04 不幸は嫌い

・【不幸は嫌い】


『二〇一九年 二月十三日(水曜日)』

 俺は選ぶテーマに一つ制約を設けている。

 それは一個人の不幸をテーマに挙げないことだ。

 何故なら俺にそんなことを扱う技量が、資格が無いから。

 人の不幸を扱うことは、選ばれた人間にしか出来ないと俺は思っている。

 もっと言えば、人の不幸を扱っていい人間なんて誰もいないとも思っている。

 それでも誰か伝えなければならない、だから誰かが伝えている、が、そもそも伝えないといけない不幸な話なんてあるのか、とも思う。

 本当はそんなことをせずとも、のほほんと、毎日を、ケツ歩きでサッカーする団体のように明るく生きていきたい。

 ……まあこれから俺が出すテーマも、人によっては不幸の話なんだけども、まあロシアの話、ロシアのホッキョクグマの話なので、そこは許してもらおう……って、誰に言い訳しているんだ。俺は自分の中で誰かに言い訳してしまう癖がある。

 エロいモノに関わっている時とかも癖が顕著に出る。

 これは仕方なく見ているんだ、見なければならないんだ、みたいな言い訳をしながら見ている……いらんな、この自分語り。

 少なくても波留の部屋に来て考える内容じゃない。波留が飲み物を持ってきてくれている間に考えることではない。

「お茶が少なかったから、ジュースも持って来たよ、好きなほうとって」

 お盆にお茶とジュースがそれぞれ入ったコップを持って来た波留。

 俺は正直ジュースのほうが飲みたかったが、お茶のコップが、まるで波留がいつも使っているようなコップの柄に見えたので、ついお茶のコップを手にした。あぁ、俺は変態だ。

「じゃあテーマの話をするか」

「そう言えばさ、昨日ニュース速報でもやってたんだけど」

「波留、そのニュースはテーマにしない」

「えっ、昨日のニュースで一番有名なヤツじゃん」

 波留はキョトンとしながら、こっちを見た。

 でも

「あんまり人の不幸をテーマに漫才したくないんだ」

「そっか、確かにそうかもね、漫才って楽しいものだもんね」

「というわけでロシアでホッキョクグマ五十頭超が住宅街に侵入したニュースで漫才しようと思うんだけども」

「それもそれで不幸じゃないの?」

 波留は首を傾げている。

 いやまあ

「そうなんだけども、対岸の熊ってところでここは一つ」

「対岸の火事みたいに言われても」

「まあ一個人の不幸な話は俺が扱えないから無理で、こういう大雑把な感じのヤツなら大丈夫かなって」

「大雑把すぎるでしょ、まあ良いニュースってあんまり入ってこないもんね」

 そう言って腕を組む波留。

 胸のポジショニングが気になるなぁ、とか思いつつ、俺は喋る。

「そうそう、ハッピーニュースチャンネルみたいなのがあればいいんだけどもさ、見つからないから。そういうニュース」

「ハッピーニュースチャンネルって何その単語、無い単語をあるように言わないでよ」

「きっとあったらこういう単語だろうって話さ」

「そんな意味無く言葉を連ねた感じにはなんないって、多分っ」

 波留はちょっとツボったのか、クスクスと柔らかそうな頬を丸くして笑っている。

「じゃあそろそろ漫才でも始めるか」

「あっ、今の漫才じゃなかったんだ」

「こんなゆるいボケやんないって」

「ハードル上げて大丈夫?」

 俺は少し沈黙してしまった。

 いや喋らんと。

「ダメかもしんない」

 でもやるだけだ。


佑助「はいどうも、よろしくお願いします」

波留「ロシアで五十頭以上のホッキョクグマが住宅街に侵入したらしいね」

佑助「子豚だったら今日の晩御飯だぁ、ってなったのにな」

波留「何で全住民、子豚を捌く能力あるんだよ」

佑助「米・豚・醤油! 米・豚・醤油! って」

波留「どういう食卓か想像しづらいわ、ロシアは醤油文化じゃないでしょ」

佑助「水・焼き豚・水! 水・焼き豚・水!」

波留「どういう食卓か想像しづらいボケを二連発されても困るよ」

佑助「でもホッキョクグマじゃ、今日は外に出れなくて水だけだよ、トホホ……だよな」

波留「まあちょっとは蓄えあるでしょうけどね」

佑助「そのホッキョクグマって、海の氷に乗って来ていて、その海の氷が溶けるの早くて、ホッキョクグマが島に取り残された可能性があるって話だけどさ、そんな間抜けことってある?」

波留「間抜けって言わないであげてよ、予想外の日差しもあるじゃない」

佑助「そもそも海の氷に乗って移動するって何? そんな博打みたいな移動手段、俺だったら使わないな」

波留「まあ人間は海の氷に乗って移動はしないけども」

佑助「デカい紙飛行機に乗るくらいはよくするけども、海の氷て、まさに溶けるじゃん」

波留「いやデカい紙飛行機も落ちるだけでしょ」

佑助「やたら旋回しながらね」

波留「じゃあ進みもしないじゃない、というかデカい紙飛行機に乗ったことないでしょ」

佑助「ゴメン、ちょっと見栄張っちゃった」

波留「デカい紙飛行機に乗ったことがどう見栄になるのか、その方程式は全く分からない」

佑助「まあ財力だね」

波留「金持ちそうだなぁ、とは全然思わないけども」

佑助「まあそのホッキョクグマたちは金持ちのホッキョクグマではなかったね、なんせ海の氷で移動しているから」

波留「ホッキョクグマに金持ちとか金持ちじゃないとか、そういう概念あるの?」

佑助「金持ちのホッキョクグマは鯨に乗って移動するから」

波留「まあ確かに金持ちそうではあるけども」

佑助「鯨の潮吹くところに鎮座して、うほぉおおーウォシュレットだぁ! と、言いながら移動するから」

波留「完全に成金のバカ息子じゃない、というか女子との漫才で普通にウォシュレットとか言わないでよ」

佑助「いやウォシュレットはいいだろ、もうウォシュレット無しでは生きられない体でしょ」

波留「いちいち嫌な言い回しにしないでよ、そりゃウォシュレットは有りのほうがいいけどもさ」

佑助「本当は鯨の潮でお尻を洗ってみたいと思ってる癖にさ」

波留「腸内洗浄レベルのモノは当てたくないから」

佑助「金持ちのホッキョクグマ以下だな、波留は」

波留「そんなん言ったら佑助だって、鯨の潮でウォシュレットしたことないでしょ、じゃあ佑助も一緒じゃん」

佑助「いや俺は金持ちのホッキョクグマと友達だからしたことある」

波留「友達だからしたことある、は、かなりのレベルでショボいヤツだけども」

佑助「金持ちのホッキョクグマとオーロラ見たし、ウォシュレットしたあとオーロラでケツ拭いたし」

波留「オーロラって紙なのっ? いや紙じゃないでしょ!」

佑助「確かに紙じゃない」

波留「ほら紙じゃないんじゃん!」

佑助「カーテン」

波留「たとえカーテンだった場合、カーテンでお尻拭いちゃダメでしょ!」

佑助「でもものすごく大きいから、とにかくものすごく大きいから少しくらいは汚しても大丈夫」

波留「大きければ汚していいという感覚、かなりバグってるよ! というかカーテンじゃないし! 電磁波だから!」

佑助「道理でケツが痺れたわけだ」

波留「電磁波って痺れるのっ? いやもう全然分かんないけども!」

佑助「ケツについたお水が電気分解されたのかもな」

波留「まずオーロラってものすごく上空だからね! 上空にお尻出して昇っていったら、まずお尻についた水分が凍るからね!」

佑助「いやいや地上の時点で凍るよ、北極だからね」

波留「そういうことを言っているんだよ! じゃあそういうことを言っているんだよ! 嘘でしょ! って! 言ってるんだよっ!」

佑助「というか波留、お尻お尻って言いすぎ、ちゃんとケツって言いなよ」

波留「両方女子向けの言葉じゃないから! 女子が男子と話す時に向いている単語じゃないから!」

佑助「確かに女子と男子がお尻向けあって話していたら変だもんな」

波留「文章が変になってるよ! というか何でこんな話になっているんだ! ホッキョクグマ五十頭超はどうしたんだよ!」

佑助「あぁ、あの貧乏ホッキョクグマの話ね」

波留「海の氷で移動しているから貧乏だという発想によく至ったね!」

佑助「いやだってハンドル付いていないじゃん」

波留「まあそうだけども! ハンドル付いていない乗り物って怖いけども!」

佑助「それとも一輪車みたいに実は操縦できたりするのかな」

波留「あぁ、体重移動で、ね」

佑助「無機物の脳を支配して操縦する機械とかあるのかな」

波留「急にSFな世界観! 無機物の脳って何っ!」

佑助「無機物の脳に訴えかけるんだよ、早く溶けてしまえって」

波留「何で早く溶けてしまえって言うんだ! 訴えかけられるのならば溶けるな、でしょ! というか無い! そんな機械は無いから!」

佑助「でも実際さ、ホッキョクグマはどんな気持ちだったんだろうね、早く溶けてしまって」

波留「もう完全に詰んだ、みたいな状況だろうね」

佑助「氷・氷・氷! ……あれ、氷・氷・水! 氷・水・水! 水・水・水! だろうね」

波留「想像しづらい食卓ボケのテンションで表現されてもイマイチよく分からないよ!」

佑助「今日はもうこの水を飲んで飢えをしのごう、だね」

波留「いやまあめちゃくちゃ住宅街にやって来てるみたいだけども」

佑助「でも住宅街での生活が居心地良くなったら大変だよね」

波留「まあそうなる可能性も割と高いから怖いよね」

佑助「普通に車乗り回して」

波留「ハンドルのある乗り物に乗り出した!」

佑助「人間が喋っていてもケツ向けていたり」

波留「それはまあ普通にありえることだけども」

佑助「人間の脳を支配して、操縦し出したり」

波留「そして急なSF感」

佑助「いや確かに俺は金持ちのホッキョクグマには、既に操縦されているような扱いだけどさ」

波留「じゃあ友達じゃない! 金に群がるザコ扱いされてるじゃん!」

佑助「でもとにかくケツのウォシュレットが気持ち良いから」

波留「日本語は、せめて鯨のウォシュレットだろ! そんな日本語じゃそりゃお尻向けられるわ!」

佑助「いや金持ちのホッキョクグマからは常に銃口向けられているよ」

波留「もうどんな関係だよ! 二度とそのホッキョクグマとは関わらないで!」

佑助「波留、俺のこと心配してくれてんのか……照れるな……」

波留「流石に銃口は心配するわ! 銃口で心配しないヤツはいない!」

佑助「まあ北極に行かなきゃいいだけだから余裕だよ、そしてそんなホッキョクグマがいる住宅街にも行かなければいいだけだから楽だね、みんな、ロシアの住宅街のみんなも」

波留「ロシアの住宅街のみんなって言い方なんだよ! というか楽じゃないよ!」

佑助「えっ、何で?」

波留「分かるだろ! ロシアの住宅街にはホッキョクグマが来ているからだよ! もういいよっ」


 俺は録音をストップさせた。

 その瞬間に波留から肩を強めに叩かれた。ちょっと『うっ』という生の声が漏れるくらいに叩かれた。

 何だろうと思っていると、

「ちょっと! 女子にお尻とかやめてよ!」

「そんな恥ずかしがる必要無いじゃん、お尻は通常の部位じゃん」

 と言いつつも、恥ずかしがって耳まで赤くしている波留にちょっとテンションが上がっていた。

「通常の部位て! まあ確かにそうかもしれないけど、何か佑助がそういうの言うのって違うじゃん」

「いや俺の漫才は結構こんな感じだよ、柏木とやっていた時もこんな感じだったぞ」

「そりゃ男子と男子でやってる時はそれでいいかもしれないけどさぁ」

「じゃあ言ってほしくない単語を書き出してくれよ」

 俺は通常のトーンでそう言うと、

「書き出せるかぁっ! その書き出す行為が恥ずかしすぎるだろぉっ!」

 めちゃくちゃ声を荒上げた波留。

 波留は大きな声も美しいな。

 いやまあ話の続きだ。

「見てるから、大丈夫、大丈夫、書き出すところ余すとこなく見てるから」

「それが恥ずかしいって言ってんだよぉっ! もう馬鹿じゃないの! 佑助ぇっ! 小学校の頃のユースケベが出てるぞっ!」

 ユースケベて、いつの話をしているんだ、というかそっちの単語のほうが随分と恥ずかしくないか。

 ユー・スケベ、と言われて、俺は少々何かを催しているぞ。

「もう、みんなが受験勉強している時に何してんの私たち!」

「そんないちいち興奮するような言い方するなよ」

「興奮するような言い方って何! もう佑助! そんなんじゃもう漫才やんないからねっ!」

「それは困る、暇同士、仲良く暇を潰そう」

 ちょっと焦り始めている俺。

 ただ喋りはクールでいきたい。

 バレたら恥ずかしいから。

 さて、波留の次の返答は……。

「本当馬鹿なんだから……あーぁ、久々にこんな大きな声出したっ」

 助かったみたいだ!

 顔を手で仰ぐ波留。

 よく女子とかそういう仕草するけども、手首痛くならないのかなとか少し思う。いやまあ可愛いからいいけども。

 今日はこんなところで帰っていった。それにしてもお尻はダメか……もう俺の半分以上魂抜かれたみたいな感じだな、まあダメと言われたけども、リアクションは悪くなかったからガンガン使っていくことにしよう。

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