空の狩人 Ⅴ

石畳造りの街道―いつも2人が歩く道、訓練場所の森から、協会から、母が待つ家への帰路。2人は互いの手を握りしめゆっくりとその道を歩く。

死を覚悟したわけでもない、死ぬつもりもない、生きてこの場所へ帰る、ただ一つその覚悟を胸に慣れ親しんだ街道を歩くのだった。

家に着くと母がいつもと変わらぬ笑顔で出迎えてくれる―その笑顔を見ると2人の表情も柔らかくなる。

母は、何も問わず、何も言わず、ただ3人分の食事をテーブルに支度し「食べましょ。」とだけ言った。


母の料理を食べ終えた頃、母が―エマが2人に尋ねた。


「リラ、アリア、2人の覚悟を聞かせてちょうだい。」


その瞳には母なりの覚悟が宿っていた。


「俺もアリアも地上に行くよ。」


「そう…なら2人に質問よ、素直な気持ちで答えてね。」


リラとアリアがまだ幼い頃、レオンが生きていた頃、魔法を教えてくれていた頃の母のようだ。


「どう足掻いても、生きる道がない時2人はどうする?」


2人の答えなど決まっていた。


「「それでも生きようとするかな。」」


2人はお互い顔を見合わせると微笑む―2人の答えに母は笑い出すのだった。


「そっか、うん2人らしい答えね。ほんとアリアは血が繋がってないはずなのに2人ともお父さんそっくりね。」


父はリラが6歳の頃に地上で行方不明となった。地上では生きるすべがない―たとえ魔法で魔獣に対抗できたとしてもろくな食糧と寝床、生活に必要なものが残っていないとされている。

この島の誰もがエマの夫でありリラの父である彼は死んだと思っている中、2人だけが「殺しても死なない」と彼の生存を信じている。そんな2人の傍で育ったアリアもまたリラの父に会ってみたいと思うようになり、生きていると信じるようになっていった。


「できれば父さんの手がかりも探してこようと思ってる…」


「手がかりだけよりも本人を探しちゃいたいなー、早くあってみたいもんリラのお父さんに!」


「魔導士としては一流だけどズボラな人だから、2人が探せばすぐ見つかったりしてね。」


いつの間にか3人の会話はこの場にはいない父の話へと変わっていた。


「お父さんを探すのもいいけど、まずは2人が無事に帰ってきてくれることが母さんにとっては嬉しいことよ。だから…」


「うん、分かってるよ母さん。アリアと2人で帰ってくるから。」


翌朝。

リラ、アリアの2人は代表魔導士であるウィリアムのもとを訪ねていた。ウィリアムの執務室はニーヴェア本部の2階に位置し室内には客人用のソファが2つ向かい合う形で置かれその間に長テーブルが一つ、そして街が見渡せるガラス張りの窓の前には執務用の机と椅子が置かれている。

2人が部屋に入るとウィリアムは机に向かい書類整理をこなしていた。


「やぁ来たね2人とも。おはよう。」


「「おはようございます、代表。」」


-うん、いい表情をしているね。-


「さて、2人の決断を聞かせてもらおうかな?」


ウィリアムの表情が瞬時に穏やかなものから2人の覚悟を問うかのような険しいものへと変わる。


「俺もアリアも地上へ行きます。」


「本当にいいんだね?場合によっては生きて戻ることは出来ないんだよ?」


「はい!ただ、一つだけ違います。私もリラも生きて帰って来るつもりです!!」


「ここには2人で帰ってこないといけない理由があるので、死ぬつもりはありません。」


それを聞くと2人の覚悟は十分と判断したのかウィリアムは微笑んだ。


「2人にこれを。」


そう言いながらウィリアムは机の引出しから魔水晶ラクリマが一つはめ込まれた銀製の指輪を取り出し2人に差し出した。魔水晶は透き通るような無色透明、指輪は魔導士が持つ杖が指輪化した時と同様の形状ではめた者の指のサイズに自動調整される魔法が組み込まれているものだ。


「それはお守りだよ、地上へ行く魔導士皆に渡しているんだ。」


2人は指輪を右手の人差し指にはめる。


「「ありがとうございます。」」


ウィリアムは頷くと、それに続けて言った。


「出立は2日後の朝6時、場所は飛空艇の船着場だよ。目的地は"黄昏の砂漠"、部隊長はルーカスだ。頼んだよ2人とも。」


「「はい!!」」


そうして、2人はウィリアムの部屋を後にするのだった。

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