第40話 シズカの店にて

 アキラがシズカの店に顔を出して弾薬補充の注文を出すと、シズカがその注文内容に気になるものを見付けて少し怪訝けげんそうな顔を浮かべた。


「アキラ。徹甲弾を随分買い込むようだけど、そんなに大量に徹甲弾を使用する予定でもあるの?」


「予定というか、手持ちの分は使い切ってしまいました。だから今度は戦闘中に切らさないように、予備も含めて多めに注文しています」


 それは通常弾では効果が薄い強力なモンスターと戦ったことを意味する。それも手持ちの徹甲弾を使い切るほどに大量の、あるいは強力な、最悪その両方の敵とだ。


 また無理をしたのではないか。そう思ったシズカはアキラの身を案じて少し心配そうに、だが隠し事を見抜くような少し強い笑顔を浮かべた。


「何があったのか聞いても良いかしら?」


「えっと、クズスハラ街遺跡での仮設基地建設作業に関連する依頼を受けたんですが、そこで大量のヤラタサソリと遭遇しまして……」


 アキラはその時の様子を淡々と説明した。余りに普通に話すので、シズカも特に危険はなかったのだろうと判断して胸をで下ろした。


 実際には一度助けたハンター達を見捨てようとしたほど危険な状態だった。だが自身はハンター達を見捨てれば逃走は容易であり、ハンター達も実際に助かったので、アキラはそこまで深刻な状況とは思わずに説明を適当に省略していた。それでシズカもそこまで危険な状態だったとは気付けなかった。


「……そういう訳でAAH突撃銃の通常弾だと少し厳しい状況でした。それで念のために徹甲弾の予備を増やしておこうと思いまして、今回は徹甲弾を多めに注文することにしました」


 安心したシズカは優しく愛想良く微笑ほほえむと、アキラの安全と店の売上げ向上の両方を満たす手段を提案する。


「それなら徹甲弾の予備を増やすことも大切だけど、私はAAH突撃銃の改造を勧めるわ。改造して強装弾を使用すればヤラタサソリとも十分戦えるようになるし、通常弾でもそれなりに威力が向上するわ。限度はあるけどね」


「改造ですか。でもそういうのって難しいんじゃないですか?」


「改造といっても部品の一部を交換するだけよ。普通に銃の整備ができるなら問題ないわ。ほら、前にも少し説明したと思うけど、AAH愛好家っているでしょう? 彼らが交換用のパーツを独自に作ったりしているのよ。一部はそのまま製品化されて広く流通しているわ。恐らく普及活動の一環なんでしょうね。私の店にも改造部品が幾つか置いてあるわ。少し固いモンスターを相手にして、AAH突撃銃の通常弾では効果が薄いからって、CWH対物突撃銃で汎用徹甲弾を多用するよりは安上がりになるはずよ。どうかしら?」


 経済的な問題を除けばアキラにシズカの勧めを断る理由はない。そしてその問題は前回の依頼の報酬で解消済みだ。先日のビルの制圧作業とは異なり、救出作業の方は結構高く評価された。そのおかげでなかなかの報酬額となり、今のアキラの懐はかなり温かい。迷わずシズカの勧めに乗る。


「分かりました。それならシズカさんのお勧めをお願いします」


「お買上げありがとう御座います」


 アキラは稼いできたハンターが浮かべる少し得意げな笑顔を浮かべていた。シズカはそれを少し面白く思いながら、冗談めかして恭しく微笑ほほえんだ。


 アキラの前にAAH突撃銃の改造部品が並べられる。装弾数を増加させる拡張弾倉の取付け部。情報収集機器と連携可能な照準器。銃弾の威力を向上させる銃身。改造部品には他にも様々な種類のものが無数に存在するが、シズカの店で取り扱っているのはその一部だ。


 アキラはシズカの説明を聞きながらそれらを興味深そうに見ていた。


「いろいろあるんですね」


「これでも出回っている製品の極一部よ。中にはAAH突撃銃に組み込む必要性を疑うような製品まであるわ。別の銃を買った方が安く済んで高性能なのに、AAH突撃銃を無理矢理やりにでも使うために態々わざわざ組み込むようなパーツまであるのよ。AAH愛好家の執念のような製品ね」


「そんなものまであるんですか。この改造銃身を組み込むと威力が上がるって話ですけど、同じ通常弾でも結構差が出るものなんですか?」


「かなり違うわ。威力の向上以外にも反動が軽くなったりもするわね。その原理とか技術的な細かい話を私に聞かれても分からないけどね。そのすごい技術でいろいろやって実現している。分かるのはそれだけよ。所謂いわゆる旧世界の技術ってやつね」


「旧世界の技術ですか……」


 旧世界の技術の異常さはアキラも身に染みている。分かりやすい具体的例はモンスターだ。アキラのつたない科学知識でも、明らかにいろいろと無理があり、どう考えてもおかしいモンスターなど幾らでも存在する。それらもまた旧世界の技術の産物なのだ。


 アキラは日々の勉強でアルファから基礎的な科学知識も教わっているが、そこで教えられた内容に反することを、モンスターを例に挙げて尋ねることは禁止されていた。


 それらの矛盾や不可解な事象は旧世界の高度な魔法のような技術で実現している。その矛盾を解決するだけの知識を得ようとすると、それだけでアキラの残りの人生を使い切る。だから今は気にするな。そう言われて止められていた。


「旧世界の技術。その一言で全てを納得してしまうのも問題だけど、そうは言っても正しく理解して納得できるほどの知識を得るためには、人生を科学にささげるほどの労力が必要なのよね。大企業の研究所にいる科学者とかはそのために人生をささげているんでしょうけど、そういう人達ですら理解に苦しむらしいわ」


 弾丸の重量や速度、物質特性まで変化させる銃身。その大きさではあり得ないはずの装弾数の拡張弾倉。それらは全て旧世界の技術を応用して製造されている。そして使用されている技術はその原理すら判明していないものが大半だ。


「旧世界の技術って説明で納得できないなら、その手の科学者になって自分で調べるしかないわ。アキラも今から科学者を目指してみる?」


 その手の知識に興味がないと言えばうそになる。だがアキラには他に知るべきこと、やるべきことが山ほどある。旧世界の技術の探究に費やす余裕はないのだ。


「俺はハンターですので、今はそれで納得しておきます」


 アキラはシズカが少し悪戯いたずらっぽく笑って言った冗談に笑って返した。


 その後シズカの勧めに従って、AAH突撃銃用の改造部品を幾つかと、情報収集機器と連携可能な照準器を購入した。更に弾薬補充の代金を支払うと、先日の稼ぎの大半が消えた。


 装備の充実と生活の向上。前者を取れば更なる稼ぎと安全が期待できる。だが後者をおろそかにすると日々の暮らしがすさみ、ハンター稼業にも悪影響を及ぼす。どちらをどの程度重視するか。この感覚を間違えたハンターは大抵死ぬか落ちぶれていく。


 ただスラム街出身のアキラにとっては、現在の安宿暮らしでも十分豪勢な範囲だ。日々の暮らしはすさむどころか向上している。そのおかげで装備に金をぎ込んでも後者を軽んじたことにはならなかった。


 店の奥からエレナの声が響く。


「シズカ! ちょっとこっち来て!」


「アキラ。ちょっと待っていてね」


 シズカは少し楽しげに意味ありげに微笑ほほえむと、そう言い残して店の奥に向かった。


 アキラが少し不思議そうな表情で待っていると、店の奥からエレナの慌てた声とシズカの楽しげな声が聞こえてくる。


「……えっ? アキラが来てるの!?」


「そうよ。届いたら見せるって約束したじゃない。行きましょう」


「あれはシズカが勝手に言っただけでしょう!?」


「エレナも取り消さなかったでしょう? さあ行きましょう。見られて減るものでもないわ」


「ちょっと押さないで……!?」


 エレナがシズカに押されて店の奥から出てきた。そのエレナの姿を見た瞬間、アキラが硬直する。エレナはかなり薄手の強化服を身にまとっていた。


 その強化服は僅かに光沢のある素材で作られている。体の線がはっきり分かるほどに密着していて、外気と身体を隔てる素材の厚みも非常に薄く感じられる。装飾は体の表面上を走る幅数センチの線程度で、線は肩から肘を通り指先まで、首元から胸の先を通り下腹部まで、腰から膝を通り足首までつながっていた。


 その一糸まとわぬ姿を容易に想像できるエレナの格好を見て、アキラは以前にアルファが情報収集機器に残っていたデータから再現したエレナの裸体を思い出してしまった。清楚せいそと艶美を兼ね備えたエレナの裸体はとても魅力的で、思い出すだけでもアキラを動揺させた。


 アキラとエレナの目が合う。アキラの動揺と照れはエレナにも伝わり、エレナも動揺しながら顔を朱色に染めた。


 一人だけ余裕を保っているシズカが、楽しげに微笑ほほえみながら強化服の説明を始める。


「エレナが着ているのは、B3CSD強化服よ。アキラの強化服とは違って補助骨格がない種類の強化服ね。起動前はぶかぶかだけど、起動すると縮小して肌にぴっちりと張り付くのよ。それでいてまるで何も着ていないかのような着心地で、着用者の動きを阻害することはないわ。通気性も十分確保されていて、素肌に触れる風を感じさせるほどよ。勿論もちろん身体能力の向上も問題なく確保されているわ」


 シズカの説明通り、エレナは強化服を着用していても素肌をさらしている体感を覚えていた。強化服の体温保持機能のおかげで暑さや寒さこそ感じていないが、空気の流れを肌で感じている所為で、強化服を着ている自分を目視で確認しないと、裸体のまま外に出ていると錯覚しそうなほどだ。


 エレナも体の線が出やすい服だとは事前に知っていたが、起動前の強化服はかなりぶかぶかな状態だった所為で着用後の状態を想像できず、そのまま着てしまった。


 エレナが照れながらシズカを少しにらみ付ける。


「……シズカ、だからってこれはちょっとどうかと思うわ」


 高い実力を持つハンターがにらんでいるのだが、羞恥と照れの方が強く出ているため、実力に応じたすごみなどは全く感じられない。シズカが笑みを崩さずに反論する。


「可能なら使用中の防護服を合わせて使いたい。ごつごつしたグローブとかで、情報収集機器の操作が困難になるのは困る。強化服の形状などで、使用可能な情報収集機器に制限が掛かるのは避けたい。楽に着用したい。情報収集機器と連携できるような物が良い。身体能力の強化の上限は高くして、強化の程度もいろいろ調整したい。エレナの様々な要望を検討した結果、その強化服が選ばれました。不都合でも?」


 エレナが言葉に詰まる。確かに言うだけ言ってみた少々都合の良すぎる要望は全て問題なく反映されている。そこに文句の付けようはない。


「……私が提示した予算で、そこまで条件を満たした強化服が買えるとは思えないのだけど?」


 エレナは無理矢理やり反論をひねり出してみた。だがシズカがあっさり答える。


「大事なパートナーのために、サラが気前よく追加の予算を都合してくれたわ。ちゃんとお礼を言っておかないと駄目よ?」


「……そういうことか」


 サラの資金援助はエレナも非常にうれしく思う。それは確かだ。しかしその追加予算がなければ、この強化服を着ることはなかったと思い、エレナは苦笑いを浮かべた。


 楽しげにエレナを見ていたシズカが急にアキラに話を振る。


「ところで、アキラはエレナの強化服を見てどう思う?」


 再びアキラとエレナの目が合う。アキラが少し顔を赤くして、視線をエレナの体かららしながら答える。


「……刺激が強すぎるので、上に何か着ることをお勧めします」


 アキラは可能な限り平静を装ったが、かなり無理があった。


 エレナは普段着用している防護服を上に着込めば良かったことに今頃気が付いた。その程度のことに気が付かないほどに慌てていたのだ。


 エレナが乾いた笑い声を出す。


「……そ、そうよね! そ、それじゃ!」


 エレナは慌てて店の奥に引っ込んだ。アキラはエレナを黙って見送り、シズカは笑いを堪えながら見送った。


 アキラは一度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。もう少し落ち着かなければ、戻ってきたエレナと真面まともに話せそうになかった。気を紛らわすために軽い疑問を口に出す。


「……シズカさん。高性能な強化服って、ああいうやつが多いんですか?」


「いいえ。そんなことはないわ。珍しい製品でもないけどね。一定の需要があるのよ」


 アキラはむしろ一定の需要があることに驚いた。女性向けの強化服にはあの手の製品が多いのだろうか。買う方も気にしないのだろうか。そう何となく疑問に思った。


 シズカはアキラの何とも言えない表情からその勘違いを察すると、笑いながら補足を入れる。


「別にあれだけを着て外に出るわけではないのよ。元々は生身だと着用できない重装強化服とかを装備するための補助的な強化服だったのよ。重装強化服を動作させた際の負荷の軽減や、重装強化服側には追加しにくい機能を補うためにね。そこからいろいろ発展した製品なの。防護服と合わせて使用したり、普通の服の下に着たりと、汎用的な使用方法に対応できるようにね。私も下に似たようなものを着ているわ。エレナの強化服よりは安値のものだけどね」


「シズカさんもですか?」


「そうよ。そういうのを下に着ておかないと、重量の有る銃や弾薬を運ぶのは無理よ」


 シズカは今までも相当の重量がある銃や弾薬を普段から軽々と運んでいた。今までアキラは気にしていなかったが、聞けば納得できる話だった。


「言われてみれば、確かにそうですね。自然に運んでいたので気付きませんでした」


「結構気が付かない人は多いのよね。一見普通の格好に見えるけど、実は下に目立たない強化服を着ている。そんな人もいるわ。相手を油断させるためにね。そういう所に気付く観察力もハンターには大切よ? アキラも気を付けなさい」


「分かりました」


 自分にはまだまだ知識も実力も足りていない。アキラはそう強く実感した。


 エレナが先ほどの強化服の上に普段使用している防護服を着用して戻ってくる。そこでアキラとエレナの目が合う。アキラ達はいろいろと誤魔化ごまかすように軽く笑い合った。


 アキラが場の空気を流すために話題を切り替える。


「エレナさん。先日は情報収集機器をありがとう御座いました。とても役に立っていて助かっています」


 エレナもアキラの意図を察して話に乗る。


「それは良かったわ。初心者にはやっぱり総合系の情報収集機器の方が良いのよね。最近は総合系の情報収集機器もなかなか性能が上がってきているって話だし、やっぱり情報収集機器のトレンドとしてはこれからはそっちが主流に……」


 アキラとエレナが互いに意識しないように意識しながら話し続けている。シズカはそれを楽しげに眺めていた。




 アキラがレンタル業者から借りた車で荒野を走っている。


『アルファ。目的地まで後どれぐらい掛かるんだ?』


『このペースだと、後30分ぐらいよ』


『そうか。……それで、アルファは何でそんな格好なんだ?』


 助手席に座っているアルファはメイド服を着ていた。実用性など溝に捨てた、完全な鑑賞目的のメイド服だ。


 上品な光沢を放つ黒の布地が贅沢ぜいたくに使用されており、黒の下地の上に純白のエプロンが映えている。首から下の肌の露出は一切ない。長い足は足首近くまで隠すスカートでしっかりと覆い隠されている。長袖から先は純白の長手袋が指先まで隠している。そこには清楚せいそな美しさがあった。


 アルファが少しなまめかしく微笑ほほえむ。


『あら、希望の服装でもあるの? 私に着てほしい服があるなら、言ってもらえれば着替えるわよ?』


『いや、別にそんなものはない。荒野に似つかわしくない服ばっかり着ている気がするから、どんな基準で服を選んでいるのかちょっと気になっただけだ』


『私の服装の判断基準ね。いろいろ考えているとも言えるし、適当とも言えるわ』


『いろいろか……』


 アキラは以前のハンター稼業で、アルファがかなり際疾きわどいデザインの水着に着替えたことを思い出した。一緒に風呂に入っている時の全裸よりは肌の露出を抑えた格好だ。だが入浴時のある種の無心状態の時とは異なり、普通の精神状態でしかも荒野にいる時は、水着姿でもだ多少は気にしてしまう。


(……まあ、水着で横にいられるよりましか)


 下手に追及するともっと気が散る格好に着替えるかもしれない。そう考えたアキラはそれ以上深く聞くのを止めて話題を変える。


『今更だけどさ、借りる車はこれで良かったのか? ハンター向けの荒野仕様車両なら機銃とかの武装付きでも良さそうだけど、これには付いてないからな。いや、俺も大砲付きの車を借りる気はないけどさ、もうちょっと金を出して、もう少し良いやつを借りた方が良かった気がする』


 アキラが借りた車はレンタル店がハンター向けに貸し出している車両の中で、一番安い料金のものだ。店にはもう少し料金を上げればもっと高性能な武装車両も幾つかあった。


『これで良いのよ。この前の依頼の報酬でアキラのハンターランクは20になったわ。そのランクで借りられる車で費用対効果が一番良いものを選んだの。確かにこの車に武装はないけれど、モンスターはアキラが倒せば良いだけよ。シズカの勧めで買った改造パーツに取り替えた銃の性能を試すためにもね。それに車両の武装は基本的に車の制御ユニットで操作するから私のサポートの対象外なのよ。レンタル品の制御ユニットを乗っ取るわけにもいかないでしょう?』


『ああ、そういうことか』


『制御ユニットはハンターオフィスが討伐内容の計測のために貸し出している情報収集装置も兼ねているわ。そんなものを下手にいじったらアキラが賞金首になり兼ねないわ。それでも、試してみる?』


 アルファは悪戯いたずらっぽく微笑ほほえんだ。アキラが少し顔を青くして答える。


『絶対に止めてくれ』


『分かったわ』


 自分の反応を楽しんでいるようなアルファに、アキラがやや不満そうな視線を向ける。


『そんなことを言って、俺がよく考えずに試してみようとか言ったらどうするつもりなんだ?』


『一応それを実行した結果生じるであろう不利益を説明した上で、アキラがそれでもやるって言うのなら、やるわよ? エレナ達を助けた時も、私は一度止めたけれど結局はアキラの意思に従ったわ。クズスハラ街遺跡から大量のモンスターが出現した時の緊急依頼の時も、私は止めたのにアキラは独りで走ってでも行こうとしたから、強化服を操作してアキラを無理矢理やり止めたりせずに、アキラの意思に従ったわ。私はちゃんとアキラの意思を尊重しているつもりよ? だからアキラも、よく考えてね?』


『あっ、はい』


 念を押すように力強い微笑ほほえみを向けてきたアルファに、アキラは余計なことを言わなければ良かったと思いながら少し硬い表情を返した。


 雑談を続けながら先を急ぐ。アキラは話題の種に少し気になっていたことをアルファに尋ねていた。


『そういえば、俺は汎用討伐依頼を受けているけどさ。あの依頼、モンスターを倒さなくても収集した索敵反応データを出せば、少ないけど報酬が出るんだろう? 討伐依頼なのに、何でなんだ?』


『モンスターの分布などを調べる統計情報として扱われるのよ。集計してモンスターの反応が濃い場所があれば、本格的な討伐部隊が送られるのでしょうね。偵察も索敵も兼ねているけれど、具体的な場所の指定がないから便宜上討伐依頼の範疇はんちゅうに含めているだけよ。だから都市の近くをうろうろしているだけだと支払われる報酬はほぼゼロよ。逆に遠出すればそこそこの報酬にはなるわ』


 説明の内容を少し面白く思ったアキラが軽い思い付きを口にする。


『じゃあ、モンスターと戦わずにすごい速さで走って振り切って、ひたすら荒野を走り続けるハンターとかもいるのかな?』


『いるわよ』


 そんなやつはいないだろう。そう思って冗談で口にした内容をあっさり肯定されたアキラが意外そうな表情を浮かべる。


『……いるんだ』


『走り屋とか呼ばれているわ。移動速度に特化した荒野仕様の車両に高性能な索敵装置を積んで、荒野を高速で駆け巡るのよ。ただしモンスターを振り切れるだけの腕がないと危ないわ。場合によっては逃げ回っている間に物すごい数のモンスターに追われる羽目になるわ。モンスターを引き連れて都市に戻れば都市の防衛隊にモンスターごと粉砕されるから、その場合は死ぬ気で引き剥がさないと死ぬわね』


『そういうハンター稼業もあるのか。遺物収集やモンスター討伐だけがハンター稼業じゃないんだな』


『遺物収集とモンスター討伐がハンター稼業の基本なのは確かよ。それ以外も稼ぎ方はいろいろあるってだけの話よ。まあ、アキラには然程さほど関係ないわ。アキラに必要なのはその基本の方の実力、遺跡探索の実力だからね』


 期待するように笑うアルファに、アキラも笑って返す。


『分かってるよ。俺がアルファの指定する遺跡を攻略できる実力を身に着けるまで、気長に待ってくれ』


『それなら、今後の訓練の指針を決める為にも、今のアキラの実力を見せてもらいましょうか』


 アルファが笑って前方を指差した。車の進行方向からモンスターが駆けてきていた。


 アキラは車をめて降りると、モンスターに向けてAAH突撃銃を構えた。AAH突撃銃には既にシズカの店で購入した改造部品を組み込んでいる。照準器をのぞいて狙いを定める。情報収集機器と連動している照準器がモンスターとの距離を表示し、周辺の索敵反応も追加で表示した。


 今のアキラはアルファのサポートを一切受けていない状態だ。自力でどこまでできるのか。そう自身に問いながら、アキラは慎重に狙いを定め、引き金を引いた。


 発射された弾丸はモンスターにかすりもせず、その少し右の空中を駆け抜けていった。


『惜しいわね。2メートル右にれたわ』


 アルファがアキラの視界を拡張してその弾道を表示した。そしてアキラに狙撃の結果を確認させてからすぐに元に戻した。


 アキラは照準を修正して再び慎重にモンスターを狙う。照準がぶれないように強化服で銃をしっかり固定して引き金を引いた。放たれた銃弾はモンスターの左の空中を駆け抜けていった。


『今度は1メートル左にれたわ。もう少しね』


 自身を食い殺そうとするモンスターとの距離が縮まっていく中、アキラは一度ゆっくり深呼吸して落ち着きを保った。慌てた分だけ死が近付く。動揺は自身をより窮地に追い込む。アキラはそれを理解していた。


 気を静め、冷静さを保ちながら、よく狙って再度狙撃する。撃ち出された弾丸がようやくモンスターに着弾した。だが弱点部位に命中したわけではないので致命傷にはほど遠く、モンスターは少しひるんだ程度でそのまま突撃してくる。


 更に数度狙撃する。一応全てモンスターに着弾したが、その進行は止められない。モンスターとの距離は既に危険域だ。


 アキラは軽くめ息を吐き、狙撃から掃射に切り替えた。銃弾が目標一帯に連続して撃ち出される。組み込んだ改造部品のおかげで威力を増した弾丸が、多少の照準のずれなど銃弾の数で補ってモンスターに次々に着弾していく。もはや弱点部位がどうこうという話ではない。無数の弾丸を全身に浴びたモンスターは逃げる間もなく絶命した。


 アルファのサポートがある状態なら初めの1発で倒していただろう。そう考えたアキラがまだまだ不甲斐ふがい無い自身の実力を嘆く。


『やっぱりそう簡単には当たらないな。どうすればアルファみたいに当てられるんだ?』


『私の狙撃は高品質な弾道計算を膨大な演算能力で実施した結果にすぎないわ。だからその計算方法をアキラに教えてもアキラの役には立たないわ。私のサポートで表示される弾道予測を思い描いて撃ちなさい。正しい弾道予測を自力で思い描けるようになりなさい。それができるようになるまで訓練を続けなさい。アキラの実力は確実に上がっているわ。それは私が保証するわ。だから、焦らずに頑張りましょう』


 そう笑って告げるアルファの言葉をアキラは信じた。それを疑ってしまえば、アキラにはもうどうしようもないのだ。


『分かった。まあ、簡単に当たるなら誰も苦労しないよな』


『そういうことよ。地道に頑張りましょう』


 アキラは気を切り替えると、車に戻って先を急いだ。その場にはモンスターの死体だけが残された。

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