17 必死になってしまって
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・【必死になってしまって】
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『二〇一九年 二月二十六日(火曜日)』
佑助「はいどうも、よろしくお願いします」
波留「山形県河北町の溝延地区の総会があって、そこで小玉の餅を飲みこむ伝統芸能があったらしいね」
佑助「餅をかまずに、わんこそばの要領でどんどん食べていくってすごい」
波留「ピンポン球サイズのつきたての餅を、日本酒で潤した喉で飲みこんでいくってもはや狂気だよね」
佑助「この漫才、まだどっちもボケていないからね。んで、それやるのが大体五十歳から八十歳の人達というモラルハザード」
波留「まあ会の人達がそのくらいの年齢だから。誰がいつ始めたかは分からないけども、その地域では農業の節目ごとに食べるんだってね」
佑助「俺も節目節目で餅を飲みこもうかな」
波留「何を見習おうとしてんだよ」
佑助「一日の終わりを餅飲みこみで締めようかな」
波留「毎日したらさすがに危険度が増すわ、その会では未だに無事故らしいけども、毎日やったら危険だわ」
佑助「お風呂の水で喉潤しながら」
波留「風呂場でやろうとするな、というか汚いだろ、お風呂の水は」
佑助「でも波留のお風呂場でやるとしたらどうかな?」
波留「変態感が出てくるわ! 私の残り湯も普通に汚いから!」
佑助「いや波留の家では一番風呂で」
波留「何の醍醐味があるんだよ! いや私の残り湯という醍醐味はキモ過ぎるけども、一体何の醍醐味があるんだよ!」
佑助「そこで醍醐味という語彙が出てくるところ、ちょっと変態っぽいね」
波留「まず波留のお風呂場という単語が出てくるところ、一番変態っぽいだろ!」
佑助「まあ風呂場というのは嘘で、実際は自分の部屋の濡れティッシュで喉を潤して」
波留「どうやるんだよ! 濡れティッシュで喉奥に水分を塗るのか! 普通に水でいい! そこは!」
佑助「いやでも向こうは日本酒だぞ、こっちも贅沢したいんだよ」
波留「じゃあジュースにすればいいじゃん、そこで謎の贅沢をしたいんなら」
佑助「餅にジュースは合わないじゃん」
波留「割とオーソドックスに合うわ、餅だって味付けて食べるわけだから、そこで甘い味にすればいいじゃん」
佑助「じゃあぶどうジュースに、ママレードで餅を食べるってか、味覚がどうなってんだよ!」
波留「普通の味覚!」
佑助「餅には岩塩一択だろ!」
波留「そんなことないよ! むしろ日本はあんまり岩塩とれないから合わないくらいだよ!」
佑助「餅を飲みこんで、その後に追いかけるようにゴツゴツの岩塩を飲みこむんだろ!」
波留「いや岩塩は削れよ! 何、岩サイズの岩塩を丸飲みしようとしてんだよ! 餅の丸飲みが薄くなるだろ!」
佑助「そしてさらに香り付けに、根がついた状態のバジルの苗を飲みこむ!」
波留「葉一枚だけでいい! バジルを苗でいくな!」
佑助「勿論根には土が付いている新鮮さ」
波留「土飲みこみになってる! 一日の締めに毎日土を飲みこむヤツになってる!」
佑助「土についていたミミズで喉を潤す!」
波留「気持ち悪さがすごいな! 私の残り湯よりも気持ち悪くなるとは!」
佑助「どこがダメだった?」
波留「あえて一つ言うならば、喉をミミズで潤すところかなぁ」
佑助「序盤じゃん」
波留「いや最後だったけどね」
佑助「じゃあどうしようかな、どう飲みこもうかな」
波留「まずさ、餅を飲みこめるの? 出来なかったら話にならないよ、マジで」
佑助「いや餅を飲みこむなんて簡単だよ、要はお茶漬けかき込むみたいなもんだろ?」
波留「全然違うわ、餅を飲みこむって、喉をスポンスポンと何かが通る感覚だから、多分」
佑助「ちょっと想像でやってみるわ、今から」
波留「うん、とりま想像だけでもやってみるべきだと思う」
佑助「ピンポン球サイズの餅……おぇぇえええええ!」
波留「いやもうダメじゃん! 想像の時点でその催し力はダメじゃん!」
佑助「米粒じゃない……!」
波留「そりゃそうだよ! 米粒では全然無いよ! お茶漬けじゃないからな!」
佑助「撃ち込んでくれ……」
波留「えっ、何?」
佑助「撃ち込んでくれ……」
波留「……撃ち込んでくれ?」
佑助「そう、卓球のラケットで餅を叩いて俺の喉に撃ち込んでくれ」
波留「いや餅もラケットも無いからそれは無理だけども」
佑助「想像でいいんだ、撃ち込んでくれ」
波留「想像で? まあ想像でいいならやってあげるけども。でも実際は多分卓球のラケットで餅を叩いても飛ばないだろうけどもね、べちゃってなるだけだと思うけども」
佑助「今はまだ想像の段階だから、想像で撃ち込んでくれ」
波留「じゃあいくよー、えい」
佑助「あががががあああああっ、ぺぇぇぇっっっ!」
波留「多分喉に詰まってなんとか吐き出した!」
佑助「喉チンコがめちゃくちゃガードするんだけども、どうしたらいい?」
波留「そりゃもう分かんないよ、飲みこむ勢いもつけるしかないんじゃないの?」
佑助「いや喉チンコのバリア感半端無い! 光化学だよ! 喉チンコは光化学!」
波留「光化学の何なんだよ、そこは光化学じゃないし」
佑助「そこはじゃない! ノー・ノ―・ノー! リピート・アフター・ミー! 喉チンコは光化学!」
波留「言わそうとするな! 趣旨が変わってきてるだろ!」
佑助「もう喉って言わなくていいからさぁっ!」
波留「ここにきて気持ち悪さが出てきた!」
佑助「喉をミミズで潤すとどっちが気持ち悪い?」
波留「喉をミミズで潤すほうが気持ち悪いわ!」
佑助「結構強いな、ミミズ、でも頑張って勝ちます!」
波留「勝たんでいいし、勝とうとして中途半端に気持ち悪いボケを連発されたら困る」
佑助「なるほど、勝つなら一発で、というわけだ」
波留「そんな風に言った覚えは無いけども」
佑助「ピンポン球サイズの餅をどんどん飲みこむって気持ち悪いよね」
波留「根本で越えようとしてくるな! あとそれは気持ち悪いとかじゃないから! 伝統だから!」
佑助「でも誰が始めたのか分からないって、かなり怖くない?」
波留「まあ全体的に怖いは怖いけども! 気持ち悪いじゃなくて怖いだから!」
佑助「でもわざわざそんなことするために、お手伝いの女性に餅をちぎってもらうってかなり怖くない?」
波留「確かにそれも怖いけども、自分で食う分は自分でちぎっておけとも思うけども、そんなことで女性を使うなって思うけども」
佑助「日本酒で喉を潤すという発想も怖くない? お酒を飲む口実にもしているじゃん」
波留「そのものの悪口を言うな!」
佑助「あと誰が始めたのかもわからないことを伝統にして、ずっとやってるって怖くない?」
波留「伝統って大体そういうもんだろ!」
佑助「喉をミミズで潤すとどっちが怖い?」
波留「喉をミミズで潤すほうが怖いわ!」
佑助「ミミズという単語がトップクラスの怖いワードだからなぁ、ちょっとハードルが高くなっちゃいましたよね」
波留「何の専門家だ!」
佑助「でもまあ喉をミミズで潤すって、ただの想像なんだけども、マジな話、ただの俺と餅飲みこみ、どっちが怖い?」
波留「佑助そのものは何も怖くないから、餅飲みこむのほうが怖くなるわ!」
佑助「いや俺も怖いけどね、かなりのワルだから」
波留「全然違うわ! これから進学校に通うヤツの何がワルなんだよ! 勉強する気満々なだけじゃん!」
佑助「俺が勉強する気満々なことはいいとして、ワルはワルだから」
波留「どこが! そんなピアスも開けず、第一ボタンも開けず、品行方正の普通のヤツだろ!」
佑助「でもズボンのチャックは開けているから」
波留「じゃあワルじゃない! 変態だ! 確かに佑助は変態だっ!」
佑助「俺の変態性は置いといて、とにかくワルだから」
波留「じゃあどこがワルなんだよ! 今のところ、むっつりユースケベってところだからな!」
佑助「いやもうワルだね、ワル、むっつりワルだね」
波留「そんな言い方はしないけども、エピソードの一つや二つ出してみなよ」
佑助「まず伝統的な行動を悪く言う」
波留「今っ? 今の話?」
佑助「だって、伝統だよ? 伝統を悪く言うって相当ワルだから」
波留「いやまあニュースになるくらい変な伝統という意識は、向こうにもあるだろうけどもね」
佑助「まあこんなところかな」
波留「少なっ! 虚無に等しい!」
佑助「いやかなりワルだったでしょ、あとはもう無いけども」
波留「あとはもう無いけども、に、自分のダメ感が出ちゃってる! もういいよっ」
俺は録音をストップさせた。
波留はすぐさまツッコんだ。
「いや喉をミミズで潤すて! なかなか気持ちの悪いパワーワードが出たなぁ!」
床に座った姿勢で両手を後ろについて、体を反るようしながらそう言った。ストレッチでもしてんのかな。
まあいいや、そんなことよりも気になったことは聞こう。
「気持ち悪いのとかは、どうかな。やめたほうがいいかな?」
「何そんな必死になって」
必死になって……どうやら俺は無意識に早口で言っていたらしい。
いやまあ確かに気持ち悪いワードってどうなのかな、心底気持ち悪いと思われていたら嫌だな、と、少し心の中で思っていた部分もあったけども。
「別にボケなんだから全然気にしないよ」
いつもの笑顔の波留がそこにいた。
というかそうか、必死になっていたか、波留に嫌だと思われることが怖くて必死になってしまっていたのか。
当たり前だ、波留が本気で不快に思ってしまうようなことは言いたくない。今日という日が嫌な日にならないように。
波留は少し俺の顔を覗く感じで、
「というか別にやりたいボケを適当にやって大丈夫だよ? 別に、私、佑助好きだし」
「えっ」
咄嗟に生の『えっ』という声を反射的に出してしまった。
それは……と、俺が次の言葉を考える前に波留は、それこそ早口でこう言った。
「ボケがね! ボケが! あと雰囲気とか! 一緒にいることとか! 別に佑助そのものが好きではないしさ!」
俺はこの早口の中に入っていた『一緒にいることとか』が妙に引っかかった。
いや、引っかかったというかなんというか、すごく良い解釈をしてしまっていた。
何回も、そんな自分の都合がいいことを言われたわけじゃない、と、心に言い聞かせても、それでも良い解釈をしてしまう。
一緒にいることが好きって、それはもう告白なんじゃないかな、と、馬鹿な解釈をしてしまうんだ。
ただ仲の良い幼馴染という意味で言っているに決まっているのに、こんな解釈しか出来ない非モテ男子なんだ、俺は。
今、家の中で何度も何度も良い解釈をして、その度に眠れず、ベッドの上で横たわっている。
否、ベッドの上で掛け布団をギューと強く抱いている。
そうだ、やっぱり最後は告白しかない、そんな気持ちが強くなっていく。
でも二人で漫才をただしている時だけは、そういう気持ちが強くなり過ぎず、できるだけ波留を楽しむような漫才ができればいいな、と、思っている。
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