06 でもやっぱり不幸せなニュースしかない日もあって
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・【でもやっぱり不幸せなニュースしかない日もあって】
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『二〇一九年 二月十五日(金曜日)』
佑助「はいどうも、よろしくお願いします!」
波留「大分のとあるマラソン大会の通訳を務めた人がブログで、アフリカ選手のことをチンパンジーと記して紹介していたらしいね。最初はシャイだったチンパンジー達も、だんだんと心を開いてくれました、とか書いていたらしいよ」
佑助「酷い書き方だよね、波留はさ、なんて言われたら嫌?」
波留「……それを私に言わせるの? 普通漫才ってその流れから佑助が私の嫌がることをさりげなく言うんじゃないの?」
佑助「いや、波留が言われたくない言葉を言うんだよ」
波留「えっと、やっぱり、筋肉馬鹿とかは嫌かな……」
佑助「そうだよね、スポーツするために筋肉を付けているのに、だよね。あとは?」
波留「あとは? まだ言わせるの?」
佑助「こればっかりは言わせる流れだね」
波留「言わせる流れ? う~ん、じゃあ、やっぱりゴリラとかは嫌だよね」
佑助「全然ゴリラじゃないもんね、力が強いだけで、それは鍛えているから強いだけだし。あとは?」
波留「……いや! 佑助が私を悪く言うんだよ! 漫才ってそうだろ! 悪く言え! 私をっ!」
佑助「いや本当に美人で、引き締まった体が男の俺から見ても尊敬します」
波留「何だこの漫才! 悪く言えよ! ゴリラとか筋肉まみれの馬鹿とか言うんだよ!」
佑助「そんなこと言ったら、怒られるじゃないか」
波留「本気では怒んないわ! 内心は大丈夫だから! 信頼関係があるから大丈夫だわっ!」
佑助「じゃあ、えっと、パンジー」
波留「花の名前はよっぽどのことが無い限り褒め言葉! 不快なのは、フリのチンパンジーが少し掛かっていることくらい!」
佑助「チン無しだから」
波留「そういうのは止めろ! 女子だから! こっちは女子だから!」
佑助「正当な理由を述べただけじゃないか」
波留「そういうヤツはダメなのっ! その信頼関係はできていないのっ!」
佑助「難しいなぁ、人を悪く言ったことなんてないから分からない」
波留「あるだろ! 絶対あるだろ! 人を悪く言ったこと無い人なんていないから! 中学生を越えた年齢のヤツは絶対人を悪く言ったことあるわ!」
佑助「まだギリギリ越えてはいないけども、中学三年生だから。馬鹿じゃないの」
波留「それ! 言えてる言えてる! 人のこと悪く言えてる! その流れで悪く言って!」
佑助「いや馬鹿とは流石に思いつくけども、それ以上は分からないよ。お願い、ヒントちょうだい」
波留「ヒントっ? 悪口のヒントを教えるっていうことっ?」
佑助「そう、悪口のヒントがほしい。どういうのが、嫌なのかって」
波留「何だよ悪口のヒントって! 悪口の糸口って何だよ! あと言ったわ! 筋肉いじりが嫌だって序盤に言ってたわ! 覚えとけ、馬鹿!」
佑助「女子から馬鹿と言われるのって、ちょっといいよね」
波留「趣向! そういう趣向は今どうでもいい! そういうマイナスをプラスにしてしまう魔法のような趣向は今日の漫才では邪魔でしかない! とにかく筋肉いじりすればいいのっ!」
佑助「じゃあまず肩甲骨、さわらせて頂きます」
波留「そういうのじゃない! 筋肉いじりってボディタッチじゃないから! 言葉で悪く!」
佑助「あぁ、言葉で悪くね、ボディタッチで良く、じゃなくて」
波留「ボディタッチは良くねぇわ! 良くとは感じないわ! そこの信頼関係はできてないから! 早く言葉で悪く言え!」
佑助「繊維質」
波留「えっ?」
佑助「繊維質」
波留「繊維質って言ってる?」
佑助「繊維質って言ってる」
波留「いやピンと来ねぇわ! ピンと来ないけども、ピントが細かすぎて若干気持ち悪いから、まあまあ不愉快ではあるわ! でもそういうことじゃない! もっとバツンと分かりやすい悪口あるでしょ!」
佑助「バツンってちょっと、繊維質が切れたみたいな音を出さないでよ」
波留「発想が薄気持ち悪い! そういうホラーじみた方向性で来ないでよ! もっと馬鹿の悪口みたいなのあるでしょ! じゃあ動物で例えなさい! 結局動物で例えることが嫌だから!」
佑助「体のしなやかさ、としてその可愛さ、猫だね」
波留「その可愛さって言うな! そういういじりは止めろ! そこの信頼関係はできていないんだよ!」
佑助「猫、猫でいいでしょ、猫で、シンプルに」
波留「いや猫は悪口にはなんないんだよ!」
佑助「何でだよ、猫も動物だから、見下している小動物だから嫌だろ」
波留「猫のこと見下したことは当方無いんだよ! というか猫のこと見下している小動物って言うぅっ?」
佑助「俺は猫のこと見下している小動物だと言う、何故なら裸足で家の中入ってくるから」
波留「しかも見下している箇所そこっ?」
佑助「そこの一点張り」
波留「よくそれだけの要素で見下している小動物なんて言い方できるな!」
佑助「そもそもさ、花だって動かないモノなんだからさ、悪口だろうに」
波留「花はラフレシア以外大体褒め言葉なんだよ!」
佑助「感性が違うとやりづらいな」
波留「まあそうなんだろうけども、でも今まで同じように生きてきたんだから感性がそこまで違うことは無いでしょ」
佑助「いやこんな馬鹿みたいに運動ばかりやって知識が何にもないヤツと同じように生きてきたなんて言われたくない」
波留「それ! それだよ! それこそ悪口だよ! それを簡潔に言ってごらん! それが良い悪口だから!」
佑助「今の台詞をまとめると……波留だな」
波留「いや! 何か動物で例えたり、嫌に感じる単語を二つ繋げたりっ!」
佑助「いや波留だ、この嫌なヤツは波留としか言えない。こんな馬鹿みたいに運動ばかりやって知識が何にもないヤツの総称は波留」
波留「一番嫌な言い方をするな! 蔑称のトップに据えるな! そういうのは良くないぞ!」
佑助「いや嫌な言い方をしろって言われていたのに、一番嫌な言い方をするな、て」
波留「そういうことじゃないんだよ! 分かりやすく嫌な感じの単語を言うんだよ! 悪口が下手だな全く!」
佑助「何でそんなに悪口言われたがってるの? そういう趣向なのっ?」
波留「そういう趣向ではない! いや漫才だからそういう構図であるべきだろ、と、思っただけっ!」
佑助「俺は正直波留のことは褒め称えたいんだ」
波留「どういう世界の漫才! 聞いたこと無いわ! その漫才!」
佑助「いつも朝ランニングして、自分で足を苛め抜いて満足げだね、とか」
波留「嫌味っぽいな! やたら嫌味っぽいな! 何か褒められている気しないんだけども!」
佑助「二人で部屋にいる時も普通にストレッチしていて、鍛えないでいる時間が耐えられないんだね、とか」
波留「嫌味じゃねぇか! 全部嫌味じゃねぇか! 悪口は苦手だけど嫌味は得意だな!」
佑助「筋肉を大きくし過ぎて、部屋から出られなくなったら窓からの搬入を手伝ってあげるよ」
波留「いや悪口も巧くなってきたじゃねぇか! でも何かさ! スパっと単語で言えよ!」
佑助「スパっだなんて繊維質が切られたみたいに言うなよ」
波留「だから繊維質はもういい! 繊維質いじりはするんじゃない!」
佑助「犬」
波留「犬は、猫と一緒で、そうでもないんだよ、そう悪口にはならないんだよっ」
佑助「筋肉に従順な犬」
波留「何かマッチョなヤツについていく犬みたいに言うな。何か違うんだなぁ、もっと簡潔な悪口言えないもんなのかな、文章ばっかりで」
佑助「最後にヒントちょうだい、一番大きいヒントちょうだい」
波留「ヒントを大きさで言い始めた……」
佑助「じゃあ高価なヒント! ダイヤモンドのようなヒントちょうだい!」
波留「えっと、じゃあ、○○ゴリラでいこうか、悪口っぽい単語を○○のところに入れる、これで来い」
佑助「ゴリラだなんて、そんな……」
波留「あっ、もしや佑助、ゴリラのような知的な動物を私で例えるのはゴリラが可哀相とか言うんじゃないだろうな」
佑助「波留は華奢で可愛いのに、ゴリラは言えないよ」
波留「それは言うな! それだけは言うな! そういう信頼関係はできていないんだよ! そういうのは、あの、まだダメなんだよ!」
佑助「枝だよ、波留は枝」
波留「鍛えてるわ! ムキムキに鍛えてるわ! ゴリラだわ!」
佑助「じゃあ拒食猫」
波留「めちゃくちゃ食ってるわ! もう無理だな、オマエ! もういいよっ」
俺は録音をストップさせた。
それと同時に波留は間髪入れずに、叫んだ。
「ちょっと! 可愛いとかそういういじりは止めろよ!」
顔を薔薇のように真っ赤にさせて、花みたいに可愛いと思った。
しかし波留は続けて叫ぶ。
「そうやって女子を遊ぶのは止めたほうがいいと思うから!」
「……漫才じゃん」
一瞬『本気だよ』と言いそうになって、急いで言葉で喉を潰す。
危ない、急に告白してしまうところだった、告白するにしても、それは、それこそそういう信頼関係を作り上げてからだ。
「漫才って言ってもさぁ……ぅんっ」
深いため息の終わり際の『ぅんっ』という音が妙に色っぽい。
何だろう、もしかして俺のことを少しでも意識してくれているのかな。
いや最後の吐息だけでそんなことは決められないけども、確かに言ったはず、確かに言ったんだ、波留は漫才の時に”そういう信頼関係はできていないんだよ! そういうのは、あの、まだダメなんだよ!”と。
まだダメなんだよ、と言った。まだということはこれからアリになれるのか。
いや変に深読みしてもしょうがない。今ここを深く考えることは止めよう。
「まあとにかく今後はそういういじりはできるだけ禁止ね」
「できるだけって本当は言われたいんだ、波留は。可愛いね」
勇気を出して、最後に、もう一歩前に出てみた。それに対しての反応は。
呆れ吐息で、窓のほうを見ながら、
「本当佑助って馬鹿……」
だった。
これはちょっとは可能性があるのか無いのか、昔から変わらず馬鹿だから本当に呆れてしょうがないという意味なのか、う~ん、やっぱり結局これだけでは分からない。
さて、明日から土日で休日だ。
一応、学校の部活とかが無いから暇で放課後の時間に二人で漫才をしているってだけで、休日も二人で会うという話ではなかったはず。その辺のことを聞くと、
「えっ、休日もこの時間帯に二人で漫才作るんじゃないの?」
と呆気にとられたように言ってきたので、俺は胸をなでおろした。
良かった、休日も会えるんだ、というかそれを当たり前だと思ってくれていたところが本当に口元が緩む。
あんまり緩みすぎないように気を付けなければ。
それにしてもマジで明るいニュースが見つからない日ってあるんだな。
まあホッキョクグマも明るくなかったけども。
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