18 残す

・【残す】


『二〇一九年 二月二十七日(水曜日)』

佑助「はいどうも、よろしくお願いします」

波留「千葉県で女性市議の選挙ポスターが百二十枚も剥がされるという事件があったらしいね」

佑助「これは完全に犯罪だね」

波留「まあそうだけども」

佑助「完全犯罪だ」

波留「ただの窃盗だけども」

佑助「犯人は大体分かっています」

波留「えっ、誰?」

佑助「新鮮なポスター屋さんの店主です! 剥がしたてのポスターを売っている新鮮なポスター屋さんの店主!」

波留「そんな店ねぇ!」

佑助「いや新鮮なポスター屋さんだよ、あれじゃないよ、プレミア付いている女優のポスター屋さんではないよ、新鮮なポスター屋さんだよ」

波留「まず新鮮なポスター屋さんってなんだよ!」

佑助「だから剥がしたての新鮮なポスターを売っているお店だよ!」

波留「一回貼ってる時点で新鮮じゃないだろ! 仮に新鮮なポスター屋さんがあるとしたら、それは工場から直で送られてきたポスターを売ってるお店だろ!」

佑助「確かに! じゃあ違うか……」

波留「認めるんだ! いやまあ認めざる得ないだろうけどもなっ!」

佑助「剥がしたてのポスターを落とし蓋にして、魚介を甘辛く煮付ける……いやこれは違うか」

波留「思考の狭間を口から漏らすな! その思考の狭間が妙過ぎるし!」

佑助「剥がしたてのポスターを筒状にして、その中を通るほうの流しそうめん……これも違うか」

波留「狭間が狭間過ぎるわ! もっと真芯を捉えろ!」

佑助「剥がしたてのポスターを習字の下敷きにして……これだ!」

波留「違うわ! まず剥がしたてのポスターって、剥がしたてに何かしらのアドバンテージを感じるな!」

佑助「いや剥がしたての良さがあるでしょ!」

波留「剥がしたてにプレミア感は無いよ! 貼ってないポスターにしかプレミア感は出ないよ!」

佑助「じゃあ剥がさなきゃいいじゃないか!」

波留「何かズレた叫びだな、剥がした悪いヤツがいるんだよ、そこは確定なのっ」

佑助「そもそも選挙ポスターを百二十枚も剥がすなんて、大口の客だね」

波留「何か良いように言うな、大口の客って良い取引先みたいに言うな」

佑助「根気も必要な行為だから、きっと真面目なヤツだろうね」

波留「いや真面目な人はそんなことしないから」

佑助「でも選挙ポスターだなんて相当真面目なモノを採取しているから」

波留「選挙ポスターにそんな真面目感を抱いたこと無いし、採取って言うな」

佑助「確かに採取って言うと、こんにゃくみたいでちょっと変か」

波留「多分昆虫な、こんにゃくは変すぎるだろ、野良のこんにゃくなんていないからな」

佑助「そうそう昆虫……そうだ! 昆虫だ!」

波留「いや昆虫の仕業のはずないでしょ」

佑助「そうじゃなくて! 昆虫採取のためにポスターを剥がさざる得なかったんだよ!」

波留「どういうこと?」

佑助「選挙ポスターに樹液を塗って、集まってきた昆虫をポスターごと持って帰ったんだ!」

波留「どういう発想っ? 選挙ポスターに樹液を塗るってどういうこと?」

佑助「いやだって昆虫を剥がし包み出来て便利じゃん」

波留「剥がし包みなんて言葉無いわ、発想が馬鹿すぎるから」

佑助「これじゃないかぁ、でもポスターに何か塗るのは惜しいでしょ」

波留「そんなこと無いと思うけども、剥がしたのちにペンで落書きはするかもしれないけども」

佑助「陰湿なこと考えるなぁ」

波留「いや! 一般論! これは一般論でしょ!」

佑助「俺が今考えていたことと比べたら相当陰湿だよ」

波留「じゃあ何よ! 佑助が考えていたことって何よ!」

佑助「ポスターにバターを塗ったことにより、野良の闘牛が『パンに塗れ』と怒って、角で剥がしていった」

波留「確かに陰湿ではないけども異常性は遥かに上!」

佑助「いや発想の既定路線でしょ」

波留「発想の既定路線って何! いや全然異常! 野良の闘牛って何! スペインにもいない! そんなん!」

佑助「でもいたら『パンに塗れ』って怒るでしょ」

波留「闘牛と乳牛は全然違うから! せめて乳牛が怒りなさいよ!」

佑助「でも乳牛には角無いじゃん、もしや腕で優しく剥がしていったとか言うなよ」

波留「乳牛の剥がし行為に関しては何も言わんわ! でも文に対しては言う! そんなことは絶対無い!」

佑助「えぇー、じゃあ犯人は一体誰なんだ……」

波留「普通に対立候補の支持者とかじゃないの?」

佑助「そんな! スポーツマンシップに則っていない!」

波留「スポーツマンかどうかは置いといて、犯罪って大体そうじゃない。何らかのシップには則っていないじゃない」

佑助「じゃあ剥がしたポスターはどうしたのかな?」

波留「燃やして捨てたんでしょ」

佑助「陰湿な発想だなぁっ! 普段からしてるヤツの発想だ! だから波留はラブレターとかも普通に燃やして捨ててるんだなっ!」

波留「そんなことしない! 普通にちゃんと読んで断るから!」

佑助「……えっ、もらったことあんの?」

波留「そっ……そこはいいじゃない! そりゃもらったこともあるけども、その話は別に良くないっ?」

佑助「あっ、あぁ、そうかそうか、ゴメンゴメン……読んで断って、燃やして捨てる、と」

波留「燃やさない! 最終的には捨てるけども燃やしはしない! 基本はシュレッダーに掛けて捨ててる!」

佑助「じゃあ剥がしたポスターはシュレッダーに掛けて捨ててる派でいいね?」

波留「いやまあじゃあ別にそれでいいけども、佑助はどうだと思ってるの?」

佑助「それは勿論剥がしたポスター屋さんに売・・・」

波留「というか佑助はラブレターもらったら、どうするの?」

佑助「いや! ラブレターの話はいいだろ! 別に! というかもらったことないわ!」

波留「ふ~ん……無いんだっ」

佑助「無いわ! 非モテ男子だからな! 波留のように人気者じゃないからな! だっ! だから選挙ポスターとか剥がされるのも人気あるからだよな! 憧れるよな! ハハッ! 選挙ポスターの話!」

波留「そんな焦んなくてもいいじゃん、で、ラブレターを書いたことは無いの?」

佑助「いや選挙ポスター剥がしの話! 妖怪・選挙ポスター剥がしの話!」

波留「そんな時代が生んだニッチな妖怪いないでしょ、佑助はラブレターとか書いたことないの?」

佑助「いやそれなら波留だって無いだろ!」

波留「……どっちだと思う?」

佑助「……いや波留は誰とも付き合ってないじゃん、えっ? 誰かと付き合ってんの?」

波留「今はまあ付き合ってないってことになってるけどね」

佑助「何その変な言い回し、というか今は……あっ、いやまあそうか、波留はモテてるから付き合ったことはあるんだ、いや、そりゃそうだろうけども、ハハッ……」

波留「何その顔、自分の非モテと比べられてそんなに悲しい? 声の録音だけじゃなくて佑助のその顔も録画したいなぁ」

佑助「いやいやいや、いやいやいや……」

波留「全然言葉出てないじゃん! 漫才だよ! 漫才!」

佑助「まあそうなんだけどもさ」

波留「……何? 私に彼氏いたら悲しい?」

佑助「馬鹿! そんなはずないだろ! 祝福するわ! お祝いに百二十枚贈るわ!」

波留「何をっ? 一万円札をっ?」

佑助「いや選挙ポスターを」

波留「いらない! 知らない女性市議の選挙ポスター百二十枚いらない!」

佑助「いやいや俺の選挙ポスターさ、プロマイドのような俺の選挙ポスターをやるよ」

波留「浮気を疑われるわ! 佑助のプロマイド持っていたら浮気を疑われるだろ!」

佑助「別れればいいじゃん、それをキッカケに別れればいいじゃん」

波留「いやでも浮気を疑われないかもなぁ、じゃあ大丈夫だわ、大丈夫っ、佑助のプロマイド持っていることは普通」

佑助「普通じゃないから! 幼馴染のプロマイド持ってたら普通じゃないだろ! というかプロマイドという言葉よく分かったな! 今日日使わないだろ!」

波留「そりゃずっと佑助と一緒にいるんだから、佑助の語彙くらい分かるよっ」

佑助「中学に入ってからはあんまり絡み無かったけどな」

波留「それはさ、佑助が私のこと避けていたんじゃん」

佑助「避けてはいないわ」

波留「いや避けてた、私のリア充オーラに押し負けているのか何なのか、俺とは関わらないほうがいい的な感じでいたじゃん」

佑助「そっ! そんなことないわ!」

波留「意外と寂しかったから」

佑助「……いやオマエはいつも友達に囲まれて寂しくないだろ」

波留「寂しかったよっ」

佑助「じゃあそんな明るく言うなよ!」

波留「今は寂しくないからねっ」

佑助「そうか、じゃあ、まあ、それならいいけども……」

波留「急に歯切れ悪くなるじゃん」

佑助「いやだって急に波留が変なこと言うから!」

波留「ラブレターとか変なボケしたのは佑助じゃん、だからからかっただけ」

佑助「変なボケでも無かっただろ……」

波留「まあ彼氏ねぇ、ずっといたら良かったんだけどもなぁ」

佑助「……やっぱりいたことあんの?」

波留「そりゃまあ私は可愛いからね」

佑助「だっ、誰?」

波留「佑助の知ってる人」

佑助「俺の知ってる人……柏木? アイツ、カッコイイもんなぁ」

波留「ううん、違う」

佑助「えぇっ? 俺ってめっちゃ陰キャだからもう知ってる人なんていないぞ!」

波留「悲しいツッコミをあげるなっ」

佑助「誰だろうな……って漫才! 漫才はどうしたんだ!」

波留「漫才はじゃあもういいよっ」

佑助「じゃあて!」

波留「もういいよっ」


 波留が録音をストップさせた。

「何か、変な音声になっちゃったな、消しちゃうか、この音声は」

 俺がそう言うと、録音機をパッと波留は手に取って、

「いやこれは絶対残す!」

 と言って、頬を膨らませた。

「残すの?」

「残す! これは残す! 絶対に!」

 何でそんなに残したいのか分からなかったし、むしろ俺としては波留の誰かとの恋の話が入っていて、マジで消したいんだけども、仕方ないので、残すことにした。

 あぁ、今聞いた記録は消したいな、というか記憶から消したい。

 波留は誰と付き合っていたんだろう、悶々としながら今日は過ぎ去っていった。

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