第7話 誘う亡霊
ビルに入っていくアキラの様子に、カヒモは僅かな違和感を覚えた。それは今までとはどこか何か様子が違うという僅かなものだが、自分には見えない者がいると知った以上、自然に疑いも深くなる。
「ガキが動いたな。ハッヒャ。女の様子はどうだ? あそこに入るように案内していた様子とかあったか?」
「ああ。あのビルを指差していたし、ガキを先導して一緒に中に入った。遺物はあの中かもな。どうする? 俺達も行くか?」
「……いや、
「いいのか? ガキを見失うんじゃないか?」
「ガキの顔は割れてるんだ。ここで見失っても多分スラム街を探せば見付かるだろう。問題ない。それより安全に行こう。ガキが生きてビルから出てくれば、あのビルは安全ってことだ」
「おいおい、随分慎重だな」
ハッヒャはアルファが見えていることもあり状況を楽観視していた。そしてこのチャンスを逃したくない気持ちでカヒモを
カヒモがハッヒャを軽く脅すように威圧する。
「嫌ならお前一人で突っ込めよ。亡霊が見えてるのはお前なんだ。怪談通りなら、死ぬのもお前だ」
「そ、そう言うなよ。わ、分かったって」
ハッヒャは少し焦りながら笑ってごまかした。
カヒモ達はその場で
「出てこないな。あのガキ、死んだか?
少しずつ不満を
「なあカヒモ。
「……そうするか。あの辺のモンスターはもう結構危険なんだ。高値の遺物が手に入りそうだからって、浮かれて油断なんかするんじゃねえぞ」
「分かってるって」
ハッヒャが少し浮かれ気味の様子で進んでいく。その様子を背後から見ていたカヒモは表情を僅かに険しくしていた。そこには、自分が
カヒモが廃ビルの出入口で立ち止まる。
「ハッヒャ。俺はガキと入れ違いにならないようにここで見張る。お前は中を捜索しろ。ガキや女を見付けたり、モンスターと遭遇したり、それ以外でも何かあったら連絡しろ。状況にかかわらず、1時間
「分かった。ガキがいたらどうする? ここまで連れてきた方が良いか?」
「それが出来る状況ならな。敵対したら殺せ。不審なら殺せ。不気味なら殺せ。
その少々殺意の高い指示に、ハッヒャが意外そうな様子を見せる。
「殺せって、ガキからいろいろ聞き出さなくて良いのか?」
「聞き出せそうならな。だが最低でも腕か脚に1発撃ち込んでからにしろ。女に気を取られてガキに不意を
「な、何でそんなに警戒するんだ?
ハッヒャは随分と警戒するカヒモの様子に不安を覚え、それをごまかすように軽く笑った。だがカヒモに険しい表情で
「誘う亡霊の話はしただろう。あのガキも怪談の内容通りに、あの女にここに誘われて殺された可能性だってあるんだ。お前の心配をしてるんだぞ? 別に強制はしねえよ。好きにしろ」
「ちょ、ちょっと待て、もしそうだとしたら、そんな場所に俺だけで行くのか?」
「あの女が見えるのはお前だけだ。お前じゃないと女を探せないだろうが。とっとと行け。危ないと思ったらすぐに戻ってこい。俺はここに残る。俺達もここに誘われた可能性もあるからな。出入口を確保しておかないと危険だ。分かったか?」
「わ、分かった」
ハッヒャは少し慌てながらビルの中に入っていく。カヒモがその様子を見ながら思う。
(悪いな。あのガキ込みで
カヒモはハッヒャを見送りながら薄ら笑いを浮かべた。
アキラがビルの中でカヒモ達を待ち構えている。その表情は険しく、真剣だ。顔に
既にアルファから作戦の概要を教えられている。後は適宜指示通りに動けば良いと、それで勝てると、自信に満ちた笑顔で言われている。
アキラはそれを信じた。盲信ではない。過去にアルファの指示通りに動いて、拳銃だけでウェポンドッグを倒した事実を前提に、アルファを信じて信頼を積み重ねると、自身で口に出した言葉に従ったのだ。
『アキラ。彼らがビルに入ったわ。片方が出入口を確保して、もう片方がビル内を捜索するようね。アキラを痛め付けて遺物の在り
「……。分かった」
どうやってそれを知ったのか。それが少し気になったが、アキラはそれをすぐに余計な思考だと切り捨てた。余計な思考で余計な
アルファがアキラの意気を上げる
『始めるわ。準備は良い?』
「ああ」
アキラはしっかりと
アルファが満足げに笑う。そして事前の作戦通りにアキラの視界から姿を消した。続けてアキラも息を大きく吸って気合いを入れると、表情にその覚悟を示して作戦の場所へ走り出した。
ビル内を警戒しながら探索していたハッヒャが表情を変える。通路の先にドレス姿の女性を見付けたのだ。アルファだ。そしてその姿が通路の奥に消えていくのを見て、思わず追い掛けようとする。だがカヒモに念入りに
「カヒモ。今、あの女を見付けた」
「ガキも一緒か?」
「いや、女だけだ。通路の先にいた。今から追い掛ける」
「ガキが近くにいるかもしれない。注意しろ」
「ああ。分かってる」
ハッヒャがアルファを追って進んでいく。だがアキラを警戒しながら慎重に進んでいる
慎重に周囲を見渡して安全を確認し、アルファの後を追い、少し進んだ後にまた周囲を確認する。その繰り返しの中、ハッヒャの表情が徐々に緩んでいく。そしてその緩みに比例して警戒が
その顔を、その肌を、もっと間近で見てみたい。ハッヒャはその思いを抑えきれず、無意識に警戒を
ハッヒャが
ハッヒャは話を聞き取ろうと耳を澄ました。しかし何も聞こえなかった。表情を僅かに
不意にアルファが何かに気が付いたかのように横を向く。ハッヒャも釣られてそちらを見る。だがガラスの無い窓が見えるだけで、何の変哲もなかった。ハッヒャが表情をますます
銃声は立て続けに3度、ハッヒャの背後で起こった。1発目がハッヒャの脇を素通りした。2発目は足下の床に着弾した。そして最後の1発が右耳を
撃ったのはアキラだ。ハッヒャの背後、アルファに釣られて視線を移した先の、逆方向の通路の影からの銃撃だった。
ハッヒャは突然の事態に数秒放心していた。だが右耳の僅かな傷みから我に返ると、叫びながら反撃する。乱射の銃声が反響して響き続け、無数の銃弾が床、壁、天井に着弾する。しかしアキラはハッヒャが放心している間に離脱していた。その反撃は銃弾を無駄に消費しただけに終わった。
通信機からカヒモの声が響く。
「ハッヒャ! 何があった!?」
ハッヒャが荒い呼吸をしながら怒鳴る。
「ガ、ガキだ! 今ガキに襲われた! クソが! 死ぬところだった!」
「死ぬところだった? 警戒していたのに奇襲を受けたのか? 詳しく説明しろ! 警戒しながらだ!」
ハッヒャが興奮を抑えながら事情を説明すると、カヒモが逆に
「女の尻を追っ掛けていたら殺されかけました、だと? 馬鹿が!」
「い、いや、本当にそれぐらい美人なんだって!」
「ふん、文字通り死ぬほど美人だって言いたいのか? 怪談になるわけだな」
ハッヒャの焦りながらの言い訳も、カヒモの機嫌を戻すには不十分だった。それでも下らない会話を続けて時間を無駄にしても仕方ないと考えて気を切り替える。
「それで、女はまだそこにいるのか?」
「ああ、普通に立ってる。あと、何か
「お前の目のネットワーク機能で取得できるのは映像だけで、音声データは拾えないんだろう。念の
ハッヒャがアルファの胸に手を伸ばす。だがその豊満な胸からは何の感触も得られず、手が胸の表面を突き抜けて映像の中に潜り込んだだけだった。残念そうな顔でその結果を伝える。
「
「そんな話は後にしろ! お前、
カヒモの怒気にハッヒャが口を
「次だ。そいつに右手を挙げろと指示を出してみろ」
ハッヒャが言われた通りにアルファに指示を出す。するとアルファは口を動かすのを止めて右手を挙げた。
「おっ? 言われた通りに右手を挙げたぞ?」
「次だ。俺と俺の近くにいる子供を除いて、俺に一番近い人間を指差せ。そう指示しろ」
「何だそりゃ?」
「良いからやれ!」
「わ、分かったって」
ハッヒャが再び同じように指示を出すと、アルファは今度は斜め下の床を指差した。
「ハッヒャ。どうなった? そいつは俺がいる方向を差したか?」
「ちょっと待ってくれ。……オートマップのお前の位置がここで、俺の位置がここだから……、おお! ちゃんと差してる!
ハッヒャは軽く驚きながら単純に感心した。だがカヒモが怒声を返す。
「クソが!」
「ど、どうしたんだ?」
「
ハッヒャも怒気を
「あ、あのガキ!
「その女、多分遺跡の案内係か何かだ。お前の指示も聞くってことは、多分誰の指示でも聞く。そいつにガキの居場所まで案内させてガキを殺せ。援護が必要か?」
「大丈夫だ! 奇襲さえ受けなければあんなガキぐらい俺だけでぶっ殺せる! 武器も拳銃ぐらいで腕も素人みたいだしな!」
「気を付けろよ。あのガキが
「分かってる。そっちはガキを逃がさないように、そのままそこを見張っていてくれ」
ハッヒャがアルファに叫ぶように指示を出す。
「ガキの場所まで案内しろ!」
ハッヒャが再び歩き始めたアルファの後に付いていく。今度はその妖艶な後ろ姿を見ても、色気より怒りが先に来て、視線を奪われることはなかった。
次の指定場所に急ぐアキラにアルファの声が届く。
『残念ながら失敗よ。あれで殺せれば随分楽になったのだけれどね』
アルファの姿は見えないが、声だけはずっと聞こえていた。先ほどの奇襲の時も、通路から飛び出すタイミングを声でしっかりと指示された。
通路の死角に隠れる位置。奇襲のタイミング。銃撃の回数。照準の精度よりも素早い銃撃と即座の離脱を優先した行動。全てアルファの指示で、アキラは出来る限りその指示通りに動くように最善を尽くした。
それでも敵を倒せなかった。その現実にアキラが少し顔を険しくしながら残念そうな様子を見せる。
「……駄目だったか。もう少ししっかり狙えば良かったか?」
アキラもアルファの指示そのものは疑っていない。無防備な敵を背後から一方的に銃撃できたのだ。奇襲としては完璧だ。それでも仕損じた。その理由を考えるとしたら、自身の技量不足を挙げるしかない。もう少し自身の危険を許容してでも、もっとしっかりと狙っていれば。その考えから出た言葉だった。
だがアルファから少し厳しい口調の声が返ってくる。
『駄目。下手に正確に狙おうとしてあれ以上あの場に
アルファはアキラにハッヒャを奇襲させるに当たって、両者の装備や技量、行動パターンなど様々なものを考慮して計画を練っていた。その上で、アキラに自身の判断で自分の指示以外の行動を取らせると、奇襲の成功確率が下がると判断して、加えて今後のことも考えて少し強めに
「……そうか。やっぱり、俺は弱いんだな」
最善を尽くしても駄目だった。その現実を改めて突き付けられて、アキラは少し気落ちした。するとアルファの優しくも力強い声が届く。
『誰でも初めから強い訳ではないわ。アキラは現時点の実力で最善の行動をした。それでいいのよ。明確な格上相手に奇襲を仕掛けて、生き残っているのだから上出来よ。現在の実力不足は今後の訓練で好きなだけ補えば良いわ。嫌と言うほどたっぷりと鍛えてあげるから、そこは私に任せておきなさい』
当たり前のように今後の予定を話すアルファに、生還を当然のものと認識しているその態度に、アキラは落ちかけていた意気を取り戻した。そして意気を更に上げる
「……。そうだな。頼んだ」
『任せなさい。あと、さっきの襲撃で、相手の装備、思考の把握は済んだわ。行動パターンの分析は終了。次で殺せるわ』
「本当か? 本当に
『言ったでしょう? 私は高性能だって。ただ、相手に結構近付く必要があるから、その覚悟はしておいてね』
「分かった。大丈夫だ。覚悟は済ませた」
次も最善を尽くせば良い。その決意を顔に出しながらアキラは先を急いだ。
沸き立つ怒りでアルファにも気を取られずに、アキラを警戒しながらビル内を進んでいたハッヒャだったが、
ハッヒャも
(……ガキはそこか!)
ハッヒャはアルファが指差す方向からアキラの位置に当たりを付けると、その距離なら安全だと判断して分岐の手前まで一気に走った。そして通路から片腕だけ出して乱射する。
発砲音が通路を反響してビル内に響き渡る。高速で撃ち出された大量の銃弾が通路の床、壁、天井に着弾し、無数の跳弾が通路を縦横無尽に駆け巡り、空間から死角を消し去った。
ハッヒャが撃ち尽くして空になった弾倉を交換しようとする。ちょうどその時、アルファが通路の先を指差すのを
「よし。死んだか」
安心したハッヒャは弾倉交換の手を止めて通路に出ると、アキラの死体を確認しようとした。だがそこには銃撃で傷付いた通路の光景があるだけだった。勝利を確信して緩んでいた顔が途端に険しくなる。
「おい、ガキがここにいたんじゃないのか!?」
ハッヒャがアルファに詰め寄って怒鳴り付けたが、アルファは
「ガキだ! あのガキを指差せ!」
アルファがハッヒャの背後を指差す。ハッヒャが思わず振り返る。だがそこには誰もいなかった。
銃声が響く。ハッヒャが胴体の痛みで被弾を知る。
ハッヒャが激痛で床に横たわりながら、混乱した意識で状況を把握しようとする。
(……撃たれた!? どこからだ!? 敵なんかどこにもいなかった! いるのは女だけ……、女が撃った!? 馬鹿な! あれは映像だけのはずだ! 撃てるわけが……)
あり得ない事態がハッヒャの混乱に拍車を掛けていた。だがその混乱も、事態の答えが現れたことで更なる
(重なって、見えなかった、だと!?)
アキラがハッヒャに近付いて銃を構える。両手でしっかりと握り、照準をハッヒャの額に狂いなく合わせる。
ハッヒャは被弾の激痛に耐えながら、先に銃をアキラに向けて引き金を引いた。だが弾丸は出ない。弾倉が既に空だからだ。
死を眼前にして、普段大して使われていない脳が生き残りを賭けて全力で稼動する。死の直前の、見るもの全てがゆっくりと動く世界の中で、ハッヒャは気付いた。
(……全部、
自分がアキラに奇襲された時にアルファが
その気付きが、アルファの服装、この場に来るまでの通路の道順、案内時の歩く速さ、その他の様々な
ハッヒャが恐怖に
「……誘う……亡霊」
その直後、ハッヒャはアキラが撃った銃弾を額に受けて絶命した。最後に見たのは、アキラに寄り添うように立ちながら冷酷に
ハッヒャの通信機からカヒモの声がする。
「ハッヒャ。何があった? ガキは始末できたのか?」
アルファがアキラに
『返事をしては駄目よ。相手にいろいろ気付かれるわ』
アキラはうっかり声を出さないように注意しながら
『早速彼の装備を剥がしましょう。これで武器が増えるわ』
ハッヒャの装備を剥がして取得する。これでアキラの装備は不格好ながらも、拳銃だけという貧弱な状態から大分向上した。
『次は、向こうの窓から彼を投げ捨てて』
アキラが意外な指示に少し驚く。アルファは変わらずに笑っていた。
カヒモは廃ビルの1階で険しい表情を浮かべて状況を推察していた。
(銃声から交戦は確実。その後、返事は無し。最低でも口もきけない状態。死んだ、か? また馬鹿をやって奇襲を受けたのか? いや、あの銃声の量から考えて、相打ちぐらいにはなったか?)
確認に行くべきか、このまま撤退するべきか、カヒモは迷っていた。
(確認に行けば、運が良ければ
遺跡の怪談。仲間の死。それらがカヒモの警戒と疑念を深めさせ、意識を撤退に誘導していく。そしてその視線を無意識に出入口へ、ビルの外へ向けさせた。
その視線の先に、突如ハッヒャの死体が落ちてきた。身
(装備が奪われている。ガキは生きていて、ハッヒャの死体を
カヒモが憎々しい表情で頭上を見上げる。そこには天井しかない。だがカヒモはその先に、ハッヒャに駆け寄った自分を撃ち殺そうと銃を構えているアキラの姿を思い浮かべた。
「……
相手は子供、という油断や慢心がカヒモから完全に消え去った。意識を切り替えてアキラを殺しに動く。情報端末を取り出して操作すると、ハッヒャの情報端末の位置が表示された。その反応は移動しており、アキラがハッヒャの情報端末を持っていることを示していた。
(やっぱり上にいたか。相手の居場所を把握しているのは自分だけ。そう勘違いしているのなら好都合だ。裏をかいてやる)
カヒモは薄く
アキラが次の奇襲場所でアルファから指示を受けている。
『アキラ。前に売らずに取っておいたナイフを出して』
「これか?」
取り出したナイフは、以前クズスハラ街遺跡で取得した旧世界製のものだ。刃が丸められており、切れ味など無いに等しいように見える。
『それよ。その柄の下の方に少し出っ張っている部分があるでしょう? そこを拳銃で撃って』
アキラはナイフを床に置いて銃を構えると、銃口をその柄に近付けた。
「……一応聞くけど、撃ったら壊れるよな?」
『そうよ。壊すの』
「ちょっと
『必要経費だと思って割り切りなさい。代わりにアキラが3回ほど命懸けで危ない橋を渡る方法もあるけれど、そっちにする?』
どこか楽しげに不敵に
カヒモがハッヒャの情報端末の位置を確認する。反応はもう10分以上同じ場所から動いていない。そこで待ち構えているのか。
ハッヒャの情報端末は通路の真ん中に放置されていた。カヒモがその情報端末を拾って
「……バレたから、ここに捨てただけか?」
この情報端末で位置を
カヒモの表情が険しくなっていく。この場にいる自分を通路の影などから隠れて狙撃するのは困難だと理解している。だがその上で嫌な予感は全く消えず、
次の瞬間、カヒモは胴体を両断された。防護服は全く役に立たなかった。上下に分かれた体が崩れ落ち、切断面から内容物を
カヒモは
横に裂かれた壁の向こうでは、アキラがナイフを横に振った状態で固まっていた。
銃撃で柄を部分的に破壊したナイフをアルファの指示通りに振るった瞬間、刀身から放たれた青白い
アキラは柄だけになったナイフを握って半ば
『よし。殺せたわ。もう大丈夫よ』
「……え、あ、うん。そうか」
アルファの態度は
「アルファ。このナイフって、何なんだ?」
『何なんだ、と言われてもね。旧世界製のナイフよ。一般人向けに製造、販売されていた品ね』
「旧世界では、一般人向けのナイフに壁を両断できる機能が必要なのか?」
『別に壁の両断が主目的ではないわ。切れ味とか、その性能の維持とか、そちらの向上を目指したら、結果的に壁も両断できるようになっただけよ。安全装置を破壊しないとあんな
「……いや、それでも結構危険じゃないか?」
『正しい方法で使用する限りは安全な道具を、意図的に危険な方法で使用したのだから、当然
「まあ、確かに、そうか」
アキラはそう言われればその通りだと思いつつも、やっぱり危険すぎるのではないかとも思った。そして旧世界ではそのような物が普通に出回っていたのだと考えて、旧世界に対する偏見を深めた。
アルファが少し得意げに
『さて、私のサポートには満足してもらえたかしら。遺物を一つ駄目にしたとはいえ、アキラがあんなに無理だと言っていたハンター2人を倒したのだから、たっぷり感謝してくれてもいいのよ?』
軽い冗談のような態度を取っていたアルファに対して、アキラが真面目な顔で頭を下げる。
「ああ。おかげで死なずに済んだ。ありがとう。俺は多分、さっきまでアルファのことを信じ切れていない部分があったと思う。ごめん」
アルファも態度を改めて優しく
『気にしないで。これで信じてもらえたのなら
アキラが難しい顔で悩む。
「……本音を言えば、疲れたから帰りたい。でもまだ何も収穫が無いんだよな。買取所で前回の分の金を払ってもらう
『それならここの探索だけでもしましょうか。私も一緒に探せば、普通のハンターなら見落とす遺物も見付けやすくなるわ』
アキラはアルファの提案通り、このビルの探索だけして帰ることにした。探索の収穫はハンカチが数枚。
ビルにはカヒモ達の死体だけが残された。ハンターが他のハンターを襲い、返り討ちに遭った者が未帰還となる。それは東部で幾度となく繰り返されてきた光景だった。
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