第45話 専用弾の威力
レイナ達と
レイナは
アキラはその背後の空気を感じ取り、僅かな居心地の悪さを覚えていた。
『今更だけどさ、御機嫌取りも依頼の内って考えて、適当なことを言っておけば良かったかな?』
あの
アルファが苦笑気味に
『
『まあ、そうなんだけどさ……』
『でも、依頼に対して誠実であろうとする精神はそれ以上に大切よ。私もアキラに依頼を出している者として、アキラの態度でそれを確認できたのは
死にたくなければ
そしてアキラはハンターとなった。少しは力を得て、かつての境遇に
だからこそ、かつての時と同じ対応を無意識に強く拒絶した。また同じことをしてしまえば、かつての境遇に戻ってしまう。その恐れを心のどこかで抱いていたからだ。それこそ、命を賭けるほどに。
アキラにその自覚はない。その所為で、自分でも自分の対応に悩んでいた。
そしてアルファはそこに付け込む
地下街の通路にヤラタサソリの死体が転がっている。胴体に銃撃を受けており、足も数本千切れている。傷口から流れ出た体液が床に線状の跡を残していた。
アキラがその死体と地下街マップを見比べる。
『線の跡の方向から考えて、15番防衛地点を襲った群れの1匹か? 負傷した状態で巣に戻ろうとしてここで死んだのだとしたら、他にも戻ろうとした個体がいたかもしれない。その跡でもあれば移動先を追えるんだけど……。アルファ。近くで他のヤラタサソリは見付かりそうか?』
『私の索敵範囲には死体も生きている個体も見当たらないわ』
『そうか。……ヤラタサソリの死体を見付けましたってだけで調査終了って訳にはいかないし、もうちょっと探すしかないか』
『普通なら見付け
アキラが少し考えてから答える。
『……そうだな。頼む。いろいろあったんだ。早く何か見付けて、さっさと調査を切り上げたい。何か聞かれたら、勘や偶然とでも言って
『適当にって言ったのは私だけれど、本当に随分適当ね』
『良いんだよ。そもそも俺はアルファのサポートに頼った状態の成果を評価されてここにいるんだ。その辺の説明できない根拠を聞かれたら、初めから勘や偶然としか答えられないんだ。今更だ』
アキラはもうその辺は開き直ることにした。その様子を見てアルファが少し楽しげに笑う。
『分かったわ。見付けたわよ』
『早いな!』
『まあ、それぐらいはね』
驚きの表情を向けてきたアキラに、アルファは得意げに
アキラが新たな移動ルートに沿って歩き始める。レイナ達は今まで15番防衛地点に向けて進んでいたアキラが急に移動方向を変えたことに少し
進行方向を変えた後の通路の様子も今までと一見差異はない。だがアルファの解析を通すと様々な痕跡が浮かび上がる。硬い床を引っ
アルファのサポートのおかげでそれが見えているアキラは、無意識にそれを見た上での動きをしてしまっていた。シオリがそれに気付き、明確な目的地を目指して、
穴はかなりの大きさで、数人が横に並んでも幅に余裕がある。照明などは設置されておらず、奥は暗くてよく見えない。そして一番の問題は、その穴が地下街マップに記載されていないことだ。
アキラが穴の先を照らすと、20メートルほど土の地面が続いた先に人工の床が見えた。明らかに地下街の別の場所に通じている。しかしその先も地下街マップに記載はなかった。
アキラが本部と連絡を取る。
「こちら27番。本部。応答を求む」
「こちら本部。何があった?」
「通路に地下街マップに存在しない穴を見付けた。多分地下街の他の部分に
「ちょっと待ってろ。……貸出し端末のカメラを穴に向けてくれ」
アキラが指示通りに端末のカメラを穴に向けると、映像情報を含めた多数の情報が本部に送信された。
「……こちらでも確認した。穴の先はこちらでも把握していない別のエリアだ。その先にもヤラタサソリの巣が多数存在するのだろう」
「ヤラタサソリの巣って、そんなにたくさんあるのか?」
「ある。この地下街にはヤラタサソリの繁殖場所が無数にある。今のところ17か所の巣を駆除済みだ。まだまだ残っているだろう。この地下街全体がヤラタサソリの巣と言っても良い」
アキラが前にヤラタサソリの群れに襲われた時のビル内の光景を思い出し、それを地下街の光景と重ね合わせて顔を
「……そうか。取りあえず、俺が受けた調査指示は完了だな。これより14番防衛地点に帰還する」
「駄目だ。その先に新たな防衛地点を設置しなければならない。その場で待機して追加要員の到着を待て。それまではその場で新たなモンスターの侵入を阻止しろ」
「ちょっと待ってくれ。俺達だけでか?
「待たない。27番だけで調査に出たんだ。それだけ実力に自信が有るのだろう。更に既に2名追加されている。しかも追加の1名は14番防衛地点に配備されたハンターの中でも上位の実力者だ。戦力的には十分だと判断した。一時的な場の確保も防衛チームの仕事だ。やれ」
「……27番、了解」
先ほどその追加人員と殺し合い手前まで
一定の間隔で設置されている簡易照明が通路を照らしている。十分な光量ではないが、地下街の本来の闇と比べれば十分なほど明るい。壁の大穴の先はその本来の闇が続いている。
周囲を照らす光はその場所の危険性をそのまま示している。一応は制圧済みの場所と、全くの未調査の場所。モンスターとの遭遇率には雲泥の差がある。
アキラはその境目、壁に
『便利だな。これ、ヒガラカ住宅街遺跡の地下室でもやったやつだよな?』
『そうよ。何にも見えないよりはましでしょう?』
『随分違う。これならヤラタサソリ達が奥から来ても早めに気付けるか?』
『その時はアキラが目視で確認する前に、私がちゃんと教えるから大丈夫よ。安心して』
『頼んだ』
そのままアキラはアルファと雑談したり勉強を教えてもらったりしながら、この場の本格的な確保要員の到着を待っていた。
レイナ達はアキラの後方、通路を挟んで反対側の位置に立ち、通路の左右を見張っていた。ヤラタサソリ達が壁の穴から襲撃してくるとは限らない。アキラは穴を、レイナ達はそれ以外の方向を、それぞれ受け持って警戒していた。
シオリが周囲の警戒を続けながら視線をアキラに向ける。そして先ほど殺し合う手前までいった相手の実力を、落ち着いて改めて推察する。
レイナを敵から守る
だがシオリはその自身の判断に疑念を抱き、推察を深めていく。少なくともアキラの覚悟は本物だった。それはシオリも認めていた。だが殺し合えば死ぬと分かった上での、一矢報いる
ではアキラはやはり戦歴相応の実力者なのか。今見せている姿は実力を隠す
シオリはその堂々巡りの思考に気付くと、一度推察を切り上げた。強いのか弱いのかも分からない、いろいろ
(無意識に彼の実力を軽んじて、私が威圧すれば引くだろうと判断してしまったのは失態でした。お嬢様が止めなければどうなっていたか。猛省しないといけませんね)
シオリは今一度自身の忠義に誓い直した。そしてアキラへの、得体の知れない存在への警戒を強めた。
(……
その想定の一例は先ほど見たばかりだ。シオリとアキラが臨戦態勢を取り、どちらかが後僅かでも踏み込めば殺し合っていた光景だ。ミマタ達に食って掛かった時に相手が嘲笑で済ませていなければ、似たような結末を、
(無用な
レイナが冷静に今までの自分の行動を振り返る。自分が誰かと
今までは穏便に済んでいた。だが穏便に済まないこともある。自身の意見を通し相手を引かせる為に互いに踏み込み合って、その限界を見誤ることはある。その結末を誰も望んでいなかったとしても。
恐らくシオリは自分が地雷を踏まずに済むように手を尽くしてくれていた。だが今日は、そのシオリが地雷を踏みかけた。辛うじて防げたが、もしアキラという地雷を完全に踏んでいたらどうなっていたか。レイナはその先を思い描き、自嘲した。
シオリがレイナの様子に気付いて優しく声を掛ける。
「……お嬢様。もう余り気になさらぬ方が良いと思います。気を切り替えることも大切です。それにあれはアキラ様を無駄に挑発してしまった私の失態でもあります。お互いに、この経験を次に
あの挑発は自分の代わりに怒ってくれたようなものでもある。レイナはそう思い、それを
「……そういえば、最近ちゃんと礼も言っていない気がするわ。今まで何度も迷惑をかけたわね。御免なさい。助けてくれてありがとう。これからも何度も迷惑をかけると思うわ。これからも頼っても良い?」
「……も、
シオリは感動で一瞬意識を飛ばしそうになったが、気合で耐えた。緩む涙腺を何とか持ちこたえさせる。ここは戦場なのだ。視界が
「ありがとう。シオリ。これからも
レイナは幾分元気を取り戻すと、シオリを安心させる
アキラは情報収集機器で周囲を警戒しながら、背後のレイナ達の様子も一緒に
『……あいつらは何をやってるんだ?』
『友好を深めているのだと思うわ』
『いや、そういうことじゃなくてさ。……まあ、いいか』
自分に危害を加えないのなら何をしていても別にかまわない。アキラはそう考えて背後の出来事への興味を失うと、それ以上レイナ達を気にするのを止めた。
そのアキラの様子を、アルファがいつもの
高度な演算能力で生成された理想を詰め込んだ計算された美貌。そこに浮かぶ制御済みの
その様子に気付いたレイナ達が警戒を強めながらアキラの
レイナは情報収集機器にもそれらしい反応がないことを確認すると、
「……そっちの索敵に何か引っかかったの?」
「こっちは俺が引き受ける。そっちは通路側を警戒してくれ」
アキラは既に迎撃の準備を終えている。後は引き金を引くだけの状態だ。
『アルファ。何体だ?』
『索敵範囲内に124匹。増加中よ。15番防衛地点を襲ったヤラタサソリは、ただの斥候だったのかもしれないわね』
『……何か、俺はこういうのばっかりだな』
アキラが少しうんざりした様子を見せると、アルファが少し楽しげに笑った。
『まあ、アキラの運ならこんなものでしょう。いつも通りってことで、落ち着いて対処しましょう』
アキラが苦笑する。
『そうだな。それじゃあ、今日もその不運に負けないサポートを頼む。俺に残っていた幸運を使い切った分、ちゃんとサポートしてくれるんだろう?』
『任せなさい』
アルファはアキラの横に立ち、得意げに笑った。
シオリは単なる警戒ではなく明確な迎撃態勢を取っているアキラの態度から、一応念を入れる事にした。アキラの横で銃を構え、情報収集機器の精度向上効果もある小型の照明弾を穴の奥へ向けて複数発射する。一定間隔で着弾した照明弾が着弾地点を強く照らして闇を払い、手前の土や奥の人工物の床を
「……気のせいでは?」
アキラはシオリの問い掛けを無視した。レイナ達がアキラへの疑いを更に強めていく。
その時、穴の奥が再び闇に覆われて目視可能な範囲が縮まった。一番奥に着弾した照明弾の光がなくなったのだ。照明弾は最短でも15分は持つもので、自然に消えるには早すぎる。レイナ達がその異変に気付いた後も、照明弾の光は奥の方から次々と消えていき、地下街を闇で塗りつぶしていく。
その様子にレイナ達も
アルファがいつも通りの
『来るわよ。5、4、3、2、1』
同時に、照明弾の光が全て
『ゼロ』
アキラがCWH対物突撃銃の引き金を引く。銃口から
発射された弾丸は群れの先頭の個体に着弾すると、その凶悪な破壊力で目標の体を一撃で四散させた。更に後続のヤラタサソリ達まで貫きながら吹き飛ばし、たった1発で十数匹分の個体の肉片を通路に飛び散らした。
使用した弾丸はCWH対物突撃銃の専用弾だ。本来はヤラタサソリ程度の相手に使用するものではない。価格も威力も高すぎる。だがアキラはその使用を
『
『有効射程も長くて助かるわ。距離を詰められる前に可能な限り殺しておくわよ』
『了解だ!』
銃撃のたびにアキラの体が僅かに後方へ滑っていく。専用弾の反動はその綿密な設計と高度な技術により弾丸の威力から考えれば十分に小さい。それでも生身ならそのまま通路の逆側の壁まで吹き飛ばされてしまいそうな程に大きい。それを強化服の身体能力とアルファのサポートによる姿勢制御で押さえ込み、銃撃体勢を維持して銃撃を続行する。
大量のヤラタサソリが次々に撃ち出される専用弾を浴びて
ヤラタサソリ達は粉砕されて飛び散った同種の肉片を浴びながらも、
『……しかしこいつらには
『多分ないわね』
『15番防衛地点を襲ったやつは帰ったじゃないか!』
『それは恐らく敵の戦力や位置情報を伝える
『……これが本隊?』
『その可能性は、あるわ』
『そうだとしたら、ついてないにも程があるぞ!』
『ぼやいていないで撃ちなさい。どんどん来るわよ』
『くそっ!』
アキラは必死に銃撃し続けていた。専用弾の過剰な威力や地の利に恵まれたこともあり、穴の奥から続々と湧き続けるヤラタサソリを一方的に粉砕し続けていた。空になった弾倉を交換している間に、ヤラタサソリの群れに大きく距離を詰められる。交換後に慌てて銃撃を再開し、敵の戦線を大きく後退させて、再度弾倉を空にする。それを繰り返し、場を一人で押さえていた。
レイナ達はアキラの指示通り通路側の警戒を受け持ち、別方向からの敵増援や奇襲に備えていた。
あの戦歴は、実力は、真実だった。そう示すようなアキラの奮闘を見て、レイナ達は半ば
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます