12 可愛いって言ってみた
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・【可愛いって言ってみた】
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『二〇一九年 二月二十一日(木曜日)』
佑助「はいどうも、よろしくお願いします」
波留「コンビニのフランチャイズ店が深夜の営業を辞めたことが問題になっているらしいね、二十四時間営業が原則で。だから違約金が発生するという話で」
佑助「フランチャイズ……? まずフランスなのか中国なのかが分からない」
波留「フランスチャイニーズじゃない、フランチャイズ。有名なお店の経営傘下に入りますよ、という感じの意味」
佑助「そういうヤツね、じゃあフランチャイズを辞めればいいんじゃないかな」
波留「フランチャイズすることにより、ネームバリューが手に入ってお客さんが入りやすくなるの」
佑助「じゃあ上の言われた通りにしないといけないね」
波留「でもどこもかしこも二十四時間営業しないといけないって大変だよ」
佑助「結局、二十四時間営業していると飽きるってヤツでしょ?」
波留「違う違う、飽きてるんじゃなくて疲れてるのっ」
佑助「疲れているなら、エナジードリンクを飲めばいいじゃないか」
波留「そんなんで癒されるような状態ではもう無いの」
佑助「じゃあエナジードリンクを浴びる……?」
波留「いや自分でも疑問に思っているようなことを口にするな、甘味の成分でベタベタになるだけ」
佑助「エナジードリンクに浸かる……?」
波留「浴びるとベクトルが同じボケ、両方ともしょうもないユーチューバーみたい」
佑助「エナジードリンクと卵液に浸したパンを焼く……?」
波留「急に出てきた卵液、卵の液と書いて卵液、フレンチトーストでも作る気か」
佑助「それを売り出す……?」
波留「それはそれで違約金が発生しそうだね」
佑助「買った客に卵液を掛ける……?」
波留「いやもうその疑問止めろ! あとせめてエナジードリンクのほうを掛けろ! 何で卵液のほうを掛けるんだよ!」
佑助「そっちのほうが自然素材だから」
波留「自然に近ければいいってもんじゃない、いやどっちも嫌だけどね、掛けられるの」
佑助「波留はどんな液体掛けられたいほう?」
波留「どんな質問だよ! 液体と粉は基本的に全部NGだよ!」
佑助「でもほら、これだったら興奮するとかない?」
波留「女子に掛けられて興奮する液体を聞くな! 無いわ!」
佑助「じゃあ最悪これだったらまだマシというものは?」
波留「しつこいな! この話で何ターンいく気なんだよ!」
佑助「お茶以外で、冷たいお茶以外で」
波留「まだマシの中では結構いいほうを封じたな! 冷たいお茶て! じゃあ水! 真水が一番マシ!」
佑助「それだと日和っていると思われるけど、いいですか?」
波留「どういう団体にだよ! いいよ! 日和ってると思われてもいいよ! 何かその団体怖いから、本当に掛けてきそうだからそれでいいわ!」
佑助「掛けられているところ動画で撮りますけども、いいですか?」
波留「何だそのデジタルタトゥー! 私の何を残そうとしてるんだよ! というか動画で撮るのなら、なお真水だよ! それかウーロン茶!」
佑助「いやお茶はダメだから、お茶なんて安パイすぎるから」
波留「何だよ、お茶は安パイって、そもそも。選択肢を封じるな」
佑助「もっと変な匂いのする液体じゃなくて大丈夫ですか?」
波留「動画だったら匂い関係無いだろ! 蛍光色とか色を気にしろ!」
佑助「いやでもよろしければ、いくらでも捻出しますけども」
波留「捻出て! するな捻出! 捻出という言葉を出してくるな!」
佑助「捻出という言葉を捻出するな、で、よろしいですね」
波留「うるせぇよ! とにかく真水! 掛けられていい液体は真水だけ!」
佑助「練りに練ったバナナ果汁はどうでしょうか」
波留「提案してくるな! あとバナナに果汁と呼べるモン無いだろ! というか何だこのやり取り! フランチャイズはどうしたんだよ!」
佑助「俺だったら自分の手汗かな」
波留「知らねぇよ! その正解! あと自分の手汗とはいえ、一旦自分から分離されたら何か嫌だろ!」
佑助「でも手汗だから、ワキ汗を顔から浴びるわけじゃないから」
波留「いらねぇよ! 正解の解説! フランチャイズの話は本当にどうしたんだよ!」
佑助「やっぱり真水は日和過ぎ、これは違約金です」
波留「元々そんな約束してねぇわ! 掛けられる液体の約束してねぇわ!」
佑助「俺はやっぱりね、フランチャイズしなきゃいいと思うんだ」
波留「よく本題に自分から移ろうとしたな! まあいいけども!」
佑助「だってブランドって自分で作るものじゃん」
波留「カッコイイこと言ってるけども、それは現実的じゃないんだよ」
佑助「この、手汗掛け、広げていきたいです」
波留「顔から浴びる液体のブランドって何だよ! んで自分のだから! 自分の手汗だからブランド側が何か出来るわけではないし!」
佑助「呼びかけ一本でやっていきます」
波留「何の利益産み出さないだろ! というか顔から液体を浴びなきゃいけない状況が無いんだよ!」
佑助「フランチャイズを選んだ場合はやはり、その上の決まりを守らないとダメですよ」
波留「いやでも過労でおかしくなってしまうかもしれない状況だったんだから、そこは柔軟に変えてほしいものじゃん」
佑助「でも決まりじゃん」
波留「その決まりを見直さないといけないところにきているんじゃないの?」
佑助「お茶か?」
波留「えっ?」
佑助「そんなにお茶を掛けて逃げたいか」
波留「いや! もう液体の話はいいだろ! お茶を掛けちゃいけない決まりの話はしてないんだよ!」
佑助「緑茶、ウーロン茶、紅茶、あぁ、それを掛けて逃げればそりゃ楽だよ、服もそんなに汚れないよ」
波留「何か語り始めた……」
佑助「でもなぁっ! その動画を見たい人はどうする! いろんなモノを顔から浴びる動画を見たい人たちはどうするんだよ!」
波留「そんな変態の話、知らないよ……」
佑助「お茶なんて絶対ダメなんだよぉっ!」
波留「じゃあ真水も禁止しろよ! まず真水だろ! 何で真水は大丈夫なんだよっ!」
佑助「まさか真水なんて選択肢があるとは」
波留「気付かなかったんかい! いろいろヤバイけども、そこの馬鹿さが一番ヤバイな!」
佑助「とにかく上の決まりを守ればいいんだよ! その分、恩恵は受けただろう!」
波留「でもフランチャイズしてやってるという考え方もあるよ」
佑助「何だとっ!」
波留「契約金は払っているわけだから、フランチャイズしてやるほうが客という考え方もできるわけじゃん。じゃあ客の言うことを聞くことも大切なことじゃないの?」
佑助「……そういう難しい話は止めてくれ! 波留! どんな液体を掛けられたい!」
波留「それはそれで私にとっては難しい話だわぁっ! 何それ! どういうボケなのっ? もう私が無知で分からないよ! 下ネタなのっ? グロネタなのっ? それともただのナンセンスなのっ? もう全然分かんない!」
佑助「波留、これは下ネタだ」
波留「下ネタだったんかい! いやどうすればそういう方向になんのよっ! いや説明しなくていい! やっぱり説明しなくていいけども、下ネタは止めてって言ったじゃん! 馬鹿!」
佑助「たまに下ネタがしたくなるんだ、こっちも中学三年生の男子なんだ、分かってくれ」
波留「とうとうと述べるな! こっちは中学三年生の女子なんだから止めてって言ってるじゃん!」
佑助「進学校に進むということはそういうことだ」
波留「じゃあ進むな!」
佑助「全てのことを勉強すると、こういうことになるんだ」
波留「本当に進むな! 昔の佑助はどこにいってしまったのっ!」
佑助「まあ全部冗談だけどね」
波留「……いやそれで済ませられるか! その場合、どこからどこまでよ! 何が冗談だったんだよ!」
佑助「下ネタでもないよ、これは普通のボケだよ」
波留「こんな普通あるかぁっ!」
佑助「まあもっと下ネタっぽくしても良かったんだけどなぁ、好きな方向にいけたことは事実、とりま下ネタっぽくしても良かったんだけどなぁ」
波留「良くねぇって言ってるだろ! 何で私に下ネタを振りたいのよ!」
佑助「そういうことを話せる人が波留しかいないからかな」
波留「何で私が話せる人の範囲に入ってるのっ!」
佑助「仲の良い幼馴染が一番適任だと思っています」
波留「それが男子ならね! 私は女子だから! 一応女子だから!」
佑助「あれ、筋肉男子決定戦じゃなかったっけ?」
波留「大きな大会に出場してねぇわ! 男子じゃない! 女子!」
佑助「まあ波留を少し困らせてみたかっただけだよ」
波留「何で私を困らせたいと思うの?」
佑助「焦り顔が面白いから」
波留「顔が面白いだけは言うな! そのいじりだけは完璧にアウトだからな!」
佑助「いやいや、美人が崩れるっていう意味さ」
波留「じゃあもうギリギリセーフだよ! というか美人とか言うな!」
佑助「そうだよな、嫌いなヤツから顔を褒められるってセクハラだよな」
波留「佑助のこと嫌いだったら、一緒に私の部屋で漫才してないわ!」
佑助「じゃあいいじゃん、波留は美人だよ、いや可愛い系かな」
波留「うっさい! もういいよっ」
波留はわたわたと慌てながら、録音をストップさせ、
「ちょっと! 美人とか可愛い系とかそういういじり止めてよ! 本当!」
うん、俺も止めれば良かったと今、思っている。
漫才の中だし言ってしまえと思って言ってみたが、今もう心臓が爆発しそうなくらい脈を打っている。
「そういうのはさ! もっと! 大切な人に言えよ!」
いやその場合は波留に言うことになってしまうな。
そんな俺の気持ちは露知らず、波留は続ける。
「マジで! そういう! そういういじり! 絶対ダメだからねっ!」
顔を太陽のように赤く光らせて怒る波留、汗も滝のようにかいていて、笑う度にぴょこぴょこと跳ねる前髪も、今日は顔のラインに汗でぺったり貼りついている。
「というかさ……私って別に可愛くないし……」
口をへの字にして、俯く波留。
そんな抱きしめたくなるリアクションしといて何が可愛くないだよ。
もうこの漫才のテンションで言ってしまうか、うん、あくまで冗談っぽく言ってみよう。心臓は今すぐに逝きそうだけども。
「可愛いじゃ、ないんか、なんっ」
変に”ん”を入れてしまったが、言った! ハッキリ言ってやったぞ!
果たして波留の反応は。
「何言ってんの、進学校行くと本当いろいろおかしくなるの?」
俺の顔から体ごと背け、うなだれている様な態勢でそう言った。
あれ、気持ち悪いのかな、やっぱり俺は嫌われているのかな、いやでももうこうなったら最後まで褒め続けるぞ。
決して最後までいくわけではない、最後の告白までいくわけではない、あくまで褒めるだけね。
「だって、普通に可愛いじゃん、というか、波留の耳には入ってないの? ”エンジェル・ドリブラー”って呼ばれてるの」
エンジェル・ドリブラー、何だその地味に気持ち悪い単語は、と、最初に聞いた時、俺が思った単語だ。
だが、本当に学校で波留は、この通り名でちゃんと通る、まあ通ってしまうのだ。
サッカーのスポーツ推薦で高校入学を決めたミッドフィルダーの波留はドリブルが巧い、そして可愛い、だからエンジェル・ドリブラーだ、この捻りの無い通り名は誰が言い出したんだろう。
「……エンジェル・ドリブラー……」
波留がポツリと反芻した。
「そう、それ、波留の耳に入ったこともあるだろう。天使のように可愛いドリブラーって意味だろ、それ」
「それを……」
「それを?」
「言うなぁっ!」
そう言って振り返り様に俺の頬を強くビンタ……するつもりだったんだろうが、目測を誤った波留は俺の唇をぶるんと触れただけとなった。
「あっ、どうした、ゴメン」
つい謝ってしまった俺、いやもうどういう状況?
「それ恥ずかしいから止めて……」
口に手を当てて、上目遣いで俺を見る波留。
というかそっちの手を口に当てたら変な間接キスになるだろ。ビンタミスから発生した謎間接キスになるだろ。
いやでも本気で嫌がっているみたいだから謝らないと。
「ゴメン、みんな言ってるからアリだと思った」
「エンジェルじゃないじゃん……私……」
「確かに振り向き様の勢いを借りてビンタしようとするヤツは、エンジェルではないな」
「波留って、呼んで……ねっ」
台詞をこわばらせながら、俺に優しくそう言い放った波留。俺がイケメンなら抱きしめてるわ!
でもイケメンじゃないから、もごもごしながら喋る。
「う、うん、ゴメン、波留、もう言わない、絶対言わない、漫才の時もそのいじりはしない」
「恥ずかしいんだからさ、チームメイトからもいじられるし、それ、変なヤツが言い出したんだからね」
変なヤツ、波留に付きまとう悪いヤツでもいるのか、守りたいけども筋肉量的に波留が波留を自衛したほうがいいわ!
「佑助は、波留って、ずっと呼んで」
――家に戻って考えることがある。
俺は波留のことをずっと呼べるだろうか、別の高校に行ったらもう波留のことなんて呼べなくなるかもしれない。
波留は寮に入ってしまうし、もう隣同士の家で住むことも無くなるだろう。
いつまで俺は波留のことを、波留と呼べるのだろうか。
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