第44話 揉め事の対応
アキラの後を付けるようにして半ば強引に同行しているレイナが、地下街とはいえ随分と遅いアキラの移動速度を不思議がっている。
「シオリ。何であいつあんなに進むのが遅いの?」
「遺跡内部をどの程度の速度で移動するべきか。その基準や判断には個人差があります。彼は多少時間を掛けてでも索敵を念入りに実施する主義なのでしょう」
「それにしても遅すぎない? 3人で警戒しているのよ?」
索敵の重要性はレイナも理解している。脇道や
だがそれを考慮しても、防衛地点で聞いたアキラの実力が正しければ、もっと速く移動しても問題ないはずだ。少なくとも索敵を3人で分担した移動速度としては遅すぎる。レイナはそう考えて疑問を覚えていた。
シオリはその疑問に答えるのを少し
「3人ではありません。1人です」
「えっ? 3人でしょう?」
「彼は私達を戦力に数えていません。索敵も同様です。私やお嬢様が確認済みの場所、方向を再確認していますので間違いないと思います。ヤラタサソリの群れと遭遇した場合に、彼の火力のみで対処可能な位置取りの確認もしています。つまり、実質1人で進んでいるのと変わりません」
シオリの考察は正しい。それはアキラ自身の訓練の
レイナはそのアキラの行動を、自分達を完全な足手
レイナが何とか表向きの平静を保ちながら、静かな声で、しかし確かな怒りを込めて、
「……私達の実力がそんなに信用できないってこと?」
シオリはレイナの怒気を鎮める
「彼はお嬢様の実力を存じておりません。ハンターランクと交戦能力を結びつけないハンターならば致し方ない面もあります。知らない相手の実力に自身の命を預けるという不確定要素をできるだけ排除している。そうお考えください。一目で相手の実力を見抜くのは困難です。あれほどの実力を持つカツヤ様ですら、若手という理由だけで軽んじられているのです。残念ですが、我々ならば
「それはそうだけど……」
ハンターランクはハンターの実力を示すものだが、それは各種能力の総合評価であり、モンスターとの戦闘能力を保証するものではない。索敵や遺物収集の能力は壊滅的だが、それを高い戦闘能力で補う者もいる。
シオリに諭されたレイナが少し落ち着いた頭で推察する。広間で聞いた戦歴から判断すると、アキラは戦闘能力特化のハンターなのかもしれない。そして自分よりハンターランクが高く、戦闘能力が低いハンターを多数見てきたのかもしれない。それならば、この扱いも多少は納得できるし、仕方が無い。
レイナはそう考えて勢いを更に落とした。だが不満の完全な解消には至らなかった。
「お嬢様。やはり戻りませんか? このまま同行していても、お嬢様の
「……。嫌よ」
ここで戻ってしまえば、レイナの成果は呼ばれもしないのにやって来て、邪魔だけして帰っていったという
シオリは状況を危険視していた。レイナは半ば意地になって戻ろうとせず、アキラは恐らく自分達を味方とは認識していない。この状況で3人の手に余るほど大規模なヤラタサソリの群れと遭遇した場合、下手をするとアキラまで敵に回る。一人で逃げるために銃撃等で自分達の足を止めて
レイナが意思を変えないのならば、アキラの意思を変えるしかない。最低でも非常時に協力して撤退する程度まで関係を改善する必要がある。シオリはそう判断すると、その方法を考え始めた。
アキラが地下街で足を止めて
このままだと15番防衛地点に到着してしまう。自分の探索能力不足による見落としではないか。そう疑ったアキラがアルファに一応確認を取る。
『アルファ。痕跡探しも俺の訓練だってのは分かってる。だから俺も一応注意して自力で探している。でも俺が見落としていたら黙っていないで教えてくれ。仕事なんだからな』
『大丈夫よ。ちゃんと教えるわ。訓練だからと教えなかった所為で、アキラにヤラタサソリの群れに飛び込まれても困るからね』
少し楽しげな
『それはどうも。そうすると、本当に痕跡はないのか。……このまま何も見付からなかったら、本部から文句を言われそうだな。何もなかったのに時間が掛かりすぎだって』
アキラが僅かに顔を
『その時は好きに言わせておきなさい。本部も本格的に調査するのなら探索チームを派遣するはずよ。防衛チームの人員が念入りに調査したので時間が掛かった。それだけの話よ。アキラが気にする必要はないわ。このまま焦らずに安全第一で進みましょう』
アルファもアキラに仕事を頼んでいる立場だ。アキラの仕事への誠実さは大いに歓迎する。だがその誠実さの所為で、こちらの依頼を成し遂げる前に死なれては困る。不必要な誠実さを和らげる
『……。それもそうだな。分かった』
アキラもそれで気を取り直し、今まで通りに先に進もうとした。そのアキラをシオリが呼び止める。
「お話が御座います。お聞きください」
アキラはシオリを無視しようとした。だが次の発言に思わず振り返って反応してしまう。
「お嬢様の護衛を依頼します。依頼内容の詳細及び報酬についての交渉を希望します」
余りに唐突な内容に、アキラはその内容を
「……えっ?」
少なくとも自分の話を無視せずに聞いている。シオリはそう判断すると、相手の混乱に乗じる意図も含めて話を続ける。
「依頼内容の説明を進めさせていただきます。護衛期間は今回のヤラタサソリ討伐依頼の期間内、かつお嬢様を護衛可能な距離にいる間とします。報酬は500万オーラム。成功報酬とします。本部等の指示で同行等が不可能となった状況でも報酬の減額は致しませんが、その状況を積極的に求めた場合や、お嬢様を危険に
レイナはシオリの唐突な発言にアキラと同じく固まっていた。だが
「ちょ、ちょっと! いきなり何言い出すのよ!?」
「お嬢様の護衛を依頼しております。お嬢様に14番防衛地点へ戻る意思がない以上、お嬢様の身の安全の
「い、いやでも、外部要員を雇うにしても、500万オーラムなんて報酬をドランカムが認めるわけないでしょう!?」
「御心配には及びません。私の私財から支払います。大金ですが、お嬢様の身の安全には代えられません」
本当に500万オーラムを自費で支払おうとしている。レイナはシオリの真剣な様子から、その本気を感じ取ってたじろいだ。
考え直せと言っても無駄なのはレイナもよく分かっている。それはレイナの安全を考え直せと言っているのと同義だからだ。シオリがそれを許容するのはあり得ない。
レイナも自分の我が
揺らぐ心と揺らがぬ忠義。レイナとシオリはそれを表情と視線に色濃く
アキラが無意識に半ば
『アキラ。放っておくと依頼を引き受けるかどうかの決定から閉め出されるわよ?』
我に返ったアキラが慌てて口を挟む。
「待ってくれ。そっちの戻る戻らないは別にして、その依頼は断る」
「……報酬が不足しているのであれば交渉に応じますが」
シオリが報酬の増額を匂わせた。だがアキラはそれでも首を横に振る。
「違う。足りないのは報酬じゃなくて俺の実力の方だ。俺は自分の身を守るので精一杯だ。誰かの護衛までやる余裕はない。だから報酬を増やされてもその依頼は受けられない」
レイナが意外そうな表情を浮かべる。
「でもヤラタサソリの群れからハンター達を一人で救出したりしたんでしょう? 本部の職員がそう言っていたけど、それでも実力が足りないの?」
「鼻歌交じりで余裕
「じゃあどうしてそんな指示に従ったのよ」
「助けたハンターが本部に状況をちゃんと連絡しなかったんだよ。適当に虫っぽいモンスターに襲われたとでも説明したらしい。救援場所にヤラタサソリの群れがいるなんて俺が知ったのは、彼らを助けに行った後だ。後は成り行きだ」
「そんなに大変なら、どうしてこのヤラタサソリの巣の討伐依頼を引き受けたのよ」
好き好んで依頼を引き受けたわけではないアキラが
「依頼元がクガマヤマ都市の長期戦略部なのにそう簡単に断れるか! 俺だって簡単に断れるなら断ってるんだよ!」
「そ、そう。大変だったのね」
レイナはアキラの勢いに
「……つまり、アキラはそんなに強いわけじゃないのね?」
「当たり前だ」
ヤラタサソリの群れの中に単身で突入し、その群れを蹴散らして救出対象を救い出し、全員無事に帰還させた
妙な沈黙が場に流れる。前提条件が覆された後の状況を、全員が持て余していた。
シオリは少し気まずそうなレイナを見て思案し、アキラに再度提案する。
「では、依頼内容を変更します。お嬢様のサポートをお願いします。依頼期間は防衛地点に帰還するまで。報酬は10万オーラムで先払いになります。
「シオリ?」
レイナはシオリの意図が分からず、少し困惑気な視線を向けた。シオリはレイナを
「お嬢様が大人しく戻るつもりなら取り下げますが、そのつもりはないのでしょう?」
「……うっ」
アキラを実力者だと勘違いして強引に付いてきて、実は大したことはないと知った途端に帰っていく。それは
そこでアキラに再度依頼を持ちかけた。断るのなら、それを口実にして帰る。引き受けるのなら、妙なことに巻き込んだ迷惑料代わりの依頼料を先渡しして関係の改善を促す。どちらでも良し。そう判断しての提案だった。
シオリが視線をアキラに戻して返事を待つ。アキラがどうするべきか考えていると、アルファが口を挟む。
『また断って
『……そうだな。そうするか』
シオリ達も別に自分の実力に何か期待している訳ではない。その程度の援護を調査のついでにするだけだ。なら良いか。アキラはいろいろと面倒臭くなったこともあり、その程度の判断でそう決めた。
「分かった。その依頼を引き受ける。俺はアキラだ」
「シオリと申します。ではこちらを」
シオリが1万オーラム紙幣10枚を取り出してアキラに差し出し、アキラがそれを受け取った。これで依頼は成立した。
アキラが紙幣をしまいながらレイナに尋ねる。
「それで、どうする?」
「どうするって?」
「これからどうするかだ。依頼としてお嬢様のサポートを引き受けたんだ。だから大まかな行動方針はお嬢様の意思に沿うつもりだ。これからどうするのか決めてくれ。どうするんだ?」
「えっと……」
レイナが戸惑う。元々何かあれば自分も活躍しようという程度の考えで付いてきただけで、具体的な作戦方針など考えていなかった。加えて、その前はカツヤの指揮下で動いていたので、全体の行動指針を考えるのに慣れていなかった。その所為で、急にそう問われても思い付かず、答えられずにいた。
代わりにシオリが答える。
「当面は、アキラ様の調査方針で調査を続ける、で構わないかと思います。無理に変更する必要もありません。必要性を感じた時点で適宜修正する。それで十分かと」
「そ、そうね! そうしましょう!」
「了解」
アキラは
調査を再開して
移動距離を稼げない一番の理由は、先頭にいるアキラの索敵の手際が悪いからだ。間違いなく全体の足を引っ張っている。未熟な若手ハンターを先頭にして部隊行動をしている以上、当然の結果でもある。
だがレイナは再び疑問を覚えていた。アキラの実力が本当にその程度ならば、あの戦歴は有り得ない。本部の指示だからといって、文句も言わずに1人で調査に出るのも不自然だ。
そもそもその程度のハンターにクガマヤマ都市の長期戦略部が依頼を出す訳がない。ドランカムの
実は大した実力は持っていない。そう自己申告した時のアキラの態度から、一度はそうなのかと納得した。だが冷静になって落ち着いて考え直すと、やはり
結局のところ、アキラの実力は未知数のままだ。レイナはそれがどうしても気になっていた。
シオリがそのレイナの様子に気付き、考え事で意識が散漫になっているのを
「お嬢様。何か気になることでも?」
「あ、ごめん。何でもないわ」
レイナが気を引き締める。だが
シオリはレイナの内心をある意味で本人よりも察していた。レイナがアキラの実力を気にしている理由は、それを評価の基準にしてレイナ自身の実力を把握する
その元の疑問を解消しないと何度注意しても効果は薄いだろう。シオリはそう考えて一計を案じた。
「アキラ様。アキラ様から見て、お嬢様の実力はどの程度だとお思いですか?」
アキラが不思議そうに聞き返す。
「いや、そんなこと聞かれても、よく分からないとしか答えられない。一目で相手の力量を見抜く実力なんかないしな。何でそんなことを聞くんだ?」
「私の評価では身
「そう言われてもな……」
アキラが悩み始める。依頼の
『アルファ』
『自分で考えなさい。初見の相手の力量を見抜く能力もハンターの大切な能力よ。これも訓練だと思って、アキラなりに悩んで考えなさい』
笑ってそう答えたアルファの返事には、今後アキラに無闇
以前にスラム街の徒党の者を殺した時も、遺跡でエレナ達を助けた時も、アキラはまず相手と敵対すると強く決めてから、その後処理としてアルファにサポートを求めていた。アルファとしては、無駄な
そして、これはアルファがアキラの行動原理を把握できていない証拠でもあった。
アルファの助けが得られなかったので、アキラは悩んだ顔で今度はシオリに尋ねる。
「うーん。実力って言われてもな。何か、評価の基準とかはないのか? 討伐系のハンターと探索系のハンターでも、評価の基準は違ってくるだろうし、評価の方法にもいろいろあるだろうし……」
「そうですね。では、アキラ様がハンター稼業の相方としてお嬢様を雇うとします。幾らまでなら支払えますか? 戦歴など追加の情報が必要でしたらお聞きください。質問内容にも
ハンターが他のハンターを雇うとして、その
レイナも自分の実力が、正しい評価が気になっている。下手に
しかしアキラはいきなり結論を出した。
「ああ、そういうことなら、雇わない」
予想外の答えに、レイナは憤慨する前に
アキラの口調はごく普通のもので、冗談や嫌がらせ、嘲りのようなものは全く感じられない。それが逆にレイナに強い衝撃を与えていた。レイナは軽い
シオリも
「……アキラ様。
静かな口調だが、そこにはシオリの心情を代弁する
アキラはその威圧にも動揺を見せず、やはりごく普通の口調で答える。
「単純に死ぬほど面倒だからだ。もしヤラタサソリの群れ、そうだな、50体ぐらいと、14番防衛地点にいた全員を余裕で殺せるぐらいに強いのなら、さっきの評価は訂正する」
レイナが
「さ、
「あいつ、147番だっけ? そいつと
アキラはそのままレイナの返答を待つ。レイナは答えられなかった。質問には
レイナ達を軽く見る相手が気に入らなかった。だから
「じゃあ、じゃあどうすれば良かったのよ! あのまま馬鹿にされて、好きに言わせておけば良かったとでも言うの!?」
「いや、好きにすれば良いと思う。私を馬鹿にするなんて許せない。殺してやる。それでも良い。その結果を正しく想定した上で、結果を許容できるならな。
アキラがまた普通に答え、尋ねた。そしてレイナをじっと見て再び返答を待つ。
レイナは答えられない。そもそも何も想定していなかった。それを口には出せなかった。
黙って聞いていたシオリが口を挟む。シオリはアキラに質問をしたことを既に後悔していた。
「アキラ様。状況がそこまで悪化した場合は、私が場を収めるため尽力いたします。ゆえにその仮定には多少無理があるかと」
「どんな状況になっても最終的にはシオリさんが何とかするので、何も考えず思うがままに行動した。それでも良いと思う。お嬢様個人ではなく、2人1組での評価を聞いていたのなら俺の評価は勘違いだ」
「ヤラタサソリ50体と他のハンター全員の話はどのような関係が?」
「それぐらい強ければ、最後まで
「……極論が過ぎるのでは?」
「そうだよ」
アキラはあっさりそう答えた。シオリの怒気が強まるが、それでも
「今言ったのは極論だ。そうなる可能性は低いだろうし、普通はそこまで想定する必要はないと思う。要は程度の問題だ。どの程度の状況で、どの程度の対応をするか。その個人差の話だ。14番防衛地点の様子とか、俺や147番と話していた時の態度とか、その辺のことから考えて、無用な
シオリもレイナもアキラの話を黙って聞いていた。だがその反応は似通いながらも異なっていた。レイナは意気消沈して
「……一応、納得は別にして、評価の説明は聞きました。では、最後に一つ聞かせてください」
シオリはそう言った後、区切りを置いてから、内心を
「その答え、私を怒らせるとは思いませんでしたか?」
自分がレイナに仕えていることぐらい分かっているはずだ。結果を想定して話せと言うのであれば、そちらもこの結果を想定しているはずだ。そう告げるように、意趣返しのようにシオリはアキラを脅しに掛かった。
ある意味で、この時点では
アキラが覚悟を決めて答える。
「サポートの
シオリは尋ねた。私と殺し合う想定と覚悟はあるのか、と。
アキラは答えた。ある、と。
既にどちらも臨戦態勢だ。どちらかが僅かでも動きを見せれば、辛うじて残っている引き際も消える。今は両者が反撃を前提に
どちらも相手が銃口を突き付けて武装解除を求めてくるとは考えていなかった。即座に引き金を引き、最低でも戦闘不能にする。殺しきるかどうかはその時の余裕次第で、その余地が生まれる可能性は恐らく低い。どちらもそう理解していた。
シオリが脅し、アキラが受けたのか。アキラが挑発し、シオリが受けたのか。どちらにしろ、どちらも引かない以上、原因が現状に差異を生むことはない。
緊迫した空気の密度が上がっていく。両者が次の段階に移行するのは時間の問題だった。
「シオリ……、止めて……」
それを止めたのはレイナだった。
「お、お嬢様……」
「……もう良いの。……止めて。……お願い」
レイナは
取りあえず戦闘は回避された。緊張から解放されたアキラが息を吐く。その
『いろいろ棚に上げて、いろいろ言っていたけれど、
『お、俺から
アキラが自分でも苦しい言い訳だと思って表情を固くする。アルファがそのアキラをじっと見詰めながら
『確かに依頼を受けろと言ったのは私で、自分で考えろと言ったのも私よ? でもね、アキラは私の高度な演算能力から算出された予想を覆せるって、そんなに頑張って誇示しなくても良いのよ? 大丈夫、ちゃんと分かっているわ』
『……す、すみませんでした』
アキラは
取りあえず適当にお世辞でも言っておけ。アルファがアキラにたったそれだけ助言していれば回避できた
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