第31話 キャノンインセクト

 アキラは救援対象のハンター達と一緒にトラックのそばで休憩を取っていた。そこでふと思う。


『アルファ。そういえば、この緊急依頼ってどうなったら終わるんだ?』


『緊急依頼の目的は都市の防衛よ。恐らくその原因を排除するまで終わらないわ。戦局にもよるけれど、この場に追加の応援部隊が来ても、負傷者を都市に戻して残りを他の場所に派遣するってことも考えられるわ』


『戦局次第ってことか』


 アルファが少し揶揄からかうように軽く笑う。


『特にアキラはもう報酬としてバイクを前払いでもらった訳だから、最低でもその分はき使われるでしょうね』


 アキラが僅かに怪訝けげんな顔を浮かべる。


『一応ここの窮地を救ったと思うんだけど、バイクの報酬分にはまだ足りないか?』


『残念だけれど、それを決めるのは私でもアキラでもないわ』


『確かに。活躍が足りないから差額分を支払え、なんて言われないようにしないとな』


 トラックは敵の砲撃を受けて移動不能状態だが、搭載している索敵装置などは無傷で残っていた。ハンター達がその索敵装置を使用して交代で周囲を見張っているので奇襲の心配はない。アキラも気を休めてアルファと雑談を続けていた。


 その見張りのハンターが声を上げる。


「反応があった! 2時の方向だ!」


 場の緊張が一気に高まる。新手のモンスターか。あるいは救援部隊か。アキラもハンター達も期待と不安を顔に出しながら反応の方向を確認する。


 アキラの近くにいた男が祈りながら双眼鏡をのぞく。そしてその表情を苦々しいものに変えた。祈りは届かなかった。その先に見えたのは、見覚えのある機械系モンスターの群れだった。顔をしかめて吐き捨てる。


「またあいつらか!」


「あいつらって?」


「トラックを破壊した機械系モンスターだ。一度追い返したんだが、逃げたんじゃなくて弾の補給にでも行ってきたのかよ」


 昆虫のような脚を生やした大砲や、自走する大型弾倉などで構成された機械の群れが迫ってきている。アキラも少し遅れてそれを見付けると、表情をかなり険しくさせた。


 アルファが補足を入れる。


『あれはキャノンインセクトと呼ばれているわ。恐らく、旧世界時代から今もどこかで稼働中の兵器工場とかで製造されたものよ。機銃付きの多脚移動装置に戦車の大砲を複数付けたもので、移動装置の方が本体よ。個体差はあるけれど、攻撃力は戦車の大砲並み。機体の装弾数は少量、というより大砲分の数しかないわ。でも随伴している補給機体から補給するようね』


『兵器工場で作ったのなら、何であんなちょっと虫っぽい姿をしてるんだ?』


『工場の管理端末が誤作動で変なデータでも読み込んだのか、あるいは、余りに暇なので変なものでも作って遊んでいるのかもしれないわね』


『暇って……、そんな理由なのか?』


 少々予想外な理由を聞いて、アキラはその感想として少し微妙な顔を浮かべた。


 キャノンインセクト達の武装は個体ごとに異なっている。冗談のように大口径の大砲を持つ機体もあれば、極端に細い大砲を無数に持つ機体もある。移動装置の大きさにも多脚の数も差異が多々存在している。


 しかし兵器としての統率は取れていた。キャノンインセクト達はその全てがトラックから一定の距離で接近を止めると、多脚で体全体を器用に傾けてその場から砲撃を開始する。


 轟音ごうおんとともに発射された砲弾がトラックの周辺に降り注ぐ。着弾地点一帯に土煙を巻き上げ、周辺のモンスターの死体や残骸なども一緒に吹き飛ばしていく。


 ハンター達も反撃を開始するが、互いの有効射程の関係でかなりの不利を強いられていた。


「嫌な距離を保ちやがる。前はもう少し近付いてきたんだが……」


 キャノンインセクト達は絶妙な距離から砲撃を続けている。命中率を犠牲にすることで、一方的に攻撃可能な距離を維持し続けていた。随伴している補給機体の数から、弾切れは期待できないことにハンター達も気付いていた。


 アルファが少し険しい顔をアキラに向ける。


『アキラ。一応確認するわ。アキラ一人で逃げる気は、無いのよね?』


 アキラは険しい表情を浮かべながらも、はっきりと答える。


『俺が最後の一人になるまではな』


『それならこっちから敵に近付くしかないわね。私もサポートするけれど、AAH突撃銃でも敵に十分なダメージを与えられる距離まで近付く必要があるから、相応の無茶むちゃをアキラに強いることになるわ。その負荷で筋繊維が千切れかけても、骨にひびが入っても、即座に治療されるように先に回復薬を飲んでおく。そうでもしないと、アキラの体が持たないぐらいの無茶むちゃをね。それが次善の手段よ。覚悟は良い?』


 真面目な表情で念を押すアルファを見て、アキラは強化服の訓練を思い出していた。強化服で無理矢理やり走らされた時は、疲労と激痛でしばらく動けなくなった。


 それを超える負荷を強いられるのは間違いない。それを理解した上で、リュックサックから回復薬を取り出す。そして覚悟を決めて大量に飲み込んだ。


 アルファが軽いめ息を吐く。そして強く不敵に微笑ほほえんだ。


『覚悟は良いようね』


 アキラも不敵に笑って返す。


『覚悟は俺の担当だからな』


 準備を終えたアキラは再びバイクにまたがると、近くの男に声を掛ける。


「近付いて攻撃してくる。適当に援護してくれ」


 男は驚きの表情を見せたが、このままでは状況が悪化するだけなのは明白なので止めなかった。代わりに真面目な顔で随伴を申し出る。


「1人で大丈夫か?」


「バイクがあるのは俺だけだ。下手に一緒に行動しない方が良いと思う。的が分散すれば敵の攻撃も少しは分散するはずだしな。それに常に移動していればそうは当たらないだろう。……多分。それじゃあ、援護を頼む」


 アキラはそう言い残してバイクで駆けていった。


 アキラを様々な胸中で見送ったハンター達もすぐに行動に移る。


「俺達も散開して近付くぞ! 負傷者を荷台から降ろして、トラックが盾になるようにしろ! グレネード持ちに弾をケチらせるなよ!」


 砲弾が降り注ぐ中、ハンター達も覚悟を決めて徒歩でキャノンインセクト達との距離を詰めていった。




 アキラがキャノンインセクト達を目指してバイクで荒野を駆けていく。無謀とも思える速度を出して、更に加速する。


 一帯にはモンスターの残骸や肉片などが散乱している。とがった部品や血肉で泥濘ぬかるんだ場所などの上を通れば、荒野仕様のタイヤでも一気に体勢を崩して転倒しかねない危険な悪路だ。そこをアルファの異常とも呼べる高度な運転技術で突破していく。


 揺れる車体から止まらずにAAH突撃銃を構えて引き金を引く。一応命中したが、あっさりはじき返される。キャノンインセクト等の機械系モンスターは基本的に頑丈な個体が多い。加えて有効射程の外からの銃撃だ。当然の結果だった。


 それでも攻撃を受けたことで、群れの一部が攻撃目標をハンター達からアキラへ変更する。機体の大半を占める大砲を多脚で無理矢理やり支えている個体が、砲の照準を体ごとアキラの方へ合わせる。そして反動で巨体を揺らしながら轟音ごうおんを響かせて砲弾を発射した。


 砲弾はアキラから横に10メートルほど離れた場所に着弾した。着弾地点の近辺に散らばっている肉片や金属片が吹き飛ばされて周囲に飛び散っていく。


 直撃すれば即死は免れない。その威力を肌で感じたアキラが冷や汗をかく。


『結構外れているし、大丈夫だよな!? 当たらないよな!?』


『敵の照準の精度は、砲身のゆがみや砲弾のサイズの不一致の所為せいでかなり悪いわ。変なデータで製造された所為せいでしょうね。だからそう簡単には当たらないわ』


『そうか!』


 アキラは喜んだ。だが続く説明ですぐに台無しになる。


『でもその分ランダム性が高い所為せいで弾道予測が難しいから、弾道を正確に見切るのは困難なのよ。私の高性能さをもってしても、絶対に当たらないとは保証できないわ。後は運ね』


 アキラが思わず顔をゆがめる。


『不吉なことを言わないでくれ! 俺は残りの運を使い切ったんだろう!?』


『私のサポートで対処可能な程度の不運であることを祈りなさい。それに、アキラが今こんな目に遭っているのはアキラの選択の所為せいでしょう? 運は関係ないわ』


『そうか! 俺の運が関係ないって言うなら、当たったらアルファのサポートの質の所為せいだな!』


 アキラが自棄やけ気味に笑ってそう答えると、アルファが不敵に笑った。


『そういうことを言うの? それなら被弾率を更に下げるために、サポートの質をもっと高めないといけないわね。頑張りなさい』


『どういう意味……』


 アルファが敵の照準を狂わせるために、バイクを更に加速させた上に蛇行気味に走行する。その所為せいでアキラへの負担が更に高まった。


 余計なことを言わなければ良かった。そう思いながら、アキラは険しい表情に後悔をにじませて、歯を食い縛ってその負荷に耐えていた。


 銃撃しながら急速に距離を詰めてくるアキラに対して、キャノンインセクト達が明確に反応し始める。攻撃目標をアキラに切り替える個体が増えていき、アキラの周囲に降り注ぐ砲弾の量も増えていく。


 更に距離を詰められると、キャノンインセクト達は曲射を止めて直接アキラを狙い始めた。水平に発射された巨大な砲弾が大気をき乱しながらアキラの1メートルほど横を駆け抜けていく。


 砲弾が宙を穿うがつ音が耳に届き、砲弾に押し出されて波となった空気が肌に伝わる。その恐怖をアキラは歯を食い縛ってみ潰した。


 キャノンインセクト達に十分な距離まで近付いた地点で、アルファが不敵に笑いながら指示を出す。


『ちょっときついわよ! 耐えなさい!』


『分かったよ!』


 アキラは自棄やけになって笑って答えた。


 アルファがバイクの進行方向をほぼ直角に切り替えようとする。急激な減速による強い慣性にあらがために、車体を転倒直前の状態まで傾かせる。更に強化服の左脚で地面を削りながら全体の負荷を支える。バイクを傾けすぎて両輪が空回りしそうになるのを、右脚でバイクを地面に押しつけるようにして強引に接地を保つ。それを完全な転倒を防ぎつつ急激な減速を実現させるように、絶妙な力加減で実施する。


 傾いた車体の上でAAH突撃銃をキャノンインセクト達に向けて連射する。腕を固定して銃撃の反動をバイクに伝え、車体の体勢の維持と加速に活用する。


 アキラには強烈な負荷が掛かっていた。骨がきしひび割れる。筋繊維が次々に千切れていく。事前に服用した回復薬がその損傷の治療を開始する。治療を終える前に更なる負荷が掛かり、細胞単位で負傷と治癒が繰り返されていく。アキラはその激痛に耐えていた。


 方向転換のために移動速度を急激に落としたバイクに、キャノンインセクト達が一斉に砲口を向ける。その砲口から砲弾が発射される直前、十分に減速していたバイクが両輪で地面をしっかりとつかみ、車体を真横に一気に移動、加速させた。無数の砲弾が一瞬前までアキラのいた場所を通り過ぎていく。アキラは傾いたままの車体から銃撃を続けながら一気に横へ駆け抜ける。


 キャノンインセクトに旋回砲塔はない。その所為せいで体全体を攻撃目標に向ける必要がある。敵が照準を定め直すまでの間に、アキラは無数の銃弾を敵に撃ち込み続けた。


 無数の弾丸がキャノンインセクト達に随伴している補給機体に直撃する。弾薬補充用の補給機体さえ先に破壊してしまえば、機体の僅かな残弾を使い果たしたキャノンインセクト達はただ固いだけの的に成り下がる。最優先で撃破していく。


 無数の銃弾がアルファによる精密射撃で機械系モンスターの弱点部位に撃ち込まれていく。多脚の関節部分を破壊された機体が横転してもがき続ける。弾倉に似た形状の補給機械が被弾して誘爆し、周囲の個体を巻き込んで吹き飛んでいく。


 キャノンインセクト達が多脚を器用に動かして、その外見に見合わない素早さで大砲をアキラに向け直す。そして一斉に砲撃する。大量の砲弾がアキラの真横を通り過ぎ、その先に次々に着弾して一帯を吹き飛ばした。


 身体の激痛に、砲弾の爆風に、アキラが表情を大きくゆがめる。


『アルファ! 今のは結構危なかったぞ!?』


無茶むちゃをしたおかげで当たらずに済んだわ。それで良いでしょう? それよりも、左足は大丈夫?』


『物すごく痛い。もう一度同じことをやったら足が折れるどころか千切れそうだ』


『それなら次は右足でやらないといけないわね』


『同じことをしない方法はないのか!?』


『あるわ。こんな無茶むちゃをしないで済むように、もっと大型で高性能な銃を買えば良いのよ。強化服を手に入れたからアキラもその手の銃を装備できるようになったわ』


『つまり、今は無理なんだな!?』


 嫌そうな表情を向けるアキラに、アルファが微笑ほほえみを返す。


勿論もちろん可能な限り避けるつもりでいるけれど、必要ならやるわ。その状況を選んだのはアキラでしょう? 今更泣き言を言わないの』


『分かりました!』


 選択に後悔はないが、痛いものは痛いのだ。アキラはその痛みを勢いでごまかすように自棄やけになって答えた。


 アキラはその後もバイクで駆けながら、敵の弾薬補充用の補給機体を優先して倒し続けた。AAH突撃銃では頑丈なキャノンインセクトを破壊するのは難しい。だが比較的もろい補給機体には何とか通用していた。


 脚の生えた大型弾倉が砲弾補給のためにキャノンインセクトの後部に取り付こうとしている。アキラがそれに気付いて補給機を念入りに銃撃すると、弾倉の砲弾が誘爆してキャノンインセクトごと大破した。その成果にアキラが機嫌を良くする。


『良し! 次だ! 大分減ってきたな!』


『順調ね。他のハンターも頑張っているようだし、このままなら勝てるわ』


 キャノンインセクト達に随伴している補給機体の数が減ると、敵の砲撃圧力も弱まっていく。既にハンター達も距離を詰め終えて攻撃に参加していた。基本的に火力ではアキラを超える者ばかりだ。敵の数は急激に減りつつあった。


 最終的にキャノンインセクト達は、補給機体を全て倒されて砲弾補給が不可能となり、固いだけの的となった。ハンター達がそれらの的を今までの鬱憤を晴らすように粉砕していく。全てのキャノンインセクトが鉄屑てつくずに変わり、戦闘はようやく終了した。


 アキラが急激な疲労感を覚えて大きく息を吐く。


『……やっと終わった。何とかなったけど、砲弾を避けながら戦うのはもう御免だ』


『バイクがなかったらもっと苦戦していたわ。やっぱりアキラにはまだ早かったわね』


『装備が? 実力が?』


『両方。というより何もかも』


『……強化服を手に入れて、アルファにすごくサポートしてもらって、それでも俺はまだまだこの程度か』


 強化服を手に入れて、一気に戦力向上。上り調子。そう思っていたところにきつい駄目出しを受けたようで、アキラは少し嘆いていた。


 アルファが笑ってアキラを励ます。


『一朝一夕で強くなれるのなら誰も苦労なんかしないわ。これからも頑張りましょう』


 アキラも気を取り直して軽く笑う。


『そうだな。頑張るしかないか。頑張ろう。……後は今回の報酬がどうなるかだな。これだけ頑張ったんだ。期待したいところだけど、どうなるかは分からないよなぁ』


流石さすがにお風呂には入れるでしょう。今日はゆっくり休みなさい』


『そうだ。そうしよう』


 少し休んでからトラックに戻ったアキラを、先に戻っていたハンターが出迎える。


「大したもんだ。AAH突撃銃だけで行くから単なるおとり役だと思っていたが、やるじゃないか」


「名銃だからな」


 アキラが何となくそう答えると、男がそれで納得したような表情を浮かべる。


「もしかして、お前はAAH愛好家か? その銃も改造品だったりするのか?」


「愛好家? まあ愛用はしている。知り合いの店で買った銃だから、特に改造とかはしていないけど」


「ならその店主がAAH愛好家で改造品を黙って売っているのかもな。AAH愛好家はそうやってAAH突撃銃のファンを増やしていくんだ。まあ、お前みたいなハンターが愛用していればAAH愛好家が増えても不思議はないか。名銃と言われるだけはあるって訳だ」


 アキラは男が納得した理由が分からずに少し不思議そうにしている。


『アルファ。AAH愛好家って何だ?』


『AAH突撃銃を愛好している人のことだと思うわ』


『いや、まあ、そうなんだろうけどさ』


『気になるのなら、後で自分で調べてみなさい。それも訓練よ』


『……分かった』


 アキラが微妙なもやもやを覚えていると、別のハンターが近付いてくる。そして少し言いにくそうにアキラに頼み始める。


「悪いがまた負傷者が出たんだ。俺達の回復薬はとっくに使い切っているんでな。そっちに余裕があるなら、もう少し売ってもらえないか?」


「分かった。まだ残ってたはず……」


 アキラが銃を置いてリュックサックを降ろす。そして中から回復薬を取り出して1箱ハンターに渡そうとした。


 その時、本日最大の不運がアキラを襲った。アキラ達のそばにいたモンスターが突然襲いかかってきたのだ。


 それは比較的大型の生物系モンスターで、強靱きょうじんな生命力で銃弾を物ともせずにトラックのそばまで辿たどり着いていた個体だった。そして強い攻撃を食らって今まで倒れていたのだ。


 ハンター達はそのモンスターを殺したと判断したのだが、実際には気絶していただけだった。交戦中に、今まさに至近距離で襲われている最中に、無数のモンスターの生存確認を一々している余裕はなく、その個体は気絶した状態で放置されていた。


 意識を取り戻したモンスターは本能に従って即座に一番近くにいた人間に襲いかかった。それが偶然アキラだった。


 アキラは銃で反撃しようとして、銃を持っていないことに気付き、地面に置いた銃を急いで拾って反撃しようと考える。その余計な思考で動作が更に遅れる。


 アキラの反応は致命的に遅れ続けていた。大口を開けたモンスターは既に眼前に迫っていた。


(間に合わない! 死ぬ!)


 ゆっくりとした世界の中で、アキラは自身の死を理解した。


 次の瞬間、アキラの強化服が勝手に動き出した。全身が左足を軸にして勢いよく回り、同時に右脚が跳ね上がる。強化服は使用者の安全性を無視して出力を可能な限り上げていた。その身体能力はその一瞬だけ超人の域に達していた。


 瓦礫がれきぐらい軽く吹き飛ばす威力で、アキラの右上段蹴りが眼前のモンスターの頭部にたたき込まれる。


 しかしそれほどの衝撃を加えてもモンスターは死ななかった。少しぐらついただけで、体勢を崩しはしたが倒れることもなく、頭部に伝わった衝撃で動きを止めたにすぎなかった。


 その僅かなすきの間に、アキラの体がAAH突撃銃を勝手に拾った。同時に混乱していたアキラの意識が立ち直る。透かさずモンスターの口に銃口を押し込んで引き金を引き、連射する。口内で撃ち出された銃弾がモンスターの頭部に内側から着弾し続ける。


 それでもモンスターは即死しなかった。だが致命傷には届いた。弾倉を空にする勢いでそのまま撃ち続けると、その巨体はようやく崩れ落ちた。そして二度と動かなくなった。


 アキラが荒い呼吸を繰り返す。


『い、いま動かしたのは、アルファだよな?』


『そうよ。強化服が停止する前に急いで治療をしなさい』


『停止? 壊れたのか?』


『強化服に残っていたエネルギーをほぼ使い切ったのよ。消費効率は最悪だけれど、一瞬だけ身体能力を限界以上に上げたわ。そうでもしないと、もうどうしようもなかったわ。無理をしたから強化服も故障しているかもしれないわ。それは後で調べないと駄目ね』


 アキラが座り込む。全身に痛みが走っている。特に右足からは激痛がする。


『……右足は、折れてるのか』


『強化服を可能な限り硬質化はさせたけれど、元々装甲目的の機能ではないから限度があるわ。早く脚を治療しないと歩いて帰れなくなるわよ。急ぎなさい』


 アキラがリュックサックから回復薬を何とか取り出す。


『普通に飲めば良いんだよな? 骨折しているからって、肉を切って骨に振りかけるのは嫌だぞ』


『本当にどうしようもない時は、そうするしかないわよ? 今は折れた骨のずれを直してから回復薬を飲むだけで良いわ。ある程度時間は掛かるでしょうけれど、今なら大丈夫でしょう。骨のずれを直すのも私がやった方が良い?』


『……頼む』


 アキラの両手が勝手に動き始めて右足をつかむ。そして部分的に機能を停止させて着脱時の柔らかさを取り戻した強化服越しに、折れた骨のずれを強引に直し始めた。


 その激痛にアキラは歯を食い縛って耐えた。その後で回復薬の箱に入っていた残りを全て口に放り込んだ。回復薬の鎮痛作用が痛みを和らげていく中、治療用ナノマシンが自分の右脚に集まっていく感覚を覚えていた。


 空になった箱を握り潰したところで先ほどの男と目が合う。リュックサックの中を確認すると、回復薬はかなり少なくなっていた。かなり迷ってから1箱取って男に渡すと、男はそれを一度受け取ってからアキラに返した。そして不思議そうな顔をしているアキラの前で軽く笑う。


「功労者にそんな顔をさせてまでは受け取れねえよ。既に1箱受け取っているしな」


「良いのか?」


「ああ。負傷者は重傷じゃない。安静にしていれば大丈夫だろう」


 ハンター達が銃声を聞いて慌てて駆け寄ってきたので、男が叫んで状況を伝える。


「気絶しているだけでまだ生きているモンスターがいた! 頭部が無事なやつを見付けたら、念のために数発ぶち込んでおけ!」


 他のハンター達が慌てて警戒を始める。アキラを含めて一度戦闘は終わったものだと考えてしまった所為せいで、緩めた気を戻すのに少し時間が掛かっていた。




 キャノンインセクト達の襲撃を退けたハンター達は再び救援待ちの状態となった。


 アキラは負傷を理由に休憩を取っていた。他のハンター達は周辺の警戒を続けている。一人だけ休んでいるアキラに文句が出ないのは、彼らがアキラの働きを認めているからだ。


 アキラは次の戦闘の準備をしていた。また戦闘があるとは思いたくないが、世界はアキラの希望など考慮しない。ならば備えるしかない。


 強化服がただの重い服になる前に動力源のエネルギーパックを取り替える。AAH突撃銃の弾倉を交換して装弾数を最大にする。予備の弾倉を体にくくり付ける。それらの準備を済ませた頃に、両脚の治癒も大体終了した。これで一応再び戦えるようになった。


 アキラがリュックサックの中をのぞき込んで、どことなく重いめ息を吐く。予備の弾薬も回復薬も残り僅かだった。


『……減ったなぁ。帰ったら弾薬もちゃんと補充しないと。……報酬、ちゃんと出るよな?』


 アルファが笑ってアキラを元気付ける


『あのバイクが幾らかは知らないけど、流石さすがにこれだけ戦った報酬で足りないとは思えないわ。大丈夫よ。安心しなさい』


『そうか? そうだよな』


 アキラはそれで無理矢理やり納得した。報酬額を決めるのは自分達ではないと言われた記憶もあるが、それは忘れることにした。その方が気が楽だからだ。




 日が落ち始めた頃、待望の救援がハンター達のもとに到着した。


 救援部隊が移動不能のトラックを牽引けんいんして都市まで帰還する準備を始めている。アキラがバイクにまたがって作業の終わりを待っていると、キバヤシがかなり上機嫌な様子で軽く手を振ってやってきた。


「よおっ! 生きてたか! 他の連中に聞いたぞ。随分無茶むちゃをしたらしいな。正直に話すと絶対死んでると思っていたんだが、俺の目利きも怪しくなってきたな。だがお前が無理無茶むちゃ無謀を地で行くハンターだったことだけは大正解だったな」


 絶対死んでいると楽しげに言われたアキラが僅かに顔をしかめる。しかしキバヤシの意見に納得も出来るので、少し不機嫌な態度を出すのにとどめた。


「……バイクがすごく役に立ったから、それは礼を言っておく」


「そりゃよかった。お前にバイクを渡した甲斐かいがあったな。お前の無謀の助けになったのなら尚更なおさらだ」


「そうだ。俺が受けた緊急依頼はどういう状況になれば終わりなんだ? 彼らが都市に戻るまでか?」


「おお。そうだったな。ちょっと待ってろ」


 キバヤシが情報端末を取り出して操作する。


「よし。お前の緊急依頼の完了手続を済ませた。もう好きにして良いぞ」


「終わりなのか? 帰るまで彼らを護衛とかしなくても良いのか?」


「ああ。俺達がここに来たのは、また別の救助依頼としてだからな。クズスハラ街遺跡から出現したモンスターの群れは都市の防衛隊が排除した。既にその緊急依頼は完了済みだ。そっちの用事が済んだから他のハンターの救助に人員を割く余裕が出来たんだよ」


「ああ、そういうことか」


「何ならついでにこの救助依頼も受けていくか? 受けるなら俺がこの場で手続をしてやるぞ?」


 アキラが疲れた顔で首を横に振る。


「……いや、受けた依頼が終わったのなら先に帰るよ。弾薬も随分消費したし、何より疲れた」


「そりゃ残念だ。帰りにまた何かあれば、お前の無謀ぶりを間近で見られると思ったのにな」


「……勘弁してくれ。じゃあ、俺は帰る」


「気を付けて帰れよ? 死ぬ時は派手な無理無茶むちゃ無謀で死んでくれ。くだらねえ運転ミスなんかで死んだりするんじゃねえぞ」


 アキラは随分上機嫌なキバヤシの態度に更なる疲れを覚えて軽くめ息を吐いた。そして一足先にバイクで都市へ向かった。


 楽しげにアキラを見送ったキバヤシに別の職員が報告に来る。


「キバヤシさん。戦歴評価用データのデータ移行が終わりました。破壊されたトラックの損傷は駆動系に偏っていましたので、データ収集自体は比較的問題なく行われていたようです。ただ、一部妙なデータが含まれていましたが……」


「妙なデータ?」


「何というか、ハンターの1人が変な挙動というか、無茶苦茶むちゃくちゃな挙動というか、1人でモンスターの群れに飛び込んで戦っている突拍子もないデータが混ざっています。機器の故障かもしれません」


 報告を聞いたキバヤシが吹き出した。楽しげに笑いながら指示を出す。


「他のハンター達から話を聞いて誤データかどうか確認しろ。いや、俺が聞いて回る。誤データと判断して勝手に消すなよ? ああ、そのデータは俺宛てにも送ってくれ。後で俺も確認する。俺が荷台で他のハンターから話を聞くから、お前は移動の準備が済み次第部隊を出発させろ」


「分かりました」


 職員が移動の準備に戻っていく。キバヤシが楽しげにつぶやく。


「……あいつ、データ異常を疑われるほど暴れてたのかよ。良いね! こんなきの良いハンターは久々だ!」


 キバヤシはどこまでも上機嫌だった。

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