16 あと十日

・【あと十日】


『二〇一九年 二月二十五日(月曜日)』

佑助「はいどうも、よろしくお願いします」

波留「バスケット男子が十三年ぶりにW杯出場決めたみたいだね」

佑助「十三年ぶりと言えば、俺が今日、何かを茹でたのも十三年ぶりだからさ、それと同等の価値があるね」

波留「全然違うわ! 何で佑助が何かを茹でたこととW杯出場が同等の価値なんだよ!」

佑助「でも茹でたんだぞ、何かを」

波留「まず何をだよ! 今日なんだから覚えているだろ!」

佑助「何か、見たこと無い合金みたいなヤツを」

波留「そんなもん茹でるな! 卵とかにしろ!」

佑助「でも『茹でて、茹でて』と脳の内部に訴えかけてきて」

波留「何その妖精との対話の始まりみたいなヤツ!」

佑助「で茹でたら『茹でたねぇ』って言って、それからはもう音沙汰無し」

波留「何だそのつまらない話! 嘘にしても何も無さ過ぎでしょ!」

佑助「でも真実ってその程度だよね、結局」

波留「変な真実だな! 真実の変さは結構あるけども、内容はつまらない! そんなことあるんだね!」

佑助「何でもかんでも不思議な出来事だからって面白いとは限らないんだよね、ほら、W杯出場も不思議な出来事だけどさ、面白くないでしょ」

波留「不思議な出来事じゃなくて実力だし、面白いわ! 全て真逆!」

佑助「いや勝って当然だから面白くないでしょ」

波留「そう言われるのは決して悪いことじゃないけども、十三年ぶりという状況を考えると嫌味だわ!」

佑助「それより俺の最初の茹で話を聞きたくない?」

波留「そんなには聞きたくないけども、でもよくよく考えると、今私たち中三で十五歳だから、十三年ぶりに茹でたということは二歳の時に何かを茹でたってことだよね。それが本当ならすごいね」

佑助「二歳の時はまだ面白くないから料理男子だったんだ、俺」

波留「二歳の料理男子は面白いわっ」

佑助「普通に卵なんて茹でちゃってて」

波留「いやそれがいいよ、今の、今日のヤツはもう全然ダメだよ、ゼロ点だから」

佑助「同時にパスタも茹でたりしてさ」

波留「料理男子感が強いね、それは。二つのモノを同時に茹でるって料理男子感ある」

佑助「枝豆も同時に茹でて」

波留「あっ、枝豆の青臭さがパスタに良くない感じに移る。それはちょっとダメだね」

佑助「この時はまだ二歳だったから、手際さえ良ければなんでもいいと思っていた時代だから」

波留「まあそれはそれで早熟な考え方だけども」

佑助「見たこと無い合金みたいなヤツも茹でて」

波留「あっ! 当時からもうダメなヤツ! それは茹でちゃダメなんだって!」

佑助「でも『茹でて、茹でて』と脳の内部に訴えかけてきて」

波留「全く同じセリフ! 二度目だったんだ! 二度目なら今日のほうはやめとけよ!」

佑助「で茹でたら『茹でたねぇ』って言って、それからはもう音沙汰無し」

波留「そしてさらに全く同じ! じゃあもう今日のヤツはやめとけよ! マジで!」

佑助「いやでも脳の内部に訴えかけてきた声が違う声だったからさ」

波留「というか茹でていた記憶諸々、二歳の時のこと覚えているってすごいね!」

佑助「だって十三年前だよ、バスケット男子のW杯の記録だって残ってるしさ」

波留「長い長いバスケット史と、十五歳の自分史は全然違うだろ!」

佑助「俺正直ゼロ歳の時から覚えているよ」

波留「すごい、一部の天才じゃん」

佑助「初めて喋る言葉とか悩んだなぁ、なんて喋ろうかなと深く深く考えたよ」

波留「あれってつい出た言葉じゃなくて、悩んで出しているんだっ」

佑助「当たり前じゃん、なんせ初めて喋る言葉だから、親にとってはプレミアでしょ?」

波留「めちゃめちゃ考えてる! 流石天才じゃん!」

佑助「いやいや、みんな赤ちゃんはそうなんだって、そのことを忘れているだけで当時はみんな考えているんだって、波留だってそうだよ」

波留「えぇー、そうだったのかなぁ、私もそうだったのかなぁ」

佑助「波留も考えて考えて、熟考の末『味噌すき焼き』って言ったんだよ」

波留「私”味噌すき焼き”って言ったのっ? どんな思考回路! 知らない郷土料理みたいな! というか何で佑助が知ってるの!」

佑助「いやだって俺たちはお隣さんで家族ぐるみの付き合いしていたから、その場にたまたま居合わせていたんだ」

波留「まあ一応破綻はしてないわね、ありえると言えばありえる」

佑助「波留が俺に言ってきたんだよね、味噌すき焼きと味噌ラジオどっちがいいって」

波留「私相談してたのっ? ……って言ってる! もう喋っちゃってるじゃん! それだとっ!」

佑助「いやだからその最初の”味噌すき焼き”を今切り取って教えたんだよ」

波留「じゃあその場合は『味噌すき焼きと味噌ラジオどっちがいい』だろ! 本当だとしたらねっ!」

佑助「本当は本当だし、まあ確かにそう言えば良かったな」

波留「というか味噌ラジオって何っ!」

佑助「そこは俺も聞いた、ハッキリと味噌ラジオって何って聞いた」

波留「……もしかすると、その聞いた言葉が佑助が初めて喋った言葉?」

佑助「いや俺はその前にもう喋っていたから」

波留「良かったぁ、味噌ラジオって何という言わせてしまったことが最初だったら、ちょっと罪悪感あるもん」

佑助「で、波留曰く、味噌ラジオというのは、味噌をかけたラジオだってさ」

波留「当時の私なんなんっ! 何でラジオに味噌をかけるんっ?」

佑助「音量を小さくするためだってさ」

波留「つまみを下げろ私!」

佑助「つまみを下げるという発想はまだ無かったみたいだね」

波留「だからって味噌をかけるという発想になるとはっ!」

佑助「まあこれが波留の最初に喋った言葉だね」

波留「いや親にとってプレミアのはずの最初に喋った言葉を、馬鹿なことで消費しちゃってる私!」

佑助「馬鹿だなぁ、とは思ったよ、当時の俺、天才だったから理解していた」

波留「だからって馬鹿だってきちんと思うな! じゃあ佑助はすごく高尚なことを言ったんだろうね!」

佑助「まあママとパパ、どっちにしようかなって」

波留「それがいい! それが一番良い! どんな高尚なことよりもそれが一番良い悩みだわ! いいなぁ! 私にもその二択を考える能力があれば!」

佑助「でもどっちが先とかだと角が立つからさ、両親でいこうかなと思ったんだ」

波留「両親ね、それはまあいい考えだと思う」

佑助「でも急に両親って言っても伝わるかなと思ったんだ、文脈無く急に両親って単語で言われても、ちょっと分かりづらいじゃん」

波留「まあ確かに、文字面とかだと分かりやすいけども、急に両親と言われても分かりづらいと言えば分かりづらいわね」

佑助「だから親族にしようかなと思って」

波留「親族! 大丈夫っ? 天才をこじらせてないっ? ちょっとニュアンスおかしくないっ?」

佑助「でも天才ってこじらせているものだからさ、親族って言ったんだよね」

波留「あぁー、親族って言っちゃったんだー、何かちょっと違うんだよなぁー、親族じゃっ」

佑助「で、出た言葉が”品良く”ね」

波留「……品良く?」

佑助「そう、今日はお客さんが来ているから品良くしていないさい、の、品良く」

波留「いや出た言葉違う! どうして!」

佑助「脳内は天才だったんだけども、滑舌が常人レベルで、親族が品良くになってしまったんだよね」

波留「まあ最初に喋る言葉だからねぇ、最初だから思った滑舌が出来なかったわけだ」

佑助「品良くだとさ、もう、前後の文脈が無いと何だか全く分からないじゃん」

波留「そりゃそうだ」

佑助「だからまだ喋っていない判定されてしまったんだ」

波留「そうなるかぁ」

佑助「だから俺、まだ喋っていないんですよ」

波留「それは違うわ! その後、判定されてしまったヤツが最初に喋ったヤツだよ!」

佑助「じゃああれかな、波留の家に行くってなった時、相槌のようについポロリと出てしまった『波留』という言葉かな」

波留「私っ? 最初に喋った言葉、私っ? 何、ちょっとその、どう反応していいか分からない話!」

佑助「心の中で波留の家かぁ、と思いながら、つい出た波留が最初の言葉だよね」

波留「そうだったんだぁ! じゃあその時の両親の反応はどうだったのっ?」

佑助「怪訝な表情でした」

波留「何かゴメン! 私の名前で滑らせてゴメン!」

佑助「で、その日の一時間後に『味噌すき焼きと味噌ラジオどっちがいい』を聞いて」

波留「そう言えば私のその時の滑舌はどうだったっ? ふがふが言ってればノーカウントにできるじゃん!」

佑助「いやもう完璧な滑舌だったよ」

波留「チクショウ! その時から私は心身良好だなっ! 健康的だなっ!」

佑助「だからそこへの憧れは常にあるよね、その滑舌の良さには」

波留「滑舌だけ憧れられても困るけども」

佑助「いやでも実際健康的で素晴らしいと思うよ、波留は」

波留「何さ、急に褒めて……」

佑助「女子サッカーの十三年ぶりのW杯出場、期待しているよ!」

波留「いや結構最近に優勝したばっかだわ! もういいよっ」


 俺は録音をストップさせた。

「今日はその、下ネタ無かった、ね」

 小さく何かに頷きながら喋る波留。

 無かったことを噛みしめているのか、何なのか。

 俺は普通に答える。

「いや漫才やめるとか言われたから、どうせさ、こうやって漫才するのも、あと十日しか無いんだから」

「あっ、知ってるんだっ……」

 口を真一文字にし、黙るように俯いた波留。

「うん、今日学校に行ったらさ、波留が引っ越しの準備する話が流れてきて、三月五日に卒業式があって、次の日の三月六日にはもう引っ越すんだろ?」

「ぅん……」

「じゃあ真面目に漫才したほうが得だなぁって思って」

 真剣な表情で俺を見てくる波留は、

「漫才したほうが得なんだ、佑助は」

「勿論、波留とこうやって漫才している時、めちゃくちゃ楽しいから」

「私も楽しいからさ、その、佑助も、もっと言葉選ばずに楽しんだほうが楽しいだろうから、別にちょっとくらいは下ネタ言っても大丈夫だからね」

 そう言って、優しく微笑む波留。

 でもどこか悲しそうな雰囲気を目の奥に浮かばせていた。

 寂しいのか何なのか、波留も寂しいと思ってくれているのだろうか、このまま終わりなのだろうか、終わりなのだろうな、このままなら。

 俺は、本当はどうしたいんだろうか、楽しい思い出のまま散っていきたいのか、それとも最後に、最後にやっぱり告白がしたいのだろうか、分からない、分かっている、告白を成功させたいと思っている。

 告白がしたいのではない、告白を成功させたいんだ。

 でもどうすればいいのか、この調子でいいのだろうか、この調子でいくしかないのだろうな。

 ちょっとでも楽しいと思ってもらえるように頑張るしかないのだろうな。

 どう頑張ればいいのだろうか、より面白いことを言う? 漠然として難しいことがどうやら解だ。でもやるしかない。

 この日々がとても楽しくて、失いたくないことと思ってもらうために。

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