第42話 14番防衛地点の子供達
アキラの視界にはアルファのサポートにより配置場所である14番防衛地点への道順が拡張表示されている。それに沿って進んでいくと、広間の壁際にある鉄格子式のシャッターに
『……地下?』
『ヤラタサソリはクズスハラ街遺跡の地下街を巣にしているらしいわ』
『クズスハラ街遺跡に地下街なんかあったのか。知らなかった』
シャッターの
アキラが何となく気になったことを男に尋ねる。
「このシャッターって遺跡の設備なんだろう? 動かせるのか?」
「これは近くのボタンで操作可能なやつだからな。電子式でハッキングが必要なものは専門家じゃないと無理だ。もっとも、旧世界の遺跡の設備は当たり前だが旧世界製だ。その制御装置の乗っ取りなんて専門家でも無理なものが大半だ。地下でそれっぽいものを見つけても下手に触るんじゃないぞ。警報が鳴ってモンスターを
アキラが先に進むと、すぐにシャッターが閉じられる。鉄格子式のシャッターが床と接触して音を立てた。外界との隔離を連想させる何となく不安になる音だった。
階段を降りようとしたアキラが足を止めて
男がアキラの様子に気付いて説明する。
「その爆弾は万一の場合への備えだ。大量のモンスターが地下からここまで押し寄せてきて、この場の確保が不可能になった場合のな。ここを爆破してモンスターが地上に
アキラが嫌そうな表情を男に向ける。
「……その場合、俺達はどうなるんだ?」
男は冗談のように軽く笑って答える。
「お前達が真面目に仕事をしていれば、その時は撤退済みか死んでるかのどっちかだよ。後者が嫌なら、しっかり仕事をするんだな」
アキラは軽く
地下街は先行した者達が設置した多数の照明で照らされており、長年闇に沈んでいた姿を
だが今ではモンスターの住み
照明を設置した場所は先行した者達が最低限の探索を済ませた区域で、一応一定の安全が確保されている。だがそこも地上部に比べれば十分危険な場所だ。
アキラはその照明設置済みの通路を通って地下街を進みながら、アルファから依頼の内容を説明してもらっていた。一応事前にアルファから簡単に説明してもらったので知っているのだが、防衛チームの仕事の詳細を確認する意味を兼ねて、雑談を交えて改めて聞いていた。
今回のヤラタサソリ討伐作戦では、ハンター達は主に、探索、討伐、防衛の3チームに分かれて行動している。
探索チームは地下街の探索作業が主任務だ。一切光の
討伐チームはモンスター討伐を主に引き受ける。ヤラタサソリの巣の駆除。完全制圧区域の拡大作業。探索チームや防衛チームへの戦力支援などを行う。主に戦闘面に優れたハンターで構成されている。
防衛チームは指定場所の防衛が主な仕事だ。中継器の設置場所や重要な防衛地点などに配備される。照明の設置作業などの雑務も行う。他チームの人員ほど高い能力を必要としない安全で簡単な仕事に応じた実力の者達、悪く表現すれば余りの人員で構成されている。
防衛チームに配備されたアキラの仕事を指定された場所から判断すると、恐らく特に重要度も高くない中継器設置場所の防衛になる。アルファからそう聞かされたアキラは少し
『そうすると、本当に子供でもできる楽な仕事かもしれないのか。駄目元でも言ってみるもんだな』
『アキラ。分かっているとは思うけれど、気を抜いては駄目よ?』
『分かってるって。依頼元があんな条件を全部飲むほどの高難度だと思って警戒していたけど、思ったより楽そうで良かった。それだけだって』
『本当にそうだと良いのだけれど』
意味深な言葉と表情を返してきたアルファに、アキラが僅かに不安げな
『……アルファ。俺の気を引き締める
『強いて言えば、同じ日に2度もモンスターの群れと遭遇したり、救援に行ったらヤラタサソリの群れに追われる羽目になったり、一人で荒野を走ってでも緊急依頼を受けようとしたりする誰かの、運の悪さかしらね』
アキラが黙って顔を
『……運頼りの状況にならないように努力はするよ』
『そうね。私のサポートで何とかなる程度の不運であることを期待しましょうか』
苦笑いを向けてきたアキラに、アルファは少し
地下街を構成する通路の結合点、その広間に中継器と照明が設置されている。そこで8名のハンターが暇そうな様子で警備を続けていた。アキラの配備場所である14番防衛地点だ。
ハンターの一人が通路から向かってくるアキラに気付く。そして軽く笑ってミマタというハンターの肩を
「俺の分の交代要員だな。お先に」
「待てって! またガキじゃねえか!」
「大丈夫だって。そんなガキを
ハンターはミマタを
ミマタは一足先に地上へ戻っていったハンターを恨めしそうに見ていた。ハンターの姿が通路の先に消えた後は視線をアキラに移して値踏みする。そしてその評価が
「おい。お前のハンターランクは?」
「20だ」
ミマタの表情が分かり
「また養殖のガキかよ。何でここにガキを集めるんだ? ……邪魔にならないように適当にやっとけ」
不釣合いに高性能な装備や実力者の援護などの支援を受けて、本人の実力に見合わないほどに高いハンターランクを手に入れた者。養殖とはその手のハンターに対する蔑称だ。大規模なハンター徒党に所属している若手ハンターに多いこともあり、徒党が組織全体のハンターランク稼ぎ用に養殖しているとも
アキラはその蔑称の意味を知らなかったが、その意味合いは相手の態度から何となく感じ取れた。だがアルファのサポートのおかげで身の程とは不釣合いな実績を稼いでいることは自覚しているので、気にした様子もなく尋ねる。
「ここの指揮者なのか?」
「ここにそんなやつはいない。寄せ集めの人員で下手にリーダーを決めると余計な
「……。分かった」
アキラはミマタが指差したハンター達を見てからそう答えると、そのハンター達からもミマタ達からも少し距離を取った位置で腰を下ろし、場のハンター達から進んで孤立した。
他の者達が少し意外そうな視線をアキラに向けている。だがアキラは全く気にしていない。
『アキラ。向こうと合流しなくても良いの?』
『ああ。その方が
アルファが視線を一度向こうに移し、再びアキラに戻してから苦笑する。
『そうね。止めておきましょうか』
ミマタが指差したハンター達はカツヤ達だった。
14番防衛地点に配置された8人のハンターが、アキラ、ミマタ達、カツヤ達の3グループに分かれて警備を続けている。
カツヤ達のグループは、カツヤ、ユミナ、アイリの3人に加えて、レイナという少女と、シオリという大人の女性の計5名だ。
ミマタがカツヤ達を養殖ハンターと判断した理由の大半はこの人員編制だ。若手ハンター達に1人だけ大人の、恐らく別格の実力者が混ざっている。そこからシオリをカツヤ達の子守役だと判断したのだ。実際には違うのだが、カツヤ達と比べてシオリだけ格上の実力者であることは正しく、ミマタがそう誤解するのは仕方ない部分もあった。
ミマタ達もカツヤ達も雑談などで暇を潰している。何事もなく変化なく過ぎていく時間が場から緊張感を奪っていた。それでも情報収集機器などで最低限の警戒は保っているので奇襲を受ける可能性は十分に低い。
子供でもできる楽な仕事。今のところ、その説明に偽りはなかった。
アキラはアルファと雑談を交えながら勉強をしていた。スラム街育ちの所為で読み書きも怪しく、一般教養も不十分。ハンターとして大成する
不意にアルファが横を向く。アキラが釣られてそちらを見ると、自分の方へ歩き出そうとしているカツヤとレイナの姿があった。
レイナはそのままカツヤを連れてアキラの
「
「アキラだ」
「何で一人で分かれているのよ。こっちに来なさい」
「いや、俺はここで大丈夫だ」
レイナの眉間に
「何でよ? 一人でここでサボっているつもり?」
「サボるつもりはないし、サボってもいない」
「
カツヤ達もミマタ達も交代で最低限の見張り役は立てていた。アキラはそれすらしていない。少なくとも他者からはそう見える。その視点でレイナの糾弾は正しい。
だがアキラがしれっと答える。
「情報収集機器を使用して周囲広範囲の索敵を続けていた。その証拠に、こっちに来ようとしたそっちの動きにもすぐに気付いただろう?」
厳密には、索敵を続けていたのはアルファでありアキラではない。アルファが笑っているが、アキラは気にしないことにした。
レイナの表情に更なる
「アキラのハンターランクは?」
「20だ」
レイナが少し得意げな笑顔と口調で宣言する。
「私は23よ!」
僅かな沈黙が流れた。アキラは
「ちょっと聞いてるの!? 私のハンターランクは23なの!
「それで?」
「それで、じゃないわ! 私の方が上なんだから、私の言うことを聞きなさい! さっさと立ち上がって、向こうに行くのよ!」
「自分より高ランクのハンターの指示には黙って従え、とは言われていない。依頼内容にも含まれていない。従う義務はないな」
「……義務はないって、そういうものでしょうが!」
レイナは強い口調で叫ぶように言い放った。
熱くなったレイナの様子に、カツヤがこれ以上は
「あー、何だ、こんな態度だが、要は心配してるだけなんだ。何かあった時に一人でいるより大勢でいた方が安全だろう?」
「こいつの心配なんかしていないわ!」
カツヤの発言はアキラを助ける
アキラが平然と答える。
「俺のことは気にしないでくれ。何かあれば自分で対処する。万一の時は適当に見殺しにしてくれ」
カツヤはアキラの言動に少し驚いたものの、何とか話を続けようとする。
「いや、そうは言っても、やっぱり皆でいた方が安全だろう?」
「放っておきなさい! そんなやつ一人で死ねば良いのよ!」
レイナはそれだけ言って戻っていった。かなりの早足で、その後ろ姿からも怒りの程が
レイナを目で追っていたカツヤが視線をアキラに向ける。アキラはもう話は終わったとばかりに既にカツヤ達から視線を外していた。
カツヤはできればアキラからエレナ達との関係などの話を聞きたかった。だがこれ以上この場に
アルファが去っていくカツヤ達を見て
『何というか、元気いっぱいだったわね』
『そうだな。俺がここに来る前にも、元気いっぱいで
ミマタ達はカツヤ達を明確に見下している。そのミマタ達に対するカツヤ達の態度も容易に想像が付く。自分が広場に来た時点で別グループに分かれていたのだ。既に
現状でヤラタサソリの群れに襲撃されたら、どこまでお互いに援護し合うか。お互いに見捨て合うのならまだましで、意図的な誤射が発生しかねない。
アキラは最悪の場合、一人で逃げるつもりだ。契約上その権利もある。撤退の判断を含めて好きな時に独自の行動を取っても良いことになっている。万一に備えて、無駄な
アキラが僅かに顔を
『……楽な場所に配置されたと思ったんだけどな』
アルファが意味深に
『運良く楽な場所に配置されて助かった。アキラも、その結果で終わる努力をお願いね?』
『分かってるよ』
アキラは自身を無自覚に棚に上げて嘆いていた。だがアルファの判断は大分異なる。場の状況を最悪の事態に導く可能性が最も高い者は、そのアキラだ。そう考えていた。
アキラは以前に自分を脅した者を
アルファは
その後も何事もなく時間が過ぎていく。アキラはそれに不満など覚えなかったが、より多くの報酬を求める者達は現状に不満を感じていた。無難に過ぎていく時間がその者達の雑談内容を、現状の不満とその解決方法に偏らせていく。
ミマタ達の雑談内容も具体性を帯び始めていた。
「暇だな。何にも起こらねえ。探索チームならついでに遺物収集でもして稼げるんだが、防衛チームじゃな」
「遺物収集って言っても、外周部辺りにはもう大した遺物は残っていないだろう?」
「地上部はそうだ。だがこういう地下にはまだまだ残っているらしいぞ? こんな真っ暗な地下街に遺物収集に行くハンターは少ないからな。それに、あの都市の襲撃騒ぎの時に防衛隊が派手に戦った余波で、地下街の一部が未調査部分と
「ということは、探索チームの連中は未調査部分の遺物を探し放題か?」
「そういうことだ」
「未調査部分なら大量の遺物が残っていても不思議はない。相当な
ミマタの雑談相手の男が悔しがる。ミマタがその様子を見て口の端を僅かに
「それでな、そういう連中も
「……俺なら見付けた遺物を自分だけが分かる場所に隠すな」
「だろう? 俺だってそうする。つまりだ。この辺りにその手の遺物を隠したやつがいても不思議はないってことだ。ちょっと探してみないか?」
ミマタ達は欲深い笑顔を互いに見せ合った。
レイナが広場からゆっくり離れようとしているミマタ達に気付いて強い口調で呼び止める。
「ちょっと! どこに行くつもりよ!」
ミマタがしれっと、余り取り繕う気がない様子で答える。
「……どこって、ちょっと周囲の
その適当な
「この場にいれば
ミマタ達への
「大丈夫だって。すぐに戻ってくるよ。モンスターも全然出てこないだろう? 何か動きがあれば連絡ぐらいくるさ」
「そういう話をしているんじゃないわ!」
レイナを下に見るミマタ。ミマタに反発するレイナ。その言い争いに歩み寄りや
「お前はどう思う?」
その第三者であるアキラに皆の視線が集まる。ミマタはどこか相手を軽んじた視線で、レイナは
急に話を振られたアキラが少し考えてから答える。
「……トイレに行くなら早めに戻ってきてくれ。ここでされても困る。余りに帰りが遅かったらモンスターと交戦している可能性を考慮して、本部に連絡して無事を確認する」
アキラの発言はミマタの行動を容認するものだった。レイナが不機嫌そうな驚きの表情を浮かべ、ミマタが機嫌良く笑う。
「物わかりが良いじゃないか。そう。トイレだよ。実は漏れそうなんだ。じゃあな」
ミマタはそれだけ言い残して連れと一緒に広間から出て行った。
レイナはミマタ達を憎々しげに
「どういうつもり!? あいつらの肩を持つわけ!?」
アキラが平然と少し
「俺が何を言ったって聞きはしないだろう。好きにやらせて早めに戻ってきてもらった方が良い。それだけだ」
そのどこか
「そういう話じゃないでしょ!? あいつらに好き勝手にさせて良いわけ!?」
「あいつらの行動を止める権利は俺にはない。不満があるなら本部と掛け合ってくれ。それともあいつらに銃を突きつけて、行くなと脅せとでも言いたいのか? 止めないから自分でやってくれ」
そもそもアキラも状況次第で独自に好き勝手に行動するつもりだ。ミマタ達の行動を非難できる立場ではない。また、ミマタ達が別行動を取っている間に本部から重要な指示が、例えば撤退命令などが出ても、ミマタ達の帰還を待つつもりは全くない。取り残されたミマタ達がモンスターの群れに襲われて死んだとしても知ったことではない。その程度の危険は承知の上での行動だと思っていた。
アキラの立場は比較的レイナ達よりもミマタ達の方に近い。それらがアキラがミマタ達を止めなかった理由だった。
その後もいろいろ言ってきたレイナをアキラは完全に無視した。これ以上は下手に答えるより無視した方が
何を言っても無駄だと察したレイナは、最後にアキラを強く
アキラが
『あいつらは
無自覚に自分を棚に上げたアキラに、アルファが苦笑を
『人間には相性があるわ。単純にアキラとは相性が悪いだけかもしれないわね』
『多分そっちだな』
誰彼構わず
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