03 ネタ逢瀬の初日
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・【ネタ逢瀬の初日】
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『二〇一九年 二月十二日(火曜日)』
もう部活が無い俺らはそそくさと下校し、自分たちの家に着いた。
そして俺は急いで波留の家に行った。
急ぐ必要は別に無いんだけども、つい急いでしまった。本当はちょっと時間を空けてから、ちょっと準備をさせる時間を設けたほうがいいのかもしれないけども、あまりにも気持ちが前のめり過ぎて、つい急いでしまった。
波留に迎えられ、また波留の部屋に来ることができた。
いやこれからずっと来れるんだ。いや正確にはずっとではないけども、一ヶ月くらいは来ることができる。
波留も部屋着になっていて、白と淡いピンクと淡い水色のラインが入った帽子付きのもふもふの家着を着ていた。
下はチノパンのような感じで、スカートじゃないのかと思って、少し残念がった。
俺が波留の服をじろじろ見ていたことが分かったのだろう、波留は
「えっ? ダサい? でもいいでしょ、別に」
と俯きながら、口をムッと三角形にしながら言った。少しいやらしい目で見ていたことがバレなくて良かった。
さて、漫才だ、どうやって漫才を作ろうか、でも方法はもう考えてきてある。
「あのさ、漫才作る方法だけどさ、俺が適当にボケるから、波留は適当にツッコんでよ、それを録音して漫才としようよ」
「そんなザックリとした作り方でいいの? 漫才って」
「大体そんなもんだよ、本当は適当に喋ってボケて、あとからそのボケの採用・不採用を決めるんだけども、まあそんなどこかでやるわけでもないから、その録音した漫才を完成とすればいいよ」
「じゃあ普通に喋るだけなのね、正直どうなるのかなと思って、硬くなってたよ」
よしっ、この方法でやっぱり良いみたいだ、むしろ最高くらいだ。
昨日は寝ずに考えたんだ。勉強もせず。
俺は説明を続ける。
「全然、座った状態で喋り合うし。ただ、いつもの日常の会話よりボケる俺を波留が楽しむだけでいいよ、まあ波留を楽しませるようなボケができるかどうかは分からないけども」
「何それ、そこが一番重要じゃん」
前髪を優しく揺らしながらクスクスと笑う波留、やっぱり波留は可愛い。
「で、テーマなんだけども、ちょうど今日が新聞休みで良い時事が見つかんないんだよな」
「あっ、そうなんだ」
「いや時事漫才作るって話だったんだから、波留も新聞とかチェックしてよ」
「そこは佑助に任そうかなっ」
そう言ってさわやかに笑った波留。
いや
「ただ面倒臭がっているだけじゃん」
「いやいや、部屋だって提供しているんだからそれぐらいいいでしょっ」
部屋、確かに俺は普通に波留の部屋に来ているが、それって何気にすごいことなんじゃないか、って、今さらながら考えた。
この中学生になってからの三年間、結局女子の部屋に行くことなんて一度も無かった俺が、今、普通に、それも好きな子の部屋にいるわけだから。
というか良い香りだなっ、この部屋! どこから発せられているんだ! 四隅から良い香りが出る装置とかあるのかっ!
とキョロキョロしていると、波留が少しモジモジしながら、
「……あんまり部屋の中、見ないでよ、恥ずかしいじゃん……」
あっ、いつの間にかまた俺のじろじろ癖が出ていたのか、危ない危ない、いやもう出てたんだから危ないどころかアウトなんだけども。
「そんな見てないよ、特に気になるものもないし」
「気になるものがあってたまるかっ、全く……」
そう言って頬を膨らませた波留。
いちいち可愛い。
まあそのことは置いといて。
「で、テーマなんだけども、ニュースアプリとか入れて見てみたんだけども、バカッターについての記事がそこそこあって」
「バカッターねぇ、あれは馬鹿だよね、うん。バイトの人が商品とかで遊んで、汚いことして、その動画上げて炎上するヤツでしょ」
「そう、だから初回はそれで漫才しようかなと思って」
「うん、分かった、じゃあそうしよう」
何かすんなり決まったなぁ。
というか
「えらく従順だなぁ」
「従順ってちょっと! 何か変な感じで言わないでよ!」
顔を赤くして、急に声を荒上げた波留。
いや全然そんなつもりも、というか、どんなつもりかも分かんないんだけども、まあちょっと怒っているようなので謝った。
「何か良くない言い方してゴメン」
「全くもう、従順とか止めてよ……全く……」
「いやいやマジでゴメンゴメン、じゃあテーマに関しては俺が完全に任されているってことね」
「そう任しているだけだから!」
何でそんなところで語気を強めているのか分からないが、まあいいや。
それよりも
「じゃあ早速、ボケ始めるかな。まあ一応漫才だから、最初に漫才っぽい一言を入れるから、それ入れたらツッコミの波留から題材を振って。そこからあとは適当にボケるから」
「オッケー、分かった」
そして俺と波留の最初の漫才が始まった。
佑助「はいどうも、よろしくお願いします」
波留「バイトが店内で悪ふざけの動画を撮ってそれで炎上騒ぎになる、通称バカッターがまた話題になってるね」
佑助「これ、ちょっと憧れるんだよね」
波留「いやダメだから、絶対やったらダメだから」
佑助「これさ、バイトだからダメなんでしょ?」
波留「いや正社員でもダメだから、何ならもっとダメだから、責任と年齢のコンボが発生しているから」
佑助「いやいや厨房に侵入したお客様だったら、じゃあしょうがないかってならない?」
波留「ならないよ、そして厨房に侵入した人間のことをお客様とは呼ばないよ」
佑助「でも一度はやってみたいじゃん」
波留「そんな願望持ったヤツ嫌だよ」
佑助「結局動画に撮ってアップロードしなきゃいいんでしょ?」
波留「いやダメだけどね、問題は発覚しないものの、ダメはダメだけどね」
佑助「今日はその練習させてほしいんだ」
波留「悪ふざけの練習したい漫才って何だよ、普通漫才って告白の練習とかじゃん」
佑助「告白はほら、波留じゃなんないじゃん、波留じゃ臨場感出ないじゃん」
波留「女子だから出るだろ! 男同士の漫才の数倍臨場感出るだろ!」
佑助「いやもう男同士の漫才にしか告白の臨場感って出ないから」
波留「男同士の漫才にどんな臨場感出るんだよ! 出てボーイズラブだろ!」
佑助「男同士の艶とか分かんないか、まだ小娘だから分かんないかっ」
波留「蔑視すんな! 男同士の艶ってだからボーイズラブだろ! 本物のボーイズラブじゃないヤツのボーイズラブじゃ告白の臨場感出ないだろ! 別の何かが出るだろ!」
佑助「別の何かって、ドラゴンのオーラのこと?」
波留「決闘でもするんか! そういうことを言っているわけでもないし、正直そこに関してはあまり決めていなかったわ!」
佑助「適当に発言しないでよ、悪ふざけのような発言はしないでよ、というわけで悪ふざけの動画の練習をします」
波留「それがもう一番の悪ふざけだわ! 悪ふざけの動画の練習って何だよ! あんなもん一発勝負だろ!」
佑助「いやミスりたくないからさ」
波留「もう悪ふざけの動画自体がミスなんだよ!」
佑助「じゃあ練習してみて、ダメかなと思ったら、本番やらないから」
波留「何その私が止めること出来る余地を残すから、なんとか付き合ってくれみたいな感じ」
佑助「まあまさにその通りなんだけども、やるだけやらせてくれないかな? 俺に悪ふざけの動画の才能が無ければ諦めるからさ」
波留「じゃあとりまやるだけやってみていいよ、もう」
佑助「では第一回目はコンビニのおでんね」
波留「第一回目……? まさかいっぱいやる気……?」
佑助「勿論、全てのケースを想定するよ、一個試しただけで才能が無いだなんて諦められないからね」
波留「こんなことでちょっとだけカッコイイ台詞を吐くな、この分野に限っては一個試して才能無いと諦めろ」
佑助「いやいや、もうやるという話になったんだから、最後まで付き合ってよ」
波留「はぁ……分かったよ……今度からはちゃんと最後まで話を聞いた上で同意するべきだったな、私……」
佑助「コンビニのおでん、うまそうだなぁ」
波留「商品だから食べちゃダメだぞ」
佑助「つまんでみようかなぁ」
波留「素手で触るなよ」
佑助「でも熱そうだ」
波留「まあ熱いだろうな」
佑助「何か上から掛けちゃおうかな」
波留「ダメダメ、汚いからな」
佑助「おでんの銀色のふち」
波留「おでんの銀色のふち?」
佑助「おでんの暖簾」
波留「おでんの暖簾?」
佑助「雰囲気が良い!」
波留「何かやれよ! バカッター目指しているんだろっ! 何かやれよ! 早く!」
佑助「いやでも何も浮かばなくて」
波留「才能ねぇな! 佑助は何も才能無いからもうやめろ!」
佑助「ちょっとお手本見せてほしいんだ」
波留「お手本? 私が?」
佑助「そう、波留が。その常識的な範囲でいいからお手本見せてよ」
波留「バカッターにはその常識が全く無いんだけども」
佑助「何かやってみて、やっちゃいけないこと教えてよ」
波留「男子が女子にやっちゃいけないことを教えるって何か変な感じだな!」
佑助「そういう意味で言ったわけじゃないよ! ツッコミの解釈がおかしいよ!」
波留「解釈がおかしいって言うな! 佑助の言い方が悪かったんだよ!」
佑助「俺のせいっ? いや結構普通のフリだったよ! というかやっちゃいけないこと教えてよ!」
波留「またその言い方! まあもういい! やっちゃいけないこと教えてやるよ!」
佑助「バカッター師匠」
波留「師匠ではねぇからな!」
佑助「まずおでんをどうしたらいいですかね」
波留「敬語で喋るな! 師匠じゃねぇからな! ……まあまず、おでんをツンツンする、それが基本だな」
佑助「棒高跳びの棒で?」
波留「どこにそんなデカい棒あるんだよ! 指だよ! 指!」
佑助「でもそれだと熱くない?」
波留「それくらい我慢するのっ、馬鹿やるにはそれくらいのことは我慢するの」
佑助「ちょっと、別パターンを教えてくれませんか?」
波留「全然我慢できないんかい! じゃあいいよ、他のパターンな、勝手に辛子を大量に入れる」
佑助「気付きますかね?」
波留「気付くわ! コンビニのおでんを買うヤツは味覚馬鹿だと思ってんのか!」
佑助「そんな偏見は無いけどもさ、案外、辛子の辛さがすぐに浄化されるんじゃないのかな」
波留「何でだよ! というか辛さが浄化されるって何だよ!」
佑助「いやほら、辛みは気化するとか言うじゃん」
波留「まあ言うは言うけども、じゃあチョコとかでも入れればいいじゃん」
佑助「おでんの要素から逸脱していいんですかっ!」
波留「いいんだよ! というか何でもありなんだよ! バカッターは! 何要素から逸脱するとポイントが下がる的に思ってんだよ! 芸術点なんてないからなっ!」
佑助「いやぁ、これは美学から反しますよ、もう、ちょっと、コンビニのおでんで何かすることは無いですね」
波留「基本美学があるヤツ、バカッターに向いていない! もうやめよう! この練習! 多分才能無いわ! そしてそれがとてもいいことだわ!」
佑助「いやもう一パターン、やってみたいんです……たったこれだけで俺の才能を決めつけないで下さい! まだやれることを証明したいんです! お願いしますっ!」
波留「弟子としては悪くないけども師匠じゃねぇから、なんせこっちは師匠じゃねぇから」
佑助「お願いします! ファミレスの厨房をやらせて下さい!」
波留「仕事熱心なヤツみたいなワードだな、じゃあもういいよ、やってみろよ」
佑助「揚げないといけないチキンがあるな、これを揚げる前に……」
波留「床にこすりつけてから揚げるのかな?」
佑助「コショウを振って、より辛みのアクセントを!」
波留「ただ自分の趣向が強いヤツ! それはそれで企業の歯車としては失格だけど、バカッターまでにはいかないわ!」
佑助「じゃあガラムマサラ! ガラムマサラを練り込みます!」
波留「場合によっては本格的においしくなるわ! そういうことじゃないのっ! 誰が見てもダメだと思うことをやるんだよ! 主に汚いことをするのっ!」
佑助「油を取り替えずに、一日中同じ油で揚げる……!」
波留「バレづらいわ! そしてそういう店もあるわ! 美学のようにそういう店もあるわ!」
佑助「汚いって何だよー! 何も浮かばないよー!」
波留「もっとツバ垂らすとかあるだろ! 女子が言うことじゃないけども!」
佑助「いや俺のツバは綺麗ですよ、女子の一滴の涙よりも綺麗ですよ」
波留「汚いよ! というかその概念が怖いよ! 佑助、怖い人にはなれるよ!」
佑助「いやバカッターになりたいんだ! バカッターとして有名になりたいんだ!」
波留「ダメダメ、正直全く才能無い、諦めなっ」
佑助「クソ、師匠からこんなに才能無いって言われるとは……」
波留「まず師匠じゃねぇけども、才能はもう本当に無い」
佑助「じゃあ諦めるよ、バカッターは諦める、それでいいでしょ」
波留「まあ別に最終的には佑助がどうなろうとも関係無いんだけども、まあそれがいいんじゃないの」
佑助「今後はバカスタグラムを目指します」
波留「言い方変えただけ! 全部無理だから! もういいよっ」
俺は録音をストップさせた。
その刹那、波留が楽しそうに前髪を揺らしながら、
「なんかさ! 楽しいね! というか佑助ってやっぱりボケがいっぱい浮かぶんだね!」
「うん、まあ馬鹿だからね」
「そうかも!」
そう言って拳を強く握った波留。
いや
「同意しないでよ、そこは否定してよ、ツッコんでよ」
「いやいや佑助は馬鹿だよ馬鹿! あー楽しかったー!」
波留は体を後ろに倒しながら、体を反らせ、腕をつっかえ棒のようにして座っている体勢を保ち、口を大きく開け、大笑いした。
あまりにも楽しそうで、俺は思わずニヤケてしまったので、急いで口元を手で隠した。
というか波留に喜んでもらえて本当に嬉しい。体の芯から熱くなるような。
いや友達と漫才コンビをしていた時もこんな感覚があったけども、それの何段も上みたいな。
同じウケだと思ったら全然違う、大勢の人にウケた時の喜びと、一番好きな人だけにウケた時の喜びは。
そんな、時間にしたら結構短いんだけども、俺は大満足で自分の家へ戻ってきた。
しかしあのくだりの時は少しドキッとしたな、告白の練習のくだり、いや波留に告白の練習ってそれはもう本番じゃないか、臨場感出まくりでもうどうしようもないじゃないか、早くバカッターの流れに持っていきたかったのに、やたら告白のくだりのボールを波留が掴んで離さずで、かなり焦ってしまった。
あとは”やっちゃいけないこと教えてよ”のくだりだ、そんな良くない言い回しだとは思わなかったけども、波留が赤面して、おかしいと言うもんだから、何かちょっと興奮してしまったな、いやいや、俺のせいじゃない、俺のせいじゃないから。
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