第43話 戦歴と実力
アキラやカツヤ達が広間に
レイナはミマタ達を止める
不真面目に好き勝手に遺物収集に出かけている者がいる横で、自分達は黙って警備を続けている。レイナはその状況に不満を募らせ続けていた。
「カツヤ。私達も周囲を探索しない?」
「駄目だ」
迷いのない検討の余地も見せないあっさりとした返事に、レイナが表情を不満げに
「何でよ。何で私達だけ我慢しないといけないのよ」
「気持ちは分かるけど我慢してくれ。俺達は安全のためにできるだけ5人全員で行動するように決めたじゃないか。それに8人の中の5人、あいつらも加えれば7人が防衛地点から勝手にいなくなったら、本部も
レイナはカツヤの正論に言い返せなくなったが、その正論では
「それに、俺はあんないい加減な連中と同じ
レイナはカツヤに見詰められると僅かにたじろいで勢いを落とし、不服そうな表情を崩して少し恥ずかしそうな照れを見せた。
レイナは以前カツヤの実力を認めずに食って掛かっていた。しかしカツヤ達が暴食ワニの撃破に自力で成功したと聞くと、その実力を確かめる名目でカツヤのチームに加わった。その時点ではまだカツヤの実力に懐疑的だったが、共にするようになると
今回も本来はカツヤ、ユミナ、アイリの3人のチームだったところを、レイナが無理を言ってシオリと一緒に後から加わったのだ。カツヤはそれを快く受け入れた。
今度はシオリがレイナを優しく
「お嬢様。余りカツヤ様を困らせぬようにお願いいたします。私も賛成いたしかねます。私もカツヤ様もお嬢様の身を案じているのです。御理解を御願い致します」
「わ、分かったわ……」
シオリに言われるとレイナも弱い。シオリはレイナの付き人だ。付き合いも長く、信頼も高い。そしてレイナが実家を出てハンター稼業を続ける条件として、護衛も兼ねてずっと付き添っている。レイナは更に勢いを落とし、それ以上食い下がるのを諦めた。
シオリが話を続ける。
「先ほども進言いたしましたが、不用意に他者と接触する機会を増やさぬようお願いいたします。モンスター以外にも、警戒すべき対象は多々存在いたします。お嬢様のお付きの者が私のみである以上、遺憾ながら絶対の安全は保証できかねます。ドランカムに所属していないハンターとの会話もお控えください。お嬢様の気性では無用な
レイナは説教が長引く気配を感じると、口を挟んで何とか食い止めようとする。
「分かった。分かったわ。でもね、ちょっと過保護すぎない?」
「お嬢様。以前から繰り返し申し上げておりますが、ここは荒野です。防壁の内側とは根本的に異なる非常に危険な場所なのです。私の言動を過保護と思っている時点で、その認識が致命的に甘いことを、どうか御理解ください」
東部に住む人間が荒野と呼ぶ場所には個人差がある。だが基本的には都市の外は全て荒野だ。荒れ地も野原も砂漠も海上も山脈も上空も遺跡も、全て一
程度の差はあれど、日々の生活で無意識に積み上げた当たり前の安全基準から掛け離れた場所。相手が人であれモンスターであれ、殺し合いの力量が物を言う危険地帯。そこが荒野だ。
レイナも自身がその荒野にいると知ってはいる。だが認識が甘く、感覚が荒野に追い付いていない。
シオリが護衛に付いていること。カツヤ達のような比較的良識的で常識的な者達との集団行動が基本になっていること。それらはレイナの安全を高めるのと同時に、危険を正しく認識する機会を遠ざけていた。
シオリもそれは分かっている。だがその
レイナはシオリの説教に少しうんざりしながらも、
レイナはハンター稼業を必ずシオリと一緒にいる状態で続けていた。
カツヤ達は暴食ワニを討伐してその実力をある程度認めさせた。ドランカムではカツヤ達を子供だという理由で侮るハンターも減ってきている。暴食ワニほどではないがヤラタサソリもそれなりに強力なモンスターだ。その群れの討伐に加わって十分な成果を上げさえすれば、自分も自他共に認められるのではないか。レイナはそう考えていた。
カツヤ達はドランカムから暴食ワニ討伐成功チームとして今回の作戦に派遣されていた。それを受けて本部は当初カツヤ達を討伐チームに配置する予定だった。だが現場の人間はカツヤ達の大半が子供だと知ると、配置を
防衛チームでも戦闘が発生する可能性は存在する。だからこそハンターを配備するのだ。きっと機会はある。レイナはそう考えて不満と焦りを抑えていた。しかし配属された14番防衛地点はとても安全だった。
(……もう随分時間が
レイナは何かが起こることを期待し始めていた。荒野では安全は何よりも大切だ。その基本すら忘れ、
その時、広間に設置している中継器から通信が入った。
「こちら本部。14番防衛地点、応答せよ」
全員が中継器の
「こちら14番防衛地点だ」
「何か異常はないか?」
「問題なし。平和なもんだ」
「……お前は、147番だな? さっきからちょくちょく持ち場を離れていたようだが、本当に何もなかったのか?」
「連れとトイレに行っただけだよ。一人で行くのは危ないし、尿意のタイミングに差があるのは仕方ないだろう。堅いこと言うなよ」
ミマタ達が持ち場から頻繁に離れすぎたので、本部も
「そんなことはどうでも良い。移動中にヤラタサソリとの遭遇はなかったのか?
「いや、そんなことはなかった。何かあったのか?」
「15番防衛地点がヤラタサソリの群れに襲われた。撃退自体は負傷者もなく無事に済んだが、襲撃してきた方向が問題だ。既に制圧済みと判断した場所から襲ってきたようだ。単に探索チームの調査不足で経路の封鎖に漏れがあった可能性もあるが、ヤラタサソリが別の新しい通路を開通させた可能性がある。
「ここも襲われる可能性があるから警戒しろってことか?」
「違う。周辺を再調査してもらう。そちらから数名出して、地下街マップ構築時の状態から何か変化がないか周辺を確認してきてくれ。もし新たなルートが発見された場合は探索チームか討伐チームを送り込む」
新たなルートが未調査の場所に
ミマタが仲間と顔を見合わせて笑った後、威勢良く返事をする。
「了解した。俺達で調査する。
「駄目だ。お前達は行くな。そこで黙って防衛地点を守ってろ。どうせ調査はそこそこに、遺物収集に行くつもりだろう」
「……そんなことないって」
「いいから、お前らは、そこから動くな」
ミマタは本部の念押しに不満そうに舌打ちした。レイナがその様子を見て楽しそうに笑う。
「いい気味よ」
ミマタがレイナ達を見ながら小馬鹿にするように本部に返答する。
「ふん。それなら誰に調査に行かせるんだ? 残っているのはガキと子守だけだぜ?」
カツヤ、アイリ、レイナがミマタを
本部の職員が返答する。
「27番が行け。後は適当にそっちで選べ。27番を含めて多くても3名だ。27番だけでも構わん」
ミマタ達もカツヤ達も自分達以外の番号を把握しているわけではない。27番が誰か分からないためお互いに顔を見合わせる。
「27番。了解した」
声の主に皆の注目が集まる。27番は、アキラだった。
『アキラ。あと2人連れて行けるけれど、誰か連れて行く?』
『いや、1人で行く。余計な
『それもそうね。それにしても、1人だと危ないから単独行動を減らす条件を
『全くだ。次があったら、もうちょっと条件を考えないとな』
アキラがリュックサックを
我に返ったミマタが本部に
「何であのガキなんだ? 何かの間違いじゃないのか? 他のやつと勘違いしてないか?」
「27番で間違いはない」
本部はミマタの疑問を明確に否定した。それを聞いて今度はカツヤが尋ねる。
「27番を選んだ理由は? 適当に選んだだけなら人員はこちらで選定したい」
本部が適当に選んだ人員で作業を進める前例を作ると、今後の作業で
だが本部はそれも否定する。
「問題ない。27番の戦歴を考慮しての選択だ。残りの2名はそちらで好きに選べ」
カツヤに衝撃が走った。まただ。その思いが表情に出ていた。本部側の職員は恐らく1階で自分達を軽んじて
今度はシオリが問い掛ける。
「戦歴とは? カツヤ様達は3名で暴食ワニの討伐に成功しております。戦歴を考慮した上での選定ならば、人数的にもカツヤ様達3名の方が
「カツヤ? ああ、そっちのドランカムチームのリーダーか。暴食ワニの討伐とヤラタサソリの討伐は別だ。戦闘状況も異なる。現在の状況に適した戦歴から、27番が適していると判断しただけだ。一々突っかかるな。上の判断に一々口を出すのがドランカムの方針か?」
ドランカムは大規模徒党の
そのドランカム所属の者から本部側の判断を疑う質問が2度続いたこともあって、少し機嫌を悪くした職員は少し
その職員の態度が、それを聞いた者達にアキラの実力を想像させた。だがミマタはそれに納得できずに
「あのガキにどんな戦歴があるって言うんだ?」
「ヤラタサソリの群れに襲撃、占拠されたビルから救援要請を出したハンター達の救出に成功している。更にビル内部及び脱出後にハンター達を追撃してきたヤラタサソリを、最低でも60体以上撃破している。これらは27番単独で行われている。地下街の環境は狭いビル内と類似点が多い。そこで既にヤラタサソリの群れとの交戦経験がある。十分な判断材料だ。それに比べれば、さっきそっちの誰かが言った、遠距離からデカいワニを撃ち殺しましたなんて戦歴は、比較対象にならないんだよ」
その説明を聞いたその場の全員の感想を、ミマタが分かり
「……じょ、冗談だろう?」
「ハンターオフィスの掲載情報だ。お前を
本部はそれだけ言って通信を切った。受けた衝撃は強く、ミマタ達もカツヤ達も驚きで
レイナの頭から先ほどの衝撃が緩やかに抜けていく。だがその衝撃は、引いた後もレイナの思考にアキラへの興味という偏りを残した。
レイナは何となくだがカツヤはアキラに対抗心のようなものを抱いていると感じていた。アキラの戦歴を聞いてからは、それを根拠に自分の予想は正しいと強く思い始めていた。
自分がその実力を認めるカツヤ。そのカツヤが対抗心を燃やすアキラ。そのアキラに付いていけば何かが得られるのではないか。自身の実力を自分で誇れるようになる切っ掛けが、契機が、機会が、何かが。
レイナはそう考えてしまった。荒野で一番大切な安全を軽んじるほどに。自分から危険を望むほどに。
「……枠はまだ2名分残っているわよね?」
レイナの質問の意味を察したシオリが思わず声を上げる。
「お嬢様!?」
「あいつを追いかけるわ。用意して」
レイナは選択した。安易な選択でも覚悟を決めた決断でも、選んだ結果は背負わなければならない。その自覚も薄いままに。
だがヤラタサソリが壁に穴を開けて新たな侵攻経路を作り出せば、
調査といっても、あてもなく地下街を歩き回るわけにもいかない。アキラは14番防衛地点からある程度離れた場所で一度立ち止まると、アルファと当面の行動指針の相談を始めた。
『どうしようか。取りあえず15番防衛地点を目指すか?』
『その理由は?』
『15番防衛地点を襲ったヤラタサソリに生き残りがいれば、来た道を戻った個体がいるかもしれない。その個体が負傷していれば、血とかが床に付着して目印になっているかもしれない。後はそうだな……、ヤラタサソリの群れに遭遇して対処しきれない時に、15番防衛地点の方が近かったらそっちに逃げ込めるからかな? 負傷者無しでヤラタサソリを撃退済みなんだ。14番防衛地点より安全かもしれない』
『良い判断ね。特に最後の理由が高評価よ』
良い笑顔で答えたアルファを見て、アキラが不安を覚える。
『14番防衛地点は、アルファも危ないと思うのか?』
『空気も
『だよなぁ……』
内部分裂に関しては進んで第三勢力になった人間にどうこう言う資格はない。だがアキラはそれを分かった上で
『そろそろ行きましょうか。訓練を兼ねて私のサポート無しで進みましょう』
『こんな時にも訓練か』
『こんな時だからこそよ。
『アルファの?』
何となくだが、アキラはアルファが自分のように訓練が必要な存在とは思っていなかった。意外に思っていると、アルファが笑ってアキラには聞き捨てならないことを告げる。
『そうよ。現在のアキラの装備で私がどこまでアキラをサポートできるか。その確認とサポートの効率上昇の試行錯誤。それが私の訓練。実は今、私の索敵能力は結構落ちているのよ』
アキラが凍り付いた。そして硬直から解凍されると分かり
『ど、どういうことだ?』
『詳細を説明すると長くなるから、簡単に原因だけ説明するわね。まず私はクズスハラ街遺跡の地下では、地上ほどの索敵能力を発揮できないのよ。そして遺跡の建築資材や機能には索敵能力を落とす性質のものもあるの。この場所はその両方を満たしているのよ』
『……それで、具体的には、どの程度低下しているんだ?』
『それは内緒。アキラやそこらのハンター達と比べれば、私の索敵能力の方が
アキラは内緒の意味を、知らない方が良いという意味だと解釈した。そして久しく感じていなかった恐怖を覚える。未知の遺跡で、曲がり角の先にいるかもしれないモンスターに
『大丈夫だ。覚悟は俺の担当だ。行こう』
これで足が
『アキラ。その覚悟に水を差して悪いけれど、来客よ?』
アルファがアキラの後ろを指差す。アキラは少し
『あいつらは……』
そこにはこちらに向かってきているレイナとシオリの姿があった。
レイナ達がアキラの姿を確認したのと、アキラがレイナ達の方へ振り向いたのはほぼ同時だった。
だが厳密にはアキラの方が僅かに早かった。シオリがそれに気付いてアキラへの警戒を強める。
背後で確実に視界の外。足音などが聞こえる距離でもない。情報収集機器の反応で気付いたのだとしても、そこまで高性能な情報収集機器を保持しているとは思えない。それにも
東部の東端、最前線と呼ばれる地域で活動する一流のハンターには、説明の付かない何かによって、明らかに知覚外の位置にいる人の視線や気配を正確に感じ取る者もいる。アキラがその手の者達の同種、
「……お嬢様。今からでも戻るわけにはいきませんか?」
「嫌よ。それにアキラに見付かった瞬間に戻るなんて思いっきり不審者じゃない。奇襲するつもりだったなんて勘違いされたらどうするのよ」
「私達には彼を奇襲する理由がありません。誤解は十分解けると思います」
「アキラも待っているみたいだし、急ぐわよ」
レイナは先を急ぎ、説得を諦めたシオリも後に続いた。
急いでこの場から離れてレイナ達を
そして一度待ってしまったので、何となく仕方なくそのままレイナ達の到着を待った。そして到着したレイナに、どことなく愛想の悪い様子で尋ねる。
「何かあったのか?」
レイナが真面目な表情で答える。
「私達も探索に来たのよ」
「そうか。俺はあっちを調べるから、他の場所を頼む」
「私達も一緒に行くのよ」
暗に同行を断ったのだが、伝わらなかったのか、伝わった上で無視されたのかまでは、アキラの拙い対人経験では分からなかった。そこで今度はシオリに非難気味の視線を送った。
「……お嬢様。先方は私達の同行に気乗りではない御様子です。やはり引き返した方が
レイナが表情を一気に険しくさせる。だが何かを
レイナが落ち着こうと心掛けながら、同行の交渉の続きを試みる。
「……私達も一緒に行くわ。私は役に立つわ。……私は
「じゃあ彼女だけで良いんじゃないか?」
「私がいないとシオリも帰るわ」
「じゃあ2人で一緒に帰れば良いんじゃないか?」
「私達も一緒に行くわ」
「嫌だ。帰れ」
アキラはそう一度強く宣言すると、レイナ達に背を向けた。そしてレイナ達をいない者として扱って地下街を進んでいく。そのまま地下街を警戒しながら
アキラは再度レイナ達と向き合うと、一度
「……あれか? 俺はそっちに銃を突き付けて、帰れと脅さないといけないのか?」
シオリが真剣な表情で答える。
「その場合は、全力で抵抗いたします。お互いにとって不必要な被害が生じますので、お勧めいたしません。再考願います」
シオリの目は真剣そのものだ。自分の命と引き替えにでもレイナを守るという強固な意思が感じられる。
その意思そのものにはアキラも称賛を覚える。だがこの状況で発揮するものでもないだろうとも思い、少し
「そこまで言うなら力尽くで彼女を連れて帰れよ。それで済む話だろう?」
「
アキラが再び
『アルファ。何とかならないか?』
『仕方ないわ。ここは諦めて下手に気にしないようにしましょう』
『何で
『力尽くでどうこうしようとすると、事態が悪化するからよ』
『……そうだけどさ』
『盾や
『……そうだな』
アキラは諦めて地下街の調査を再開した。
背後のレイナ達を無視して、周囲を念入りに警戒しながら15番防衛地点を目指す。情報収集機器で周囲の反応を探り、モンスターの存在を逐一確認する。反応がなかったとしても、以前にヤラタサソリの群れに囲まれた時のことを思い出して、気を抜かずに慎重に歩を進める。
一応見落としがあればアルファが教えることになっている。だが
『アルファ。そういえば俺の情報収集機器の設定だけどさ、今の設定で問題ないのか?』
『あるわ』
『……あるんだ』
『周囲の環境によって設定の最適値は異なるし、銃の照準器との連携内容でも変化するわ。見つけ
『つまり、今の俺には無理だってことだな。アルファ。代わりに設定してくれ』
『了解。はい。変更したわ。でもいずれは自分で設定できるようになってもらうからね』
情報収集機器の設定変更により情報収集の精度が飛躍的に上昇する。その結果、アキラが装備している透過ディスプレイの表示内容が劇的に変わった。
アキラの後ろにいるレイナ達の反応が鮮明になり、ぼやけていた周辺の立体図も更新された。探索チームが地下街マップを作成した時の地形情報と現在の地形情報の差異が、崩れた
アキラが余りの違いに驚く。
『随分違うんだな。俺が聞かなかったらずっとさっきの設定のままだったのか?』
『現在の設定は正しいのか? 変更する必要はあるのか? 自分でそういったことに気付くのも訓練の内よ?』
アキラが僅かに
『……精進します』
『頑張ってね』
アルファはいつものように
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