07 言わせようとはしていない

・【言わせようとはしていない】


『二〇一九年 二月十六日(土曜日)』

佑助「はいどうも、よろしくお願いします」

波留「大阪の西成に、中華街構想が出ているらしいね」

佑助「この勢いで波留の家も中華街にしたらいいんじゃないの」

波留「いや家を中華街ってなんだよ、中華な家くらいにしかなんないよ」

佑助「いやいや中華街にさ、まず波留の部屋では肉まんを売って」

波留「肉まんって! ちょっと! そういういじりは止めてって言ったじゃん!」

佑助「……どういうこと? 普通に中華な食べ物の一つとして言ったんだけども」

波留「……じゃあゴメン! 私の早とちりだわっ!」

佑助「いや、そこは詳しく聞かせてもらおうか」

波留「いいよ! 聞くな聞くな! 聞いちゃダメ!」

佑助「ヒントだけ、ヒントだけ教えて頂けると今後何か、そういうことにはならない、と、思う。いやよく分かんないから本当によく分かんないんだけども」

波留「えっと、その……肉まんが、その、おっぱい、みたいな……」

佑助「いや波留はそんなに大きくないでしょ、で、庭に」

波留「ちょ! ちょー!」

佑助「どうしたんだよ、波留。せめてちょっと待てくらいは言えてくれ」

波留「肉まんくらいのサイズはあるわぁっ!」

佑助「そんなツバ飛ばす勢いでそんなこと言われても。というかそんないじりをしたつもりはマジで毛頭無いし」

波留「でもそのあとサイズいじりしたじゃん! 何なの佑助! マジでユースケベじゃん!」

佑助「大きくないという話だからスケベ心ゼロだよ」

波留「大きさの話をする時点でダメなのっ!」

佑助「じゃあ悪かった。今後は必ず大きいって言う」

波留「それも何か違うんだよ! というか、その、おっぱい、の、こと……言うなぁーっ!」

佑助「言ってないよ、マジで言ってなかったんだって、初っ端からスケベ心全開の漫才なんて普通無いでしょ。全然そういうつもりで肉まんって言ったわけじゃないよ、というか、何なら、波留に突っかかられた時、もっとすごいこと考えたよ、一瞬だけど」

波留「何それ、もっとすごいことって何?」

佑助「いやこれは、これはマジでユースケベな案件だから言わないけども、絶対言わないけども、その、俺が言う前に変な突っかかりするの止めろよ。まず」

波留「いやその前に、もっとすごいことって何?」

佑助「それは絶対に言えないけども、そんなことより、次のボケに行かせてくれよ。結構道筋考えたんだから」

波留「もっとすごいこと言いなよ! 私だって、その、ぁの……おっぱい……って、言ったんだからぁっ!」

佑助「いや言う度にそんな恥ずかしがるんなら、もう言わなくていいって、そして俺は言わないし」

波留「言えよ! 私ばっかり恥ずかしい思いさせるなよ! 不平等じゃん! 不平等!」

佑助「えっと、あの……本当に言うの? 本当に言わせるの?」

波留「言えよ! 絶対言え! 絶対言わないと、次の庭のくだりには行かせない!」

佑助「じゃあ言うよ、あの、肉のまん……みたいな……」

波留「……えっ?」

佑助「だから、肉のまん……みたいな、まん、が、ニクニクしいというか、あの、まん、が、ね」

波留「ん? 漫画?」

佑助「違うよ! まんだよ! まん! まん何とかがあるだろ!」

波留「いや全然分かんない!」

佑助「まん何とか! まんとか! あぁ! もう! まんと!」

波留「マンって男って意味でしょ! 筋肉馬鹿でもそのくらいの英語は分かるんだから! ……って! あー! そういうことかよ! 何だよ!」

佑助「……本当に分かったの? 分かった割には変なテンションだけども」

波留「こういうテンションになるに決まってるだろ! 男みたいな筋肉ってこと言ってんのかぁっ! ゴリマッチョのようにニクニクしい筋肉馬鹿って思ったんだな! そのいじりは止めろーっ!」

佑助「いや、ぃ、い……まあ、そうだな、うん、ゴメン、筋肉馬鹿だと思っちゃった」

波留「逆に何そのリアクション、何? 違うの? もしかしてもっと酷い筋肉馬鹿を考えていたのっ?」

佑助「いやいや! 全然! その通りの筋肉馬鹿です! はい!」

波留「その通りの筋肉馬鹿って何だ! 馬鹿はオマエだ! 佑助!」

佑助「はいっ! すみませんでした! ……いやでもだから言いたくはなかったって」

波留「まあ言わせて私も悪いところあったかもしれないけども、でも変なボケした佑助のせいだからね!」

佑助「いやまあボケって変だから、う~ん、まあ、何か変な意味を持たないようにします。分かりました」

波留「じゃあ次から庭の話を許可する!」

佑助「何だこの漫才、そんな漫才にする気は無かったんだけどなぁ、じゃあまあ庭では麻婆豆腐売って」

波留「それくらいならまあいいけどもさ、いやまあ中華街にはする気無いけども」

佑助「作った麻婆豆腐を木々に掛けたりして」

波留「どういうことよ、木々に掛けるって」

佑助「雪みたいに風流になるかなって」

波留「全然なんないし、妙に赤いし、挽肉に風流感があまりにも無さ過ぎる」

佑助「で、トイレでカレーを売って」

波留「急にインド! で! 何かまた変な意味を持っているじゃない!」

佑助「いやでもちょっと前に中華カレーって、横浜の中華街で流行ったからさ」

波留「いやその前に変な意味のほう!」

佑助「変な意味のほうはもういいでしょう、もう変な意味のほうメーターは満タンのお腹いっぱいでしょ」

波留「変な意味のほうメーターって何よ! 確かに満タンだけども、ここは譲れない!」

佑助「つまり、どうお考えなわけですか?」

波留「私に言わせようとするな! こういうのは男子のほうが好きでしょ!」

佑助「なるほど、その言葉を耳で聞きたいというわけですね」

波留「変な口調止めろ! あと耳で聞きたい変態じゃない! というかそういうボケばっかじゃん! 今日、どうしたのっ?」

佑助「いや最初のヤツはマジで違うんだって、今のヤツは当初の予定通りのボケだし、もう、今日どうしたのっていういじりは止めてよ、それこそ止めてよ、そんな漫才無いでしょ」

波留「う~、じゃあ分かったわよ、で! カレー! トイレでカレーって嫌なモノ想像するでしょ!」

佑助「それは波留だけだよ、波留の中の小四が騒いでいるだけだよ」

波留「女子の小四はもう大人です!」

佑助「台所では中華のお面売って」

波留「いや台所でこそ何か作れよ!」

佑助「中華のお面の貸し出しとかして、コンロの熱でお面の内部を乾かして」

波留「いや何か作れよ! おいしいメニューいっぱいあるだろ!」

佑助「こんな感じで波留の家を中華街にしたらいいと思う」

波留「嫌だよ! 中華街にはしたくない!」

佑助「じゃあ何だったらいいんだよ、何街なら承諾してくれる?」

波留「何街でも嫌だよ! 家は普通に休まる場所がいい!」

佑助「温泉街にしたいということだな」

波留「そういう意味じゃない」

佑助「まず波留の部屋が露天風呂」

波留「だからそういうボケは止めろって言ったじゃん! ユースケベ!」

佑助「いや違う! こんなんフリのボケじゃん! 温泉街イコール露天風呂ボケから始めるって、完全にフリのボケじゃん! 全然変な意味無いから!」

波留「知らないよ! フリのボケなんて! そもそも私、お笑いが専門じゃないし!」

佑助「筋肉馬鹿だから」

波留「止めろ! そればっかりは止めろ!」

佑助「とにかく露天風呂はただの一手目のボケ! 屋根を無くすな、くらいのツッコミでいいのっ!」

波留「じゃあ別に、裸を見たい、とか、そういうこと、じゃ、無いの?」

佑助「そ! ……ぁ……そういうことじゃないよ!」

波留「何だその間はっ! 裸見たいのっ? 私のっ?」

佑助「そ、そんな筋肉ばっか見たいはずないじゃないか! 男見てるのと一緒でしょ!」

波留「全然違うわ! 男と違って無いし! あれだし! ま……待って……えっ? ヤだ、ちょっと……」

佑助「……どうしたの、波留、待ってって何、いやまあいくらでも待つけども」

波留「ヤだ、待たないで! 不潔!」

佑助「ちょっ! ユースケベはコミカルだけども、不潔はシリアスだから!」

波留「肉まんの、まん、って、そういうこと? ホント、佑助マジ不潔、キモイ!」

佑助「えぇー! いや! 違う違う違う違う! ちゃんと筋肉馬鹿のほう! 筋肉馬鹿のほうだからっ!」

波留「そ・れ・も・ダメだろぉぉおおおおおおお!」

佑助「痛い! そんな強く叩くなよ! マジで折れるから!」

波留「もう止める! 漫才止めるからぁっ!」


 今日は波留が録音をストップさせ、

「もう佑助さ! 変わったよね! 昔はあんなに弟みたいに可愛かったのにさ!」

 顔を最高潮に紅潮させながら大きな声で叫ぶ波留。

「身長だって私のほうが高くてさ! 本当に弟みたいで! それなのに、何、そういうことばっかり!」

「そういうことばかりじゃないって、最初の時はマジで普通のボケで、フリのボケでさ」

 と冷静さを装いつつ喋るが内心は心臓バクバクだ、下ネタみたいな流れになった時も波留には悪い意味で興奮し、今、まさにこの嫌われそうな感じに、本気で頭がおかしくなりそうなくらい脳が震えている。

「いつの間にか私のほうが身長が低くなって、佑助は何もしていないのに体がゴツゴツしてさ……こっちは頑張って鍛えて鍛えて、この筋肉を維持しているのにさ……」

「だから努力している波留はすごいって、俺、筋肉馬鹿だなんて言うけどさ、全然馬鹿にはしていないよ」

 なんとか今の仲を取り持つために、ただただ保つために褒めているのか、いやそうじゃない、結果嫌われても悔いが無いように、最後に言いたいことを言いたいだけだ。

「毎日頑張っていることは知っている、日本代表の合宿に呼ばれて頑張っているニュースを見たりするし、遅れた分の学校の勉強を取り返そうとしていることだって知っているよ、馬鹿にはしていない、一度たりとも波留のことを馬鹿にしたことは無いよ」

 ……あっ、何かストーカーみたいな言いっぷりになってるな、いやでもいいや、どうせ嫌われそうだ、なら全部言ってしまおう。

「波留はどんな時でも明るくて、実際学校ではスターのような存在で、俺なんか本来話してはいけないくらいの高嶺の花で、遠くに行ってしまって、実際今度は遠くに行ってしまうんだなぁ、って。正直寂しいと思ってる……」

「……何それ」

 口を尖らせて少し俯いた波留。

「何それって、本心だよ。でもまあ嫌いなヤツからこんなこと言われても気持ち悪いだけだよな、ゴメン」

「そんな切ない笑顔しないで……」

 そんな表情をしているつもりは無かったけども、どうやら完全に顔に出ていたらしい。

「というか、別に、嫌いじゃないよ」

「えっ」

「嫌いじゃないって言ってんの……遠くにも行ってない、高嶺の花でもない、私と佑助って家族みたいなもんじゃん」

 家族、そんな心が躍るような言葉も、本心と混ざれば存在が遠すぎる。

 やはり遠いんだ。俺は波留と姉弟になりたいわけじゃない。家族よりももっと近くになりたいんだ。

 自分なんて消えて自分は波留だと思いたいくらい近くで混ざりたいんだ。

「でもさ、やっぱり男子ってみんなそうなんだよね」

「……どういうこと?」

「だ・か・ら! 言わせようとするなっ!」

 怒っているような声のトーンで、微笑みかけた波留、あれ、もしかすると本当に嫌われていない?

「ねぇ、佑助はさ、私のことどう思う?」

 ……どう言おう……まるで脳内がパソコン画面になったかのように、たくさんの情報ウィンドウが出現する。

 しかしたくさんの情報はあるが結局は『告白するか、告白しないか』の二択。出した俺の答えは。

「家族かなぁ」

 めちゃくちゃチキった、いろいろあって結果、ただただ仲を保つためだけの台詞を吐いた。

「そうだよね! 家族だよね!」

 まるでちょっとした賭けに勝ったかのように明るく喜ぶ波留。

 これで、これで良かったんだよなぁ、このリアクションを引き出せたということは、良かったんだよなぁ……うん、良かったことにしよう。

「だからさ、その、あんまり、エッチなこと、ば、ばかり言われると、困るから……」

 おっぱいの時も思ったけども、波留の口から『エッチ』とか出てくる時点でもう心臓から鼻血が出そうだ。

「いや、そんな言ってない! 言ってないし、言わせようとしていない!」

 いやまあ言ってほしいとは思っているけども。

「あんまり、ドキドキ、あの、させないでねっ」

 こっちの台詞だ。

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