05 バレンタインの日
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・【バレンタインの日】
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『二〇一九年 二月十四日(木曜日)』
「こんなんしか家に無かったけど、まああるだけマシでしょ」
波留は俺にごく普通の板チョコをくれた。
本当にまあこれでもかというくらいの形式的だったが、俺はそれでも心が燃え盛るほど嬉しかった。
逆に板チョコ以上のモノだったら、押し倒していたくらいの気持ちだ。
いやまあ波留のほうが体が強いだろうから、やり返されて、何やかんやでゴミの日に出されるだけなんだろうけども。
でもだからって波留は華奢だ、言うなれば、そうめんほどの細さだ。
そしてそうめんのようにしなやかで、今も目の前で開脚ストレッチをしている。
ただし肌はそうめんのような白ではない。こんな真冬にも少し肌が焼けているほどに朝ランニングしているというわけで。
だからまあ完全にそうめんではないところは惜しい、改良の余地がある、いや別に全部そうめんで例えたところで別に何がどうってわけではない。
というかバレンタインの日に、好きな子を心の中で全部そうめんで例えようとするって何だ、そんな意味の分からないことを考えるのは止めよう。
でもまあ可愛さはまるで、白いそうめんの中にたまに入っているピンクのそうめんだなぁ、そのくらいの稀少価値のある可愛さだ。
そしてそうめんのようにツルツルっぽい肌に……って、いやどこまでそうめんで例えようとしているんだ、俺。
それよりも
「手作りチョコでも作ってくれれば良かったのに」
観測的気球を飛ばしてみる。そこでリアクションを見極めたい。見極めたところで何するわけじゃないけども。
「あんなん湯せんでチョコ溶かして、型に嵌めただけのチョコの何がいいんだか。混ぜている時に絶対湯せんのお湯がチョコの中に入るし」
手作りチョコの悪口を言い出した、その場合はいっそのこと俺の悪口を言ってくれ、というか湯せんのお湯がチョコの中に入るって、手作りチョコ作ったことあんのか! コイツ!
「手作りチョコ、作ったことあるんだ、波留って」
そう言ってみたら、もう本当に、顔のついた蒸気機関車が怒り出す時の表現のように顔を真っ赤にさせてこう叫んだ。
「悪いっ?」
「いや、悪くないです……」
まさか急にこんな怒り出すとは、何か触れちゃいけない過去に触れてしまったようだ、早く話を漫才の話に持っていかなければ。
「今日はさ、スクリーンショットが著作権に触れるとか何とかで、禁止になる法律が出来そうというニュースを使おうと思うんだ」
「えっ? そうなん?」
……お、おぉ……まだ何か怒ってる感じが残っているなぁ、いやまあ気付かないフリして話を続けよう。
「そうそう、でもスクリーンショットってスマホの目玉の一つみたいなところあるじゃん、それが禁止になると何か嫌だよなぁ」
「目玉ってほどじゃないけどね」
「まあとにかく今日はそれで漫才するから」
というわけで。
佑助「はいどうも、よろしくお願いします」
波留「スマホなどのスクリーンショットが将来的に禁止になる法律が出来るかもしれないらしいね、著作権の問題で」
佑助「いやスクリーンショット禁止になったら、人生の半分以上意味の無いものになるわー」
波留「そこまでは無いでしょうけども、ちょっと嫌だよね」
佑助「人魚で言うとこの、魚の部分は意味の無いものになる」
波留「何で人生を人魚で例えたの?」
佑助「人魚の下半身が意味の無いものになる」
波留「いや仮に人魚で例えることは良いとしても、下半身から意味の無いものにしなくてもいいでしょ、上半身を意味の無いものにしてもいいでしょ」
佑助「あと人生が半魚人なら上半身が意味の無いものになる」
波留「何で頑なに魚の部分を意味の無いものにしたいのよ」
佑助「あと人生を……」
波留「人生を異形のモノで例えるな、まず!」
佑助「ケンタウロスとミノタウロスまで言わせてよ」
波留「ケンタウロスとミノタウロスを言いそうだったから止めたんだよ! 同じことの繰り返しだから止めたんだよ!」
佑助「いやでも異形のモノの写真があったら、スクリーンショットしたくなるほど好きでしょ?」
波留「そんなには好きじゃないよ! そんなには異形のモノ好きじゃないから、この例えのくだりはもう止めようよ! というか佑助って異形のモノばかりスクリーンショットしてるのっ?」
佑助「いや基本は美容関係の記事」
波留「んで美容関係なんだ! もっとスポーツの記事とかじゃないのっ?」
佑助「波留のこと嫌いだから」
波留「スポーツやってる女子いいだろ! いや『いいだろ』というツッコミもなかなか押しつけがましくて嫌な感じもするけどもっ!」
佑助「紫外線で肌が荒れるわ」
波留「まさかそんな美容男子だったとは!」
佑助「とにかく保湿したくて三千里」
波留「とにかく保湿したくて三千里?」
佑助「とにかく保湿したくて三千里のスクリーンショット」
波留「いや全然意味が分からないよ! そっちの用語を出されても困るよ! というかそっちの用語なのっ?」
佑助「バリバリ美容用語、とにかく保湿したくて三千里、は」
波留「何か変な美容家のブログのタイトルみたいだねっ!」
佑助「そう、美容ブログのスクリーンショットができないなんて、もう本当に天国と地獄」
波留「いやどっち! まあ地獄なんだろうけども!」
佑助「知ってる? いや知らないか、なんせ朝からランニングするスポーツ馬鹿なんだからさ……」
波留「そんな言い方無いだろ! プロ目指してんだよ! 既にアンダー世代では代表に呼ばれているんだよ!」
佑助「じゃあもう本当に馬鹿だよね、アンダーシャツ世代では代表に呼ばれているって、どんな世代だよ」
波留「それならば本当にどんな世代だよ! アンダーシャツ世代とは言ってなかったから! アンダーシャツ世代って何だよ! 大体全員そうだろ! 全員アンダーシャツ着てるだろ!」
佑助「A代表ね、姉御代表ね」
波留「A代表は姉御と呼ばれている代表の略じゃないから!」
佑助「そんな馬鹿は知らないでしょうね」
波留「佑助のほうが全然馬鹿じゃん! まずアンダーのことをシャツ関係だと思ってるじゃん!」
佑助「いやでも保湿の新常識知らないでしょ」
波留「まあ知らないけども、じゃあ何なのよ、保湿の新常識」
佑助「保湿にはガム」
波留「ガムって噛むガムのこと?」
佑助「そうそう、噛んだガムを肌に塗る」
波留「ガムを塗るっ? ガムを塗るって何だよ! ガムって塗れる素材じゃないだろ!」
佑助「だから人からも噛んだガムをもらって、とにかく塗るんだよ」
波留「汚っ! やるんだったら自分が噛んだヤツだけでやるよ!」
佑助「いやまあちゃんと信頼を置ける人から噛んだガムをもらうよ?」
波留「佑助が私にもらおうとしてきたら、信頼度を下げるわ!」
佑助「いや俺は波留からはもらおうとしない、何故ならまだ顔見知り程度だから」
波留「部屋に上げられておいて顔見知り程度! ちょっと傷つくわ! 幼馴染でしょ!」
佑助「ちょっと、あんまり、大きな声、あの、苦手です、そういうの」
波留「急に人見知り感を発揮するなっ!」
佑助「まあとにかく保湿にはガムなのよ」
波留「いやまず保湿にガムって何だよ! 絶対違うだろ! キュウリとか貼るんじゃないのっ?」
佑助「キュウリは味噌付けて食べます」
波留「いやまあそれは人それぞれ勝手にすればいいけども、レモンを貼るとかもいうじゃない」
佑助「レモンは味噌付けて寝ますわ」
波留「じゃあ何で味噌付けたんだよ! 寝るのにっ!」
佑助「よく寝ることが実は美容に良いんです」
波留「それは知ってる、夜更かしは美容にとって大敵なことは」
佑助「大敵って、夜更かしは美容にとってめでたい的なこと、の、略ね、めで”たい的”ね」
波留「いやめでたくないでしょ! 夜更かしをいいこととしているじゃん!」
佑助「つい波留の間違いを訂正してしまったら」
波留「間違いを新たに作ったんでしょ!」
佑助「嫌よねー」
波留「嫌よねーて! 変な口調を紡ぎ出すな!」
佑助「あとまだ保湿情報はあるから」
波留「ロクでも無い情報なんでしょうけども、一応聞いてやるわ」
佑助「保湿にはダム」
波留「保湿にはガムみたいに言うな! いやまあ保湿にはガムもダメなヤツだったんだけども」
佑助「ダムのしぶきを浴びると、吉」
波留「何かおみくじみたいな話の締め方をした! というかしぶきで保湿って、発想が子ども過ぎるでしょ!」
佑助「ダムのしぶきを浴びた、三マス戻る」
波留「今度はスゴロクみたいな! あと戻っちゃダメでしょ! やっぱりダムのしぶきは保湿に向かなかったんでしょ!」
佑助「いや肌が若返るという意味で、戻るは良いことなんだよ」
波留「じゃあもうスゴロクみたいに言うな! 三マスって言うな!」
佑助「保湿には南無」
波留「南無ってお経のっ? というか何その二文字のム・シリーズ! ただ語感で言ってるだけでしょ!」
佑助「結局頼れるのは宗教」
波留「それを言ったらダメな世界でしょ! まず実質的にお肌に何かしたいよっ!」
佑助「保湿にはハム」
波留「いやもう、変なブログのスクリーンショットならしないほうがいいよ!」
佑助「ハムは味噌付けて寝ますわ」
波留「寝るな! 味噌付けたんなら寝るな! 食べろ!」
佑助「保湿にはラム」
波留「ラム酒っ? ラム肉っ? でもどうせどっちにしろ味噌付けて寝るんだろ!」
佑助「ラム肉にはビタミンB1が多く含んでいるので、美容に良いのですわ」
波留「何でラムだけ実践的っ? 急に有難いのくると今までのアレがブレるよ!」
佑助「まあこんなところかな、俺のスクリーンショット・コレクション」
波留「でもまあ最後のラムも一般的に言われているレベルだけどね! 全然たいしたコレクションじゃない!」
佑助「そんな否定ばっかり、嫌よねー」
波留「嫌よねーて! また変な口調になった!」
佑助「なってないよ」
波留「一瞬なってたけども、というかちょいちょいなってたけども、今日」
佑助「素が出ただけだよ」
波留「じゃあそれはそれで何か心配になる! 何で女子っぽい口調が”素”なのっ!」
佑助「いいじゃないの、それよりもスクリーンショットの話! もうヤだ!」
波留「何かオネェみたいになってる! 美容のせいっ? 変に美容に興味を持った代償っ?」
佑助「ホント、オネェのブログのスクリーンショットができなくなって、イヤよねぇー」
波留「オネェのブログ! いやまあそういう趣向も私は受け入れてあげるけども! 許容するけどもっ!」
佑助「著作権とかイヤよねぇー、もう『どんだけ』と書かれた文字を最大限にアップにして、スクリーンショットすることもできなくなるのねー」
波留「四文字のスクリーンショットならギリギリ著作権大丈夫なんじゃないのっ?」
佑助「あとはやっぱり写真ねぇー」
波留「そうそう、写真は完全に著作権違反になるらしいからね」
佑助「オネェってスタイリストが多いから、よく女優と一緒に映ってるんだけども、その映ってる女優が油断してんだよなぁ」
波留「油断してんだよなぁ、?」
佑助「ちょっと谷間が見えていたり」
波留「ちょっ! 結局それ目的じゃん! 一緒に映ってる女優をエッチな目で見ていただけじゃん! 何だよもう! じゃあ単純にキモイだけかよ! 男子のキモさが出ているだけかよ!」
佑助「本当女優に油断させてしまうオネェ様、さ・い・こ・う!」
波留「いややっぱりオネェ好きの人だった! もういいよっ」
俺は録音をストップさせた。
「オネェに話を持ってこうとしてたんだぁ、道理で今日は変な口調の時があるなぁ、と思っていたら」
「今日は最初から流れが思いついて、その通りにボケていたんだ」
「へぇ、流れとか考えたりしてんだね、何も考えていないと思ってた」
そう感心してくれた波留。
俺はちょっと目をキリッとさせながら、
「一応進学校に通うからなぁ」
「……そっか、そうだね、そして私はサッカーの強豪校へ……」
何だか急にしんみりした雰囲気になってしまった。
そんな空気になると俺が泣きそうになるので、すぐ馬鹿馬鹿しい話に切り替えた。
「まあ実際は女優の谷間のほうが好きだけどなっ」
「いやちょっと漫才内ならまだしも、普通のトークでそんな話しなくていいから!」
俺のコメカミあたりをグイと手で押してツッコむ波留。
「じゃあチョコありがとな、俺帰るから」
「何で最後にそれだけ言って帰るのよ! 馬鹿!」
俺は自分の部屋に戻って来て思った。
あのまましんみりしたまま話していたらどんな話をしていたのだろうか、と。
でもそれはもう存在しないIFの物語なので、あまり深く考えずに、明日のことを考えた。
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