第41話 アキラ宛ての依頼

 アキラは荒野を車で駆けてようやく目的地に辿たどり着いた。そして辺りの景色を見渡して、少し眉をしかめていた。


『……アルファ。本当にここか?』


『ヒガラカ住宅街遺跡で入手したデータが示す場所なのは確かよ』


 アキラとアルファの間には何となく気まずい雰囲気が漂っていた。


『俺達は未発見の遺跡を探し出すために、リオンズテイル社の支店や端末が設置されている場所を巡ろうとしている。そこが広く知られている遺跡の場所ではなかったら、そこに未発見の遺跡が存在する可能性が高いからだ。ここがその1か所目。そうだよな?』


『そうよ』


 アキラの前にはありふれた荒野の光景が広がっている。建物が朽ち果て倒壊して瓦礫がれきになり、瓦礫がれきが風雨にさらされて細かく砕け、人やモンスターなどの死体が土にかえり、積もった土から草木が生えている。文明の残骸をその場に僅かに残した、遺跡と呼ぶには朽ち果てすぎた荒野だ。


『……期待しすぎだったか。そりゃそうだよな。未発見の遺跡がすぐに見付かるのなら、他のハンターがとっくに見付けてるよな』


 アキラがか細い希望にすがってみる。


『もっと正確な詳細な位置は分からないのか? この辺りって言われても結構広いんだ。正確な位置が分かれば何か違うかもしれない』


『ちょっと待って。……あそこよ』


 アルファがデータ上の場所を指し示す。アキラがそちらに視線を向けると、アルファのサポートで拡張表示された視界の中に具体的な位置を示す矢印が浮かんでいた。宙に浮かぶ矢印が指している場所は、空中だった。


 アキラがそれを見ながら微妙な表情を浮かべる。


『あそこに光学迷彩で覆われた見えないビルが存在する可能性とかは……』


『ないわ。……はい! ここは外れ! 次に行きましょう!』


 アルファは誤魔化ごまかすように少し早口で答えた。アキラがその態度を少し面白く思って軽く苦笑する。


 アキラも別にアルファを責める気はない。旧世界の広大な都市群も、今ではそのほとんどが跡形もなく朽ち果てて荒野と化している。遺跡と呼ばれる場所は何らかの要因で当時の様子を残しているまれな場所にすぎない。この場所はその例外ではなかった。それだけの話だ。


 外れの場所を後にして、アキラ達は次の目的地を目指した。




 アキラ達はその後もデータの他の場所を順に回っていったが全て外れだった。


 空中や何もない地面を指し示す矢印を見て軽くめ息を吐き、落胆を積み重ねて次の場所に移動する。アキラはその繰り返しに当初の期待をごっそり削られて意気を落としていた。


 その様子を見たアルファがアキラを気遣うように明るい声を出す。


『外ればっかりね。どうする? 未発見の遺跡に期待するのは止めて、発見済みの遺跡の探索に切り替える? 既存の遺跡でもこのデータは役に立つわ。ちょっとした盲点や分かりにくい場所を見付ける指針になるからね。それで今まで見過ごされていた場所を見付ければ、高価な遺物が意外に結構たくさん残っているかもしれないわよ?』


 アキラが少し迷ってから答える。


『……いや、しばらくは未発見の遺跡を探すのに集中する。折角せっかく手に入れた情報なんだ。できるだけ活用したい』


『分かったわ。次の場所が当たりだと良いわね』


『そうだな。当たりでもモンスターだらけの遺跡だと困るけど』


『未発見の遺跡に生息するモンスターの質や量は未知数よ。ハンターが立ち寄っていないわけだからその手の情報は一切ないわ。アキラの手に負えないようなモンスターが生息していた場合は諦めるしかないわ。アキラが蹴散らせる程度の強さだと良いわね』


『そこはアルファのサポートでモンスターとの遭遇を上手うまく回避したりできないのか?』


勿論もちろんそうするつもりよ。でも限度はあるわ。私が最もアキラをサポートできる場所はクズスハラ街遺跡であって、他の遺跡ではそこまで高品質のサポートはできないの。前にも少し説明したはずだけれど、覚えている?』


 アキラが少し険しい表情を浮かべる。


『ああ、そうだった。思い出した』


『特に索敵能力は激減するわ。アキラの情報収集機器とかを介しての索敵ではその精度に限界があるの。モンスターに先に察知される可能性も格段に上がるわ。だから、他の遺跡では今までのように楽に探索できるとは思わないでね』


『分かった。気を付ける』


 スラム街の子供を遺跡から生還させるアルファのサポート。他の遺跡ではその加護が大幅に下がる。その意味への理解がアキラの気を強く引き締めた。


 アルファが更に付け加える。


『それと、未発見の遺跡を発見しても探索時にレンタル車両は使えないわ。車両の移動経路の記録から遺跡の場所を割り出される可能性があるからね。レンタル車両が長時間一箇所にとどまっていた記録と、借主のハンターが大量の遺物を売却した情報を紐付けられたら、新たな遺跡の存在を嗅ぎ付けられても不思議はないわ』


『本当は自前の車で行かないと不味まずい訳か。でも今の俺だと車を借りるのが限界だしな』


『買った後も駐車場所の問題とかもあるわ。そもそもアキラはまだ宿暮らしだしね。車庫付きの賃貸物件を借りて、荒野仕様の車両を買って、余裕があれば車に広範囲の索敵機器も積みたいわ。尾行される恐れも減るし、モンスターとの遭遇も避けられるわ』


『それをそろえるのに幾ら掛かるんだか。本当にハンター稼業は金が掛かるな。しかも掛けた金に見合うほど稼げるかどうかは、結構賭けなんだよな』


 アキラがハンター稼業の悲哀を覚えて軽くめ息を吐くと、アルファがアキラを励ますように笑う。


『賭け事にならないようにしっかり準備を整えるのよ。装備も実力もしっかりとね。それにアキラには私が付いているから大丈夫よ。今までだってそうだったでしょう?』


 アキラはその今までを思い返して僅かに間を開けた後、気を取り直して軽く笑った。


『そうだな。これからも頼むよ』


『任せなさい』


 アルファは自信たっぷりの笑顔をアキラに返した。


 アルファと出会ったその日から、アキラはずっと賭け続けている。命賭け程度では賭け金が足りないハンター稼業で、今のところは勝ち続けている。


 だが、今までは、これからを、保証などしないのだ。




 アキラ達は未発見の遺跡を探して荒野を巡り続けたが外れが続いていた。


 都市に戻る時間を考慮して、今日は次で終わりにする。そう決めた最後の場所もありふれた荒野だった。一帯には大量の瓦礫がれきが散乱しており地面を埋め尽くしていた。


 結局最後まで外れだったか。アキラはそう思いながらも、今までと同じように一応データの位置を確認する。


『アルファ。また頼む』


『あそこよ』


 アルファが今までと同じようにデータの場所を指差した。アキラの視界が拡張されて具体的な位置を示す矢印が表示された。


 それを見たアキラが意外そうな表情を浮かべる。矢印は地面の下に透過表示されていた。


『……地下?』


『そのようね』


 アキラが再度周囲を見渡す。しかしどこも瓦礫がれきだらけで入り口と思われるものは見付からなかった。


『あのデータに、入り口の情報とかはないのか?』


『位置情報しか取得できなかったわ。当時は少し調べれば目的地への経路とかは簡単に調べられたから位置情報だけで十分だったのでしょうね。地下も倒壊して埋もれているかもしれないけれど、もし無事なら未発見の遺跡になるわ』


『そうだとしても、入り口がないと入れないしな』


『どうする? 入り口を探してみる?』


『……いや、今日は帰ろう。ここにはレンタル車両で来たんだ。ここに本当に未発見の遺跡があっても、時間を掛けて入り口を探していたら、その記録から嗅ぎ付けられるかもしれないんだろう? 入り口を探すにしても、自前の車を手に入れてからだな』


『そうね。そうしましょうか。今日は帰りましょう』


 未発見の遺跡は見付からなかったが、その可能性は手に入れた。アキラはその成果に取りあえず満足して都市に戻っていった。




 アキラが宿の風呂場で湯船にかっている。まった疲労を温かな湯に溶け出させながら顔を緩めていた。


 そのそばにはいつものように一緒に風呂に入っているアルファの姿がある。その魅惑の裸体を隠すものは湯煙と湯の揺らぎだけで、悩ましくも美しい。


 だがアキラはそのアルファに全く関心を示していない。文字通り非現実的な美しさの女性と一緒に入浴する贅沢ぜいたくを今日も無駄に浪費し続けている。


 部屋に置いてある情報端末にメッセージが届き、その通知が表示部に表示される。その情報端末はアルファの制御下にあるので、メッセージの内容はアルファに筒抜けだ。


『アキラ。ハンターオフィスからアキラてに依頼が届いているわ』


「依頼?」


『わざわざアキラ個人を指定した仕事の依頼が来るなんて、アキラもハンターとして随分成長したわね……と、普通なら素直に喜びたいところだけれど、ちょっと厄介な内容よ』


 余り歓迎したくない事態であることを理解して、警戒したアキラが湯船に溶けていた意識を体に戻す。


「どんな内容なんだ?」


『簡単に説明すると、クズスハラ街遺跡にあるヤラタサソリの巣を駆除するから、アキラにもその駆除作業に参加してほしいって依頼よ』


「よし。断ろう」


 アキラは即断した。本来ハンターならハンターオフィスからの名指しの依頼は間違いなく歓迎することだ。だがあの廃ビルでの戦闘とその後の撤退戦を思い返したアキラに迷いは一切なかった。


 しかしアルファが軽く首を横に振る。


『そう簡単に断れないから厄介なのよ。依頼元がクガマヤマ都市の長期戦略部になっているわ。都市周辺の巡回依頼をまとめている治安維持課なら大丈夫だけれど、長期戦略部からの依頼を下手に蹴ると、都市の発展に協力する気がない人物だと判断されて悪い意味で目を付けられるのよ。相応の理由無しに断れば悪印象は免れないわ。都市に住んでいる以上、その都市ににらまれると面倒なことになるわ。まあ、最悪他の都市に移住するって手段もあるけれど、そこまでして断る話でもないのよね』


 アキラがうなる。アキラも都市ににらまれたくはない。


「……依頼を穏便に断るためにはどうすれば良いか。条件付で引き受けるって返事をして、向こうから断ってくれるような内容にするってのはどうだ?」


『常識的な内容で、かつそれを受け入れるぐらいなら相手から断ってくる条件。どんな内容にするべきか、悩みどころね』


 アキラはアルファと相談しながら条件の内容を煮詰めていく。単純に法外に高い報酬を要求すれば良い訳ではない。依頼から逃れられても確実に都市の不興を買う。最終的に次の条件を盛り込むことになった。


 実力不足を補うために高額の弾薬を、CWH対物突撃銃の専用弾などを大量に使用する。その弾薬費は依頼元が先払いする。単独行動ではなくチームの一員として行動する。ただしアキラの判断で好きな時に独自行動に移行しても良いものとする。これには撤退の判断も含まれる。討伐数に応じた報酬を討伐対象に応じた金額で支払う。撤退等の消極的行動を理由に報酬の減算はしない。


 先日のヤラタサソリとの戦闘では実力不足の所為で非常に苦労したので、自分の実力では残念ながらそこまで優遇してもらえないと依頼を引き受けるのは無理だ。最後にそう言い訳を添えて返信した。


「いろいろ書いたけど、ちょっと都合が良すぎる内容だったかな?」


 送ってしまったのでもう取り消せない。アキラは少し不安そうな表情を浮かべていた。


 アルファがその不安を和らげるように微笑ほほえむ。


『条件を緩めれば普通に通ってしまうのだから仕方ないわ。余り怒らずに断ってもらえることを期待しましょう』


「そうだな」


 アキラは深く湯にかりながら、この件が穏便に済むことを願った。




 翌朝、情報端末に届いた通知を読んだアキラが、驚きながら表情を険しくしている。


「……うそだろ?」


 ヤラタサソリの巣の除去作業依頼。その依頼元はアキラの都合の良い条件を全て飲んだ。




 アキラは開店直後のシズカの店に入ると、そのまま険しい表情でシズカに注文を出す。


「シズカさん。CWH対物突撃銃の専用弾を今すぐあるだけ売ってくださいって言ったら、どの程度手に入りますか?」


 シズカがアキラの様子に怪訝けげんな顔を浮かべる。


「どの程度って、具体的にはどの程度必要なの?」


「まずは俺が持ち運べる限界までです。強化服がありますのでリュックサックに可能な限り詰め込んで、できる限り持ち運ぶつもりです。それ以外にも、予備弾薬もできるだけ確保しておきたいです」


 シズカがアキラの要望の裏に不審なものを感じて心配そうにいぶかしむ。


「どうして急にCWH対物突撃銃の専用弾がそこまで必要になったの? 一体何と戦うつもり?」


「ヤラタサソリです。ちょっといろいろありまして……」


 アキラが事情を説明すると、シズカも表情を険しくさせる。


「……ヤラタサソリの巣か。確かにモンスターの強さにも個体差はあるし、念入りに潰すことを考えれば高価な専用弾の使用を許可するのもうなずけるわ。その要求が通ったことから考えると、アキラが以前に戦ったヤラタサソリより個体の強さも上で、巣の規模も相当なものなのでしょうね」


「俺はそんなやつらと戦うことになるのか……。もっと無茶苦茶むちゃくちゃな条件にしておけば良かった……」


 シズカは嘆くアキラの様子を見て少し心を痛めたが、店主としての判断を優先させると自身に言い聞かせてから、真面目な表情を浮かべた。


「分かったわ。弾薬の調達には私もできる限り協力するわ。でも、一つだけ確認させて。弾薬費は依頼元が先払いするって話だけど、具体的にはどうなっているの? CWH対物突撃銃の専用弾を大量に調達するとそれだけでも結構な額になるから、店としては先に払ってもらわないと困るのよ。商売だからね」


 心情的には後払いででも売ってあげたい。しかしアキラにだけそれを許すと、他の客にそのことが知れ渡った場合に非常に面倒な事態になりかねない。シズカも経営者としてそれは避けなければならないのだ。


 アキラがあっさり答える。


「それなら大丈夫です。シズカさんが俺の口座から弾薬の代金を引き落とす際に、依頼元が支払を立て替えることになっています。この依頼の識別コードを添えて会計処理をお願いします」


 アキラが会計処理を済ませた後に依頼から逃げた場合、その分は当然ハンターオフィスからの借金となる。その取立ては迅速確実強力だ。ろくでもない結末が待っている。


 アキラは既に覚悟を決めている。それならば自分はハンター相手に商売をする者として、アキラの生還にできる限り協力するべきだ。シズカはそう判断すると、アキラの意気を高めて安心させるように優しく力強く笑った。


「分かったわ。すぐに用意するから待っていて。それと、アキラはAAH突撃銃も持って行くのよね?」


「はい。せっかく改造しましたし、他のモンスターと交戦することもありますから」


「それならAAH突撃銃の弾も通常弾から強装弾に全部変えておきなさい。AAH突撃銃でも使用可能な強装弾で、一番高威力のものを用意するわ。それも立替え分に含めて大丈夫よね?」


「大丈夫です」


「威力は高いけど値段もそれなりにするし、確実に銃の寿命を縮めるから普段は勧めないのよ。でも今回はそんなことを気にしている場合ではなさそうだからね。それで、いつ頃出発するの?」


「既に催促が来ているので、弾薬の準備が終わったらすぐに出発します」


「……そう。すぐに用意するわ」


 シズカはそう言い残して弾薬を取りに店の奥に向かった。


 アキラが出発の準備を終えた。CWH対物突撃銃の専用弾とAAH突撃銃用の強装弾を、シズカの店で今すぐに用意できる分だけ購入した。それらを手持ちの銃に装填し、残りはリュックサックなどに詰め込んで可能な限り携帯した。重量と合わせて、強化服の身体能力とアルファのサポートによるバランス調整がなければ、歩くことすらままならない状態だ。


 シズカがアキラの前に立って念を押す。


「言うまでもないことだけど、無理はしないこと。良いわね?」


勿論もちろんです」


 シズカがアキラを抱き締めた。シズカは優しくしっかりアキラを抱き締めている。体格差の関係でシズカの胸にアキラの顔が埋まっている。シズカに抱き締められて驚くよりも、伝わるぬくもりと心臓の鼓動の音がアキラを落ち着かせた。


 シズカが抱き締める力を少し強くする。行くなとは言えない。代わりに気遣うような優しい声を出す。


「……ちゃんと帰ってきなさい」


「……。はい」


 アキラは少しうれしそうに、しっかりと答えた。




 アキラがクズスハラ街遺跡の仮設基地で職員から依頼の説明を受けている。


「依頼内容はヤラタサソリの巣の除去作業になる。詳細は既にそちらに送信済みだ。熟読済みとして省かせてもらう。支給する端末の案内に従って作業場所に向かってくれ。その後は現場の指示に従ってくれ」


「現場までのルートは安全なのか? 途中にヤラタサソリの群れがいて危険なら、単独行動は取りたくないんだけど。依頼の条件にも出しているはずだぞ?」


「大丈夫だ。その時点で危険なら、まずはそっちを先に駆除するさ。まあ、群れからはぐれた個体がいるかもしれないが、巣の対処を引き受けたハンターなんだ。それぐらいは対処してくれ。やばかったら端末で連絡を入れて引き返せば良いさ」


「分かった」


 アキラは職員から端末を受け取って仮設基地から出た。そこでアルファが指示を出す。


『アキラ。その端末とアキラの情報端末とつないで。私とも連携できるようにするから』


『借り物だぞ? 大丈夫か?』


 アキラも自分の端末は乗っ取りでも改竄かいざんでもアルファの好きにすれば良いと思っている。だが貸出し端末までいじくるのはどうかと思い、少し怪訝けげんそうに尋ねていた。


 アルファが笑ってその懸念を和らげる。


『大丈夫よ。自前の情報端末の方が使いやすいからそっちを使いたい。そういうハンター向けの連携機能があるからそれを利用するだけよ』


『そうか。ならいいか』


 アキラは納得して自分の情報端末と貸出し端末を接続した。これで貸出し端末側の情報もアルファに筒抜けになった。




 現場に到着したアキラが半壊した高層ビルを見上げている。クズスハラ街遺跡の外周部では珍しくない建造物だ。そのありふれた建物の中にヤラタサソリがあふれている光景を想像して嫌そうな表情を浮かべていた。


『このビルがヤラタサソリの巣なのか?』


『違うわ』


『違うって、指示された場所はここだろう?』


『ここが入り口ってだけよ。ビルの中に他のハンター達の反応があるわ。行きましょう』


 ビルの1階の大部分を占める広間にハンター達や都市の職員達の姿が見える。場を指揮している職員が広間に入ってきたアキラに気付いて手で招き寄せた。そしてそばまで来たアキラの姿を間近で見ると、あからさまに不満そうに顔をゆがめた。


「確認するが、ヤラタサソリ討伐依頼を受けたハンターだな?」


「そうです」


「また子供ではないか。もっと真面まともな人員を寄こすように強く要求しなければならんな」


 職員は忌ま忌ましげな態度を隠さずにアキラを見ていた。


 好き好んできたわけではない。不満があるなら雇うな。アキラは内心でそう思いながらも、この職員が自分を選んだ訳ではないことぐらいは分かっているので、気にしないようにした。


「まあ良い。防衛か探索のどちらかを選べ」


「楽な方でお願いします」


 その返答に苛立いらだった職員がアキラをにらみ付ける。


「ふざけているのか?」


 アキラが少し表情を厳しくして言い返す。


「大真面目だ。こっちで選んで良いなら俺は楽で安全な方が良い。どちらが楽なのかは俺には分からないから、ここの状況に精通している人間に選択を頼んでいる」


 職員はしばらくアキラをにらみ付けていたが、アキラは欠片かけらも動じずに見詰め返している。すると職員が小馬鹿にするような口調で話を続ける。


「ふん、良いだろう。防衛側に配置してやる。既に制圧済みの場所で周囲を警戒するだけの子供でもできる楽な仕事だ」


 職員が自身の端末を操作してアキラの配置の処理を始める。その過程でアキラに貸し出されている端末からアキラの情報を読み取ると、今度は嫌みっぽい口調も混ぜて続ける。


「名前はアキラ。ハンターランクは20か。子供にしては高めだな。子守役の背中に隠れてランク上げでもしていたのか?」


「想像に任せる」


 職員は全く動じていないアキラの態度に苛立いらだったが、ちょうどアキラの配置処理を終えたので、それ以上構うのを止めた。


「ふん。お前が行くのは14番防衛地点だ。移動ルートはお前の端末に表示されている。とっとと行け」


「了解」


 アキラはその場を後にした。


 職員が立ち去るアキラを見ながらつぶやく。


「全く、生意気な子供だ。どこの徒党のハンターか知らないが、ランク上げをした子供を送るなら子守役のハンターも一緒に送ってもらいたいものだ。どうせ戦歴も大したものではないのだろう。ちょっと見てみるか……」


 端末を操作してハンターオフィスのサイトにつなぎ、アキラのハンター情報を表示する。しかし戦歴は非表示となっていた。だが少し操作をすると、本来閲覧できない非表示情報が表示された。


 依頼元である都市の長期戦略部はハンターオフィスとも強いつながりがある。そのため、一定の地位の関係者には、関連する依頼を受けたハンターに限って、非表示情報を閲覧する権限が与えられていた。


 失敗した依頼を全て非表示にして、輝かしい戦歴のみを表示しているハンターも多い。職員は過去にそんな者達のハンター情報を何度も閲覧してわらっていた。戦歴を非表示にしているアキラのことも似たような者だと思って馬鹿にしていた。


 だが表示されたアキラの戦歴を見た途端、予想外の内容に驚きの表情を浮かべると、思わずその戦歴の持ち主に視線を向けた。


 スラム街出身でハンターランク1から始めたのにもかかわらず、ハンター登録を済ませてから僅か数か月でハンターランク20に到達している。


 クガマヤマ都市防衛の緊急依頼では多数のハンターの生還に貢献している。仮設基地建築補助依頼でもヤラタサソリの群れの中で孤立していたハンター達の救援を成功させている。


 何よりも、それらのハンター稼業を一人で行っている。ドランカムのようなハンターの徒党に所属した記録もなく、他のハンターとチームを組んだ記録すらない。


 アキラの戦歴は今まで小馬鹿にしてきた若手ハンターの戦歴とは一線を画していた。それは職員に記録の改竄かいざんを疑わせるほどだった。


「な、何なんだあいつは……」


 職員がアキラに覚えた感情は、明確な実力を示す経歴を持つ子供への称賛ではなく、得体の知れない子供に向ける薄気味悪い畏怖だった。

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