15 ドキドキ

・【ドキドキ】


『二〇一九年 二月二十四日(日曜日)』

佑助「はいどうも、よろしくお願いします」

波留「とあるお寺でアンドロイド観音というモノを作ったらしいね、開発費一億円で」

佑助「バンドエイド観音ね」

波留「いやアンドロイド観音、すごく傷の治りが早そうなヤツじゃない」

佑助「アンドーナツ観音ね」

波留「どんだけ心が安らぐ甘みのアンドーナツ、違うって、アンドロイド観音」

佑助「ハンドハンド観音ね」

波留「サッカーの試合でハンドを主張する選手の代わりに主張してくれる観音じゃない、アンドロイド観音」

佑助「サンドイッチ千手観音ね」

波留「全ての手にサンドイッチを持っている観音じゃない、アンドロイド観音!」

佑助「ハンドハンド千手観音ね」

波留「千二本の腕がある千手観音じゃない! アンドロイド観音だって! まずいつからか千手観音になってる! 観音だけでいいのっ!」

佑助「ノーマルの観音?」

波留「観音にそんな言い方するな! とにかく通常の観音!」

佑助「観音」

波留「うん、まあ観音は言えてるんだよね、毎回。で、アンドロイド」

佑助「半泥家(ハンドロイエ)?」

波留「半泥家って何っ、半分泥の家って何? アンドロイド! 知らない? アンドロイドって。知らないからアンドロイドという言葉が言えないのかな?」

佑助「アンなんとかって、どういうの?」

波留「模範的に聞き取れてない! そこまでそうだと清々しいよ! アンドロイドというのはね、人間のようなロボットって感じかな」

佑助「あぁ、あのエッチなヤツね!」

波留「それだけじゃないからぁっ! アンドロイドってそれ用のヤツじゃないからぁっ!」

佑助「アンドロイド官能ね」

波留「アンドロイド観音! そんな言葉知りたくない! そんな世界知りたくない!」

佑助「アンドロイド官能については三夜連続で語れます」

波留「語らんでいいし、語るなら夜だけにするな! 昼も勝手に語ってろ!」

佑助「で、何の話?」

波留「アンドロイド観音の話! 現代人に仏教を分かりやすく説く観音ができたという話!」

佑助「それちょっと興奮するね、詳しく教えてよ、中三の男子は必聴の内容だなぁ」

佑助「多分佑助が思ってるヤツじゃないよ! 説法だからね! 説法!」

波留「鉄砲だなんて、男子はガンマンとか好きだから」

佑助「説法! 鉄砲じゃなくて説法! 心の安らぎを説くのっ!」

波留「あっ、猥談のほうね」

佑助「中三の女子にそんな単語を放つな! そんな鉄砲を放つな!」

波留「猥談という言葉だけでそんな反応、ちょっと逞しすぎるよ」

佑助「逞しいって言うな! 筋肉以外で逞しいって使うな!」

波留「いや波留の筋肉が逞しいだなんて、流石の俺でも言わないよ、嫌がっているわけだし」

佑助「じゃあそういう単語も言うなよ! 嫌がってるだろ!」

波留「そういう単語は何か自然と出ちゃうんだよなぁ、中三の男子だから」

佑助「中三の男子という事実に甘えるな! 大丈夫! きっと出さないで生活出来るからちょっとは頑張ってみよう!」

波留「で、アンドロイド観音は何するんだっけ、セッポンだっけ、セッポン」

佑助「……いやそれは下ネタがどうか判定出来ねぇわ! セッポンは単純に知らないわ!」

波留「俺が考えたエロそうな単語です」

佑助「知らねぇわ! その感性無いわ! というか言うな! そんなもん!」

波留「で、説法の他にどんなことをしてくれるの?」

佑助「普通に説法って言えるんじゃねぇか、やっぱり……というか、してくれるって、別にエッチなこととかしないからねっ!」

波留「あっ、いや、そこは別にそんな発想無かったけども……うわぁー」

佑助「いや! いやいやいや! 私にヒクなよ!」

波留「どこまでも下ネタだと思う感性はちょっとヤバイと思います」

佑助「違う! それは違う! 流れで! 流れでなんかそう思わせるようなことを佑助が言ったのっ!」

波留「何かエロいモノを規制しようと言ってくるヤツみたい、何でもエロいモノに感じてしまっているじゃん、みたいな」

佑助「全然違うし! というか絶対佑助が誘ってたし! いや誘ってたという言い方もちょっとアレか! いやまあとにかく!」

波留「あの、誘っていたは別にそういう言い方ではないので、大丈夫なんですけども、あ、あぁ……」

佑助「めちゃくちゃヒいてる! やめて! そういうイジリはナシ! 私をそういうイジリするんなら、もう漫才なんてしないんだから!」

波留「ゴメン、ゴメン、ちょっとイジワルな心があったことを認めるよ」

佑助「あったんかいっ! ほらぁっ! もう! 絶対やめてよねっ! そういうのはっ!」

波留「分かりました、ヒクことは止めます」

佑助「いやハッキリ言うけど最近下ネタみたいなのも多くなってきたから、それも止めてほしい!」

波留「でもまあ中三の男女って普通にこういう話題で盛り上がったりするけどね、陽キャ組は」

佑助「佑助はそうでもないでしょ!」

波留「いやもう波留と一緒にいる時だけは陽キャのつもりでやらさせて頂いています」

佑助「な……何その特別感! 止めてよ本当に! えっ? 私って佑助にとって特別……?」

波留「とくべつ……いや! いや! 別にっ、あのっ! 男友達みたいな存在、か、かなぁ?」

佑助「……! いや何それ! 馬鹿じゃないのっ! 全然違うし!」

波留「……えっ?」

佑助「……あっ、まあ全然違うわけではないけども、まあ男友達みたいで全然構わないけども、下ネタナシの男友達みたいな感じにしてよ」

波留「ハハハ、何を言っているんだ、下ネタナシの男友達なんて存在しないよ」

佑助「ある! それが私!」

波留「いやいやまあ分かったよ、つい男友達だと思って下ネタを言ってしまうこともあったけども、これからは”ここぞ”という時だけにするよ」

佑助「ここぞという時なんてねぇからなぁっ! 全くもう、何で男子ってそういうところがあるのかなぁ……」

波留「日常の延長線上だから、いつも考えていることがつい出てしまうみたいな感じかな」

佑助「馬鹿じゃないのっ! いつも考えてるって! 佑助は本当ユースケベじゃん!」

波留「男子は結構そうなんだって」

佑助「そうなのっ? みんなそうなのっ?」

波留「そう、男子は皆そうだと言って過言じゃないね、俺こと、アンドロイド官能の説法を信じてくれ」

佑助「いや佑助がアンドロイド官能だったんかい! いつの間にか変なヤツの変な説法聞いちゃっていたよ!」

波留「開発費一円の」

佑助「じゃあもう佑助そのものじゃん! アンドロイドじゃないじゃん!」

波留「アンドロイドのフリした人間です」

佑助「自白した! 逆にその一円って何なんだよ!」

波留「波留にそういう発言をする度に一円波留にあげる、という意味です」

佑助「罰が軽いっ! もっと金を払え!」

波留「じゃあとりあえず今日の分ね、はい百円」

佑助「いや流石に百回もそういう発言はしてないだろ!」

波留「実はしていました」

佑助「そんな私の知らないような、いやらしい単語が山ほどあったのか! いや私はそもそもいやらしい単語そんな知らないけども!」

波留「波留でさえ知らない単語がありました」

佑助「いやだから私は知らないほう! あの波留でさえ、みたいな言い方しないでよ!」

波留「まずバンドエイドね」

佑助「いやそこは別にそういう単語じゃないでしょ」

波留「傷という単語が絡んでいますが、傷って舐めるでしょ、いや舐めるて!」

佑助「こじつけだよ! こじつけの上に気持ち悪い! そして若干つまらないよ! 発想が飛んでるようで実はあまり飛んでないよ! 近間に一歩進んだ程度の発想力だよ!」

波留「アンドーナツもまたこれはいやらしい単語でしたね」

佑助「そもそも何だこの解説をしていく・くだり! いらねぇよ!」

波留「甘いはエロい」

佑助「そんなことねぇよ! そんな北大路魯山人の”甘いは旨い”みたいに言うな!」

波留「そしてなんといっても俺ね、俺」

佑助「何、どういう意味?」

波留「俺という存在自体が既にエロいから、一緒にいるだけで一円が溜まっていくよね。ゴメン、ゴメン、オトナでゴメン」

佑助「いや別に佑助そのものは別にエロくないよ! 大人の色気が漂ってるよね、みたいな表情されても困るから!」

波留「オトナで、マンスー」

佑助「マンスーっ? 何それっ! それも何かそういういやらしい単語なのっ?」

波留「いやこれはスマンの業界用語」

佑助「もう今日は結構意味分かんないな! もういいよっ」


 俺は録音をストップさせた。

 今回はすぐに波留が喋りだした。

「いやもう佑助! 本当あんまりそういう単語ばっかりだと漫才しないからねっ!」

 前髪を激しく揺らしながら怒る。

 おでこに前髪がバツバツ当たるので、大きな音が鳴れば、でんでん太鼓みたいだなと思った。

 その流れで波留は溜息をつき、少し俯いてから、

「昔の佑助は可愛かったのになぁ」

 と聞こえるか聞こえないかぐらいの音量でポツリと呟くように言った波留がまず可愛すぎるので、少し焦ってしまい、つい声を上滑らせながら喋り出してしまった。

「あのっ! いや! えっと……まあ、善処します……」

「善処しますって何! あんまりやんないヤツの台詞じゃん! この漫才はさ! あくまで息抜きなんだからドキドキさせるのはナシねっ!」

 ……ドキドキさせるのはナシ……ドキドキさせる? ドキドキしてんの? ドキドキって、どういう意味のドキドキ?

 聞きたい、というか漫才の流れなら勢いで聞いているけども、今は何か、聞きづらい、聞いて変な感じになって漫才はもう終了ってなったら怖いから、でも聞きたいな、聞けないな、俺のようなチキンじゃ聞けない、所詮漫才中以外は陰キャといったところか、漫才中以外は今の関係性に戻ってしまうような、そんな感じ。

「全く……佑助って本当しょうがないヤツだなぁ」

 そう言いながら窓のほうを、俺の顔が瞳に映らないほうを向いた。

 その向いている時、一瞬見えた波留の表情は、やけに柔和で、呆れつつも笑っているようにも見えた。

 嫌じゃないのかな、嫌なのかな、ただただ本当に呆れているだけなのかな、聞きたいな、聞けないな、今日もこの距離のままだ。

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