナエという女性だ。


 妙齢の女性であるカナエが浮かべる笑顔には、どこかあどけなさが残っている。ただしそれは悪戯いたずらをして喜ぶ子供のようなものであった。


 カナエがシオリの表情を想像しながらつぶやく。


「不機嫌っすねー」


 カナエは簡素なメイド服を着ている。そのメイド服は一見普通の服だが、防弾防刃耐衝撃性能に優れている強化繊維で織られた布地で作成されており、ハンター達が着る防護服と性能的には何ら変わりがない。緊急時にはその身を盾にして敵の攻撃から護衛対象を守るためである。黒タイツのように見えるものは、カナエがメイド服の下に着ている強化服だ。


 カナエはレイナの護衛としてこの場に赴任していた。レイナの護衛という意味ではシオリと同じだが、メイドとしてレイナの世話もするシオリとは明確な差がある。カナエのメイドとしての技量は低く、本来ならばカナエが派遣されることはない。カナエは純粋な戦力要員だ。カナエの服装は都市の中位区画に住む人間を威圧しないための配慮と、雇主の趣味である。


 カナエは情報端末をしまうと、レイナがいる部屋に向かう。アキラとの戦闘の疲労でシオリが病院に運ばれたため、レイナはシオリの体調が回復するまでハンター稼業を休業していた。居間で教材片手に勉強中のレイナにカナエが声をかける。


「お嬢。あねさんは今から戻るそうです」


あねさん? ああ、シオリのことね。えっと、無事なのよね?」


怪我けがとかは無いみたいっすね。すぐに戻るって言ってました。大丈夫っすよ」


「良かった。全く、カナエが変なことを言うから心配したじゃない。脅かさないでよ」


 レイナは安心してそう言った後、少しカナエを責めるような表情を浮かべた。


 カナエがしれっと答える。


「人間死ぬ時は死ぬもんすよ。特にハンター稼業なんてやってるなら尚更なおさらっすよ。好き好んで防壁の外側に出ている以上、覚悟は必要っすよ?」


 レイナが不満げに答える。


「……それはそうだけど」


 もしかしたらシオリは生きて帰ってこないかもしれない。そうレイナに話して不安にさせたのはカナエだ。カナエが赴任した後に、シオリはレイナに行き先も告げずに出かけていた。シオリの安否をカナエに確認させたのもレイナだ。


 確認した結果、何事もなかったようなので、レイナはカナエの話を冗談や苦言の類いだと思っていた。


 実際にはシオリは自身が死亡した場合の引継ぎ事項や各種の指示を済ませた後で、その必要性を十分理解した上で、覚悟を決めてアキラと会っていた。


 レイナの表情からその内心を読み取ったカナエは、自身の内心を表情に出さないように注意しながら思う。


(……24時間あねさんと連絡が取れない場合、死亡を前提として行動するようあねさんから指示が出ていること。あねさんが死亡した場合の追加人員派遣の手筈てはずも整っていること。あねさんの死は十分想定しうる事態なんすけど、お嬢もまだまだ危機認識が甘いっすね)


 レイナは非常に甘やかされている。カナエはそう認識している。それを不満に思うことはない。悪く言えばレイナの尻ぬぐいをすることで生活の糧を得ているからだ。そしてレイナが再びらかせば、カナエの好む状況も増えるだろう。


 カナエには戦闘狂の気質きしつがあり、カナエもそれを自覚している。十分な報酬と程よい戦場を提供してくれる雇主に反感を抱く必要はない。


 不必要な危険を避けるようにレイナを教育するのはシオリの仕事だ。レイナの危機認識を改めさせる気はカナエにはなかった。


 しばらくするとシオリが帰ってきた。シオリはカナエと同じメイド服に着替えてから、レイナに外出した理由などを含めていろいろと説明した。


 アキラに関する懸念事項は片付いたのだが、事情を理解していないレイナが蒸し返せば元の木阿弥もくあみに成りかねない。シオリは念入りに説明した。


 シオリからの説明を聞き終えたレイナが、確認するようにシオリに尋ねる。


「……えっと、アキラは怒っていないってことで良いのよね?」


「何もなかったことに対して思うことはない。そういうことです。それがアキラ様のスタンスになります。念のため申し上げますが、存在していない事実に対してレイナ様はアキラ様に礼も謝罪もしてはいけません。それは事態を蒸し返す一因に成りかねず、都市と守秘義務を締結しているアキラ様への嫌がらせと判断される可能性すらあり得ます。くれぐれも御注意をお願いいたします」


 レイナとしては自分の失敗で大いに足を引っ張った上に、レイナとシオリの命を助けてもらったことに対して礼も謝罪も言えないのは残念だった。しかしそれがアキラに迷惑をかけることにつながるならば話は別だ。


 申し訳なく思いつつもレイナはしっかり答える。


「……そう。分かったわ」


 シオリがレイナの内心を察して微笑ほほえんで話す。


「アキラ様への礼と謝罪は私が済ませました。アキラ様も食事をお楽しみいただけたようです。ですので、お嬢様はこれ以上気になさらずともよろしいかと」


 カナエが笑って口を挟む。


「見殺しにされかけたのが気に入らないなら、私がこっそり殴っておいても良いっすよ?」


 レイナとシオリが非難の視線をカナエに向けた。カナエが冗談交じりにたじろいだ振りをする。


「おっと、アウェーっすか。今のはそれで、お二人のそれはそれ、これはこれ的なわだかまりが解消できればなーっていう善意っすよ? 別に聖人君子じゃあるまいし、思うところが欠片かけらもないって訳じゃないんすよね? あ、違ってたら謝るっす」


 レイナとシオリが非難の視線をカナエに向けたまま答える。


「やめて」


「やめなさい」


 レイナもシオリもアキラに対して思うところが全くない訳ではない。アキラにはレイナを助ける義理も義務もないとはいえ、レイナを見殺しにしかけたのは事実だ。しかしその原因はレイナにあり、しかも結果的にはアキラに命を助けられたのだ。そのわだかまりをアキラにぶつけるほどレイナもシオリも恥知らずではない。


 カナエが軽い感じで謝る。


「冗談っすよ。ふざけすぎました。御免なさいっす」


 カナエは切り札を使用したシオリと五分五分に渡り合ったというアキラの実力に強い興味を持っていた。詳しい事情など何も知らない振りをして、ごく一部の事情のみを知って誤解している振りをして、カナエは少しアキラにちょっかいを出してみたかったのだ。だが2人の態度を見て諦めた。


(お嬢はも角、お嬢に入れ込んでいるあねさんがこの態度。アキラってやつはそんなにやばいんすかね? うーん。気になる)


 カナエは雇用主や護衛対象に対して、シオリのような忠誠心を抱いてはいない。カナエも恩を感じてはいるが、それは割に合う報酬と心地い労働環境の提供が前提だ。場合によってはカナエがレイナをかばって死ぬこともあるだろう。しかしそれはカナエの仕事に対する姿勢のためであって、レイナに対する忠誠心のためではない。


 シオリのレイナに対する忠誠心はカナエもよく知っている。だからこそ、シオリがその忠義をささげる対象を見殺しにしかけた相手に対して、そのわだかまりを欠片かけらも表に出さないことの意味は大きい。アキラは結果的にはレイナを助けた。その感謝がそのわだかまりをはるかに上回っているためか、又はそのわだかまりを表に出すのさえ躊躇ちゅうちょするほどアキラを警戒しているのか。


 後者であることを期待して、カナエは薄く笑った。




 アキラが自宅の風呂に入りながらレストランでの食事を思い出して機嫌良く笑っている。いつも通りアルファもアキラと一緒に入浴している。女神と呼んで差し支えない美女の裸体がアキラのすぐそばに存在しているのだが、色気より食い気の年頃のアキラは料理の味を思い返すのに忙しく、いつも以上にアルファの裸に関心を示していなかった。


「本当に美味うまかった。また行きたい。金を稼ぐ理由が増えたな」


『生きる楽しみが増えたのは良いことだけれど、今のアキラの稼ぎでまたあそこに行くのは無理よ?』


「……そうだな。今思うとメニューに値段が載ってなかったしな。あの食事代なんか全く気にならないぐらい稼げるようにならないと無理だな」


 装備代に弾薬費、怪我けがの治療費や生活費など、ハンター稼業は金の掛かる稼業である。今のアキラの稼ぎから自費であの店に食事に行くのは難しい。支払自体は不可能では無いが、その分各種費用が削られてアキラの死亡率が上昇する。自費で行くことができるほどの余裕有る生活を送れるようになるまで、アキラの食生活は今まで通り安値の冷凍食品の日々が続くことになるだろう。


「そういえばあの店にサイボーグがいたけど、あの料理を結局食えたのかな? 食べられたとして、食べた料理はどうなるんだ?」


『有機変換炉が内蔵されている義体とかなら分解されてエネルギーになったり、生体部品の材料になったりするのよ。そういう機能がないなら後で取り出すのよ』


「取り出した後は?」


『捨てるのでしょうね』


「純粋に娯楽目的の食事ってわけか。金を持っているやつは違うな」


 アキラは何とも言えない表情を浮かべた。食わなければえて死ぬ。スラム街でそのような生活を送っていたアキラとしては、気味の悪さすら覚える行動だ。しかし義体者には重要なことでもある。サイボーグ食などが開発されるほど十分な需要があり、義体者の精神安定のために欠かせないことなのだ。


『義体に変えたからと言って食欲が消えるわけではないからね。義体に換装して手に入れた常人をはるかに超える身体能力と引き替えに、生身なら何の問題もないいろいろな代償を背負うことになるのは仕方がない部分もあるわ。そんな代償が全くない高機能高性能な義体も存在するけれど、価格はすごいことになるでしょうね。そんなのを買えるのは大企業の社員とか、どこかの富豪とか、東部の最前線で荒稼ぎしているハンターとか、ごく一部の人間ぐらいよ』


「……高そうだな。旧世界の遺物を山ほど売っても難しそうだ。そういえば、あの遺物襲撃犯は義体か。都市を敵に回してまで手に入れたかった大金だ。そんな高級義体の購入代金にでもする気だったのかもな」


 アキラは遺物襲撃犯のヤジマやネリアのことを思い浮かべた。アキラは今まで大金を得るためとはいえ都市と敵対するのは割に合わないと考えていた。しかし彼らが事故やモンスターの襲撃で義体者にならざるを得なくなり、普通に食事もできない体で生活を送っていたとしたら。食事ができる高級な義体を手に入れ、高級なレストランで最高の料理を味わうことを夢見ていたとしたら。あの美食の至福を知った後のアキラには、十分納得できる動機だった。




 その日の夜、アキラは夢を見た。夢の中でアキラはネリアと戦っていた。


 アキラは両手にブレードを握るネリアの斬撃を死に物狂いで避け続けている。瓦礫がれきの散らばるビル内は非常に動きにくいはずなのだが、アキラもネリアもそれを気にすることなく動き続けている。


 ネリアの猛攻の前に反撃の糸口などは見当たらない。明確な実力差がある相手に対し、アキラは辛うじて延命を続けている。アキラは両手に何も持っていない。ネリアはアキラが素手で勝てるような相手ではない。アキラの蹴りも拳も、その一撃がネリアの義体に損傷を与えることはなく、逆に伸ばした手足をネリアに切り落とされるだろう。


 アキラが慌てながらアルファに尋ねる。


「銃は!? CWH対物突撃銃は!? あれがないと勝てないだろう!?」


『CWH対物突撃銃ならなくしたでしょ? シズカの店で新しいのを買わないとね』


「そうだった!」


 いろいろと辻褄つじつまの合わない状況なのだが、夢の中のアキラがそれに気付くことはない。


「シズカさんの店ならこの前行ったよな!? 何で買わなかったんだ!?」


『強化服がないと重すぎて装備できないからよ。強化服もなくしたでしょう?』


「そうだった! ……ん?」


 アキラが怪訝けげんな顔で自分の服を確認する。それは強化服ではなく、防護服ですらない。キバヤシに用意してもらった頑丈なだけの服だった。


 それを認識した瞬間、アキラの動きが急激に鈍った。ただの服では身体能力の向上もアルファの強化服の操作によるサポートも受けられないからだ。


 身体能力を急激に落としたアキラに、ネリアが繰り出すブレードの刃が迫る。アキラの視界には、ゆっくりとアキラの首に近付いてくるネリアのブレードが映っている。


(あ、死んだ)


 どこか他人ひと事のようにアキラはそう思った。ブレードがアキラの首をね飛ばす。


(もう一度あの料理を食べたかった……)


 床に転がる首のない自分の死体を見下ろしながら、アキラは消えかける意識の中でそんなことを思った。


 そこでアキラは目を覚ました。部屋の中は暗く、まだ日の昇る時刻ではない。体を起こして自分の首に手を伸ばし感触を確かめる。自分の首がしっかりつながっていることを確かめて、あれは夢だったとようやく気が付いた。


「……夢か」


 アルファが心配そうな表情でアキラを見ている。


『大丈夫?』


「ああ。変な夢を見ただけだ。何ともないよ」


 アキラはそれだけ言って、そのままアルファを見続ける。


 ネリアと交戦したアキラは現実では生き延びた。しかしアルファのサポートを失った夢の中のアキラはあっさり死んでしまった。


 夢の中のアキラと今のアキラに大した差はない。現実で似たような状況に陥れば、夢と同じように死んでしまうだろう。


(さっきの夢が、俺の本来の実力なんだよな)


 アルファと出会った幸運とその加護でアキラは何とか生き延びている。その幸運がいつまで続くのか。アキラには分からない。


 無言でアルファを見続けているアキラに、アルファが笑って揶揄からかうように話す。


『どうしたの? この私の美貌に今更見れているの?』


 アキラが少し真面目な表情で尋ねる。


「……アルファはいつまで俺の面倒を見てくれるつもりなんだ?」


 アルファが不思議そうに聞き返す。


『アキラとの依頼が終わるまではサポートするつもりよ。急にどうしたの?』


「いや、俺みたいな子供じゃなくて、もっとすごいハンターと手を組めばアルファの目的もすぐに終わるんじゃないかと思ってさ。アルファが俺と組んでいるのは、俺が旧領域接続者だからだよな? 旧領域接続者のハンターって俺の他にいないのか? 探せばいるんじゃないか? いや、旧領域接続者でなくても、俺がアルファの代わりに依頼すれば良いだけなんじゃないか?」


 アルファがアキラをじっと見つめる。アキラがじっとアルファを見詰め返している。


 アルファは返事を待つアキラの表情をしばらく見続けた後に、真剣な口調で告げる。


『アキラが何を思って私のサポートを失いかねないことを口にしているかは、深く聞くつもりも口を割らせる気もないわ。でもはっきり言っておくわ。私のサポートは私がアキラにした依頼の報酬の前渡しなの。アキラが私からの依頼を完遂するまで、私はアキラに付き合うつもりだし、付き合わせるつもりよ』


「……そうか。そうだな」


『そうよ』


 アキラにはアルファのサポートを受けて依頼を完遂する義理と義務がある。アルファがアキラから別のハンターに乗り換えた方がアルファのためになる。たとえアキラがそう判断したとしても、それが事実であったとしても、それをアルファが許すことはない。アルファは暗にそう告げている。


 アルファから身の程を超える恩恵を受けて、ある種の後ろめたさすら感じていたアキラは、アルファの返答を聞いて少し気が楽になった。アルファの発言はああ言えばアキラの気が楽になることを理解してのものだと、アキラは何となく気が付いていた。


 アキラが笑って話す。


「分かった。お休み」


 アルファも笑って答える。


『お休みなさい。今度は良い夢を見なさい』


「多分大丈夫だ」


 アキラが再びベッドに横になる。程なくしてアキラは再び眠りに就いた。


 また同じ夢を見ても、同じ結果にはならない。アキラは何となくだが、そう確信していた。

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