19 悲しいニュース
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・【悲しいニュース】
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『二〇一九年 二月二十八日(木曜日)』
佑助「はいどうも、よろしくお願いします」
波留「……ところで、今日は本当にこのニュースしかないんだ」
佑助「ちょっと、漫才のスタートを崩すって、今日はどんだけトリッキーな気分なんだ」
波留「いやいや、ニュースの程度がちょっとおかしいでしょ」
佑助「いや他にもニュースはあったよ、でも俺達が扱えるニュースはこれだけだったんだよ」
波留「もっと科学の素晴らしいニュースとか無かったの? 新技術漫才をしたかったよ」
佑助「無いね、この店内に京都府と奈良県の境があるショッピングモールのニュースしか無いね」
波留「いやいやいや! だってこのショッピングモール、今日開店したわけじゃないじゃん。今日開店したならいいけども、ただ記者が見つけてきた日じゃん」
佑助「でもニュースって大体、一日遅れだったり、二日遅れだったりするじゃん」
波留「だけどこれは完全に暇な記者が見つけてきたヤツじゃん! やっと何かネタを見つけて取材してきた日なだけじゃん!」
佑助「いやこれもすごいニュースだって」
波留「まず新鮮さが無いんだけども……」
佑助「まず府と県の境って、ところがすごいよね。府って京都府と大阪府しかないからこのレア感」
波留「府の有難味って話っ? 府の有難味こそ今日に始まったことじゃないじゃん!」
佑助「でも府って関西のあの地域に住んでいないと味わえないじゃない、府って素晴らしいね」
波留「どう返せばいいんだよ! いや確かに府はあのあたりの地域にしか味わえないけども、そんなに味わい深いモノでもないでしょ!」
佑助「いやもう県をコーヒーとしたら、府はココア」
波留「そこそこ似ている! そりゃまあ似ているだろうけども!」
佑助「でも味が全然違うでしょ、鼻炎の時に飲んだらそりゃあれだろうけどさ」
波留「鼻炎とかいらないワードは出すな! 完全に味と香りの話にスライドしちゃうでしょ!」
佑助「ホント鼻炎とか花粉症とかだと、味が分からなくなって困りますよね。やっぱり味って舌だけじゃないんですよ、鼻も重要なんですよ、香りというヤツですね」
波留「ほら関係無い話にスライドしちゃった! んで長々と当たり障りのない香りの話をするな!」
佑助「でも鼻炎とかを治すための薬を飲むと、眠くなっちゃうんですよね」
波留「完全に関係無い話になった! ほら! もう府と県の境のショッピングモールでボケられないから別の話に持っていってんでしょ!」
佑助「そんなことないよ、そんなことばかり言っちゃうと寝ちゃうよ」
波留「鼻炎の薬は飲んでいないだろ!」
佑助「いやいや、最近の薬は眠気が出ないヤツもあるから、今の俺の寝ちゃうは完全なるふて寝の話」
波留「ふて寝ということはもうやんわり認めてるじゃん! そんなに広げられないこと認めてるじゃん!」
佑助「まあ認めてはいないけども、認めた認めていないという話に持っていくのってどうですか?」
波留「問いかけてないで、じゃあショッピングモールの話をしろよ!」
佑助「分かった分かった、ソチよ慌てるでない」
波留「急な殿様口調でなんとか一ボケ稼いでる! 一ボケ稼ぐ程度の小ボケはいらないから! 本編で大ボケかませ!」
佑助「境界線には奈良側にアルファベットでNARA、京都側にはアルファベットでKYOTOと書かれているんだよ。英語ってカッコイイよね」
波留「正直ちょっとダサいよ! 和な場所だからこそ漢字でいってほしかったよ!」
佑助「奈良は”んあら”とも読めるし、京都は”きょと”とも読めるし」
波留「いやボケろよ! アルファベット習いたての小学生が何か言ってるなぁ程度の文章はいらないんだよ!」
佑助「ちょっと提案なんだけどさ、奈良でオナラボケしていい?」
波留「聞くな! 一回!」
佑助「いやもう小ボケ中(ちゅう)の小ボケなんだけども、オナラボケを一回挟んでいい?」
波留「ボケをしていいか聞く漫才なんて聞いたことないだろ! したかったらしろよ!」
佑助「境界線に立ってオナラする時は、奈良側にお尻を向けてしたいよね」
波留「願望終わり! 理由でもボケろよ! 願望で終わるな!」
佑助「理由は、えっと、ごめんなさい、ウケたくて言いました……」
波留「ウケたくて言ったって漫才で言っちゃいけない台詞だよ! そんなん言ったら全部そうじゃん! 全部ウケたくて言ってるんじゃん!」
佑助「オナラと言ったらウケると思って……」
波留「この音源、幼稚園児に聞かす気なんか! 私はオナラじゃウケないよ! 基本的に!」
佑助「でも自信が無くて、やっていいか聞いてしまいました……」
波留「聞くからなおさらダメだったわけだしっ! 今度はもう聞くなよ!」
佑助「聞かない、聞くとハードルが若干上がってしまうことも分かったから。ところで、平城京と平安京でボケていい?」
波留「聞くなよ! 言ってるそばから聞くなよ! それはもう絶対に聞かなくていいボケじゃん! いやオナラボケも聞かなくて良かったんだけども!」
佑助「じゃあボケていいってことかな? ねぇ? どうかな?」
波留「下手になったんか! 急にド下手になったんか! こんな無駄な会話が多い漫才無いだろ!」
佑助「あの、結構、自信は、あるんだけどね……うん」
波留「何かを成し遂げてやる顔でこっちを見るな! ハードルがガン上がりしちゃってるんだけども大丈夫か!」
佑助「多分越えられるから、だから、やってもいいかな、平城京と平安京を逆にして言うボケ」
波留「じゃあダメだよ! その程度のボケならしないほうがいいよ! というかもうボケ言っちゃってる!」
佑助「でも、本番はもっとボキャブラリー豊富でエッジも利いているし、抑揚もあり、笑いどころも増えているし、最高に面白いと思うんだ……!」
波留「そう思ってるなら即出せ! 聞くな!」
佑助「でも、波留の、相方の意見が聞きたくて、ほら、世の中って民主主義じゃん」
波留「以心伝心という言葉もあるけどなぁっ! 特に相方なら以心伝心のほうがいいんじゃないのかなぁっ!」
佑助「いやいや最近は恋人同士だとしても了承が無いと行動できないし」
波留「急に何の話だっ! 漫才の話に戻すけども、正直そのボケには明日が見えないよ! どんなにその素材をうまく調理したとしても、泥団子が関の山だよ!」
佑助「いや信じてほしい、世の中には泥を高級コース料理に仕立て上げるシェフもいるから」
波留「いやまあ確かにそういうシェフがいるという話は知っているけども、佑助は決してそういうシェフではない!」
佑助「信じて……俺を、信じて……だから、ボケて、いいかな?」
波留「じゃあもうボケてみろよ!」
佑助「よしっ、いくよ……見てて、見ててね、俺がボケるところ、見ててね」
波留「いや見てるから早くボケろよ!」
佑助「いきます! 皆様、笑う準備をお願いします! 口に何かを含んでいる人は出すか飲みこむかして下さい! 吹き出してしまいますよ!」
波留「いやいらない! その前口上いらない!」
佑助「ボケ! 発信! 笑え笑え笑え笑え笑えぇぇぇぇぇえええええええ!」
波留「ダメだろ! そんなスタート!」
佑助「奈良は平安京コートと呼んで、京都は平城京コートと呼んでいます! いや逆逆つって逆逆つって! フ~! ハイ! ウケ!」
波留「性根の腐ったガチスベリじゃん! 何かもうそのショッピングモールも痛手をこうむったよ!」
佑助「つまり腐った芸能界を葬ったボケということでよろしいですね」
波留「引導渡したみたいに言うな! 佑助に引導が渡されてるよ!」
佑助「いやいやいや、ボケの説明しましょうか、じゃあ!」
波留「困るわ! こんな激スベを説明されても困るよ!」
佑助「まずね、奈良は平城京で、京都は平安京なんですよ、分かったか、幼稚園児よ」
波留「やっぱり相手は幼稚園児なんだ! オナラの時からそれは初志貫徹!」
佑助「で、それが逆という高度な笑い、ちょっと難しかったかな、芸能界には」
波留「芸能界で逆とかはベタ過ぎるだろ! 全然引導渡せてないからな!」
佑助「まあだいたいこんな実力なんだけども、今後も一緒に漫才してくれるかな?」
波留「聞くな! じゃあ嫌だよ! もういいよっ」
俺は録音をストップさせた。
「今日のニュースは本当これしかなかったの?」
波留は笑いながらそう言った。
「だから扱いやすいのはこれしかなかった」
「扱いやすい、ね……別に二人だけで楽しんでいるんだから扱いやすいも扱いにくいもないんじゃないの?」
「でもあんまり政治的なヤツだったり、悲しいニュースでは漫才しにくいじゃん。いや結構嫌なニュースで漫才したこともあったけどさ、基本はやっぱ悲しいニュースは嫌だからさ」
「まあそっか、悲しいニュースは嫌だもんねっ」
そう、悲しいニュースは嫌だ、でももうすぐ俺にも悲しいニュースは確定でやって来る。
波留がこの街からいなくなってしまう。
本当に告白してもいいのか、それこそ悲しいニュースではないか、ただただ重荷を背負わせてしまうのではないか……だなんて、まるで両想いのような言いっぷりを心の中でしてしまった。
別に片想いなら俺をフってそれでおしまいだ、いっそのことそれのほうがいい、変に波留を悩ませたくない。
じゃあいっそのこと告白しないほうがいいのか、波留のことを考えたらそうだろう。
でも俺はどうなんだ、これは俺の人生だ、波留の人生じゃない、でも俺は波留の人生の成功を一番に望む。
やっぱり俺の告白は邪魔なのかもしれない、でもそんな波留の人生に俺の人生が重なってほしいという最低なエゴがあって。
さっきのボケのように、告白していいか聞けないかな、一旦聞けないかな、聞いたらそれはもう告白と同義なんだけども、一回聞きたい。
いやそんな机上の空論にもなっていない超空論はどうでもいい、考えないと、本気で考えないと。
波留のことを、そして自分のことも。
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